(暑いなぁ……)
どうしてガラス越しの日差しはこうも熱く感じるのだろうか、と他愛ない考えに囚われたスバル・ナカジマは目の前の台座で先から熱弁をふるう男をぼーっと眺めていた。
スバルがこの機動六課に引き抜かれた時はそれもう嬉しいものであった。それは憧れの人である、高町なのは所属の部隊で働ける事を意味していたからだ。
忘れもしない、あの新暦71年の大火災。その場で被災したスバルを助けたのが、高町なのはであった。それ以来、憧れ続けていたのである。
そのせいか昨日の晩は興奮のあまりあまり寝付けなかったのだ。だから今、前の台座の男の話に集中できないのである。
視線を無理やりに上げて、目の前に固定する。
小さな台座の上には、『海』の制服を来た男がごく普通のテンション、語調で朗々と話していた。
顔は並であり、その体型も含めてそこら辺でよく見る極々一般的な男性である。そう、平凡を絵に書いたような男であるのに、スバルには何か引っかかるものがあるのだった。
(どこかで見たことあるような……どこだったけなぁ。……テレビだったか雑誌だったか……)
再び不毛に思われる考えに囚われたスバルはうんうんと唸る。
話を聞けばわかるだろうかと、今まで耳を素通りしていた話に改めて集中する。
「――えー君たちには、重大な任務がある。それは先の八神部隊長の話にあったように最近世の中を騒がせている所謂レリック事件の解決だ。
安全と平和という像を掘るのに、チェーンソーだけでも精細なモノは出来ない。ノミだけでも時間がかかる。チェーンソーはチェーンソー、ノミはノミと役割分担をしっかりすることが重要である。
……事件が起こるのはこの世の常であるが、このレリックというロストロギアは普通とは違う、強力な高度な魔力エネルギーである。一度暴走すれば、周囲に多大な破壊を撒き散らすことは過去の事件――空港火災を見ても明らかで……」
その言語が出た瞬間、スバルの頭が覚醒する。
空港火災、あのスバルも被災し今後の人生を決定づけた事件だ。
あの事件の原因がレリックだって?
初耳の情報に、自分の耳を疑うも周りの隊員もざわめいているのを見ると、やはり本当のことらしい。そして、自分だけが知らないという訳ではなくて一般には知られていないということも。
慌てて台の上の男を見ると、彼もしまったという顔をしていて明らかに口を滑らせた様子であった。
「……現在も調査継続中だが、そういう”情報”も出ている。あの様な大災害を二度と引き起こさないためにも、諸君らの健闘を祈る。以上」
無理やりに打ち切った感じも受ける終わり方で、その男の話は終わった。
この話がこの行事の最後のプログラムであったようで、挨拶もそこそこにその場で解散が告げられる。スバルは長い間、立ちっ放しの身体をほぐすためにも、ウーンと背筋を伸ばした。
そんな彼女に声をかける少女が一人。
「驚いたわね……あの”モリ・カク”がここにくるなんて」
何かを考えているのか、顎に手を当て宙を睨むは、黄金色のしなやかな髪をサイドに束ねた快活そうな少女。スバルのパートナーでもあるティアナ・ランスターであった。
「……モリ、モリ、あああぁ!」
ティアナの言葉を聞いたスバルは、頭の中でパズルのハマる様なカチッとした音を聞いた。
そうだ、確かそんな名前だった。小さい頃、雑誌などでうっすら見た記憶がある。彼の名前を知らなかったというのも、スバル自身が興味なかったこともあるだろうが、昔に比べて今日の彼はメディアへの露出が少ないのも理由のひとつに違いない。
スバルの突然の大声に、考えに耽っていたティアナは身体をビクっとさせて怒った顔をこちらに向ける。
「突然大きな声だして! びっくりするじゃない!」
「ごめんごめん」
手で拝むスバルにまったくもう、と半目で睨むティアナであったがふと何かに気づいたかのかスバルに質問する。
「モリ・カクがどうしたのよ?」
「う、うん。どっかで見たことあるような顔だなぁ……って」
「はぁ!?」
今度はその大声にスバルの方がびっくりしてしまう。恐る恐るティアナは、当然の事を確認するように問いかける。
「まさか、モリが誰だか知らないって訳じゃないわよね?」
「え、そんなに有名な人なの?」
「……はぁ」
呆れて、頭を抱え込む友人にスバルはまたやってしまったと思う。
この友達思いの友人はその都度、怒ったように如何にスバルに常識が足りてないかと説教してくれるのだがその裏の親愛の情を感じつつもやはり説教は嫌だというのがスバルの本心であった。
「……まぁ、最近はテレビにもあまり出ていないみたいだから、よく知らないのかもしれないわね」
「そ、そうでしょ!」
勝機を見つけて前のめり気味に賛成の意を示すスバルに、もう一度軽くため息をつくとティアナは解説を始めた。
「モリ・カクっていうのは、何と言うか、改めて説明するとなると困るわね。人間じゃない、うん、自分で神だと名乗ってるらしいわ」
「神!?」
驚いて良いリアクションを返すスバルに苦笑しつつも、ティアナは言葉を選びながら説明を続ける。
