頭痛がする。
カリアンは思わず額に手を当てて溜息を吐いた。
何故こうも連続して問題が発生するのか。 せっかく武闘会の効果もあって都市に賑わいが戻ってきていたというのに。
カリアンは疲れた顔で手の中にあった写真を机の上に投げ出した。
「それで、どうする? まずは小隊員達に知らせて対策を練ってから武芸科全体に布告するか?」
傍らにいるヴァンゼがカリアンに声をかける。
それに対しカリアンは、しばし黙考してから首を横に振った。
「その前に、まずは彼に相談してみようと思う」
カリアンの言う彼が誰なのか、すぐさまわかったのだろう。
ヴァンゼは若干表情に渋みを含ませる。
「何か言いたげな顔だね」
ここ最近の過労のせいで若干疲れた顔色をしながらも、カリアンが面白がるような声を出す。
しかし、ヴァンゼはあくまで渋い顔のままそれに答える。
「確かに言いたいことはあるが、どうせ言っても無駄だろう」
「何を言いたかったか当ててみようか?」
「言ってみろ」
「いくら実力的に上とはいえ、仮にもツェルニ武芸科の上位集団である小隊員を無視して、ただの武芸科の一生徒、それも今年入ったばかりの新入生にだけ先んじて事実を伝えて助力を乞えば、小隊員達の立つ瀬が無いと言いたいのだろう?」
ヴァンゼが顔の渋みをさらに強くする。
「よくわかってるじゃないか」
「ふむ、しかしそれを言うのが無駄だと分かったということは、私がその言葉に対してどう返すのかも分かっているということだろう?」
「長い付き合いだからな」
「実際、彼はこの都市の誰よりも多くの経験と知識を持ち合わせているし、それを最大限に活かすだけの実力もある。 再びこの都市に迫ろうとしている脅威に対しても、彼ならば対処するための最良の方法を考えてくれるだろう。 少なくとも、他の武芸科生徒よりはね」
カリアンの言う他の武芸科生徒には、ツェルニのトップである小隊員達も含まれているのだ。
いくら学園都市で上位とはいえ、熟練の武芸者から見ればアマチュアもいいところなのだろう。
それは前回の汚染獣戦の時に嫌というほど思い知らされている。
「君たち武芸者にしてみれば、武芸者としての誇りや名誉は命よりも大切なのかもしれないが、生徒会長である私にとって最優先すべきは都市の存続であり都市民たちの命だ。 君たちのプライドや面目を保つために、都市を危険に晒すわけにはいかないのだよ」
「それは俺も理解しているし、納得もしている。 ……あくまで理屈の上ではだがな」
憮然とした様子のヴァンゼを、カリアンはあくまで笑みを浮かべたまま眺めていた。
「うわっ」
赤い髪を跳ね散らしながら、相手が緩衝材の入った床に背中から倒れ込む。
派手な音が体育館の中に響いた。
「つぅ……」
「大丈夫?」
倒れた相手にレイフォンが手を差し伸べる。 ナルキはその手を掴んで起き上がった。
乱れた髪を直しながら、ナルキが苦笑気味に言う。
「しかし格闘術にはそれなりに自信があったんだが、まさか一本も取れないとはな。 少しばかり落ち込むよ」
「ナッキはできる方だと思うよ」
レイフォンは正直な感想を述べる。
実際、ナルキは一年生の中ではかなり上手な方だ。 体術だけなら上級生ともそれほど明確な差は無いとレイフォンは感じている。
ふと周囲の様子を見渡すと、ほとんどの一年生が三年生相手に、半ば一方的に打ち倒されていた。
今は武芸科のみの格闘技の授業だ。
複数のクラスの武芸科生徒が一緒になって、一年生と三年生の合同で授業を行っている。 基本的に一年生と三年生が組んで組み手をしているのだが、レイフォンだけは前回の武闘会で優勝したこともあって3年生たちが組むのを敬遠したため、この時間はナルキと組んでいた。
レイフォンが見る限り、一年生が三年生相手に勝っている姿は見受けられない。
と思っていると、一人の一年生が相手の三年生を床に叩きつけるところが見えた。
思わず意識がそちらへと向かう。
(あれは確か……)
長い黒髪を頭の後ろで結んだ髪型と、女の子と見間違いそうなほど端正で線の細い顔立ち。
その1年生の容姿には見覚えがあった。
「ん? あいつはレイとんと武闘会で戦ってた奴じゃないのか?」
ナルキもレイフォンと同じ方向を見て呟く。
「うん、確か予選で戦った記憶がある」
一年生の割にはなかなか強かったことを覚えている。 名前は確かフェイランとか言っていただろうか。
レイフォンが見ていると、彼は立ち上がった相手の三年生と再び組み手を開始した。 しかし相手の三年生はやや頭に血が上っているようだ。
フェイランは無駄の無い身のこなしで相手の攻撃を巧みに捌き、流れるような動きで打撃を打ち込んでいく。 その姿は一種の舞いのように華麗に見えた。
再び三年生が床に押さえ込まれるのを見て、ナルキが感心したように呟く。
