<作者コメ>
前に書いた奴の修正版です。また、話が前後しています。順番を入れ替えたほうがいいかな?
「何を顔をしかめて見ているのです?」
聖王教会のシスターであるシャッハ・ヌエラは机の上に頬杖をついて携帯型デバイスの画面を睨む少女に声をかけた。
彼女の目の前で思い悩んでいるのはカリム・グラシア――名門グラシア家の女子であり、古代ベルカ式のレアスキル「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」を持つことから将来を有望視されている才女である。そんな彼女の世話役であるシャッハ・ヌエラはシスター・シャッハと呼ばれ彼女に親しまれていたのだった。
「秘密です」
上目遣いでシャッハを確認したカリムは、すぐに視線をデバイス上に戻した。
最近は思春期だからか少し秘密主義めいている、なんてシャッハは世話を焼いてきた過去を思いその成長を喜ぶ半面、僅かな寂しい気持ちも感じるのであった。
やっと足が床に着くようになってきた、少し見栄を張った大人用の机で足をぶらぶらしながら熱心に画面にのめり込む彼女は、シャッハから見ても背伸びして大人になろうとする子供の様で微笑ましさを感じる光景である。まだまだ子供だな、なんて心に暖かい物が広がる自分が急に年を取った風に思えて、シャッハは内心首を横に振った。
「ちょっとモリ中将の所まで行ってきます」
「……またですか?」
心の中で己へのエールを送り終えたシャッハは、思いもがけない名前を聞いて顔をしかめる。
モリの名前はシャッハもよく知っていた。そりゃあもう嫌になるぐらい、よく知っていた。というのもカリムが、あの『管理局の最終兵器』である例の男を気にいった様子であったからだ。シャッハは何だってあんな男を、と思うのだが彼女は事あるごとにあの男に突っかかっていくのであった。好きの反対は無関心――どうか彼女の初恋があんな男なんかになりませんように、とシャッハは割と本心で最近、聖王に祈ったりしている。
彼女がモリを嫌うのも何もシャッハが特別という訳ではない。と言うよりこの教会内ではカリムのように彼を気に入るといった方が異端なのである。というのも、聖王教会はその名も通り古代ベルカの王である聖王を祭る宗教である。その実態は習俗化していてそれほど教義がきつい訳ではないが、それでも他の人間が、それもぽっとでの人間が『神』であると宣言したとなればいい気はしない。事実、多くの教会関係者は彼の事を胡散臭いと思っていたし、『世界の危機を救った英雄』なんていう風評にも懐疑的であった。
それでも確かに一撃で世界を滅ぼせるほどのチカラを彼が現実に持っていることは認めざるを得なかった。それはつまり管理局の高官である彼ともうまく付き合っていく必要がある、と言うことである。
だからこそ、教会側は将来の教会を背負うだろう人材であるカリムとの会談を一度セッティングしたのである。
しかし、その会談は成功しすぎてしまった。カリムがあろうことかモリに興味を一方的に持ってしまったのである。
それからというものカリムの一方的な興味で彼が室長を務める管理局最高評議会付属連絡分室に、それが入る無限書庫にたびたび押し掛けたりするのであった。
正直止めて欲しいと願うシャッハとは裏腹に、教会上層部としてはこの状況は歓迎すべきことであった。何しろ管理局、いやこの世界の実力者であるモリと近しい位置を占める事が出来れば教会の影響力は増大するにきまっているからだ。いくら宗教組織とも言えども上層部ともなればパワーゲームの事まで考えれなければいけないのである。
それを十分シャッハも分かっているからして。
「……いってらっしゃい」
彼女を個人的感情から露骨に引き留めることは出来ないのである。
最初は面を食らってしまった手順ではあったが、何度も繰り返すうちに慣れてしまった。
