学園都市ツェルニには6万人近くの学生が住んでいる。ここは学生によって運営される都市であると同時に、彼らの成長を促す場でもある。ゆえに、学生たちの自活を促す場も数多くある。
たとえば労働などがそうだ。
学生たちの多くは、何かしらの労働をしている。しかしその目的は様々だ。単純にお金が必要な者。将来就きたい仕事の予行演習として働く者。アルバイトや仕事を通じて、都市の運営や仕組みを学ぼうとする者などだ。
ツェルニでは、学生が労働という形で都市の運営に関わることを積極的に推進している。講義や授業では教えられない経験を積ませ、社会人としての自覚や態度を身につけられるようにするためだ。これによって、学生たちは卒業後、スムーズに都市社会に参加できるようになる。
学生の1人であるレイフォンも様々なバイトをしている。その目的はお金を稼ぐことと、将来の夢を見つけることだ。そして彼の友人であるメイシェン、ミィフィ、ナルキもまた、それぞれの夢に向けて己に合ったアルバイトをしている。そこで身に付けた経験を、自都市に戻ってから活かせるようにするために。
4人は友人同士ではあるが、それぞれ得意とする物も将来の夢も異なる。ゆえに、全員が全員、異なる職場で仕事をしている。
そのため、一緒に遊ぼうと思ってもお互いに予定が合わなかったり、仮に4人全員の休みが合ったとしても、4人のうちの誰かに急な仕事が入り、予定を変更せざるを得なくなることも多々ある。
つまり、
「ごめんなさい。待ちましたか?」
「ううん。それほどでも」
恐縮するメイシェンに、レイフォンはやんわりと告げる。実際来たのはついさっきだ。お互い随分早く待ち合わせ場所に来たものだ。
「今日は、よろしく、お願いします」
メイシェンが、緊張しながらぎこちなく頭を下げる。
「こちらこそよろしく。けど、ホントによかったの? 何なら日を変えてもよかったけど……」
「だ、大丈夫です。2回目ですし」
噛み噛みになりながらメイシェンが主張する。とはいえ、あまり大丈夫には見えない。はたから見ても緊張してるのが伝わってくる。
(まあ何とかなるか)
そう結論付け、レイフォンは一応納得する。
「そっか。それじゃ、行こうか?」
「は、はい」
「けど残念だね。せっかく割引券があるのに、ミィもナッキもバイトで来れなくなるなんて」
「そ、そうですね」
こういうこともある。
今日は4人で一緒に、あるレストランに昼食を食べに行く予定だったのだが、ミィフィとナルキは急な仕事が入り、行けなくなってしまったのだ。
レイフォンは違う日にしようかと言ったのだが、ミィフィが持っていた割引券の期限が今日までだったため、「もったいないからせめて2人だけでも行ってきて」とミィフィに言われたのだ。
すでに1度、2人だけで出かけたこともあるのだが、もともと人見知りの気が強いメイシェンは、2回目といえどもやはり緊張せずにはいられないらしい。
挙動のぎこちない彼女を連れて、ミィフィに教えられた店へと向かう。
連れだって歩きながら、レイフォンはメイシェンの姿をそれとなく観察する。
私服を見るのはまだ2度目のせいか、今日のメイシェンはいつもと若干違って見えた。服装は控えめでありながら可愛らしいデザインであり、比較的買って間もないものに見える。髪は頭の後ろでまとめてポニーテールになっており、バレッタで留めている。
何となくだが、普段よりお洒落をしているように見えた。
洗いざらしの上下に着古した上着のレイフォンと比べると、随分と差が際立つ。
あまりファッションに気を遣わない方だとはいえ、少々申し訳なくなる。
と、そこであることに気がついた。
「あれ? その髪留めって……」
「あ……」
メイシェンが頬を赤くする。何となく嬉しそうでもあり、恥ずかしそうでもある。
「はい……。せっかく買ってもらったんだから、付けてるところ見てもらおうかなって……」
恥ずかしそうにしながらも、笑顔を浮かべて答える。その様子に、レイフォンは少し嬉しくなった。
「へぇ…。買った僕が言うのもなんだけど、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
