慎二side
僕達は救護隊員の方々と一丸となって犠牲者の手当て、輸送を手伝った。蟲にやられた人は皮が破られ、出血も酷い。僕は真っ先に腕を千切られた人の救助に向かった。
多量の血液流出により、息も荒く、唇も紫になっている。服を破き、必死に止血のための材料にする。こんな意味も無く死んではいけない。まだ何も大成もせぬまま死なないで。
「生きて下さい!もう少し、もう少しで救命隊員の方が来られますからっ。どうか、どうか死なないで!」
祈るような、懇願するように生徒に呼びかけるしか出来ない。無力だし、何も出来ない自分が本当に情けない。士郎君も保健室に向かい、絆創膏やら包帯だのを持って傷の手当に心血を注いでいた。
綾子や柳洞君、それに藤村先生もそこまでの大事には至っていない。ただやはり体力の消耗は激しく、栄養剤や栄養ドリンクを与えたりしていた。
僕の加持祈祷が天に届いたのか、死者は出ずに済んだようだ。隊員の人達に握手を求められたり、敬礼されたりした。何だかいたたまれない気分だった。だってこの地獄を作った原因は僕達にあるのだから。
僕は何人もの人間の救急車への搬送、それに先の戦闘から疲れがピークに達していた。言峰神父が急ぎで現れ
「君達は良くやってくれた。後はわたしが取り持とう。何も心配しなくていい」
そういってくれた時、僕は安心感から脱力し壁を背もたれにへたり込んだ。そうしてただ瞑目するように目を閉じたつもりが、気が付けば眠ってしまっていたんだ。
******
これは夢なのか。それとも過去の体験なのか。であるなら何の体験なのか。僕には分からない。ただ目の前にいるのは確かに僕の両親だった。
両親は欣喜雀躍として手を取り合い、快哉を叫んでいた。そして僕をそっと抱きかかえるたんだ。僕はどういう状況か全く分からないけど、ただその温もりが嬉しかった。
大旱の雲霓を望んでいたかのように大はしゃぎする両親。童心に返ったかのような、欲しいオモチャを与えられたような、そんな純粋な笑みだった。
僕はただそれが嬉しくて。もっと楽しそうにして貰いたくて。一緒に笑おうとした。いや実際笑ったんだ。ただ何故だか分からないけど、愛憎相半ばとなっていた。
夢の中ではこんなにも両親の情の篤さを知れるのに。ほんの一握りの愛も現実では享受できなかった。この夢だって目が覚めれば記憶は夢に閉ざされる。夢の記憶は涙として外に流れ出る。
・・・・・・
時と場面は変わる。急転して表情が消えるお父さん、お母さん。何故だろう、どこで間違えたのだろう。僕には分からない。分かろうはずも無い。だって何もしていないんだから。
僕はどうして、どうしてこうも両親の記憶が曖昧なのか。一体僕は何を思って生きるのか。他律的で、内向的で、消極的で、受動的。いつだって流れに身を任せて来た。
だから僕は生きる意味を外部から得るしか無いんだ。両親に愛されていないのだから。愛に飢え、求め、渇望する。好きだから愛するのではない。愛されたいから愛を注ぐんだ。
桜に始まり、大事な僕の知り合いの面々。誰一人として失いたくない。そこに理由があるとするならば。彼らの存在が僕の支えだから。
どんな情でも構わない、愛情でも友情でも温情でも哀情でも。ただ人との繋がりが欲しいんだ。周囲の死は自分の死をも意味する。だから僕は知り合いを死なせたくない。僕も死にたくないのだから―――
******
僕はそうして目を覚ました。また妙な夢を見たようだ。おぼろげな世界は薄暗く、それでも自分の部屋だという事を理解できた。ふと左腕が動かない事に気付く。
チラリと腕を見やると、桜が僕の掛け布団に腕を突っ伏して寝ている。左手は桜の腕の下敷きになっていたから動かないだけだった。静かな寝息、静寂な空間、とても居心地が良かった。
どうやって桜が戻って来たのかは知らない。でもここに居る桜が本物であれば、僕としてはそれだけで十分だった。愛おしく、愛らしく、愛くるしい。
僕は猫可愛がりと言った具合なのかな。寵愛と盲愛は似て非なる物なのに。綾子には申し訳無いけど、やっぱり桜は家族として大切な存在なんだ。
僕はそっと桜の頭を撫でようとして、はたと手を止めた。何だか触るのがとても躊躇われたんだ。僕は布団を動かさないよう、静かに右手を布団にしまい込んだ。
一つ溜め息を付く。花は摘む物じゃない、見て、眺めて、鑑賞する物だ。僕はそう思う。桜の穏やかな寝息を聞いていると、邪魔をするのが惜しいんだ。
僕は決して桜を独占したい訳じゃない。愛しているけど、それは家族愛なんだ。決してその壁を越える事は出来ない。だから不用意に接触しない方がお互いのために良いと思う。
