プロローグ
赤い海で僕は死んだ。
多分アスカも死んだ。
何もしたくなかったから、何もしなかった。
何も考えたくないから、何も考えなかった。
だから、ずっとずっと海を見てた。
お腹がすいても、喉が渇いても、ずっと海を眺めてた。あの赤い海を。
うまく呼吸が出来なくなって、目をつぶればもう起きる事はないと思えたから、僕は目を閉じた。
そして僕は死んだ。
だけど……。
来い。ゲンドウ
気が付いたら、部屋で手紙を読んでいた。
怖いから捨てた。
そのままベッドの中に潜り込んだ。
怖かったけど、布団の中で丸くなっていたらいつのまにか寝ていた。
真っ暗な空間で目が覚めて、ふと外に出てみた。
月がとても綺麗で、世界はどこも赤くなかった。
なんとなく見まわした視界の端で何かが動く。
ビクリと視線を向けた先に居たのは、一匹のネコ。
世界が終って、初めて見た生き物は、トラ縞だった。
ネコは、じっとこっちを見て動かない。
僕も動かない。
目が光ってて怖かったけど、生きているものに触ってみたくて近づいてみた。
「あっ……」
逃げた。
一目散に逃げられた。
「あ……あ?」
久しぶりに自分の声を聞いた気がする。
「あ……あ……」
あのネコが羨ましい。
「あぁぁ……」
他人の事なんかお構いなしだから。
「ああぁぁぁぁ……」
ズルくて、卑怯で、臆病で、
「ああああぁぁぁぁぁぁ……」
そんな弱い僕はキライだ。
「あああああああああああああああああああ!!」
久しぶりに思いきり泣いてみた。
「あああああああああああああああああああ!!」
なんかスッキリしてくる。
でも、やっぱり怖い……。
「あああああああああああああああああああ!!」
そうだ。僕はネコになろう。
たとえ他人の顔色を窺ったとしても、自分の行動は自分で決めたいから。
たとえ逃げたとしても、僕の心は僕だけの物の筈だから。
だから、僕はネコになる。
第三新東京市。
人類の運命を紡ぐ街。
碇シンジに優しくなかった場所。
僕はもう一度歩む。
ヒトとしてじゃなく、今度はネコとして。
「遅れてゴメンね、シンジ君」
「いえ、気にしないで下さい、ミサトさん」
「……え~と、シンジ君?」
「はい? なんですか?」
あれ? ミサトさん困惑してる?
……あっ、しまった。
今は初対面だった。
いきなり名前は馴れ馴れしかったかな?
「その頭に付いてるの……、何かなあ?」
「え? ネコ耳ですよ?」
「…………そ、その腰に付いてるのは?」
「尻尾ですけど……、変ですか?」
「……………………そ、そんなことないわ! ト、トラ縞が可愛いわよ、シンジ君!」
可愛いって言われた。
ちょ、ちょっと照れちゃうな。
でも、恥ずかしいけれど、僕はネコになるって決めたんだ。
だからしっかり言わないと。
「あ、あのっ!」
「な、なに?」
「ぼ、僕は、にゃんじです……」
「は?」
「僕の名前は、碇にゃんじですっ!」
「は、はいぃぃ!?」
「にゃんじって呼んで下さいっ!!」
「にゃ、にゃんじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」