BattleBGM 小さな小さな賢将
第十二話『炎と時』
第十九学区の広い空き地。
アスファルトとコンクリートで構成された場にひっそりと存在する、茶色の地面。
ある程度整備されているだけの、何もない無駄な土地。
元々、第十九学区自体が寂れた学区であり、今では廃れた水蒸気機関などの古い技術を研究し直すことで、最新技術への応用が出来ないかどうか試しているという学区でもある。
よって新たな研究所を建てる必要はほぼなく、この四方百メートルはある素っ裸の土地は普段屋外実験にでも使われているのだろう。
そんな場所に、彼女達の姿はあった。
「メイド……?」
「そっ」
理解不能を示す呟きを口から漏らす、猫耳少女の暦。
その彼女の言葉に軽く頷く、自称完全メイドの十六夜咲夜。
ミニスカートと銀の髪を風に揺らし、彼女は笑顔で補足を付け加える。
「でも、あえて言うのならば。悪魔の従者兼、異変解決も生業とする"幻想郷"一のメイドよ」
「"幻想郷"?」
「そうか、貴様……時の使い手の」
聞きなれない、そして何処か重要性を感じる地名に、黒髪の少女シャナは眉を顰め、ツインテールの少女たる焔は納得したように呟いた。
あら、と。
白い可憐な表情に余裕の笑みを混ぜながら、咲夜は唇を動かす。
「私のことを知ってるなんて、貴方の方こそ一体何者なのかしら?」
ナイフを手でチラつかせながら、穏便に、かつ拷問のように問いかけた。
言葉自体に重みなど無い筈なのに、普通の一般人が聞けば思わず口を開いてしまいそうな強制力がその問いにはあった。
ただし、二人の少女もただものではない。
ピクリと反応自体はしたものの、それに答えることはなかった。
口を開かない少女達。だが、シャナだけが何かに気がついたように言葉を放つ。
その黒い瞳は、咲夜の手で揺れ動く"銀製のナイフ"を捉えていた。
「そのナイフ、昨日の……!」
「あら、バレちゃったわね」
ワザとらしく呟く咲夜。
見せつけるように、彼女はナイフを動かす。
このナイフにシャナは見覚えがあった。
というよりも、昨日の夜のことなのだから忘れる筈もない。
そんな動揺を見せる彼女の思考と視線を感じつつ、
「と、いうことは此方は昨日の優男と黒魔術師のお仲間さんってことでよろしいのかしら?」
「……だったらどうだと?」
「いえ、ただの確認よ」
陽光で煌く銀髪を払い、彼女は紅い瞳で三人を順番に眺めて行く。
昨日、結果的に助けたことになった炎と刀使いの少女。
髪と眼の色に違いはあれど、彼女で間違いない。
そして今の問いに対する答え方からして、少女二人が巫山戯た『神』、大元の敵だろう。
ならば第三勢力であるシャナは無視すべきか。
やるべきことは──
「さて。貴方達には色々聞かせてもらいたいのよね」
ジャキンッ!と。
その場に居た三人が気がついた時には、既に咲夜の両手にはナイフが収まっていた。
指の間にナイフを一本ずつ挟み、計八本のナイフを構え臨戦態勢を見せる。
「生憎と、話だけで情報を引き出すのは苦手でして。少しばかり痛い目にあってもらってからにしてもらうわ」
「図に乗るなよ、小娘」
「小娘に小娘と言われてもなんとも思いませんね」
焔という少女に殺気とともに言葉を返されても、平気な顔をして彼女は更に言葉を返す。
ビキッ!と、ツインテール少女の額に青筋が見えた気がした。
どうやら小娘呼ばわりは特に気にいらないらしい。
隣に立つ猫耳少女の顔にも、明らかな不愉快さが現れていた。
恐らく自分の主人から任された"任務"に誤差が生じているためだろう。
なるべく丁重かつ、不機嫌そうな表情で構えを取ったまま暦は咲夜へ喋りかける。
「失礼ですが。私達は其方の"炎髪灼眼の討ち手"に用があるのです。貴方の下へは"他の者"が行くでしょうから、今日の所は引いて貰えないでしょうか」
「その"他の者"っていうのも気になるけど、だからといって貴方達を見逃すという答えが出るわけないでしょう?黒パンツ獣人さん」
「ぶはぁっ!?」
が、その不機嫌そうな表情は羞恥の赤に強制的に塗り替えられた。
自分の下着、しかも"とある変態オッサン"に突っ込まれたこともある曰く付きの物を見られていたことに、彼女は先程までの冷静さが嘘のようにワタワタ手を振り始める。
「い、一体にゃんで……っ!?」
「だって私が地上を走って尾行してたのに、貴方達は飛んでたから。あっ、ちなみに貴方に黒は似合わないと思うわよ。折角黒い猫耳なんだから、対比するように白とか縞模様とかの方が……」
「うるさいっ!余計なことは言うなっ!」
下着講座までし始めた彼女へ、暦はムキーッ!とばかりに怒鳴る。
取り繕っていた刺客臭が一発で霧散してしまっていた。
顔を真っ赤にした同僚のみっともない姿に耐え切れなくなったのか、ため息を吐きつつ焔が制止の言葉を放つ。
「暦……少しは落ち着け。たかだか同性相手に下着を見られただけでそこまで動揺してどうする。相手のペースに嵌るな」
「うぐっ……ご、ごめん……私としたことが……」
「あぁ、そっちの貴方はピンク色のパンツだったわね……なんというか、凄く意外性が」
「〜〜〜〜っ!?黙れ!」
精神的に幼い面もある少女は、セクハラで訴えてもよさそうな挑発に耐え切れなかった。
