≪1・真似技繚乱≫
「追い詰めたわよ! おとなしく投降しなさい!」
冷たいコンクリートの床を踏みしめ、あたしは両手に握った二丁拳銃形デバイス“クロスミラージュ”のグリップを握り直した。
周囲を見渡すと、夜明け前のひんやりとした空気が張り詰めるこの無音の空間に、少しずつだが明るさが生まれ始めていた。ただ、ここはミッドチルダの辺境にある建設中のアリーナ施設内ということもあり、写真の中に迷い込んでしまったかのような不動の静けさが辺りに満ちている。
「ここに逃げ込んだのは分かってるのよ! 出てきなさい!」
再び叫んでも返事が無い。もう逃げられてしまったのだろうか。
捜索中のホカン部隊員が飛行している姿を見つけたあたしは、誘導制御弾を操ってホカン部隊員を追い詰め、この建設中アリーナ内に追い込んだのだ。ようやっとのチャンスだ。何が何でもここで捕まえておかないと。
ゆっくりとした足取りで一階の広いエントランスを進んでいく。片隅には建築資材や眠った重機が身を寄せ合うように並んでいるし、薄暗いところも多い。ここには隠れられるところがいっぱいある。絶対に見落としが無いようにと忙しなく首を動かさなくてはいけない。
本当に追い詰めているのだろうか。もしかしたらもう別の出口から逃げられているのではないか。そんな不安が過ぎった。
一呼吸おいて、少しだけ両腕を下げる。
そして次の瞬間。
「そこだ!」
瞬時に気を入れ直し、ごくごく僅かに感じ取った気配の方を向いた。
そして素早く天井を仰いでクロスミラージュのトリガーを引き絞った。左右交互に吐き出されるオレンジ色の弾丸が、高い天井目掛けて無数に飛んでいく。
その弾丸が狙い、追い続ける標的は、アリーナの出入り口へと向かいながら飛翔した。
黒いコートタイプのバリアジャケットの上から羽織る白いマント。ガントレットを装着した左手には戦斧型のデバイスを持ち、ツインテールを靡かせるその姿。フェイトさんとそっくりだ。違いは彼女自身の体型と、若草色の魔力光。
「逃がさない!」
射撃ポイントを変え、フェイトさんの偽者の進行を阻む。それと同時にあたしは足を動かし、偽者の方へと駆けていった。
銃撃を左手だけにして、右手のクロスミラージュをダガーモードに切り替える。弾丸を避け続ける偽者までの距離はあと僅か。
振りかざした右腕が、オレンジの魔力刃で半円を描く。
「ぐっ!」
偽者の戦斧がその一撃を受け止めると、甲高い音が鳴り響いた。
拮抗する両者のデバイスが震える。
右手をそのままに、あたしは左手のクロスミラージュを素早く突きつけた。狙うは偽者の腹部。
素早くトリガーを引くと、オレンジの弾丸が銃口から噴き出した。
しかし、偽者は戦斧を外しながら身を捩ってそれを回避。アリーナの出入り口から離れていく。
逃げるよりも回避を優先したのか。当然だろう。だが、そう簡単に逃がすつもりも無い。
「レプリィ! ザンバーフォームだ!」
偽者の持つ戦斧が変形をして、大剣へと姿を変えた。若草色の巨大な刀身を振り回して、小柄な体躯の偽者が一度だけ大剣で円を描くと、それを肩に乗せて構え直した。
「あんた……またフェイトさんの真似を!」
「ボクはここで負けてなんていられないんだ! 何が何でも通るぞ!」
そして飛び出してきた。
大剣の一振りが思ったよりも速く、あたしが屈んで避けると頭上では空気を切る重たい音が通過していった。
