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No.23719の一覧
[0] The Parallel Story of Regios (鋼殻のレギオス 二次創作)[嘘吐き](2010/11/04 23:26)
[1] 1. 入学式と出会い[嘘吐き](2010/11/04 23:45)
[2] 2. バイトと機関部[嘘吐き](2010/11/05 03:00)
[3] 3. 試合観戦[嘘吐き](2010/11/06 22:51)
[4] 4. 戦う理由[嘘吐き](2010/11/09 17:20)
[5] 5. 束の間の日常 (あるいは嵐の前の静けさ)[嘘吐き](2010/11/13 22:02)
[6] 6. 地の底から出でし捕食者達[嘘吐き](2010/11/14 16:50)
[7] 7. 葛藤と決断[嘘吐き](2010/11/20 21:12)
[8] 8. 参戦 そして戦いの終結[嘘吐き](2010/11/24 22:46)
[9] 9. 勧誘と要請[嘘吐き](2010/12/02 22:26)
[10] 10. ツェルニ武芸科 No.1 決定戦[嘘吐き](2010/12/09 21:47)
[11] 11. ツェルニ武闘会 予選[嘘吐き](2010/12/15 18:55)
[12] 12. 武闘会 予選終了[嘘吐き](2010/12/21 01:59)
[13] 13. 本戦進出[嘘吐き](2010/12/31 01:25)
[14] 14. 決勝戦、そして武闘会終了[嘘吐き](2011/01/26 18:51)
[15] 15. 訓練と目標[嘘吐き](2011/02/20 03:26)
[16] 16. 都市警察[嘘吐き](2011/03/04 02:28)
[17] 17. 迫り来る脅威[嘘吐き](2011/03/20 02:12)
[18] 18. 戦闘準備[嘘吐き](2011/04/03 03:11)
[19] 19. Silent Talk - former[嘘吐き](2011/05/06 02:47)
[20] 20. Silent Talk - latter[嘘吐き](2011/06/05 04:14)
[21] 21. 死線と戦場[嘘吐き](2011/07/03 03:53)
[22] 22. 再び現れる不穏な気配[嘘吐き](2011/07/30 22:37)
[23] 23. 新たな繋がり[嘘吐き](2011/08/19 04:49)
[24] 24. 廃都市接近[嘘吐き](2011/09/19 04:00)
[25] 25. 滅びた都市と突き付けられた過去[嘘吐き](2011/09/25 02:17)
[26] 26. 僕達は生きるために戦ってきた[嘘吐き](2011/11/15 04:28)
[27] 27. 正しさよりも、ただ己の心に従って[嘘吐き](2012/01/05 05:48)
[28] 28. 襲撃[嘘吐き](2012/01/30 05:55)
[29] 29. 火の激情と氷の意志[嘘吐き](2012/03/10 17:44)
[30] 30. ぼくらが生きるために死んでくれ[嘘吐き](2012/04/05 13:43)
[31] 31. 慟哭[嘘吐き](2012/05/04 18:04)
[32] 00. Sentimental Voice  (番外編)[嘘吐き](2012/07/04 02:22)
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[23719] 13. 本戦進出
Name: 嘘吐き◆e863a685 ID:eb6ba1df 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/31 01:25

ツェルニ武闘会、予選結果。

Aブロック一位通過 ゴルネオ・ルッケンス 5年生 第五小隊所属

Bブロック一位通過 ダルシェナ・シェ・マテルナ 4年生 第十小隊所属

Cブロック一位通過 ウィンス・カラルド 5年生 第三小隊所属

Dブロック一位通過 エドガー・バークス 5年生 第七小隊所属

Eブロック一位通過 シン・カイハーン 5年生 第十四小隊所属

Fブロック一位通過 メルヴィン・レイノルズ 6年生 第一小隊所属

Gブロック一位通過 ニーナ・アントーク 3年生 第十七小隊所属

Hブロック一位通過 レイフォン・アルセイフ 1年生 一般武芸科生徒




「って感じらしいよ」

武闘会会場である野戦グラウンドへと向かう道すがら、ミィフィはメイシェン、ナルキ、レイフォンに向かって、昨日の予選の結果について解説する。

「ふむ。 こうして見ると、レイとん以外は全員小隊員なんだな」

「まあね。 しかもほとんどが隊長かエース格かのどちらかだし。 下馬評通り、番狂わせは特になしか」

「となるとレイとんにはこれまで以上に注目が集まりそうだな」

「っていうかもう集まってるけどね。 昨日の試合すごかったもん。 でも賭けになるとレイとんは大穴扱いなんだよね~。 やっぱり一年生だからかな?」

それを聞いてナルキが顔を顰める。

「また賭けなんかやってるのか?」

「あれ、知らないのナッキ? 今回の武闘会じゃ賭けが公認されてるんだけど。 ていうか運営側がトトカルチョ開いてるみたいだよ」

今度は顔に驚きを浮かべて問い返す。

「ちょっと待て! 何でそんなことが大っぴらに許されてるんだ? 仮にも公式行事だろう」

「だからこそでしょ。 最近都市全体が暗かったし、このイベントはできるだけ盛り上げたいんだと思うよ。 誰が勝つかとか予想し合ったり賭けたりした方が観客も盛り上がるだろうし。 
武芸科の人たちも、こんな時くらいはって結構賭けに参加してるみたいだよ。 って言っても賭け金には上限があるんだけどね。 ギャンブルで身を持ち崩すような人出すわけにもいかないし」

それを聞いてレイフォンは納得する。
そもそも生徒たちは対抗試合などでも、別に真剣にお金が欲しくて賭けに参加しているわけではない。 イベント事の祭りのような雰囲気に酔って、少しばかりハメを外すくらいのつもりで参加している者がほとんどだ。
運営側が取り仕切り、さらに上限を定めることで賭博行為にありがちな金銭トラブルを防ぐことができる。 賭けそのものを禁じるよりもその方が有効だろう。

「しかしだな……そもそも武芸というものは……」

「ナッキは真面目だね~。 いいじゃん、こんな時くらい。 折角のイベントなんだし楽しもうよ」

「そうは言うが、うぅむ……」

ナルキが渋い顔で唸る。
未だ納得がいっていない様子だが、強く非難することもできずにいるようだ。

「あの……それで、レイとんが大穴って……?」

メイシェンがおずおずと訊いてくる。

「ああ、うん。 レイとんは今のところ人気最下位なんだよね。 倍率は100倍近いし。 ちなみに人気1位はAブロックのゴルネオ先輩。 倍率は約2倍。 賭けに参加してる人の半数が票入れてるみたいだね」

「その人って……強いの?」

「そりゃあ、ねぇ。 ゴルネオ先輩が率いる第五小隊はツェルニ最強と言われてる第一小隊と同等レベルの強さを誇るらしいよ。 個人の実力もかなりのものみたいだし。 副隊長のシャンテ先輩とのコンビネーションもすごいらしいけど、一対一でもヴァンゼ武芸長に勝るとも劣らない腕前って聞いてる」

