2206年11月12日19時5分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室あれから二ヶ月。9月いっぱい続いた猛暑もさすがに鳴りを潜め、長袖で過ごすのが心地いい時期となった。昔のように気軽に紅葉が楽しめる気候となったわけではないが、二度に渡って地球から季節が消滅したことを考えれば、その日に着る服の組み合わせを悩めるようになったのは大きな進歩だろう。とはいえ、悩むのはオシャレ好きな女性ばかりで、男共には基本的にあまり関係ない。特に篠田をはじめとする技術職などは基本的にワイシャツに作業着の着たきりスズメだ。たまの休日にも一日中寝ているから自宅労働の二択なので、やはり外見を気にするようなことなど皆無なのだ。だから、あかねがメールで、「今日こんなの買ったんだけど、どう?」と、買ったばかりであろう服を着込んでポーズをとっている写真を送ってきても、篠田には正直気のきいたコメントなんぞできないのである。ちなみに、適当に返事を書いたらわざわざ電話をかけてきて怒られた。さて、街の空気は涼しくなっても会議室の中の空気はまだまだ暑い。もとい、熱い。10月から本格始動した検討委員会が、白熱した議論の場となっているのだ。週2回、通常業務終了後に不定期で行われる委員会は、最初の一ヶ月は課ごとの意見を作成するための期間として設けられ、先月は意見の発表と質疑応答に終始した。本格的議論が始まってから今日で3回目になるのだが……喧々囂々とはこのことだ。誰も彼もがここぞとばかりに自分の意見を主張して、相手の話を聞く気が全くない。篠田は会議に出席している面々を見渡す。コの字型に並べられた机の上座に座っている議長は飯沼所長。裁定者の立場に徹しているのか、会議中は基本的に口出しをしない。所長の両側に椅子を並べている基本計画班は宗形・馬場・水野・鈴木・渡辺・三浦・奥田の7名。全員が二十代後半から三十代前半だが、これでも今の研究所ではベテランの域にいる人材だ。左右のテーブルに向かい合うように座っている各課の課長と副課長は更に若く、全員が二十代である。砲熕課が岡山・武谷、水雷課が米倉・成田、電気課が高橋・後藤、造機課が上田・徳田、航海課が久保・遊佐、異次元課が二階堂・小川。最後の造船課は木村課長と副課長の俺だ。このように、俺も含めて研究所の職員が若手ばかりなのには、切実な事情がある。9年に及ぶガミラス戦役は、一番戦力として使える二十代から四十代までの男女の殆どを戦場へ送り出した。それは技術畑の人間も例外ではなく、研究所からも技術と経験が蓄積され脂の乗り切った優秀な人材が志願・或いは無言の圧力で戦場へ赴いた。彼等の多くは艦や基地の工作班に配属されたが、その多くは二度と帰ってこなかった。彼等が出征して空いた穴を埋めたのは、俺のように少年宇宙戦士訓練学校を出たばっかりの20歳にも満たない新米技術士だった。生き残った二十代、三十代の技術士を課長やその上の役職に縛りつけて戦場に行きにくくし、底辺を大量のぺーぺーで埋めることでかろうじて組織を維持したのだ。真田局長がイスカンダルに向かう前に防衛艦隊基地・第3ドックの技術長を勤めていたのも、そういった事情あってこそである。それから6年。当時の新米技術士は後から入ってくる新米に押し出される形で昇進し、年齢に全く合わない役職に就いてしまった。更には「副」課長などというよくわからない役職が創設される始末。「副」と言っても課長が出張している間だけ部下を纏めているだけでそれ以外はただの先任技術士だ、箔付け以外の何物でもない。閑話休題。検討委員会には南部さんにも毎回出席してもらい、自身の経験に基づく用兵側としての率直な意見を述べてくれる。時には感情が爆発するのか語気が荒れることもあるが、言うこと全てがこちらには耳の痛い話でもあることもあって、委員らの信頼も篤い。今もまた、俺の隣で大音声で反論している。戦闘中の第一艦橋じゃないのだから、もう少し声は小さくしてもらいたい。「だから、装甲板は同等以上のものでなければヤマトの再現にはならないんですよ!それができなかったらこんなプロジェクト何の意味もないじゃないですか!」討論相手の鈴木憲人と岡山頼人も、負けずに声を張り上げる。「あなたも南部重工の御曹司なら分かるでしょう!あんな高価で過剰な装甲板を艦全体にベタベタ張り付けてたら、建造費が通常の3倍じゃ済まないんですよ!