1月1日 転機が訪れたのは、1997年の事だった。 当時、強制徴兵直前だったその少年は、一つの選択を突きつけられていた。失われた祖国を取り戻すべく、統一中華戦線の一粒となって戦うか、また別の道で戦うか。 祖国、中華人民共和国の一時的な『無期限』撤退。大陸という大地を手放し、逃げこむ先は台湾。そこに軋轢が生じないはずがなかった。確かに1986年の統一中華戦線誕生より11年の歳月を経ているが、台湾は第二次世界大戦後から数十年かけて独立運動を行なってきていたのである。同じ轡を並べたとしても、その蟠りや軋轢が消えることはない。そして、中国共産党政府受け入れによって、今までのパワーバランスは見事に逆転した。 即ち、台湾人が上に、中国人が下に。 そんな中で、少年は中国人として戦っていけるのか。祖国を取り戻すならば、違う道もあるのではないのではないか。ただの消費されるだけの防波堤では無く、もっと違った方法で故郷を奪い返す事はできないだろうか。 考えた結果、国連軍の門戸を叩いた。 故郷を奪い返す為には、力がいる。今の統一中華戦線にはそれは無い。確かに規模から言っても日本と合わせて極東防衛線の要ではあるが、現状は限られた土地を守るのが精一杯で、とてもではないが大陸を奪回するだけの余力は残されていなかった。当時、まだ単なる市民であった少年でさえその程度の事は感じ取れた。これが軍部の人間ならばそれ以上の絶望感を感じていただろう。 少年は賢かった。いや、正確に言えば賢しかった。 天才と呼ばれる人種でこそないものの、要領よく世渡りが出来て、一を以って十とは言わずとも五は知れる人間だった。そしてそこそこ裕福だった為に徴兵も遅く、だからこそ、彼は生き残ることを第一に、故郷の奪還に至るための未来地図を描いた。 その一歩が、国連軍だ。 中国人として統一中華戦線に加われば、確かに最前線と行けるだろう。そこで戦功を上げれば上層部へ行く事も夢ではないだろう。だが、現実的に考えてみて、前述したように統一中華戦線での中国人の扱いはあまり宜しくない。歯に衣着せぬ言い方をすれば、差別化が凄まじい。現場レベルでの昇進は早いだろうが、それ以上ともなると政治と偏見と軋轢が邪魔して難しい。それに、昇進するためには最前線で生き続けなければならないが、これもまた難しいのだ。才能云々の前に、おそらくは決定的に訓練量が足りてない状態で戦場に送り出される結果になるからである。日本もそうであるように、統一中華戦線も部分的な免除はあるものの学徒動員は既に行なっている。だが、大陸での激戦に因る人員消耗は激しく、戦場での人員需要と訓練校からの供給バランスが圧倒的に崩れてしまっている。需要拡大する一方で、どの兵科も供給が追いつかないのだ。大陸からの撤退後は小康状態にあるが、当時は衛士が戦術機の整備や改修を行うのは当然、それどころか戦闘以外の雑用までやるのは当たり前だった。 そんな状態で、まして訓練不足が目に見えているのにも関わらず戦場に出て―――果たして生き残れるか。 答えは否だ。 生き残るためにはとにかく力がいる。それを得る為には、訓練の時間を確保しなければならない。そしてそれは、統一中華戦線では得ることは難しいと判断した。 しかし国連軍ならば、確かに任地こそ選べないが十分な訓練を受けられるし、戦場での経験を積み、武勲を立てれば上に行く事も可能だ。遠回りはするかもしれないが―――権力を手に入れることが出来れば、故郷奪還の足掛かりになる。 だから少年は国連軍へと入り、一年を訓練兵として過ごした。幸いにも思った以上に衛士適正があった為に、卒業と同時に士官として順調なスタートが切れた。一番の心配だった『死の八分』も任地が後方だった為、同期に比べれば割とすんなりと超えることが出来た。 そこから二年程、後方での実戦を数回重ね、上層部の人間から声が掛かった。曰く―――。『今後のBETA戦争を鑑み、ダイヴ専門の衛士を育成を目的とした計画が立ち上がった。折しも先頃、宇宙総軍の第七降下兵団の一部に空きが出来たとの事で、そこに試験隊を設立することになった。その人員に、君を推そうと思うのだが―――どうだね?』 宇宙総軍、それも軌道降下兵団と言えばエリート中のエリートだ。実際にダイヴし、更にハイヴ内にも入らなければならない事を考えれば、生半可な操縦技能では務まらないことは容易に想像できる。 つまり、この引き抜きは自分の能力が認められたに他ならないのだ。 しかし、ここで素直に喜ぶのは愚者のすることである。確かに軌道降下兵団は任務の難易度から腕のある者にしか務まらない。いや、ある意味では腕のあるものでも務まらないのかもしれない。 作戦遂行時の生還率―――およそ二割。 それが軌道降下兵団の現状だ。光線属種が支配する制空権を掻い潜り、地上に到達出来てもハイヴ内に潜らなくてはならない。更にそこから生還しなければならない事を考えれば、それだけで難易度を推し量れるだろう。 自分の命を第一に、故郷奪還を夢見る少年にとっては、決断に悩む選択だった。上に行くためにはここで心証を良くしておく必要がある。しかし簡単に頷いて死亡率七割超の軌道降下兵団に入って、果たして生き残れるのか。 