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No.23719の一覧
[0] The Parallel Story of Regios (鋼殻のレギオス 二次創作)[嘘吐き](2010/11/04 23:26)
[1] 1. 入学式と出会い[嘘吐き](2010/11/04 23:45)
[2] 2. バイトと機関部[嘘吐き](2010/11/05 03:00)
[3] 3. 試合観戦[嘘吐き](2010/11/06 22:51)
[4] 4. 戦う理由[嘘吐き](2010/11/09 17:20)
[5] 5. 束の間の日常 (あるいは嵐の前の静けさ)[嘘吐き](2010/11/13 22:02)
[6] 6. 地の底から出でし捕食者達[嘘吐き](2010/11/14 16:50)
[7] 7. 葛藤と決断[嘘吐き](2010/11/20 21:12)
[8] 8. 参戦 そして戦いの終結[嘘吐き](2010/11/24 22:46)
[9] 9. 勧誘と要請[嘘吐き](2010/12/02 22:26)
[10] 10. ツェルニ武芸科 No.1 決定戦[嘘吐き](2010/12/09 21:47)
[11] 11. ツェルニ武闘会 予選[嘘吐き](2010/12/15 18:55)
[12] 12. 武闘会 予選終了[嘘吐き](2010/12/21 01:59)
[13] 13. 本戦進出[嘘吐き](2010/12/31 01:25)
[14] 14. 決勝戦、そして武闘会終了[嘘吐き](2011/01/26 18:51)
[15] 15. 訓練と目標[嘘吐き](2011/02/20 03:26)
[16] 16. 都市警察[嘘吐き](2011/03/04 02:28)
[17] 17. 迫り来る脅威[嘘吐き](2011/03/20 02:12)
[18] 18. 戦闘準備[嘘吐き](2011/04/03 03:11)
[19] 19. Silent Talk - former[嘘吐き](2011/05/06 02:47)
[20] 20. Silent Talk - latter[嘘吐き](2011/06/05 04:14)
[21] 21. 死線と戦場[嘘吐き](2011/07/03 03:53)
[22] 22. 再び現れる不穏な気配[嘘吐き](2011/07/30 22:37)
[23] 23. 新たな繋がり[嘘吐き](2011/08/19 04:49)
[24] 24. 廃都市接近[嘘吐き](2011/09/19 04:00)
[25] 25. 滅びた都市と突き付けられた過去[嘘吐き](2011/09/25 02:17)
[26] 26. 僕達は生きるために戦ってきた[嘘吐き](2011/11/15 04:28)
[27] 27. 正しさよりも、ただ己の心に従って[嘘吐き](2012/01/05 05:48)
[28] 28. 襲撃[嘘吐き](2012/01/30 05:55)
[29] 29. 火の激情と氷の意志[嘘吐き](2012/03/10 17:44)
[30] 30. ぼくらが生きるために死んでくれ[嘘吐き](2012/04/05 13:43)
[31] 31. 慟哭[嘘吐き](2012/05/04 18:04)
[32] 00. Sentimental Voice  (番外編)[嘘吐き](2012/07/04 02:22)
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[23719] 00. Sentimental Voice  (番外編)
Name: 嘘吐き◆e863a685 ID:eb6ba1df 前を表示する
Date: 2012/07/04 02:22
『天剣授受者レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。 貴公はグレンダン武芸者たちの規範となるべき立場にありながら、都市の法を破り、違法な賭け試合に出場した。 これは極めて由々しきことであり、貴公の罪は法的にも立場的にも決して許されることのないものである。
 ゆえに今日これより、貴公の天剣授受者としての地位を剥奪し、天剣没収の上、都市外への退去を命じる。 猶予は一年。 それまでにグレンダンを出よ』


頭を垂れたその上から、女王の言葉が重く降り注ぐ。

僕たちの日常が崩れ去ったあの日から、一月ほどが過ぎ去っていた。




















槍殻都市グレンダン、居住区の一角にある安アパートの一室。 薄汚れた部屋の中央で、男が一人ソファに寝そべっていた。
三十代半ばの壮年の男だ。 癖の強い黒髪が手入れもされず伸び放題になっており、鋭角的な顎には無精髭が散っている。 よれよれのワイシャツは皺だらけで、洗いざらしのスラックスも擦り切れており、とても身だしなみに気を遣っているようには見えない。
しかしその目つきは刃のように鋭く、威圧感を与える長身や静謐とした佇まいから一見して近寄りがたい雰囲気を放っている。
時刻はもうすぐ昼になろうかという頃合い。 その男――グレンダン最強の武芸者の一人である天剣授受者リンテンス・サーヴォレイド・ハーデンは、ソファに転がったまま天井を見上げ、口に銜えた煙草から紫煙をくゆらせていた。

そんな彼の周囲をあちこち動き回る者がいる。 かつては彼と同じく天剣授受者であった少年、レイフォンだ。
つい先月その地位を剥奪された少年は、リンテンスの部屋で朝から忙しく動き回り、散らかり汚れた部屋を掃除していた。
放り出された雑誌類を一箇所に纏め、床の埃を掃除機で吸い込み、さらにこびりついた汚れを雑巾がけで拭き取る。
その動きに遅滞は無く、レイフォンは手慣れた様子で既に日課となった清掃を進めていく。 リンテンスはそれに文句を言うでもなく、かといって作業を手伝うでもなく、ただ天井を見上げながら紫煙をくゆらせていた。 その様子からは、レイフォンに対しどのような感情を抱いているのか分からない。

レイフォンが闇試合に出場していたことが発覚してから一月が経った。
既に少年への沙汰は下され、一年の猶予ののちに都市外退去を命じられている。
しかし都市民たちのレイフォンへの怒りは未だ収まらず、現在は監視(兼護衛)として彼の鋼糸の師でもあるリンテンスがレイフォンの世話を言い渡されていた。
周囲からの迫害に孤児院の者たちを巻き込むことを嫌ったため、また、孤児たち当人からの拒絶を受けたために、現在レイフォンは院を出てリンテンスの家に居候している。 それ以来、この家では自然とレイフォンが家事担当になっていた。 もっともレイフォンの存在如何にかかわらず、リンテンスは最初から家事などまったくしないのだが。
ふと天井から視線を外し、リンテンスはすぐ傍にいたレイフォンに向かって口を開く。