だが、大型武器が相手なら付け入る隙も大きいはず。その隙を狙ってあたしはクロスミラージュの銃口を向けることにする。
大丈夫。偽者がいくらフェイトさんにそっくりな格好をしていても、彼女はフェイトさんじゃない。速さは、そして威力はフェイトさんと同等なわけがない。
突きつけた銃口。しかし、弾丸を発射するよりも早く、偽者の体が宙を舞って新たな体勢から追撃を繰り出す。
大丈夫。まだ避けられる。チャンスはまた来る。焦っちゃだめだ。
再度回避してから再び標的捕捉。しかし、それすらも外されて更なる追撃を放たれる。
「こ、こいつ!」
大丈夫? この偽者のこの動き、この手強さ、何でこんなにもフェイトさんにそっくりなんだ。機動六課時代に見たことのあるフェイトさんが目の前にいるみたいだ。
反撃する余裕が無いまま、あたしは防御し続けた。
「レプリィ! モデル“グラーフアイゼン”!」
偽者の体が一瞬光に包まれたかと思うと、今度は赤いゴシックロリータドレスを纏って鉄槌を構える姿となった。
「今度はヴィータ副隊長!?」
偽者が左手の五指に四つの鉄球を挟み持ち、それを素早く鉄槌で打ち出してきた。
連続で迫る鉄球。今いる場所から転がって避けると、コンクリートの壁や床を砕いて鉄球がめり込んでいく。
「ギガントフォルム!」
回避したばかりのあたしに襲い掛かってくるのは、ハンマーヘッドの形状が頑強に、そして巨大になった鉄槌を振り翳す偽者の姿だった。
回避。いや、間に合わない。
「うあっ!」
クロスミラージュの展開するシールドが巨大鉄槌を受け止める。それでも大き過ぎる衝撃が周囲のコンクリートにヒビを走らせた。
「ツェアシュテールングスフォルム!」
一旦振り上げられた鉄槌は、その大きさをそのままに、ハンマーヘッド部分にドリル構造を備えて再び振り下ろされた。
そこまで真似ることが出来るのか。
もう一度シールドで受け止めるものの、回転する巨大ドリルの一点集中攻撃をいつまでも耐え続けることは出来そうにも無い。シールドが貫かれたら終りだ。
「ぐぅ…………! あんた、他人の真似ばっかりして!」
「うるさい! ボクは絶対にミリー部隊長のところまで行くんだ! 邪魔するな!」
「あんた達、ミリー三佐がどれだけ危険なものを持っているか分かってるの!? 全次元世界の危機なのに!」
「それでも止まれない! 止まりたくないんだ! あの人の力になってやりたい! 誰からも必要とされないボクを受け入れてくれたあの人のために――――」
偽者がカートリッジロード。
まずい。押し切られる。
「――――力になりたいんだ!」
シールドが砕ける直前に、あたしも慌ててクロスミラージュにカートリッジをロードさせた。そしてシールドが形を失う瞬間、ドリルの先端に向けた銃口から大型の弾丸を撃ち放つ。それがドリルの落下軌道を僅かにずらし、紙一重で直撃を免れた。
あたしの横を掠めて床に突き刺さったドリルの衝撃の余波が、あたしの体を吹き飛ばした。
硬い壁に叩きつけられて、痛みと息苦しさがあたしを苦しめる。
思わず零れる呻き声。目の前には床に刺さる巨大な鉄槌を握り締めたまま佇む偽者の姿。
その姿に、あたしは少しだけ見覚えがあった。
「あ……あんた」
ふらつきながらも壁を支えにして立ち上がると、偽者の目があたしに向けられる。
「ボクは…………行かなくちゃいけないんだ」
行かなくちゃいけない? それは一体何のために?