「すごいな。 レイとん以外にもあんな奴がいるなんて」
レイフォンも素直に感心する。
実際、一年生とは思えないほどの腕だった。
「よし、こっちもそろそろ再開するか。 この時間中に少なくとも一本は取ってやる」
それに感化されたのか、ナルキが先程よりもやる気の滲む声で言う。
それに苦笑しながら、レイフォンも向かい合って構えた。
「きみ、ちょっといいかな?」
しかし、いざ始めようか、というところで後ろから声をかけられる。
振り向くと、そこには見知らぬ三年生がいた。 それも3人だ。
さらに、その三人の背後に数人の一年が囲むように立っている。 一年生の方はレイフォンに対して好奇の目を向けていた。
それに対して三年生の方は……顔つきや態度はともかく、纏う空気はあまり友好的とはいえなかった。
「なにか御用ですか?」
訊ねつつも、この種の空気には覚えがあった。 かつてグレンダンにいたころ何度も経験したものだ。
この後に起こることへの予感から、レイフォンの表情から感情が薄れていく。
「実は僕たち、先日の武闘会を観戦していてね、君の活躍にとても感動したんだよ。 それで、よければ僕たちに少しばかり手ほどきしてもらえないかと思ってね」
友好的かつ紳士的な口調や態度ではあるが、その裏に隠れた悪意や侮るような空気は存分に伝わってきた。
そしてレイフォンがそれに気付いていることも分かっているだろう。 あえて気付かせて、こちらを挑発しているのだ。
こういった手合いはグレンダンで慣れたものだった。
幼くして頭角を現し、幼少のころから様々な試合に出場して優勝していたレイフォンは、グレンダンでも随分と名の通った武芸者だった。
当然、そんなレイフォンに対して他の武芸者が抱く感情は限られてくる。
年少者であるとことへの見下し、自分でも勝てるのではないかという侮り、そしてそんな子供に追い抜かれているということへの嫉妬。
そんな感情を持った連中は一様にレイフォンに戦いを挑んできた。
「構いませんけど………三人同時に、ですか?」
「む……」
そしてレイフォンもまた、そういった輩への対処は一様であった。
すなわち、相手の挑戦を受けて立つこと。
言葉を濁してこの場をごまかしたところで、この手の輩は後を絶たない。 次から次へと、同じような連中が現れるだろう。
それこそキリが無いくらいに。
ならば力づくで分からせてやるべきだ。
そうすれば、少なくともこの三人は今後挑戦してこなくなるだろう。
「僕は三人相手でも問題ありませんけど」
このままでは前置きが長くなりそうだったので、あえてこちらから挑発してやる。
こういうことは、早めに終わらせるに限る。
予想通り、相手を軽んじるようなレイフォンのセリフに、三人の機嫌は目に見えて悪くなった。
「いいのかい?」
「その方が手早く済みますし、いちいち一人ずつ相手するのは面倒ですから」
「きみ、剣は持ってないみたいだけど?」
先程声をかけてきた真ん中の一人が引き攣った笑みで聞いてきた。
やや怒りを隠せなくなってきた相手に、レイフォンはあくまで淡々と答える。
「今は格闘技の授業ですし、なくて当たり前です」
「大した自信だね」
相手は怒りながらもあくまで紳士的な態度を保とうとする。
「自信ではなく、事実です。 それに剣なんて、あなた方相手では、あってもなくても大した違いはありません」
が、レイフォンはあえて挑発し、怒りに油を注いだ。
それで我慢が限界に達したのだろう。 三人は隠しようもないほどの怒りを表情に滲ませた。
「……わかった」
彼らの怒気を感じ取ったのか、周囲の野次馬たちが息を飲む。 ナルキもレイフォンから距離を開けた。
相手の三人は、それぞれレイフォンの正面と左右に移動する。
レイフォンは構えるでもなく、悠然と立ったまま一歩だけ後ろに下がり、三人が視界に収まるようにした。
「では……」
正面の一人が呟いた瞬間、左右の二人が同時に動いた。
「いくぞ」
言い終わる頃にはすでにレイフォンの至近まで迫っている。
内力系活剄による肉体強化。 二人は霞むような速度をもって、左右から挟み打つようにレイフォンへと肉薄した。
レイフォンから見て右から胴を薙ぐような蹴り、左から頬を撃ち抜く弾丸のような拳打が放たれる。
その同時攻撃に冷静さを失うこともなく、レイフォンは素早く持ち上げた膝で蹴りを受け止め、僅かに上体を後ろに反らすことで拳打を回避した。
さらに眼前を通り過ぎた拳打を左の手刀で側面から打ち据える。 体が泳いで体勢を崩した相手の首筋に、即座に翻した手刀を打ちこんだ。
間髪入れずに持ち上げた膝から凄まじい勢いで右脚を跳ね上げ、蹴りを放ったもう一人の腹に、今度は自分から強烈な蹴りを叩き込んだ。
「がっ」
「ごふっ」
わずか一瞬の攻防。