「お前はここを出ても武芸を続けるのか?」

ただなんとなく、訊いてみただけの言葉。
それに対し、床を拭いていたレイフォンは顔を上げると、少しだけ思案してから首を横に振った。

「いえ。 武芸は捨てようと思います。 あれだけのことをしておいて、今更武芸者面するつもりはありません」

淡々とした声で言った後、レイフォンの顔に浮かんだのは微かな恐怖と不安だった。
武芸を続ければ再び同じことを繰り返してしまうかもしれないという恐れ、かといって、自分にとって最も秀でた分野を捨ててこの先上手くやっていけるのかという不安。
不安を感じるのも当然だろう、とリンテンスは思う。
武芸者とは戦うための存在だ。 逆に言えば、戦い以外に能が無いのが武芸者である。
天剣授受者という存在はその最たるもの。 戦いに偏向した性質が特に強い者たちなのだ。
ましてや幼くして戦場に立ち、戦い以外に何も知らないレイフォンが武芸を捨てて生きていくなど、とてもではないが可能だとは思えない。
しかし、結局それはレイフォンが決めることだ。 リンテンスが口出しするべきことではない。
そしてレイフォンは、心を占める不安に苦しみながらも、武芸を捨てる道を選んだのだ。

「怒りましたか?」

レイフォンは表情から先程の色を消し、リンテンスに問いかける。
感情の見えない、空虚な顔。
リンテンスもまた、普段となんら変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。

「いや、怒ってはいない。 そもそも、それは俺がどうこう言うことではない。 お前の力はお前の物。 生かすも殺すもお前次第だ」

そこまで言ってから一旦区切り、さらに言葉を続けた。

「とはいえ、惜しくはある。 お前のその才能と武芸の技がこのまま錆ついていくことには、思うところが無いでもない」

戦いのみを求め、戦うためだけに出身都市を出たリンテンスにとっては、戦う力こそがすべてだ。
ゆえに力を持つ者が消えていくのを多少は惜しむ気持ちがある。

「お前は俺の域に届かぬとはいえ、俺の伝えた鋼糸の技をほぼ完璧に再現してみせた。 形だけとはいえ、そんなことができた者も、そもそもできるかもしれんと思えた者もお前だけだ。 それらの技がこれから先使われることも無く消えていくのだと思えば、少しは惜しくもなる」

レイフォンの武芸における才能は、数多の強者たちがひしめくグレンダンにおいても例外的なレベルだった。
刀を捨てず、これから先も天剣授受者としてグレンダンで戦い続け、修練と実戦を積み重ねていけば、十年先、二十年先にはあるいは……リンテンスをも超えていたかもしれない。
そうして強くなったレイフォンと戦ってみたい……そういう気持ちもなくはない。
だが、だからといって自分の都合でレイフォンに武芸を続けろなどと言う気にはなれない。
何もせず朽ちていくというのであるなら、所詮、それはそこまでの存在だったというだけの話だ。
レイフォン自身が捨てると言ったのならば、それはもはや手の届かぬ物なのだろう。
他人の人生の流れを変えてまで、そこに固執するつもりは無い。

「先生は……どうして僕に鋼糸を教えてくれたんですか?」

不意に、レイフォンが問いかけた。

「ただの暇つぶしの実験だ」

リンテンスはそっけなく、しかし本心からの言葉で答える。

「俺たちに伝えられるものがあるのか。 残せるものがあるのか。 そして俺の残したものがどんな結果を迎えるのか……それを見てみたくなっただけだ」

リンテンスがレイフォンの方を見やる。 まるで相手を品定めするかのような視線で。

「所詮、俺たちは異常の中の異常だ。 奇異なる物の奇異。 人にして人にあらず。 俺たちに残せるものがあったとしても、それは俺たちにできることの千に一つ、万に一つ、億に一つ、最高によくて百に一つだ。 俺たちはそういう類のはぐれ者なんだ」

自嘲するような言葉を吐きながら、その実、顔には己に対する嘲りは感じられない。
ただ淡々と、目の前の文章を読み上げる様に、リンテンスは語る。

「俺が自ら編み出した鋼糸の技とて、俺が死ねばこの世から消えてなくなるだろう。 そうならないよう他の者に教えたところで、誰一人として俺の域にたどり着けるわけでもない。
 だから、お前で試してみることにした。 俺にどれだけのものが残せるのか、試してみようと思っただけだ。 ……結局は、消えていくことになるようだがな」

そこでリンテンスは言葉を切った。
本当はもう一つ理由がある。
ボロニア……。 
汚染獣によって滅ぼされたリンテンスの故郷。
彼が都市を出なければ、滅びることは無かった都市。

(感傷……とも言いきれんか……。 どちらにせよ、どうでもいいことだ)

内心で独りごちて首を振る。
リンテンスはそれ以上何も言わず、レイフォンも再び自分の仕事に戻った。
やがて掃除を終えたところで、レイフォンは手を洗って清潔にしてから台所に立つ。
最低限の設備しかない小さなキッチンだが、レイフォンは頓着せずに調理を始め、小器用に料理を進めていった。
しばらくして、部屋の中に食欲をそそる匂いが漂い始める。
そうやってレイフォンがキッチンで作業をしていると、突然、呼び鈴も鳴らさずに玄関の扉が開け放たれた。

「やっほー! リン、レイフォン、元気~?」

「………えっと……」

「何をしに来た?」

勝手に玄関を開けて入ってきたのは、長い黒髪に豊満なプロポーションをした、豪奢な美女だ。
その女性――グレンダンを統べる女王にして最強の武芸者であるアルシェイラ・アルモニスは、渋い顔で問いかけるリンテンスを無視して部屋の中に上がり込むと、レイフォンの方を見て口を開いた。

「追放されるっていうのに、案外元気そうね。 てっきりもっと落ち込んでるのかと思ってたのに」

「もともとある程度の罰は覚悟していましたから。 場合によっては公開処刑や強制退去させられることも覚悟した上で始めた事です。 当然、露見した時にはどんな罰だろうと甘んじて受けるつもりでしたし、むしろこの程度で済んだのは幸運だと思ってますよ」