それを聞いてメイシェンが心配そうな顔をする。

「レイとん、大丈夫?」

先程まで黙って会話を聞いていたレイフォンに不安げな声で訊いてくる。 レイフォンが元はプロの武芸者だと知ってはいても、それを実感できてはいないのだろう。 無理も無い話だ。 実際にレイフォンが汚染獣と戦っているところを見たわけではないのだから。
心配させないように、レイフォンは努めて明るく答えた。

「大丈夫だよ。 絶対大怪我なんてしないから」

「およよ? 随分と自信満々だけど、そんなこと言って良いのかな? 相手だってツェルニじゃエリートなんだし、グレンダン出だからって油断してると足元掬われるよ」

ミィフィのからかうようなセリフに、昨日も似たようなこと言われたなぁなどと思いつつ、レイフォンは軽い調子で続ける。

「じゃあ賭けようか? 僕の優勝に上限一杯賭けるから、代わりに胴元のところへ行ってもらえる?」

言いつつ、ポケットから財布を取り出す。
途端にナルキが眉を顰める。

「レイとん、さすがにそれは……」

「まあまあ、折角だし。 勝負にかける意気込みってことで」

軽い調子で言うレイフォンにナルキは苦い顔をしていたが、結局はそれ以上何も言わなかった。
以前、レイフォンの武芸に対する考え方を聞いたからかもしれない。 法律などで禁止されているのならともかく、少なくとも今回は公に認められているのだ。 これ以上、無理に取り締まる理由も無い。

「んー、了解。 んじゃ、わたしが代わりに賭けとくね」

言って、ミィフィはレイフォンからお金を受け取る。
それからレイフォンは改めてメイシェンに向き直り、笑顔を向ける。

「心配はいらないよ。 今回のはただのイベント、遊びみたいなものなんだし、大して危険は無いよ。 だから安心して。 絶対優勝するから」

あえて普段あまりしないような自信に充ち溢れたような言葉を使う。
メイシェンはしばしポーっとレイフォンを見つめていたが、ふと正気に返ると顔を赤くして俯いた。





「にしても珍しかったね。 レイとんがあんなに自信満々な態度なのって」

野戦グラウンドの観客席で、隣に座る二人にミィフィが話しかける。
試合に参加するレイフォンとは会場に入ったところで別れた。 今頃は控室で待機しているだろう。
目の前の闘技場では、ちょうど大柄な銀髪の男と豪奢な金髪の女性が試合をしていた。

「まあな。 武芸科に入る前は、どことなく不安そうな顔をよくしていたからな」

入学して間もないころのレイフォンは、いつもどこか迷っているような雰囲気をしていた。
平静を装ってはいても、そんな空気は常に滲みでていた。 
しかし今はそれが無い。 おそらくは、武芸科に入ったことがその理由だと思う。
初めて会った頃から、レイフォンは口で言うほど武芸を捨てきれていなかった。 だからこそ、いつも迷いを心に抱いていたのだと思う。
そうして見ると、レイフォンが武芸科に転科したことは良い方向に働いているのかもしれない。 少なくとも、今のところは。
そしてそれはレイフォンが自分自身の意思で武芸を選んだからだろうとも思う。 他人から強制されていたのでは、これほど前向きにはなれなかったろう。

「ま、メイっちのためにも、レイとんには元気でいてほしいからね。 後ろ向きのままじゃ、恋愛も上手くいかないかもしれないし」

「ミ、ミィちゃん」

からかい交じりに言うミィフィに、メイシェンが赤面しつつ抗議する。 
と、周囲で大きな歓声が上がる。 闘技場で試合が終わったようだ。

「あ~、やっぱりゴルネオ先輩が勝ったか。 さすがは1番人気、評判通りだね~」

そのセリフにメイシェンもグラウンドの方を見る。
大柄の男の前で、豪奢な金髪縦ロールの女性が倒れていた。

「ダルシェナ先輩もかなり強いはずだけど、やはり1対1じゃゴルネオ先輩には勝てないか」

ナルキも真面目な顔で呟く。

「次のCブロック対Dブロックの試合は第三小隊隊長のウィンス先輩が勝つだろうし、準決はゴルネオ先輩対ウィンス先輩だろうね。 問題はその次以降かな。 レイとん、一回戦はニーナ先輩と、二回戦は多分シン先輩と当たるだろうしね。 特にシン先輩は、実力上位の第十四小隊の隊長で個人の腕も相当、賭けの人気も二位の実力者だし」

再び心配そうな顔をするメイシェンに、ミィフィは明るく言う。

「でもま、レイとんなら負けないでしょ。 昨日だって小隊員レベルの相手に勝ってたんだし。 
 それにわたしも個人的にレイとんに1口乗せてもらってるからね。 負けてもらっちゃ困る」

「……お前まで賭けに参加していたのか」

ナルキは怒る気も失せて、呆れたように嘆息して言う。
それから3人は闘技場に目を向けて、次の試合観戦に入った。





























「まさか武闘会でお前と戦うことになるとはな」

ツェルニ武闘会2日目、一回戦の第四試合。
昨日と同じく快晴の空の下、闘技場の中央で向かい合ったニーナがレイフォンに向かって苦笑気味に言った。

「小隊入りは断られてしまったからな。 これまでお前の実力を目にする機会は無かったが、丁度良い。 武芸の本場グレンダンの出身だというお前の力がどれほどのものか、ぜひともこの目で直に見ておきたいと思っていた。 
とはいえ、上級生も参加していた予選を勝ち抜いたんだ。 グレンダンの肩書が伊達ではないのは確かなのだろうな。 私も、全力を以って相手をしよう」

口元に小さな笑みを浮かべつつも、力強い表情でニーナは手を差し出してきた。
レイフォンはやや戸惑いがちにその手を握る。
挨拶が終わると、これまでの試合同様二人は適度に距離を取り向かい合う。
そして審判が手を上げると同時に共に錬金鋼を抜いた。

「「レストレーション」」

レイフォンの手には刀が、ニーナの手には二本の鉄鞭が復元される。
一度対抗試合で見た事はあるが、このように近くで、しかも対戦相手として対峙して見ると、黒鋼錬金鋼(クロムダイト)の鉄鞭が持つ重量感が、その武骨な外見からもはっきりと見て取れた。
ニーナはその重い鉄鞭を両手に持ち左半身に構える。 応えるように、レイフォンもまた刀を構えた。
二人の間の空間で、かすかに空気が震えたように感じた。

(すごい気迫だ)

ニーナはすでに顔から笑みを消し、鋭く引き締まった表情でこちらを見据えている。
その目には燃えるような闘志が迸っているように見えた。 遊び感覚など微塵も無い、真剣勝負に臨むかのような様相だ。 ニーナの体からこれまでの相手とは比べ物にならない、凄まじいまでの気迫が滲み出ている。

(こっちも真剣にやらないとな)

レイフォンもまた表情を消し、意識を戦いへとシフトさせる。
感情の色が薄い目は鋭く、しかし虚無的であり、ニーナとは対極に凍えるような冷たさを宿していた。 
凪いだ水面のように静かな闘気がレイフォンの体から溢れだし、周囲の温度を下げる。
やがて審判が声を張り上げ開始の合図を告げた。