ほぼ同時に、二人が床に崩れ落ちた。 一人は昏倒し、もう一人は床で悶絶する。
レイフォンは倒れた男たちの姿を意に介することもなく、二人と時間差をおいて向かってきた三人目を迎え撃った。
正面の一人は顔を驚愕に歪めている。 あっという間に仲間が倒されたのが信じられない様子だ。
しかし今更止まることもできず、その男はこちらに向かってくる勢いのまま拳打を放った。
対してレイフォンは、真っ直ぐに放たれた拳を腕で逸らしつつ、半回転しながら相手の懐に入る。
そしてその円運動の勢いのまま、相手の鳩尾に強烈な肘鉄を打ち込んだ。
「ぐっ」
かすかな呻き声と共に三人目も床に崩れ落ちる。
わずかの間の静寂の後、わっ、と一年生たちから歓声が上がった。
レイフォンはほっと息を吐くと、無表情になっていた顔を緩めた。
「いや~すごかったらしいね、レイとん。 三年生を三人同時に相手して勝つなんて、流石はツェルニ武芸科のナンバーワンだね」
昼休み、いつもの面子でメイシェンの作った弁当を囲んでいた時、ミィフィが興奮したように言った。
どうやら体育の時間に起きた一件のことを言っているらしい。 一体全体どこで知ったのか、相変わらず耳が早い。
「? 何かあったの?」
こちらはその話を知らなかったのか、疑問符を浮かべたメイシェンがミィフィに訊ねた。
ミィフィが嬉々とした様子でメイシェンに説明する。
「今日の武芸科での体育の時間なんだけど、三年生が武闘会で優勝したレイとんをやっかんで絡んできたらしいんだ。 組み手の時間だったから、名目上はあくまで手合わせって言ってね」
「へぇ」
「そんでもってレイとんが三人同時に相手したんだけど、これが圧倒的だったらしくって。 あっという間にその三年生全員がのされちゃったんだって。 一緒に授業出てた武芸科生徒の間ですごい評判。 いや~、わたしも直に見たかったなー……」
「あれは、少し感心しないな」
「え?」
と、ミィフィが話していたところに、ナルキが横槍を入れるように口を開いた。
「あの時の、レイとんの三年生に対する態度だ」
「……えっと?」
何か悪かったのだろうか。
「まるで挑発している風だったぞ」
「ああ、うん」
実際、挑発していた。 それも意図的にだ。
「もっと他にやりようや言いようがあったんじゃないか?」
「あー…、そうかな? あんまり考えた事無かったけど」
「たとえば相手するにしても一人ずつにするとか、仮に三人同時でも相手からそう言わせるとか。 あれではレイとんの方が悪者みたいだったぞ」
確かにそうかもしれない。
自分より弱い者を挑発して、憤って向かってきたところを上から潰す。 傍から見ればそういう傲慢な態度だったかもしれない。
レイフォン自身としては、別に相手を馬鹿にするつもりで挑発したわけでも、恥をかかせるために打ちのめしたわけでもなかったが。
ただ単に、面倒だっただけだ。
ああいった嫉妬や僻みに対して真面目に相手してやるのが億劫だった。
相手の口上を省くために挑発したのであり、三人同時に相手したのも長引くのが嫌だったからだ。
他人からどう見られているのかを、あまり気にしていなかったというのもある。
「あんまりそういうこと気にしたことなかったからね。 ああいうのはグレンダンにいた時もよくあったし」
グレンダンにいた時も、ああいった嫉妬や侮りの混じった挑戦をしてくる者たちは大勢いた。
そしてレイフォンはその悉くを受けて立ち、打倒してきた。 口で丸めこむのは苦手であったし、力づくで解決した方が手っ取り早かったからだ。
それに、ああいう手合はキリが無い。 いくら言葉を濁して争いを避けたところで、次から次へと現れる。
そんな連中を一々真面目に相手するのはひどく馬鹿らしい。
「それに挑発されたら乗ってやるのがグレンダンの武芸者の流儀でもあったからね。 挑まれたら受けて立つ、侮られたら叩き潰す、二度とデカイ口は叩かせない、っていうのがグレンダン流だし」
実際グレンダンでは、大抵の武芸者は挑発された時、それを無視することなどできない。
武芸者として、侮られることは不名誉であるだけでなく不利益でもあるからだ。 自身の流派の評判が落ちれば、武門を背負う者にとっては死活問題でもある。
また、それぞれが自分の実力に相応の自信があり、プライドがあるからこそ、他者から軽視されることは我慢ならない。
強者たらんとする者は、弱者として見られることが許せないのだ。
グレンダンでトップクラスの実力者たちでさえ、挑発されればそれを無視することなどできない。 挑発を受け流して余裕を見せつけるよりも、挑発してきた相手の鼻っ柱をへし折る方を選ぶ。
戦闘はあくまで手段であると割り切っているレイフォンもその例外ではない。 名誉にも風評にも興味はないが、長年厳しい修練を積んできた、そして多くの実戦経験を経てきた者としての自負がある。