「あなたってそういうところは子供っぽくないのよねぇ。 妙に冷めてるって言うか、達観してるって言うか。 やることは世間知らずのガキんちょ同然なのに」

アルシェイラは珍しくつまらなそうな顔で嘆息すると、(ごくごく僅かに)真剣さを含んだ調子で問いかけた。

「不満とかは無いの? 自分は人助けをするために頑張ったのに、なんでこんな目に遭うんだー、とか。 皆を守ろうとしただけなのに、どうして皆僕を責めるんだー、とかさ」

「人助けのためとか、そんな立派なものじゃありませんよ。 ただ自分がそうしたかっただけ。 誰のためでもない、自分のためにやったことです。 自分の望みを叶えた結果としてその罰を受けるのなら、それも仕方ないことだと思いますしね」

「ふーん」

「すべては僕の詰めの甘さが招いたことです。 自分のツケは自分で払いますよ」

そう言って、レイフォンは寂しそうな顔で弱々しく笑う。

「そう? いっそのこと孤児院のみんなにも借金の肩持ちさせてみればいいんじゃない? そうすれば彼らもあなたのありがたみが身に滲みて分かると思うけど」

冗談めかした言葉に、しかしレイフォンは血相を変えた。

「そんな必要はありません。 みんなに背負わせるなんて、それこそ僕のやってきたことすべてが水泡に帰します。 それじゃあ僕はただの犯罪者でしかない。 責も罪も全て僕が背負いますから、みんなにはそんな思いさせないでください」

途端に切実そうな顔になるレイフォンに、アルシェイラは不満げに鼻を鳴らしながらも首肯する。

「わかってるわよ。 心配しなくても孤児院のみんなに責任を追求するつもりなんて無いわ。 ま、あなたのやったことは決して褒められたことじゃないけれど、あなたは私の手にある間、一振りの剣として十分な働きをしてくれた。 そのことに免じて、あなたの大切な家族については私が保障してあげるわ。 だからあなたは何も気にせず外で勉強に励みなさい。 ……帰ってくるかはともかく、ね」

怠惰と傲慢が特徴のアルシェイラではあるが、けっしてそれだけの人間ではない。
怠惰ではあっても、努力の価値を否定はしない。 努力する者を蔑むこともない。
傲慢ではあっても、優しさを知らぬわけではない。 他者を思いやる心が無いわけではないのだ。
今も彼女は、その圧倒的な強さゆえに常人とはまるで違う感性を持つ心の隅で、レイフォンに対する僅かな同情の念を抱いていた。

彼は、この細い身体と幼い精神で、他の誰も背負えぬような重荷をたった一人で背負ってきたのだ。
逃げ出すことも、弱音を吐くこともせず、ただひたすら自らの剣を振るってきた。
なのにその辛苦が報われないというこの現状に、嘆くことも憤ることもしようとしない。 ただ悲しげな表情で笑うだけ。
いや、彼にとっては報われているのだ。
彼が守ろうとした者たちが生きているだけで、彼にとっては全てが報われていたのだろう。
だからこそ、愛した者に責められることに、悲しみは感じても、怒りや憎しみは生まれないのだ。

どこまでも自分を犠牲にして他者を守る。
いや、レイフォンには自分を犠牲にしているつもりすらないのかもしれない。
口先だけの武芸者たちに、どうして彼を責める資格があるだろうか。
彼のあり方こそが、本当の武芸者としての在り方ではないのか。
たとえやり方は間違えようとも、レイフォンの戦いに向かう姿勢は武芸者たちが理想として口にする、あるべき姿そのものではないのだろうか……。
しかしそんな内心を表には出さず、アルシェイラはあくまで明るい口調を維持して言葉を紡ぐ。

「ま、今更あれこれ言っても仕方ないか。 そんなことより今日のお昼は何かしら? もーお腹ぺこぺこなのよ」

「えっと、今日はビーフシチューと魚のムニエル、ポテトとベーコンのバター炒めに生野菜サラダ、それと昨日焼いたパンの残りですけど…………食べていく気ですか?」

「もっちろん♪」

「でも、僕の料理はお城のシェフが作ったものほど美味しくないですよ? 材料も貧弱ですし」

昼食の量自体は問題ではない。
もともとレイフォンは料理を多めに作ってしまう癖があるため、食べる人間が一人増えたくらいではさほど問題は無い。
しかし、普段宮殿で良い物を食べているアルシェイラには口に合わないのではないかと思ったのだが……

「いいのよ。 宮廷料理ばっかり食べてると、たまに家庭料理の味が恋しくなってくるものなのよねー。 それにレイフォンの料理は美味しそうだし」

「はぁ……」

「さっさと帰れ、くそ陛下」

「あーら何よリン、美味しい料理を独り占めする気? 卑しいわよ」

「お前がいると飯がまずくなる。 とっとと消えろ」

「こんな美人捕まえてなんてこと言うのかしら。 別にあなたが作ったわけじゃないんだからいいじゃない」

「ここは俺の家だ」

「はいはーい」

いい加減に応えながらも帰るそぶりは見せない。 彼女はすでに食卓についてスプーンを握っていた。
食卓といっても、この部屋にダイニングというものは存在しない。 やや広めのリビング以外には、寝室と小さなキッチン、それに風呂とトイレだけだ。
以前までくたびれたソファしかなかったそのリビングの中央に、つい先日レイフォンが何処からか調達してきた低い大きめの木製テーブルを置いて、その上に料理を並べていく。 そのテーブルも普段は壁際に立て掛けておいてあるため、それほど場所は取っていない。
そんな食卓で、女王は躊躇うことなく床に直接座りこんでテーブルの前に陣取っていた。 安アパートの薄汚れた一室(もっとも、ここ最近はレイフォンが掃除していたので、外観はともかくそれなりに清潔ではある)で、この都市の最高権力者が床に胡坐をかいて料理を待っている風景はかなりの違和感を伴ってしかるべきなのだろうが、何故かさほど不自然でもない。
レイフォンは苦笑しつつ部屋の隅に置いてあったクッションを拾い上げ、アルシェイラに渡した。 女王は、「気が利くわね」といわんばかりに笑みを浮かべてそれを受け取る。
そんな様子を女王の対面でテーブルにつきながら眺めていたリンテンスは、その不機嫌そうな顔をさらに渋くしていた。
料理を並べ終わったレイフォンが不思議そうに首を傾げながら、同じくテーブルについて食事を始める。 二人の姿に戸惑いながらも、料理を口に運ぶ動きに遅滞は無い。
食事中に口を開くのはもっぱらアルシェイラだ。 どうでもいい話からここ最近の出来事まで、ころころと話題を変えながら時折さも可笑しそうに笑う。 レイフォンはそれらに一々「はぁ……」と相槌を打ち、リンテンスは眉間に皺を寄せて聞いていない振りをしていた。 それでいて、時々女王の言葉に対して痛烈に毒を吐く。 しかしまるで堪えた様子の無い女王に同じく毒や皮肉で返され、結局は表情の不機嫌度合いをさらに深めて黙り込む。
そんな、決して和やかとは言えない一種奇妙な雰囲気の食事の後、アルシェイラは来た時と同じく嵐のように去っていった。





