10機の不知火と、11機の第一世代の混成部隊が三度目の交錯を迎える。 一度目の交錯はそれと同時に、風間機が突出し、XM3特有の機動パターンを用いて潜り抜けてこの場を後にした。二度目の交錯は風間機を安全に先に行かせるために、残された10機の不知火が弾幕を張り、一時的に遅滞戦闘を行った。 そして、これが三度目の交錯―――。(―――っ!巧い………!!) ヴァルキリー07のコールサインを預けられている涼宮茜は相手の機動に舌を巻きながら、それでも攻撃の手を緩めない。構えた銃から吐き出される36mmが敵に突撃していき―――掠めるだけに終わる。 相手は第一世代機。こちらは第三世代機―――その上、XM3と追加噴射機構のおまけ付きだ。正直な所、最初の一当―――悪くとも二当目で大体の勝負は決すると思っていたのだ。 だが現実にはどうだ。 相手は第一世代機―――当然のようにノーマルのOSであるのにも関わらず、こちらに劣らぬ動きで食いついてきている。流石に最初の風間の吶喊にこそ驚いていたようだが、続くヴァルキリーズの動きにはしっかりと対応している。(まるで三神少佐みたい………!) 個々の動きはそれ程突出したものではない。むしろ逆に、総じて地味だ。こちらの砲撃も何度か当てていて小破、中破には至っているし、制圧も時間の問題だろう。しかし、涼宮だけではなくヴァルキリーズの全員が同じこと思って舌を巻いていることだろう。 ―――相手は玄人。それも、おそらくは最前線で戦い続けた玄人だ。 当たりはする。機動ではこちらが勝っている。おそらく、瞬発的な才能でもこちらの方が優れているだろう。 だが―――致命傷を与えれない。 主脚を失っても、跳躍ユニットの出力を調整して動く。 主腕を失っても、背部担架に載せた突撃砲で攻撃してくる。 衛士としてはおそらく凡才。だと言うのにも関わらず、まだ決着が着かない。無論、押しているのはこちら側だ。やがては勝利に至ることは出来るだろう。予感ではなく、確信に近いレベルでそう思える。 だと言うのに―――。(―――しぶとい………!!) 何一つとして目立つ所がないが、それでも何かを挙げるとするならばその粘っこい巧みさ―――異常なまでの継戦能力か。更に、こちらは撃墜という手を封じているのが戦闘の硬直に拍車を掛けていた。 相手の主脚を狙ってトリガを引く。それに合わせるようにしてぬるり、と相手が動く。結果として、数発掠りはしたが装甲を削るだけに終わってしまった。まるでこちらの攻撃のタイミングを熟知しているかのようだった。『ヴァルキリー02からヴァルキリーズ各機へ!動きを止めちゃダメだよ!?―――敵は全員ししょーだと思って!!』 式王子から通信が入り、皆が苦笑する。どうやら思っていたことは皆同じだったようだ。『ヴァルキリー04〈宗像〉了解。―――この間、訓練でたっぷり虐められましたからね。その意趣返しと行きましょうか』『ヴァルキリー08〈柏木〉了解。―――うわぁ、随分直接的な八つ当たりですよねー。しかも半月以上も前の事なのに』『ヴァルキリー03〈速瀬〉了解。―――ま、気持ちは分かるけどね。あの日は宗像と風間のとばっちりであたし等まで酷い目にあったし』『ヴァルキリー06〈紫藤〉了解。―――私怨?』『ヴァルキリー10〈高原〉了解。―――その上逆恨みもいいところですけどね』『ヴァルキリー11〈麻倉〉了解。―――ひょっとして言い出しっぺの式王子中尉もそう思ってる?』『ヴァルキリー12〈七瀬〉了解。―――あれですね。OLの給湯室的なささやかな仕返し』『ヴァルキリー09〈築地〉了解。―――アレ?中尉って意外と小心者?』『こ、こらー!こんな時に私をネタにしないの!!―――激写するよっ!?』 直後、皆が貝のように口を閉じた。 こんな状況でもみんな元気でいつも通りだなぁ、と涼宮は思う。これもあの少佐と関わるようになってからだ。今が対人実戦であるということを考えると、少し気を抜き過ぎな気がしなくもないが、妙に緊張してガチガチになってしまうよりかは余程いい。(でも、あたしは………) ここ1カ月と少しでA-01は劇的な変遷期を迎えている。特に実力面に関してその傾向が顕著であり、11月11日の迎撃戦を超えてからは新任達も一皮も二皮も剥けた。 涼宮自身も強くなっていく感覚はあった。しかし、どうにもそれに高揚を覚えない。むしろ、強くなっていくことを自覚するたびに、焦りにも似た感情が湧き上がっていく。いや、それは間違いなく焦燥感だ。技能のレベルが上がっていくたびに、周囲との実力差が浮き彫りになって行くのだから。 ―――置いて行かれる。そんな子供のような不安が胸の奥で燻り続けている。 彼女自身気づいていないことだが―――彼女が劣っているわけではない。周囲のレベルが高すぎるだけだ。付き合いの長い元207A分隊に関しても、遅咲きだったのか伸び白が凄まじいだけだ。 だが、それでも―――。『ヴァルキリー07?―――あーちゃん?どうしたの?』「あ、い、いえ、ヴァルキリー07了解!何でもありません!」 いけない、と思う。妙な思考の迷路にはまり込んで、少し集中力を欠いていた。ただでさえ対人戦闘―――その上、撃墜は封じられているのだ。こんな事ではいけない、もっと集中しなければ、と思った時だった。 ―――後方から、高速で突っ込んでくる機体を感知した。 コールサインはフェンリル02―――白銀だ。 遷音速に突入していたためロックしていた機体上半身を解除して、白銀は機体を着地させると同時に通信を開く。「こちらフェンリル02………!みんな無事ですね!?」『こちらヴァルキリー02!大丈夫だよー!』「庄司は!?」『黒い機体を一人で追っていっちゃった!フォローにとーこちゃん回してる!』 式王子から状況を聞いて、白銀はパズルのように現状を取りまとめる。目の前にいる第一世代機の11機―――ヴァルキリーズと何度か交錯した為に既に至る所が小破、もしくは中破している―――の狙いは間違いなく足止め。 やはりあの黒い機体を鹵獲されたくはないらしい。(―――まだだ………まだ嫌な予感が消えない………!) 背筋に粘着くこの言い知れぬ感覚は、BETA群と相対したその時と同じものだ。 ―――放っておけば、何かを失う。 漠然とした、しかし確信に近い焦燥感が白銀の胸中を焦がしていた。(―――やっぱりあの黒い機体だ………!アイツと庄司を戦わせちゃいけない………!!) 理由は分からない。機体的な面で言えば、XM3と『多重跳躍機構』を積んでいる不知火に改造機とは言え、幾ら何でもF-14が勝てるとは思えない。ならば腕の差か、と問えば100年以上生きている三神の方が経験で勝るはずだ。 だから、何故ここまで焦るのか―――本当に理由が分からない。 だが、『あの三人』を戦わせてはいけないと、心の奥底で警鐘が叩き鳴らされている。 故にこそ、白銀は決意する。 状況的に見て、此の場をこのままヴァルキリーズに任せておいても問題ないはずだ。機体面でも技能面でも、今の彼女達に届く衛士は少ない。ならば、此の場で自分がすべきことは無いだろう。「―――援護してください!オレもあの黒い機体を追います!!」『ヴァルキリーズ02了解!頑張って!!』 宣言と同時に突出。突撃砲を構えて弾幕を張り、ほんの僅かなほころびを作り―――。「退け………!!」 そして白銀は、再び音に最も近い世界へと跳躍した。「―――追いついた………!」 足止めの部隊を潜り抜けた風間は、推進剤の消費を気にも止めず最大速度で追走し、遂に先行する二機の姿を認めた。