ゆえに、侮られることも見下されることも許容することなどできはしない。
「それならそれで別に良いんだがな。 あんな風に喧嘩売られて、力が信条の武芸者に大人しく引き下がれというのも酷だと思うし、わざと負けてやれなんて言うのは論外だ。 ただ、受けて立つにしてももう少し周囲に気を配った方がいいと思うぞ。 レイとんにとっては他人の風評なんてどうでもいいのかもしれないけど、周りにいる者は多少、困ることになるかもしれない」
そう言ってナルキがメイシェンを見た。
「わ、私は気にしないよ」
メイシェンが慌てて否定する。
だが、確かにレイフォンの行動は周りを顧みな過ぎたように思う。 目の前の問題を解決することを優先して、その後のことを全く考えていなかった。
「うん、ごめん。 考えてなかった」
だが、ここはもうグレンダンではない、実力だけが物を言う場所ではないのだ。 軽率な行動は、自らの立場を危うくしかねない。
それに自分はここに、学園都市に、新しい生き方を探しに来たのだ。
ならば今までのような力任せの方法ばかりではだめなのだろう。
レイフォンの力は、武芸の本場グレンダンにおいてさえ危ういものだった。
普通の都市、それも未熟者ばかりが集まる学園都市ならば尚更である。
自身の状況や立場を常に考えて行動しなければ、グレンダンの時よりも容易く居場所を失いかねない。
「まあ、レイとんが悪いわけではないからそんなに気に病む必要はないんだけどな。 ただ、これからはもっと後のことも考えた方がいいと思うんだ。 あたしも、友達が周りに悪く言われるのはあまり良い気分じゃないからな」
「うん、ありがとう」
レイフォンは素直な気持ちでナルキに礼を言った。
「ま、別に悪いことしたわけじゃないんだしさ、今回のことはあまり気にしなくてもいいと思うよ」
「うん、レイとんが気にすることない」
「……ありがとう」
礼を述べると、メイシェンが真っ赤になって俯いた。
それにこれは自分個人だけの問題ではない。 レイフォンがまずい事態に陥れば、この場の友人たちにまで害が及ぶ可能性すらあるのだ。 それだけは避けたい。
自分一人のリスクならばどうとでもなるが、彼女たちまでそんな目に遭わせるわけにはいかない。
レイフォンはかつての失敗を改めて胸に刻みながら、心中で独りごちた。
と、ここでナルキが話題の矛先を変える。
「ところで話は変わるんだが、前に言ってた都市警の仕事、今夜なんだけど大丈夫か?」
言われて、すぐに思い至る。 先日、ナルキに頼まれて都市警の臨時出動員として登録していたのだ。 近いうちに荒事があると聞いていたが、それが今夜になるらしい。
「うん、大丈夫だよ。 特に予定はない」
「そうか。 それじゃ、放課後あたしと一緒に来てくれないか? その時に詳しい説明をするから」
「ん、了解」
レイフォンは頷き、しばらく手つかずだった弁当箱に手を伸ばした。
放課後、レイフォンがナルキに連れられてやって来たのは都市警察のオフィスだった。
中に入ったところで、こちらに気付いた一人の男が笑みを浮かべて近付いてくる。
「やあ、初めまして。 俺はフォーメッド・ガレン。 養殖科の五年で、都市警察強行警備課の課長をやっている」
名乗った男を見て、レイフォンは内心で首を傾げた。 その男の外見が、とても学生には見えなかったからだ。
背はあまり高くないが、がっしりとした体つきに大工か鍛冶屋と見紛うほどの太い腕、さらにその顔はやや厳つく、本人が口にした学年よりもはるかに老けて見える。 ぱっと見30代と言われても納得できそうな顔立ちだった。 学年からして、実際は二〇歳前後といったところだろうが。
とっつきにくそうな顔をしているが、根は悪くなさそうだとレイフォンは思った。
そんな心中を吐露することなく自分からも名乗る。
「レイフォン・アルセイフ。 武芸科の一年です」
「ああ、噂は聞いている。 今日は突然呼びだしてすまなかったな。 実は今、厄介な案件を抱えてるんだが、ちょいと人手不足なもので、君の力を貸してほしいんだ」
「わかってます」
「ではこれから詳しい説明をさせてもらう。 ナルキ、資料を持ってきてくれ」
ナルキが手渡した書類を見ながら、フォーメッドが説明を始めた。
「君には今夜行う捕り物を手伝ってもらいたい。 相手は都市外から来たキャラバンの一団だ」
言って、レイフォンに書類の中の一枚を渡す。 そこには今回の捕縛対象に関する情報が載っていた。
相手は二週間ほど前からツェルニの宿泊施設に滞在しているという、碧壇都市ルルグライフに籍を置く流通企業ヴィネスレイフ社のキャラバン――都市間を移動して商売を行う集団――だ。 このキャラバンは主に都市間での情報の売買を行っているらしく、ここツェルニでも、いくつかデータのやり取りをしたらしい。
