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No.24366の一覧
[0] バグズ・デイズ[tahiri](2010/11/16 23:23)
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[24366] バグズ・デイズ
Name: tahiri◆078b9b1a ID:03ad51ec
Date: 2010/11/16 23:23
 闇が、見えた。
 目を覚ますといつもそうだ。夜を汚水に映したような、曖昧とした暗闇で宮下祐子は溜息を吐いた。科学の進歩は人間から寝ぼけるという贅沢を取り払ってしまったが、そのおかげではっきりと知覚してしまう闇への対処は、火を覚えた頃から何も変わってはいない。ただ頭を抱えて、その恐怖が去るのを待つだけだ。
 詐欺師のような抜け目なさで祐子が覚醒したのを見抜いた周囲の家庭用医療電脳は、闇を見つめる彼女の網膜に今日の身体情報を投射する。祐子の視界はすでに闇ではなく、意地でも彼女の健康を保とうとするような各種の数値に彩られていた。
 もう一度、溜息を吐く。
 溜息を吐けば幸せが逃げる、なんて昔どこかの紙媒体で読んだが、そんなの昔の話だ。今は、幸せすらも数値で管理される。
「天蓋、開け」
 口の中で呟くとぷしゅ、と軽く音がして周囲の闇が晴れていった。同時、視界を埋め尽くしていた電子情報は薄くなり、涙腺にもぐりこむかのように目の端へ。氷を光らせたようなLEDの明かりが目を刺したが、網膜投射により明順応させられていた瞳は問題なく周囲を映した。
 軽く乾いた唇を舌で湿らし、上体を起こす。普段なら完全機械化寝台に備え付けられた加湿器の恩恵で、このような旧時代の睡眠のようなことになることはないのだが、外部から生理活性物質のバランスを崩されて無理やり起こされた時だけは別だ。想定された時間外で目覚めることなど、この睡眠を完璧に管理する機械は想定していない。
 体内環境を調節するためのチューブを、わき腹の接続肢から外し、側に置いていたウェットティッシュで軽くぬぐい、壁の機能を調節。鏡にしてそれを見る。
 美しい少女が、そこにいた。
 夜の雲を繊細に織り上げた絹糸のような長い黒髪は急激に気化していく保護液の影響で輝いていたし、一糸纏わぬ白い肌は大陸渡りの陶芸職人が一生をかけて追い求める純粋な白そのものだった。百合の花のように輝く目鼻の中で雌しべのごとき唇が、男を誘う娼婦のように赤く輝いていたし、完璧な栄養管理によってそのスレンダーな身体は余分な脂肪がどこにも存在しなかった。
 しかし祐子は、その鏡を睨み付け、使い慣れた武器を検分するかのように自らの身体を眺めると、視線を外し無機質な下着を身に着けていった。
 実際、この身体は祐子にとって武器そのものだった。整備を欠かすことのできない、きわめて面倒な類の。戦場でそれしか頼ることを知らないものが、偏執的に整備を繰り返すように。祐子にとって、目覚めとはそういうものだった。
「お目覚めかい、バグズ」
 機能壁の一部が切り替わり、奇妙な男をそこに映し出した。髪を全て剃り上げ頭部から無数の接続肢を生やしている。彼の脳に直結している電脳が何をそんなに沢山の接続肢を要求しているのか祐子は知らなかったが、それがろくでもないことであるということだけは知っていた。この国は、ろくでもないことだけが真実だ。
「女の子の寝起きに映像つきで声をかけるなんてあまりいい趣味とは言えないわね、ヤマシロ」
「前も言ったように僕はホモセクシャリストでね。君が魅力的なものを股間からぶらさげていたら、君の恥じらいも考慮しよう」
「あら。ゲイはマッチョが好きときいていたけれど、その骨と皮と脳しかない身体で相手にされるのかしら」
