真四角の白い部屋が、彼の世界だった。
「No.01。前へ」
指示の声が飛ぶと同時、一人の少年が部屋の中央に歩み出た。
部屋は左右前後の壁に床、天井までもが真っ白に染められており、まるで部屋一面に牛乳を塗りたくって放置したように見える。
そして、中央に佇む少年も白かった。
「敵対存在、No.003用意! 実験内容、『視認不可速度に対する反射』!」
号令と共に、少年の正面の壁にパキリとヒビが入った。ズズズ、と何かがせり出してくる音が響く。
出てきたのは直径約二十センチはあろうかという巨大な砲塔。
それの名称は『超電磁砲《レールガン》』――『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』によって発現が予期される、電撃系統で最上級の能力を利用したものだ。原理は簡単で、磁力を用いた電磁レールを砲口付近に展開、音速の三倍で砲弾を撃ち出す。当然、人間の動体視力では捉えきれない。
「超電磁砲、発射用意!」
一発で鋼鉄を貫き、人体を木っ端微塵にするようなそれが、無表情で少年に狙いを定めた。
「いけるか?」
「……問題ありませン。データはもォ演算済みです」
少年はじっと砲口を見つめながら、答えた。
「超電磁砲発射五秒前――四」
学園都市最良の頭脳が、学園都市最強の能力が、牙を剥く。
「――三――二――」
白い少年の口元が歪む。顔を引き裂くように口を広げ、さあ来いとばかりに両手を広げた。
「一、発射!!」
轟音が部屋を揺らし、閃光が少年の視界を塗りつぶした。
「――――ッッ!!」
バッ! と一方通行はベッドから跳ね起きた。
「……っく」
寝汗を拭い、一方通行は台所へと向かう。水道水をコップに汲むと、一気に飲み干した。すっかり水分を失っていた喉を、水が潤していく。
「く、は……」
乱暴にコップを台所に叩きつける。
(なンだ、今の夢はァ……)
天井を仰ぎ、ため息をこぼした。
(何歳の頃の実験だよ……? 今更夢に見るなンざ、バカらしい)
理由は明白だった。
(あのガキのせいで……)
二週間ほど前、一方通行は一人の少女を助けた。
少女の名は御坂美琴、つい先日、序列第三位『超電磁砲《レールガン》』として認定されている。
レベル5というのは、通常の能力者とは格が違う。言うなれば、楽器のようなものだ。そこらの楽器屋で売っているものは誰でも手軽に買えるが、どこぞの巨匠が作った高級品ともなれば値段の桁が大幅に違ってくる。
そんな存在、しかも世界で七人しかいないレベル5が偶然出会ったのだ。たったそれだけの、珍しい『偶然』。
それだけなのだけれど、なぜか胸騒ぎがする。
「…………あァン?」
ふとテーブルの上を見ると、寝る前に置いていた携帯電話がランプをチカチカと光らせていた。
手にとってみれば、どうやら何度か音声電話を着信していたらしい。
(あンだよ、またなンかの実験かァ?)