視線の先―――茨城県石倉山の夜空を変速的、そして変則的な軌道を描きながら、二機の戦術機が舞う。 片方は国連カラーの不知火。右手腕に逆手の長刀を装備し、左主腕には突撃砲を装備。両肩と両脹脛に追加された噴射機構を最大展開し、左右の噴射跳躍ユニットの間に装着された『多重跳躍機構』で追加加速することによって、既存の戦術機にあるまじき速度を叩き出し、目標を追撃する。 その目標―――即ち、もう片方は漆黒のトムキャット。追撃者よりも若干スピードは劣るものの、同じように『多重跳躍機構』を用いる事によってとても第二世代機とは思えないほどの高機動を実現している。 空中に刻むのは排出口から放たれる、前へと進む意志―――その残光の軌跡。離れては引かれて、競う合う独楽のように二機は激突を繰り返して、シュプールを描くように交錯する。 その姿はまるで―――何かの対話のようだった。「―――少佐、今、そちらに参ります………!」 そして風間は、彼等に届くために―――最後の加速をぶち込んだ。 F-14F―――ナイトトムキャットの管制ユニットの中でハーモンは忙しなく操縦桿とペダルに行動を入力を叩き込みながら毒づいた。「くそっ………!どうなってやがる………!?」『相手は第三世代機―――その上、こちらと同じように多重跳躍機構を持っている、か。しかし、元々多重跳躍機構は随分前に発明はされている。―――それ程不思議がることはないだろう?』「この状況下でよくそんな落ち着いてられるな!?つーか問題なのはそっちじゃねぇっ!!あの機体の反応速度だ………!!」 叫ぶと同時、ロックオン警報が来たので、機体をわざとダッチロールさせ、加えて多重跳躍機構を発動させることで錐揉み回転。その脇を36mmが飛んでいき、どうにか回避することができた。 しかしながら、ただでさえ進行方向への速度は時速1000kmを超えている。その上機体を振った為、即座に制御を失いかける。遠心力によって思考さえ吹き飛び掛ける中、ハーモンは逆噴射制動で最大噴射させ、機体を必要以上に起こしてから通常噴射へと切り替える。すると機体は上向きとなり、上空へと登る。 佐渡ヶ島ハイヴがあるために、この周辺は1km以上の高度までは上がれないが、それでも緊急機体制御を加えるだけならばそれで十分だ。「―――っくはぁっ………!今のは本気で死ぬかと思ったっ!!」『―――あの状態でよく復帰できたな。流石私の主人と言っておこう』「ありがとうよっ!相手がお情けかけてくれてるお陰だっての………!」 フェシカの言葉にハーモンは皮肉げに笑う。 機体の性能差を鑑みても相手の方が有利だ。実力面に関しては、こちらとほとんど拮抗している。それでもまだハーモンが無事でいられたのは、相手がこちらを落とす気がない為だった。 決して遊んでいるわけはないだろう。であるならば、相手が上から受けている命令はこちらの捕獲と見て良い。しかしながら、それ故にというべきか―――先程から戦闘は硬直状態に陥っていた。 何度か撃ち合い、交錯したが互いにロックオンと同時に多重跳躍機構を発動して軸をずらして回避する。離れた距離を再び詰めては同じことを繰り返し―――互いに掠りはするものの、小破にすら至らない。『それで、君は反応速度を気にしているようだが―――確かに、既存の機体より三割ほど速いな』「それだけじゃない………!アイツ、硬直が『一切無い』んだよ!それを狙ってフェニックスをもう3発も叩き込んだってのに―――だからあっさりかわされる………!」 戦術機には行動後硬直と呼ばれる現象が存在する。所謂、CPUの処理落ちに近い現象だが、これを如何に少なくすることが出来るかが衛士としての腕の見せ所だ。そしてこれは、腕に寄って極限まで少なくすることは出来ても、『無くす』ことは不可能だ。 しかし、相手はそれを可能としている。フェニックスの初速の遅さと巡航速度を踏まえ、行動後硬直直前を狙って発射しても、その行動後硬直が無いのだから基本的に弾速が速い故に直線的にしか動けないフェニックスでは追従できない。(―――追加装甲に仕込んだフェニックスは後1発………!これは虎の子で残しておくとして、後残っている手は………!!) 相手の追撃を機動でいなしながら、ハーモンは思考する。残っている手はあることにはある。 それこそがこの機体が単座でありながら複座と同じスペースであり、更にはフェシカ等というA.Iを積んでいる理由。更には普通のF-14よりも重く、それ故に多重跳躍機構に頼らなければならない理由―――この雄猫が騎士と呼ばれる所以。 ―――Kシステム。 ハーモンがそれに思い至った時だった。網膜投影の専用ウィンドウに文字が踊る。まるで―――籠に閉じこめられた雄猫の、野生の声のように雄々しく。『―――ハーモン。私はKシステムの起動を提案する。このまま戦えば、推進剤不足で領海付近で待機している輸送艦に届かなくなる。ならば、全力を以て障害を排除するべきだ。Kシステムを使い切れば、軽量化もできるからな』 フェシカのその提案に、ハーモンは若干思案してから深く吐息した。どの道、事態は硬直状態にある。これを動かすためには、何かしらのアクションを起こさねばならない。「―――仕方ない、か。パージして痕跡残すのは出来る限り避けたかったんだけどな。まぁ、どっちにしても領海付近に辿り着けないってんならパージする他無いか」『そうだな。―――時間を掛ければ、どちらに転んでも我々の負けだ』 このまま戦闘を続けていれば、いずれ推進剤が尽きる。そうすれば、例えここを凌ぐことが出来ても帰還は望めない。それよりも先に相手がこちらの撃墜も厭わなくなってしまっても、おそらく『このまま』では負けてしまうだろう。 ならば第三の手を打つしか無い。「―――フェシカ。Kシステム起動。全力で奴を落とす………!」『Yes.My Lord―――.〈畏まりました。我が主―――〉』 承認と同時、網膜投影の専用ウィンドウに『Knight System』の文字が浮かび上がり、遂に雄猫の騎士はその本領を発揮する。「さぁ征くぜフェシカ………!何故この機体に騎士の名を冠されているのか―――奴に教えてやれ………!!」 そして―――雄猫の乱舞が始まる。 天を駆け上がるF-14Fを追撃しながら、三神は口元を歪めて笑みを浮かべていた。「流石ですハーモン少佐………!」 ここまでは予想通りだ。 十年以上最前線で一人戦い続けてきた彼相手に、真正面から挑んで勝てるとは三神も思ってはいない。経験で言えば、八十年以上前線にいる三神にも言えることだが―――しかし、才覚が二人の能力に差をつける。―――即ち、状況への適応能力。そして、生存へ至るための勘だ。 三神はそれを死を重ねて積み上げてきたが、ハーモンは生き続けて研ぎ澄ませてきている。どちらが優れているのかと問えば、どちらともと言うしかないだろう。結局の所、違いがあるとするならばその方向性でしかない。 故に互角―――追撃戦は硬直状態へと陥っている。(機動力に関しては優っているが―――やはり正面からは厳しいな………!だからこそ狙うべきは、あちらの『奥の手』が出てからの奇襲………!) 三神の乗る不知火に搭載されている追加噴射機構も多重跳躍機構も、元はF-14Fに搭載されていたもので、『前の世界』で香月が半ば趣味となったハッキングで何処からか引っ張ってきた技術を再構成し改良を加えたものだ。更には乗せる機体が第三世代機であることもあって、速度差で負けることはない。 