怒りの叫びを突きつけながら焔の左目に魔力が集中し、
咲夜が居た場所が爆炎とともに弾ける。
結果だけで述べるならばそんなもの。
詳しく言うならば、彼女の瞳に炎のような物が浮かんだと思ったら、咲夜の方を睨んだ直後に空間が直接爆発した。
抜き打ちの、一般人ならばまず木っ端微塵になる威力の爆発。
だが、
「よっと」
「……!」
「チッ……」
咲夜は既に回避していた。
彼女の姿は誰にも気がつかず、シャナの隣へと着地する。
ヒラヒラと周囲をトランプのカードが何枚か舞っているのは、完全に彼女の遊びだろう。
音もなく、隣に降り立つ彼女へとシャナは警戒の色を強めながらも言葉を放つ。
「……余計なことを」
「そういう言葉は、万全の状態の者が言うことよ」
「なにが言いたいの?」
「取り合えず戦闘準備ぐらいしなさい、ってこと。もう会話なんか出来る雰囲気かしら?」
「……」
指摘を受け、無言のまま瞬時にシャナは刀を引き抜く。
『贄殿遮那』。
長い白銀の刃を持つ、名刀と呼ぶに相応しい刀。
それが彼女の黒衣から空気を切り裂きながら抜き放たれ、小さな両手にしっかりと握られた。
へぇ、と改めて近くで見てからの刃の持つ切れ味と力に関心の吐息を漏らす咲夜。
対して、その刀を持つシャナに対峙する二人の雰囲気が変わった。
"交渉"が失敗したということを確かめるべく、暦から最終宣告が放たれる。
「話は、していただけないと?」
「えぇ」
「そうですか、残念です。隣のメイドさえ居なければ……」
「そう?どうせなんらかの要因で失敗していたと思うけれどね」
慰めるように言葉を紡ぐメイドだが、逆効果で焔と暦の苛立ちを増させる結果となる。
「その原因が何言ってんだ、あぁ?」とでも言いたげな目で睨まれ始めた。
咲夜はその見るだけで人を殺せそうな怨念じみた視線を受けても、大人の余裕とばかりに何処吹く風だ。
「……で、貴方はどうするの?足を引っ張るくらいなら、始めから隅っこで震えて貰ってた方が助かるんだけど」
そして、何処吹く風状態のまま内緒話をするようにシャナへと話しかける。
話しかけて来たことに訝しげながらも、シャナは唇を動かす。
「私はアンタと一緒に戦うつもりなんかない」
「そうでしょうね。でも、"今の"貴方に戦える?」
「……」
挑発じみた咲夜の言葉を相手にするのが馬鹿らしくなったのか、それとも自分でも理解しているのか。
口を閉じた状態で彼女を無視するように、シャナは一歩を踏み出す。
「待て。シャナ」
「なに?」
「んっ?」
だが二歩目を封殺するように、声が一つ。
それは胸元にあるペンダント、コキュートスから。
"天壌の劫火"アラストールの声だった。
始めて聞くアラストールの声に咲夜が首を傾げているのには気にせず、シャナは凛とした態度で問い返す。
そして、返って来た答えは、
「隣の者に任せ、ここは引くぞ」
予想だにしないものだった。
「──」
一瞬、あらゆる返答の中で本当に予想だにしなかった返答に、シャナの思考及び肉体が止まった。
目を見開き、自分の胸元をみて立ち止まる姿は、とても脆そうに見える。
「──っ」
刀を持っていた手から力が抜けて落ちかけ、しかし直前で握り直す。
ギチッ!と、音がするくらい強く持ち手を握り、声を不自然なまでに震わせながら問う。
「何、言ってるの……?」
「だから引くと言ったのだ。今のお前では、危険過ぎる」
「そんなこと……っ」
ない、とは言い切れなかった。
強がることも出来ない程、その言葉は事実だったから。
昨日の夜がいい例だ。
自分は力の全てを出し切れず、無様な格好で戦っていた。
もし隣のメイドが居なければ、少なくとも上条は死んでいたのだ。
フリアグネという、一度戦ったことのある存在。
それなのにあそこまで後手に回っていた自分に、何処まで戦えるというのか。
シャナは口を引き結んで黙りこくる。
その顔は分かっていても心が認められないという、年相応の感情を表していた。
「……」
メリットとリスクを冷静に、異常なまでに冷静に考える。
ここで二人を倒すなり捕縛するなりすれば、向こうの情報が大量に手に入る可能性は高い。
だが、シャナには拷問や誘導尋問の心得は無かった(そもそも拷問など徒との戦いでは無意味)。
相手が徒ならともかく、普通の人間なら難しいと言わざるを得ない。
対してリスクは敗北によって死亡、もしくは捕縛された場合。
上条が孤立するというのもあるし、あのお人好し達に囮として使われる可能性もある。
こうして考えるとメリットよりもリスクの方が大きく感じる。
だが、今までのシャナなら間違いなく戦っていただろう。
何故なら、本来の力ならば目の前の二人にはほぼ確実に勝てるからだ。
「……ッ!」
ギリッ、と歯を食いしばった。
突きつけられた自分の不調に、苛立ちが募る。
そしてなによりも、その自分の不調が原因である様々な失敗が彼女を更に怒らせた。
「……別に、アンタを信用してる訳じゃないから」
「えぇ、だから昨日の借りは今度返してもらうわ」
「…………口がぺらぺらよく回るわね、アンタ……」
「周りの"環境"がよかったのよ」
「ふんっ……」