桜は僕が好きだと言うけれど。人の心もまた有為転変としている物だ。きっと時間の経過と共に恋愛感情は薄れて行くに違いない。僕達は兄妹、それを忘れてはいけないよね。
いつまで僕は目を開けて天井を見上げていただろうか。桜の「うぅん」という一声によって現実に引き戻された。どうも桜も目を覚ましたみたいだ。
そうして桜の方に視線をやると彼女とバッチリ目があった。口は半開きで目も虚ろ、完全に寝惚けている様子だ。しかし僕の瞳を捉えるとみるみる内に理性をその目に備えさせる。
「おはよう、さく――」
僕は挨拶をしようと声を掛ける瞬間に桜に頭を抱きかかえられた。流石に照れるというか、本来兄がするべき行為な気がして、動転してしまった。
「ち、ちょっとっっ、さ、桜、さん!?」
僕の声により一層抱える手の力を強める桜。その真剣さが僕の熱くなった頬を急速に冷やしてくれた。良く聞けば彼女は嗚咽を漏らしている。僕の心は熱い感情より暖かいそれにシフトしていくのを感じていた。
桜は声にもならずひたすら僕の頭を抱え、肩にあごを押し付けていた。一生離さないほどの力に僕まで涙腺が緩みそうになる。感謝から僕も桜の背中を優しく擦っていた。
桜はひとしきり激情に身を委ね、僕の体をしっかりホールドしていた。しかし僕が僕であると安心出来たのか、ゆっくりその拘束を緩める。緩めただけで姿勢は同じだけれど。
桜が僕と肌を重ねて安心するように、僕もまた充足感を得ていた。どうしてだろう、一体この感情はただ妹を慈しむだけの物なのだろうか。
僕はふと不安になったけど考える事を放棄した。止めよう。桜がこんなにも僕の心配をしてくれているというのに。変な邪念を持って距離を取っても傷つけるだけじゃないか。
自然な関係でいいんだ。自然体、ありのまま、あるがままに接すればそれでいいじゃないか。則天去私の心持で邪な考えを捨てよう。桜が大事なのはいつまでも変わらないんだし。
僕がそんな悟りの境地に達し掛けている時、桜がポツリと言った。
「・・・あんなのは兄さんなんかじゃない」
その言葉とほぼ同時にまた抱き締める力を強める桜。僕もその気持ちに応えるようにしっかり受け止める事にした。桜の不安や恐怖、その他負の感情全てを吸収するかのように。
******
それから桜はポツリポツリと今までの経緯を話してくれた。もう一人の僕を思い出すだけでも嫌なようで、何度も行き詰った。
僕は無理しなくても良い、と何度も言ったんだ。それでも強くかぶりを振る物だから、最後まで付き合うしか無いじゃないか。
「今の兄さんの素晴らしさを自分にしっかり刻むんですっ!」
と良く分からない理由によって、苦痛の塊とも言える体験談を語る桜。どうもやはり弓道が終わった時に捕まったようだ。というより嬉々として付いて行ったらしい。
何でも最初見た時は瓜二つ所か、違和感すら抱かなかったらしい。どうも桜の前で迫真の演技を行ったようだ。そして偽りの僕を見抜けなかった事に自責の念を抱いている模様。
当の本人である僕でさえ「鏡」と思ってしまった面容だ。声まで同じと来ている。似たような言葉遣いをされればコロリと騙されるだろう。
僕は桜が心を痛める事が何よりも悲しい、そう言いながら背中をポンポン叩いた。桜は感極まってまた涙を溢れさせていたけど。でも悲しい時は全部出した方が良いと思うんだ。
二人きりになった途端、その僕は豹変し暴力まで振るったという。高圧的で支配欲がとても強く、戸惑いから挙措を失ったそうだ。偽者と知った時は恐慌を来し、恐悸から身を竦めてしまったらしい。
そのまま間桐家に連れられた桜。どんな責め苦を受けるかとおののいていると、意外にも何もされずさっさと出て行ったらしい。逆に拍子抜けしたくらいだと語る。
しかし桜は出るに出られない状況になっていたとの事。というのも
「逃げてもいいけど、その時は君のお兄さん死ぬ事覚悟しといてね。あ、僕の妹になりたいならそれもいいけどさ。捕まえてたっぷり躾けてあげるよ」
と酷薄な笑みで言われたらしい。身の毛の弥立つような未来を想像して絶句したそうだ。僕だってあんな蟲男に桜を任せる事なんて万が一にもありえない。
とりあえず肝を冷やしていた物の、間桐邸に居ると本当に何事も無かった。ただ帰って来た蟲僕蟲ライダーの成れの果てを、目撃してしまったそうだ。嫌悪感と悪心感に堪えられず、逃げ帰って来たらしい。
衛宮邸に戻るとライダーとセイバー、それに遠坂さんが話し合っていたみたいだ。桜としてはライダーが無事である事が何より嬉しかったのだとか。
まぁライダーが負ける所なんて想像も付かないけど。ともかく見た瞬間に涙が止め処なく流れ、勢い良くライダーに抱きついたとの事。