カリムは何故か微笑ましげな顔で見てくるこの書庫の司書に首を傾げながら、いつものルートを行く。階段を下りるとそこには少し饐えた匂い漂う非日常が広がっていた。あまり高いとは言えない天井までぎっしりと資料が詰まっているここは、まるで本を文字通り掘って出来た洞窟にも思える。カリムはもう慣れてしまったからか心なしか先導する足に引っ張られ、メルヘンな扉が強烈な場違い感を与える本棚まで来たのだった。
大きく息を吸い込む。
ここまで来るとあの仕事場とは思えない部屋の、何かが焦げるような甘い匂いが漂ってくるように思えるから不思議だ。脳裏にあの生温かい、寓話に出てくるおばあちゃんの家のような雰囲気を持つ連絡分室が思いだされる。まったく、仕事場とは正反対に位置するような部屋だ。あんな場所にいればそりゃ仕事もサボり気味にもなるわよ――と真面目な彼女からみて仕事をしていない分室面々のだらしない原因を推測する。
コンコンっとドアを叩く。
そのまま入ってもいいぐらいに親しいはずなのだが、こんな所に几帳面な辺りは彼女の性格か育ちの良さか。うぃーとやる気のない声が中から聞こえてきたのに心臓の鼓動が心もち速くなるのを感じながら、カリムは扉を開けた。
「おじゃまします……ってモリさん! またそんな所で寝て!」
「……っ! お前かい」
部屋に入った彼女の目に飛び込んできたのは、だらしない格好をした青年がソファの上で横になっている姿であった。ソファから半身で起き上がったお腹には読みかけの本か、開いた専門書がぞんざいに広がっている。目をこすりながらの第一声が『お前かい』だったことにカリムは憤りを感じるが、人間誰でも寝ているのを起こされれば不機嫌か、と思い直した。
だらしない、と言うのも何時も着ている風に見える白衣はソファで寝ていたからかしわくちゃである。ぼりぼりとめんどくさそうにこちらを半目でにらみながら頭をかくそれは、一般的に言えばかなりいけてない男ではある。
こんなパッとしない男が神と名乗り、そして世界を動かしているのだから人間分からないものだ、と喜劇染みた現実にカリムは面白みを感じた。
「……で、今度は何さ? またあの暴力シスターの嫌な視線と耐久レース、なんて嫌だぞ」
「暴力シスター? ああ、シャッハの事ですか。大丈夫ですよ、今日は貴方を説得しに来たんですから」
とカリムは胸を張りながら答えた。
「説得? 一体何をさ?」
とモリはぶつぶつ文句を言いながらソファから起き上がる。
そのまま洗面所に行き顔を洗うぐらいの常識は彼にもあったのだった。その間に勝手知ったる他人の家とばかりにカリムは近くの戸棚から粉末コーヒーを取りだして、ヤカンを火にかける。最初はその見慣れぬ道具に戸惑っていたカリムであったが何度も使う内に、というか何度もここに押し掛ける内に使い方を理解したのだった。何故、こんな原始的な方法でコーヒーを入れるのかとモリの問うた事があったが、彼から帰ってきた答えは『それが男のロマン』という何とも理解しづらい言葉であった。女であるカリムからすれば、はいそうですかとしかいえない。
「砂糖は二杯? でしたっけ?」
「あ? ああ、そうだ」
そんな事を言うのに甘いコーヒーが好きなモリは妙に子供らしい。
男はいつまで経っても子供なのよ、とは他のシスター達の話で小耳にはさんだ事がある、とカリムはうんうんと納得するのだった。
顔を洗い、髪を直してきたモリがテーブルへと歩いてくる。コーヒーを二人分用意してカリムは席に座った。
「で? 今度はどんな厄介な話を持って来たんだよ?」
とモリは熱いコーヒーを啜りながら対面のカリムに聞く。
モリとカリムが出会ってから数年、気の置けない関係を二人は築いていた。
「今度の7月23日、ある世界を滅ぼすとかで」
「……そんな事、どっから聞いたんだ?」
「ふふん、私にも情報網というものがあるのです」
とそのまだ薄い胸を張って威張りながら、カリムは自慢げに言いきった。実際は教会内部の上層部しかアクセスできない情報サイトに書いてあったのだが、まあ、確かに一般人が知ることができないという意味では特別な情報源を持っているといっても間違いではない。そこを情報網と言ってみる辺り、やはりまだ背伸びしたい子供の範中なのであった。