だが、彼らの目的はそれだけではなかったのだ。
「キャラバン? その人たちが何をしたんですか?」
「情報窃盗だよ。 一週間前に農業科の研究室が荒らされる事件が起きたんだが、その際農業科のデータバンクに不正アクセスの痕跡が確認されたんだ。 しかも持ち出されたデータは未発表の新種作物の遺伝子配列表。 学園都市連盟での発表前の、これは立派な連盟法違反だ」
「でも、彼らが犯人だという証拠は?」
データチップは非常に小さい。 最小で爪ほどの物なのだ。
隠す方法なんてそれこそ無限大にある。 しかも、そのキャラバンが商品として扱っているのもデータだ。 彼らが持っていたとしても、証拠品を見つけ出すのは困難となるだろうと予想される。
「証拠ならある。監視システムの方も沈黙させられていたが、機械はごまかせても生の人間の目はごまかせない」
つまり、目撃者がいたのだ。
「今夜、うちの交渉人があの宿泊施設に出向き、盗んだデータの返還、そしてデータコピーによる不正持ち出しを防ぐため、データ系統の商品と所持品の全没収を宣言しに行く」
それぞれの都市に法律があり、その拘束力は実際に適用される都市内でしか効力が無い。
そしてツェルニには犯罪者を長く拘置する刑務所の類は無い。 学生が罪を犯した場合には停学か退学の二択しかなく、宿泊施設を利用するような異邦人には都市外退去が執行される。
加えて、今回のように企業、あるいは何らかの団体が絡んでいる場合には、その団体が居を置く都市政府とその団体に報告を行うぐらいしかできない。
その都市で犯罪者たちに新たな罰が下されるかどうかは、こちらが干渉できることではない。
だが、都市は放浪バスでもない限りは閉鎖された場所だ。
さらに犯罪者が異邦人ときては逃げ場などあるはずもない。大抵は無駄な抵抗も無く都市警の指示に従う。
下手に抗って死刑や都市外への強制退去……すなわち、むき出しの地面に投げ出されるよりははるかにいい。
二度とその都市に近づかなければ、罪は消えてなくなるのだから。
だが……
「本来ならこれで上手くいくんだが、最悪のタイミングで放浪バスがやってきた」
フォーメッドが表情を苦く歪ませる。
基本、放浪バスというものに定期的な到着時間はない。 おのおの自由に移動する都市間を渡るのだ、スケジュールなど組み立てられるはずもない。 目的地へ向かうバスに乗るために、一月待つことさえある。
しかし、今回に限ってはかなり間が悪い。
「出発は?」
「補給と整備に三日、手続き等で管理の連中に時間稼ぎさせてみたが、明日の早朝には出てしまう」
退路があるとわかっていれば、向こうも力づくで脱出を図ってくるだろう。
「今夜が勝負というわけですね」
「ああ……目撃者の発見が早ければもう少し余裕があったかもしれんが、今更悔やんでも仕方ない。 問題は、実力行使になった際の向こう側の戦力だ。 武芸者の数は把握できていないが、零ということは絶対にないだろう。 ああいう団体は護衛として武芸者を何人か連れているのが常だからな。
だが、いま都市警にいる武芸科の連中で対人の実戦経験がある奴は希少だ。 生身の人間と本気でやり合うとなったら、少々荷が重いというのが正直なところだ」
「それで僕を?」
「まあ、そういうことだ。 本当はこういう時、小隊員の力を借りられれば一番手っ取り早いんだがな。 何せあいつらは普段から対人戦を想定した戦闘訓練を積んでいるし、対抗試合で集団戦も経験している。 純粋な腕前だけなら、プロの武芸者にだってそうそう引けを取らない奴もいるくらいだ」
「? それなら僕じゃなくても、小隊の人達に協力を要請すればよかったんじゃないですか?」
「それができれば幸いだったんだがな。 生憎と連中はこういうことには消極的でね。 めったに協力なんかしてくれんのだ」
「え?」
さらに疑問符を浮かべるレイフォンに、フォーメッドは話を切り上げるように声を高めた。
「とにかく、今夜はよろしく頼むぞ。 学生の成果を横からかすめ取るような連中を、みすみす逃すわけにはいかんからな」
そう言いきると、次は今回の捕り物の段取りについての説明に入った。
そして今、レイフォンたちは夜空の下、あるビルの上から宿泊施設の中の1つ、例のキャラバンが滞在している宿を監視していた。
ここは外縁部の一角にある、宿泊施設の集合している場所だ。 近くには放浪バスの停留所があり、都市外から来た旅人や商人たちは、次の放浪バスが来るまでここで寝泊まりするのが原則となっている。
都市内はあくまで学生たちの物であり、旅人達の自由はある程度制限されるのだ。
「すまん」
ビルの上から下を見下ろしながら、ナルキがぽつりとそう言った。
「なに?」
「こんなことを、お前に頼んで」
