10月27日「さて、本日の訓練を始める前に―――明日の予定を言っておく」 早朝、グランドにて207B分隊を整列させ、手を後ろに回した白銀は軍人然とした態度で一歩進み出た。「明日から―――正確には日付が変わってから、楽しい楽しい『旅行』の始まりだ」『―――!?』 彼の何処か悪戯小僧のような笑みに、しかし207B分隊の面々は硬直する。この時期に旅行と言えば、それが何を指すのか理解できない彼女達ではない。 総合戦闘技術評価演習―――通称、総戦技演習。 衛士になる為に必要な、折り返し地点。そして彼女達にとっては―――一度挫折した心の傷。「思ったより早いと思ったか?明日からとか急すぎるとか思ったか?まぁ文句を言うのもいいけどな―――よく覚えとけ、それが軍隊ってもんだ」 一様に表情を硬くする彼女達に、白銀は言う。 それはまだ未熟だった頃、力さえなかった頃、厳格な基地司令に言われた言葉。言われた当時は反感しか持たなかった白銀だが、成長するにつれて、軍隊というものを理解するにつれてその言葉が至言なのだと知った。 だからこそ、彼は彼女達に伝えるのだ。「BETAがいつ来るのかなんて分からない。命令がいつ下るのかだって分かりゃしない。そして奴らが来たら、命令が下ったら俺達軍人はそれに従って動くしかないんだ」 そして、と白銀は前置きをして。「だからこそ、常に予想しておけ。いつどこで何が起こってもいいように準備をしておけ。もしもこのタイミングでの『旅行』に少しでも反感を覚えたなら、そいつは軍人としての心構えが足りないだけだ。―――何だったら、取り止めても良いんだぞ?」 問いかけると、白銀は彼女達の瞳を見る。そこに闘志を見つけると、満足そうに頷いて。「午前中の訓練を終えたら午後からは自由時間とする。各員、明日に備え体を休めるなり準備をするなり好きにするといい。―――ではまずはグラウンド二十周!!」『―――了解っ!!』 白銀が命じると、207B分隊は敬礼し、即座に走り出す。それを見送ってから、白銀は隣の神宮司の方を見た。「―――やっぱり、不安ですか?」「―――少し、不安ですね」 問い掛けに、しかし神宮司は偽ることなくそう答える。 今日の朝になって、総戦技演習実施の命令が下った。いつもなら11月中頃に実施だったので、それを聞いた神宮司は自分の耳を疑ったものだ。 白銀が特別教官になって早数日。初日の説教が効いたかそれとも彼自身の人柄の影響か―――いずれにしても、207B分隊の雰囲気は以前よりも明るいものになった。しかしながら、それだけで不和が完璧に改善される程、根が浅いものではない。 というよりも、それでどうにかなるのならば、とっくの昔に神宮司が改善している。それでもどうにか出来なかったからこそ、彼女達は夏の総戦技演習に落ちたのだ。 無論、彼女達が抱える『特別』な背景の圧力が、前回の総戦技演習に掛っていたのは知っている。終盤の地雷原を前にしての揉め事が無く、無難にクリアしていたとしても、何かしら難癖を付けてやはり彼女達はやはり落されていただろう。「―――大丈夫なのでしょうか………」「どっちの意味で、ですか?」 質問を返され、神宮司は瞑目した後。「どちらも、です」「大丈夫ですよ」「え?」 気負い無く気軽に言う白銀に、神宮司は何処か間の抜けた声を挙げた。それに苦笑し、白銀は続ける。「少なくとも、あいつ等が抱える複雑な事情は、今回の総戦技演習に働きかけてきません。後は、あいつ等の努力次第でしょうけど―――まぁ、それも大丈夫だと思います」 だってあいつ等負けず嫌いですから―――。 そう楽しげに告げる白銀は、何処か誇らしげだった。 グラウンドを一定のリズムで走りながら、榊千鶴は思考していた。無心になって体を動かしていると、だんだんと思考が加速していくのだ。 思うのは当然、明日の総戦技演習のこと。 ―――失敗は、許されない。 だが夏に一度落ちたことによって、ただでさえまとまりに欠ける207B分隊に決して浅いとは言えない楔が打ち込まれた。 あるいは、これが他の隊員だったのならば、分隊長として諫める事もしたのだろう。しかしその楔が分隊長である自分自身で打ち込んだものなのだから―――。(―――不甲斐ないわね) 冷静に、そんな事を思う。 