着信相手は、
『岩橋短期大学・筋ジストロフィー研究センター』
そう。
全てはここから始まったのだ。
学園都市最強にして最悪の能力者による、大虐殺劇は。
学園都市、夏――
それはセミが鳴き始めてから、ちょうど二週間たった頃のことだった。
「あ、スイマセン。初回版もう売り切れたんすよー」
「「バカなぁぁああああっ!!」」
学園都市、第三学区。その片隅にある小さなゲームショップから、二人の男の悲鳴が響き渡った。
「俺の、俺のさくらがァ……!」
「ことりに会えないことりに会えないことりに会えない…………」
発狂したかのようにうずくまり、哭き叫ぶ彼ら。これでも学園都市では名の知れた能力者である。
さくらファンの方は、学園都市序列第一位、一方通行。本日は袖を捲り上げたYシャツを黒いシックなネクタイで締め、トラウザーパンツをはいてもう誰だか分からない見事な正装をしていた。
もう一人は、序列第二位――垣根帝督である。スーツをかなり着くずしたそのファッションは、チンピラかホストにしか見えない。
「一方通行ァァァァァァァァァ!! テメェがあそこで劇場版ヤ○ト見てえとか言ってポスターに気取られたから遅れちまったじゃねえか!!」
「ンだとメルヘン野郎! そっちこそTSU○AYAでアリ○ッティ借りてくるとか言って二十分待たせたじゃねェか!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を尻目に、ショップの店員さんは携帯ゲーム機をピコピコと操作している。
ピコピコピコピコ。
カチカチカチカチ。
セリフ送りセリフ送りセリフ送り。
「やっぱさくら可愛いっすね~」
「だろォ? ……ってテメェ何やってやがンだァ!?」
「問題ないっす。これと保存用で二本は俺がキープ済みっすから」
「「問題大ありだろォがァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」
一方通行と垣根帝督の正体を知っているのか知らないのか、余裕しゃくしゃくで見せつけるようにゲームをプレイする店員さん。
二本あれば一方通行と垣根帝督は初回版にありつける。学園都市序列トップツーコンビは、一瞬で意思疎通。その能力を用いてソフトウェアの奪取を試みた。
「……さァ、虐殺ショーの始まりと行こォぜェ!」
「さぁ死ね! 人を殺している時だけ、生きていると実感できる!」
「アンチスキル呼びますよ?」
「「スイマセンでした」」
音速でその場に土下座する二人。
さすがにこんなことでお縄にはかかりたくないらしい。
(クソがァ……いつかハラワタをブチまけてやる)
(クソが……いつかブッ血KILLしてやる)
ギリギリギリギリギリギリギリギリと歯噛みしながら、反抗の誓いを立てる二人。
「あざしたー」
「「……あざっしたァ」」
言葉どころか体中から怨念に満ち溢れたどす黒いオーラを放出しつつ、一方通行と垣根帝督はゲームショップを後にした。
「ケッ、ついてねェな」
「ああ。在庫まで確認してもらったのにアリ○ッティがないとは」
微妙にズレた会話をしつつ、休憩がてら寄った公園で一方通行と垣根はベンチに座り込んだ。夏は真っ盛り、黙って突っ立っているだけで汗がにじみ出る。
ちなみに公園で遊んでいた少年達は一方通行を見て駆け寄ろうとしたが、隣の垣根の背中から生えた翼を見て逃げていった。
垣根帝督の能力『未元物質(ダークマター)』。その能力にこの世の常識は通用しない。マナーとかモラル的な意味でも。
「ホレ、コーヒー。120円貸しな」
「おゥ、悪ィな」
翼でパタパタと自分を扇ぎつつ、垣根は一方通行にスチール缶を手渡す。
「新発売、激甘ホットカフェオレ(砂糖飽和状態)だ」
「いるか! 季節感も俺への配慮も皆無じゃねェか!」
ビュゥン!!と一方通行が投げ捨てた缶が音速の二倍近くの速度で飛んでいく。
丁寧にキラーンなんて効果音をつけお空の星と化したカフェオレの缶を見やり、思わず冷や汗を垂らしながら、垣根は冗談だと告げた。
「本命はコッチだ」
「あァ?」
『新世界のブラック ちょっと一服 や ら な い か』
ゴォゥ!!と大気を切り裂き、スチール缶が宇宙空間めがけて射出される。その速度は『超電磁砲』をも凌駕した。プロのサッカー選手張りのロングロングシュートをキメて見せた一方通行は、蹴りだした黄金の右足をはたくと、悪鬼のような表情で垣根に詰め寄る。
「すげえなオマエ。Jリーガーになれるんじゃねえか?」
「お誉めの言葉ありがとォ。そして殺す」
「落ち着け。クールダウン、クールダウン」
「分かった。落ち着く。そしてぶち殺す」
「ダメだこりゃ」
殺気全開でジリジリと間合いを測る一方通行。
ちくしょーノリでギャグなんてしなけりゃ良かったーっ! などと叫びたくなるのをこらえ、垣根は一応、計六枚の純白の翼をはためかせる。
「ハッ、まァたボコられたいみたいだなァ!」
「勝手に吠えてろ。あの時は時間切れだったが、今度こそ白黒つけてやるよ!」
いざ第一位と第二位が激突する、という時に。
『放て! 心に刻んだ夢を~未来さえ置~き~去~り~にして』
空気を読まず、垣根帝督の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「……聞いたことねェ曲だな」
「聞くな。世界観が崩壊する」
しかしいい曲だ、と一方通行が頷く中、垣根はスマートフォンの画面にタッチ、通話を開始する。
「俺だ」
「誰だ? ひょっとして彼女さンか?」
「…………心理定規(メジャーハート)、いやあのですね今はちょっと野暮用でしていえバイトしてますよ? サボってなんかませんよ?」
「おィものスゲェ冷や汗出てンけど大丈夫かァ?」
ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ!