「別に、僕がいいって言ったんだから」
「だが、これは卑怯な交渉だ。 あたしという知人を使って……」
生真面目なナルキらしい、などと考えながらも、目は監視対象から離さない。
眼下では、宿泊施設の周囲に隠れるようにして都市警の機動部隊が配置され、二人組の交渉人が宿泊施設へと向かっていくところだった。
「ナッキが気にすることないよ。 給料だって出るんだし、それにナッキ達には普段から何かと世話になってるし、こういう時くらい頼ってくれた方が僕としても気が楽だよ。 人に頼りっぱなしなのは好きじゃないし」
「でも、仮にも武闘会で優勝したレイとんにこんなこと頼むのは、どうも……な」
「? 別に優勝とか、そんなこと仕事と関係無いと思うけど」
「そうか? レイとんは知らないのかもしれないけど、普通、小隊員は都市警の臨時出動員なんて仕事受けないんだ。 エリートのやる仕事じゃないって。
あたしの都市でも、警察とか治安維持に当たる武芸者は大抵、交叉騎士団とかと比べると低く見られるしな」
交叉騎士団というのは、交通都市ヨルテムにおいて都市防衛の主軸を担う、いわゆるエリート集団なのだそうだ。
彼らは大概、プライドが高くてエリート意識が強く、都市警などに所属する武芸者を見下す傾向にあるらしい。
そういえばフォーメッドも、小隊員はこういう仕事に消極的だと言っていた。
レイフォンは小隊員ではないが、実力的には小隊員よりも上にいる。 だからナルキは気を揉んでいるのだ。
都市警の仕事などを頼むのは、レイフォンのプライドを傷つけるのではないかと思っているのかもしれない。
しかし、理由は聞いてもレイフォンには納得できなかった。
「それはおかしなことだよ。 力は必要な時に必要な場所で使われるべきだ。 小隊員の力がここで必要なのなら、小隊員はここで力を使うべきだよ」
レイフォンははっきりとそう言いきる。
「レイとん……」
「そもそも小隊員とか交叉騎士団っていったら、言うなれば権力に与する武芸者のはずでしょ。 そんな人たちが力の使いどころの好き嫌いを語るのはおかしいよ。 ああいう人たちは、政府側の方針や指示に従う代わりに色んな権限や手当を受けているはずなんだから。 なのに戦いを選り好みするなんて、そんなの許されることじゃないと思うよ」
あくまで戦う土俵を決めるのは上の仕事であり、小隊員は都市の決めた場面で戦うべきだ。 レイフォンはそう言っているのだ。
でなければ、組織としての意味が無い。
レイフォンの淡々とした、しかし厳しい言葉に、ナルキは口を噤む。
「大体、小隊員が他の武芸科生徒と比べて色々と優遇されているのは、決して強いからじゃない。 有事の際に、誰よりも力を発揮することが期待されているからだよ。 報奨金や援助金、それに尊敬や名誉は、自身の義務と責任の対価のはずだ。
強さは武芸者の存在価値だけど、決して存在意義じゃない。 実力があっても都市を守ろうとしない武芸者に存在する意味はないし、そんな人は武芸者とは呼ばないよ。 たとえばツェルニに来たばかりの頃の僕とかね」
最後だけ、自嘲するような、やや冗談めかした言い方だった。
実力主義が信条の武芸者とはいえ、強さだけがその立場を保障している訳ではない。
強者の特権があるのなら、同じく、強者の責任というものがあるはずだ。
強いからではなく、その強さを必要な場で存分に振るうことが義務付けられているからこそ、強い者はその立場を保障されているのだから。
責任を果たさずして権利や立場だけを振りかざすのは、いかにも滑稽で愚かなことだろう。
武芸者としての誇りや矜持など持たないレイフォンだが、それでも、責任ある立場にいた時は自身の役目を忠実にこなしていた。
「治安維持だって都市を守るための大切な仕事だよ。 本気でこの都市を守りたいって思っているのなら、自分のやるべきことじゃないなんて言えないんじゃないかな」
そこまで言って、レイフォンは口を閉じた。
ナルキはしばらく呆気にとられていたが、やがてその顔に微笑が浮かぶ。
「成程な。 確かに、お前の言う通りだ。 都市の治安を守るのも、武芸者の重要な仕事の一つだな」
当然だよ、とばかりにレイフォンが頷いた時。
突然、眼下で動きがあった。
激しい音と共に件の宿泊施設のドアが吹き飛び、その破片に紛れるように交渉人役の二人が転がり出てくる。 負傷したらしく、衣服がところどころ朱に染まっていた。
そしてドアの破片を蹴散らしながら、五人の男が建物から出てくる。
書類に書かれていたキャラバンの人数は五人。 つまりはあれで全員だ。
その中の1人が手に古びたトランクを持っている。 あれの中に例のデータチップが収められていると見て間違いないだろう。
レイフォンは表情を引き締め、慎重に五人を観察する。