少年にとって、二度目の大きな選択だった。 結局、自分が所属する予定の部隊が育成を目的とした試験隊である、と言うことを考え―――頷くことにした。試験隊であれば、余程のことがない限り無茶はさせないはずだ。そしていずれの選択をしたにせよ、軍人である以上BETAと戦い命を落とす可能性がある。ならば、より戦果を挙げれる場所に居た方がいい。 この選択は、少年にとって正しかった。 目論見通り、試験隊は育成を目的としているだけあってハイヴの突入は一度もなかった。入隊から一年、普段は軌道降下の訓練と、緊急展開時のスクランブル降下のみだった。 ―――少年は恵まれていた。 いや、それを本当の幸福であるかどうかは人によるだろうが―――少なくとも、この世界の軍人にとっては恵まれている部類だった。 それ故に、と言うべきか。 今日、この日、少年は本当の絶望を知った。『く、来るな!来るな―――!!』『ひっ………!!やめ………ぎゃああぁぁぁぁああっ!!』『畜生!畜生が………!!』『助けて!誰か助けてぇぇええっ!!』 動悸が激しい。発汗が止まらない。だと言うのに、身体は恐ろしく冷えきっている。それとは対照的に、頭は今にも沸騰しそうだった。何故だ、何故自分はこんなところで死ぬような目に遭っている。 2002年1月1日。 桜花作戦の決行。 少年が所属する第七軌道降下兵団は、昨日未明から行われている桜花作戦のフェイズ1である陽動作戦の増援部隊として参加していた。 場所はボパールハイヴ近郊。 オリジナルハイヴであるカシュガルからは程近いここでの陽動は特に重要視されており、抽出された戦力もアフリカ連合の一部、中東連合の半数、国連軍印度洋方面総軍とそうそうたる顔ぶれだった。尚、残りの兵力は各国の直接防衛と、ユーラシア大陸に於ける対BETA防衛線の戦力増強に当てている。 作戦の第一段階としてアラビア海洋上に集結させた陽動戦力を、かつては港湾都市であったインド西部のスーラトに強襲揚陸。そこを臨時の侵攻拠点として確保し、約300km北東にあるインドールを目指す。因みに、更にそこから北東100km先にあるボパールハイヴには手は出さない。フェイズ5まで育ったこのハイヴを相手にするにはこれだけの戦力があっても足らないことが、10年前のスワラージ作戦に於いて証明されているからだ。今回も同じボパールハイヴが相手ではあるが、当時はフェイズ4。今回はそれよりも一段階上のフェイズ5。それだけを考えても相当に戦力不足であることが容易に想像できる。あくまで今回は陽動のためにハイヴ近郊で派手に戦うのである。 作戦推移は割りと順調だったと言うべきだろう。如何にフェイズ5まで育ったハイヴと言えど、ボパールハイヴのみでインド全域をカヴァーできるはずがない。先だって対BETA防衛線からも順次海上砲撃を行なっているので、BETAの防衛戦力を海岸線に散らせている。 結果として敵の防衛線は薄く伸び切る事となり、一点集中としてスーラトに殴り込んだ陽動部隊は瞬く間に周辺BETAを駆逐した。その勢いをそのままに、破竹の勢いで陽動部隊は内陸へと侵攻していくのだが、当然、海を離れれば離れるほど支援砲撃が薄くなる。戦車等の陸上戦力も持ち込んでいるが、それでも心許ない。更には補給線だ。侵攻とともに各所に補給コンテナをばら撒いてはいるが、無尽蔵に出てくるBETAを相手にしていては弾薬など幾つあっても足らない。 そうした経緯もあって、一度はインドールまで押し上げた前線も直ぐに60km手前のサルダルプルまで下げられる事となった。 そして、煮詰まりつつある前線に増援戦力として投入されたのが―――少年が所属する第七軌道降下兵団だ。『―――よそ見してんじゃねぇぞルーキー!』 怒声とともに背後に轟音。 網膜投影のカメラが後方で要撃級が挽肉にされていく様子を捉えた。喉元まで出掛かった悲鳴を飲み込み、少年は状況を確認。 ほんの20分前まで空の上にいた彼等第七軌道降下兵団は兵団の約三割を光線属種の迎撃に因って損失しながらも最前線へと到着。質量兵器と化した再突入殻をBETA群へと叩きつけ引っ掻き回し、そのまま戦線に参加した。これにより一時的に優位に立ったものの、ハイヴから程近いここでは直ぐに敵の増援が来てしまい、今は再びジリジリと戦線を下げつつあった。「あ、ありがとうございます!大尉!」『棒立ちして礼を言ってる暇があったら動いて撃て!!こっちもテメェ等の御守りをいつまでもしてる余裕はねぇんだぞっ!?』「は、はい!」 白人の上官の声に急かされるように少年はトリガを引き絞る。狙いなど付けなくていい。どの道見渡せど見渡せど周囲には敵だらけだ。使い慣れたF-15Eの推進力に身を任せ、徐々に後退しつつ弾幕を張る。(くそ………!これが―――これが最前線なのか………!?) 途絶えること無く悲鳴と断末魔がオープンチャンネルで流れてくる。それを聞くだけで全身が身震いし、身体が恐怖で硬直する。 前線は地獄だと耳にタコが出来るぐらい聞いていた。少年も後方ながらも実戦を経験している。人の死にも立ち会ったし、救いようがない理不尽にも何度も立ち会ってきた。