キムラが悪名高き、管理局最高評議会付属連絡分室に転属することになって九年もの時が過ぎた。九年、それは少年、少女たちを立派な大人にするには十分な時間であって、その少年、少女にはビアンテ、キムラも含まれていた。
キムラは育ちのよさそうな顔を残したまま、実年齢より若く見られがちな、童顔の青年に成長したし、ビアンテは美少女から美女と呼んでも差し支えないほど魅力的に成長した。ミス・管理局にノミネートされるほどである。何故か、謎の圧力によって彼女が選出されることは無かったらしいが、それでも魅力的な美人であるのは確かだ。
そして、彼らの上司、あの『管理局の最終兵器』であるモリは成長? 何それと見かけは十年もの間変わらないという人外っぷりを見せつけ、周囲に彼が『神』であることを再認識させるのであった。
十数年もの間、彼ら管理局最高評議会付属連絡分室は何をしていたのだろうか?
モリに関しては、普段は何もやっていなかったというのが適切であろう。かといって、キムラ、ビアンテが何をやっていたのかというと、彼らも特には何もやっていなかった。正直、モリが放棄した書類の数々を処理していただけであって、キムラが転属してからは一人当たりの仕事はかなり少なくなったのだから。
もうひとつ、理由がある。彼らには、厄介な”交渉”なんて仕事がなかったためである。『史上最強のメッセンジャー』との名前に恥じない彼の働きによって、相手は文字通り殲滅されるのが常であるので、書類は上への報告だけですむのである。その報告でさえも、最高評議会に提出するだけであるのだから、分室でも書類仕事は少なくもなるはずだ。
では、彼らは何をしていたのか?
モリに関しては勉強、これに尽きる。モリは元大学生であるので、勉強をあまり苦としなかった。十数年もあれば、それぞれの専門分野を相当程度まで深くまで勉強できる。モリ自身も異世界の勉強が楽しかったのもあってか、順調に知識を得ていった。
ビアンテやキムラは、書類仕事以外は特に何もしていない。有体にいえばサボっていた。無論、他の同僚に比べればサボっているようなほど仕事量が少ないのであって、一応、書類は片付けていたのだけれど、そんな仕事量で一日をつぶすこともできず、後は雑談、模擬戦ぐらいである。
模擬戦、というのもあまりにも暇すぎたビアンテが『体動かさないと、肌に悪い』という誠に自分勝手かつ、陸の皆さんが聞けば憤死しそうなコメントを吐いてキムラをいじめ始めたのがきっかけだった。それに悪乗りした室長がもっとやれと野次を飛ばし、毎回毎回、キムラは泣きそうになりながらも総合SSランクとの死闘を演じなければならなかった。
そのせいもあってか、キムラのランクはAと九年前に比べれば、格段の成長を見せた。彼が霞むのは周りの二人のキャラが濃すぎるのであって、彼が無能な訳ではない。もっとも、管理局職員たちの見解としては、キムラは『分室の”じゃない方”職員』として認識されていたのであるが。
しかし、五年ほど前にモリが久しぶりに仕事をしたことは管理世界の住人の記憶に新しい。何せ、世界が一夜にして”消えた”のであるから興味、というか恐怖を持たないほうがおかしい。
管理局の発表としては、管理局最高評議会付属連絡分室をメッセンジャーとして派遣した、それだけであったのだが何が起こったかは明白であった。管理局のお偉さんがたとしては『彼が”お話”に行ったら何故か相手方が消えちゃった、えへ☆』という訳だがつまる所、『文句があるなら”お話”に行かせるぞ、ゴラァ!』という意味だった。脅迫である。
その働きでモリが中将になったのは、多分、誰も興味がないことであった。手放しで喜んでいたのは、モリ、ただ一人である。
またこの頃から、言うことを聞かない子供に『悪いことしたら、モリが来るわよ!』なんて躾ける親が増えたことも記憶にとどめておきたい。
『合格、おめでとうございます!』
二人がクラッカーの紐を勢いよく引くと、パーンと軽やかな音が無限書庫の連絡分室に響き渡る。火薬臭い匂いが漂う中、照れたようなにやけた顔をするのはモリ・カク室長。その手には、何やら証明書の様な物が握られていた。