顔をさらに赤くしつつ、メイシェンが礼を述べる。
そうこうしているうちに、目的地のレストランに着いた。2人で店内に入る。
そこはパスタ屋さんだった。普段から、食事時には多くの人が並ぶ人気店でもある。特に女性人気が高く、まだお昼時には早いのに大勢の客が入っており、その大半が女性客だった。
店員さんに案内され、奇跡的に空いていた席に座る。レイフォンもメイシェンも待ち合わせ場所に早めに着いていたからよかったが、そうでなければ並ばされる羽目になっていただろう。
2人でメニューを開き、パスタを選ぶ。
運ばれてきたパスタに舌鼓を打ちながら、身の回りの出来事や学校生活について、他愛もない雑談に興じる。
始めこそぎこちなかったが、話が弾むうちにメイシェンの緊張もほぐれてきたように感じる。それだけレイフォンに慣れてきているのかもしれない。
受け入れられてきているのだろうと思うと、レイフォンも嬉しく感じる。
食べ終わる頃には店内が混雑し始め、騒がしくなってきていたので、レイフォンはメイシェンを連れて外に出た。
今日は天気も良く、エアフィルターを透過して、心地よい日が差している。
明るく暖かい通りを、2人はのんびりと歩く。公園が見えたところで、メイシェンがおずおずと入るように促した。
2人は公園のベンチに並んで座り、一息つく。
「あの……」
メイシェンが手に持っていたバスケットをおずおずと差し出し、レイフォンを上目遣いに見る。
「家で…焼いてきたので……よかったら……」
言って、バスケットを開く。
中には、いっぱいに手作りらしきクッキーが入っていた。
「これを……メイが?」
「は、はい。もしよかったら……一緒に食べようかなって思って……それで……」
もじもじしながらバスケットをレイフォンの方に差し出してきたので、とりあえず1つ摘まんで食べてみた。
口の中に、嫌味にならない程度の甘みが広がる。
美味い。
「美味しいね。すごく」
それを聞いて、固唾をのんで見守っていたメイシェンの顔から、ホッと安堵するような表情が浮かんだ。
「あ、もっと食べて良いですから…」
「そう? それじゃ、遠慮なく」
言って、さらに2個3個とクッキーを頬張る。やはり、美味しい。
お菓子作りが趣味だとは聞いていたが、すでにこれほど美味しい物が作れるとは思わなかった。
「すごいね。もうこんなに美味しいお菓子が作れるなんて」
「そ、そんな…大したことないです……。わたしなんて、これしか能が無いから……」
「いや、そんなことないよ。ホントに、メイシェンはすごいよ……。すでに将来の目標が決まっていて、そのために努力しているし、結果も出してる。本当……僕なんかとは比べ物にならないよ……」
未だに何者になるかも決まっていない自分などとは、本当に比べ物にならない。メイシェンは、レイフォンなどよりも遥かに先に進んでいるように感じる。
羨ましく、そして眩しい。本心から、そう思う。
「……僕にも、早く見つかるといいんだけどな……自分の道が…」
ポツリと、そんな呟きが漏れる。
「きっと、見つかりますよ」
メイシェンが、レイフォンをまっすぐ見て言う。その言葉に、レイフォンはついメイシェンの方を向く。
彼女は赤くなりながらも、真剣な顔でこちらを見ている。
「そう……かな……?」
「小さい頃から、人に頼ってばかりだったわたしでも見つけられたんです……。ずっと自分の力で生きてきたレイとんに、できないはずないです……。わたしが言っても説得力無いかもしれませんけど……レイとんは、もっと、自信持ってもいいと思います」
途切れ途切れになりながらも、こちらを見て一生懸命に言葉を紡ぐ様子に、レイフォンは胸が痛いくらいに嬉しく感じる。
自分を信じてくれている。そしてレイフォンにも信じるように言ってくれる。それがこの上なく嬉しい。
「……ありがとう。メイシェン」
礼を言って、笑顔を向ける。できる限り曇りの無い笑顔を。
それを見て、メイシェンは耳まで赤くする。そして照れたように俯いた。
レイフォンはそんな彼女に、さらに言葉をかけようとする。
その時
!