アルシェイラが王宮へと戻り後に残されたレイフォンとリンテンスは、先程までの騒がしさが嘘のように静まり返った部屋の中で普段通りの行動に移る。
すなわち、リンテンスは昼寝。そして一通りの家事を終えたレイフォンは、学園都市入学のための試験勉強を始めていた。
先程食事をしたテーブルに参考書などを広げてウンウン唸っているレイフォンを、リンテンスが時折横目で見やる。
しばらくして、勉強に疲れたレイフォンは教科書から顔を上げると、うーんと背伸びしながら立ち上がった。台所に行って水を飲み、一息吐いたところで不意に顔色を曇らせる。そしてリンテンスの方を窺い見ながら、どこか迷うようなそぶりを見せた。
リンテンスは何も言わず、ただレイフォンが何か言うのを無言で待つ。
急かされたように感じたわけでもないだろうが、結局レイフォンは思わずといった調子でリンテンスに問いかけてきた。

「僕は……間違っていたんですかね」

一月前から、漠然と感じていた疑問。

「間違っていたな」

それに対し、リンテンスは何の感慨もなさそうに即答した。

「人と都市を守るために存在するのが武芸者だ。 都市を守るために戦うことが武芸者の役目。 逆に言えば、それ以外は何もするなという意味でもある。 そういう意味で考えるなら、お前のやったことは間違い以外の何物でもない」

淡々と、それこそありふれた一般論を語るように、リンテンスは言う。

「都市の守護者として存在する。 それは正しいことだ。 武芸者の戦いは常に都市と人命を守るためのものであり、それ以外の理由・動機で力を振るうべきではない。 その考え方は、確かに正しい」

口から出るのは非の打ちどころが無いほどの正論。
しかし声音からは、決してリンテンス自身がそういった矜持を持って戦っているわけではないということを窺わせた。

「だが人というものは、正しいから満足するわけではない」

かつて別の人間に向けて言った言葉を、目の前の少年に向ける。
自分の故郷を見捨てたリンテンスを、同郷の者がなじった際に言った言葉だ。
都市と人命を守る。 確かにそれは正しいことだ。
だが、正しいだけであって、決して嬉しいわけではなかった。
どれほど正しい行いをしようとも、その結果としてどれほど物理的に恵まれようとも、どうしても満たされない物があった。
だから、故郷を出た。 だから、グレンダンに辿り着いた。
レイフォンもまた同じだ。
正しさだけでは満たされなかった。
武芸者として、ただ清く正しくあるだけでは、自分にとって最大の望みを叶えることはできなかったのだ。

「武芸者も人であることに変わりはない。 それぞれ異なる望みもあれば、信念もある。 全ての人が同じ理で動いているのではないのと同じように、武芸者もまた各々異なる理を以って戦い生きている。 だが、良くも悪くも武芸者の力とは都市にとって強大なものだ。個々の力がそれぞれ異なる方向に作用すれば、都市の存在が成り立たなくなるほどにな。 だから、一つの理念で縛ろうとする。 武芸者たちを優遇し、祀り上げることで、都市にとって都合のいいように動かそうとしているんだ」

逆に言えば、祀り上げられることに、優遇されることに価値を見出さない者たちにとっては、その正しさは暴力的なまでに厄介なのだろう。
その気になれば都市の支配者にすらなれたであろうリンテンスが、自都市を捨て、戦場を求めてグレンダンに来たのも同じことだ。

「人の行いの正しさを決めるのは、その行いを支持する人間が多いかどうかだ。 人間社会では、多数派の人間が支持することこそが正しいことであると認識される。 社会において武芸者が少数派である以上、そしてまた、武芸者が生きるためには一般人の存在が不可欠である以上、都市の守護者たることが武芸者にとっての正しいあり方となる。 そうすることで初めて武芸者は社会の一員として存在できるのだからな」

そこまで言って、リンテンスは口を閉ざした。
話し過ぎた、と思わないでもない。 それだけ、自分も過去を完全に忘れることができていないのだと自覚させられる。
天剣授受者リンテンス・サーヴォレイド・ハーデンはもともと外来の武芸者だった。
生まれ育ったのはグレンダンとは比べ物にならない、平和で、平凡で、どうということもない都市だ。
命を賭して守る必要なども無く、大した戦いも存在しない。 何年かに一度、成体の汚染獣が現れることもあったが、それすらもリンテンスにとっては相手にならないほど弱い存在だった。

彼が自都市を出たのは、極限の飢餓を感じたからだ。
リンテンスは戦いに飢えていた。 己の魂全てを注ぎ込めるような、絶望すら感じるほどの戦場を切に望んでいた。
それまで経験してきたのは、昂揚も緊張も無い退屈な戦いばかり。 練磨の必要すらも感じさせず、それこそ指先一つ動かすだけで全てが決するような戦場だけだった。
強さというものは、精神が弛緩したままでは維持することすら難しい。 必死に磨き上げてきた鋼糸の技が、使う場もなく錆ついていくことに、リンテンスは虚しさを覚えた。 何より自身の技が錆びることなど、武芸者として、戦う者としての己の心が許さなかった。
だから戦いを求めた。 自分の力全てを出し尽くせるような戦場を探して、リンテンスは故郷を出たのだ。
そしてグレンダンに辿り着いた。 自ら戦いを追い求め、汚染獣へと向かっていく、狂った都市へと――

故郷の壊滅を悲しむ気持ちは無い。
自分にとっては戦いへの欲求が全てだった。
どれ程の富があっても、どれ程の権力があっても。
どれ程の美酒を飲んでも、どんな美女を抱いても、己の心の奥底に満たされぬ思いがあったのだ。
だから何の躊躇いもなく故郷を捨てた。 どの道、リンテンスがいなくなった程度で滅びる様な都市なら、遅かれ早かれいつかは滅びていた。 それが数十年ほど早まっただけに過ぎない。