そしてこの戦闘に関して言えば―――いや、この戦闘だからこそ、状況は三神の方に有利に働く。何故なら、相手はこちらの手の内を知らないが、彼は相手の手の内を知っているのだ。(あちらの武装が私の知っている通りのものなら、残っているフェニックスは後一発。通常兵装の突撃砲三門と短刀二本に―――奥の手のKシステム………!!) 米国らしいといえば如何にも米国らしい砲戦特化型装備に加え、奥の手のKシステム。その実態は、フェシカと呼ばれる支援システム専用のA.IにF-14Fに搭乗する衛士の機動パターンを覚えこませ、機動毎に起こる死角や硬直をフォローするための―――対密集戦闘用自律砲撃支援システムだ。 XM3がキャンセルによってそれを『無くす』ことを前提に組まれているように、Kシステムは死角や硬直を攻撃に『転化』することを前提に製作されている。 所謂、砲撃防御―――まさしく、騎士の名にふさわしいシステムだ。 F-14Fが従来のトムキャットに比べて一回り大きい理由がここにある。機体各部に追加されたような装甲は、実は全て36mm銃架の格納装甲となっているのだ。総数は両側肩部二門、腰部二門の計四門。実際に装備できる突撃砲を含めると、総計八門による大砲撃が可能となる。 とは言うものの、所詮改造機―――元がトムキャットでそれ専用に設計されていないこともあって、積載弾数は一門辺り1マガジン分にすら届かず―――約1000発が限度で、更には戦闘中の弾倉交換も出来ず、使い切ったらパージするという使い捨てのシステムになっている。加えて、その専用装備の為に機体重量が嵩み、だからこそ多重跳躍機構という追加の跳躍システムが必須となってしまっている。 因みに、後の後継機となるFB-2000〈トランザム〉ではこの問題は解消されており、挙句120mmにも対応するようになって、更なる砲撃特化となってしまうのだが、それはまた別の話だ。 まぁ、それはともかく―――。「Kシステム―――来るか………!!」 網膜投影の先、上昇してこちらの追撃の手から逃げていたF-14Fが反転、急降下と同時に最速接近してくる。 おそらく、狙いはすれ違い際。そこで仕込んだ銃架で攻撃してくるはずだ。それで致命傷にはならなくても、相手が自分の手の内を知らないということを前提にしていれば、致命的な隙にはなると考えているのだろう。確かに、そこを突いて再度攻撃を加えれば、その時こそ本当に決着する。 だが、そうしたハーモンの目論見は最初―――いや、前提からして崩れている。何故なら、三神は彼等の奥の手であるKシステムの存在を知っているのである。 故にこそ―――。(なら敢えて―――誘いこむ………!) すれ違い際に来ることが分かっているのならば、その時にこちらの本命を叩き込めばいい。元々、逆手に構えた長刀など、すれ違い際にしか使えないのだから。掠りでもすれば―――この速度だ。相手も体勢を崩す。そこを多重噴射機構で追い縋ってやれば、勝ちを収めれる。「さぁ―――征きますよ!ハーモン少佐………!!」 36mmを適当にばら蒔く。ロックオンも全くしておらず、本当にばら蒔くだけではあるが、演技としてはそれで上等だ。 そして、その弾幕とも言えない火線を、揺れる木の葉のようにヒラリヒラリと潜りぬけ、F-14Fが接近。彼我の距離が詰まっていき―――。『ヴァルキリー05、フォックス2―――っ!』 警告と同時に120mmが飛来し、F-14Fの右手腕に装備された追加装甲に突き刺さり、主腕ごと破砕した。「なっ………!?祷子………!?」 驚きに目を見開いた三神が戦況表示図を確認すれば、マップには確かにヴァルキリー05の文字があった。おそらくは単騎で追撃したこちらの身を案じて式王子辺りがフォローに寄越してきたのだろうが、タイミングが悪い。 その上―――まだ相手は動ける。 感知と同時に僅かに機体制御を加えていたのだろう。120mmの直撃を受けたのにも関わらず、右手腕を失っただけで済んだF-14Fは錐揉み回転しながら地表に向かって落下するが、激突する寸前で体勢を立て直し―――。『えっ―――!?』 多重跳躍機構を用いてヴァルキリー05へ反転。左主腕に残った突撃砲を斉射しつつ接近を開始するが、弾が切れたのか突撃砲を投げ捨て、膝部から短刀を取り出すと更に加速した。対する風間は応戦しつつ、距離を取るべく後退するが―――間に合わない。「ちぃっ………!?」 三神は舌打ちして、機体を反転し多重跳躍機構を発動。加え跳躍ユニットを最大噴射まで引き上げ加速。その加速で得た吸気をすぐさまイオン化、フラッシュオーバーさせて順次追加速を叩き込む。 瞬間的に第三世代機の速度を凌駕する加速性能を以て、カットをすべく風間とハーモンの間に割って入るが―――ハーモンは転進すること無く、それどころかナイフをこちらへ投擲して、更に加速する。 セオリーを無視した、いっそカミカゼとも言えるその行動に三神は眉を潜め―――顔を引き攣らせた。(―――!?まさか………!) 弾幕を張り、飛来したナイフを右主腕を犠牲にしつつ受け止める彼の脳裏に過ぎったのは、いつかの世界、武装を全て使い果たし、丸腰となったF-14Fが―――速度という武器を使って要塞級に飛び蹴りをかます姿だった。「しまっ………!?」 気づいた時にはもう遅い。 幾つかの36mmを被弾しようとも加速を止めなかったF-14Fは、それそのものを武器にして、右主脚を突き出し―――。「ぐっ………!?」『きゃぁっ!?』 両手腕をクロスさせてガードをしたものの、それを軽々と飛び越える大質量の直蹴りを喰らい、三神機は背後の風間機を巻き込んで吹き飛んだ。 一方その頃、ヴァルキリーズと死闘を繰り広げるナイト中隊は、各機動いてはいるものの―――ほとんどの機体が『それだけ』という現状だった。 そもそも第三世代機相手に第一世代機では余程の腕の差が無ければ敵うわけがない。ある程度は詰められるとは言え、それでも世代間の能力差はほぼ絶対に等しいのだ。 ナイト中隊がまだ中破止まりで奮戦していられたのは、第一世代機の頑健さに救われている面が大きい。でなければ、とっくに大破していることだろう。 それに加えるとすれば、相手がまだ本気でないことが理由に挙げられる。ならばこそ―――本気になられる前に逃げるのが一番だ。(―――さて、そろそろ引き際だな………) この中隊を任されているナイト02は状況を鑑みてそう思う。 各機至る所に被弾しており、これ以上の戦闘続行は厳しいだろう。折しも、予定していた七分を既に耐えぬいている。第一世代機で第三世代機―――しかもおそらくは改良機―――の猛攻を七分耐えたのだ。お義理は果たしたと言っても過言ではない。 だからこそ、彼は予定通り逃げ出すことにした。「ナイト02からナイト各機へ!―――ずらかるぞ!各機、タイミングを合わせろ!!」『了解………!!』 呼応と同時、ナイト中隊は変則的な陣形を取り始める―――。 その様子を見ながら、紫藤は眉を潜めた。(不可解。―――反撃?) 当初の予定通り、相手の主脚や主腕を狙って削り、敵の機動力が落ちてきたところで、鶴翼参陣を展開し始めた所だった。このままにじり寄って囲い込み、制圧しきればこちらの勝ち―――と思ったところで、紫藤は妙な違和感を覚えたのだ。 敵の陣形が変化しつつある。 こちらの陣形を考慮してか、側面防御を重視していた楔参型から鎚壱型へと変わっていく。陣形そのものは珍しくない。戦術機運用を考えると、これはむしろ基本戦術陣形だ。 