だが、これは―――。『戦車級が機体に………!だ、誰か!誰か取って―――いやああぁぁぁああああああっ!!』『駄目だ!戦線が維持できない!HQ!応答を―――!』『もうあいつは見捨てろ!間に合わない………!!』 地獄だ。 間違いなく、ここは地獄だった。 戦車級に集られる戦術機が居た。逃げ切れずに突撃級に踏み潰される戦車があった。光線属種がいる為に上空に逃げられず、要撃級に囲まれ嬲り殺しにされる機体もあれば、何の痛みも感じること無く、光線属種のレーザーに撃ち殺される衛士もいた。 死が、そこには充満していた。 やがて断末魔も少なくなっていく頃、オープンチャンネルでHQから撤退命令が入る。戦線を一時ここより西方80kmにあるゴドラまで下げるとのことだった。命令が下ると、生き残っている機体が我先にと撤退を始めた。 定石としては、幾つかの殿部隊を作るべきだが―――今は時間的にそれすらも惜しく、且つそんな物を即席で組めるほど生存機体は多くなかった。『ちっ………仕方ねぇな。オイ、ルーキー!お前も後ろの役立たず共率いてとっとと後退しろ!バルーチまで下がれば補給もできるし、一先ずは安全だろう!後は適当な奴捕まえてそいつの指示に従え!』 舌打ちして、先程の大尉がそう告げる。 ちらりと網膜投影を見やれば、自分と同じように引き金を引くのが精一杯と言った蒼白な表情の少年が三人いた。彼等も少年と同じく腕と将来性を見越してスカウトされた口で、年も近いこともあってよく話す仲だった。 決して腕は悪くはなかったが―――少年と同じように、最前線へのダイヴは、今回が初めてだった。「た、大尉は―――?」『俺は殿だ。マヌケな事に中隊を失っちまったからな………化け物どもにゃ責任とって貰わねぇと、あの世で馬鹿共に合わせる顔がねぇよ』「そんな―――」『いいから行けよヘタレ!お前の事は前から嫌いだったんだ。チャイニーズの分際でちっと腕がいいからってデカイ面しやがってよ。いざ最前線に来たらそのザマじゃねぇか!!』 その通りだ。 どんな戦場であってもやっていく自信があった。その為に環境を整え、誰よりも訓練してきたはずだ。だと言うのに、ただ一度の最前線で身を竦ませ、今は戦うどころか完全な足手まといだ。『ヘイ、チャイニーズ。悔しいか?悔しいだろ?だったらとっとと引っ込んで、一から自分を鍛え直して来い。そしていつか、見下したこの俺の鼻を明かしてみろ。―――いいな?』 少年は、突撃砲の弾倉を交換しつつ告げる白人衛士に死相を見た。この状況、そしてこのタイミングで殿を務めると言う事は自らの命を差し出すことに他ならない。それでも、誰かを救うのだと決めた者の瞳は、悲愴よりも執念の色を帯びていた。 その意味を、未だ未熟な少年には理解することが出来なかった。ただ、きっとこの白人衛士にも紡いできた物語があって、それを糧に生きてきたからこそ譲れない一線があるのだろう。「了、解………」 だから、まだ何も知らぬ少年は、ただ頷くことしか出来なかった。『―――じゃぁな、強くなれよ………!』 そして先達が去って逝く。 自らの命を賭して、一秒でも長く時間を稼ぎ、続く世界を救うために。 少年には理解できない。 彼にとっては自分の命が一番だ。そうでなければ何も出来ない。まず前提として自分の命があるからこそ、誰かを護ることができ、故郷を取り返すために力を蓄えることができる。それを擲ってしまえば、後に残るのは死という無だ。 少年には理解できない。 だからこそ、きっとこの瞬間が少年にとって初めての―――完全な、敗北だった。 ドイツはマクデブルクの旧市街地を北西に爆走する戦車師団があった。 桜花作戦に於ける欧州方面の陽動はフェイズ5のブダペストハイヴを中心に行われていた。欧州連合の中心国であるイギリスに最も近いハイヴはブダペストではなくフランスにあるリヨンハイヴではあるが、こちらもフェイズ5まで育っている上、イギリスに『近すぎる』と言う不利点があるのだ。下手に叩いて大逆襲でも喰らった日には、消耗した後の戦力で応戦しなければならない。他国から応援を要請しようにも、その頃は何処の国も同じように消耗しており応じる事はできないだろう。であるならば、欧州連合は比較的被害の少ない運用をしつつ、より効果的に陽動を行わなければならないのである。 そこで最有力候補に上がったのがブダペストハイヴだ。 フェイズ5であるが英国からは若干離れている為に比較的時間稼ぎをしやすく、リヨンハイヴとミンスクハイヴの中間点に存在するため、ここを激しく叩けば両ハイヴから増援が出てくる。上手くすると、更に内陸にあるウラリスクハイヴからも増援が釣れるかもしれない。こうした考えもあって、陽動作戦はブダペストハイヴ北西―――場所的にはチェコのプラハで行われた。 ブダペストハイヴから300km圏内と言う近距離ではあるが、リヨンハイヴとミンスクハイヴからほぼ等距離にある為、波状増援ではなく一斉増援になりやすく、その分撤退のタイミングが見切りやすいのである。 果たして、目論見通りブダペストハイヴを叩くだけ叩いた所で北東ミンスクハイヴ、南西リヨンハイヴからの大増援が到達し、欧州連合は遅滞戦闘を行いつつ速やかに後退を始めていた。 