そしてそのサイトに、何度も会った事のあるお兄ちゃんの名前が書いてあったから遊びに来た――なんていうのが、今回の真相だったりする。
何はともあれ、カリムは軽い気持ちでその日にちを口に出したのだった。
「で? それを聞いてお前さんはどうしたいんだよ」
普通なら自分が大量虐殺に関わることを――それが公的には是とされている事でも――仲のいい少女に確認されれば多少の気まずさを感じるのが普通である。しかし、この場合はモリであるので彼は純粋に、それを聞いて彼女がどう反応するのかが気になって問い返したのだった。
カリムもモリが世界を滅ぼしてきたことは知識として知っている。しかし、それに実感が湧くことなどなかった。それは一つに一応世間ではモリの行いは正であるとされていたからでもあるし、目の前の、冴えない兄ちゃんとその世界が消えるという大きな出来ごとが簡単に結びつかないがためでもあった。
「人を殺す事はダメなんですよ!」
「――はぁ?」
「だから、私はモリさんがこれ以上罪を重ねないように説得しにきたんです! 世界を滅ぼすなんてもってのほかです!」
ふむぅと気合いたっぷりに言い切ったカリムは満足そうにモリのほうを見やった。
モリはまたコイツめんどくさい事を言いだしたよなんて思いながら、満足げなカリムをコーヒー口につけながら眺めていた。
「罪……罪ねぇ?」
モリは口を開いた。
「お前さんはなんで俺と聖王教会が仲悪いか知ってる?」
「はい、シャッハはモリ中将が恐れ多くも聖王様と同じ『神』を自称しているからだ、と言っていました」
「まあ、そうだわな。となれば聖王教会の騎士の言う罪って言うのは何に反しての罪だって言うんだ? まずそこからハッキリさせてもらわないと議論にならん」
「え、え?」
モリの静かな反論に、返されるとも思っていなかったカリムは少し混乱する。
「大体だな。俺には罪を犯すのが何故、悪いのかも分からん。ま、まずは罪の定義から決めようか」
なんてニヤニヤしながら話すモリは傍目から見ると実に楽しそうな顔をしていた。
「罪、といえば大体二つに分けられるか。一つは法律用語としての罪。これはつまり犯罪の事だ。これに関しては、裁判の時も言ったんだが俺を害することが出来ない時点で無効になる。それに今回のことだって最高評議会からの命令なんだから、法律的にも世間的にも正しい、ということになっちまうぞ」
「……ぐっ!」
「第二に宗教上の罪。これが問題なんだが大体俺は聖王教会と何ら関係ないしな。そりゃあそっちじゃ罪かも知れんがこっちはあいにく俺自身が神なんでね。同クラスの存在から注意されたぐらいで、どうってこたあない」
少し涙目になりつつもカリムは反論しようと唸りつづける。
彼女にとって、小手先の言葉で何を言われようが世界を滅ぼすことなんて到底認められるものではなかった。それが宗教上の罪やらと何やら小難しい言葉を並べようとも、それは絶対悪いことであるのだ。
それは宗教とか、そういう事ではない。それに根付いた確信ではない。
あやふやな、それこそモリの言うような定義などきっちりした確信ではない。
であるが、モリが名前の知らない人々を殺す事を許容できるか? それに関しての答えは確実にNOであった。
――それはそうだ。人を殺すのが、世界を滅ぼすのが悪いことじゃなくって何が悪いことなんだ。そんなの自明のことじゃないか。
そう、彼女は思えるのである。
「とにかく、人を殺すことが悪いことでない訳ないじゃないですか! 人は尊いモノなんです!」
「悪いことと罪は違うと思うけどなぁ、それに」
「それに?」
その瞬間、モリの顔は能面のようであった。
「ひと、人か……ああ、そうだよな」
「……モリ、さん?」
「……ああ、そうだな。”人”を殺すことは悪いことだ」
ふとニヤニヤしていた顔が真面目な顔になった後、モリは急に方向転換して、そう言った。カリムの言葉を肯定する内容だ。そのままモリはコーヒを啜り、いつもの何を考えているか分からない笑みを浮かべた。