色とりどりの飾り付けが部屋を華やかにしている。勿論、この飾り付けをしたのは、ビアンテ、キムラの二人であり、今回の室長の『A級デバイスマイスター』合格へのお祝いのパーティーであった。ちなみに、過去、モリが色々な資格に挑戦し合格したときも同じ様な催しが企画され(主にビアンテ主導)、祝われてきたのであった。毎度毎度、気使うから止めてくれといって憚らないモリであるが、目じりが垂れさがっているのを見るに、嬉しがっているのは明らかである。
「いやぁ、ありがとうありがとう」
選挙で当選した議員のように、腰を折ってありがとうを繰り返すモリ。しかし、周りには二人、いささか過剰に思える、キムラも苦笑ぎみだ。
「しかし、モリ室長も資格好きですねー この前も確か執務官の試験に受けてませんでしたか? 偽名で」
「まあね、資格自体が目的というより、勉強の一目標としてただけどね」
それでも、資格を取れたことは嬉しいようで、そのにやにや顔は止まらない。その顔をうれしそうな顔で眺めるビアンテに、キムラは顔をしかめる。
「先生としても、鼻高々です」
ふんっ、と自分の事も忘れないでくださいよとビアンテが自己アピールするのに、気付いたモリは苦笑しながらも、力を借りたのは事実なので礼をする。
「ホント助かったよ。こっちに来てから、かれこれ十数年か? そんなに長く付き合ってもらってるんだしね」
「つ、付き合って!? い、いやぁモリ室長! もっち、告白は雰囲気のいい場所の方が……」
「も、モリ室長! 何か、今日、重大発表があるって聞きましたけれど!?」
ピンク空間が形成されるのを防ぐ為、キムラがいつもより大声で、二人の中に割って入る。トリップしていたビアンテもハッと、己の勘違いに気づいたのか、顔を真っ赤にしながら彼の質問に乗っかった。
「そ、そうですよ室長! またくだらない事だったら怒りますからね!?」
「今日は俺のお祝いじゃなかったけ? ……まあいいや。これまではいくら魔法理論だの習ってもリンカーコアがない俺は魔法が使えなかった!」
ダンッと両手を握りしめ、悔しさを全身で表現するモリ。
「確かに、室長って0か全壊しかないですもんねぇ」
うんうんとビアンテは頷いた。
「そんな自分の窮状を何とかしてくれるって言うのが、さきほどスカさんから届いたんだ」
「スカさんって、たしかスカリエッティ博士でしたっけ?」
一度、あったことがあるあの特徴的な雰囲気を持つ男を思い出しながらキムラはビアンテに尋ねる。ビアンテは、ええと頷きながらもその表情は芳しくない。キムラはその表情が気になったが、室長の発表がさらに続きそうだと意識をモリの戻す。
「ああ、そうだよ。昔はスカさんとこの娘さんとも遊んだもんだけどなぁ、覚えてる? ビアンテくん?」
モリの質問だというのに、あー、だとか、うーだとか冴えない言葉しか返さないビアンテにキムラは何かあったなと見当をつける。この二人のコンビもかれこれ長いこと続いてる関係なのであった。キムラはヘタレのまんまであったが。
「キムラ君は、顔見せで一度会ったことあるよね?」
「あ、はい。ありますね、覚えてます」
今でもよく思い出せる、ということよほど印象的であったようだとキムラは思い出す。あの時は娘という人には会わなかったが……
また後でビアンテさんに聞いて見よう、キムラはそう思い直した。
「そのスカさんなんだけど、最近は忙しいみたいで会ってないんだけどね? 親友のよしみで、今度、外付けの魔力発生装置を研究してるっていうからその試作品を送ってくれたんだよ!」
「はあ」
「はあ?!」
イマイチ分からないキムラとは対照的な声をビアンテは上げる。彼女にはこの技術の凄さが理解できるらしい。
「まだ、全然出力が足りてないらしいんだけどね」
といいながら、ごそごそととりだしたのは、中央にダイヤの指輪の台座の様な、鉤がついてあるブレスレットであった。そのブレスレットは鈍い銀色に光っており、その中央に位置する何もおいてない台座には、元々そこにあるものがない状態のように見える。
それを左手につけたまま、モリは軽く何かを払うかの様に左手を動かした。
『フワリッ』
「お、おお!」
その左手方向先にある本棚から、一冊の本がふわりと飛び出し、ゆっくりと部屋を横切って、モリの左手に収まった。
「凄いだろ? だろ?」