生真面目だと昔からよく言われてきた。頑固だと、融通が利かないと自分自身でさえ時々思う。しかし育ってきた環境や、彼女自身の誇りがそれを止めることは出来なかった。(そんなもの、意味なんか無いのに………) あの中尉は言っていた。そんなものは、BETAに対して何の役にも立たないのだと。確かにそうだ。アレは平等に人を食う。男だろうが女だろうが、若かろうが老いていようが―――内閣総理大臣の娘だろうが。 そこに生い立ちは関係ない。誇りさえも奴らは噛み砕く。 でなければ、人類はここまで衰退することはなかったはずだ。(―――今までの私は、それにしがみついていた) 徴兵免除まで蹴って衛士を目指したのは、一つの意地だった。だが、榊とてただ立ち止まっていた訳では無い。自分なりに努力して進んできたつもりだ。その中で、意地の使い方を見いだしてきたつもりだ。しかしそれでは足りなかったのだ。そしてその結果こそが―――。(前回の総戦技演習………) 無能な指揮官が部下の暴走を抑えきれなかった。 言葉にしてしまえば簡潔なこと。しかし、果たしてそこに私情が入っていなかったかと問われれば、榊は首を横に振るしかない。 前を走る少女の背中を見た。 ―――彩峰慧。 馬が合わない部下。不真面目な部下。突飛な言動でこちらに喧嘩を売ってくる部下。だけど―――優秀な部下。 榊とて真に無能な訳ではない。 彩峰の特技はおそらく隊内で一番把握しているし、『正しく』協力を得られればこれ程心強い仲間もいないだろう。 ただ、それを差し引いても気に入らなかっただけなのだ。 何よりも―――彼女の在り様が。 自分と対極のその生き方が。 彩峰は自由だ。彼女は勝手気ままに生きている。少なくとも榊はそう思っていた。そしてそれが207B分隊にとって足枷になると思っていた。 しかし―――。(―――僻みね。まるで子供よ) 榊はそう思っていた自分を嘲る。結局の所、自分は羨んでいただけなのだ。何者にも囚われず、侵されず自由に振る舞う彼女が。 ―――そんな訳がないのに。 誰だってままならないことはある。自分の目から見て彩峰は自由に見えるが、彼女だって何かを抱えているのかもしれない。 いや―――その名があの『彩峰』ならば、間違いなく彼女の背負っているものは自分のそれを遥に超える。そしてその上で、彼女はああして振る舞っている。(―――確定はしていないわ。でも、この分隊にいることを考えると………) 鎧衣については分からない。だが、珠瀬は言うまでもなく、特に御剣―――誰も明言こそ恐れ多くてできてはいないが、その姿を見るに将軍家とは浅からぬ縁があるのは誰の目から見ても明らか。その証拠に、本来将軍家に仕えるべき斯衛までこの基地に常駐している。(不干渉、か………) 誰が最初に言い出したか、もう思い出せない。あるいは、無言の了解だったか。いずれにせよ―――。(分隊長である私からが、筋よね) あの中尉は言っていた。意見の不一致があるのなら、殴り合ってでも分かり合えと。 総戦技演習前日にそれをやるのはどうかと思うし、正直結果は変わらないかも知れない。だが、もう何もせずに手を拱いているのは嫌だ。これ以上、親友に後れを取るのは嫌だ。 そして何より―――。(そんなつまらない理由で、終わる自分が嫌なのよ………!) ああいいでしょう、と榊は思う。 見栄やプライドはあの人の言うとおり捨ててやる。誰だって失敗する。あの人だって言っていたではないか。しかしその失敗を、自分はまだ取り返せる位置にいるのだ。 だからこそ―――。(みんな………私は貴方達のプライベートに踏み込むわ………!覚悟しなさい………!!) 意を決すると、榊は走る速度を上げていく―――。「ここでこうして………ほら!出来た!」「あ………出来ました………。橋、ですね………」 昼過ぎ、少し手透きな時間が出来た白銀は、社と共に鑑の部屋に訪れていた。手にしているのは、PXで京塚曹長に借りたあやとりの紐である。 ここしばらくドタバタしていて、あまり社や鑑との時間を取れなかった白銀であるが、総戦技演習目前で訓練兵達が自由時間を得るとやることはなくなる。 A-01の方を手伝おうとも思ったが、三神に追い出された。曰く―――。