リンテンスは戦いに対し貪欲になれない武芸者を見下していた。 臆面もなくリンテンスに戦いを任せきり、己の非力を嘆くこともなく、安全地帯でのうのうと遺伝子タンクとしての役割を享受する。
戦う者としてこの世に生を受けながら、戦わないことを恥だとも思わない。 少なくとも故郷の武芸者たちはそんな者たちばかりだった。
しかしリンテンスには、そんなことはできない。 そんな者は、武芸者ではない。
だからこそ、都市を救えず死んでいったボロニアの武芸者たちに同情するつもりはなかった。
戦いを忘れたがゆえに滅びる武芸者など、いつまでも己の無力を嘆いていればいい。

だが、故郷の滅亡を知った時、自身の行いに対して思うところがあったのも確かだ。
戦う欲求が消えたわけではない。 だが、戦いへの欲望にひた走り過ぎて、自分の方こそ武芸者の本来の意義を忘れていたのではないかと、そう思った。
気負ってはいない。 ただ、やり方を間違えていたのだと……己が過ちを犯したのだと、自覚しているだけだ。
だから、試してみることにした。 一人の武芸者として、己が強くなることは当然としても、それ以外に何かやることが、できることがあるかもしれないと。

そうだ。
だからこそ、リンテンスはレイフォンを鍛えることにした。 そうすることで、何か見えてくるかもしれないと、そう思った。
だが、結局は何も見えない。 リンテンスが磨き上げた鋼糸の技は、リンテンス自身が死ねば消えてなくなる程度のものだったということだ。
所詮は……その程度か……
そこまで考えたところで、リンテンスは終わりの見えなくなりそうな思考を断ちきった。

「それじゃあ、やっぱり僕は……」

「お前は正しさが欲しかったのか?」

自嘲の言葉を吐こうとしたレイフォンをリンテンスが遮る。
基本的に人を寄せ付けない彼がこういうことを言うのは珍しい。レイフォンは不思議そうな目でリンテンスを見た。

「お前は自分の行いが正しいと思ったから、それをすることを決めたのか?」

その言葉に、今度は深く俯く。
話は終わりだとばかりに、リンテンスは再び視線を外すと昼寝に入った。
下を向いたままのレイフォンからは答えが無い。 リンテンスも、答えてくることを期待してはいない。
その問いに答えが出たのなら、それは自分の中だけで処理すればいいことだ。

























騒がしい食卓から数日後。
レイフォンは相変わらずリンテンスの部屋の片隅で参考書を広げている。しかし前日とは若干異なる風景が広がっていた。
まず部屋の中にリンテンスはいない。 代わりに、彼と同じく天剣授受者であり、なおかつ女王の側近兼影武者であるカナリスが傍に座っていた。
現在、リンテンスは任務で外に出ている。 今頃、汚染獣の老成体と戦っている所だろう。
しかしリンテンスがレイフォンを見張りという建前で居候させている以上、代わりの見張りが必要になる。
そこで、カナリスが女王の命でレイフォンの見張り役として来ているのだ。
ついでに学園都市入学のための試験勉強まで面倒を見てもらっている。
覚えの悪いレイフォンに対し、カナリスは嫌な顔一つせず、しかし感情の見えない表情のまま、淡々と作業をこなすように教えてくれる。

「おや、思ったよりも元気そうだね」

そこに顔を見せたのは、長い銀髪を後ろに垂らし、端整な顔に柔和な笑みを浮かべた優男風の男だった。

「サヴァリスさん……」

サヴァリス・クオルラフィン・ルッケンス。 優れた格闘術を伝える流派・ルッケンスの直系で、現天剣授受者の一人でもある男だ。
そして……レイフォンが斬ったガハルド・バレーンと同門の武芸者でもある。

「どうしたんですか? いきなり訪ねてきて。 門徒がやられた仕返しでも?」

「まさか。 単に様子見だよ。 君が落ち込んでるんじゃないかと思ってね」

サヴァリスは軽く肩を竦めると、本当に気にしていないといった様子で笑ってみせた。

「それに、あの試合のことなら気にしてないよ。 あれはただガハルドが弱かっただけ。 むしろ身内が君の立場を傷つけてしまったことを詫びたいくらいさ。 天剣を授けられるような実力者は希少だっていうのに、あんな雑魚のせいでそれを失うなんて、グレンダンにとっても大きな損失だ」

そう嘯くサヴァリスの顔には、しかし悲哀も無念も浮かんではいない。 今回の一件に関して、実際何も感じていないのだとわかる。
とはいえ今回の件に限らず、この男が復讐や報復といった動機で動くことがあるのかは甚だ疑問ではあるが。

「それに怪我だって自業自得だよ。 身の程もわきまえずに分不相応な望みを抱くから痛い目を見る。 その上右腕まで失ってしまって、もはや何の役にも立たなくなってしまった。
 ま、どうでもいいけど」

サヴァリスは言葉通り、心底どうでもよさそうに呟く。
それを見てレイフォンは不思議そうに眉を上げた。

「斬った本人の僕が言うのもなんなんですけど……同門の武芸者相手に冷たすぎませんか?」

「同門だろうと関係無いよ。 役立たずは役立たずだ。 それに、僕は別にルッケンスの流派そのものにさほど執着は無いからね」

サヴァリスは肩をすくめてみせる。

「僕が望むのは戦いだけだ。 己をただひたすらに鍛え上げ、強者と戦うこと。 それだけが僕の望みなんだよ。 たまたま最初に学んだ流派がルッケンスだっただけで、それ以上でもそれ以下でもない」

「はぁ……」

レイフォンには良く分からない考え方だった。
自分にとってサイハーデン刀争術とは、戦う技術であると同時に生き様であり、己の信念のあり方だ。
そしてそれ以上に、自身と養父を最も強く結びつける繋がりでもある。 だからこそ、レイフォンはサイハーデンを捨てたのだが。
もっとも、そういった繋がりを重視しないのは、何も彼に限ったことではない。 レイフォンにとって第二の師とも言えるリンテンスもまた、程度や感じ方の差はあれ、サヴァリスと似たような思考の持ち主なのだ。