何だろう、この感じ。何だか少しだけ懐かしいような。
「あんた、何で人の真似ばっかりしてるのよ?」
「…………何だっていいだろ」
「誰からも必要とされないって…………何よ、それ?」
「…………うるさい」
近い。彼女に感じた親近感は、もしかしたらあたし自身なのかも知れない。
何でそう思ったのか。はっきりとは分からないけれど、偽者の目が少し前の自分に似ている気がした。
自分自身に追い詰められているような。自分自身を無理矢理変えようとしているような。
そう、自分を受け入れられないでいる。そんな目をしている。
「もしかして、今の自分が嫌いなんでしょう?」
「違う」
「だから他人になることで、嫌いな自分を覆い隠しているんでしょう?」
「違うってば!」
似ている。あたしと偽者は全然違うようで、その本質はどこか似ている。
機動六課にいた頃、あたしはスバルやエリオ、キャロ達の豊かな才能に比べて自分はあまりにも力不足だと感じ、何が何でも強くなりたいと思った時期がある。
なのはさんの教導に不信感を抱き、置いてけぼりを食らっているような自分自身に焦り、周囲からの言葉も聞き入れないくらいに意地を張った。
あたしは自分が嫌いだった。いつまでも弱い自分を何とか変えたいと思っていた。才能溢れる機動六課のメンバーの中で、何の取り得も無い自分自身なんか要らないのだと思っていた。
似ている。偽者が自分を嫌っている姿は、自分を必要の無い存在だと思っている姿は、少し前のあたしに似ている。
嫌いな自分を表に出したくない。必要とされない自分が怖い。周りを羨んでばかりで自分自身と向き合えない。
「でも、そんなんじゃ駄目なんだって、あんた知ってる?」
「…………何だよ?」
「自分で自分のことを必要無いなんて言ったら、それこそ本当に駄目なんだって知ってるの?」
もう痛みは治まっていた。呼吸も整い始めた。
だから、大きな声を出していた。
「あたしはあんたみたいな奴は大っ嫌い! 昔のあたしを見ているようで、すごくイライラする!」
「な……! 何だよそれ! それって、人の事言えた義理じゃないってことだろ!」
「自分自身を必要無いだなんて、自分を大事に出来ないなんて、ありのままの自分を信じられないなんて…………それじゃあ自分を必要としてくれている人の気持ちは? 自分を大事に想ってくれている人の気持ちは? 自分を信じてくれている人の気持ちはどうなるの!?」
「うるさい! だから自分を嫌いであっても、大切な人のために力を尽くそうとしているんじゃないか!」
「自分を否定し続けたまま!? 自分を否定している奴が周りをどんなに大切にしたって、周りが本当に喜んでくれるわけないでしょ!?」
そうだ。現にあたしは、空回りする自分自身が周囲に不安を与えていたことを、心配させていたことを知った。
周囲が信じてくれている“あたし”を、自分自身が信じてあげないから、いつまで経っても嫌いな自分が纏わりついて離れなかった。
嫌いな自分だって自分自身。嫌いな自分はとても寂しがり屋だから、手を取って一緒に踏み出してあげないといつまでだって追いかけてくるんだ。
それを偽者にも知ってほしい。
「偽者!」
「にせも…………コノヤロウ!」
「どうせ否定出来ないでしょう! …………かかってきなさいよ! 自分を信じられないままじゃ思い通りに行かないってことを、教えてあげるから! このウソツキ! 偽者! モノマネ女!」
「黙れぇっ! …………レプリィ! モデル“ストラーダ”! ぶっ潰してやる!」
偽者の姿がエリオとそっくりになる。槍がカートリッジをロードして、猛々しい魔力の噴出を推進力として突進してきた。
あたしとの距離を一瞬で詰めてきた偽者の一突き。しかし、そう簡単にやられるあたしじゃない。
コンマ数秒という僅かな時間の中での攻防。充分に引き付けたところで身を翻して偽者の直線攻撃をやり過ごすと、すぐさまクロスミラージュからの反撃を放った。
急ブレーキと同時にシールドを展開した偽者は、その目に憎しみの光を宿していた。
「レプリィ! モデル“レバンティン”!」
今度はシグナムさん。変身を終えるのと同時にその長剣を鞭状に変形させ、その刃をあたしに向けて伸ばしてきた。
だめだ、回避が間に合わない。すぐさまシールドで防御。
一発目。シールド越しの衝撃が思いのほか大きい。
二発目。強大な圧力があたしの体を僅かに後退させる。
三発目。刃を元の長剣に戻して、急接近と共に炎を纏わせた一振りで押し込んできた。
そしてすかさず。
「モデル“クロスミラージュ”!」
あたしに変身?
「シュートバレット!」
シールド越しに押し付けられた偽者の二丁拳銃の銃口から、若草色の圧縮魔力弾が連続で叩き込まれた。
砕けるシールドと、直撃する弾丸。口から零れ落ちるのは、涎と呻きと。
「ぐっ…………痛くない!」
そして闘志。
「モデル“マッハキャリバー”!」
今度はスバルに変身?