釣れたBETA総数、都合18万。尚も増加中だ。 怒涛の勢いで進軍してくるその様は、まさに津波。ブダペストハイヴを相手にした後での戦闘は、些か以上に辛いものがあり、恐らく最も辛い状態にあるのが戦車や自走砲を始めとした陸上戦力だった。 コンテナ一つを持ち込めば簡易ながらも補給の出来る戦術機と違って、その他の陸上戦力は補給に思いの外時間と場所が掛かる。加えて、最大戦速はBETAを大きく『下回る』。 つまり、どれほど全力で逃げたとしても彼等が主力として乗るレオパルド2では68kmしか出ず、突撃級は疎か戦車級からすら逃げられない。その為、後退時は戦術機に因る遅滞戦闘の恩恵に預からねばならず、それが一部でも崩壊すれば彼等の命はない。 現状、最前線はトルコとの国境沿いにあるケムニッツで行われているようだが、先程入った情報では一部のBETAが網から漏れだしここから南東100kmのライプツィヒへと進軍しているとのことだった。 まだ100km。 もう100km。 突撃級なら、45分程度で走破する。弾薬は、もう心許ない。相手にできて、小隊規模―――それも、一度切りという条件付きでだ。そしてその情報が流れたのは30分以上前。もういつ追いつかれてもおかしくない。「えぇい増援部隊はまだか!?」『駄目です。ベルリンとカッセルの防衛戦に戦力を割かれてそちらまで手が回りません』 師団長を兼ねる車長が叫ぶと、CPの無情な返答があった。「くそっ!このままではBETAに追いつかれるぞ!?」「ちょっ!ヤベェ………!」 拳を車内に叩きつけていると、不意に後方警戒をしている砲撃手の呟きが、全力走行中にも関わらず妙に明瞭に聞こえた。「っ!?」 キューポラ越しに覗く車両後方。砂塵を巻き上げてこちらに迫ってくるのは突撃級の群れ。 逃げ切れなかった。 彼我の距離は精々2、3km。 数分と掛からず追いつかれる。 だとしても―――。「レオパルド全機横隊陣形展開!前進行進後方水平射撃用―――意―――!!」『了解―――!!』 ここでただ朽ちる訳にはいかない。 師団長が叫ぶと、戦車師団所属のレオパルド2全車の砲塔が後方に向けられ、残り少ない砲弾が装填手によって装填される。ここを凌がねば次が無い。ここを凌いでも次は無いかもしれない。しかしだとして、どうしてここで諦められようか。(人類史上最大の作戦!全世界規模で行われているこの作戦で、栄誉ある我等イギリス軍が早々に諦めたとあっては女王陛下に申し訳が立たんのだ………!!) だからこそ―――。「ってぇ―――っ!!」 命を賭して砲撃を叩き込んだ。 轟砲と共に一斉に放たれた砲弾は横並びに走り来る突撃級群に吸い込まれていき、外殻を貫いて最前面戦力を封殺。続く後方の幾つかを巻き込んで上手く『事故』らせた。 本来、全速力前進を維持しての後方射撃等、命中率を著しく低下させかねないのだが、師兵団規模に加えこの近距離での水平砲撃ならば突撃級の脚を狙えると踏み、見事初撃を制した。「次弾装填急げっ!」『了解!!』 だがこれで終わりではない。 突撃級を蹴散らし、その残骸の向こう、ちらりと見えたのは赤い影。 戦車級だ。突撃級に遅れること数分と言ったところか。正確な数は分からないがいずれにしても悪い予感しかしない。 単体での脅威はさほどでもない。同じ戦車の名を冠してこそいるが、威力だけなら圧倒的にこちらの方が上だ。それでも奴等が何故戦車の名を戴き、且つ戦闘車両の天敵足りえるのか。 それは偏にその数にあった。 群れを成すBETAの中にあって、常に数十から数百の群体を組む戦車級相手には、レオパルド2の55口径140mm滑空砲では大味過ぎるのだ。撃ち漏らしは必ず出てくる。通常戦闘ならば、自走対空砲―――駆逐戦車での一斉射撃で対応できる。しかし今は状況が悪い。(スタックハウンド4の生き残りは後18………いずれも残弾は残り僅か………へっ、お先真っ暗じゃねぇか) 密集打撃戦になれば、現状の残弾を考えればものの数分で詰む。接近されるまでにレオパルド2で何処まで減らせるかが肝になってくるだろう。いや、その頼みの綱の120mm滑空砲も、後数度の砲撃で弾切れだ。 さて、いよいよもって進退窮まってきた。(こういう時、神なんて無粋なものじゃなく、ただ女王陛下に祈れる俺達はツイてるのかねぇ………) 苦笑し、死地を見定めた時だった。『………諸君―――』 その声は静かに、しかし確かに響き渡ったのだ―――。 ボパールハイヴ陽動作戦の最前線となったゴドラより南西80km、バルーチ西方14km地点には補給部隊が展開しており、簡易ながら補給拠点として機能していた。ここから最初期の揚陸地点であるスーラトまでは兵站が確保されており、更には港湾側には連合艦隊が展開している為、支援砲撃によるBETA群迎撃も可能でこの周辺は比較的安全と言えた。しかし、それはインド全湾岸部で行われている海上射撃による陽動が効いている為であり、桜花作戦のフェイズ1も終盤になっている今、いつまでここが安全地帯でいられるかは分からない。 その上、BETAには地中侵攻という人類には届かない鬼札がある。