ものすごい勢いで汗がにじみ出る垣根。一方通行でさえもが思わず心配するほど、外見が地球上生命体からかけ離れていく。顔色は青を通り越して紫になり、その後も色々と超越したらしく真っ黒になっていた。
「いや家計がキツいのは分かってるって。ちゃんとバイトする。だからフィギュアと積みゲー燃やすの止めてください」
「……彼女さンってよりは鬼嫁か小姑だな」
「は? 頬にキス一回? それで許してくれるの?」
「どいつもこいつもリア充かよチクショゥ!」
何で俺にはステキな出逢いがないンだァーっ! と絶叫する一方通行を尻目に、垣根は何やら話し込んだ後、背中の翼が霞んで見えるほどまぶしい笑顔で右手を空に突き出す。
「俺の時代キタ―――――――――――」
「そげぶ(その幻想をぶち殺す)ッ!!」
「ばこお(バカなこの俺が)っ!!」
一方通行家一子相伝最終奥義、ベクトルキック。大気の流れや重力、作用反作用全てのベクトルを詰め込んだ右足が、翼越しに垣根の体へ突き刺さった。
そのままゴロゴロと転がっていく垣根に背を向け、ポケットに手を突っ込んで一方通行は歩き出す。
「……絶望が、オマエのゴールだ」
「ならば、アナタのゴールはどこになるのでしょうね」
一方通行の足が止まった。
彼の正面に相対するのは、白いブラウスに薄手のサマーセーター、プリーツスカート。肩まである茶髪。焦点の合ってない無機質な瞳。
「オマエは……」
「はじめまして、第一位『一方通行』」
それは言葉を喋った。
それは片足を踏み出した。
(コイツ、この前と話し方が全然ちげェ……双子なのか?)
「私はシリアルナンバー00001、『妹達』の先行試作型に当たります」
先行試作型。その言葉に一方通行は首を傾げる。
「スマン、何言ってンだかサッパリ――ッ!!」
唐突に、脳内でスパークが弾け飛ぶ。学園都市第一位は、ある一つの可能性に突き当たった。
「まさか、テメェあのガキのクローンか!?」
「ご名答です。拍手を贈りましょう」
パチパチと、人をバカにしたような単調なリズムで拍手が鳴る。
「じゃァ、昨日の電話は」
「ええ、『絶対能力者進化実験』は存在します」
そこでそれは言葉を切り、
「今ならまだ間に合います。実験に……協力しますか?」
沈黙が数拍。
一方通行の顎が、小さく上下に振られた。
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セロリ「なンか久しぶりだなァ」
ミサカ「最近受験で忙しかったですからね」
佐遊樹「なお、この作品で一方通行はこの『追憶編』で『ベクトル制御装置にAIM拡散力場の数値設定を入力』する作業は終えております。その辺はまあボチボチと」
セロミ「オマエ誰/アナタ誰ですか!?」
冷蔵庫「…………俺の、出番は?」
ピカ子「……本編で出たからいいじゃん」