量産性がなくなっちゃうじゃないですか!」「量産型戦艦は、世界中の国で建造できることが前提です。アンドロメダ級とは違うんです!」「ヤマトはそれがあったからこそ沈まなかったんですよ!堅牢な装甲が無かったら、俺は第一艦橋にミサイルやフェザー砲が命中したときにとっくに艦橋大破で死んでるんです!」「それはあんなデカイ艦橋にしているのが悪い!あんな天守閣みたいにでかいの、当ててくれと言っているようなもんじゃないか。第三世代型はもっと低く小さくて済んでいるんですよ?」電気課の髙橋弘紀も、二人の論戦に参加する。「第一なんですか、艦橋の最上階に艦長室ってのは。あんなの大和の時代にもなかったですよ。鐘楼のてっぺんはレーダーや通信機器を搭載すると決まっているんです。戦闘艦橋なんて無くして、艦内にCICを設置すればいいんですよ。いつも我々電気課は苦労してるんですよ?スペースや形状の制限が厳しいから、それに合わせて設計しなきゃいけないんです。分かりますか、俺たちの苦労が」「まぁまぁ、皆さんそんな喧嘩しないで。南部さん、そんな分厚い装甲なんて張らなくても、空間磁力メッキを張っていれば無敵じゃないですか」仲裁するように、咆熕課の武谷が意見を述べるが、「武谷、空間磁力メッキは回数制限付きの使い捨てだ。それに使用の際には大量の電力を消費するから通常戦闘時には使えん。造機課としては、まだまだ戦闘とメッキの発動を両立できるようになるまでの技術発展には時間がかかるとしか言いようがないぞ」「米倉さん。確か、空間磁力メッキは実弾兵器には効果なしでしたよね?」「ああ、そうだ。コスモタイガーのミサイルで破壊できるくらいだからな」「あれって起動した瞬間に強力な磁力を発するからレーダーとか電子機器に良くないんですよねぇ」「そんな、高橋さんまで……ちょっと思いついただけなのに、よってたかってフルボッコしなくてもいいじゃないですかぁ」安易な発言はあっという間にボロボロに論破されてしまうほどの、激しい場なのだ。「とにかく!今の宇宙戦艦の防御は紙っぺらなんだ。用兵側としてはそんな船には乗りたくない」「久保に遊佐、お前らから何か意見は無いのか?」「航海課の人間にはなんとも……」南部の言うとおり、ヤマトは二重装甲だからこそ今まで生き残ってこれたというのは否定できない。地球も含めて、多くの星間国家の船は装甲が脆すぎるというのは、リキ屋会談でも確認されている。ヤマトの戦闘記録映像には、一発主力級戦艦轟沈のシーンがよく映っていた。ヤマトの衝撃砲が通じなかったのは、暗黒星団帝国のプレアデスくらいだろうか。一方で、岡山が言う事も一理ある。ただでさえ戦艦は建造費かかるのに、戦艦の鉄鋼板の上に宇宙船用の耐熱処理を施した軽金属装甲を重ね張りしてたら作業工程は二倍になるし費用は三倍以上だ。質量の増加はもっと問題で、設計を一からやり直さなければいけなくなる事すらあるのだ。「このままでは埒があかん。木村、造船課として貴様からは何かないのか?」やがて、飯沼局長がうちの上司に話を振ってきた。「そうですね……。砲熕課としては高価で作業工程が煩雑な二重装甲は量産に向かないわけですよね?そして用兵側としてはなんとしても二重装甲を張りたい。ここまで意見が真っ向から対立しているなら、折衷案を取るしかないんじゃないですか?」「折衷案?」がオウム返しに尋ねる。「一言で言うと、昔ながらの集中防御方式です。特に被弾しやすい個所、防御したいところだけは二重にして、残りの部分は機密壁を細分化して対処するんです。大和でも採用された合理的な重量削減方法ですよ?ただしこれを実行するとなると、どこを二重にするかとか、重心のバランス計算などが非常に煩雑になりますが」「その集中防御方式を採用した大和型は沈んでいるんだぞ?」「20世紀の技術と今の技術を一緒にしないでもらいたい。第一、水上戦艦と宇宙戦艦では沈没の定義だって違うでしょうが。水上船舶なら浮力を失って海中に没すれば沈没ですから、極端な話魚雷1発を食らっただけで綺麗な姿のまま沈む事もあり得るわけです。でも宇宙戦艦の場合、再起不能になるまで破壊され尽くさないと沈没とは言えないでしょう?」「まぁ、そう言えばそうだが」「ちょっと待ってくださいよ。宇宙艦艇で集中防御方式はかえって危険じゃないですか?」「なんでだ?成田」「水上戦艦より宇宙戦艦の方が空間戦闘を行うぶんだけ被弾面積が大きくなりますから、集中防御方式だと装甲が薄い部分を破壊されたらたった一発の被弾でも非常に危険です。