だが、敵が抱えている条件はシビアだ。ただでさえ機動力に劣る第一世代、加えて戦闘による各部損傷。こちらが撃墜を封じているために一足飛びに決着までは至らないが、それでも着実にダメージを与え、相手は最早風前の灯火と言って過言ではない。 そんな状況下で、攻撃陣形を取るというのもおかしな話だ。自滅覚悟でやるならばともかく、相手にはそんな余裕すらないはずだ。 だから紫藤は機体のセンサーを最大レベルにして―――気付く。 鎚壱型の正面四機の主機が異常加熱―――有り体に言えば、暴走状態にあることを。 これが指し示すところは即ち―――自爆。「っ―――!全機後退―――っ!!」 紫藤が警告を促すと同時、後方七機が何かを上空に撃ち上げ、それが四散すると一斉に通信障害が発生する。そして全敵の管制ユニットが射出され―――一拍置いて正面四機の敵機が爆散。 自爆時の衝撃と上空にばら蒔かれた金属粉―――チャフの影響で、通信が復旧できない。有線接続すればいいが、全機繋げるのには時間が掛かる。『―――………ち………ら………!こちらヴァルキリー02!みんな、聞こえる!?』「―――無事」『何だったの今の………』『―――機体の主機を暴走させて爆発の前にベイルアウト。ついでにチャフをばら蒔いて目眩まし………って所かな。無茶するなぁ………』 結局、センサーや通信が復旧する頃には射出された管制ユニットの行方は分からなくなっていた。ベイルアウト時の方向はどの戦術機も後方へと向かうが、自爆の影響を免れた他の機体を見てみれば、機体そのものを傾けて各々方向を調節していて、散り散りになっていた。 それでもその進行方向を辿れば追いつけるかもしれないが―――機体を放棄したとしても裸一貫という訳ではない。強化外骨格があるため、生身よりも素早く移動ができる。更に運の悪いことに、近くに石岡市等の街があり、そちらの方向へ潜り込まれてしまえば最早発見も難しくなる。 つまり、これは―――。『逃げ………られた………?』 誰かの呟きに、皆が意気消沈する。そんな空気を慮った訳でもないだろうが―――式王子が、珍しく真面目な顔で口を開いた。『―――そんな事より、もっと大切な事があると思うの』 この上まだ何か有るのかと皆がげんなりして―――。『コレ、帰ったら少佐と副司令といーちゃんのお仕置きフルコースじゃない?始末書付きで―――私だけ』 その問い掛けに、皆は一斉に顔を背けた。『ねぇっ!みんな顔背けないでフォローしてよ!自分で言っててなんか怖くなってきちゃったよ!へるぷ!へるぷみ~!!』 その魂の叫びに、しかし皆は応えなかった。『うわ―――ん!帰ったらみんな激写してやる―――!!』 右の主脚で三神機に強引な直蹴りを叩き込んだハーモンは状況を確認する。蹴り飛ばした不知火は、増援で現れた不知火を巻き込んで、二機共々転倒。無力化、という意味では上々の結果にはなった。「―――やったか………!?」『そのようだ。死んではいないようだが、しばらくは衝撃で動くことが出来ないだろう。機体の方にも双方ダメージが行っているだろうしな。―――それよりもハーモン。君は人の体だと思って何という無茶をしてくれたんだ』「仕方ないだろ?さっき食らった120mmであちこちダメージ出てんだから」 フェシカの小言にハーモンはうんざりしながら機体ステータスをチェックする。 先程の乱入の際食らった120mmは追加装甲のお陰で機体本体への直撃は免れたものの、弾頭炸薬が虎の子で残しておいたフェニックスと右肩部と右腰部のKシステム―――銃架に誘爆し、結果的に右主腕が犠牲になった。更には誘爆の影響であちこちエラーが出ており、これ以上の戦闘続行は幾ら何でも厳しいものがある。 だからハーモンは奇策を取った。 増援として現れた機体を狙うように見せかけ、あの厄介な相手を誘い、喰い付いたところで転進強襲するつもりだったのだ。しかしどういう訳か相手はそのまま守りに来たので、二人まとめて吹き飛ばすことにしたのである。 こちらの右主脚のオートバランサーを代償として払うことになったが、後は逃げ切るだけなので対価としては安いほうだ。『とどめは刺さないのか?』「ただでさえ旗色が悪いんだ。『事故』ならともかく、下手なことしてデボンの仕事増やす必要はないだろうよ」 政治方面には明るくないハーモンではあるが、今ここでこの二機を撃墜してしまえば、日本にも国連にも要らぬ口実を与えてしまう可能性があることは理解できる。 やむを得ない状況ならばともかく、現状無力化できたのだから、それ以上は望むべきではない。「―――思ったよりはあっけなかったな。ま、お互い運が無かったってことか」 そう、呟いた時だった。『―――手前ぇ………!!』 オープンチャンネルで、少年の怒声が響き渡る。 そしてこの日のハーモンにとって、最大の苦難となるべき存在が―――遂に来た。「う………」 ずきん、身体を突き抜けた衝撃の残滓があって風間は目を覚ました。 大部分の衝撃は強化装備の方で吸収してくれているが、それでも戦術機という大質量の衝突があったのだ。生半可な衝撃ではないし、巻き添えを食らった自分の方でさえこの状態だ。直撃を受けた『彼』の方は一体どうなっていることか―――。(―――そうだわ!少佐は………!?) 瞬間的に目が覚める。あれからどうなったのか―――事態を正しく認識しようとした時だった。通信が開き、白銀の顔が大映しになる。『―――風間中尉!無事ですか!?風間中尉!!』「白銀中尉………!?どうしてここに………?」『そんな事はどうでもいいです!庄司が応答しません!それに、バイタルが………ちぃっ、逃がすかよっ!!』 どうやら、白銀は白銀であの黒い機体を追っているらしい。そして風間は三神の機体データとバイタルを呼び出し―――絶句した。「―――そんな………っ!?」 主腕は両方共ひしゃげ、それに押しつぶされる形で管制ユニットの前面ブロックも同様に―――機体の向きがあったためか、真正面からではなく右真横から潰されていた。逆にそれがいけなかったかもしれない。第三世代機は特に空力特性を活かすためにボディ形状が鋭角的なものが多く、その為に比較的装甲の薄い部分と言うのがどうしても出てくる。 まさか狙ってやったわけではないだろうが、結果としてその一撃は不知火の主腕ごと胸部装甲を押し潰し、管制ユニットまで届いた。今現在風間の不知火は三神機に寄りかかられているため、目視はおろか、網膜投影でさえ確認はできないが―――搭乗衛士のバイタルデータによれば、右腕下腕骨折、右肋骨二本骨折、右側頭外骨挫傷と全て右に偏っている事を考えれば機体損傷は間違いなく管制ユニットまで届いている。 下手をすれば、ひしゃげた管制ユニットに挟まれて身動きが取れない状態かもしれない。(―――私、の………私のせいだ………) あるいはもっと引きつけてから援護すれば―――。 あるいは制圧ではなく、撃墜を視野に入れていれば―――。 あるいは―――。 どうしようもないたらればがグルグルと風間の胸中で蠢く。血の気が引いて、思考が停止する。手足が震え、心のコントロールが出来なくなる。こんな事、いやこれ以上の事が戦場ではあるというのに―――何故か身体が動かなくなる。 しかし―――。『―――あの黒いのはオレが相手します!風間中尉は庄司を!!』「………」『風間中尉っ!?』「は―――はい………!」 駄目だ、と思うよりも早く白銀の恫喝が飛び、それをきっかけに何とか身体が動き出す。 管制ユニットの強制射出は不可能だ。