「いくぞ!」

試合が始まるや否やニーナが叫びと共に勢いよく足を踏み出し、レイフォンに向かって飛び込んできた。 
ほんの数歩で間合いに入り、踏み込みの勢いに腰の回転の力を乗せて、斜め上から右手の鉄鞭を振り下ろし気味に叩きこむ。 狙いはレイフォンの左肩。
それに対し、レイフォンはミリ以下の単位で鉄鞭の攻撃範囲を見切り、ほんの僅かの後退、最小限の動きでその一撃を回避した。
鉄鞭が空を切る。 しかしニーナは放心することなくそのまま振り切り身体を半回転、一撃目の勢いを乗せた左の鉄鞭を裏拳気味に振るう。 
横薙ぎの二撃目を、レイフォンは上体を後ろに反らすだけで躱した。

しかしニーナは止まらない。 
後退して距離を取ろうとするレイフォンに対して、反撃を警戒していないかのような愚直さで接近し、立て続けに両手の鉄鞭を振るった。
レイフォンはそれを躱し、あるいは刀で受け流す。 刀身でまともに受け止めはしない。 相手の武器は硬く、そして重量級だ。 無理に受け止めようとすれば怪我をしかねないし、あるいは武器を折られる危険もある。
猛獣のごとき獰猛さで襲いかかる鉄鞭の双牙を、レイフォンは見事な体捌きと刀捌きで防ぎきった。

やがてレイフォンが大きく後ろへと跳んで距離を取ると、ニーナが一旦攻撃の手を止める。
こちらの間合いや呼吸を測るかのように、油断の無い目でじっとレイフォンを見据えた。
じりじりとお互いの出方を探り合いながら、レイフォンは内心で相手の技量に舌を巻いていた。

(あの体格で、あれだけの重量武器を二本も自在に操るとは)

鉄鞭という武器は、要は頑丈な打撃武器だ。 それを取り回しやすいように短くしている。
剣のように刃こぼれを気にする必要も無く、また折れる心配もなく自由に振り回すことができるし、相手の攻撃を受け止めることもできる。
その使いやすさから、レイフォンの故郷であるグレンダンでは都市警察が標準的に鉄鞭を装備していた。 とはいえ、普通の警察官が持つのはもっと軽量のものだが。

レイフォンはちらりと一瞬、自身の手に視線を落とした。 まともに打撃を受け止めたわけでもないのに、刀を握る両手にかすかな痺れを感じている。 その外観に相応しい重量を備えていることが改めて実感できた。
そしてその重い武器を華麗なまでに巧みに振るう筋力と技量。 成程、確かに学生武芸者としてはかなりの腕だ。
特にその技量、体術の練熟度には目を見張るものがある。
武器の重量が生み出す力の慣性を上手く流すことによって身体にかかる負担を最小限に、それでいて振るわれた鉄鞭の打撃力を最大限に高める。 レイフォンの見る限り、ニーナは筋力よりもそちらの方に力を入れているようだ。 
そして力の流し方とその利用は、体術の奥義にも繋がる。 

(来る!)

ニーナが再び地を蹴り、怒濤の勢いで打ちかかってきた。
あたかも舞うような華麗さでニーナは鉄鞭を振るう。 しかし見た目の優美さとは裏腹に、打ち込まれた打撃は重く、力強い。
対抗試合を見る限り、ニーナは攻撃よりも防御の方が得意だろうと踏んでいたが、攻撃における技量もなかなかのものだ。
レイフォンもまた鋭い足捌きによって体を入れ替えながら、ニーナの攻撃を躱す。
距離を取ろうとするレイフォンに対し、逆に距離を詰めようとするニーナ。 こちらに向かってくる様はあまりに愚直かつ素直で、敵の攻撃に無頓着のようにすら見える。
しかし攻勢の中にあってもニーナの防御に隙は無い。
何度か大振りの後の隙をついてレイフォンも刀で斬りかかるが、ニーナは振り切った方とは別の鉄鞭を素早く振るってレイフォンの斬撃をことごとく打ち払った。 重量武器を振るう際の反動を利用して体勢を立て直しながら、重い打撃でこちらの刀を弾いてくる。
やはりニーナの真骨頂はその堅牢な防御力だ。 ちょっとやそっとではその守りを破ることはできない。 レイフォンは止むを得ず防戦に徹する。

しばらく攻防を繰り返した後、再びレイフォンが大きく飛び退き距離が開く。
手首を振って痺れを振り払い、体勢を立て直しながらニーナの動きを窺うと、相手はすでに次の攻撃の態勢へと移っていた。
左足を前に出し、腰をひねって両の鉄鞭を体の右後方に回す。 まるで弓を引き絞る様に両手を後ろに引く。
鋭い眼光でレイフォンを射抜くや、ニーナが力強く地を蹴り、バネが弾けたような勢いと速度で前方へと飛び出した。

内力系活剄の変化 旋剄

活剄で大幅に強化した脚力による高速移動。 体の後ろに回した鉄鞭を引き連れるように、ニーナの性格そのものを表しているかのごとく一直線にレイフォンへと突っ込んでくる。 
回避が間に合わず、刀を体の前に構えるレイフォンへと肉薄しつつ、衝突する寸前に腰の力で全身を一回転、渾身の力を込めて旋回させた両手の鉄鞭を同時に叩きつける。 
旋剄による突進速度に円運動の勢いを上乗せした二撃一対の打撃。 さらにインパクトの瞬間、殴打と同時に鉄鞭から衝剄を放つ。

活剄衝剄混合変化  剛鎚旋 (ごうついせん)

横殴りに振るわれた二本の鉄鞭は、ほぼ同時にレイフォンの刀に衝突する。
轟音と共に刀と鉄鞭から火花が散り、衝剄同士のぶつかり合いに空気が振動する。
拮抗は一瞬。
レイフォンはその威力と衝撃に耐え切れず、刀ごと後ろへ向かって吹き飛ばされた。


(いや、違う)

ニーナは即座にそう感じた。

(手応えが無さすぎる)

いくらレイフォンが細身であるからといって、振り切った瞬間の手応えがあまりにも軽すぎる。
レイフォンは自ら後ろへ飛んで威力を殺している。 ニーナはそう判断し、さらなる追撃のため再び地を蹴る。
予想通り、あの一撃をまともに喰らったにしては、レイフォンは思ったほどダメージを受けていない。
空中で身を捻り、無駄の無い動きで見事に着地してみせた。
しかし技の威力を完全には殺しきれなかったのだろう。 僅かにだが、足元がふらついている。

(好機! ここで決める!)