減らず口の咲夜は置いておいてとばかりに、シャナは刀を真上へと振り上げる。
構えから動いたその姿へと、焔と暦が何かする前に、
彼女の全身を灼熱の炎が包みこむ。
いや、正確には炎が包んだのではなく、長い長髪が炎のように紅く染まったのだ。
それは正に炎髪。
はらはらと、薄い火の粉を散らす髪を靡かせ、灼熱の瞳を輝かせながら彼女は刀を真下へと振り下ろす。
「──ふっ!」
「っ?」
その行為に対する焔の一撃が発動する前に、
白銀の刀身を、巨大な紅蓮が包み上げた。
轟!!と、周囲の空気を飲み込み、唸りを上げる紅蓮の大太刀が瞬時に出現する。
全長三十メートルはありそうな、炎で編まれた巨大な刀身が時折揺らめいていた。
紅蓮の炎はただの炎ではなく、存在の力によって象られたシャナの強さのイメージの一つ。
その炎刃が神速を持ってして大地に叩き込まれた。
炎としての力と刃としての力を持った大太刀は、まず大地を衝撃で陥没させ、次に大地をえぐるように大爆発を引き起こす。
主に空き地の空間の一部、少女二人の方へと。
「くっ!?」
「にゃっ!?」
予想を超える威力だったのだろう。
呻きを上げながら、二人の体が木の葉のように宙を吹き飛ばされる。
爆炎と爆風に押されながら、しかし肉体へのダメージは殆ど見られない。
半分勢いに身を任せながら、彼女達は爆煙立ち込める変わり果てた空き地へ素早く着地する。
だがその時には既に、シャナは背を向けて飛んでいた。
地面を蹴って爆発させ、数十メートル単位の距離をほぼ水平に、銃弾のように飛んで行く。
黒煙を背後に置き去りにして、彼女は脇目も振らず逃走していた。
「なっ……」
暦と焔は怖るべき早さで小さくなってゆくシャナの背を見て、戸惑いの声を上げる。
データ上でのみの彼女を知っていた二人には、シャナが逃走に奔るとは思わなかったのだ。
「くっ……!」
だが直様正気に戻り、追いかけようと足に力を込めるが、
カッカッカッ!!と、足元に何かが突き刺さる。
「っ!?」
「うわっ!?」
行く手を塞ぐように彼女等の前に数本突き刺さったのは、ナイフ。
銀で創られた、一流の手入れによって輝きを放つ対魔の力も持つ刃。
まだ周囲で燃え盛る爆炎に照らされて煌くその武器を放った人物は勿論、
「どんな力を持っているかは知らないけど、流石に今からあのシャナ?っていう少女を追うのは無理でしょう」
黒煙の中から現れた改造メイド服を揺らす女性。
十六夜咲夜。
彼女は周囲の砲撃でも受けたかのような戦場でも、その瀟酒な姿を崩さない。
「貴様……」
「理解したなら早く始めましょう。『時』の無駄だわ」
焔の憎々し気な声にも、彼女は何処までも響き渡りそうな凛とした声で答えた。
「なにせ」
音も無く、彼女の弾幕が展開される。
咲夜の背後。
つまりは逃走したシャナとの壁となるように、魔力によって形成された弾幕が。
手に持つナイフと似たような、しかし数百という凄まじい数で空中を漂う弾幕達をバックに、彼女は小さな笑みを口の端に浮かべながら告げる。
「私と違って、貴方達の時は有限なのだから」
「……」
周囲の景色が線のように流れて行くのを感じながら、シャナは無言で飛んで居た。
正確には、ビルの屋上を蹴って飛ぶことで高速移動を可能にしている。
炎の翼を使わないのは、発見されるのを防ぐためだ。
別に空を飛ばずとも、彼女の肉体は既に第十九学区を抜け、第四学区に突入している。
「……」
元の色に戻った黒髪を抵抗の気流で後方に流しつつ、シャナは小さく口を開いた。
「ごめん」
「うむ」
短い謝罪に、短い把握の言葉。
他人が聞くととても軽く感じてしまうが、その一言にはとても重い感情が込められている。
今戦わなかったことで捨て去ったメリットは、かなり甚大だ。
しかも本来ならば確実に得れたメリットだというのが、余計に捨て去ったのを大きく感じさせる。
故に、シャナは今謝った。
そしてそれ以上後悔はしない。
終わったことをぐちぐち悩み続けるよりは、得た事柄を整理し反省する方が百倍いいからだ。
後悔も反省もせずに開き直るのは馬鹿のすることであり、シャナは馬鹿ではない。
「……アラストールはどう見る?」
彼女は別のことに話を移す。
反省は後でも出来る。
今は、現在進行している問題について話すべきだ。
「戦闘についてか?」
「うん……あの"ヴィルヘルミナ"に似た服を着た女と、猫耳女に炎の女。どうなると思う?」
アラストールは補足の言葉を受け、ふむ、と一息。
要するにあのメイドと二人組、どちらが勝つだろうかということを尋ねているのだ。
ビュウビュウと周囲で音を奏でる風の音に混じるように、遠雷のような声を響かせた。
「お前と同じだろう」
「そう……」
以心伝心。
戦いのことに関しては絶対的な繋がりがある二人は、意見を同じくして納得する。
『夜笠』をはためかせながら空を飛び、シャナは確認の意味も込めて呟いた。
「まず、間違いなく──」
「クソッ!」
舌打ちと共に、発火能力持ちの少女、焔は言葉を吐き出した。
今日、自分と暦は任務のためにこの世界に降り立った。
("炎髪灼眼の討ち手"と接触し、"情報をわざと漏洩しつつ撤退する"、そうなる筈だったというのに……っ!)
