――Call record“The day before”
『……準備は?』
『大丈夫だよ。まあ、みんな半信半疑、いやむしろ全く信じていなかったけどね』
『そんなもんだよ。これだけ平和なんだから。僕だって、なにも知らなかったら信じなかったと思う』
『信じるものこそ救われる、か。似たような言葉を聞いたことがあるな』
『そんな大層なものじゃないよ。救いなんて、そもそもないのかもしれないし』
『だな。とにかく、結果的には何とか信用してくれた。おまえの言ったとおり、彼の名前を使ったらいっぱつだったよ。個人的には出来るだけ使いたくはなかったけど。少し、ノアのような気分だった』
『啓示は神からではなく、未来からのものだけどね』
『あっはは、柄にもなく上手い事を言うな。毎日のように泣いていた頃のおまえが懐かしいよ。もっとも、今では数々の賞を掻っ攫っている腹が立つくらいの有名人だがね』
『き、君には言われたくないよ。それに、賞の知名度ではあいつの方が上だろう』
『それはそうさ、あいつは天才だ。その上努力もしている。おまえが勝てないのも当たり前だ』
『……はぁ、君の高圧的な態度は、僕らに対してはやっぱり変わることはないんだね』
『それはそうさ。肩が凝るんだよ、今の僕の周りの人間は。金と権力にしか興味がない下衆ばかりだ。僕のこの態度は、むしろ親愛の証だよ』
『わかってるよ。伊達に何年も君の友人をしているわけじゃない。今回のことは本当に感謝している』
『……前にも言ったかもしれないが』
『ん?』
『僕があいつよりも君を評価するのは、そういうところだ。自分のできることとできないことを理解し、納得した上で自分にできる最良の努力をする。そして僕が尊敬すらしていることが、君には才能が全くないのに、常にあいつのような天才と肩を並べるほどの結果を出すところさ。昔、君をいじめていた頃の自分を思い出すと情けなくなるよ』
『……ありがとう。けど、君に言われると変な感じがするよ』
『素直な賛辞なんだけどね。まあいい、話を戻そう。みんな今日中に荷物をまとめ、特別な施設へ送り届ける。そこでことが済むまで暮らしてもらうつもりだ。君のところには、日付が変わる頃には着けるだろう』
『わかった』
『うん……。ところで、彼女はどうするんだ?』
『…………施設に行かせる』
『納得しないと思うぞ』
『それでもだよ。納得しなくてもだよ。多少酷いことをするかもしれないし、言うかもしれない。たぶん彼女を傷つけることになるだろうね。けど、それで彼女を救えるのなら、かまわない』
『―――そうか。おまえがそういうのなら、僕は何も言わない』
『うん、ありがとう』
『感謝されるようなことはしていない。それよりも、割り出したのが明日から一週間という期間なら、当然明日と言うことも考えられるわけだ』
『まあ、そうなるね。なんで?』
『明日は僕も学校へ行くからさ。ひと段落着いてしまったからね。久々の登校だ』
『ほんと!?久しぶりに君の顔が見れるね。みんな喜ぶと思うよ』
『そうだといいんだけどね。こんな生活をしているから、僕の友達はおまえを含めて数えられるほどしかいないんだよ。じゃあ、今日はもう寝るよ。明日も早いからね』
『うん。でも気をつけてくれ。君も今言ったように、事は明日起こるかもしれないんだ』
『わかっているさ。準備は怠らない。今日おまえの家族を迎えに行く時に、一緒に例の物を持っていかせる。どれをどう使うかは、おまえの好きにしてくれてかまわない。――じゃあ、幸運を』
『ありがとう。本当に、感謝してるよ。幸運を』
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遅刻だ。
翌日は学校だというのに夜更かしをして、起きれないくせに目覚ましもかけていない。
どちらも意図的にやったことだから、起きた時がすでに九時を回っていても別に慌てることもしなかった。
冷水で顔を洗うが、眠そうな目は相変わらず。
所々擦れた制服と空の鞄を取り寮を出た。
「……一時間目が終わる頃か」
藤見学園は全寮制だ。
その寮は学校へと続く坂の下にあり、その寮からはさらに坂があるのだ。
学校前の坂を上り、ようやく見えた校門を通る。
校舎に入り靴を履き替えることもせず階段を上り教室へ向かう。
その途中、一時間目終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「タイミングよかったな」