『こちらの事は気にするな。それよりも今日は霞の相手をしてやれ。少し寂しがっていた。―――ウサギは寂しいと死ぬらしい』 と父親が息子に言い含めるように言われ、香月の所にいた社を捕獲。一応、本人と香月に許可を得てからこのシリンダールームへと足を運んだのである。 ―――因みに、ウサギが寂しいと死ぬと言うのは迷信である。 閑話休題。「どうだ霞~?あやとりも結構面白いだろ?」「はい………いろんな形が出来ます………」 完成した橋を掲げ、見入る社に白銀は微笑んだ。 ―――主観時間で約二年。 例え世界が違い、彼女達が別人であったとしても、それが彼が彼女に接した時間だ。その決して短いとは言えない時間を、彼女と共に過ごした。端からは、似ていない兄妹のように見えただろうか。(だったら、純夏は姉ちゃんか?) 苦笑する。どちらかと言えば、こちらの世界では社に世話されていた。だとしたら随分と頼りないお姉ちゃんだ。「お姉ちゃん………」 社が呟く。どうやら白銀から読みとったようだ。「ああ、お姉ちゃん。―――もう少し待ってろよ?あいつなら、間違いなく霞のこと気に入るからさ。そしたら甘えてみろよ。きっと色々世話焼いてくれるはずさ」「はい………お姉ちゃん………」 心なしか嬉しそうにその言葉を繰り返す社に、白銀はその頭を撫でる事で応えた。 ―――社霞に、家族はいない。 彼女の生まれは、人の営みからかけ離れていた。そして生まれ持って『開発』された能力も。それを否定することは―――白銀には出来なかった。 世界の斜陽が見える世界では、倫理など何の役にも立たない。まして社を産んだ国は、自国にハイヴを複数抱えているのだ。それこそ倫理は二の次になるだろう。そして彼女の生まれ自体を否定することは―――社霞を否定することだ。 だから白銀は否定しない。 彼女はここにいていいのだと、いて欲しいのだと心より願う。 自らの生まれに恐怖し、自らの能力を嫌い、それでもそれに依存し続け、やがて人を恐れた臆病な子ウサギ。 彼女には、家族が必要だ。(本当は夕呼先生がその役目なんだろうけどなぁ………) 形式上、香月が社の保護者となっている。彼女自身も社を気に掛けているようだが―――やはり性格か、それを決して表に出さない。魔女に愛情は必要ない――――何とも捻くれた思想だ。あるいは、それこそが魔女の良心なのかも知れない。 いざ自分が失敗した時、社を巻き込まぬ為に。 だとすれば、その甘さ加減は自分の比ではないと白銀は思う。そしてそれ故に彼女が直接愛情を社に注げないのなら、その役目は自分が引き受けようとも思う。「そうだ霞。オレ、明日から二日程出掛けるんだけどさ」「はい………総戦技演習………ですね?」「ああ。オレが留守にしてる間、純夏の事頼んだぜ?あいつオレがいないとごねるからさ~」「はい………」「まぁ、折角南の島行くんだから、何か適当に土産見繕ってくるよ」「あの、貝殻がいいです………」「―――そっか」 遠慮がちに意思表示した社に、白銀は思う。それは、いつかの社に渡したもの。そしておそらくは、白銀を『読んで』知ったもの。 彼女自身も、白銀が知る社霞と自分は別人だと理解しているはずだ。しかしそれが『思い出』であるならば――――例えそれが真似事であったとしても、手に入れたいと思ったのだろう。 だから白銀は頷く。「純夏が人間になってさ、今よりも戦況が良くなったら――――三人で海行こうぜ」「海………行きたいです………」「ああ、行こうぜ。―――約束だ」 白銀はそう言って、右手の小指を差し出す。社はそれが何であるか一瞬分からなかったようだが、白銀をリーディングすると、同じように右手の小指を差し出して、それを絡ませた。「ゆびきり、げんまん………です」「ああ、破ったら針千本だからな」 二人―――いや、『三人』は約束を交わす。 いつか果たせなかった約束を、今度こそ果たす為に。 自室にて、明日の総戦技演習の用意をしつつ鎧衣美琴は驚きの中にいた。 事の発端は、PXにて榊の発言だ。曰く、『少し話があるから、ご飯食べ終わったら私の部屋に来て欲しいの』とのこと。時期も時期だ。間違いなく総戦技演習に因む話だとは思っていた。 しかし――――。