「脳で神経を交わえさせることが出来れば身体はいらない。そう思っている人間は君が思っているよりずっと多いよ」
 ふんと鼻を鳴らしながら、しかし祐子はヤマシロの視線を気にすることもなく着替えを進める。彼のほうも彼女のそんな態度には慣れっこだ、という風に話を肩をすくめる。
「それで? わたしをこんな時間にたたき起こした理由はちゃんとあるんでしょうね」
「もちろん。僕も本当はレディの寝起きを盗撮の真似事なんてしたくない」
「よく言うわ。レディよりミスタのをしたいだけでしょう」
「その通り」ヤマシロはクイズショーの司会のようににやり、と笑うとこつこつと前頭葉に接続している電脳を叩いた。「仕事だよ。港湾地区で甲種案件」
「甲種? 山之辺は?」
「今現場に向かってるけど……彼、昨日まで九州のほうの丙種にかかりきりだったろう? 到着する頃には港は地図から消えてるよ」
「ああ……」呟きながらベルトを固定する。くすんだ空色のジャンプスーツを身体に密着させ、上から緑のジャケットを羽織った。「しかしいい加減、制服のデザインなんとかならないものかしら。まるでサイエンスフィクションの警官じゃない」
「いいじゃないか、似合ってるよ」
「嬉しくないわ。それで、対象は?」
「今送るよ」
 とたん、祐子の視界がデータに彩られる。人の人生から徹底して感情を取り除き、数値として管理された人間の情報が、無味乾燥に彼女の網膜に投影されていた。
「山中猛。大陸系二世の二十九歳。……何これ、極端に幸福の値が低いじゃない。ここ三ヶ月は特に。人生資源庁は何をやっていたの?」
「彼らは移民、難民にはほとんど注意も向けないよ。特に税金をあまり払わない人々に対しては」
「それでわたしたちの仕事が増えるってわけね」
「対処療法でなんとかなるなら、それでなんとかするべき。ってのが偉いさんの考えだね。そっちのほうがコストもかからないし、おかげで僕らもくいっぱぐれない。めでたしめでたし、だ」
「人権団体の前でその台詞いってみなさいよ。きっと人気者になれるわよ」
「そういう機会がきたら、とりあえず遺憾の意を表明することにしているのさ。まだ見ぬ僕のプリンスに嫌われる要因を作るわけにはいかないだろう?」
「それじゃ、そんな表明をしないためにもお仕事に励みますか。現場到着まで想定六百秒。その間に現場封鎖と避難誘導。所轄の介入も抑えて。やっていただけますか、ミスタ?」
「おおせのままに。レディ」
 慇懃な態度でヤマシロが礼をすると、通信が終わり壁がまたクリーム色に戻っていく。同時にせりあがってきた壁から、拳銃を手に取る。
 それは、不自然なまでに巨大な拳銃だった。銃身だけで祐子の二の腕ほどの長さはあるだろう。小柄な彼女が持つと、どこか前衛芸術めいた可笑しさを感じさせる。祐子は濡れたような黒鉄色のそれをそっと掴み、遊底を引いた。
 弾丸は、装填されていない。
 しかし、人の命を奪うためだけに作られたその重みは、その鋼の冷たさで祐子の熱を残さず奪っていってしまうかのようだった。
「バグズ、射出準備完了。いつでもいけるよ」
 耳朶に埋め込まれた骨伝道通信機からヤマシロの声が聞こえる。その声に促されるように弾倉を叩き込み、腰のガンベルトに装着。いつものように強気に笑った。
「おーらい。出して」
「オーキドーキー。じゃ、いい日々を。バグズ」
「ありがと、いってきます」
 答えた瞬間――部屋の床が、消失した。
 途端、真冬の風が上下左右に彼女の小さな身体を弄び――そんなことを感覚する間もなく、重力に曳かれ、落ちてゆく。
 高度二万フィートの空から。
 煌々と眼下に輝くその街へ。
 一直線に、宮下祐子――バグズは落下した。
 深い夜の闇に彼女の美しい髪がまぎれて。
 ぶ、ぶぶ、とどこか羽虫が飛び回るような音だけが、彼女が消え去った虚空に響いていた。