機体の制御権をこちらに緊急委譲させれば可能だが、それよりも前に物理的に機体がひしゃげているために不可能だった。だからまずは自分の機体と、それに寄りかかった三神機をゆっくりと地表に座り込ませる。次に胸部ハッチを解放させ、昇降ワイヤーを伝って三神機へと飛び移る。背部ハッチからでも可能だが、こちらも制御権が必要になるために断念した。 そして機体股間部にある緊急メンテナンス用のレーザーカッター発振器を引っ張り出し、その近くにあるコンソールを操作してマニュアル制御。これは管制ユニットがオートでイジェクトされるのを防ぐためだ。今、中がどうなっているか分からない以上、下手に動かせば怪我を悪化させかねない。そして胸部ハッチ強制解放レバーを捻る。しかし案の定というべきか、装甲板がひしゃげていて途中で突っかかってしまう。幸いにもあと少しで管制ユニットにまで入り込めそうなので引っ張り出したレーザーカッターで装甲を一部削る。この時、蒸散塗膜を回避して内側からやるのがコツだとかつて戦場帰りの整備兵から教わった。 その教え通りに削ると、やがて胸部ハッチが完全に解放され―――。「っ………!三神少佐………!!」 額から血を流し、意識を失っている三神の姿があった。 側に寄って状態を確かめる。腕や肋骨が折れているということだが、どうやらやはりひしゃげた管制ユニットに挟まれたらしい。しかし幸いにも、少し身体をズラして動かしてやれば抜け出せそうなので風間はゆっくりと慎重に三神の腕をそこから引き抜く。「う………あの人、は………?」(あの人………?) その際の痛みで少し意識が戻ったのか、彼は譫言のようにそう尋ねてくる。「大丈夫です、あの黒い機体は白銀中尉が追っています」「白銀―――大、佐………?」(大佐………?) 疑問に思いながらも安心させるように風間がそう告げると、突如、三神が身体をくの字に曲げた。 うっすらと、何処か懐かしい声が聞こえる。 ―――大………夫で………。あの黒………機体………白銀………が追って………。(―――白銀、大佐………?) 胸中で呟いた途端、ざざざ、と三神の視界にノイズが走る。ぼんやりとしたそれはまるでテレビの砂嵐のように一瞬だけ乱れて、何処かのハンガーの様子を映しだした。 それを半ば本能的に過去の記憶だと気付けたのは、今も思い出として大事に胸の奥に閉まってあるものが映ったからか。あるいはそれがモノクロだったためか。『―――お?どうしたんだ?お前等』『あ、白銀大佐。この機体―――FB-2000〈トランザム〉のことと、ラブ中佐の親父さんの事を教えてもらってたんですよ』『ははは。こうして僕の父のことやフェシカの事を話すことは滅多に無かったですからね』 漆黒の機体を前に、まだ何も経験していない若い頃の自分と―――最初の恩師が二人、映しだされる。『まぁ、この基地の人間は大体皆知ってるしなぁ………』 恩師が苦笑すると、何処からとも無く男性の合成音声が聞こえた。『―――失敬な。言葉で語れるほど、私の歴史は浅くないぞ、白銀大佐』『こ、こらフェシカ!言葉が過ぎるぞ!』『あはは。まぁ、ナイトトムキャットに載せられてた時から換算すれば、オレと歳近いからなぁお前さん』『その上、私には階級が無いからな。―――言いたいことを言いたい放題だ』 カラカラと笑うその声に、もう一人の恩師が頭を抱え、三神は苦笑することしかできなかった。『なんかスゲー人間臭い機械なんですね………』『ふ。母親と前の主の教育の賜だ。それと三神少尉、私のことを機械と呼称するな。―――ロックなA.Iと呼びたまえ』 皮肉げなその合成音声と共に、場面がカチリと切り替わった。『―――じゃぁな。ちゃんと生き残れよ………。シロガネ、ミカミ』 いつかのかつて、何処かの撤退戦で彼等はただ『二人』、最後まで戦場に残ることを決めた。 相対するは軍団規模のBETA群。地形上、そこは谷になっているため迎撃にはもってこいだが―――当然、単騎で戦い抜くことなど出来はしない。 しかしながら彼等もそんな事は百も承知二百も合点。それでも護りたいものがあるからこそ―――彼等は退くことをしないのだ。 何故ならば―――。『さぁ征くぜフェシカ………!ここが地獄の三丁目だ………!!』『ならば四番目の―――最後の地獄へと奴等を誘うとしようかハーモン。そしてそれを以てこの背にある全てを護るとしよう。何故なら我等は騎士。現代に蘇った正義の騎士。そうとも、我等こそが―――!』 そして彼等は高らかに叫ぶ。『―――騎馬を駆る者〈KightRider〉なりっ………!!』 カチリ、と場面が切り替わり―――今度は、今まで自分が乗っていた不知火の胸部装甲、そのタラップが視界に映る。片膝を付いたまま視線をわずかに上げ、夜が落ちる空の向こう―――軌跡を刻み、演舞を描く二機の戦術機が見えた。 それを見て、三神は心より思う。「―――だ、め………だ………!」 あの『三人』が戦うことがあっては駄目だと―――。「あ………の『三人』………を、戦わせちゃ………駄目だ………!」 理性を剥ぎとれ、感情を剥き出しにしろ。 ―――お前に今必要なものは、そんなモノではない。「あぁ、そうか………」 選ぶべきは道化ではない。 ―――お前が今選ぶべきは全ての因果を噛み砕く狼だ。「そう、だよなぁ………だって、『俺』は―――」 そして自らに問い、自らに応えろ。 ―――お前は今、何のためにその世界にいる?「―――救う為に、ここにいるんだっ………!!」 だからこそ、三神庄司は自らを呼び覚ますために―――硬いタラップへと自分の額を叩きつけた。「くそっ、たれ………マジ痛ってぇ………」「し、少佐………?」 三神の凶行とも取れる行動に風間が唖然としていると、彼は風間にはよく分からない言葉を以て痛いと呟き、今さっきまで自分が収まっていた管制ユニットを振り返る。「―――ダ、メか」 しかし直ぐに動かないことを悟ったか、彼は周囲に視線を巡らせ―――風間が乗っていた不知火を認めた。「―――不知、火………あっちは、まだ動く………」 おそらくは網膜投影でデータを呼び出したのだろう。 巻き添えを食らった風間機ではあるが、直撃を受けた三神機よりは当然ダメージは少ない。戦闘続行も十分可能な範囲だ。 それを理解したか、彼はふらふらと歩き始め―――慌てて風間は止めに入った。「し、少佐!駄目です!右腕が折れてるんですよっ!?それに―――」「うるさ、い………!」「っ!?」 しかし返ってきたのは拒絶だった。「『俺』、が救うん、だ………。今度こ、そ………白銀大、佐と………ハー、モン少佐、とフェシ、カと………ラ、ブ中佐を………!今度、こそ………今度こそ、絶対に、『俺』が―――!」 途切れ途切れの言葉や、焦点の定まらない瞳にはいつもの理性的なものは一切なかった。 まるで野生の獣だ。本能のままに生き、本能のままに殉ずる狼。もしもそれ以外の何かを抱えているとするならば―――きっとそれは恩義。彼は11月11日に起こったあの迎撃戦の中で、返さねばならない恩義があると叫んでいた。(―――きっとそれが、白銀『大佐』に繋がるんですね………?) おそらくそれが、三神庄司という男が成す根幹。始点にして最終。深すぎて、きっと今の自分には触れることはおろか、知ることすら出来ない想いのカタチなのだろう。 彼が何故そこまでそれにこだわっているのかは分からない。何があったのかは知る由もない。今、それを問うことも出来はしないだろう。 だが、彼をこんな怪我を負わせてしまった責任は自分にあるのだ。