突然、地面が激しく揺れた。
「っ!」
「きゃあっ!」
あまりの揺れの激しさに、メイシェンはベンチから放り出されるように体が浮き上がった。
地面に倒れそうになるのを、間一髪でレイフォンが受け止める。
揺れはなおも続き、レイフォンは何とかバランスを取りながら、メイシェンを抱えたまま踏みとどまる。
しばらくして、揺れが収まった。
「いったい、何が……?」
メイシェンが呟く。しかし、レイフォンは答えられない。頭の中に警報が鳴り響き、答える余裕が無い。
(まさか……まさかまさか……)
膨れ上がる嫌な予感に、心が圧迫される。
「レイ……とん……? どうしたの? ……今の……都震、だよね?」
メイシェンが不安そうにレイフォンを見上げる。
都震。
普段はあまり意識しないが、都市は常に移動を続けている。
そしてほんのたまにだが、多脚を使って歩いている都市そのものが大きく揺れることがある。足場が悪い時や、何かを踏み外した時などに。
だが、グレンダンの人間にとっては、都震にはもう1つの可能性が示唆される。
レイフォンはじりじりとした緊張感を感じた。肌を痺れさせる不穏な因子が空気に混ざったような感覚。
グレンダンにおいて、長年を戦場で過ごしたレイフォンだからこそ感じられる、これからおこる危機や脅威の予兆。
(何かが迫っている。何か、非常に危険な物が)
そして、そんなレイフォンの予測を証明するかのように、けたたましいサイレンが都市中に鳴り響いた。
それはまるで、都市が悲鳴を上げているかのようでもあった。
それを聞き、レイフォンは愕然として呟いた。
「汚染獣だ」
悲鳴のようなサイレンを聞いたカリアンは、寮の電話で事情を聞き、生徒会棟へと駆け込んだ。
武芸大会の時などは司令部と呼ばれる、都市のもっとも中央にある尖塔型の建物だ。
カリアンは自分が普段いる生徒会長室ではない、建物内の一角にある会議室に入る。そこにはすでに何人かの生徒がいて、入ってきたカリアンに視線を向ける。
「状況は?」
カリアンは緊迫した顔で短く問う。その問いに役員の1人が顔を青ざめさせながら答える。
「ツェルニは陥没した地面に足の3割を取られて身動きが不可能な状態です」
「脱出は?」
「通常時なら独力でも脱出できるのですが、現在は……その、取り付かれていますので」
電話でも聞いていたが、やはり汚染獣か。
「具体的にはどのような?」
「都市の脚が地下にいた汚染獣の巣を踏み抜いてしまったようです。生態に関する情報が無いので詳しいことは分かりませんが、どうやら母体が子を生んでいるようで。もう3,4時間もすれば、生まれた幼生たちが地上へと這い出て都市に上がってくると思われます」
つまりはそれまでに準備を整える必要があるということか。
カリアンは次に、部屋にいた浅黒い肌の巨漢、武芸長のヴァンゼ・ハルデイに視線を向ける。
「生徒たちの誘導は?」
「都市警を中心にシェルターへの誘導を行っているが、まだ混乱が大きくてまとめきれていない」
ヴァンゼは苦い顔で首を振る。
「仕方が無いさ。実戦の経験者なんてほとんどいない。とにかく、できる限り速やかにお願いするよ」
次に錬金科長を見る。
「2年生以上の全武芸科生徒の錬金鋼の解除を。都市の防衛システムの起動も急いでください」
「只今、行っています」
「ヴァンゼ、各小隊の隊員をすぐに集めてくれ。彼らには中心になってもらわねばならない」
「了解した。できるだけ早く集める」
ヴァンゼが頷き、都市全体に放送で呼び掛けるために部屋を出ていく。
その後も、いざという時のために質量兵器の稼働準備やシェルター周辺の警備などの指示を下していく。
一通り指示を出し終え、カリアンは一息つく。
周りでは、役員や各科の代表者たちそれぞれが、自身の役割に従い動いている。会議室内は、慌ただしい空気に包まれていた。
喧騒に囲まれながら、カリアンは心中で独りごちる。
(まさか、汚染獣とは)
想像もしていなかった事態に、苦々しい思いがする。
学園都市の最大の欠点は、プロが存在しないことだ。住人は全てが生徒。
学園都市には、大人がいない。
あらゆる面での、熟練経験者の不在。
本来ならば……これまでならばそれでも問題は無いはずだった。学園都市は汚染獣との遭遇率が普通の都市と比べて限りなく低い。それだけ学園都市の電子精霊が優秀かつ慎重であるということだろう。だが、それも完璧ではないようだ。
(これまでが大丈夫だったからといって、今後も大丈夫だとは限らないというのに)
あくまで確率が低いだけであって、絶対ではないのだ。
それなのに、いざという時の備えを怠ってしまった。高をくくってしまっていた。
自らの生きる世界がどれほど過酷で困難であるかを失念してしまっていた。
未熟なのだから仕方が無い。経験が無いのだから仕方が無い。
そんな言い訳は、今そこに迫っている危機には通用しない。
汚染獣たちは、こちらの事情を斟酌してくれたりなどしない。ただ餓えを満たすためだけに、こちらに襲いかかってくる。
周囲で動きまわる生徒たちも、顔から不安の色を隠せない。全員が全員、予想だにしなかった事態に動揺している。見ているだけで、極度の緊張に精神を圧迫されているのがわかる。
それも当然だ。ここにいる者たちは全てが未熟者。このような事態に直面し、なおかつ対処に携わったことなど無いのだから。
そしてそれは武芸者とて同じ。汚染獣の脅威に触れた事のある者など、どれほどいるか。
実戦経験の無い未熟者たちだけでこの危機を乗り越えられるのか?