ナイフを持ったメイドが、それを邪魔した。
一通り見たデータの中にその姿を見たことがある。
時を操るという、異世界においても数少ない才能を持つ女。
だが所詮は個人の力。此方は二人。
すぐにでも撃退し、"炎髪灼眼の討ち手"の方を追える"筈だった"のに……
何故、未だに十六夜咲夜を倒すことが出来ない?
いや、それどころか──
「ふっ!」
「がはっ!?」
「焔!」
ドゴンッ!!と、轟音。
咲夜による鋭い膝蹴りが、焔の腹へと勢いよく叩き込まれる。
場所を移動しながら戦っていた焔は、体をくの字に折り曲げながら道路の標識へとぶち当たった。
背中に硬い金属の感触が、焔の脳へ直接伝わる。
(ぐっ、がっ……っ!話には聞いていたとはいえ、幻想郷から来た奴は頭が一つ二つ、ずば抜けている……!)
そのまま、金属で作られた一方通行を示す標識は根元からへし折られ、焔の体と共に吹き飛んで行った。
だが、彼女とてただ吹き飛ぶだけではない。
移動している間に辿り付いた第四学区の大通りに足をめり込み、彼女は踏み止まる。
第四学区は食品関係の施設が多いせいか、大通りも大型トラックが通るのを考えて作られており、かなり広い。
「舐め、る、なぁっ!」
周りから感じる一般人の視線など無視して、焔は標識を手に持つ。
ブォンッ!!と、分厚い空気の音が鳴った。
細い腕から現代医学上絶対にあり得ない筋力を見せ、標識を鉄パイプのように投げたのだ。
ただし、鉄パイプとはスケールが違い過ぎる。
横回転でブーメランに似た動きで飛ぶ標識が狙うのは、彼女から見て上空。
高い所から攻撃しようと突撃して来ていた、咲夜へだ。
十メートルは飛んでいる一般人ではない彼女へ、一般人ではあり得ない筋力で投げ飛ばされた、一般人では絶対に防げない攻撃が迫る。
「スペルを使うまでもないわね」
しかし、たやすく一刀両断。
銀光が煌めいたと思った時には標識は切断され、咲夜の後方へ二つに分かれて流れている頃だった。
「……!」
だが。
咲夜はナイフを構えたまま、落下しつつその顔を見る。
攻撃を防がれた筈の焔の口元には、ハッキリとした笑みが浮かんでいた。
ボンッ!!と、咲夜の背後で標識が爆発する。
ただ単純に咲夜がいる空間を爆発させても、効果は薄い。
魔法的な爆炎は起こすのも簡単だが、防ぐのも障壁を張りさえすれば防げれてしまう。
現に何度か咲夜には防がれていた。
「考えたわね!」
だが今のは違う。
標識自体が爆発したことにより、熱を持った鋼の欠片が対人手榴弾のように刃となってばらまかれたのだ。
それこそ、咲夜を背後から狙い打ちする形で。
完全瀟酒なメイドは、そんな奇襲でさえ背後を見ずにナイフを振ってやり過ごす。
ガガガガガッ!!と、鋼を弾き、体を三回転程させながら道路のど真ん中へと軽やかに着地した。
高さからして普通なら足の骨が骨折、最低でもヒビが入ってもおかしくはないが、そんな様子は見られない。
「────ッ!!??」
そこで漸く、周囲の歩道や自動車の中に居た人々の悲鳴が炸裂した。
高位能力者にしか見えない者達が(実際は違うのだが)戦っている。
しかも子供の喧嘩レベルではなく、明らかに殺人クラスの戦いを行っているのだ。
巻き込まれたらどうなるのか、考えただけでも恐ろしいとばかりに周囲の人々は次々と二人の傍から離れて行く。
中には自動車を乗り捨てていく者もいた。
勿論、当事者である彼女達はそんな細かいことを気にしない。
「この、化け物め……」
「化け物って言うのは、貴方の所のトップにこそ一番似合うと思うのだけれども」
自分の世界で培った会話能力で、咲夜は微笑みつつ目の前の炎少女を挑発する。
しかしながら、短気な彼女は怒りマークを見せながらも攻撃してこない。
代わりに、
「暦!」
「?」
相方の名前を呼んだ。
姿が見えない、あえて放置していた黒猫少女の名前に、咲夜は警戒を強める。
──瞬間、彼女の動きが止まった。
実際にはミリ単位で動いているのだが、周りからは氷付けにでもなったようにしか見えない。
目ではよく分からないが咲夜だけではなく、彼女の半径五メートル周囲の空気も停滞していて、まるでその空間だけ"時間の流れが違う"かのよう。
「アーティファクト『時の回廊(ホーラリア・ボルティクス)』時間停滞」
この異常な現象を引き起こしたのは、咲夜の右後ろに位置する三階建ての施設の屋根に立つ暦。
彼女の手の中には塔のような先端が二つある容れ物に囲まれた砂時計がある。
