プルルルル。プルルルル。プルルルル。ブチッ。耳にあてたスピーカーから、通話先の相手が息を大きく吸う音が聞こえる。夜中だから起きているかどうかが心配だったが、局長は幸いにも3コールで電話に出てくれた。ありがたい話だ。「もしもし、きょくty」「ぶるるるるるあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」キ―――――――――――――――――――――――――――ィィィィン…………今度は左から右に声が駆け抜けていった!「篠田テメェ、よくもいけしゃしゃあと電話かけてきやがったな!手打ちにしてやるからそこに直れぇぇぇぇ!!」ひぃぃぃぃ!修羅が!仁王がいる!悪鬼羅刹が画面いっぱいに広がっているぅ!!「お、落ち着いてください局長!謝罪します!謝罪しますからカメラから離れてぇ!」「じゃかあしいわ!いまどこにいる!家か!東京か!イスカンダルか!」「イスカンダルはとっくに爆散してます、局長!」ディスプレイ越しでも致死レベルの形相をした局長が吼える。このままではとてもじゃないが話を聞いてくれそうにない。「きょ、局長殿!御怒りはごもっともですが落ち着いてください!とても重要なお話があります!」「有給休暇を差し引いても二日間も無断欠勤した奴が今更何の用だ!退職届を書いたんなら持ってこい!その場でタバコの種火にしてくれるわ!」「違います!『ビッグY計画』の事です!まだわずかに希望があるかもしれないんです!」【推奨BGM:「MUV-LUV Alternative」より《凄乃皇》】ピタッと局長の雄叫びが止み、無表情になる。「……どういうことだ、篠田。時間稼ぎで言ってるんじゃないだろうな」「俺がこの件で嘘や冗談や時間稼ぎをしたりはしませんよ。俺は今外にいて資料が無いんで確認してもらいたいんですが、ヨコハマ条約で保有や建造が禁止されるのは何の艦種ですか?」疑惑の目を向けながらも、「ちょっと待ってろ」と言って画面から外れる局長。僅かに聞こえるキーボードの音。パソコンのファイルを開いているようだ。「あったぞ。保有率が固定されるのは戦略指揮戦艦、つまりアンドロメダ級だな。それに主力戦艦。あと、宇宙艦艇全体が建造数を固定される。各国での開発もストップだ。……見れば見るほど腹が立つ内容だな」「ということは、第三次計画の延長と第四次計画の順延を合わせて考えると、条約発効以降は既存の巡洋艦以下の艦艇しか造れないということですね?しかも隻数制限付きで。そして2212年から2217年までは一切艦艇を造れない、と」「ああ、まぁそういうことになるな」「局長、その中に宇宙空母の規定はありませんね?」「宇宙空母?……あぁ、そういえば無いな」それがどうしたという顔の局長を無視して、さらに質問を重ねる。「あと、もうひとつ。条約発効時に建造中の船は完成を許される。そうでしたね?」「ああ、そうだ。で、だからなんだってんだ」「―――局長。俺いま、名古屋第四特殊資材置き場の前にいるんですよ」「第四?それがどうした。あそこはヤマトの修理資材が置いてあるところだろう。もう用済みになっていてほったらかしだけど」「重要なのは修理資材じゃありません、『信濃』ですよ。いいですか、局長。修理資材として保管している航空母艦『信濃』を、宇宙空母として改装するんです」恭介は、目の前の青銅色の看板を見ながら回想する。ヤマトが再就役されるとき、装甲板などの修理用資材の不足が問題となった。地球防衛軍は資材を確保するために、海底に沈んでいた『武蔵』と『信濃』を解体して資材にする――いわゆる共食いである――計画を立案。その際、損傷が激しい『武蔵』を先に解体し、右舷後部の被雷孔以外は殆ど被害の無かった『信濃』は後回しにされたのである。ガミラス戦役後に海が回復すると、日本の管轄に回された『信濃』はサルベージされ、『武蔵』の残骸と共に第四特殊資材置き場に保管されることになったのだ。ヤマトの約4年間の艦歴の間に、『武蔵』の残骸は全て消費され、『信濃』は平面の多い飛行甲板から順次剥ぎ取られてヤマトの予備部品と姿を変えていたのである。恭介の思いついた計画とは、まだ船体の多くを残している『信濃』をベースに、短期間で宇宙空母へ改装しようという案だったのだ。