これを用いられれば、如何に支援砲撃があるとは言え長くは持たないだろう。 そんな中、一機のF-14がその地に降り立った。UNカラーのそれは、激しい戦闘を潜り抜けてきたのか、装甲の至る所が削られるなどしてボロボロになっているものの第一世代寄りの頑健さに助けられたのか未だ健在だった。(―――何処の機体だ………?) その姿を認めた時、近くで支援輸送車両の兵装コンテナを開放していた整備兵は眉を顰めていた。 いや、そのカラーを見れば何処の機体なのかは丸わかりなのだが、問題なのはそこではなく、所属を示すエンブレムが何処にも描かれていなかったためだ。加えて、F-14自体がこの周辺で展開する部隊では珍しい。少なくとも、彼はそれで統一された部隊は見ていない。それは他の整備兵も同じようで、皆そのF-14を怪訝そうに見ていた。 やがてその機体はこちらの方までやってくると、直立停止。胸部装甲を開放し、管制ユニットをイグジットする。そして降下ワイヤーを伝って降りてきたのは―――。「オイオイ………本気かよ………」 強化装備に身を包んでいたのは、屈強な衛士でも思わず口笛が出てしまうような美人衛士でも無く―――白髪を後ろで撫で付け、酒飲みなのか妙にだらしなく出た腹を隠そうともしない老人だった。 どう考えても正規の兵士ではない。そもそも、現役で通じるのが精々40年代前半―――しかも余程運良く生き残っていてと言う前提付きで、と言う戦術機業界に於いて、ここまで高齢の衛士等存在しない。しかし一応ウィングマーク―――臨時ではあるものの中尉の階級章を身に着けているときた。 一体この老人は何者なのか。整備兵や他の周囲の者達も怪訝な視線を送るが、その老人はどこ吹く風でそのだらしない体躯とは裏腹にしっかりとした足取りでこちらへと向かってくる。 そして―――。「おい、そこの若いの」「は―――は、何でしょうか。中尉殿」 厄介なことに話しかけてきた。 最初はこんな胡散臭そうな老人など、適当にあしらってしまおうと思っていたのだが、そのしゃがれた声は奇妙な威厳に満ちており、その整備兵はまるで父親に逆らえない息子のように萎縮して返事をしてしまった。 老人はうむ、と軽く頷くと。「腹が減った。なんぞ持ってないか?」「はぁ………?」「じゃから、腹が減ったと言ったんじゃ。機体に積んでた非常食は移動中に食い尽くしたし、戦闘が始まってからは何も食っておらんのだ」「えぇっと………食べます?」 何か下手に逆らったり関わり合ったらまずいような気がして、整備兵はツナギのポケットから棒チョコを取り出した。最前線で悠長に飯など―――レーションでさえ食っている暇のない整備兵のお供だ。片手でカロリーを摂取できて程よく腹を満たしてくれる。ストックに余裕があれば、出撃する衛士にギンバイ代わりに渡したりする。なけなしの一本だったが、仕方ない。どうもこの手の変人奇人と深く関わると何かに巻き込まれそうな気がしてならない。 老人は軽く頷くとそれを受け取り、もしゃもしゃと咀嚼を始めた。白い髭にチョコがくっついていて汚い。「で、では自分はこれで………」「まぁ待て、若いの」 体良く逃げようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。「な、何でしょうか………?」「うむ。ほれ、アレ―――儂のトムキャットの補給を頼みたい。儂が勝手にやるつもりだったが、逆にお前さん達の仕事を増やしてしまいそうだしな」「あ、あぁ………そうですか。えぇっと―――」「跳躍ユニットはまるごととっかえてくれ。トムキャットの型番は分かるな?無ければホーネットのでも構わん。互換が効くはずじゃ。最悪、イーグルのPW-200でもいいぞ。若干パワーは落ちるが、何とか腕でカバーする。後、弾薬をありったけと、新品のナイフと中古の熟れた突撃砲4丁じゃ。あぁ、突撃砲は適当なので―――」「あの、中尉殿!」「うん?何じゃ?」「ほ、補給はよろしいのですが、お名前と所属を教えて頂きたく………」「あぁ?」 個人としてはこれ以上関わり合いたくないが、これも仕事だ。 今回の作戦のようにこうまで混合軍となると、備品の管理も難しくなる。同軍所属なら適当でいいが、そうでないならば最低限名前と階級、そして所属ぐらいは把握しておくのが通例だ。同じ戦場を共にするとはいえ、装備は国の備品で、それは国民の血税によって創られているのである。尤も、正式には書面に書いたりするものを口頭とデータ入力だけに簡略しているのだから融通は効かせている方だ。 まぁ、ここが直接の戦場になれば、この通例も適用されなくなるのだが。 ともあれ、整備兵が真面目にも仕事に徹しようとしていると、老人が白い眉を跳ね上げて睨んできた。 普段なら、若く屈強な衛士達に凄まれても笑って挑める器量を持つ血気盛んな整備兵だが、どうにもこの老人相手には気が引ける。胸ぐらを掴み上げたら勢いで殺してしまいそうとかそういう意味ではなく―――この奇妙な威圧感が酷くやりにくいのだ。 軍人の低年齢化が叫ばれて久しいが、この老人には昨今の若い士官にはない威圧感があった。言葉や態度や行動で示す外部的な威圧感とは違い―――言うならば、内蔵を鷲掴みにされたかのような内面的な威圧感、それに伴う圧迫感。 