「何にせよ、同門だろうとなんだろうとあの程度の男に興味は無いよ。 ま、ゴルの奴は結構世話になったみたいだけど、それだって僕にはどうでもいいことだしね」

ゴルというのが誰なのかレイフォンには分からなかったが、サヴァリスは構わず言葉を続ける。

「ましてや戦えなくなった武芸者なんて、それこそ僕にはどうでもいい。 同門じゃなかったら、名前すら覚えなかっただろう、そんな程度の存在だよ。
 汚染獣と戦えない武芸者なんてゴミ以下だ。 くその役にも立ちはしない。 そんな奴を記憶していたところで、何の意味も無いさ」

「…………」

その考え方で言えば、レイフォンはすでに役立たずということなのだろう。
地位を剥奪され、戦う理由と意志も失くし、己の腕を錆びるがままに任せようとしている今の自分は、武芸者として何の価値も無い存在ということか。
では、なぜサヴァリスはそんな無価値な存在の様子を見に来たのか。
あるいは、今尚無価値かどうか見極めに来たのか。

(………どっちでもいいか)

そう結論付け、レイフォンは勉強を再開する。
正直頭が痛いが、武芸者以外の道を探すと決めた以上、最低限必要不可欠な知識というものがある。
サヴァリスはそんなレイフォンをじっと観察した後、何を思ったのか、「ふむ」と一言呟くと踵を返して玄関に向かった。

「まぁ元気そうで何よりだよ。 今後色々と苦労するだろうけど、一般人の生活もそれはそれで楽しいかもしれません。 何はともあれ頑張ってください」

社交辞令のようにそう言うと、サヴァリスは部屋を出ていった。
レイフォンはそれを横目で見やってから、再び参考書に向き直る。
成り行きを傍観していたカナリスも、ようやく視線をレイフォンの手元へと戻した。
































さらに数か月がたった。今日はレイフォンがグレンダンを出る日だ。
猶予はまだ1月と少し残ってはいるが、放浪バスの数は限られている。出られるときに出ておかなければ、いつまでもその場に留まる羽目になるかもしれない。
ゆえに先日のうちに時刻表を確認していたレイフォンは、昨夜のうちに必要な荷物をまとめ、今朝リンテンスの家を出てきたところだった。
そして出立前、レイフォンはグレンダンの共同墓地に来ていた。
一言も発することなく、何も刻まれていない簡素な墓標の前でじっと立ちつくす。
孤児の墓に家名などは刻まれていない。生きている間は仮の姓を名乗ることもあるが、幼くして死んだ者は同じ境遇の者たちと一緒にまとめて葬られる。
他に人影のない墓地で、レイフォンは力無い表情のまま小さな無銘の墓標を見下ろしていた。

「……今日、グレンダンを出るよ。ここに来ることも、二度とないと思う」

ここにはいない誰かを思い浮かべながら、レイフォンは語りかけるように言葉を紡ぐ。

「寂しくないと言ったら嘘になるけど、心のどこかでホッとしているのも確かなんだよね。自分が将来どうなるのかはわからないけれど、全てを一から始められることに違いは無いんだし。少なくともここに居続けるよりは良いと思うんだ」

言葉通りその顔には寂しげな陰が浮かんでいた。
それでも、どこか重圧から解放されたような、微かに気が軽くなったような、そんな顔でレイフォンは続ける。

「今の僕を見たら、君は何て言うかな? 怒る? それとも、泣く?」

いや、そのどちらでもないだろう。
ただレイフォンの傍にいて、手を握っていてくれるだろう。
自分以外の誰かのために、どこまでも己を犠牲にする、そんな人だったから………
その時、レイフォンの胸に形容しがたい感傷のようなものが湧き上がった。
それは悲しみか……それとも痛みか……

「ぼくは間違ってたのかな?」

思わずもれた弱音に、自分で苦笑する。
これは数か月前にもリンテンスに対して問うたことだ。
そして最終的な結論は、自分で出したはずだった。

「いや……間違ってたかどうかなんてどうでもいいね。 大切なのは、どうしたいかだ」

再度、自分の問いに自分で結論付け、しばらくの間レイフォンは過去を思い起こすようにその場で俯き続けた。
自分は正しいと思ったから、正しくありたいからあんなことをしたのではない。
ただ自分にとって譲れないものが、何よりも優先すべきものがあっただけ。それを果たすために、結果として正しくない道を選んでしまったのだ。
失敗したとは思う。 だが今はもう、そのことに微塵の後悔も無い。
やがて顔を上げ、血の繋がらない大勢の家族達が眠る場所に背を向ける。

「それじゃ………さよなら………」

小さく紡がれた言葉を残して、レイフォンは共同墓地を後にした。
入口の脇に置いておいたトランクを手に取り、そのまま放浪バスの停留所へとい向かう。
外縁部に近付くに連れて、都市の足音が徐々に大きくなっていき、同時に停留所傍の喧騒までが耳に入ってきた。

「レイフォン様」

歩きながら時計を見て出発時間を確認していた時、ふと背後から声をかけられる。
振り向くと、そこにはレイフォンと同年代の少女がこちらを切実そうな目で見て立っていた。

「クラリーベル……様……?」

頭の横で結んだ長い黒髪に、一房ほどの白髪が混じった珍しい髪型。
まだ幼いが随分と整った、愛らしい容貌。
それは天剣授受者ティグリスの孫娘、クラリーベル・ロンスマイアだった。
彼女は放浪バスの停留所へと向かうレイフォンを真顔のままじっと見つめていた。

「どうしたんですか? こんなところで」

「もう戻ってはこないのですか?」

クラリーベルが、レイフォンの問いかけを遮るように言葉を重ねる。
やや面食らったものの、レイフォンはそれを苦笑気味に肯定した。

「都市外追放ですからね。 女王陛下が下した命令である以上、逆らうことはできませんし、逆らうつもりもありません。 それにレギオスは隔絶された空間です。 一旦外に出たら、元の場所に帰るのは簡単じゃありませんよ。 何より、グレンダンの人々がそれを望むとは思えません」

そこまで言って、再びレイフォンの頭に疑問が浮かぶ。
何故わざわざこんなところまで来てレイフォンに話しかけてくるのか。
彼女は王族だ。天剣授受者として王宮を出入りする内に幾度か顔を合わせる機会は確かにあったが、出立前に見送りに来てくれるほど交流があったわけではない。
共通点と言えば、年の近い……それでいて、年齢に見合わぬ実力を持っている、ということくらいだろうか。