「空母といっても、ご存じの通り地球防衛軍の空母は航空戦艦みたいなものですからね。宇宙空母って名目で造っても実質的には宇宙戦艦になります。先に船体ありきの建造になるんで積める装備積めない装備が出てくるでしょうが、2月1日のタイムリミットに間に合わせるには、資材を調達して一から造るよりは圧倒的に早いでしょう?」ちなみに、ついでに航空戦力の充実を主張している恭介の意向も反映されて、恭介にとっては願ったり叶ったりな案でもある。「しかも『大和』の姉妹艦を素材に使うわけだから、文字通りヤマトの後継艦になるわけか。成程、確かに理にかなった話だ」「戦艦を造るわけじゃないから、ヨコハマ条約にも既存の条約にも抵触しません」「……いや、待て。いくらベースとなる船体が既にあるからといって、今から新たに設計図を起こしても2月1日の条約発効には間に合わないんじゃないのか?さすがに設計図がないのに起工式だけ済ますわけにはいかないだろう」「局長、なんの為に『信濃』を使うと思ってんですか。宇宙戦艦ヤマトの設計図はまだ残っているでしょう?それを流用すればいいんですよ。艦の後部だけ飛行甲板にして、他の部分は全てヤマトをベースにするんです。それなら、残っているヤマトのスペアパーツも消化できて一石二鳥ですよ。都合のいい事に『信濃』の飛行甲板は前半分だけが解体されて資材になっていますから、残った後部飛行甲板はそのまま活用できます」「しかし、空母の『信濃』と戦艦の『大和』では装甲の厚さが全然違うだろう。……いや、そこは複合装甲にすればなんとかなるな。ヤマトよりは防御力が低くなるが……それでも大分マシになるか」局長はぶつぶつと聞き取れない独り言を呟く。そして、視線をこちらに向けると「うん。造ろうと思えば造れない事も無いな」と支持してくれた。どうやら、局長も乗り気になり始めたようだ。よし、これならイケるかもしれない……!「しかしな、お前は一番大事な事を忘れているぞ」「なんですか?」「『ビッグY計画』は本来、第四次計画の主力戦艦級に採用されて量産型ヤマトを造るのが目的だっただろう。『信濃』を改装してヤマトに似た船を一隻造ったところで、量産できなければ意味が無いんだ。それこそ、目的と手段が入れ替わっているんだよ、バカモン。それに、『信濃』を建造したところで予備資材はどうする?当時の戦没艦はあらかた回収して資材にしちまったから、損傷したって修理ができない。修理ができない艦を造ったってしょうがないじゃないか」恭介は鋭い指摘に声を詰まらせた。確かに、『信濃』を造れば第四特殊資材置き場に置いてある鉄鋼はすっからかんになるだろう。そうしたら、どこから重金属の装甲を調達する?今現在の軍用装甲板の生産ラインは殆どが軽金属を使ったものだ、スペアパーツの確保は難しい。そうか、例え一隻造れたとしても量産ができなければ、計画が成就したとは言えないのか……。反論できない。折角の希望がへし折られていく。すると、恭介が押し黙ってしまった事を察して電話口から「はぁ~、しょうがねぇなぁ、てめぇは」という呆れた声がした。「お前は条約の原文は読んでなかったんだよな。それならしょうがない、許してやろう。いいか、考えてみろ。2月以降は新型艦の設計ができなくなり、5年後には建造自体が一旦終了する。それはつまり、来年の2月から5年間は条約発効前に造られた艦型しか建造できないという事だ。従って…………んん?」「局長?どうしたんですか、話の途中で」「んん、いや、ちょっと待て。…………………………そうか、そういうことだったのか。クソッ、あくどい真似をしやがる」突然黙り込んだかと思うとパソコンへ向きを変え、ひとしきり考え込んだ後に顔を歪めて誰かを罵る局長。一体何があったんだ?「まぁいい、話を戻そう。2月までに起工式を済ませてしまえば、5年間の建造可能リストに宇宙空母を載せる事が出来る。あとは、決められた建造可能隻数を全部宇宙空母で埋めてしまえば……」「……実態としては量産にかなり近くなりますね」「そう。つまり『信濃』を建造する事は、未来への布石になるというわけだ。