誰の脳裏にもその思いがある。すぐ傍まで迫った死への恐怖がある。
だが逃げることは許されない。都市の外の世界は、人類を拒絶している。都市の外に出ることができない以上、ここにいる者たちだけでこの問題に対処しなければならない。
(何としても、生き残らなければ)
絶対にツェルニを守り切る。でなければ、武芸大会の前に都市が滅んでしまう。
そして一人の生徒の顔が思い浮かぶ。
(レイフォン君に協力を頼めれば非常に助かるのだが)
そう考えると、カリアンは自分の表情に苦味が滲むのがわかった。
彼には汚染獣戦に関して、この都市の誰よりのも多くの知識と経験がある。
そしてそれ以上に、汚染獣と戦えるだけの実力がある。
だが、彼の協力を得るのは難しいだろう。レイフォンは、交渉の際に彼の過去を持ちだそうとしたカリアンに対して、良い感情を持っていない。この不信感を拭うには、時間が足りなさ過ぎる。
入学式で騒ぎに巻き込まれた女生徒を助けた時のレイフォンならばあるいは、よほど頼めば引き受けてくれたかもしれない。目の前で危ない目に遭っている見ず知らずの他人を思わず助けてしまうような、そんなお人好しな彼だったなら、誠心誠意頼めばあるいは。
だが、カリアンが下手な交渉をしたせいで、かえって武芸に対して頑なにしてしまったように感じる。それに、こちらに誠意なんてものがあるとも思っていないだろう。今のレイフォンに協力を頼んだところで、さらに武芸を拒絶するだけだ。
妹のフェリも同様だ。寮の部屋を出る際、小隊員として集まるように呼びかけたが、頑として首を縦に振らなかった。そして口論の末1人で部屋を飛び出して行ってしまった。すでに連絡の取りようも無い。
あの時の彼女の様子には、カリアンに対する強い嫌悪と拒絶があった。
(この都市を守るために憎まれ役を買って出たというのに、それが裏目に出るとは)
己の失敗のせいで、この都市でもっとも頼りになる助けを失ってしまった。
が、そんなことを嘆いている暇さえ無い。
(とにかく、今ある戦力でなんとかせねば)
カリアンは決意を新たにすると、会議室を出、その隣の部屋へと入った。
都市全体がざわめいている。大勢の避難する人々が、列を作り通りを歩いている。誰の顔にも不安と恐怖が張り付いていた。
「慌てずに避難してください! まだ時間はあります! パニックを起こさず、ゆっくりと避難してください!」
都市警に所属する上級生の生徒が声を張り上げる。しかし、避難する生徒たちからは動揺が拭えない。少しでも安全を求めて、焦燥に駆られている。自然、シェルターへと向かう彼らの足は速まる。
そんな一般生徒たちに、混乱や無用な騒ぎが起こらないよう、都市警たちは注意を呼び掛ける。
「ナッキは戦いに出るんだよね?」
「ああ、あたしは都市警だからな。錬金鋼も持っているし、戦うことになるだろう。多分、もうすぐ召集されるはずだ」
大通りから外れたところで、列から離れたミィフィはいつになく心配顔で問う。
それに答えるナルキの顔も、緊張で強張っていた。
「大丈夫? 危険なんじゃ?」
「当然、危険に決まっているさ。だが、逃げるわけにはいかないよ。逃げ場なんて、どこにも無いんだしな」
それは自分に言い聞かせているようにも見えた。ナルキも、怖いのだ。
当然だ。彼女は実戦を経験したことなど1度も無い。それはこの都市にいるほとんどの生徒にも言えることだろう。
ほんの少し前までは平和な時間が流れていたのに、それが突然にして崩れ去っていくのを感じる。
「メイっちは、大丈夫かなぁ?」
ここにメイシェンはいない。緊急事態なため、生徒たちは取る物も取らず、最も近くにあるシェルターに避難しているのだ。
おそらくメイシェンは他のシェルターに避難しているのだろう。
「大丈夫だろう。レイとんが一緒だったはずだしな。不測の事態が起こっても、レイとんなら何とか出来るさ」
「ん……そうだね……。レイとん、強いもんね」
心配は消えないのだろうが、それでもミィフィは微笑む。
「逆にこれがきっかけでさらなる進展があるかも」