下手に授業中に教室に入ると、教師にグチグチ言われること可能性がある。
だから今日みたいに遅刻する時には、いつも休み時間を狙っている。
これでもなるべくクラスに迷惑をかけないように気を配ってはいるのだ。
「あ、小室さん」
廊下を歩いていると、柔らかく落ち着きのある声に呼び止められた。
振り返るとそこに、今あまり見たくない顔があった。
「み、源」
「遅刻なんてどうしたの?」
「いや、別に」
この源という女生徒は風紀委員の副委員長で、僕みたいな所謂不良と呼ばれる者たちに執拗に絡んでくる。
校舎裏で不良仲間とタバコでも吸って――僕は吸わないけど――いれば、見てたのかと言いたくなるタイミングで見つかり声をかけられる。
僕に言わせれば正直メンドくさい。
けどどうやら一部話によると、中にはわざと源に見つかっている連中もいるようだ。
「?」
訝しげに見る僕に、源は可愛らしく小首を傾げた。
ふわりと揺れる後ろでふたつに結った髪が、大人っぽい性格の彼女を少し幼く見せる。
そう――源は、可愛いのだ。
整った顔に、スレンダーだがスタイルのいい体型。
誰にでも優しく物腰は柔らかいが、言いたいことははっきりと言う性格。
僕の眼から見ても、この学校内の美少女の部類に確実に入るはずだ。
そんな源と話したいが為に、一部の不良連中は、源が注意できそうなくらいの軽い校則違反を冒す。
確かに可愛いと思うが、わざわざ説教されようなんてよほど変態な連中だ。
僕には考えられない。
「理由もないのに遅刻したの?」
「あ、いや」
「具合が悪いとか、そういうこと?」
「まあ、そんなとこ」
適当に相槌を打つと源はへぇ、と曖昧に納得した。
また何か聞かれたら面倒なので、早めに退散を決め込む。
源の横を通りすぎるときの「お大事に」という声が聞きながら、教室の扉を開けて中に入った。
「お、孝。今来たのか?おはよう」
「ああ、おはよう永……」
親友でクラスメイトの永と挨拶を交わし、鞄を置き自分の席に座る。
それから永と他愛のない話をしているうちに、二時限目開始のチャイムが鳴った。
どこかに行っていたらしく、慌てて入ってきた麗が席に着くのを見届け、僕は机に倒れ伏した。
†
二時限目が終わると、やっぱりいつものように面倒になり教室を出る。
仲のいい連中は、生真面目に授業を受けるようなやつらじゃないから、多分まだ寝てるんだろう。
屋上に出る。
吹きぬける風が少し肌寒いが、今の時間暇を潰すならここが一番いい。
授業が始まってすぐは、まだ教師が廊下をうろついている場合があるからな。
鉄格子に体を預ける。
比較高い位置にある学校の屋上なだけ、そこからの景色はやっぱり見物だった。
「……眠ィ」
僕は昨日夜更かしをした。
頭の中がひとつのことでいっぱいで、寝れなかったのだ。
昨日の下校の時、停留所までの短い道で二人を見た。
踏切を挟んで向こう側に、親友と幼馴染は寄り添いながら楽しそうに話していた。
けどそんなことはいい。
無理やりにでも、自分の中で完全にとはいわなくても折り合いはついてる。
僕が嫌になったのは、麗が僕に気付いて一瞬目を合わせた後、すぐに目を逸らしたことだ。
見たくないものを見たような、見られたくないものを見られたような、そんな表情で。
「やあ、君もさぼりか?」
不意に声をかけられた。
聞き覚えのない声。
振り返って顔を確認してみても、やっぱり知らない顔だった。
「僕もさ。久しぶりの学校だから、どうにも馴染めない」
その割には馴れ馴れしい奴だ。
普通なら授業をさぼってこんな場所にいるような奴に、声をかけるようなことはしない。
どこかの風紀委員か、僕の親友や幼馴染たちくらいだろう。
どこか近寄り難い風格のその男子生徒は、僕と同じように鉄格子に肘を突き景色を眺めた。
不思議な形をした前髪が、春風に揺れている。
「平和だ。こんな光景を眺めていると、何もかもが面倒になる。そう思わないかい?」
随分と気取ったことを聞いてくる。
どこかのお坊ちゃまかなにかだろうか。
そのくせ身長は僕と同じくらいか、少し低いときている。
「……面倒じゃなきゃ、こんなとこには来ない」
「だろうね」
食い気味に相槌を打ってくる。
答えを予想していたと言うよりは、はなから聞く気がないといった感じだ。
気に入らない。
早くどこかへ行ってくれないか、とそう思っていると。