アーティファクト。
彼女達の主人から承った、彼女達の武器。
調という少女が持っていたバイオリンのように、暦の砂時計にも特殊な力があった。
それが、この限定範囲での時間操作。
主に時間の停滞と加速を操る、彼女だからこそ使える力。
「焔、今ッ!」
「分かっている!」
『止まった』状態の彼女へと焔は容赦しない。
左目に魔力を最大まで込め、一気に焼き尽くしてやろうと立ったまま固まっている咲夜を睨む、
「──っ?」
が、そこで気がついた。
気がつかざるを得なかった。
彼女の能力は左の瞳で爆破する空間を睨むことにより、発動する物なのだから。
焔が、その左目で見たのは、
動きが『時』によって止まっている筈の咲夜が、唇を釣り上げ、笑っている姿。
バキャンッ!!と、何かが砕け散るような破砕音が鳴り響いた。
それと同時に、彼女の時が正常に動き出す。
(レジスト!?)
時間停滞を形成していたフィールドが霧散したため、咄嗟にそう考える。
レジスト。つまりは魔法的現象を魔法的現象で打ち破るというのは、実際ないことではない。
寧ろ一般的。当たり前の現象だ。
だが暦の能力は時を停滞する。
つまりは能力に捕まった者は特殊な思考速度でもしていない限り、時を止められたことにさえ気がつかないのだが──
(ハッ!?そうだ、このメイドは時を使う──)
「幻符「殺人ドール」」
思考を最後まで終えるのは無理だった。
動き出した咲夜の、呟きと現れたナイフの群れによって。
現れたナイフ達は咲夜の周りを刃を光らせながら回転し、五十と五十に綺麗に分かれて一気に光となって突き抜ける。
シュパァァァァァァァッ!!と、気体を切り裂く甲高い音を響かせて、ナイフのレーザー群は焔と暦、両者に迫った。
「くあっ!?」
「はぐっ!?」
当たったら肉どころか骨さえも残りそうにないナイフ群を、焔は空間を爆発させた余波で、暦は屋根から飛び降りて躱す。
焔の方に向かっていたナイフ群は放置された自動車に直撃。暦の方に向かっていたのは屋根をごっそりヤスリがけのように抉り取った。
自動車の機構がナイフによって粉々にぶち壊され、衝撃が伝わってガソリンが大爆発する。
ガス臭い熱風が唸りを上げて、大通りに立つ三人へと吹き荒れた。
「ふっ、」
そして、
「ふふふっ、あはははははははっ!」
「「……」」
間を置かず咲夜による歓喜の咆哮が、爆炎によって紅く染まる大通りに響き渡った。
狂った感じはなく面白い漫画を見たのにも似た、純粋な笑い声に近い感覚。
ただ、その笑いには戦闘者としての歓喜が多分に含まれていた。
怪訝そうな、というか若干引き気味の二人にも気にせず、彼女はまだ笑いが収まらないまま、言葉を紡ぐ。
「ふ、ふふ……まさか、異世界に私みたいな力を持った人が居るなんて。やっぱり、面白いわね」
それは、幻想郷という狭い世界に居たからこその感想だった。
確かに彼女が居た世界には、自分の持つ時を操る力が小さく見える程の能力持ちが居た。
運命や奇跡などが代表的であり、実力で言うならば更に多くの人妖を知っている。
だがしかし、それでも自分の持つ能力を他の者が持っていたことはない。
精々、近い能力としては竹林の姫ぐらいだろうか。
それでも本質は違ったものだった。
なので、彼女にとっては始めてとなる、同じ能力同士の戦い。
だから、だからこそ。
「更に楽しくなりそうね!」
心がわき踊る。
完全な笑顔を見せて、咲夜は跳んだ。
地面が彼女の細身からは信じられない程の脚力を受け、ひび割れる。
ナイフを右手に握り紅い瞳で狙いを定めたのは、背後で砂時計片手に立っていた猫耳少女、暦。
「うわっ!?」
神速と呼ぶに相応しい斬撃を、暦は身を屈めて避ける。
が、それを読んでいたように、腕を振った状態のまま回転して力を得た、咲夜の右足が鋭く真っ直ぐに叩き込まれた。
「ぐにゃ!?」
「甘いわよ」
ガゴンッ!!と透明な魔法障壁ごと、彼女は勢いよく蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた暦はノーバウンドで吹き飛び、数十メートルの距離を一気に飛んで行った。
蹴った衝撃で浮いた肉体を地に着け、咲夜はそのまま油断なく胸元からカードを引き抜く。
カードにはナイフであろう綺麗な模様が描かれており、かなりの魔力が封印されていた。
そして宣言。
「奇術「エターナルミーク」!」
同時に咲夜の手が消えた。