ニーナは先程までよりもさらに勢いを増して追撃の鉄鞭を振るう。
左足で踏み込み、斜め上から振り下ろされる右の鉄鞭による一撃、勢い余って踏み出した右足を軸に、振り抜いた勢いのまま半回転しての左の鉄鞭による二撃目、そしてさらに再度振るわれた横殴りの右。
ニーナは軸足を入れ替えながら円運動を繰り返し、連続で鉄鞭を振るう。
動きがやや鈍ってはいたものの、レイフォンは立て続けに打ち込まれた打撃を絶妙な刀捌きで見事に受け流し、防ぐ。
しかし、裏拳気味に振り抜かれた左の鉄鞭による四撃目を捌こうとした際、誤ってまともに打撃を受けてしまった。
鉄鞭の重量が生み出す威力に、レイフォンの刀が柄を握っていた右手ごと弾かれる。
武器を取り落としこそしなかったが、レイフォンの左手が柄から離れ、体を大きく開いて体勢を崩した。

「終わりだ!」

ニーナが短い叫びと共に、隙だらけになった左の肩口へと右の鉄鞭を打ち下ろした。


(まずいな)

レイフォンが心中で独りごちる。
刀は右腕ごと外側に弾かれ、ニーナに胴体の前面を晒している状態だ。

(さすがにあの一撃をまともに喰らうわけにはいかないか)

空気を引きちぎりながら振るわれる鉄鞭を見据える。
黒鋼錬金鋼の鉄鞭による重い一撃が肩に振り下ろされた。

活剄衝剄混合変化  金剛剄


「つっ!」

途端、ニーナの手に鋼鉄の壁を殴ったかのような衝撃が伝わり、凄まじい反動が跳ね返る。 その表情には隠しようも無い驚愕が浮かんでいた。
予想もしなかった硬い手応えに、ニーナの右手が痺れる。
その隙にレイフォンは体勢を整え、刀を構え直す。
そして反動で仰け反り、逆に体勢を崩しているニーナへと、刀を引き連れるようにしながら鋭い踏み込みで肉薄した。
たたらを踏んで後退するニーナへと、やや低い姿勢から斬撃を繰り出す。
逆袈裟に斬り上げられた刀を、ニーナは先程弾かれた右の鉄鞭でなんとか受ける。
しかし衝撃で痺れて握力が落ちていたために、斬撃の威力を受け止めきれず鉄鞭が右手から弾き飛ばされた。 さらに、勢いに押されて後ろへ倒れ込んでいく。

レイフォンがさらなる追撃のために、大きく左足を踏み出した。
それを迎撃しようと、ニーナが仰け反りながらも強引に左の鉄鞭を振るい、横殴りの一撃を放つ。
これに対し、レイフォンは体を深く沈ませて鉄鞭の一撃を頭上にやり過ごした。 躱しながら、踏み込んだ左足を軸にして、這うような前傾姿勢のまま半回転する。 レイフォンの右足が地面を削りながら旋回し、下段の屈み後ろ回し蹴りを放った。 蹴り脚は、すでに体勢が大きく傾いていたニーナの両足を刈る。
足を払われ、ニーナが背中から倒れ込んだ。 地面に叩きつけられた衝撃で一瞬息が止まる。
しかし戦意は衰えない。 素早く立ち上がり構えを取ろうとする。 が、

「くっ」

ニーナは仰向けの状態から地面に手を突いて上体を起こしたところで動きを止めていた。 目の前には、刀の切っ先が突き付けられている。
尻餅を突いた様な姿勢のニーナを跨ぐような形でレイフォンが立っていた。 左手の鉄鞭は足で踏みつけるようにして押さえられている。
レイフォンの鋭く、それでいて感情の薄い瞳はまっすぐにニーナの目を射抜き、油断なくこちらを窺っている。
加えて目の前に突き付けられた刀の切っ先は微動だにしない。
とても反撃を試みられるような状況ではなかった。
それでもニーナは、しばらく悔しげにレイフォンの目を見返していたが、

「ふぅ……」

やがて目線を落とし溜息をつくと、起こしていた上体を地面に投げだして天を仰いだ。
脱力して地面に寝転がる様な体勢で、小さく呟く。

「私の……負けだ」

それが聞こえた審判が判定を下した。

「試合終了! 勝者、レイフォン・アルセイフ!」

途端、観客席から大きな歓声が上がり、実況していた司会の熱の入った声が会場に響き渡った。


レイフォンはニーナの上から退くと、地面に身体を投げ出しているニーナに向かって手を差し伸べた。
ニーナは未だに悔しそうな表情ながらも、口元には笑みを浮かべ、レイフォンの手を取って立ち上がる。

「驚いたよ。 お前がこれほど強かったなんてな。 小隊入りを断られたことが、改めて悔やまれる」

苦笑しつつ、ニーナはレイフォンとしっかり握手する。

「先輩も結構手強かったですよ。 良い試合だったと思います」

レイフォンも笑みを返しながら、相手の健闘を讃えた。

「またこんなことを言って済まないが、もう一度考え直してくれないか? 前にも言った通り、お前には是非私の小隊に入ってほしいんだ。 いや、今はその気持ちがさらに強くなっている」

「……済みません。 申し訳ありませんが、やはり小隊員というのは……」

ニーナのまっすぐさに若干罪悪感を感じつつも、レイフォンは頑として勧誘を断る。
やはり小隊員というのは、レイフォンの性に合わない。

「そう……か。 わかった。 この後も試合があるのに、こんなことを言って済まなかったな」

残念そうな様子ながらも、ニーナは引き下がった。
が、そんな感情はすぐに顔から消えて、力強さが戻る。

「優勝できなかったのは残念だったが、ここでお前と戦うことができてよかった。 機会があったらまた手合わせを頼む」

そう言って、グラウンドの出入り口へと歩いて行った。
その背を見送り、レイフォンも反対側の出入り口へと向かう。
ここに、ツェルニ武闘会、本戦の一回戦が全て終わった。


















「いや~、やっぱりメイっちの料理は絶品だね~」

ミィフィが感嘆の声を上げる。
野戦グラウンドの観客席では、観戦していたメイシェン達3人と合流したレイフォンが一緒に昼食を取っていた。
昨日の予選は試合数が多かった上に時間がやや不規則だったため、特に昼休憩という時間は無かったのだが、今日は全部で7試合しかないため、スケジュールの進行はある程度余裕を持って組まれている。
今は昼休憩の時間だ。 弁当の持ち合わせが無い者たちは、会場内の売店か、あるいは会場近くの飲食店に出向いている。 対して弁当を持参している観客たちは会場のどこかで適当に場所を見つけて、それぞれ昼食を食べていた。
メイシェン達は後者だ。

「えっと、たくさん作ったから、遠慮なく食べてください。 特に、レイとんは試合で疲れてるだろうし…」

「昨日も今日も、メイっちは試合で戦うレイとんのためにわざわざ精の付く料理を選んできたんだからね。 これ食べて体力回復して、しっかり頑張んなさい」

「なんでお前が偉そうなんだ?」

メイシェンは恥ずかしそうに、ミィフィはやたら明るく、ナルキはやや呆れ気味に。 3人のいつも通りの様子に、レイフォンもまたいつも通りの穏やかな態度で返す。

「ありがとう。 お言葉に甘えて、しっかりエネルギー補給させてもらうね」

言いつつ、弁当に手を伸ばす。 自由にとって食べやすいように、料理は複数の弁当箱に分けられていた。
そのうちの1つを取って口に入れる。 相変わらず美味しい。 レイフォンもある程度料理はできるが、メイシェンの料理にはまるで及ばない。 
そこに懸ける情熱の差だろうかなどと考えながら、もぐもぐと咀嚼する。