だからこそ風間は―――。「―――分かりました。私も、お供します」 せめて今は、彼の望む全てに手を貸そうと―――そう決めた。 加速を止めない二機がその夜空にあった。 茨城県東茨城郡にある水戸市森林公園を横断する形で不知火とナイトトムキャットが駆け抜ける。 奇しくも先程と同じ光景だが、状況が幾つか違う。まずナイトトムキャットは右腕が大破しており、その影響が他の各部にも出てしまっていて、先程までのようなアクロバティックな三次元機動は出来なくなってしまっている。 そしてもう一点。 むしろ、ハーモン達にとってはこれの方が問題だった。 自分達を相手取っている不知火の衛士のレベルが尋常ではなかったのである。「―――ちぃっ!化け物め………!こっちは四十過ぎのロートルだぞ!?もっと労れってんだ………!!」 左主腕と背部担架の突撃砲二門、加えて無事だった左肩部左腰部の銃架―――Kシステムを用い、何とか一定の距離を確保しているものの、接近を許せば命はない。予感ではなく、確信としてそう思える。 何しろ相手は―――36mm四門の弾幕を真正面から避け続けているのだ。一体どうやってこちらの火線を読んでいるのかは知らないが、放つ弾丸の悉くが外れ、掠りさえしない。 そんな訳の分からない機動をする相手が懐に飛び込んできたら―――後は推して知るべしである。『―――流石に厳しいか』「あぁ!さっきのと違って、こっちは落とす気満々みたいだしなっ!」 技量という面では、あるいは先程の不知火の方が上かもしれない。今追ってきているのは―――強いが詰めが甘い。あんな出鱈目な機動を続けていれば、機体の方が先に持たなくなってしまうだろう。 短期決戦を望んでいるのかもしれないが―――真正面からの殴り合いだったら、先程の不知火の方がやり合いたくないタイプだ。勝てるかどうかはさておいて、こちらの方がまだ与し易いとも思える。 ―――尤も、それも機体が完調ならばの話だが。(―――くそっ、どうする!?もう手はないぞ!つーか何でコイツはKシステムの存在に気づきやがった………!?) 先程二機の不知火を倒した直後、この不知火が乱入、追撃してきたのだが―――ハーモンはこれをギリギリまで引きつけてKシステムで一掃することにした。その存在さえ知られていなければ、このシステムは衛士にとって既知外の存在だ。不意を突くという意味では最高のカードだった。 ―――それを、何故か察知されて避けられた。 その上―――。『―――ハーモン。悪い知らせだ』「んだよっ!こっちは今忙し―――」『―――推進剤が、もう保たない』「―――そっか」 素っ気なく返事をしながらも、いよいよ進退極まってきたとハーモンは奥歯を噛み締める。 そもそも、今回の作戦はF-14Fの既存戦術機を超える巡航速度を以て追撃さえも振り切ることを前提に組まれていた。その前提から崩されていた時点でこうなることは予期できてはいたのだ。しかしそれでも、実際にそれを突き付けられると舌打ちの一つでもしたくもなる。『代替作戦を提示する。ハーモン、君は敵機に最速接近した後、ベイルアウトしろ。Kシステムの残弾を全て使ってパージ、軽量化もするから君の腕を以てすれば可能なはずだ。そして主機を暴走させて―――自爆する』「―――ちょっと待て!お前はどうするつもりだ?」 フェシカの本体はこの複座管制ユニットに積まれている。ベイルアウトさえすれば機体を自爆させようが何しようが問題はないが―――ここは敵地の真っ只中である。当然のこと、身一つになるハーモンには管制ユニットを回収する手立ては無い。『私にはもしもの時の機密保持プログラムが組まれている。まぁ、単に回路を焼き切って私自身をデリートするだけだが―――それを発動させる』「ばっ―――お前!何考えてやがる………!?」『我々の任務は、推進派が良からぬ動きをしたときのストッパーであり、その内訳の中にはF-14Fの回収も含まれている。だが、推進剤が足らない今、帰還は不可能だ。よって、この作戦は最早失敗と見て良い。そして帰還が出来ない以上、他国にこの機体が渡るより自爆させて「無かった事」にしてしまったほうがいい。私に関しても同様だ』 今回のオルタネイティヴ5推進派の動きは多かれ少なかれ損益を含んでいた。だからこそその最大出目が損になった時点で、合衆国を今後も存続させる為にその損を最も少なく、そして出来る限り益に反転させる必要があったのだ。 そして、実際に損の出目が出てしまった以上、米国とオルタネイティヴ5―――もっと正確に言うならばG弾運用前提の軍事ドクトリンは一時的という条件付きではあるものの衰退を余儀なくされる。 であらば、それが復旧するまでの繋ぎの役目として戦術機生産にスポットが当たるのだが―――90年代で既に米国は戦術機離れとも言える現象が起こってしまっている。予算の縮小を繰り返し、その結果90年代前半に開発着手したF-22が最近になってようやく量産体制になったのだ。この事からも分かるように、そうした足踏みの結果、他国でも第三世代機が開発され、かつて米国が持っていた戦術機というカテゴリーでの他国への優位性はもう殆ど無いに等しい。唯一リードしている部分があるとすれば対人戦闘能力やステルス性能ぐらいだろう。それでも十分に他国にとっては脅威ではあるものの、こと対BETA戦に関して言えば何の役にも立たない。 G弾という鬼札が残ってはいるが―――前述したとおり、今回の件で他国の信頼を落としてしまった為、どうしてもプッシュすることは出来なくなる。 だからこそ、まだ純粋に対BETA戦兵器を作っていた頃の残滓であるF-14Fが必要であったのだ。これを―――あるいはこれに積んだ技術を量産し、輸出出来れば再び米国は他国よりもリードできるし、戦闘証明が出来れば表面上の信頼を回復することも難しくない。 しかし―――この追撃戦で、その目論見は崩れ去った。 このまま行けばF-14Fを―――引いてはその技術を鹵獲される可能性が高い。ならばこそ、合理性を追求するA.Iとして、フェシカは全てを無かった事にするプランを取ったのだ。データ自体は本国にあるのだから、復元は容易ではないものの不可能ではないだろうと。『―――しかし、替えの効かない人的資源は大事にすべきだ。君程の衛士を他国に捕らえられるのは、合衆国に取って大きな損失になるだろう。デボンもこれから苦労するはずだ。そして、それを影に日向に支えてやれるのは、事情を知っている君ぐらいだ。ならば、君だけはこの場を脱出する必要がある』 フェシカの判断は正しい。 機械は幾らでも替えが効く。戦術機であれA.Iであれ、人の作りしものは人がいれば幾らでも複製ができる。だが、人間はそうもいかない。物理的な意味では人を増やすことは出来ても、それを育てたり経験を積ませたりするには莫大な時間と手間が掛かる。 結果として、一機あたり数十億する戦術機以上に人的資源というのはコストが掛かってしまうのである。 故に―――フェシカの判断は正しいのだ。 少なくとも、『軍人』としてハーモンはそう判断した。 だが―――。「―――ふっざけんな………っ!!」 『人間』としては到底正しいとは思えず―――だからこそ、ハーモンは激昂した。『ハーモン、これは合理的な判断で―――』「うっせぇ黙れ!合理的な判断?はっ!ふざけてんじゃねぇぞ馬鹿野郎!いいか!?俺はな、確かにCIAの下っ端だよ!だがなぁ、それでも俺はアメリカ軍人なんだよ!!」 ―――0か1か。 