消えた、というより余りにも高速で動いているため、白い腕の姿が視認出来るレベルを超えていた。
目に見えない速度で振られる腕が放つのは、大量のナイフ。
銀のナイフが陽光を浴びながら空間を乱れ飛び、散弾となって焔へと唸りを上げて飛んで行く。
対して焔は一度瞳を閉じたかと思うと、目を開き、
「炎精霊化!」
魔法のキーワードらしき物を叫んだ。
瞬間、彼女の全身が燃え上がり始め、炎が彼女の全身を覆い尽くす。
それも一瞬のことで、全身を包んでいた炎は朧げに服を焼け散らした肉体を覆っている。
彼女の肉体は変わっていた。
ツインテールの先は紅い炎が燃え、額からは人外を象徴する短い角が生え、更には全身の皮膚が紅い。
(炎精化?そんな上級魔術をあっさり……いや、種族としての力なのかしら)
ナイフを無造作に投げ続けながら、そう考える。
炎精化というのは、精霊魔術などで使われる精霊や妖精と似た霊的存在に肉体を変える技法だ。
単純な変化などと違い、肉体の構造自体が変わるので相当高度な術となる。
人外に囲まれながら過ごした咲夜だって、資料以外では滅多に見ない力だ。
そして、その力は……
「たかだかナイフ如き!」
目前に迫っていたナイフの群れに、焔は自ら飛び込む。
彼女の小さな体躯がゆらりと揺らめいた直後、
直撃したナイフ達全てが、彼女の体を素通りした。
まるで、炎を突き抜けるように。
「炎化……」
無駄だと悟り、スペルを即座に打ち消す。
肉体自体が炎になっているため、単純な物理攻撃は効かないのだ。
全ての精霊がそういう訳でもないのだが、焔はそういう意味では相当高度な術者なのだろう。
「貰ったぞ!」
そして気がつけば。
炎を纏わせた拳が、咲夜の顔面を焼き尽すべく迫っている。
肌をジリジリ焼く異常な熱気を感じさせる、灼熱の姿に、
「だけど」
「っ!?」
咲夜は笑いながら対処してのけた。
迫った拳を即座に張った障壁で正面からずらして、そして、
拳を直接ストレートで叩き込む。
「ぐ、ごっ!?」
「貴方が攻撃する直前は、絶対に実体化する」
見事なカウンターだった。
まともに、自分の前進スピードによる影響もプラスして頭を揺さぶる一撃を受けた焔は、来た道を辿るように押し流された。
意識を僅かに飛ばしながら、しかし歯を食いばって耐え抜く。
「ただ、ちょっと熱いわね。素手で殴ったのは失敗だったわ」
「っ、ほざけっ!」
ヒラヒラと殴った左手を空気で冷やしながら語る咲夜の愉快気な態度に、怒る焔の眼光が光った。
空中で態勢を立て直しながらも炎の瞳で咲夜を睨み、またもや何も無い空間が弾ける。
爆炎や爆風が何もない空間から生まれても、いつも通り動揺はしない。
メイド服を揺らしながらアスファルトを蹴り、爆発から逃げる咲夜。
空中に飛び上がり、姿勢を制御している彼女へ追撃が迫る。
「!」
背後。
背中に感じた鋭い殺気に対処するべく、咲夜はナイフを振るうった。
「ぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ガキャンッ!!と。
音を上げ、ギチギチギリギリと空中で拮抗する。
攻撃して来たのは、もう一人の敵である暦。
ただし、その肉体は先程までとは違っていた。
猫耳と隠れるように生えていた尻尾だけが人外である証だったのに、今では全身が黒い体毛で覆われ、目は金色に輝く猫目。
そしてナイフと打ち合う腕の筋力は、人外レベル。
獣人。人間ではない、異端の者。
「お次は獣人化、か。変身に憧れる年頃?」
「相も変わらず巫山戯た態度をッ!」
自分の全力で押して、尚拮抗しながら暦は荒々しく吠えた。
先の丁重な態度はどこへやらといった表情で。
そして吠えながら、獣人としての力による凄まじい連激を放った。
獣の筋力による打突が両手から、咲夜の上半身を打ち抜くべく放たれ続ける。
しかし銃撃に勝る打突の嵐を、咲夜は両手で防ぎ切る。
身体能力では暦の方が勝っている筈なのだが、魔力で強化された彼女の手は一撃一撃を見事なまでに受け止めていた。
「くっ、ニヤァァァァッ!!」
「っ!」
一撃。
一撃が咲夜の防御を潜り抜けた。
構えられた彼女の手をすり抜け、心臓に当たる部分へ黒い手が突き出される。
「残念」
が。
無駄だった。
「にゃっ!?」
気がついたのは、既に蹴り飛ばされてからだ。
背中から折れ曲がり、ガクンと崩れる暦が視界の隅で捉えたのは、自分を蹴り飛ばすメイドの姿。
(時間、停止……っ)