完全防御の潜水艦ですら一撃で沈むのですから、宇宙艦艇はなおのこと完全防御にするべきです」『ああぁ―――。成程……』そして、話が振り出しに戻っていく。今日もまた、結論は纏まりそうになかった。◇2206年11月12日22時5分 アジア洲日本国 愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅会議が合った日には篠田の自宅で必ず行われる、反省会を兼ねた麻雀大会。テーブルを囲んだ四人は酒と煙草とつまみを嗜みながら、中国産積み木崩しに興じていた。ちなみに現在南四局のオーラス、南部が親で馬場、徳田、篠田の順である。チャッ カチャカチャ トンチャッ カチャカチャ トン「結局、2時間会議をやって、今日も不毛な議論に終わりましたね、南部さん」チャッ カチャカチャ トン牌を河に捨てつつ、篠田が南部に語りかける。話を振られた南部はため息交じりに応じた。「また飯沼局長の裁定で決着、だったからな。この調子だといつまでかかるのやら。全く、先が思いやられるぜ」チャッ カチャカチャ トン「あ、それチーっす。次の会議のお題は何でしたっけ?」南部が捨てた七索を、馬場が拾う。手牌から八索と九索を取り出して、右端へ寄せる。トン スチャッチャッ カチャカチャ トン「次回は波動砲。俺達造機課の出番だな。だから、ホントはこんなところで麻雀してるヒマはないんだけどね。ポン」トン スチャッ場が終盤に差し掛かってきた焦りか、徳田は今まで温存していた白をポンする。「げ、今更白取ってどうすんですか。まさかノミ手で勝ち逃げする気ですか?」チャッ カチャカチャ トンチャッ カチャカチャ「徳田を帰しはせん!リ――チ!!」トン カチャッ チャッ気合い一閃、千点棒を取り出した南部が東を河に横向きに置いた。これには皆が驚いて体を乗り出した。「オーラスでリーチを張るとは南部さん、よっぽど自信があるのか?……これは通りますか?」トンそっと差し出した一萬に、南部はゆっくりと首を横に振って答えた。「―――通しだ。っていうか馬場。お前には振らないから安心しろ。」「帰りませんから集中砲火は止めてくださいよ!で、波動砲の事なんですがね。」チャッ カチャカチャ トン「ん?なんですか徳田さん。まさか俺達造船課を造機課に抱き込むつもりっすか?」チャッ カチャカチャ トン違うわ、と鬱陶しげにあしらう徳田を、篠田は「ホントかなぁ」と訝しむ。篠田にしてみれば、これ以上の負担は勘弁してもらいたいのだ。「いや正直、波動砲ってこれ以上どう進化させていいのかよく分かんないんだよ。出力は上げたし、拡散させたし、口径を大きくしたりはもうしちゃったから、あとはもうどうしたもんかと。」チャッ「波動カートリッジ弾とか波動爆雷とか、結構応用品もあるからな。……一発ツモはならず、か」―――トンチャッ「こういうときは歴史に学べ、ていいますよ。何か、波動砲に似た兵器の進化を参考にすればいいんじゃないっすか?」カチャカチャ トンチャッ 「波動砲なんて広範囲兵器、何に似てるんだ?核兵器か?」カチャカチャ トン「核兵器だと砲弾とか爆弾とかミサイルとか地雷とか機雷とか?……なんか波動砲そのものとは違うなぁ」トン スチャッチャッ「進化の方向だけで見たらキャノン砲に似てるんじゃないか?戦艦の主砲とか野砲とか要塞砲とか……チッ、ツモ切りしかできない……リーチしなきゃ良かったかな」トンチャッ「でも、戦艦の主砲はすぐに対艦ミサイルにとって替わられましたよ?自走砲の方が近いのでは?よっし、テンパった!」カチャカチャ トンチャッ「それもさらに電磁砲にとって替わられたな。ていうか、黙テンを宣言するアホがここにいる」カチャカチャ トンチャッ「そこの本棚に兵器図鑑があるから取ってきますよ。あ、ツモった。ツモ《拡散波動砲》ドラ1役満」「げ、篠田が七索ガメてたのか!」「一筒、当たり牌だったのに……」「てめぇ、それは研究所のローカルルールだろ!南部さんがいるんだからナシだ!」「いやいや、南部さんとはよく麻雀やってるから、ウチのローカルルールは知ってますよ。ま、今日は俺の勝ちってことで明日の昼飯お願いします。じゃ、今図鑑取ってきますね」「なんかもう皆、俺の言ってた事どうでも良くなってる……。はぁ~、波動砲どうしよう……」技術者たちの夜はまだまだ続く……。