全てをデジタルのような合理性で決めてしまえる程、ハーモン=アーサー=ウィルトンは―――いや、ハーモン=ラブは人間が出来てはいない。 上層部に翻弄され、四十過ぎても現役として最前線で戦ってきた男はその任務の性質上、表面上はともかく本質的には常に一人であった。そのために、仲間と呼べる存在にあるいは子供のような憧れを持っているのだ。「上の連中は知らねぇ!知りたくもねぇ!でも現場のアメリカ軍人ってのはなぁ、仲間を絶対に見捨てない―――見捨てちゃいけないんだよ!何しろ現場の俺達は、何考えてるか分からん上の連中と違って『本当に』自由と正義を誇りとして掲げているんだからな!!」 上からの命令があったならばともかく、現状自己判断で動いている以上、例え相手が機械であったとしても、この一ヶ月苦楽を共にしてきた『相棒』をこの男が見捨てられるはずがない。「いいかフェシカ。よく聞けフェシカ。俺達は相棒〈バディ〉だ。相棒ってのはな、背中を預け合うものだ。お前がいなくなったら、俺の背中はガラ空きだぞ。そうなったら今ここでお前が日本人みたいな自己犠牲精神発揮したところで遠からず俺は背中から撃たれて死ぬ。―――ほらみろ、結果はどっちでも一緒だ」 迫り来る不知火の猛攻をあらゆる回避行動を叩き込むことでどうにか回避し、それでもハーモンは口調には出さず諭すように相棒に言い聞かせる。「足掻けよ相棒。足掻いて足掻いて生き抜いて、お前はママの所に帰ってメンテしてもらう。俺は息子のところへ帰って酒を飲み交わす。―――それが俺達にとってのハッピーエンドだろうが」 そして言葉を切ると、フェシカが呆れたように文字を流した。『―――全く、君は機械相手に何を熱くなっているのだ。私の損害など、所詮は経費で数えられるものだぞ?』「うっせぇ黙れこのポンコツ。戦争って枠組みの中じゃ、人間も一緒だっての。―――それから、もう自分の事を機械だなんて言うんじゃねぇぞ。これからは………そうだな、ロックなA.Iとでも名乗っときな」『反抗するA.Iとは私の存在意義を完全否定だな。母が聞いたら「私の息子に反抗期が!」と嘆くだろう。―――それはともかく、現実的に考えて他に手はあるのか?』「なぁに、あいつを落とせば良いだけの話だ」 どういう事だ、と追求するフェシカにハーモンは何処かの悪ガキのような笑みを浮かべた。「推進剤をあいつから頂けばいいだけの話ってことさ。それでも足りなきゃ、さっき倒したType94からも頂く。他の追撃から逃げ切れるかどうかは―――賭けだな」『また随分穴だらけな計画だな』「俺の人生は行き当たりばったりだからな。―――できちゃった婚だし」『胸を張って言えるものじゃないだろう』「それでも今まで生き残ってきたんだし、息子もちゃんと育ったんだからそこは褒めろよ?」 おどける『二人』をせっつくように、120mmが機体の横を駆け抜けた。「さぁて、準備はいいか?次で仕留めるぞ―――スマートに、ド突き合いでなっ………!!」『―――了解!』 そして『二人』は、最後の悪足掻きをするべく、機体を反転させた。 白銀は怒りの中にいた。 彼が状況に追いついて最初に見たものは、胸部装甲をひしゃげさせた三神の不知火だった。一瞬にして血の気が引き、バイタルデータを呼び出して―――奇しくも風間と同じように愕然とした。 右腕や肋骨だけならば、まだどうにでもなる。この世界の医療技術は白銀の『元の世界』よりも数段進んでおり、治りが遅い不完全骨折はともかく、完全骨折であれば二週間も掛からず前線復帰も出来る。 問題だったのは右側頭外骨挫傷だ。場合に拠っては脳挫傷―――最悪の場合は脳裂傷を起こして例え命に別状はなくとも日常生活さえ困難になる。衛士としては勿論、軍人としても復帰できなくなるだろう。無論、バイタルデータでのスキャンはあくまで大雑把なものなので脳内部がどのようになっているかは不明だが―――それでも下手をすれば、半身不随になりかねない。「よくもウチの馬鹿をやってくれたな………!」 多重跳躍機構に火を入れて、前を行くF-14Fを追撃する。 速度ではこちらが上だ。加速能力に関しても同様。同じく多重跳躍機構を相手も備えているとは言え、相手の連続発動回数は二回が限度のようで、三回連続発動出来るこちらの方が機動力という面で有利に動く。 だというのに未だ決着に至らないのは、相手が逃亡しつつ機動防御に専念しているためだ。「―――この野郎ォ………!!」 接近しつつ、36mmを斉射。しかし真横に多重跳躍機構を発動され、火線がズレて、更にはその勢いで一時的に距離を空けられる。もう既に同じ遣り取りを何度かしている為、いい加減苛立ちが白銀の表情に出てくる。 本来、白銀はドッグファイト向きの衛士ではない。その特異な機動特性を用いて敵を翻弄しつつ、ロックオン任せ―――あるいは単騎でのアトランダムな砲撃による削りと、近接戦闘による一撃必殺を信条とするトリックスターなスタイルだ。 その戦闘スタイル故に、停滞乱戦時に―――取り分け、対BETA戦時に能力を最大限に発揮する。無論、だからと言って対戦術機戦で優位に立てない訳ではない。正面切って戦えば、様々な確率世界での経験を取り入れている彼に勝てる相手はそうそういないだろう。 だが、本気で逃げる相手の追撃戦となると、どうしても噛み合わせが悪い。 彼自身も理解しているように、突出した能力は機動特性のみ。追撃戦で最も必要となる高速戦闘時の精密射撃は不得意な分野であり、どちらかと言えばそれは三神の分野だ。 ならば割と得意な分野である近接戦闘に持ち込めば話は早いのではあるが―――いかんせん、相手も近接に対しての装備が心ないためか、一定以上に接近を許さない。(くそっ………!だがこのまま行っても相手もジリ貧だ!どこかに付け入る隙はあるはず………!!) 焦った方が負ける、と踏んだ白銀は120mmを発射。これを当てるつもりはない。プレッシャーを掛けるつもりで放った。 しかし―――。「来たっ―――!」 それを避けると同時、突如としてF-14Fが反転、白銀機に向かって吶喊を仕掛けてきた。得意分野である近接戦が来る。右主腕の突撃砲をパイロンに戻し、代わりに長刀を引き抜く。 今度は峰を返さない。余裕をかましていられるような相手ではないし、そのつもりもない。 殺してしまう可能性があるのは重々承知だ。『前の世界』のクーデターで、まだ覚悟を決めていなかった白銀は、決起部隊を―――いや、『人間』を攻撃できるのかどうか酷く悩んだ。人を殺してしまうことに怯え、迷った。 多分―――今もきっとそうだ。 だが、その悩みが、怯えが、迷いが―――かつての恩師を殺し、『元の世界』を壊し、愛すべき幼馴染を傷つけたことを白銀武は忘れていない。忘れるはずがない。 故に、ここでどんな罪を背負おうとも、停滞を促す全ての感情を押し殺す。 燃焼すべきは、仲間を傷つけた敵に対する―――怒りのみ。「―――覚悟しろ………!」 その呼びかけは、相手に対してか自分に対してか―――。 二機の戦術機が真正面から交錯する。互いに突撃砲を用いて弾幕を張るような牽制をせず、真っ向からの近接戦だ。 F-14Fが多重跳躍機構による追加加速を掛け、不知火が迎え撃つ。F-14Fは左手腕にした突撃砲を捨て去り、膝部のナイフを引き抜くと、順手に持ち替え再度跳躍。不知火の頭部を越える倒立反転跳躍だ。 そしてその最頂点で―――Kシステムを格納した追加装甲をパージした。 パージされた装甲は四つ。