最近買ったオモチャを自慢する子供のような表情で、みんなの反応をモリは窺う。外付けの魔力発生装置ということがいかに凄いかは、技術的なレベルであり、視覚的にはへぼもへぼなのでキムラには理解できないようであった。
一通り、機能を説明しこの日の為に用意してもらったケーキを三人で食べると、各自ゆっくりし始める。ちなみに、今までのパーティー自体、勤務時間内である。もうこの状況に疑問を挟まない時点で、キムラも大分この分室に毒されていると言ってもいいだろう。
そして、すべてはこの、緩やかな時間の神の戯言から始まった。
「あー、このブレスレットに入る綺麗な宝石無いかなー」
「どうして、僕は船に乗っているんだ……?」
キムラは広い宇宙に漂う、小型の船の中で一人ごちた。
その誰に言うでもないひとり言を聞いたのか、返す必要もない返事をモリは返す。
「そりゃ、ジュエルシードなんてぴったりな物が発掘されたんだから、取りにでもいくでしょ」
「盗る、の間違いじゃないんですか?」
隣にいたビアンテが突っ込む。
「『殺してでも奪いとる』ってよく言うじゃない」
『言わねぇよ……』
二人の部下の心の声が重なる。
「だってさぁー、たまたま無限書庫がよこした奴に『ジュエルシード』が書いてあって、しかもそれが宝石っぽくもある『エネルギー結晶体』っていうんだから、それをこのブレスレットにつけない訳にはいけないだろう?」
ブレスレットの台座にエネルギー源を取り付ける事が出来れば、もっと強力な魔法が使えるはずとスカさんは言ってたとモリは言う。
「はぁ、でも発掘したスクライア一族でしたっけ? 彼らはロストロギアを管理局に売っている訳ですし、一つぐらいもらえるのでは?」
キムラは、頭の中の『海』に関する知識を引っ張りだしながら、頭を傾げて質問する。
「まあな、確かに俺達も一応『海』の一組織だし、あそこ以外なら一個ぐらい横流しさせてくれるかもしれないんだが……」
「あそこ?」
「その担当艦がアースラななんだよ」
「アースラ……ああ、リンディ提督の……」
なら無理な訳だ、とキムラも納得する。直接、彼と彼女が出会った所はまだ見ていないのだが、仲が悪いという噂を聞くに、いい顔で『だめっ!』と言われる所が容易に想像できる。
『ピッ! ピッ!』
短い警告音が鳴ると、ビアンテの前に広がるモニターに三人の視線が集まる。ちなみに、この小型艦も操縦しているのはビアンテ・ロゼ、彼女はまさしくエリートであった。
「室長! 目標輸送中だと思われる艦体を捉えました!」
「よしっ! 距離は!?」
「距離2000!」
その言葉を聞いて、少し考えていたモリであるが、ふと思い出したように次の命令を待ちモリの方を見ていたビアンテに尋ねる。
「旅の鏡って、ビアンテ君使えたよね?」
「はい、使えますけど……まさか!?」
大体の予想がついたビアンテは驚くも、どこか納得したような様子で頷く。少し、その顔は青かった。対照的に、キムラの顔には疑問符が浮かぶばかりである。
「では……」
ビアンテのデバイスはストレージデバイスであり、一般的な局員御用達の物である。そこから、何やら渦巻き状の薄っぺらいものが空間に浮かんでくる。そのグルグルと靄が渦巻き続けるような不思議な物体を満足げに見たモリは躊躇わずにその物体に手を突っ込んだ。
「こっち方向か……?」
呟きながら、角度をモニターを見て調整するモリを見て、大体キムラは今後のことについて予想がついていた。
輸送艦を少し遠目から俯瞰したようなモニターを見ながら、向きを調整しモリは力を込める。イメージは輸送艦に掠り、停止したあと接舷し、乗り込むといったものである。やってることと言えば、完全に海賊だ。
しかし……
『あっ!』
撃つ前に、何者かの跳躍魔法攻撃を受けそうになった輸送艦はその艦体を少しずらした。そのまま、その艦体中央はモリビームに真当たりすることとなり、凄まじい圧縮音とともに、ボロごみにしか見えないその”元輸送艦”は近くの管理外世界に堕ちて行った。
『……』
沈黙が支配する管制室の中、モリの言い訳の様な声が響く。
「お、俺の所為じゃないもん」
『……』
彼ら分室一行は、急きょ輸送艦が堕ちたと思われる第97管理外世界を向かうことにした。