「うん、自称神、よ。でも神を名乗るだけあってすごいチカラは持ってるみたい。世界を滅ぼすほどの、ね。だから管理局の最終兵器とも呼ばれたりするわ」
「ふーん。すごい人だったんだぁ」
「ま、今は大将だったと思うからお偉いさんね。最近は何をやったとか情報が出てこないから何をしてるかわからなかったのだけど、機動六課の設立に関わってたなんて……」
知らなかったわ、とつぶやくティアナにふーんと興味なくスバルは相槌を打つ。
実際、彼女の頭は既に今後一緒に活動することになる憧れの高町なのは一等空尉で占められていたのだった。
「やー、緊張したわー」
ようやく部隊長室らしくなってきた部屋には三人の女性が居た。
革張りのいかにもな椅子に腰掛け背を伸ばすショートの女性は八神はやて。先ほどの演説に疲れたのか首を揉みながら目の前の二人の女性に愚痴に似た感想を零している。
「にゃはは、はやてちゃん、ちゃんと隊長隊長してたよ」
「うんうん、さまになってた」
そんなはやての姿に、軽く笑いながら同意するのは高町なのは、フェイト・T・モリの二名である。この二人は共にこの機動六課の隊長陣として出向中の身であった。
高町なのはは本局武装隊の教導部隊に所属している。また、フェイト・T・モリも本局の執務官として活動していた。フリーの執務官として将来を期待されるエリートである彼女は今まで、目覚しい活躍していたのであるが、はやての誘いに乗り、父の勧めもあってこの機動六課に参加していたのだった。今回の機動六課ではその知識を活かして部隊の捜査や法務関係を任される予定だ。
「あはは、ありがとう」
ふぅ、と一息入れたはやてはそういえば、と先の演説にて気になったことを目の前の二人に聞いてみる。
「あの……モリの大将が言ってた事やけど、何か聞いてた? 初耳やったんけど……」
「空港火災の件だよね? レリックと関わって、たって言ってたけど」
本当なのかなぁ、となのはは首を捻る。どうやら彼女は知らないらしい、まぁ、なのはは教導隊所属やったしな、とはやてはひとりでに納得した。
(知ってるとすれば……)
はやてはこの部屋に居るもう一人の人物、フェイト・T・モリの方に目線を向けた。
フェイト・T・モリは本局でも有能と評判の執務官だ。聞くところによると、この機動六課の設立目的であるロストロギア、またそれに関する違法研究の捜査にも関わっていたらしい。
それに名前から分かる通り、彼女はあのモリの娘でもある。家族なら上層部だけの機密であってもふと漏らしてしまうこともありえるだろう。
(モリの大将には騎士カリムを紹介してもらったり、今回の設立にも色々な支援をしてくれたけど、自分の知らない情報が――それもそれが特にレリックに関することなら尚更――あるなんてことは許されないや)
そう考えるはやては、自分の身内とも言えるフェイトをすら疑っている自分に気づき自嘲気味た笑みを浮かべた。
一方、渦中のフェイトは隣のなのはと同じように首をかしげるのみで、何かを隠している素振りではない。
数秒ほど考えた様子のフェイトは、少し申し訳なさそうな顔をしてはやてに言う。
「うーん、空港火災の事件には私も関わってたけど、そんな話は聞いたことないよ。あとでお父さんにも聞いてみるね。最近、新しい証拠が出てきたのかもしれないし」
「じゃ、お願いしようかな。悪いなぁ、モリの大将にはこの機動六課の事でも大分世話になってるのに……」
「うん、任されたよ。お父さんは本当、今日のことを楽しみにしてたみたいだからこの機動六課の為なら知ってること全部教えてくれるだろうし……なんたって『機動六課の生みの親』なんて言われてるみたいだしね」
フェイトは曇のない、眩いばかりの笑顔でそう答えた。
はやてはその善の波動若干押されながらも、ははは、と軽く笑っていつもの問答を始める。
「本当に、フェイトちゃんはお父さんっ子やなー」
「……もう、止めてよぉ!」
と言葉では嫌がる素振りを見せるも、その顔は先の笑顔のままであり、嫌がってるようには到底見えなかった。
それにしても、とクネるフェイトを見ながら先の言葉を思い出す。
(『機動六課の生みの親』、か。ほんまその通りやわ。私だけじゃ何もできなかった……)
機動六課の正式名称は古代遺物管理部機動六課。それ自体はミッドチルダの地上部隊でありながら、隊長陣は本局からの出向組……と見るからにややこしい組織である。
その過剰とも言える戦力は内外からの批判もあったし、それでなくても地上と『海』の仲は悪いのだ。その両方に影響力をもつ人物――そんな人物はこの広い管理世界の中でもモリぐらいしかいないのではなかろうか。
そのチカラで『海』でも影響力はもとより、予算を地上にも配分した事により地上でも彼の影響力は無視できないほどになっているらしい。
最近では最高評議会の代理として提督会議にも顔を出していると聞く。
自分は彼におんぶに抱っこでいるだけじゃないのか? 管理局の問題を解決する、なんて息巻いてる割に己の出来ることはなんて小さいことか。
そう考えるとはやては自分が情けなく思えるのだった。