「リボルバアァァァシュウウトォッ!」
これなら避けられる。だってその技は、あたしの一番の友達のもの。あたしはスバルのその技を、誰よりも知っているんだから。
あたしの予想通りの動きで打ち込んできたリボルバーシュートを交わし、すぐさまあたしはクロスミラージュを偽者に突きつけた。
トリガーを引く。オレンジの弾丸が、今度こそ偽者の体に吸い寄せられるように飛んだ。
苦しそうな声と共に吹き飛んだ偽者は、しかし、それでもまだ戦意に満ちていた。
「モデル“デュランダル”!」
杖? あのデバイスは知らない。でも、格好はクロノ提督にそっくりだ。
「エターナルコフィン!」
「なっ!」
偽者の言葉が終わった瞬間、デュランダルから放たれた魔力がエントランス内を絶対零度の世界に作り変えた。吐く息は白く、二本の足が膝下まで氷に覆われて動けない。
「凍結魔法!?」
「モデル“マスタースペード”!」
これも知らない人への変身。こいつ、一体どれだけの他人の姿になれるんだろう。
「単砲“天龍”、発射用意! 撃てぇっ!」
身動きの取れないあたしに向けられた杖から放たれる光の柱。
まずい。これは射撃・砲撃タイプを得意とする魔導師の必勝パターン。
若草色の光があたしを飲み込む。シールドを張る暇すらなかった。
「ああああああああ――――!」
数秒間の苦痛。ダメージは甚大だった。
「トドメだ! モデル“レイジングハート・エクセリオン”!」
まだくるの?
「ディバイン…………バスタアァァァァッ!」
もう、倒れてしまいたい。偽者の放つ収束砲撃魔法がすぐそこまで来ている。
でも、負けられない。
今更弱音なんて吐けない。
あたしは、こいつに教えてやろうって決めたんだから。
あたしと同じ失敗から引きずり出してやるって、決めたんだから。
「いい加減にしなさいよおぉぉぉ!」
渾身のシールドが偽者のディバインバスターを拡散させて、その余波が足元の氷を砕いた。
ここからが始まりじゃないだろうか。
そろそろ偽者も気付くだろう。
「あんた…………いい加減にしなさいっつーの」
≪2・マルコの気持ち≫
何でまだ立っていられるんだろう。
これだけの猛攻を受けながら、あの女はまだ立ち続けている。
そんなに、ボクをこの先に進ませたくないのか。それとも。
「分かったでしょう? 自分をいつまでも偽っているようじゃ、ちゃんと自分自身と向き合えないようじゃ、あんたはいつまで経っても進めない」
「な、何だよ…………何なんだよ!? オマエなんかボロボロじゃないか! あんなに攻撃を受けて、ダメージもデカイじゃないか!」
「でも、あたしはまだ負けてない…………まだ立ってる」
その通りだ。コイツは、まだボクの前に立ち塞がっている。
「そしてあんたは、まだ進めてないでしょう」
「すぐに進んでやるよ! ミリー部隊長のところまですぐに」
「進んでないじゃない! あんたはまだ自分自身と向き合えないで、そこからちっとも進んでないじゃない!」
歯を食いしばった。
怒っているのか、ボクは。
違う。悔しくて仕方が無いんだ。
だって、アイツの言う通りだから。
自分と向き合えないだって? いけないことか? そんなに自分を拒絶するのはいけないことなのか?