「どう? メイっちの愛情たっぷりお手製弁当は?」

「ミ、ミィちゃん!」

顔を真っ赤にしたメイシェンがミィフィの口をふさごうと身を乗り出す。
それを見ながらミィフィはからからと笑った。
レイフォンは何と返していいか分からず、曖昧に笑う。
ナルキはそれを見て、2つの意味で呆れた溜息を吐いた。
それから4人で一緒に弁当をつまみながら、いつものごとく他愛も無い雑談をする。 すぐ後に試合が控えているというのに、レイフォンには特に緊張した様子はない。 まるで普段通りである。

やはり他の武芸科生徒とはどこか違う。 談笑しながらも、メイシェン達はそんなことを思った。
違うからといって、それが問題というわけではないのだけれど。
だが、その違いがどこから来るものなのか、気にならないと言えば嘘になる。 レイフォンの様子は、ただ試合慣れしているというだけではないような気がするのだ。
特に、メイシェンは以前、レイフォンから少しではあるがグレンダンにいたころの話を聞いている。
そして、その時話したことがレイフォンの全てではないだろうとも感じていた。
今はまだそこに踏み込むことはできない。 その勇気が無い。
そしてレイフォンも、それを望んではいないだろうと思う。
だがいつか、それを知りたいと思っている。 レイフォンが、それを自分の意思で話してくれる時が来ることを望んでいる。
そんな内心の気持ちを呑みこんで、メイシェンは談笑に参加した。
やがて話題が次の試合へと向かう。

「さっきの試合でニーナ先輩に勝って、この後は準決勝か。 相手は第十四小隊の隊長、シン・カイハーン。 ニーナ先輩の元同僚かつ先輩に当たる人だね。 第十四小隊は戦略や連携といった点で特に優れた隊らしいけど、シン先輩は個人の技量も相当らしいよ」

「やっぱり強いのか。 まあここまで勝ち抜いたんだから当然ではあるが」

「ちなみに賭けの人気は二位だね。 知名度も結構あるし」

「へぇ、そんなに強い人なんだ」

レイフォンが気の無い声で相槌を打つ。

「て言うかレイとん、次の対戦相手について戦術研究とかしてないの? 普通は相手の他の試合とか見て対策とか練るもんじゃない?」

「僕はあまり、そういうことはしないかな。 相手が誰だろうと倒すだけだからね」

「すごい自信だねぇ。 相手は強敵だよレイとん。 そんなこと言ってて、勝てるのかな~?」

「大丈夫だよ。 いかなる相手、いかなる戦場でも勝利し、生き残るのがサイハーデンの極意だからね」

「ん? サイハーデン? なんだそれ?」

レイフォンの言葉に、武芸者であるナルキが反応を示す。

「僕が学んだ刀術の流派だよ。 数えるくらいしか門下生のいない零細道場だけどね」 

「強いのか?」

「うーん……歴史は長いけど、今まであまり名のある武芸者を出したことが無いって聞いてる。 当たり前だけど、大抵の場合、道場の規模っていうのは知名度とか門下の実力と比例するものだから、少なくともメジャーな武門ではないよ。 流派が伝える技自体は結構優秀だと僕は思うけど」

「? 優秀なのになんでメジャーじゃないんだ?」

「流派の持つ精神性とか、戦いに関する考え方が普通の武芸者と違うって言うか、受け入れられにくいんだよね」

ナルキはどういう意味かと訊こうとしたが、それより先に時計を見たレイフォンが立ち上がる。 そろそろ昼休憩の時間が終わり、客席にちらほらと観客たちが戻って来ていた。

「ごめん、そろそろ行かないと。 人が増えると移動しにくくなるし」

「ん? ああ、わかった。 健闘を祈る」

「ありがと。 じゃ」

3人に背を向け、客席の出口へと向かう。
レイフォンは戻ってきた大勢の観客と擦れ違うようにして出て行った。
それを見送りながら、手早く弁当箱を片づける。
しばらくして観客席が元通りに人で溢れ返り、司会が放送で次の試合について紹介を始めた。

「お、もうすぐ準決勝が始まるみたいだね。 賭けの一番人気、第五小隊のゴルネオ隊長対四番人気、第三小隊のウィンス隊長か。 さてさて、面白い試合になりそうだね」

「どちらも同じ学年で、同じ隊長格。 対抗戦の成績も、今のところは互角か」

「まあ、小隊対抗戦はまだ三分の一も進んでないけどね。 とはいえ前回の成績じゃ判断できそうにないか。 去年は二人ともまだ隊長じゃなかったし。 いちおう下馬評ではゴルネオ先輩が優勢ってことだけど」

「ほう」

ナルキとミィフィは会話しながら、視線を闘技場に向ける。
ちょうど、対戦者である二人の男が中央で向かい合っていた。
やがて二人が距離を取り、それぞれ構えを取る。

審判の合図と共に、試合が始まった。


























野戦グラウンドスタジアムの選手控室。
そこでレイフォンは、昨日と同じくベンチに座って自分の出番が来るのを待っていた。
昨日と違うことといえば、控室にはレイフォン以外に人がいないことだ。 別に不思議は無い。 今日行われるのは本戦であり、出場するのは8人だけだからだ。
さらに今は午前中の試合でその数が4人に減っている。 現在試合を行っている二人を除けば、残るのはレイフォンの次の対戦相手1人。 控室はいくつかあるので、その1人は別の部屋で待機しているのだろう。

『勝負ありました! 試合終了! 第三小隊隊長でもあるウィンス選手を下し、ゴルネオ選手が決勝進出を決めましたー!』

やや離れたところにあるモニターから、司会の女の子の興奮した声が聞こえてくる。
レイフォンは僅かに首を動かしてそちらを見やったが、すぐに視線を外した。 決勝の相手がどんな選手かは、決勝の時に直接見ればいい。
やがてモニターから聞こえていた歓声が収まってきたころ、控室へと向けた放送でレイフォンの名が呼ばれた。
それを聞いて、レイフォンはベンチから立ち上がる 戦闘衣を着直し、ブーツを履いてから控室を出た。

腰の剣帯を確認しながら通路を歩いて行く。
と、通路の途中で見覚えのある男と鉢合わせた。 お互いに相手に気付き、足を止める。
相手は大柄の体躯をした、短い銀髪の男だった。 昨日、控室でレイフォンのことを睨んでいた男だ。 試合が終わった直後なのか、体には所々擦り傷があり、戦闘衣も汚れている。
ほんのわずかの間、視線が絡み合い、二人はその場で直立し続けた。
やはり相手の視線には隠しきれない敵意のようなものが滲み出ている。 だが、レイフォンに心当たりは無い。
はっとしたように先に視線を逸らしたのは、昨日と同じく相手の方だった。 レイフォンの方を見ないようにして、足早に横を通り過ぎていく。
レイフォンはかける言葉も無く、疑問を感じながらも黙ってその背を見送った。 やがてその背からも視線を外し、再び通路を歩き始める。