「ああ。そうなるといいな」
ミィフィの冗談を交えたセリフに、ナルキも笑って返す。
2人して笑みを交わしていると、離れたところにいる都市警の上級生から声がかかった。
「おっと。そろそろ召集かな。じゃ、あたしは行くから。気をつけて避難しろよ」
「ん、わかった。ナッキも気をつけてね」
「もちろんだ」
言って、ナルキが離れていく。
ミィフィも、列に加わりシェルターを目指した。
そこには、ヴァンゼの呼びかけで集まった小隊員たちが揃っていた。
カリアンは部屋の前の方にある演台の前に立つと、集まった生徒たちを見渡して、それから言葉を紡いだ。
「諸君。よく集まってくれた。状況については既に聞いていると思う。これから汚染獣との戦闘に入る。君たちには、その中心となって戦ってもらいたい」
その言葉を聞き、小隊員たちは青ざめた顔を見合わせる。
1人が手を上げて言った。
「会長。都市は汚染獣を回避しているはずでは?」
「おそらく都市が感知できるのは地上にいる物だけなのでしょう。今回は地下にいた個体のようですから。それに、理屈がどうあれ、すでに事は起こっています。現実に対処する方法を考えましょう」
それを聞き、その生徒が唾を飲み込む。
そこでヴァンゼが1人の男に声をかける。
「ゴルネオ。確かお前はあのグレンダンの出身だったな。汚染獣について何か知らないか?」
声をかけられたのは、ヴァンゼにも劣らぬ巨漢の男だった。第五小隊の隊長、ゴルネオ・ルッケンスである。
「生憎と俺は実戦経験は無い。多少の知識はあるが」
「ふむ、ではできる限りその知識を我々にも教えてくれないかな」
カリアンも、できる限り情報を得ようとする。
「あまり大した知識ではない。俺達がこれから戦うのは、汚染獣の中でも幼生体と呼ばれるタイプであるということ。こいつは強さはあまり大したことないが、数が多いのが特徴で、場合によっては大型の個体よりも厄介だとかいうことくらいだ」
「強さは大したことがないというのは本当かね?」
「少なくとも、汚染獣の中では最弱なのは確かだ。だが、だからといって勝てるとは限らん。むしろかなり分が悪いだろうな。生まれたばかりであろうと、汚染獣が人間にとって脅威であることには変わりない。俺たちが束になったところで、勝てるかどうか……」
「それでも君たちに戦ってもらわなければならない。頼れる大人はここにはいない。ならばここにいる者たちだけで立ち向かうしかない」
その言葉に、部屋中で不安の声が囁き合った。
自分たちに、汚染獣を撃退することができるのか? 生き残ることができるのか?
「できなければ死ぬだけです」
カリアンの、鋭く、力強い、断じるような声がその囁きを断ち切った。
小隊員たちは口を閉じ、カリアンを仰ぎ見る。
「君たちだけではない。君たちが敗れれば、この都市に生きる者たち全てが命を失うことになる。それを心に置いたうえで戦ってもらいたい」
カリアンが言い切る。それを聞き、この場にいる全員が緊張に顔を強張らせながらも、己の決意を新たにする。
あふれ出しそうな恐怖を抑えつけて、自分自身に誓う。
絶対に、この都市を守り切る と。
「我々は、なんとしても生き残らなければなりません。ツェルニに生きる人々の、いや、自分自身の未来のために!」
窓からは夕日が差し込んでいる。もうすぐ日が沈む。
これまで経験したことの無い、生存をかけた命懸けの戦いが始まる。
長い夜の始まりだ。
あとがき
前回と比べて随分と短いですが、区切りがいいので出すことにしました。汚染獣襲来編です。
この回はアニメ版を意識しています。
前回ワンクッション入れたのは、メイシェンとのデート ~ 汚染獣襲来という流れがやりたかったから。(入れなかったらレイフォン連続でデートしてるように見えますし。いくら設定上時間差があるとはいえ)
カリアンのセリフにもアニメ版の影響があります。
さて、次回はレイフォン決断の時。また心理描写が多くなりそうだなぁ……。
できるだけ早く更新したいと思います。