いずれも白銀の不知火へと襲いかかり視界を塞がんとするが、彼は慌てること無くキャンセルを入れて機体を翻し回避。 しかしそこを狙って倒立中のF-14Fが多重跳躍機構を用いて上空からパワーダイブを敢行する。左主腕に順手で装備したナイフを突き出し―――一直線に管制ユニットを狙う。この速度と質量を以てすれば、胸部装甲を貫く事は容易い。 対して白銀は翻した慣性モーメントと入力をキャンセルせずに維持したまま、機体をそのまま回転させ、迫り来るF-14Fをまるでボールに見立てて振り回す長刀で打ち返さんとする。『―――貰った………!!』 奇しくも白銀とハーモンは同じ言葉を吐き―――己が勝つという同じようで違う未来を幻視した。 白銀は自機の長刀がナイトトムキャットを逆袈裟に断ち切るのを。 ハーモンは不知火の管制ユニットに自機のナイフが突き刺さるのを。 だからこそ―――。『―――させるかぁっ………!!』 そこに第三者の介入があり、全く別の未来が現れるとは、思いもよらなかったのである。「っ………!?」 甲高い金属音と共に、F-14Fと不知火の間を長刀が下から上へと走り抜けたのを白銀は認めた。 不知火の長刀は根元から断ち切られ、F-14Fの突き出された左主腕は上腕から斬り飛ばされていた。 互いが互いの勝利を確信した時、横合いから急速接近して逆手の長刀で割り込んできたのは国連カラーの不知火だった。多重跳躍機構を装備しておらず、戦況表示図に映るのはヴァルキリー05。しかし、その逆手長刀という奇抜な運用方法と網膜投影に映るのは―――。(庄司………!?) 通信に映し出されたのは、ヴァルキリー05である風間祷子と―――その彼女に隠れるようにして重なっている三神だった。 それはかつてのいつか、遠い世界で御剣と同じように、あるいは先の迎撃戦での彩峰と珠瀬がやったような―――二人乗り。おそらくは怪我による操作不備を少しでも埋めるためのものだろう。 白銀がそう理解した時―――三神は叫んだ。『白銀「大佐」―――!ハーモン少佐を殺しちゃ駄目だっ………!!』「っ―――!」 その叫びが聞こえた直後、白銀の脳裏に数多の情景が過ぎる。(白銀「大佐」―――ハーモン=ラブ中佐―――FB-2000〈トランザム〉―――フェシカ―――ハーモン少佐―――F-14F〈ナイトトムキャット〉―――!そういう、ことかよ………っ!!) 処理していなかった膨大な記憶の奔流。それが三神の言葉によって呼び起こされ、次々と関連付けされていく。超高速で理解していく記憶が脳に過負荷を掛け、それが頭痛となって白銀を襲うが、彼は唇を噛んで別の痛みを与えることで耐える。 折角『元部下』が傷だらけの体を推してでも止めに来てくれたのだ。それをこの程度の頭痛如きで参っていては申し訳ない。「―――ぉおぉおおっ!」 だから白銀は根元から断ち切られた長刀を放棄。しかし加えられた機体上半身の慣性はそのままに右主腕を突き出して、迫り来るF-14Fの頭部を引っつかむと機体を後方に倒し、右主脚をF-14Fの腹部へと叩きつけ―――。「―――っせぃっ………!!」 ―――巴投げの要領でぶん投げた。 意識が飛んでいたのは数秒か、それとも十数秒か―――少なくとも、敵が強制的に管制ユニットをイジェクト出来るような時間ではなかったらしい。 しかしながらハーモンが背中から機体ごと叩きつけられた衝撃から復帰する頃には、相手の不知火はこちらに接近し、突撃砲を突きつけてロックオンしていた。先程から警報が鳴りっ放しだ。ついでにこちらが起きているのに気づいているのか、オープンチャンネルで出てくるようにと御丁寧にも英語で呼び掛けてきている。「ああくそっ!―――負けちまったなぁ………。つーか何だよ、戦術機で『ジュードー』とか………出鱈目すぎるだろ………」『―――どうする?これから』 ぶつくさと文句を口にするハーモンに、フェシカが文字で問いかける。「もう逃げ出すプランは無いからなぁ、素直に投降して―――後はデボンが俺達を切り捨てないのを願うだけだな」『本当に行き当たりばったりだな君は………』「言うなよ。お前の案を採用しても、成功していたとも言えないんだし」 呆れるフェシカにハーモンは苦笑して、コンソールを操作。すると胸部ハッチが解放され、ゆっくりと管制ユニットがイジェクトされていく。 冷たい外気を肺に吸い込んで立ち上がるハーモンに、網膜投影の文字が問いかける。『―――行くのか?』「ああ、36mmでバラバラにされたくないしな。―――フェシカ」『何だ?』「機密保持プログラムってのは、最後の最後まで取っておけ」『最後の最後―――とは?』「解体されそうになったら使え。―――その瞬間まで、絶対に諦めるんじゃねぇぞ」『―――Yes.My Lord.………ハーモン』「何だよ?」『君が私の主であることを―――いや、相棒であることを、私は誇りに思う』 その言葉に、ハーモンは一瞬黙りこむ。 これは、別れの言葉だ。 ハーモンにしてもフェシカにしても、国連に捕縛された以上、どんな運命が待っているかは大凡の予想がつく。デボンの立ち回り次第によっては再び出会うこともあるかもしれないが―――正直、望みは薄い。 しかしながら、ハーモンはCIAに、フェシカは軍上層部にその運命を翻弄され続けてきた身だ。こうした流れには慣れているし、だからこそ悪足掻きをする。 運命なんぞクソ食らえと天に唾を吐く『二人』は―――。「………そうかよ。―――『またな』、兄弟」『See You Again.My Buddy―――.〈また会おう、我が兄弟―――〉』 ―――再会を願って言葉を紡いだ。 ナイトトムキャットの管制ユニットからまだ若い『彼』が現れたのを確認した三神は―――安堵のあまり前のめりに倒れた。「―――し、少佐っ!?」 結果的に三神の膝に座る形になっていた『彼女』の背中から覆い被さり、三神はなんかいい匂いするなぁと朦朧とする意識の中で思う。それから『彼女』に何かを言わなければならなかったのではないかと気づき、あまりハッキリしない意識をまさぐる。(手伝ってくれてありがとうだろうかいやそれも違うああそういえば今日は―――) 記憶の中、ようやくそれに行き着いた三神は霞みゆく意識の中でどうにかその言葉だけを紡ぐことが出来た。「―――誕生日、おめでとう………」「―――え………?」 何故か『彼女』が酷く戸惑ったような表情をしていたが、まぁいいやと三神は思考を放棄して―――ついでに意識も手放した。 夜の空を色とりどりの戦術機が埋め尽くしていく中、撤収準備をしていた鎧衣は部下に無線機を渡され、そこから伝ってきた声に訝しげに尋ねた。「―――おや、一体どのようにしてこの回線を………?」 しかし相手は取り合うつもりは無いようで、手短にそして手早く要件だけを伝えていく。聞いてみれば、確かに自分の力が必要だ、と納得出来るものだった。「ほう、ほう………成程。なら、私も手を尽くしましょう。何、こう見えて美女の味方でしてな。そう言えば美女といえば―――」 薀蓄を垂れる前に、通信が切れてしまった。仕方無しに、誰ともなく肩を竦めた後、鎧衣は帽子を目深に被っていつもの笑みを浮かべた。「さて、サービス残業でもするとしようか―――」 そしてこの日―――後に12・4騒乱と呼ばれる擬似クーデター事件は仙台臨時政府の制圧を以てようやく終息した。 歴史的な出来事となった本事件以降、日本の政治形態は刷新―――いや、本来の形に帰結し、白銀や三神の知る未来とはまた別の道を歩んでいくのだが―――それはまた、別の話である。