「私はあなたより強くなってみせる」

そんなこちらの疑問をよそに、クラリーベルは強い意志のこもった目でレイフォンを見据えながら宣言する。

「あなたが武芸を捨てるのなら、すぐに追い抜いてしまうでしょう。 今の腑抜けたあなたなどより……いいえ、天剣だった頃のあなたよりもさらに強くなって見せます」

どこかでレイフォンが武芸を捨てるつもりだという話を聞いたのか、そんなことを言う。

「あなたが戻らないのなら、ヴォルフシュテインは私が戴きます」

「……頑張ってください。 クラリーベル様なら、できるかもしれません」

儚く笑いながら、レイフォンは言う。
クラリーベルは怒りを湛えた瞳で見つめていた。
やがて視線を下に逸らし、悲しげに言葉を漏らす。

「私に何かを強制することはできません。あなたに武芸を続けろなどという資格は、私には無いのでしょう。
 それでも……できるならば………」

そこから先は都市の足音にかき消されて聞こえなかった。

「………すみません。そろそろ出発時間なので」

そう言ってレイフォンは一礼してからクラリーベルに背を向ける。
彼女はもうそれ以上何も言わず、黙ってレイフォンを見送っていた。
背中に視線を感じながらバスに乗り込み、割り当てられた座席に腰を下ろす。
そうして、何とはなしにこれまでのことを思い出していった。

――見送りに来たのはさして交流も無い知人一人。

――家族との絆すらをも失い、たった一人で都市を出る。

今の自分の姿を自嘲するように口元を歪めながら、レイフォンは深く座席に座りこんで目を瞑る。
リンテンスは見送りには来なかった。 レイフォンが家を出る時も、彼はいつもと変わらずソファに寝転がったままだった。
アパートの部屋を出る際にちらりとこちらを見やっただけで、送り出しの言葉も無く。
レイフォンの「色々とありがとうございます。 お世話になりました」という言葉に対し短く「ああ」と答えただけで、あとはじっと天井を見上げていた。

養父も、見送りには来なかった。
おそらく言うべきことは昨日の夜に全て話したということなのだろう。
レイフォンも今更特に話したいことがあるわけではない。
兄弟たちと溝を作ったまま分かれることになってしまったことには多少思うところが無いでもないが、これ以上を望めなかったのも事実なのだ。
取り留めのない思考に捕われながら、レイフォンは出発したバスの揺れに身を任せる。

――目指すは、学園都市ツェルニ

「さよなら、皆」

これからのことに対し、胸の内で不安と希望をない交ぜにしながら、レイフォンは窓枠に頬杖を突いて思考の海に沈んでいった。




























他に誰もいない道場で一人正座していたデルクは、やがて静かに目を開いた。
昨晩、ようやく涙の止まったレイフォンを送り出した後、一人で再び道場に戻り、今に至るまでじっと座していたのだ。

(望むらくは、あの子の進む先に希望があらんことを……)

脳裏に浮かぶのは、昨夜の息子の姿。
あんなふうに二人きりで向かい合って言葉を交わすのは随分と久しぶりだったかもしれない。
5年前のあの日以来……天剣授受者となったレイフォンに武門を継ぐことを拒まれて以来、心のどこかでレイフォンを避けていたような気がする。
その後もお互い父子として接しながら、それでもどこか息子との間に壁を、触れ合うことに寂しさを感じていた。
息子が何故武門を拒んだのか、気付くこともなく。

だが、それももはやどうでもいいこと。
昨夜道場で言葉を交わした時、互いの間にあった壁は――デルクが一方的に感じていた壁は、消えてなくなったのだから。
レイフォンが同じく壁を感じていたのかまではわからない。 だが、それもきっと取り除くことができただろう。 あの時渡したサイハーデン流免許皆伝の証がそれを成してくれたはずだとデルクは信じている。
たとえ武芸を捨てることになったとしても、サイハーデンの教えが息子を守ってくれるはずだ。
そう、信じたい。

「そろそろ都市を出た頃か」

ふと、呟きが漏れる。
今日が出発であることは聞いていた。 だからこそ、昨日の夜に話そうと腹を決めたのだから。
今頃は放浪バスの中だろうか。 かつて武門に連なるものとしての責任感ゆえに自分にはできなかった旅をレイフォンがしているのだと思うと口元が綻ぶ。
デルクはレイフォンの見送りには行かなかった。
話すべきこと、伝えるべきことは昨日の夜に全て伝えた。 後をどうするのかは、息子自身が決めるべきことだ。
これから先、レイフォンには数多の苦労があるだろうが、息子は不器用なりに強い男だ。 年老いた自分などより遥かに強く、たくましい。 何も心配はいらないだろう。

(兄弟たちとも、いつかお互いに分かりあえる時が来るはずだ)

ただひたすら自分の手を離れた息子の幸せを願いながら、デルクは人のいない道場で瞑目し続けた。



どれほど時が経っただろうか。
ふと、道場の戸を控えめに叩く音が聞こえた。
午前中から人が訪ねて来るとは珍しい。
訝しげに思いながら、デルクは徐に立ち上がると道場の扉を開いて来訪者を出迎えた。

(おや?)

そこにいたのは三人の少年だった。 みな十歳にもなっていない、幼い子供だ。

「どうしたのかな?」

デルクは威圧感を与えないよう、腰をかがめて視線の位置を低めながら話しかける。
少年たちはお互いに顔を見合わせた後、一人が三人を代表して口を開いた。

「あの……この道場に、入門したいんですけど……」

入門希望者。
珍しくはあるが、まったくいないわけではない。
だからデルクも、これまでの通りに対応する。

「ここは道場だ。 入門希望ということならもちろん歓迎する。 ただ、君たちの歳だと、いちおう親御さんの同意がいるのだが……」

デルクの言葉に、子供たちは困ったように眉根を寄せた。

「えと、その……親はいません。 僕達、孤児で……」

聞いてみると、彼らは三人とも孤児であるという。
しかも全員が同じ孤児院というわけでもなく、別々の孤児院にいた武芸者の少年同士が集まってここを訪ねたらしいのだ。

「……そうか。 なら、そこの責任者……園長さんの同意をもらっておいで」

そこまで言って、デルクはなんとなく興味が引かれた。

「どうしてここに入門しようと思ったのかな?」

その質問に、再び三人は顔を見合わせると、今度は別の一人がそれに答えた。

「えっと……強く、なりたくて……」

「ほう。 どうしてだい?」

この言葉には二つの意味が込められていた。
どうして強くなりたいのか。 そして、どうしてこの道場を選んだのか、だ。
ただ単純に強くなりたいだけなら、もっと大手で栄えている流派で学ぶ方が一般的だろう。

