竜殺しはドラゴン泣かせ
第一話・ミカンは手を洗ってから剥きましょう。
こたつでミカンを食べつつヌクヌクテレビを見ている時だった。
いきなり玄関から「ドガ~ンバリバリバリ! はぁっはぁは~!!」とちょっと可愛らしい女の子の声がしたので、こたつから顔だけ出し、カタツムリのようにこたつを纏いながら廊下に出ると、
「たのも~!!」
そこには尻尾と翼と角が生えた一人の金髪の女の子がいた。
先ほどのボイスはこの子の仕業らしい。あ、目が合った。こちらを見てニヤリと笑い、鋭い犬歯を大っぴらに見せ付けてくる。
履いているスカートの裾が短いから、こたつから顔だけ出しているこちらの視点では、彼女のスカートの中が見えている。
白でした。
「ついに見つけたぞ! 今代のドラゴン殺しめ。貴様ら一族の命運もここに尽きた。長きに渡る我らが因縁も、今ここで決着をつけてやろうではないか!」
パンツ見られていることに気づかずに、堂々と何だかカッコいい宣言をする少女。金髪ツインテール少女ってリアルにいるのね。現実は小説より奇なり。
勇ましく堂々となんのこっちゃ分からないけど、とりあえず拍手を送っておこう。
するとコスプレ電波少女は照れたのか顔を赤くする。
「あ、あまり褒めるな。照れるではないか――――って違う! 敵である貴様に褒められても嬉しくもなんともないからな!」
「はいはい。そんなことよりミカン食べるか?」
「いらんわ! そんなことより!! 我と勝負しろ、竜殺し!!」
「んあ~?」
竜殺し? なにそれ美味しいの?
そんな武勲など俺は人生において授かった覚えはない。もらったものは毛筆初段だけだ。あとは何もない普通な人生だ。そんな俺が竜殺しってどういうことだ、美少女?
竜は殺したことなんてなし、ヤモリとかゴキブリなら殺すのなら得意だぞ。
「無礼者! そんな劣等生物と我らドラゴンを同列に扱うなッ」
ドラゴンな少女は尻尾をブンブン、唇を尖らしてプリプリ怒っていた。
「ともかく! さっさと外にいくぞ! 決着をつけてやる!」
「お断りです」
「臆したか!」
「いや、だって寒いし」
誰が好き好んでこんな秋を微塵も感じさせない寒空に身を投じねばならんのだ。
短パンで駆け回る年齢は十年前にとうに過ぎ去っている。あの頃は若かったなぁ。
「おのれ軟弱物め! 家で暴れるのはさすがに悪いと思って、そこらへんを配慮してやっている私の恩を無碍にする気かッ。この礼儀知らずめ!」
「別に頼んでないです。もういい? 今からめっちゃええかんじ始まるから、早く帰ってくれる?」
「うが~!!」
悔しそうに地団駄を踏む自称ドラゴンな少女。
りんごのような赤い瞳がキッとこちらを睨む。少し目尻に涙が溜まっているのは気のせいではないだろう。仕方がないよね、思春期だし。
「もういい! 色々とカッコいいこと言って死闘しようと思ってたのにぃ! ばかばか!!」
少女は玄関を蹴飛ばして開けて出て行ってしまった。
まったく最近の子供の思考はよく分からん。ああいう子が将来この国にどんな利益をもたらすか想像するだけでも楽しくなる。
いや、そんなことよりも、う~テレビテレビ。
居間に戻り、テレビを点けようとするが、瞬間後ろからなんか飛んできた。
それは等身大の岩。
重力を無視してまっすぐにすっ飛んでいくソレは、弾丸ライナーでテレビだけでなく後ろの壁も粉砕して隣の家の柵にぶち当たってようやく停止した。
そして聞こえてくる笑い声。
「はっはっはぁ!! よ~く考えてみれば、そのテレビとかいうものを破壊すれば良いではなかったか。というわけで壊してみたぞ、どんなもん――だぁ!?」
グーパンで少女の頬を思いっきり殴りつけ、俺の物語が幕を開けた。
◇
クソガキは粛清して再教育するが義務。それが大人の特権であり、責務。
殴りつけて涙目な自称ドラゴン少女。その後やんやんや文句言ってきたので、お尻を百回ほどペンペンしてやった。そしたら泣いて謝ってきたので心優しい俺は許してあげた。とりあえずこたつに入るよう促す。
「ぐす、ううぅ、ごべんなさ~い……」
号泣する少女にさすがにやりすぎたのかと焦る俺――――でもなかった。
鼻水が机に垂れるのは勘弁なので急いでその小さな鼻目掛けてティッシュを持っていく。
「あい、ちーんして」
「ちーんッ」
鼻水をティッシュで拭き取り、ミカンを献上してようやく自称ドラゴンな少女は泣き止んだ。
「……ぐすッ、ありがとう」
「いえいえ」
「優しいな、貴様は」
「当たり前だ。あ、壁とテレビの修理代は後日請求するからな」
「くされ外道」(ぼそっ)
ド汚い言葉が聞こえたので、そのツリ目にミカンの汁を飛ばしてやった。
バルス状態になっている少女はさておき、あと五分で“めっちゃええかんじ”が始まってしまうではないか。
「仕方ない、携帯で見るか」
しかし、携帯がない。どこにもない。
家中探したがどこにもない。そして、携帯は昨日修理に出していたという事実を思い出した。
オワタ。生きる希望が失われた。現実は氷河ように冷たい。泣きそうになった。友人が録画してくれていることを切に願う。頼むぞ。
「というか、お前って結局何しにきたんだ?」
「んむ?」(むぐむぐ)
もうどうでもよくなったので、正直聞く気はなかったのだが、なんとなく聞いてやることにした。今日の一時間余らせたし。
ミカンの薄皮を一枚ずつ丁寧に剥いで、そのまま口に放り込んでいた自称ドラゴンな少女はマヌケな声と面で反応してくれた。少しイラッとしたのは言うまでもない。
「むぐむぐ、ごくん。だからさっき言っただろ。私はお前を殺しにきたのだ。数千年に渡る我らドラゴン一族と竜殺しの貴様らとの因縁に決着をつけに来たのだ」
「こっちの圧勝で決着ついたじゃん、帰れ負け犬」
「ぐむ! ちがう、ちがうぞ! あれはズルだ! いきなり頭ばーんと叩いてくるなんて卑怯ではないか! あれはナシだ、ナシ!」
「梨?」
懐から梨を取り出す。
「違うわ!」
「いらないのか?」
「いや、欲しいぞ……」
「じゃあちょっと切ってくるな。ああ、ミカンの皮はそこのビニールに入れておいてくれ」
「うむ、心得た」
梨を八等分に切り分け、皿に盛っていく。
糖度13とかなり甘めの梨だが、まあ、自分的には12ぐらいがベストな気がするのだけれど、一個五十円という価格破壊には太刀打ちできなかったのさ。
爪楊枝を二本適当にブッ刺して居間に運ぶ。
「ほい、どうぞ」
「おお、梨は好物だぞ」(ぱくぱく)
「ちょ、おま」
結局、少女が五個も食べたので自分は三つしか食えなかった。
なので、またミカンの汁を目に飛ばして鬱憤を晴らし、そのまま家から追い出した。ドラゴンでなくてとんだ疫病神だったな。
ちなみに、友人は“めっちゃええかんじ”を録画していなかったとさ。
つづく
【作者のつぶやき】
「こたつにミカンは王道。そう思っている俺は今日もこたつでアイスを頬張る」