だって、誰もがボクの才能を欲するばかりで、ボク自身を見てくれないじゃないか。特別保護施設にいたって、誰もがボクの将来に勝手な期待を抱いてばかりで、ボク自身の声を聞こうともしなかったじゃないか。したくもない研究者の勉強をさせられるのが嫌で仕方が無かったのに。
才能に恵まれた自分が鬱陶しくて、ボクはずっと嫌いなボクを遠ざけてきた。弱虫と言われたって構わない。とにかく嫌いな自分から逃げたかったんだ。
いつの間にか、小さい頃から夢中になって観てきたテレビの中の変身ヒーローみたいに、正体を隠して誰もが憧れる強い人になれることを夢見てきた。
そしてシャーリーとの出会いで救われた。彼女はボクに道を示してくれた。レプリカストロという相棒が、ボクの夢を叶えてくれたんだ。
そして何よりも、ホカン部にやって来たことが幸せだった。
ホカン部はボクの才能なんかを求めなかったし、それどころか、ミリー部隊長はボク自身を必要としてくれた。今まで出会った人達の誰よりも、ボクとの出会いに幸福を感じてくれたんだ。
“才能に満ちたボク”なんか要らない。そんなもの、一生隠してしまえばいい。
それなのに。
「何でボクは進めないんだよ! 何でオマエは倒れないんだよ!」
「あんた…………」
何でだろう。これだけやってもボクはまだ進めないのか。
何が必要だと言うんだ。ボクがこの先に進むためには、一体何が足りないというんだ。
「何で進めないかなんて、簡単なことよ」
「何!?」
「あんたが嫌っている“自分”っていうのはね、すごく寂しがり屋なの。あんたが離れようとすればするほど、強い力であんたを引き止める」
「何でそんなことするんだ!?」
「分からないの!? べつに進むなって引き止めているわけじゃないの! 寂しがってるんだよ!」
「……え?」
「連れて行ってほしいからに決まってるでしょう! あんたが一緒になって踏み出してあげなくちゃいけないの! 手を取って引っ張ってあげれば、一緒になって進んでくれるんだよ!」
悔しい。何だかとても腹が立つ。
だって、だんだんアイツの言う通りのような気がしてきたからだ。
ミリー部隊長は本当にボクとの出会いに幸せを感じてくれた。それは間違いないと思う。
でも、本当にそう感じてくれたのなら、一体どんなボクとの出会いに幸せを感じてくれたんだろう?
“才能に満ちたボク”を嫌いなボク? 自分自身と向き合えないボク? 弱さを変身で隠し続けてきたボク?
違う。正解はそれらをひっくるめた全て、“マルクル・コープレス”との出会いに対してだ。
そんなことは普段のミリー部隊長を見ていれば分かったはずだ。
それなのにボクは。
ボクの全てを必要としてくれた、ボクの全てを大事に想ってくれた、ボクの全てを信頼してくれた、そんなミリー部隊長。
それなのにボクは、彼女が大切にしてくれたボク自身を嫌っていたんだ。
「くそっ!」
悔しい。なんでこんなことに、もっと早く。
「くそぉっ!」
なんでもっと早く気がつけなかったんだろう。
「くそっ! くそっ! くそぉっ!」
「…………悔しいんでしょう? 今更なんで気が付いたんだろうって」
「うるさい!」
「…………やり直せるわよ。今からだって遅くない」
そうなのかな。
「踏み出してきなさいよ。生憎とあんたを通すつもりは無いけれど、ここまで世話焼いてやったあたしに勝って、一歩を踏み出してやるっていう気概くらいは見せてみなさいよ!」
そうなのかも知れない。
だったら、言う通りにしてやるよ。
「ボクだって……違う! …………アタ……“アタシ”だって! アタシだって自分と一緒に進むことくらい出来るんだから!」
そう言ってアタシはバリアジャケットを解除した。
「何してるの?」
そして局員の制服姿のまま、スタンバイモードのレプリカストロを手の平に乗せて、唱えるように言った。
「レプリィ、もう真似事は止めだ…………って、もしかして待たせてたかい?」
「Yes. Be tired of waiting」(やっと分かったかよ。待ちくたびれたぜ)
「ごめん。じゃあとっとと見せ付けてやろうか」
「All right baby!」
「…………レプリカストロ、メタモルフォーシス。モデル“オリジナル”」
オリジナルモデル。それは、誰のモノマネでもないアタシだけの姿。