ライダーに纏わり付きながら、事情を聞いている間に僕をおぶった士郎君が帰還した。僕の安否が非常に気にかかったが、士郎君のいつもの笑みを見て安心したそうだ。
とは言え士郎君も苦渋と義憤に満ちた顔をして帰って来たらしい。出撃の声を何度も上げていたみたいだ。
結局士郎君の頭を冷やすのと、僕が目を覚ますのを待つ。その二つの意味で明日に方針を決めようと言う結論に達したようだ。
でも士郎君はあまりにも不用意な行動を取ったとして罰を受けたそうで。セイバーも怒りを露わにし、剣術の猛特訓を受ける羽目になったのだとか。
更には遠坂先生の課題を終わらせないまま出て来た物だから先生もご立腹。遠坂さんの魔術指南も苛烈を極め、今士郎君はグロッキーの状態らしい。
ううむ、聞いているだけで士郎君の悲鳴が聞こえるようだよ、うん。と言うより士郎君は自己修復機能が備わっているから、少々傷が出来ても治るんだよね。
それによって多少の無理も利くんだろうけど。にしたって痛みはあるだろうから、正直生きた心地がしなかったに違い無い。
どっちみち今日はもう夜遅いし。もう一度寝て万全の調子で明日を迎えよう。話を聞いた僕が寝る事を考えていると、桜が布団内に進入して来た。同衾の選択肢はとりあえずありません。
「さ、桜。僕達もお互い年頃なんだ。僕の言いたい事は分かるね?」
桜の両肩をむんずと掴みながら懸命に説得を試みる僕。しかし決意に満ちた桜は引き下がらない。それどころか満面の笑みを浮かべて言うんだ。
「はい、兄さんになら身も心も全部捧げられます!」
「僕はそういう意味で言ってるんじゃないよっっっ!」
間逆の回答が来たため、僕は思わず声を荒げてしまった。桜の力は思った以上に強く、全体重を込めて押してくる物だから分が悪い。結局そのまま僕が折れて桜が僕に巻きついている。
桜の言い分によると今僕の温もりを感じていないと不安で仕方が無いらしい。であるならば僕としても妥協するしか術を持ち得なかった。
僕は桜の抱き枕と化し、身をもって桜が健やかに育ってくれた事を痛感する。色んな感触で。僕の煩悩君もにょきにょき元気良く伸びそうだ。何にせよ危険水域に達しております。
堪らず僕は自身の守護神様にご助力を得ようとした。桜も不安かも知れないけど、僕は違うベクトルで不安だよ。
ラ、ライダー!
・・・何ですか。楽しそうな事をして。今読書をしているんです。良い所なんです。
すこぶるライダーの機嫌も悪い感じだった。声の端々から嫉妬やら妬み嫉みが絡んでいる。それでも僕達の健全な未来のために姉、ああいや妹だっけ。何にせよライダーの力が必要なんだ!
楽しいよりも危ないんだ。とにかくライダーにも部屋に来て貰いたいんだよ。もう僕の力ではのっぴきならない事態に進展しそうなんだっ!
ほうほう。だから私も混ざれ、と?
何で加わる方向になるの!そこは僕達が禁忌を破らないように、互いを引き剥がす方に頭を回しておくれよ。
ふむ、私も今日は慎二と二人っきりになりたいと思っていました。ふふ・・・
あ、あの・・・ライダーさん?
いえ、今のは何でもありません。とりあえず桜と慎二が手を出すのを止めればいいんですね?
!そう、そういう事だよ。桜も今は安定期に入ってるみたいだから心配無いけど。どんな間違いが起きるかしれないからね、うん。言ってて何だか情けなくなるけど、これでも男だし。
分かりました、何とか桜を鎮めてみせましょう。そして慎二の猛りも・・・。
・・・?最後何言ってるのか良く分からないんですけど。
分からなくてもいいんですよ。ふふ、それでこそ慎二という物。
嫌な予感しか残らない念話だったけど、一応身の保障は出来た。これで最悪の結末だけは避けられそうだ。桜も目を瞑って寝ているようだし、僕も寝よう。
・・・・・・
その後桜が真夜中に寝た振りを解除し、慎二へのディープキスを開始した所でライダーに捕まり、部屋に収容されたと言う。
そして入れ替わるようにライダーが魔力充電のため、慎二の部屋に忍び込んだのは言うまでもない。
******
はい、どうも遅くなりました。とりあえず生活が安定したので更新を再開出来そうです。やはり忙しいとどうにも後回しになりますね。愛らしくも成熟した桜の相手は色々大変そうです。慎二の良心の呵責も描けたので今回はこれで良しとしましょう。それから慎二の設定が原作と大幅に変わってしまいそうです。原作重視の方、再度ご了承の方をよろしくお願いします(礼)それでは今回はこの辺で失礼します!
本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)