「どうだ?」
「五人ともだ」
「全員?」
「うん。 しかも、けっこう手練だ」
レイフォンの目には五人の体の中で走る剄の輝きが見えていた。
ナルキには見えていないようだが、それでもレイフォンの言葉を疑うことはない。
「まずいな。 施設を囲んでる機動隊員で武芸者は五人、数は同じだが……」
「うん。 急いだ方がいいね」
話している間に、施設の周りでは機動隊員たちが警棒を構えてキャラバンの五人を囲んだ。
「抵抗するな!」
隊長らしい生徒が叫びつつ、武芸者の五人を前に出す。
こちらの五人が顔に緊張を浮かべているのに対して、キャラバンの五人はどこか悠然とした様子で機動隊員たちを眺めていた。
余裕を感じさせる挙措で、その手を腰の錬金鋼に掛ける。
「先に行くよ」
「頼む」
ナルキに声をかけ、レイフォンはその場から飛び降りる。
レイフォンが地上に落ちる僅かな間に、キャラバンの五人が錬金鋼を復元し、機動隊員に向かって疾走した。
五人が手に持っているのは剣に槍に曲刀と、近接戦用の武器ばかりだ。
相手の構えた武器の鈍く光る刃を見て、機動隊員たちの間で緊張が高まる。
ツェルニでは基本的に、武器には殺傷力を抑える安全装置が取り付けられている。 学園都市では人死にの出ない戦いを心掛けているからだ。
だがそれは裏返せば、学園都市の大半の武芸者が本当の刃のついた武器を相手に戦った経験が無いということを意味している。
都市警の面々が手にしているのは全員が打棒だ。
対する相手の武器はどれも、実際に肉を切り骨を断つことのできる刃がついている。
加えて切れる刃と相対したことのない学生と、自分の命のかかった戦いを経験したことのあるキャラバンの武芸者とではやはり動きが違う。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
迫る白刃から身を守ることに意識が向かい、動きが硬くなる。
恐怖に強張った体では普段の半分も実力が発揮できず、その動きは隙だらけだった。
機動隊員たちは簡単に隙を突かれ、次々と無様に地べたを舐める。 程度や場所こそ違えど、わずかな間に機動隊員の武芸者全員が怪我を負っていた。
「流石は学園都市。 武芸者も未熟なヒヨッコばかりだ」
嘲るような台詞を吐き捨て、放浪バスの停留所に向かって再び走り出す。
そこに、レイフォンが降り立った。 丁度、キャラバンの男たちの行く手を遮る位置だ。
五人は飛び入りのレイフォンに警戒の目を向けながらも、足を止めることはしない。
レイフォンは剣帯から錬金鋼を抜き、復元させた。
その手に、鋼鉄錬金鋼製の刀が現れる。
緩やかに刀を構え、次の瞬間、横をすり抜けようとした五人に刀を一閃した。
すぐ近くにいた二人が跳躍することでその一閃を躱す。
しかしレイフォンの狙いはもとより人ではない。
「あっ……!」
ゴトリという音と共に、取っ手を切られたトランクケースがレイフォンの足元に転がった。
突然手の中が軽くなったことに驚いた一人が声を上げる。
レイフォンは素早くトランクケースを後ろに蹴り、機動隊員たちの足元まで滑らせた。
「貴様っ!」
キャラバンの五人が全員、足を止める。
どうやら、あのトランクケースに目当てのデータチップが入っていると見て間違いなさそうだ。
「泥棒は感心しないよ」
短く言うと、五人が無言でレイフォンに殺到した。
三人が先行し、残る二人が時間差で後を追う。
対して、レイフォンは刀を構えたまま、悠然と敵の動きを見据えていた。
至近まで迫り、先方の三人が手に持った武器を振るう。
刃が閃き、鋭い穂先が突きこまれた。 反応もできずに切り裂かれ、貫かれたレイフォンに、一瞬、三人の顔に笑みが浮かぶ。
が、すぐさまその笑みが凍りついた。
先程まで確かにいたはずのレイフォンの姿が、霞むように掻き消えたのだ。
内力系活剄の変化 疾影
三人が攻撃したのは偽りの気配だ。
その気配に惑わされた三人とすれ違うようにして、レイフォンは後方の二人へと向かっていた。
「う、うわっ」
「なっ」
突然、隣に現れたように見えたレイフォンの姿に、並走していた後方の二人は僅かに混乱する。
その二人の中間地点で、レイフォンは素早く刀を一閃させた。
サイハーデン刀争術 円礫
レイフォンを中心として衝剄が全方位に放たれ、二人が吹き飛ばされる。
先行していた男たちが、そこでやっと後ろに回ったレイフォンに気付いた。
慌てて振り返り、倒れた二人の仲間を見て驚愕する。
残るは、三人。
いや……
「お、おいっ!」
先行していた三人の内の一人が、声も上げずに崩れ落ちた。
仲間が慌てて声をかけるが、気絶したのかまるで反応が無い。
外力系衝剄の変化 針剄
円礫を放った際、同時に凝縮された衝剄を後方へと撃ち出していたのだ。