(まさか千鶴さんがあんなこというなんて、驚いたなぁ………) 普段から割と空気読まない―――もとい、自由人な鎧衣であるが、さしもの彼女も閉口せざるを得なかった。 207B分隊が榊の部屋に集って、部屋の主である彼女が開口一番に言った言葉が―――。『―――不干渉主義、やめるわ』 である。 しかも彼女は、畳み掛けるように彼女は自分が現内閣総理大臣の娘であることを明かした。無論、皆は知っていたが不干渉主義があった為に敢えて言及をしなかったのだ。 当然、皆は疑問に思う。 総戦技演習が差し迫ったこの時期に、何故その様な事を話すのかと。しかし榊はだからこそ話したのだと言った。白銀が話したことを自分なりに吟味して、答えを出したのだと。『私達には後がないわ。だから私はいつまでも無能な指揮官でいられないのよ。それに―――部下に命を預けて貰うんだもの。その命を預ける貴方達からしてみれば、見栄やプライドに凝り固まった指揮官なんか信用できないでしょ?』 だからそんなもの捨てるわ、と榊は言い切った。 今までの自分を否定した彼女に皆は驚いたが、それ以上に何処か吹っ切ったような清々しい表情をした彼女に驚きを覚えた。 そして彼女は問う。皆は明かすことはないのかと。『無理には聞かないわ。でも、差し障りの無い範囲で話してくれないかしら?―――貴方達自身の事を』 皆は一度沈黙して――――最初に鎧衣が、次に珠瀬が、その次に御剣が―――出自こそ明言はしなかったが、国家機密が絡むと言った時点で想像は付いた―――そして最後に、彩峰が自分のことを話し始めた。 榊はそれに対し、ただ静かに聞くだけだった。 そして最後に、彼女は一言だけこう告げる。『―――明日の総戦技演習、必ず合格するわよ』 その言葉の端々に、闘志がにじみ出ていた。(ボクはその場にいなかったけど、あの千鶴さんをあそこまで変えちゃうなんて、タケルはすごいなぁ………) 因みに、出会った初日にプライベートではそう呼べと白銀本人から言われている。そして鎧衣は何の抵抗もなくそう呼び始めた。ある意味大物である。「………ボクも頑張らないとね」 意気込んだ後、ああカレー粉用意しなきゃと鎧衣は部屋をひっくり返し始めた。 夜の九時頃になって、三神は屋上へと来ていた。 既にヴァルキリーズへの教導を終え、今は香月の疑似生体制作の真っ最中だが、息抜きがてら外の空気とニコチン補給に来たのである。「―――おや?」 扉を開け、胸ポケットに入れた煙草の箱に手を伸ばし、フェンスの付近に人影を発見した。白い制服から訓練兵だと分かる。その後ろ姿から察するに―――。「―――彩峰?」 彩峰慧であった。フェンスの向こう側を見ていた彼女はこちらに気付くと振り返り、敬礼をする。「ああ、敬礼はいらんよ。―――しかしこんな時間にどうした?日付が変わったら総戦技演習しに行くんだろう?寝なくて良いのか?」「ヘリの中でも寝れる………」 三神が敬礼はしなくてもいいと言ったことで、今がプライベートだと悟ったか、彼女は肩肘張ることなくそう言った。この場に神宮司がいれば顔を真っ青にしていただろう。如何に三神が許可しようとも、佐官と訓練兵の階級差は天と地の開きがある。こんな態度は論外だ。 しかし三神は取り立てて気にした様子もなく、そうかと呟いて煙草を一本取り出すと口にくわえ、火を付ける。「―――それで?何か悩みでもあるのか?」「………別に、何も」 否定する彩峰に、三神は苦笑する。 その様子をどこか拗ねた子供のように感じたからだ。(こいつがここまで悩んだりすると言うことは―――榊絡みか?沙霧の手紙はまだ読んでないだろうしな) 大方、総戦技演習を前にしてどうすればいいのか考えていたのだろう。前回の総戦技演習失敗の裏には、間違いなく彼女自身が噛んでいるのだから。(全く、こう言うのは武の役目だろうに。―――何処に行ったんだあの恋愛原子核は) やれやれと嘆息して、三神は紫煙を吐き出す。お節介かもしれないが、それが自分の存在意義なのだから出しゃばるしかないな、と思いながら。「榊と何かあったのか?」「っ!?―――何でそれを」 悩みを一発で見抜かれて、彩峰は目を見開く。しかし道化はにやりと笑う。「私は武の直接の上官と前に言っただろう?特にお前等の不仲はよく聞くよ。