「えと、義父さんに……園長さんに話を聞いて、それで………ヴォルフシュテイン卿が……レイフォン様が、心配しなくて済むように、と思って……」

「レイフォンが? それに話とは?」

訝しげに問うデルクに、少年たちはたどたどしく説明した。
レイフォンが、彼らのいた孤児院に多額の寄付をしていたということ。 その金を稼ぐために、闇試合に出ていたのだということ。
寄付先の孤児院の園長はレイフォンと顔を合わせていたらしい。 当然だ。 出どころの分からない金を寄付しても、相手に不安を与えてしまうだけだ。
その園長が、孤児たちに真相を教えたのだそうだ。 自分たちが、誰に救われていたのかを……。

デルクは事情を知らなかった自分を恥じた。 
レイフォンが家族を養うために大金を求めていたのは知っていた。 そしてそれ以外にも、金を必要としていたことも。
自分のいた孤児院を養うだけなら、天剣授受者としての地位があれば十分だったはずだ。 にもかかわらず、レイフォンはさらに多くの金を求めた。
レイフォンは決して利己的な人間ではない。 むしろ献身的で自己犠牲的と言ってもいいほどに重荷を背負い込むたちだ。
それがわかっていたからこそ、何故、闇試合に出てまで大金を求めたのか、後になっても面と向かって訊こうとはしなかったのだが……。
あの優しい息子が、罪を犯してでもなお金を求めた。 その理由が、今目の前にいる者たちなのだ。

「レイフォン様には、いっぱい助けてもらったから……なのに、レイフォン様だけが罪を負って都市を去ることになって……僕たちはあの人に何も返せなくて……。 だからせめて、これからは自分たちで孤児院を守れるようにしようって」

「だから……ここで強くなって、いつか天剣を手に入れて……レイフォン様みたいに皆を……家族を守れるようになりたいんです」

「……そうか」

デルクは後悔と喜びと寂寥と、そしてある種のすがすがしさを感じながら、それらを胸のうちに収め、少年たちに向かって優しく微笑んだ。

「よくわかった。 私に教えられることは全て教えよう」

やがて話を終え、帰路に着く三人を送り出す。
その背中を見送りながら、デルクは胸のうちで息子に語りかけた。

(お前のやったことは決して無駄ではなかったぞ。 お前がいなくなっても、お前の意志を継いだサイハーデンの子らが、きっとお前の守ろうとしたものを守ってくれる)

今の三人のうちの誰かが、将来本当に天剣を手に入れる日がくるかもしれない。
そんなことを考えながら、デルクはいつになく穏やかな気持ちで道場へ戻った。



























そしてさらに数カ月。
ツェルニ居住区の片隅、倉庫区の傍。

「ふう~~……。やっと帰ってこれた」

都市外での任務を終えてようやく帰宅したレイフォンは、アパートの自室に入ったところで投げ出すように荷物を下ろす。
そのまま倒れ込みそうな欲求になんとか耐えたところで、郵便受けに入っていた一通の手紙に気が付いた。
一目で長い旅を経てきたのだとわかるくらい多数の都市の印が押された、よれよれにくたびれた封筒だ。

(僕に、それも都市外からの手紙? 珍しい……)

首を傾げつつも封筒を手に取る。

「宛名は……父さん!?」

そこには確かにデルク・サイハーデンという名が記されていた。

(今更父さんが一体何の用で手紙なんか?)

レイフォンは疑問符を浮かべながらも封を開く。
そしてすぐに謎は解けた。封筒の中に納められていた手紙には、何人もの署名がしてある。
トビエ、ラニエッタ、アンリ……そこに記された名前は、どれもこれも知ったものだった。

(みんな……)

忘れるはずもない、兄弟たちの名前。
それは、レイフォンのいた孤児院で暮らす孤児たち全員からの手紙だった。
レイフォンは寝室まで移動し、ベッドの上に腰掛けてから、折り畳まれた手紙を慎重に開いていく。微かに手が震えるが、それでも、傷んでよれよれになったその手紙を破ることなく目の前に広げることができた。
こわごわと……しかしどこか縋る様な気持ちで、レイフォンは手紙を読み進める。
そして読んでいるうちに、涙で目が見えなくなってしまった。
『これからも心配はいらない』とか、『皆元気だ』とか、色々と書いてはあるが、目頭が熱くて内容が全く頭に入ってこない。
レイフォンの頭には、ただ三つの言葉だけが何度も響いていた。


『ありがとう』 と 『ごめんなさい』、そして …… 『また会える日を』


「ああ……」

思わず声を漏らし、レイフォンはベッドの上に倒れ込む。
目元を腕で隠すように顔を覆いながら、レイフォンは泣きじゃくった。
自分は失敗したのかもしれない。間違っていたのかもしれない。
それでも、彼のやったことは無駄ではなかった。
命だけでなく、心をも救うことができていた。
それだけが、レイフォンにとって何よりもうれしかった。






























あとがき

お久しぶりです。長いことお待たせして申し訳ありません。
公務員試験も終わり、就活も一番忙しい時期を過ぎたので、ようやく一息といったところでしょうか。
まぁ今度は定期試験が近付いているので、忙しいことに変わりは無いんですけど。自分の筆の遅さが憎らしい。

本編の続きを期待していた方々には悪いですが、今回は番外編というか、グレンダンが舞台の過去編です。微妙に廃都市編とも所々繋がりがあるような無いような。
主にツェルニに来る前のレイフォンのお話。 また、レジェンド一巻に出てきたリンテンスの過去にも言及しています。
それとレイフォンがグレンダンを出た後のサイハーデン道場と孤児院の様子も少し。 孤児たちは孤児たちで、レイフォンがいなくなって初めて自分たちの態度を反省し、後悔していたんじゃないかなと思います。

さて、次は4巻編に入りますね。 ハイアたちもようやく登場です。
また予定として、フェイランの出番が若干増えるかなと思います。



それにしても、一話でまとめようとしたせいで今回は結構な長さになってますね。お陰で見直しが大変だった。



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