肯定されているはずなのに――カリムはその笑みに嫌なものを感じた。
「なっ……」
「だから、もう止めよう、この話は」
「そんな」
「止めだ」
にべもないモリにカリムは何かを感じ取り、口をつぐんだ。
急に冷え込んだように思える二人の間に、暖炉の乾いた弾ける音だけが響いていた。
**************
パチパチと火の弾ける音が暖炉から聞こえてくる。
動物園から帰ってきた分室一行は、いつもの業務もそこそこに手早く解散したのだった。
暖炉から漏れる光は、部屋を薄暗く照らしている。ビアンテはソファで気持ちよさそうに寝息を立てるフェイトに、ゆっくりと毛布を掛けた。
あどけないその寝顔は暖炉からの光で少し赤みがかって見える。よく寝入っているフェイトを見て、よほど疲れたのだろうとビアンテは思った。ここまで疲れるほど楽しめたのなら、室長のやった事にも、まあ、目をつぶろうではないか。
早めの解散にキムラも久しぶりにアパートへ帰った。アルフも空気を読んだのか、何処かに行っているようでここにはいない。
つまり、ここには寝入ったフェイト含め三人。実質、モリとビアンテの二人っきりなのだ。
ソファから視線をテーブルの方に向けると、先ほどビアンテがいれたコーヒーを少し飲んだモリが宙をぼーと見つめていた。
彼も疲れたのだろうか? 普段、確かに全くと言っていいほど運動していないと思うのだけれど。
動物園は意外と歩くからなぁ――と考えながら、テーブルに腰を据える。
正面のモリはやはり宙に視線を彷徨わせている。そういえば、動物園にいる時も途中から上の空だった様な気が……と動物園の事を思い出して、年甲斐もなくはしゃいでしまったかもしれない、と今更顔が赤くなってくる。
フェイトも楽しんでいたようだった、とビアンテは思う。途中からは室長の手を握って、色々な所をせがんで回っていたフェイトと室長だけれど、彼も案外お父さんできるもんだと感心したのだが。
思いのほか楽しかったし、今度はデートでも……とビアンテはモリを見た。
モリはやっとビアンテが目の前に座ったことに気付いたようで、こちらに視線を戻した。
「フェイトは寝た?」
「はい。ぐっすりですよ。よほど疲れたんでしょう」
「そうか」
また、口数少なく会話が途切れてしまった。
おかしい、とビアンテは自分のコーヒーを啜りながら思う。いつものあの軽薄というか飄々とした雰囲気を感じられない。
その理由を思いあぐねていると、モリが口を開いた。
「ただ演じていただけなんだよね」
「え?」
「そう、イメージ通りに動いてみただけ。愛する娘のために一日貸し切るなんて、何処かのマンガにでも出てきそうな話じゃないか? ……そうなんだよな、それをなぞっただけだ。父としての役割を体験してみよっか――それが、おもしろそうだったから」
「な、何の話なんです? さっぱり話が見えないんですが」
「それでもフェイトにとっては、それが必要な訳だ。だから、うん、でも理想的な家族像だ。これは特別かもしれないけれど、確かに理想的。本質的には普通の”家族”と変わらない、サンプルとしても十分なはずだ。そう、これでいい。
――けれども、家族ごっこ。偽物。そこには、本物の愛情もない、はずなんだよなぁ」
ゆっくりと見えない誰かに語るかのように口を動かすモリをビアンテは呆けた目で見る。
モリは自分の世界で考え事をまとめる時、こうして人の返事を必要としない独り言を言うことがある。
そういう時のモリが、ビアンテは嫌いだった。
モリは、その時のモリはここじゃない何処かに心馳せているみたいで。現実のここを見ていないみたいで。
まるで自分たちを無視しているかのようにビアンテは感じるからだ。
「ビアンテ君、君は家族が欲しいかい?」
「え? えええ!?」
突如、焦点のあった目でビアンテを見たモリは急に爆弾を放ったのだった。
思いもがけない、その質問に慌ててビアンテは爆弾をさらに盛ってしまう。