体のラインを浮き上がらせる黒いスーツで全身を包み、両手両足には身体の機能性を損なうことのない外骨格サポーターを装備。腰部、胸部、肩部にもメタリックグリーンの防護外装を装着。そして頭部の八割ほどを覆うのは、流線型のヘッドギア。口元だけを露出したそのヘッドギアの中から、目の前に佇む女を睨みつける。
アタシだけの、アタシのための、アタシ自身のヒーロー。
「ダサッ! あんた……子供じゃないんだから」
「別にいいだろう? アタシの趣味だし」
変身を終えたアタシは、一呼吸置いてから駆け出した。
咄嗟の突進に反応を示した彼女は、すぐさま二丁拳銃の銃口を向けてくる。
しかし、彼女の視線と姿勢から攻撃ポイントを読み取ることが出来たので、アタシはその弾丸を難なく回避した。
アタシがどうして様々なモノマネをこなせるのか。それを考えてみれば、この姿の怖さだって分かるはずだ。デバイスによって機能も戦術もまるっきり変わるというのに、それら全てを本物同様に操ることが出来るのは、アタシ自身の身体能力や適応能力があってこそ。それを考慮すれば、今のアタシの戦闘スタイルだって分かるはず。
「くっ! こいつ!」
そう、アタシはどんな局面にも対応できる程の能力を持っているんだ。
それをフルに使うとするならば、道具を使って動きを型に嵌めるなんてことはしない。自由度の高さが魅力となる戦闘スタイルは当然“これ”。
「徒手空拳による近接戦闘!?」
繰り出した拳と蹴りが、彼女の四肢を叩いて鉛に変える。末端から狙って動きを鈍らせるのは定石。
次なる狙いは意識を刈り取れる攻撃ポイント。
腰から発する力をつま先まで伝える。鞭のように柔軟にしなる右足が、弧を描いて彼女の頭部を揺らした。バリアジャケットを装備しているんだし、骨までは傷つかないだろう。
ヒーローに憧れたアタシが、初めてレプリィに組み込んだこのオリジナルモデル。でも、このモデルは完全にアタシだけのもの。アタシ自身であるこの姿は、やっぱり身に付けるには抵抗があった。
誰かの真似じゃない。デザインや機能性の計算など、あらゆる面においてアタシ自身が表れているこのモデルは、アタシの全てを注ぎ込んだもの。
いつか、もし、万が一、自分が誰かの真似に頼ることが無くなった時のことを考えて用意していた。
それでも、内心では決して使うことが無いだろうと思っていた。
だけど、今のアタシなら自信を持って変身出来る。
この姿に、アタシという存在全てに自信を持つことが出来る。
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄――――!」
辛うじて踏ん張った彼女へ、鋭い後ろ蹴りを直撃させた。
まだだ。
飛んでいく彼女の体を追いかけ、服を掴んで引き止めた。そして引き絞った拳を、真っ直ぐに突き出す。
それでも彼女は瞬時にシールドを展開。まだ彼女も終わっていないということか。
しかし、そのシールドは悲鳴を上げながらいとも簡単に砕け散り、アタシの拳は彼女を更に吹き飛ばした。
壁に叩きつけられる彼女。人型の跡を残して、壁から床に転がり落ちる。
「ちく……しょう!」
まだ動くのか。すごいな。
「これで決めよう。レプリカストロ、魔力チャージ」
アタシの両手が大量の魔力に包まれて、指先さえも見えなくなるくらいに輝き出す。
そして両手を向き合わせるようにしたまま脇腹の辺りに構え、発射準備を整える。
見せてやる。
これがアタシの、必殺技。
「喰らえ……発射(ファイア)ッ!」
叫び声と共に両手の平を正面に突き出すと、そこから若草色の集束砲撃魔法が放たれた。両足をしっかりと地に着け、衝撃を全身で受け止める。
巻き上がる砂煙。どうだ、間違いなく直撃だった。
勝った。これでアタシは、進むことが出来る。
あの人のところに行くことが出来る。
「ミリー部隊長!」
そう言ってアリーナの出入り口に振り向こうとした時、信じられないものを見た。
砲撃魔法が直撃した砂煙の中から、二丁拳銃の彼女が五人、十人、二十人。いや、三十人近く飛び出してきた。
「馬鹿なっ!?」
飛び込んでくる彼女達を一人一人迎え打つと、その手応えの無さに違和感を覚えた。それどころか、攻撃が当たった彼女が次々と消えていく。
これは、幻術魔法?