その老人に逆らうな。 何故だか知らないが、そう本能が警鐘を鳴らしていた。「い、いえ何でもありません。跳躍ユニットと武装の換装はこちらでやっておきます」「うむ、頼むぞ。最前線はもうアナンドまで下がってきておる。それと、海岸線の陽動も意味を成さなくなってきておるようでな、南東のジャルガウンに12万のBETAが集結中だそうじゃ。―――そろそろここも引き払う必要があるじゃろ」 老人から情報を聞き、整備兵は顔を顰めた。 ここからアナンドまでは約100km。遅滞戦闘が無ければ1時間と保たない。今から撤収準備を行えばジャルガウンから来るBETAからは逃げられるだろうが、アナンド方面は最前線次第と言ったところだ。 一度戦線が瓦解すれば、もう立て直しは不可能だろう。「儂は補給でき次第、アナンドに戻る。―――ん?」 ふと、老人が整備兵の後ろへ視線を向けて、指を差した。 「なぁ、若いの、あの小僧共は何をして居るのじゃ?」「あぁ、あれですか………。よっぽど最前線がショックだったんでしょうね………もう二時間もああしてますよ。こっちも忙しいんで放っておいてるんですけどね」 その先に居たのは、四人の少年だった。 衛士なのか、強化装備に身を包み、しかし衛士としての精悍な顔つきは無く、おそらくは彼等の乗機であろう四機の直立したF-15Eの足元で座り込み、項垂れていた。いや、それだけではない。ある者は膝を抱え、シェルショック患者の様に身を震わせているし、ある者は顔面蒼白のまま涙を流している。「国連軍………宇宙総軍か。軌道降下兵団じゃの」 老人は彼等の機体であろうF-15Eを見上げ、そう呟いた。「聞いた話じゃ、最前線は今回が初めてだったらしいですよ。確か、軌道降下兵団の生存率を上げるために試験的に創られた部隊で―――」「S.B隊………」「そうそう、そんな名前でした。あれ?中尉、ご存知なのですか?」「何、名前を貸してやったのは、儂でな。―――なんとも運命的じゃないか」「え?」 首を傾げる整備兵に対し、老人はただ肩をすくめて見せ、やおら少年達の方へ足を向ける。「ごちそうさん。―――じゃぁ、若いの。儂の機体を頼む。後でここの殿をやるつもりなんじゃ、ちょっとぐらいはサーヴィスしておいてくれよ?」 そう言って片目を瞑る老人は、何処か悪戯盛りの少年の様な笑みを浮かべていた。 フィンランドにあるロヴァニエミハイヴはフェイズ5である。 これに対し陽動を行うためには生半可な戦力では不可能だ。時を同じくしてブダペストハイヴに戦力を注いでいる欧州連合だけでは、とてもではないが対応できない。その為、ここでの陽動は国連とソ連も合同で参戦しているのだが―――。『貴様等!手癖の悪い客に的を取られんなよ!?』『Einverstanden―――!!』『同士よ!死にぞこないにスコアで負ける事はあってはならんぞ!?』『Уразуметно―――!!』 ここに二連隊、仲の悪い部隊が居た。 共に乗る機体はSu-27。 欧州連合に吸収された東欧州社会主義同盟とソ連だ。 本来、東ドイツを盟主とした東欧州社会主義同盟とソ連の二国に関しては比較的関係良好である。特に、BETA大戦黎明期での西進で真っ先に陥落した東欧州はソ連から軍事支援を受けており、装備や軍事ドクトリンもソ連から受け継いでいるのだ。だがかつてあった第二次世界大戦で、国家レベルの関係修復が出来ても、個人レベルでは出来ていない場合が多々ある。 何と言うか―――この二人の場合、運が悪かったというべきか。共に祖父を第二次世界大戦で失い、一家揃って相手を敵性国家として扱ったために、骨の髄まで毛嫌いしていた。『―――トロ臭いんだよイワン野郎ォ!』『―――邪魔過ぎるぞジェリー………!』 まぁ、正確には、連隊長個人同士で嫌い合っているだけで、部下達は至ってまともである。しかし、中佐相手に諌めることは出来ず、何故か異様に効率が良いだけに誰も口を挟めなかった。(けど、このままはちょっとマズイわよねぇ………) 連隊長の副官として彼の背後を護るソ連の中尉は冷静に状況を俯瞰する。今回の陽動戦では間引き作戦よりも若干敵中深くまで切り込んでいる。何と言うか競いあうような感じでスコアは伸びまくっているが、ここらで一つ手綱を引いてやらないと戻れない位置まで行ってしまう。勿論、如何に仲が悪い彼等とて連隊を預かる者で、心の何処かでは理解しているはずだ。『退けよイワン野郎!そいつは俺の獲物だ!!』『貴様こそ私の射線に入るなジェリー!撃ち殺されたいのか!?』 理解、しているはずだ。 していると思いたい。(ホントに男って、男って………!) さてどうしよう、と副官は考える。 現状、支援砲撃は陸上戦力のみ。後方に50km程下がれば艦砲射撃が届くが、その時までに部隊が消耗していないとも限らない。折しもフェイズ1は佳境に差し掛かっているので、ならばまだ無事な今の段階で囮としてここに留まり、遅滞戦闘を行いつつその他陸上戦力を逃がしつつ自らも後退するのが得策だ。 後は、如何にそれを上官に伝えるかだ。いや、伝えたはいいが意地張って相手が提案してくるかHQが通達して来るまでこのまま進むとか言い始めないだろうか。