予備資材が無くなったなら、それはそれで割り切っちまえばいい。ヤマトから引き継ぐべき事は重装甲以外にも沢山ある。重装甲にできないのは残念だが、将来的には軽金属を使った頑丈な装甲ができるかもしれない。とりあえずは軽装甲で大量に造っておいて、あとで張り替えりゃ済むんだ」「なんだ……。じゃあ、『信濃』を造る事は十分に意味があるんですね。分かってたんなら質問しないでくださいよ。驚いたじゃないですか」「あのくらいの反論でぐうの音も出ないようじゃ、まだまだ駄目だな。言い訳を即興ででっち上げる位の柔軟性は持っていろ。只の思いつきで戦艦一隻造るわけにはいかないんだから、上を説き伏せる屁理屈ぐらいは考えておけ、バカモン」「そんなこと、5分前に思いついたばかりの俺に求めないでください……」「ふん。その酷いツラじゃあ仕方ねぇか。どうせずっと引き籠ってたんだろ。てか何でお前、第四置き場なんかにいるんだ?」「そこも触れないでください……」―――――――言えない。なんとなく歩いてたらたまたま流れついたなんて、二重銀河が爆発しても言えない。ましてや妹と電話で口喧嘩してたなんて、銀河が交差しても絶対に言えない。またひとつ、大きなため息をつくと局長は「とにかくだ」と話を切り替えた。「俺は今から真田と藤堂さんにこの事を伝えて、防衛省へ掛けあってもらう。上からは『ビッグY計画』の中止はまだ通達されていない、まだ交渉の余地はあるはずだ。お前は研究所まで来られるか?」「三日間無断欠勤した人間が行っていいんですか?」「再来年まで有給は無いと思え。それで手を打ってやる」「!!……局長、ありがとうございます!」「俺もすぐにそっちに行く。今から研究所の連中に非常呼集をかけて、『信濃』の再設計にあたれ。他の奴らにはお前は有給休暇とだけ言ってある、心配するな。安心して仕事にかかれ」「はっ!!」地球防衛軍式の敬礼をする。……閉ざされたはずの未来から、一筋の光が差し込んできた。これからの三週間が日本の将来、ひいては地球の将来を決める。気持ちが昂っていくのが分かる。一週間前に消えたと思っていた情熱は、まだ心の奥底には残っていたようだ。「さて、と」携帯を切って待ち受け画面に戻し、遠くを見据える。冬の港に吹く風は冷たく。壁沿いにまばらに光る街灯の明かりは、行く道を照らすには心許ない。それでも、不思議と不快には感じなかった。先の見えない薄暗い道でも、足元を見据えて一歩一歩確実に踏み出していけば、いずれは明りの灯った大通りに出るだろう。そうすればきっと、目的地まではあっという間だ。ならば、今はひたすら前だけを向いて歩くのみだ。あとは……タクシーがこの辺り通ってくれないかなぁ……。◇『ホンットーに偉い!すげぇよ!好きだ!愛してる!!』「えええええええええええええ!!!す、すすすすすあああああああ?」プチッツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、「え、きょきょきょ恭介?すすす、好きって言った?好きって言った!?ねぇ恭介?ツーツーツーじゃ分かんないって!」ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、((好きだ!好きだ!好きだ!好きだ!好きだ………………))「あかね?どうしたの?恭介君とは電話繋がった?」((愛してる!!愛してる!!愛してる!!愛してる!!愛してる…………))「かかかかか。ききききわわわわすすすすす!」「ど、どうしたのあかね?顔が尋常じゃないくらい真っ赤よ?」「け、けけけ携帯、かかか返すね。お、おぉおおぉおおお休みなさい!」「あ、あかね、貴女……!」ドタドタドタ、バタン! ボフッ ジタバタジタバタッ「画面には恭介君の電話番号……一応は繋がったみたいね。それにしても、何が起きたらあかねがあそこまで動揺するのかしら?」『~~~~~~~~~~~~~!!』「あの娘があんなに悶えてるなんて、よっぽど恥ずかしい事を言われたのかしら?でも、恭介君がそんなことをするとも思えないんだけど……それより、あの子の瞳……」『~~~~~~……………… 』「あら、寝ちゃったのかしら……。それにしても、厄介なことになったわね……」