「貴方なら分かるでしょ?時の、強さというものが」
ドンッ!と、黒い体が宙を舞う。
ただ蹴り飛ばしたのでは無かった。
此方に攻撃をしようとしていた炎少女たる焔の方に吹き飛ばすことで、攻撃出来なくさせたのだ。
衝撃によりビリビリと余韻を感じながら、咲夜はナイフを抜き放つ。
抜き放ちながら、重力に従って落下し、
「ふんっ!」
自動車を片手で持ち上げた。
巨大な鋼の塊をメイドが片手で持ち上げるという、圧巻でしかない光景を形成しながら、彼女は振り被る。
そして投げた。数百キロを越す、鋼の塊を。
ブォンッ!!と、空気を鳴かせながら塊は砲弾となって宙を飛ぶ。
狙いは宙に二人で浮かぶ、敵。
「チッ!」
焔の大きな舌打ちと共に、中途で鋼の塊は爆発した。
数百万円の物体が一撃でスクラップになるのは、持ち主からしてみれば溜まったものではない。
しかし、そんなことを気にする彼女等では無かった。
焔と暦の前方を覆う、爆炎のカーテン。
「ふっ!」
高熱のそれを、咲夜は真正面から突き破り、二人に砲弾の如く突撃する。
焔は再度舌打ちした。
自動車の影に隠れる形で、咲夜も接近していたのだ。
ここまで来ると、爆破しても自分達も爆発に巻き込まれてしまう。
「『時の回廊』自陣加速!」
そんな彼女の隣に浮かんでいた暦が飛び出した。
術によって浮かぶ自らの体を、甚大な脚力によって打ち出す。
更に、自分へとアーティファクトの効力を帯びさせ、自分の時間を加速した。
そうすると、暦は常人ではあり得ない早さを得られるのだが、
「それくらい、私にも出来るわ」
「っあ!?」
相手もそれは同じ。
時間加速同士がぶつかりあった結果、自然と技能の高い者が勝つ。
それは当然の摂理であり、当たり前のこと。
咲夜のナイフが、暦の頬を掠った。
思った以上に深く切れたのか、頬から血が強く吹き出す。
「暦っ!」
「出し惜しみはしない方がいいわよ!」
「くっ!」
暦がなんとか咲夜の手元から離れたのを見て、焔の能力が発動。
爆発が空間に起こるとともに、三つの人影がアスファルトへと難着陸する。
ダンッ!!と、固い物がぶつかりあう硬質な音が響いた。
周囲には、すでに誰一人としていないため、三人の息遣いと爆発の余韻だけが、この場を満たす音だった。
「はぁ、はぁ……」
「この程度?だったら期待外れね」
「う、うるさいっ!」
相方が吠えるのを見ながら、焔はなるべく冷静に咲夜の姿を見る。
そのメイド服は所々汚れているが、それらは全て爆発の余波によるもの。
実際、彼女自身にダメージはない。
此方にもダメージは殆ど無いが、此方は本気を出した上、疲労献倍になりながらだ。
戦いの中で、はっきりしたことがある。
向こうは恐らく、まだまだ強い。
調子を取り戻すために、少しずつ力を強めていっている感じさえする。
(強さだけならば最強クラス……私達が二人で敵う相手ではない)
"四人"ならばともかく、二人では絶対に勝てない。
しかし、かといって戦闘を放棄し、離脱するのは今となっては難しい。
背を向けた瞬間にグサリと行かれる可能性もある。
服ではなく、炎で包まれながら彼女は相方に問いかけた。
(……暦、どれくらい戦える)
(まだまだ余裕!……だけど、正直、ムカつくけど!……勝てる気がしない)
(あぁ、分かっている)
彼女達とて馬鹿ではない。
力量差は、十分理解していた。
才能と経験の量では、二人は咲夜に負けてはいない。
ただ、"経験の密度"。今までどのような者達と戦って来たのか……その相手のレベルが、二人の経験とは比べ物にならなかった。
なので、今どう足掻いた所で粘ることは出来ても、勝ちはない。
(だとすれば離脱しかないわけだが……んっ?)
ふと。
ここで何故か、焔の感覚に違和感が走った。
何故か。焔本人もよく分からなかったが、目の前を改めて見て気がつく。
(十六夜咲夜が、攻撃して来ない?)
対峙している咲夜が、攻めて来ないのだ。
ただダラリと両手を下げ、受身の態勢で対峙している。
紅い双眸は此方を眺めており、暦がそれに「ウゥッ……!」と唸りながら反応している、といった形だ。
(……どういうことだ?)
強者の余裕、というのならばまだいい。
だが、見た限り十六夜咲夜はそんな油断を見せる人物には感じられない。
むしろ逆。
油断の一欠片も見せずに、相手を容赦なく打ち倒す。そんな人物である筈なのに……
(いや、待て。なら何故私達はまだ生きている?)