まさしく針のごとく個体へと凝縮された剄の塊は、先行していたうちの一人の後頭部を強打し、昏倒させていた。
これで残るは、二人。
「お、お前……一体……」
相手の思わず零れたような言葉には一切答えず、レイフォンは再び動いた。
霞むような速度で地を蹴り、一瞬で残った相手の懐に入り込む。
「動くな」
一人の男の首筋に刀を当て、冷たい声で呼びかける。
もっとも、言われなくともすでに相手の抵抗の意思は消え失せていた。
男が先程まで手に持っていた剣はすでに剣身を失っている。 首筋に刀を押し当てられた男の横で、もう一人がゆっくりと倒れた。
男は動けない。 動くなと言われたからではなく、目の前で起きた事が信じられないという驚愕と、過去に見た事もないほどの強者に対する恐怖からだった。
レイフォンがやったことは単純だ。
残った二人に素早く接近し、一人を刀の一撃で昏倒させる。 そしてそいつが倒れるよりも早く、もう一人の武器を圧し折り、返す刀を相手の首筋の寸前で止めたのだ。
問題は、その一連の動作を、熟練の武芸者ですら一切目で追えないほどの速度で行ったというただ一点だけだ。
刀を突き付けられた男は呆然と立ちつくし、レイフォンを驚愕と畏怖の目で見つめている。
「な、なんで……お前みたいなのが……こんな、学園都市なんかに……」
「大人しく、投降してください」
震える男がやっとのことで絞り出した問いには答えず、レイフォンは淡々と命じる。
相手は大人しく、剣身が折れて柄だけになった武器を捨てて両手を上げた。
「よくやってくれた!」
誰もが唖然として言葉を失い、沈黙が漂っていた中で、その静けさを打ち破るようにフォーメッドが声を上げた。
すでに機動隊員が確保していたトランクを受け取り、中身を確認している。
それを見て、呆然として動きを止めていた者たちもようやく活動を再開した。
都市警の面々が、投降した男を含めたキャラバンの五人全員を拘束し、身体検査を行う。
「持ち物は全て没収だ。 服もな。 水と食料以外はすべてだ! 徹底しろ。
囚人服を着せて罪科印を付けたら、すぐに放浪バスに押し込んでしまえ」
フォーメッドの指示で、機動隊員はナイフで服を引き裂く。 衣服にデータチップが縫い込まれている可能性を考慮してのことだ。
レイフォンはトランクを検めているフォーメッドに近寄り、その背に声をかけた。
「ありましたか?」
後ろからのぞくと、中には防護ケースに入れられたデータチップがぎっしりと詰まっている。
「さてな。 全部確認してみないとわからないが、まぁ、間違いないだろう」
フォーメッドはレイフォンに向き直り、改めて礼を言った。
「今日は本当に助かったよ。 たった一人で五人も倒すなんてな。 そうそう、報酬の方も色を付けさせてもらうよ。 何せかなりの大手柄だったからな。 これからも何かあったらよろしく頼む」
笑顔で手を差し出すフォーメッドに、レイフォンは躊躇いがちにその手を握り返した。
手を離すと、フォーメッドはレイフォンに背を向け、キャラバンの男たちの衣服を検めている機動隊員に混じっていく。
その背中を見送ったあと、レイフォンは都市警の生徒たちが作業を進めるのを見るともなく見ていた。
自分にできるのは戦うことだけだ。 それ以外に手伝えることなど無い。
事後処理や手続きは、自分の領分ではないのだ。
そんなことを考えていると、ナルキが近くに寄って来た。
「ありがとな、レイとん。 お陰で助かった」
「なんてことないよ、これくらい。 それに前にも言ったけど、ああいう犯罪者が野放しになるのは僕としても歓迎できないしね」
やや恐縮しているナルキに、あくまで気軽な態度で返す。
実際、迷惑などは感じていなかった。
都市の治安を守ることは、間接的に大切な友人たちを守ることにも繋がるからだ。
力を持たない彼女たちを守るためにも、危険分子はできる限り排除しておきたいと思っているのは確かだ。
「そうか……。 まぁ、これで正式に都市警の臨時出動員になったんだし、これからもよろしくな」
そう言ってナルキが先程のフォーメッドのように差し出してきた手を、今度は笑顔で握り返した。
あとがき
レイフォンが上級生と喧嘩&初めて都市警の仕事をする回ですね。
それと次話への伏線としてカリアンの場面を入れました。
思うんですけど、グレンダンの武芸者ってなんだかんだで挑発に乗りやすいですよね。 まあ挑発に乗ったところで隙だらけになるわけでもありませんけど。
7巻でリンテンスがサヴァリスとレイフォンを挑発してましたし、14巻ではリンテンス自身も挑発されて、無言でそれに乗っかってましたし。
というか天剣の人達って全員、挑発されたらすぐに乗ってきそうですけど。
さて、原作とはやや順番が違いますが、次はカリアンとの汚染獣対策会議になります。