「それは告白ですか!?」
「ん? 告白?」
きょとんとした顔で問いかけるモリに、ビアンテは自分の耳が急激に熱くなっていくのを感じた。
これは地雷を掘り返してしまったのかも――ビアンテは先の失言を後悔するとともに、ここで言わねばいつ言うのか! と勢いに任せて、別の言い方をすると自暴自棄に言葉を飛ばした。
「……室長は、私が好きな事に気がついています?」
モリは、もう一度視線を宙に数秒彷徨わせた後、息を吐きながら言った。
「あー、うん、薄々は」
二人の会話が宙に浮く。
息が詰まるような沈黙の中、心臓の打つ鼓動が煩いとビアンテは思った。
しゃれたレストランでもなく、こんな適当な会話でのフライングで……とビアンテは後悔しきりだ。
「……家族って、何なんだろうね」
え、今の問答無しにするの? などビアンテの頭の中には疑問が渦巻くも、今、モリから発せられた言葉を考えてみる。
先の独り言から、断片的に拾ってみるにモリはフェイトとの関係、というか、そういうものに悩んでいるのではないか? という結論にビアンテは達した。
「室長はちょっと難しく考えすぎなんだと思いますよ」
「……そう、かな」
「はい。きっとそうです」
それでも納得していない様子のモリに、ビアンテは言葉を重ねる。
「広い意味での家族、というならこの連絡分室も家族、と言ってもいいと思いますよ?」
「ん?」
「生活ほとんど共にしてますし。お互いよく知っていますし……それに、あ、愛情も……」
ビアンテは口から心臓が飛び出そうだった。
「愛情?」
けれども、モリは彼女一世一代の言葉をオウム返しにして、投げ返す。
ビアンテは様々な感情――それは恥ずかしさとほんのちょっとの怒りが混ざったもの――を乗せて、言葉を放つ。
「そう、です。愛情、愛情です! 愛情があるなら家族でしょう!」
「あー、誰との間に……」
「私からあなたに、です! 言わせないでくださいよ!」
少しずつ怒りの割合が増えるのを感じながら、捨て鉢になってビアンテは叫んだ。
「あー、はい」
流石のモリも勢いに押されてか、身を引いて、そう答えた。
けれども、まだ息も荒いビアンテに遠慮がちにモリは問う。
「愛情ってよく分からないんだけど……」
――この人は、まだそんな事を言うのか!
頭に来たビアンテは涙目でモリを睨む。さすがのモリも女の涙にたじろいたのか――うっ、と呻き身をのけ反らした。
そんな小市民なモリを見て、そんな反応を返すぐらいなら聞かなければいいじゃない、とビアンテは思うのだが長年彼と連れ添ってきた彼女には分かるのだ。彼はとことん自分が納得できる答えを探す、探してしまうような人、知りたいことは、いくら空気が読めない場面だろうが相手に聞いてしまうような人だと。
そして、そんな所が好きな所の一つなんだから恋は盲目よね――とビアンテは小さく笑った。
「好きな人と一緒に居たいと思う気持ち、それが愛情なんじゃないですか?」
「そう、なのかなぁ」
「男には分かりません。室長も、女になれば分かりますよ」
「そういうもん、か」
「そういう物です」
深く頷くモリに、ビアンテは優しく頷き返した。
「なるほど、ならビアンテ君がフェイトの母親になれば、もっと完成度の高い”家族”になるな」
「え?」
「だから”家族”を作ろう。フェイトも入れて、もっと、もっと……」
ヒートアップするモリに戸惑うビアンテの図は、彼女が描いていたロマンチックな図とは真逆なものであった。
しかし、この日を境にモリは次々と今までに残してきた宿題を片づけるかのように色々な準備、行動を開始する。結婚式や入籍、そして住居をビアンテのマンションに移してフェイトたち四人で住み始めるなど具体的な行動は、周りの人からやっとモリも身を固める決心したかと思わせた。
ビアンテも、あの日の事が気になりもしたが、何を聞いたらいいのかすら分からないのだ。
そこに確実なズレ、違和感があるのは感覚的にも分かる。
しかし、ビアンテは日々の幸せに流されてしまうのだった。