自分の考えを否定した。
それだけ非常で完全な人物ならば、既に自分達は斬殺されている。
変化する間さえ与えてくれはしないだろう。
戦いが楽しいから、ワザと長引かせている?
いや、確かに暦の時の力によって、戦いを楽しんでいる感じではあったが──
(……"ワザと長引かせている"?)
突如、その単語で何かが分かったように焔は顔を上げる。
まさか、という感情を込めながら。
顔を正面から向けられた時を操るメイドはため息を吐き、告げた。
「"態々街中を選んで戦っていたのに"、何も違和感を抱かなかったのは幸いだったわね」
「──っ!」
それは遠回しな背定の言葉。
聞いた瞬間、焔の生きが詰まる。
そう、最初から気がつくべきだった。
人通りの多いこの場に誘導されたこと、相手の無駄な戦い方、"ワザと目立つような"行為の連発。
そしてなによりも、
戦い始めてから、未だにアンチスキルと呼ばれる治安維持部隊の姿がないことに。
これらの結論は、至極簡単な物となる。
つまりは、
「逃げるぞ!"罠"だ!」
「えっ!?」
「銀符「パーフェクトメイド」!」
行く手を塞ぐように、咲夜の手からスペルカードが発動する。
金属同士がこすり合う音を出しながら、ナイフの網が周囲を突き抜けた。
「邪魔だ!」
それらを焔は爆発で弾き飛ばし、逃げ出すための活路を開く。
後ろから暦がついて来ているのと、更に放たれ続けるナイフの群れを感じながら焔は炎を揺めかせながら飛んだ。
逃げるために。
「えっ、ちょ、焔!?」
「説明は後だ!いいから早ぐっ!?」
しかし、逃げ出すことは出来なかった。
突如として出現した透明な壁のような物に、衝突したのだ。
自動車並の速度で何かにぶち当たった焔は、痛みに体を強張らせながらもそれを推測する。
(結界、だと!?炎化している私を止めれて、しかも気配を全く感じさせない結界など──っ!)
「っ!あ、あれ!」
暦の叫びに、焔はそれを見る。
見えたのは大通りの端で魔力を放つ、結界の媒介であろうもの。
小さな、それこそ手に収まるサイズのそれ。
媒介の正体は、"折り紙で作られた塔"だった。
「"陰陽術"……!?」
かつて主人が気まぐれとばかりに本をパラパラ捲って実践していた日本伝統の魔法を思い出し、
「にゃー、正解も正解。大正解だぜい、燃える女の子」
巫山戯た調子の、しかし真剣味を感じる、掴みきれない声が焔の耳に響いた。
気がつけば、ナイフの群れが消え去っている。
アスファルトをえぐられ、ボロボロの大通りの一角。
施設の影から現れるように、声の主は咲夜に向かって歩いていた。
金髪にサングラス、更にはアロハシャツと不審者極まりない男。
「何時から居たの?」
「『スペルを使うまでもないわね』ってとこからだにゃー」
「最初からじゃない。さっさと出てくればよかったのに」
はぁ、と咲夜は呆れたようにため息を一つ。
それに対して男──土御門元春は、まるっきり巫山戯た調子のまま、
「いやぁ、どっかの誰かさんのせいで高度な結界の展開に戸惑っちまったんだにゃー。陰陽博士たる俺も、流石に今回は一苦労だったぜい?」
「ですが、魔術的トラブルを考えなくていい点では、ある意味楽だったのでは?」
「っ!?」
声が一つ追加された。
其方を見るように、焔の視線が駆け巡る。
反対側の道。
そこを塞ぐためなのか、スーツ姿の男が一人立っている。
此方は茶髪の爽やかな、優男風の男性。
「あら?一人だけじゃないのね。まぁ、これだけ時間を稼がせておいて、一人だけって言ったら怒ってたけど」
「そこまで無能ではありませんよ」
「でもさ、私には状況がさっぱり理解出来ないのだけど?どういう状況?なにあの炎女に猫女は」
更にもう一人。
施設の屋根に座っていた。
つい数秒前には、居なかった筈なのだが。
サラシを胸元に巻き、肩から上着を一枚羽織っており、手には軍用ライトをクルクル回していた。
彼女は困惑と呆れが混じった目で、全体を眺めている。
そして。
「……オイ、もォいいンだよな?」
最後の一人が、上空から降って来た。
ズシンッ!!と、細身の体躯からあり得ない轟音を上げて、その人物は着地する。
「貴方も来てたのね」
「あれだけ五月蝿くやってりゃァ、イヤでも来るに決まってンだろうが」
白い髪。
紅い目。
黒い服。
白い杖。
街中でも絶対に目立つ、悪人面の男がそこに立っていた。
「お、前達は……」
「名乗るもの程じゃないけど、一応名乗っとくか」
土御門は、軽い調子で、
「暗部組織"グループ"だ。お嬢さん方を捕まえに来た、な」
宣告を下した。
世界は変化してゆく。
人々が入り混じり、進んで行くことで、
世界は変化してゆく。
シャナと咲夜の共闘は残念ながらありませんでした
次回のお話は……どうなるのか(えっ?
とにかく、グループが出せたことが一番満足だったということで。
では、また次回!