その男子生徒は、低い声でこう呟いた。
「――この光景が、あと数時間もしないうちに壊れるかもしれない」
「?」
「そう言われたら、君は信じるか?」
左を向くと、細く鋭い目と交わる。
酷く真剣な眼差しのようだったが、表情を見て僕は「くだらない」と溜息を吐いてこう答えた。
「その時になって考える」
男子生徒は笑っていた。
口角が上がり、試すようににやけていたのだ。
ようするに冗談だ。
当然だろう。
今こうやって目に見えているのに、そんなすぐにぶっ壊れてたまるか。
「そうか。君は利口だな」
馬鹿にされている。
本人にそのつもりはないのかもしれないが、今のは僕がそう捉えた。
腹が立ち、その場を離れようとするが、それより早く男子生徒が立ち去ろうとしているのを見てやめた。
男子生徒は扉を開けて中に入り、再び閉める時に此方を見てこう言った。
「あとでね、小室孝君」
扉が閉まる。
一人になり、来た時のようにまた肌寒い風が吹きぬけた。
「あいつ、なんで僕の名前……」
†
昼休み。
いち早く昼飯を終えていた僕たちは、校舎裏でたむろしていた。
「だりぃ」
「ははっ、小室ってば最近それしか言わねぇな」
「そうか?」
「気づいてねぇのかよ」
タバコをふかしながら、不良仲間が笑う。
肩まで伸ばした髪の毛はいい加減切れと言いたい、鬱陶しい。
「おまえは。流行のわかんねぇ奴だねまったく」
「流行だかなんだか知らないが、鬱陶しいものは鬱陶しい」
他愛のない話を繰り返し、あと五分もしないうちに五時限目が始まるという時に、不良仲間はもう一本タバコを取り出し火をつけた。
どうやらこいつも、五時限目に出る気はないらしい。
「――悪いな、退いてくれ」
「あん?」
タバコが落ちた。
友人はタバコを持っていた手を維持したまま、唖然と真上を見上げている。
口がだらしなく開いていた。
「お、わ」
けどそれも無理はない。
いきなりこんな壁のような影が現れれば、誰だって驚く。
普通に立っていても優に見上げることができる巨体は、縦横に大きく筋骨隆々としていた。
生涯なにがあろうと、絶対に敵に回したくない。
僕たちを跨ぐようにして、その巨漢は校舎裏の奥に進んでいった。
「あれ、制服着てるけど、高校生か?」
「た、多分。でないとここにいないだろうし」
「信じられん」
巨漢はズンズンと奥に進んでいき、校庭の裏に通じる角で止まった。
「なにしてんだ?」
「誰かと、話してるみたいだな」
結構離れているから内容は聞こえないが、角の影からちらちらと見える人物と何か話しているらしい。
「あ、あいつ入学式で一回だけ見たな。妙に目立つから憶えてたんだが」
そりゃあんだけでかければ目立つし、忘れられるはずもない。
「あいつ二年生?進学できてないんじゃないか、単位が足りなくて」
「入学式しか出てないみたいだからな。まあ、そんなことは知らねェけど」
「あ、戻ってくる」
巨漢が戻ってくる。
後ろには、さっき話していたと思われる男子生徒を連れている。
パッとしない顔に、大きな丸眼鏡をかけた普通の男子生徒だ。
他を圧倒する巨漢と並んでいると、違和感しか感じられない。
「悪いな、退いてくれ」
さっきと同じことを言って、退く間もなく巨漢は僕たちを跨いでいった。
代わって後ろを歩いていた男子生徒は、控えめに足の隙間を通って巨漢についていく。
そのまま校舎裏から出て行き、二人の姿は見えなくなった。
「……なんだったんだ?」
「……さあ」
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幸か不幸か、僕の周りにあったのはいつも通りの平和な光景。
あの門の外に広がっていた惨劇など、想像することもなかった。
このときすでに、世界の崩壊は始まっていたのだ。
僕がそのことに気付くのは、これから一時間もしないうちのことだった。
お読みいただきありがとうございます。どうも燈々と申すものです。
えと、この愚作誕生の経緯ですが・・・
学園黙示録にはまりまして、友人と話しているときにですね、こんなのとクロスしたら面白いんじゃねと話し合っていたら「おまえ書けばいいじゃん」と言われまして・・・・・・
まあなんといいますか、あとはその場のノリと作者の病気脳でストーリーが考えられ、今回の作品が形付きました。
第一話の今回は所謂肩慣らしです。
本編まではあと一話挟みます。明日辺りには投稿できるかと。
でわ