 バグズ・デイズ


 世界が、そのさまを変えてからどれ程の年月が流れたことだろう。
 きっかけは誰にもわからない。少なくとも、文献には残っていない。
 ある日――唐突に、世界中の人が、それに目覚めた。
 その瞬間鬼ごっこをしていた少年はそれによって捕まえた友人をばらばらに引き裂いたし、交通事故にあわんとしていた少女は自らに迫るトラックを運転手ごと異次元へと消し去った。植物状態の患者は幽体をネットに接続し自らの身体に行われていた虐待を赤裸々に語ったし、死刑執行を間近に控えた死刑囚はその刑務所を一面の密林に変え王として君臨した。
 それのことを、誰も正確には説明できなかった。
 神の恩恵だというものもいたし、悪魔の所業だという人もいた。
 超能力だと誰かが騒ぎ立てれば、別の誰かが魔法だと反論した。
 確かなことは、それが何かはわからなくても、人はそれを使うことができる、ということだけだった。
 そして、それが何者にも系統立てることは不可能だった。それまで人類が積み上げた智をあざ笑うかのように、それはいかにも曖昧だった。
 系統立てようにも似たような能力があっても、同じ能力などはなかった。
 持って生まれる骨格が全く別のものになるように。名前をつけ、管理した気になっても、結局は誰もそれを説明などできなかった。
 当然、社会は全く別のものとなった。
 より強い能力を持つものが治める国が出来、より強い能力者に滅ぼされた。
 弱い能力を持つものが集まり、さらに弱い能力を持つものを奴隷とする国が生まれた。
 そして、この国は。
 国に住むもの、全てを管理することにした。
 その健康状態から、幸福度まで。
 どれかが規定値以下なら、国外追放か一生檻の中だ。
 そうなるのは、厭だった。
 山中猛は唇を噛み締める。
 周囲の港湾倉庫は彼の能力によって燃え広がり、天に住む純潔どもの居城をすら赤く照らしている。純潔の日本人とそれに選ばれた一部の混血だけが住むことのできる天空城。能力によって高度二万フィートに固定されたように浮かぶそれは、馬鹿でかい白い鯨のようだった。
 そこに、住みたかった。最下級の港湾労働者なら、もしかしたらこの腐った地上を離れ、そこにいける可能性があった。あの白鯨の中にさえ入ってしまえば、少なくとも明日の飯を心配することもなくなるし、廃墟で夜を明かすこともなくなるはずだった。
 しかし、人生資源庁の人間は彼の幸福値が低いことを理由に、それを拒んだ。
 彼は自らの人生を十二分に幸福だと信じていたが、それでも規定値に届くことはなかった。
 そして、規定どおり三度の試験をパスできなかったため――彼はその天の国への入場資格を、永遠に失ったのだった。
 そうして、山中猛は爆発した。
 火の粉を偶像化させ、その現象を具現化する彼の能力は、水素燃料がたっぷりと眠っている港湾地区でこそ真価を発揮する。
 難しいことは何もなく、ただ、思えばいい。
 水素のたっぷり詰まったタンクを前に「もしこの中に火の粉があればどうなるだろう」と。
 それだけで、彼の前に立ちふさがる何もかもが爆発した。
 なんだ。
 彼は思う。
 簡単なことだったんじゃないか。こうやって、目の前にあるもの全てを燃やしていけばよかったんだ。それだけで、おれは幸せになれたんだ。
 くひ、と焼けた空気を吸った彼の喉が痙攣するように跳ねた。
 くひひ。いつしかそれは笑い声になった。
 ひゃははは。なんだ、もうあんなところになんかいく必要はない。俺は手に入れたんだ。全てを!
 連鎖する爆発。
 その音に全てをかき消されてしまったが、彼は笑い続けた。頬を叩く熱が、彼の涙腺を刺激し一筋の涙が流れたが、それもすぐに蒸発した。
 そして――彼の狂乱が最高潮に達すると同時。
 彼の右腕は、突如そこに沸いた羽虫に。
 食われた。

 続く。



*小説家になろう! にも同じ内容のものを掲載しています


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