しばらく歩いて、野戦グラウンドの出入口へと到着する。
そこを通って外に出ると、昨日と同じく、眩しい陽光と大勢の観客がレイフォンを出迎えた。
中央にはすでに対戦相手の男が来ており、こちらを見ている。
レイフォンも中央へ向かって足を進め、その男と対峙した。

『さあ、ツェルニ武闘会、準決勝の二戦目が始まります。 対戦者は、こちら!』

司会の声と共に、大きなモニターに準決勝で戦う二人の名前が映し出される。

シン・カイハーン(五年) vs レイフォン・アルセイフ(一年)

『一方は、第十四小隊の隊長にして優勝者予想の人気二位、シン・カイハーン! もう一方は、今大会のダークホースと目される新入生、レイフォン・アルセイフです!」


司会が賑やかな声で対戦者二人について簡単に紹介する中で、当の対戦者たちは闘技場の中央で向かい合っていた。

「お前か。 ニーナが欲しがってる一年生ってのは」

レイフォンの前に立った選手が軽い調子で口を開く。

「成程、一年でここまで勝ち抜くとはねぇ。 確かに、有望な物件みたいだな」

おまけにニーナまで倒しちまうし。 と、対戦相手――シンは表情に笑みを浮かべた。
「はぁ」とレイフォンは相槌を打ちながら、相手を観察する。
ぱっと見、悪目立ちしそうな外見の男だ。 
派手な色に染められた髪を攻撃的に逆立てており、耳や眉にいくつもピアスを付けている。 
しかしレイフォンよりも上背があり、細身だが鍛えられた身体をしているのが戦闘衣の上からでも分かった。
威嚇的な外見をしているが、その佇まいや態度、言葉遣いなどからは、むしろ軽薄な印象を受ける。
今もレイフォンの目の前で、軽薄な笑みを浮かべながら軽口を叩いていた。

「ま、入学式の活躍は俺も見てたからな。 前からちょいと興味もあったし、お前の実力、試させてもらうぜ。 ニーナに勝てたのがまぐれかどうかも確かめたいしな」

態度こそ軽薄だが、その身が纏う雰囲気は決して侮れるものではない。
その立ち姿や挙動などからも、相当の実力者であるとレイフォンは感じていた。 準決勝まで勝ち抜いたことからも、おそらくはツェルニでもトップクラスの腕であろう。 レイフォンの見立てではニーナよりも上だ。

やがて審判に促され、改めて挨拶を交わしてから、お互い距離を取る。
そして審判の合図と共に腰の剣帯から錬金鋼を抜いた。 手に携えた武器を同時に復元する。
シンの武器は、碧宝錬金鋼(エメラルドダイト)製の細剣だ。 速度を重視した細身の剣身が陽光を反射している。
それを見て、レイフォンは鋼鉄錬金鋼製の刀を構える。

お互いに武器を構えた時、二人の表情は先程までと一変していた。
普段は力の無い顔をしているレイフォンの表情は、試合が近付くにつれて感情の色が薄れていき、今は完全に消えていた。 その目は鋭く引き締められながらもどこか虚無的であり、そこからは思考がまるで読めない。

対するシンもまた、表情からは先程までの軽薄さが完全に抜け落ちていた。 
細剣を構える姿は悠然としていながらも、その目つきは鋭く、表情は厳しい。 先程まで叩いていた軽口もなりを潜め、真一文字に引き結ばれたその口は沈黙を保っている。
剣を構えてこちらを見据える様は、まるで獲物を狙う猛禽のごとくだった。

審判が、合図と共に高く上げた手を振り下ろす。
試合が始まった。




しばし、お互いに動きは無かった。
これまでの試合、レイフォンは基本受けに回り、先手は相手に譲ってきた。
相手の出方を見て戦い方を決めるためであり、上手く手加減できるようにするためでもある。
しかしシンは今までの相手のように試合が始まるや否や先手を打ってくることが無い。 レイフォンと同じように、相手の出方を窺っている。
その様子は、レイフォンの実力を見極めようとしているように見えた。

(多分、自分の実力にすごく自信があるんだろうな)

おそらくだが、ニーナとの試合を見てもなお、シンは自分が負けるとは思っていないのだろう。 それだけ己の力量に自負があるのだ。
しかしそれだけでなく、この男は世話好きなのだろうともレイフォンは思った。
フェイランと戦った時の自分と同じように、レイフォンの実力を確かめたうえで、先輩として指導してくれるつもりなのだろう。 こちらを見据えるシンの目から、レイフォンはそう感じた。
ただ己の実力を過信して驕っているだけなら滑稽だが、シンにはそういう嫌な感じはしなかった。 少なくとも、悪い人間じゃなさそうだとレイフォンは思う。
とはいえ、シンがレイフォンの力量を見誤っているのは確かだ。 そしてこのままでは、試合が始まらない。

(仕方ない。 こちらから攻めるか)

そう判断し、短く息を吐く。

瞬間、レイフォンが霞むような速度でシンへと肉薄した。

獣のような低い姿勢でシンに迫り、鋭い斬撃を放つ。
シンはレイフォンの動きと速度に瞠目しながらも、無駄の無い剣捌きでその一撃を打ち払った。
初撃を外してもレイフォンは慌てない。 間髪入れずに返す刀で次なる一撃を繰り出す。
シンは冷静に太刀筋を見極め対処する。 剣身で斬線を逸らすようにしてこちらの攻撃をいなした。
だけでなく、シンもまた手首を返して素早い反撃をレイフォンへと見舞った。 常人では視認できぬほどの速さで斬りかかり、突きを放つ。
レイフォンはその斬撃を刀で受け止め、上体を微かに傾けるだけで刺突を躱した。
そして再度自分から攻撃を繰り出す。
時間にすれば僅か数秒。 しかしその間、両者の刃はめまぐるしく交差し、激しく切り結んだ。
最後、お互いの衝剄の乗った刃が激突し、二人の間で火花と共に空気が爆発する。
レイフォンとシンは弾かれるようにして飛び退き、お互いに距離を取った。
共に一旦動きを止め、油断なく武器を構えたまま、再び相手の出方を窺う。


(まいったね)

シンは険しい顔のまま、内心で独りごちる。
すでに彼は相手に対する評価が誤っていたことに気付いていた。

(予想以上だ。 こりゃニーナが負けるわけだ。 俺でも危ないな)

今の攻防、傍から見れば互角に見えたかもしれないが、実際は違う。
シンの武器は細剣だ。 剣という武器には様々な種類があるが、その中でも特に小回りが利き、切っ先に速度を乗せる上でこれ以上ない武器である。 さらにはシンの細剣は碧宝錬金鋼製であり、剄の収束率という点に優れている。 剄を凝縮させた斬撃や刺突の鋭さは随一だ。 ましてやシンの腕なら尚更である。 だが、

(あいつの斬撃の速度と鋭さは俺以上だ。 刀っていう武器の特性もあるかもしれねぇが、それ以上にあいつの技量がすげぇ)