いやいや彼等も立派な左官だ。自分の意地と部下の命、どちらが重いかなど考えなくても分かるはずだ。『ふははははは!同士諸君!ジェリー共々BETAを粉砕せよ!!』『いいか貴様等!BETAとイワン野郎のケツにデカイフランクフルトをぶち込むぞっ!?』 分かるはずだ。 分かっていると、そう思いたい。(不安………激しく不安………!) そんな風に副官が今後の方針を本気で思案し始めた時だった。『………諸君―――』 その声は、何かの天啓のように静かに降り注いだ。 ―――負けた。 完膚無きまでに負けた。 自分の力は必ずBETAに届くのだと信じていた。幾つかの実戦を越え、確かに手応えを感じていた。例え相手が数で勝っていようと、知恵と質を伴わないのでは、自分達人類に勝てるはずがないのだと―――そう思っていた。 結果はどうだ。 その数に圧倒され、部隊は自分達四人を残し壊滅。殿を務めたあの大尉も、少年達が20km離れた所でマーカーが消失した。ほぼ間違いなく、死んだのだろう。(僕は………何の為に………) 一体何の為に、この戦場を訪れたのだろう。 仲間を死なせ、先達を死なせ、何の為に生き残った。 国連に入り、訓練を重ね―――何の為に生きて来た。 そしてこれから、何の為に生きていくのか。(勝てっこない………あんな、化物に………) 脳裏に浮かぶあの異形。それを見ただけで背筋が凍る。指先と言わず、足と言わず、身体ごと震え出し、声が萎縮する。 ―――何も、出来なくなる。 上を見上げる。直立したF-15Eがこちらを見下ろしており、メインカメラで語り掛ける。 『負け犬め』、と。 そうだ。負け犬だ。戦う為に戦場へと赴き、しかし何を得るでもなく、ただ失って逃げ帰ってきた。帰って来てからはこのザマだ。何をするでもなく、何が出来るでもなく―――ただ時間を浪費するだけ。 いずれここも戦場になる。そうなった時、また自分は逃げるのだろうか。やけを起こして戦うのだろうか。それとも、何もせずに喰われていくのだろうか。 分からない。 分からないが―――。(もう………どうでも、いいや………) 心が軋む音がする。 それは折れる前兆。 全てを投げ出す、その為の助走。(全部………全部、終わって………) そして―――。「―――で?小童共、こんな所で何をして居るのじゃ?」 心が手から離れる前に、声が聞こえた。 緩慢な動作で視線を向ける。その先に仁王立ちしていたのは、強化装備姿の―――老人だった。白髪を後ろに撫で付け、口にはチョコの着いた白鬚を蓄え、決して長身とは言えない身体に前に突き出たビール腹。こんな戦場よりも町工場か酒場の方が似合いそうな風体だった。 全くこの場所に不釣り合いだが、階級章は国連軍の中尉だった。何故か臨時ではあるが。「あな………たは………?」 その不思議な老人に問いかけると、彼は口の端を歪めた。「儂のことなぞどうでもいいわ。それよりも小童共、ここで何をやっておる?」「―――何も………」 少年が応える前に、他の少年が言った。そう、自分達は何もしていない。いや、何も出来なかったのだ。敵を屠る銃弾は土砂のように迫るBETA相手には焼け石に水。 いっそ慈悲とも言える容赦の無さで、全てを呑み込んでいった。 先達も。 仲間も。 矜持も。「―――負けたか」 老人の呟きに、少年達は答えない。いや、無言と言う名の肯定であった。そしてその肯定に対し―――。「ま、そういう日もあるわい」 老人は笑ってそう言った。「そういう日って………!」 その言葉に対し、少年は半ば反射的に老人を見上げて食って掛かった。「死んだ人はどうなるんですか!?そういう日ってだけで死んだ人は!僕達の為に死んでいった大尉は!そんな理由だけで死んだっていうんですか!?」「そうじゃよ」 だが老人はたじろぎもせず、淡々と少年達を見据えた。「加えて言うなら、殺したのは確かにBETAじゃろうが―――死なせたのは貴様等じゃ」 その言葉は酷く冷徹で。「小童共。貴様等が逃げなければ、貴様等が恐怖に怯えなければ、貴様等が勇気を出していれば―――あるいは、その大尉とやらも犬死せんですんだろうにな」 その言葉は酷く冷静で。「犬死じゃ。犬死じゃろうて。折角命張って助けた貴様等がそんな腑抜けでは―――浮かばれんだろうよ」 その言葉は酷く薄情で。「まぁ、死人は喋りゃせん。ここでその大尉をあーだこーだ言った所で、所詮は感傷じゃ。生き返るわけでもなし、な」 その言葉は―――。「あぁ―――そうじゃな。貴様等が弱かったから、その大尉は死んだ」 ―――何処までも正しかった。 かぁ、と嗚咽が漏れる。自分だけでは無い。他の少年達も、喉から湿った声を出し、今更になって痛感する。あの時、何も出来なかったのは―――誰のせいでも、それこそBETAのせいですらなく、自分達のせいであるのだと。 無力だった。 何処までも。 だが―――。「儂はな、長く軍人をやってきて、思い至ったことがある」 老人は、それを責めはしなかった。「弱さ、と言うのはな。―――『悪』ではあるが、『罪』ではない」 何故ならそれは、戦場に立つ者の誰もが一度は通る道。「弱さを抱えて強くなる者も居れば、弱さを超えて強くなる者も居る。