「…………“フェイク・シルエット”か!」
ということは、この二十人以上の彼女の中の誰かが本物。
こんな器用なことをする奴なんて今時いないぞ。
アタシは手当たり次第に幻影の彼女を消していった。頭を蹴飛ばしても、腹を殴りつけても、まるで煙とじゃれている様でしかない。
「くそ! 何処だ!?」
早く本人を見つけないと。うっかり背中を見せて撃たれたりしたら、彼女の思い通りじゃないか。
「出て来い! くそぉぉ!」
アタシは再び両手に魔力を溜めて、砲撃魔法を放った。目に見える彼女全てを払い除けるように、光の柱を動かしながら。
あと十人。まだ本人は見つからない。
あと七人。だんだん絞り込めてきた。
あと五人。追い詰めてやる。
あと三人。ここまで来たらアタシの方が速い。
「これでラストだぁ!」
最後に残った一人。すなわち、あれこそが彼女本人。
間違いない。
残っている全魔力を注ぎ込むくらいの勢いで、アタシは照準を彼女に向けてその姿を撃ち抜いた。
どれぐらいそうしていたのかは分からないけれど、これでもかと言うぐらいに砲撃を撃ち続け、息も切れ、腕を上げていることすらもきつく感じた頃に、ようやく砲撃を止めた。
「どうだ…………これで……アタシの、勝…………」
しかし、そこには信じられない光景があった。
彼女の姿が無い。
「何で!?」
「魔力はほとんど残ってないみたいね」
背後からの声。
嘘だ。そんな馬鹿な。
振り返ると、そこにはエントランスに並ぶ建築資材と重機の隙間に身を潜めたまま、二丁拳銃をこちらに向けている彼女の姿があった。
「何でだ!? いなかったはずだ!」
「姿を消してたの。“オプティックハイド”って知ってる?」
知っている。それも幻術魔法だ。
だけど、さっきのフェイク・シルエットだって高位幻術魔法だ。それと併用するなんて。
「…………器用過ぎる!」
「ありがとう」
彼女の持つクロスミラージュの銃口が、オレンジ色の魔力光を溜め込んでいくのが分かった。
まずい。もうアタシには魔力がほとんど無い。
「コ、コノヤロウ!」
「じゃあいくわよ! ファントム――――」
防ぎきれない。シールドを展開してみたけれど、弱々しさが明らかに感じられる。
悔しい。
「――――ブレイザアァァァァッ!」
そうしてアタシはオレンジの光の中に飲み込まれていった。
≪3・敗者≫
倒れ伏しているホカン部隊員の側まで歩み寄ったあたしは、その場に座り込んでしまった。
「あたしの勝ち…………でも、本当やばかった」
たぶん、あたしはもうこれ以上は戦えない。彼女が気を失っているからあたしが勝った。それだけの僅差だ。
本音を言えばこのまま眠ってしまいたいくらいの疲労感があるけれど、当然ながらそういうわけにもいかない。
ぐったりとした仕草で通信回線を開くと、あたしはシャーリーさんに連絡した。
「ティアナです……こちらの任務は一区切りつきました」
『了解……って、マルコ!? ねえティアナ! その子、マルコは無事なの!?』
どうやら知り合いみたいだ。ということは、シャーリーさんの友達だというホカン部隊員は彼女だったのか。
「まあ、無事だと思いますよ」
『思うって、そんな!』
あたしが勝ったのに彼女の方が気掛かりだなんて、ちょっと切ない気がした。
その時、突然右手首を誰かに掴まれて、あたしは悲鳴を上げそうになった。
すぐに手首を掴んだ主を確認すると、そこにはぐったりと突っ伏したままのマルコが、頭を上げられないまま、それでもひたすらに言葉を吐いていた。
「まだだ…………アタシは…………アタシは…………進むんだから!」
その言葉を聞いて、彼女の無事を知ったシャーリーさんが胸を撫で下ろす。
そしてあたしは、悔しかった。
たぶんお互いのダメージはほぼ同じ。ただ、あたしの方が意識があったから勝ち名乗りを上げただけ。
だけど、彼女は目覚めてしまった。そして、今だに闘志を滾らせている。
あたしと彼女は似ていた。似ていたからこそ、最後の最後であたし以上の気持ちを見せ付けられたことが悔しい。
あたしの右手首を掴む彼女の手からは、どこから出しているのかも分からないほどの力強さが感じられる。
本当に、悔しい。
『…………ティアナ? ちょっとティアナ!? どうしたの!? どこかケガでもしたの!?』
「何ですか急に! ケガなんてしてませんよ!」
『だってあなた…………泣いてるの?』
左手で一度だけ顔を拭ってから、鼻を詰まらせた声であたしは言った。
「ホカン部隊員の内一名を逮捕しました…………」
『…………ティアナ?』
「逮捕はしましたけど…………勝負には負けました」
彼女の、新しい一歩を踏む音が聞こえた気がした。
To be continued.