レイフォンの持つ刀は鋼鉄錬金鋼だ。 斬撃武器としてもっとも繊細な調整ができ、匠の技を反映させやすいのが鋼鉄錬金鋼である。 武芸者が剄を使って戦うための武器、錬金鋼としての性能以上に刃物としての性能を追求したものだとも言える。 その分鋼鉄錬金鋼製の武器は、他の武器よりも使い手の体術や技量がより明確に表れる。 当然、半端な技量で扱っても、その性能の半分も発揮できないだろう。 
しかしレイフォンは使い手を選ぶその武器を十全に活かしている。 単純な斬撃の速度だけでなく、小回りでもシンの細剣を上回っている。 速度と鋭さという点で、互いの得物の特性上有利であるはずのシンが僅かに押されたのは、それだけ使い手のレベルに差があるということを表していた。
さらにレイフォンの使う刀という武器は普通の剣と比べて、叩き斬るよりも斬り裂くことに特化している。 そしてレイフォンの持つ技術は、手の動きから足捌き、身のこなしに至るまで、全身がその刀を使う上で最適な動きを体現しているのだ。 少なくとも近接戦ではシンに勝ち目は無いだろう。 あのまま斬り合いを続けていれば、いずれは押し負けていたのは明らかだ。

(接近戦は不利。 なら……)


(ん?)

レイフォンが眉を微かに動かした。
シンが構えを変えたのだ。 先程まで下段に構えていた剣を持ち上げ、切っ先をレイフォンへと向ける。
体の内側に腕を引き、柄を抱きしめるようにした独特の突きの構え。 シンの周囲で剄が発生し、それが剣身へと流れ込んでいた。 錬金鋼に込められた衝剄が切っ先に収束していく。
そして、

外力系衝剄の変化  点破(てんは)

凝縮された衝剄が突きの動作に従って高速で撃ち出された。

「っ!」

(速い!)

レイフォンは咄嗟に上体を傾けながら衝剄を纏った刀で相手の攻撃をいなした。 軌道を逸らされた衝剄がレイフォンの背後で木の幹を貫く。
第一撃を見事に防いだのも束の間、シンはすでに次の一撃の準備を終えていた。
先程と同じ構えから、再度、点破を放つ。
いくら速くとも一度見た技だ。 レイフォンは先程よりも余裕を持ってそれを躱し、前に出て距離を詰めた。
おそらくシンが得意とするのは点破という技を活かした中距離戦だ。 距離を開いたままでは立て続けに技を放つ隙を与えてしまう。
相手の攻撃を見極めつつ、素早い挙動でレイフォンはシンへと接近する。

だがシンは慌てない。 レイフォンの動きから目を離さず、俊敏な足捌きで円を描くように移動してレイフォンと距離を取る。 その間にも連続で点破を放ち、近付こうとするレイフォンを迎撃する。 レイフォンは防御や回避のために足を止めざるを得ず、結果距離を詰めることはできなかった。
点破による遠隔攻撃と、足捌きによる間合いの維持。 これらを併用した中距離戦がシンの得意戦法なのだろう。レイフォンはそう判断する。

(さて、どう攻めるか)

考えようとするが、その隙は無い。
対策を練る間も与えず、相手は連続で点破を放ってきた。
その全てをレイフォンは刀でいなし、あるいは体捌きで躱す。 そうして相手の攻撃を防ぎながらも前に出て距離を殺そうとするが、やはりシンはそれを許さない。
攻防を繰り返しながら、両者は互いに円を描くようにして移動を繰り返す。 レイフォンは回り込んでシンに近付くため。 シンは逆に距離を取り己に有利な間合いを保つために。 二人は攻撃を放ち、あるいは防ぎながら凄まじい速度で立ち回る。 レイフォンのすり足による足捌きと体移動もまたシンに負けず劣らず俊敏だったが、防戦一方の状態では距離を詰めるには至らない。

激しい攻防がしばらく続いた後、やがて二人が動きを止めた。
レイフォンが足を止めたのだ。 立ち止まった位置で最後の点破を防いだ後、刀を構え直し油断無くシンを窺う。 
対するシンも、ただ素直に技を撃つだけでは効果が無いことを悟っているため、一旦攻撃の手を止めてレイフォンを観察する。
両者ともに武器を構えたまま、しばし睨み合う。
沈黙が続いた後、レイフォンがおもむろに構えを変えた。


(むっ?)

シンは僅かに目を見開く。
刀を持った腕を体の内側に引き、柄を抱きしめるようにした突きの構え。
シンに向かって鋭い視線を注ぎながら、刀の切っ先を向ける。
これは……

(まさか)

信じられない思いに駆られるよりも先にレイフォンが突きを放つ。
刀の切っ先から凝縮された衝剄が凄まじい速度で撃ち出された。

「くっ!」

シンは素早く細剣を閃かせ、衝剄の軌道を逸らす。 
悠然と刀を構えるレイフォンを鋭く見据えながら、しかし表情には余裕など無く、ありありと驚愕が浮かんでいた。

(今のは、確かに点破だった)

技を放つ前の構えも、撃ち出された一撃も、シンの得意とする技と全く同じだった。

(もともと同じ技を知っていたのか? それとも、今この場で覚えたのか?)

普通に考えれば前者だが、相手が使った点破は、技の性質だけでなく、構えも挙動も全てが鏡映しのようにシンと同じだった。 同系統の技だからといって、そんなことがあり得るのか。
さらに、こちらを見据えるレイフォンの虚無的な瞳を見ていると、シンには何故か後者のように思えて仕方なかった。
そしてもし後者であるとすれば、

(あいつは俺の技を、この短い時間の中で完全に見切りやがったってことだ。 そして奴にはそれだけの実力がある)

シンは背筋に冷たい物が差し込まれたような気持ちがした。
予想以上なんてものではない。 レイフォンの実力は、それこそこんな学園都市で学ぶことなど何も無いくらいに並外れているのかもしれない。

(やれやれ……。 ホント、会長やニーナが欲しがるわけだ)

そう思いながらも、シンは構えを解かない。
たとえ己よりも強いと分かっていても、降参する気は無い。
そんなことをするのはカッコ悪いと思っていることもあるが、それ以上に、折角の強者との手合わせの機会だ。 より高みを目指す武芸者として、放棄するのはもったいない。
シンは僅かに笑みをこぼすが、すぐさま口元を引き締める。

再度レイフォンが点破を放った。
シンがそれを躱し、自らも同じ技を撃つ。
互いに点破を駆使しながら、再び激しく立ち回り始めた。 しかしすでに中距離戦におけるシンの優勢は無い。
レイフォンは先程と同じように距離を詰めようとする。
それに対してシンは距離を開こうとするが、先程とは反対にレイフォンの点破によってシンは動きを制限され、上手く立ち回ることができない。
お互い素早い足捌きで円を描くように移動を繰り返すが、徐々にその距離が縮まっていく。
やがて、

ギィン!