この世界で、凡そ強い人間と呼ばれる者はそのどちらかを選んだ人間のことを言うのじゃ」 そして―――。「選ぶといい小僧共。今こそがその時と心得よ。弱さを抱え悪役となるか、弱さを超えて正義の味方になるか。例えそのどちらを選んだとしても、それはどちらも等しく強者であり―――この鋼鉄の巨人は、どちらの力にも応えてくれる」 もう一度、少年達は自らの相棒を見上げる。 今はもう、侮蔑されてはいない。ただ、静かに問い掛けてくる。 弱さを認め、抱えて悪役となるか。 弱さを越え、拒んで正義となるか。 あるいは―――それ以外の、もっと別のものになるのか。 今はまだ分からない。 分からないが、走りださねばならない。このまま負け犬でいたのでは、先に逝った彼に対し顔向け出来ない。 ならばどうする。 ならばどうすればいい。 未だ何もかもが足りない未熟な少年達が、何もかもを打ち払う強さを手に入れるためには。「もしも、それでもまだ見定めが出来んなら、儂と共に戦場に来い。小童共の答えは小童共にしか出せんが―――その手伝いぐらいはしてやろう」 そう言って向けた老人の背は、少年達にはとても大きく見えた。 重慶ハイヴに対し陽動を行うために、旧九江市に展開した統一中華戦線は、今日だけで6度の大規模地中侵攻を受けていた。一時はここより西方300kmの旧常徳市にまで進行していたのだが、度重なる大規模地中侵攻に加え、フェイズ4にあるまじきBETA総数により、徐々にではあるが押し戻されていった。 既にその他陸上戦力の撤退が始まっている。今、この場に残っているのは、F-CK-1―――経国を駆る小隊である。F-18の改修機と言うだけあって、脚部燃料タンクの大型化に因る航続能力、ひいては継戦能力に秀でている。その為、未だ燃料に余裕がある彼等が殿を受け持っているのである。「こりゃまずいな………!」 両手に突撃砲を構え、周辺に弾をばら撒いて包囲の輪を狭めてくる要撃級を蹴散らしながら、小隊長が胸中の言葉を口に出す。つい数時間前までは連隊規模を誇った彼等の部隊も、地中侵攻の煽りを喰らい、最早生き残っているのは僅か四機。 おそらく―――いや、このままでは間違いなく『呑まれる』。 そして―――センサーがその音紋を捉える。「―――ここまでかよォ………!!」 ドン、と網膜投影の視界の奥、絶望の土柱が幾つも上がった。 今日、7度目の大規模地中侵攻だ。 推進剤にはまだ余裕があるが、弾薬が少ない。手数も足りない。そして何よりも、絶望が気力を蝕んでいく。 もう駄目なのか。 そう諦めかけたその時だった。『―――諸君………』 こんな絶望の中で、戦場に不釣り合いなその声は聞こえたのだ。 インドがバルーチの海岸線を北上する五機の戦術機があった。 先頭はUNブルーのF-14。後ろの続くのは同じくUNブルーのF-15Eが四機だ。戸惑いながらも再び戦場に立つことを選んだ少年達は、これからの過酷に耐えられるだろうか、とトムキャットで先導する老人は思う。 最悪の場合、一機だけでも行くつもりだったが、手数は多いほうがいいと考え、補給拠点に辿り着いた時、手隙の部隊がいないか物色していたのだ。そうしたら、まだ戦闘可能なF-15Eが小隊分残っているのを見つけた。あわよくば、その小隊に混ぜてもらえればと考えていたが―――。(まさか乗り手が小童共で、しかも心をやられてるとはのぅ………) 柄にもなく説教などしたが、あれでどうにか焚きつける事は出来たようだ。尤もそれも一時的なもので、彼等が本当の意味で弱さを克服できなければ、直ぐにでも元の『負け犬』に戻ってしまうだろう。(―――まぁ、最期に若造を鍛えてみるのも、また一興か………) 基本的な戦法は事前に教え込んだ。細々なフォローはこちらで行う。僅かに背中を押してくれる自分流の『おまじない』も伝えてある。 後、彼がすべきは―――。(テンションを極力上げることじゃが………) さて、どうしたものか―――と思案に暮れていると聴覚にノイズが走った。 一体何だ、と訝しげに眉を顰めるとそれはオープンチャンネルで、しかし音声のみで強制的に流れ始めた。『―――諸君………』 その呼びかけに、その聞き覚えのある声に老人は閃きを得た。「さぁ、馬鹿が来るぞ小童共!しかと聞け!!」 それは僅か一週間程前の出来事。 遠く異国の地で、おそらくは人類の趨勢を決めたあの一戦。 そこで流れた、世界に対する大扇動。 きっとこれは、その時の焼き増し。『―――諸君!聞こえているかね!?私の―――!』 そこで三神と名乗った青年と彼が率いるA-01の情報は、最早世界中に知れ渡っている。 そして彼等こそが、この人類史上最大の一戦のカギを握るということを誰もが―――そう、誰もが知っている。「このクソッタレな世界に夢と希望を運び、己の声を響かせる―――狼の遠吠えを!!」 忘れるはずがない。 自分の心に火を灯し、ただ朽ち逝くだけだったこの身体に再び魂を吹き込んだあの遠吠えを。 呼び起こしたのは遥かな想い。 胸に抱くのは、今は遠い願い。 そして―――。『―――私の、この声が!!』 世界を越え、世界を変える遠吠えが―――今、最響に至る。