―――正直馬鹿らしいとは思うがね」「………」 佐官にまで話が言っていて、しかも白銀と同じような批判を受けて、彼女は閉口する。 そんな彼女を苦笑して見やりながら、三神は問いかけた。「彩峰。―――仲間が信じられないか?」「そんな、ことは………」「別に信じなくても良いぞ」「―――え?」 この間の白銀の話を真っ向から否定する物言いに、彩峰は面を喰らった。どうして、と視線で問いかける彼女に、三神は口を開く。「信じなくても良い。人間、別に一人でも生きようと思えば生きられる」「でも、白銀は―――」「言っただろう?『生きられる』と。それは―――衛士となって戦えるとはまた別問題だ」「っ―――!」 つまり、それは民間人としての尺度だ。「衛士は一人では戦えない。多くの仲間や同志が必要不可欠だ。しかし、一般人ならば人一人分の食い扶持さえ何とか出来れば生きていける」 銃後にいるだけならば、仲間を信じなくてもいい。無論、ネットワークなどのツテは多い方が生き抜きやすいだろうが、別に無くても生きていける。ツテにしても、損得勘定の信用はあっても信頼は必要ない。 であるならば―――そもそも仲間など不必要だ。 しかし彩峰は衛士を目指している。それでなくとも軍人ならば白銀や三神の言うように、仲間や同志は多く必要だ。「仲間が信じられないなら、衛士になんかならなくていい。―――似たような事を、武にそう言われなかったか?」「………言われた」「実戦経験のある人間から言わせて貰えば、それは正しいよ。―――戦場では、仲間を信じられない奴から死んでいく」 百を超えるループ。そして百年を超える経験から、三神は疑心暗鬼に陥って死んでいった兵士達を腐る程見てきた。 それは国同士の軋轢から、軍の上下関係、隊内の不和など多岐に渡る。 その上で、敢えて三神は彩峰に尋ねる。「お前はどうする彩峰。仲間を信じずに死ぬか―――仲間を信じて生き残るか」「………」 問い掛けに、無言。黙りを決め込んでいるのではなく、おそらくは207B分隊の面々を思い出しているのだろう。 無論、彼女とて馬鹿ではない。 207B分隊の面々が信じるに足る存在なのは分かっている。しかしいざとなった時、仲間を信じずに独自判断してしまうのではないかと、あるいは『自分自身』を信じ切れずにいたのだ。 そんな彼女を見越してか、大きく紫煙を吐き出した三神はこう告げる。「人は国の為に成すべきことを成すべきである。そして国は人の為に成すべきことを成すべきである」「―――っ!?」 それは彩峰萩閣―――彩峰の父が残した言葉。 今も彼女の胸に残る、今は亡き父との唯一の絆。「日本人で軍人やってれば、彩峰中将を知らない人間はいないだろう。彼が成したこと、そして彼の行いが招いた悲劇もな」 光州事件。そして光州の悲劇―――。 三神の言うとおり、日本人―――いや、極東方面で軍人をやっている人間で、これを知らない者はいないだろう。「私は彼との面識はない。だからその生き様を口伝にしか知らないが―――彼は国として人の為に成すべきことをし、人として国の為に成すべきことをしたのだと思う」 では、と三神は前置きをする。「その娘であるお前は何を成す?あるいは何を成すべきだと思う?」「………」 問い掛けに、やはり無言を以て彩峰は返す。おそらくそうなるであろう事を予測していた三神は、それ以上は追求しなかった。「今は無理に分からなくてもいい。だがいつか答えを出さなければならない瞬間は必ず来る。―――そしてその時は、きっと仲間の生死に直結する時だ」 ―――その時までに覚悟しておけ。「歳食うと説教臭くなっていかんな。―――私はもう戻る。物思いに耽るのもいいが、風邪は引かんようにな」 それだけ言い残すと、三神は携帯灰皿を取り出して吸い殻をそこに放り込み、身を翻して施設へと戻っていった。「父さん………私は―――」 その場に取り残された彩峰の問いは、最後まで紡がれることなく、秋風によって掻き消された。 一方その頃の白銀は。「白銀さん………それ、ロンです………」「んがっ………!?」「どれどれ社、手を見せてみなさいよ」「って大四喜っ!?ダブル役満じゃないっ!?」 社、香月、神宮司を交えて行なわれた恐怖のリーディング麻雀でカモられていた。