「くっ!」

至近距離へと接近したレイフォンの刀がシンを捕えた。
低い姿勢から斬り上げるような一撃を、ギリギリで受け止める。 あまりの速さと鋭さに、攻撃をいなすことができなかった。
レイフォンの斬撃をまともに受けたシンの腕に痺れるような衝撃が走る。 腕ごと持っていかれるのではないかと感じるほど重さのこもった一撃だった。
シンは渾身の力を込めてそれを弾くが、レイフォンの刀は再び霞むように閃き、先程とは逆方向からの一閃がシンへと襲いかかる。
シンは飛び退くように後退してその一撃を躱した。 さらにそのまま距離を開けようとする。
しかしレイフォンは逃がさない。 振り切った刀を引き戻しながら、地面を削るようなすり足で素早く前進し、滑るように肉薄する。

追撃の横薙ぎを、これもまたシンは紙一重で受け止めた。
腕に残る痺れに舌打ちしつつ、腕だけでなく全身の力を使って刃を弾く。 それだけでなく、弾いた勢いのまま至近距離にいるレイフォンへと斬りかかる。
シンの振るう刃を、レイフォンは引き戻した刀の柄頭で受け止めた。 そこは極小の面積しかないにもかかわらず、レイフォンは見事にピンポイントで防いでいた。 その技量に、シンが改めて感嘆する。

レイフォンとシンは、お互いに体の位置を入れ替えながら、舞うように優雅に、かつ激しく切り結ぶ。 シンの飛ぶように軽快な足捌きに対して、レイフォンはすり足を使った滑るような体移動を行う。 シンが手首の返しを利用した高速の連撃を見舞えば、レイフォンは全身を使った円運動による強烈な一撃を打ち込む。 苛烈な応酬を繰り返しながらも、徐々にシンの方が押されていった。

(まるで小さな竜巻だ)

レイフォンの激しい攻めに顔を険しく歪めながら、シンは内心で呟く。
自分の予想以上に、レイフォンの強さは凄まじかった。
神速の打ち込みは剣を圧し折られてしまいそうなほどに重く、太刀捌き、体捌きは俊敏にして一切の無駄が無い。 すり足による体移動は、時に激しく地面を削り抉るほどに荒々しくも、同時に静謐かつ優雅ですらある。
刀を振るうレイフォンの姿は、こちらを喰い散らさんとしている獣のごとく荒れ狂いながら、しかしそれでいて、まるで完成された芸術品のように美しかった。
こうして目の前で戦っていなかったら、シンもその姿に見入っていたかもしれない。
だが、

(いつまでも続けるわけにはいかない)

シンの武器である細剣は小回りが利く分、強度に問題がある。 レイフォンの打ち込みを何度もまともに受け止めていては耐え切れない。 そのために、相手の力をいなし受け流す技術をずっと練熟させてきたし、この試合の中でもそのことに精力を割いてきた。 
が、レイフォンの斬撃の速度はすでにシンの目ではまともに追えない速度になっている。 太刀筋が見切れない。 このまま打ち合えば、いずれは武器の方がシンよりも先に限界を迎えるだろう。

何度目になるか分からない、レイフォンの振るう神速の一撃をシンが受け止めた。

(ここだ!)

渾身の力でレイフォンの刀を打ち払う。 そして同時に後退しながら全身で衝剄を放った。
レイフォンが僅かの間動きを止める。 その間に、シンはほんの数歩分距離を開いた。
まだシンの得意とする間合いではない。 だが、シンはすでに点破の構えを取っていた。
細剣の切っ先に意識を集中させつつ、レイフォンが滑るように肉薄する。
シンは構わず突きを放った。

外力系衝剄の変化  点破・裂華(てんは・れっか)


「っ!」

先程までの技とは違う。
突きの動作と共に、細剣の切っ先に収束された衝剄が散弾のように破裂した。 
衝剄の弾丸は広範囲に広がり、至近距離では躱す隙が無い。

(防ぎきれない)

刀では捌ききれないと判断し、レイフォンは咄嗟に金剛剄を張る。 
直後、衝撃が全身を叩いた。
衝剄の塊一つ一つの威力はそれほどでもないが、攻撃の面積が広い。
レイフォンがその攻撃を凌ぎ切った時には、すでにシンは第二撃の準備を終えていた。
引き戻した腕から、再度、突きを放つ。

外力系衝剄の変化  点破

動きを止めていたレイフォンはその一撃をまともに喰らい、後方へ吹き飛んだ。
空中で身を捻り、なんとか着地するが、こらえ切れずに膝を付く。
そこへシンが、今度は自ら距離を詰めた。 飛ぶように疾駆し、高速の連撃で畳み掛けようとレイフォンに迫る。
それを見やったレイフォンは、膝をついたまま刀を振り上げた。
そしてシンが攻撃を繰り出すよりも先に、その刀を振り下ろす。

自らの足元の、地面にだ。


サイハーデン刀争術  砂上楼(さじょうろう)

途端、レイフォンを中心とした周囲一帯の地面が崩れ落ちた。
いや、地面の土が砂状になったのだ。 
シンは突然砂に足を取られてつんのめる。 ただの砂ではない。 流砂のように砂上の人間を呑みこもうとする。
足を止めた途端、あっという間に膝まで沈み込んでしまった。 身動きが取れない。

一方レイフォンは軽快に走り、シンへと迫る。 砂上で足を取られる様子は無い。
目の前に迫るレイフォンを見て、シンは咄嗟に細剣を構えるが、足腰に力が入らない。
逆袈裟に振り上げられた斬撃が細剣を打ち据える。 こらえ切れず、シンの手から武器が弾き飛ばされた。
レイフォンは即座に手首を返し、刀身を閃かせる。
静止した刃は、シンの首筋に当てられていた。
両者ともに動きを止める。
しばし目線が絡み合い、やがて、

「参った。 俺の負けだ」

シンが両手を上げて降参を示した。
審判の判定が下る。 レイフォンの勝ちだ。
ツェルニ武闘会、レイフォンの決勝進出が決まった。






















あとがき


長かった。
リアルが忙しかったのもありますが、それだけでなく予想以上に執筆に時間がかかってしまった。結局年内に終わらないし。
バトルの展開や殺陣の流れは最初から決めてあったのに、実際に文章で描写しようとすると非常に骨ですね。というかちゃんと伝わっていれば良いのですが。

まあ、諸事情により実家に帰ることができなくなったので、正月休み中も執筆できるかもしれないのは僥倖かもしれません。とはいえ、冬休み中の課題とかもあるので、さほど更新速度は上がらないかもしれませんが。


さて、事情説明はこの辺にして、今回は vs ニーナとシンです。殺陣シーンを書くのが一番時間がかかりました。おまけに書いててメチャ疲れます。やっぱりセリフが多いシーンの方が楽ですね。

ニーナの技は、小隊員なのに独自の技が無いのはどうかなぁと思って考えました。いちおう父親から色々教わっているはずですしね。

シンの方は原作でも技を使ってましたから。ただ、キャラがイマイチ掴みにくいですけど。以前はドラマガを読んでいなかったので、外見描写とかも結構想像です。


さて、次はいよいよ決勝ですね。圧倒的な実力差のあるレイフォンに対し、ゴルネオはどう戦うのか? まあレイフォン手加減してますけど。



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