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No.22816の一覧
[0] 〈FF7DC後 短編〉林檎と教会[むーる](2010/12/20 02:18)
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[22816] 〈FF7DC後 短編〉林檎と教会
Name: むーる◆0c3027e3 ID:c9eeaeeb
Date: 2010/12/20 02:18
乾いた熱風が下から強く吹き付けていた。

からんからんと軽い音を立てて転がる音は瓦礫と化した建物の崩れたかけらだろうか。

聞こえるのは耳を風が切る音とそれだけだった。

生物の気配はこの場所には何処にもない。

灰色。巨大な鉄柱や鉄くずで染められた風景。

魔光都市ミッドガル。
その繁栄を極め、いまは人びとに見限られたかつての大都市。

その中を、じゃりじゃりと、細かい金属がこすれる音を立てながら、ゆっくり、慎重に、クラウド・ストライフは足を踏める場所を選んで歩いていた。
全身黒の装い、背中には分厚い大剣、額にはうっすらと汗をかき、金色の髪は静かに風に靡いている。
ふと思い出したように、彼は立ち止ると、両眼の奥にある青い瞳を上方に向けた。

そこにあるのは朽ちた巨大な建造物だった。

新羅カンパニーの本社ビル、そう呼ばれていた建物。
まるで天を突き刺すかのように伸び、かつては見る者にその権力を見せつけるようだった摩天楼も、今や見る影もない。

以前にこうやって見上げた時はまだここはしっかりと形を成していた。夜の闇の中煌々と輝くこの建物を見上げて、世界を牛耳っていた新羅という敵の強大さに屈しないように、心を奮い立たせたのを覚えている。
あれから3年しか経っていない。だというのに僅か3年でまるで何十年も放置された廃墟のようなみずぼらしい有様になってしまった。

栄枯盛衰。そんな言葉が浮かぶ。
しかし、むしろここは、数々の事件の爆心地となりながらも、かろうじてではあるけれど原型を残したままでいるこの建物を褒めるべきなのかもしれない。

世界の変容の最もたる象徴が、そこにはあった。


(ここも違ったか)

彼の探し人はここにはいなかった。
この場所まで登って来たことが徒労に終わってしまったのに軽く落胆の溜息を吐くと、クラウドは背後を振り返る。
周辺で最も高い位置にある此処からだと、ミッドガルの全景を一望できる。

どこまでも虚しいまでに、果てしなく乾いた青い空の下に、正確に区画整備されたくすんだ街並みが見える。あちこちから、まだ消えない、燻った煙が上がっていた。
特に、まるで要塞のように街を取り囲む円形の外郭に点在して建造されている魔光炉群の周辺は、地獄の底のようにぽっかりと開いた深い穴から天に向けて赤黒い煙が絶え間なく上り続けている。
ビル風となって吹き付ける強い風に、鉄の焼け焦げた匂いが混じっているのが鼻についた。

三年前の事件以来、新羅によって放置されたままであったが、今回のことで魔光炉はエネルギーをくみ上げる機能を失い、完全に使用不可能になってしまった。
尤も、あれら破壊したのは自分達なのだが。

魔光エネルギーを再び主燃料として使うことに人びとは恐怖感を覚えているので、今の時代はせいぜいWRO(世界再生機構)の飛空艇団の燃料に利用するくらいしか使い道がないが魔光炉だが、将来はまた違うかもしれない。それを考えると大きな痛手だが――あの時はほかに方法が無いのも事実だった。




それが、つい先日に起きた事件。



ディープグラウンドソルジャー。

倫理を捨て、ただひたすらに、人がどれだけ強くなれるかを追求していた研究機関。

文字通りの新羅の闇。

新羅カンパニーが滅んだ後も、3年ものあいだミッドガルの地下に閉じ込められ続けていたその憎悪の固まりは、解放された途端、世界に対して復讐の矛先を向けたのだ。

“世界の刈り取りを行う”

そう宣言した彼らは一万を超える軍隊として世界中を襲撃し、人びとを虐殺して廻り、時に攫っていった。

彼らの目的は星のシステムの一つであるモンスター、ハイウェポン・オメガを人為的に出現させることだった。攫われた人達はオメガが生まれる為の苗床として使われていた……。

オメガは本来なら星が寿命を果たした時にしか姿を現さない。つまり、オメガの出現は世界の終焉を意味している。
だからそれを阻止するためにクラウド達は、再び集い、戦ったのだ。

人類と、ディープグラウンドソルジャー、どちらかが生き残る為の戦い。

ミッドガルを本拠地として潜伏するディープグラウンドへの、空と地上からの同時攻撃。
空を覆い尽くしていた、シド・ハイウインドの率いる飛空艇艦隊の光景が今もありありと浮かぶ。
クラウド自身も地上からの攻撃部隊の先陣を切って戦っていた。

そう、あれは正に戦争だった。

あれだけの規模の激しい戦いは3年前の時にさえなかった。
結果としてはかろうじてこちらの勝利に終わったが今回の戦いの死傷者と被害は計り知れない。
今なおあの煙の下ではWROの人間が事後処理に追われているはずだ。

飛空艇艦隊を率いたシドは出撃前、皆に一人でも多く生き残れ、と激を飛ばしたそうだ。

『あんなつまんねぇ奴らにこれ以上殺されてやるんじゃない。殺されてやらないことが、やつらにとってなによりの屈辱だ』と。

シドらしい、と思う。
自分が先陣に立つことで生き残ることができた人は、どのくらいいたのだろうか?



《PPPPP……》

携帯電話の着信音だった。
クラウドはポケットから振動する黒塗りの携帯電話を取り出して、画面を映す。相手の名前は『ティファ・ロックハート』と表示されていた。

「もしもし?」

『あーっクラウド、やっとつながったー』

しかし電話に出たのはティファではなく、彼女が経営する酒場、セブンスヘブンの小さな看板娘だった。

「マリンか、どうした?」

『聞いてクラウド、ヴィンセントが見つかったんだって!』

マリンの声が弾んでいる。

「本当か、どこで?」

『えーとね、《カオスの洞窟だってさ》……そう、そこ!』

電話の背後から聞こえてきた声変わり前の少年の――デンゼルの声に答え、マリンが嬉しそうにそれを伝える。

マリンはかつて共に戦った仲間の一人である大男、バレットの愛娘で、デンゼルはかつて7番街プレートに暮らしていたが、ミッドガル崩壊後、孤児だった所をクラウドとティファが引き取った少年だ。
どちらも今は大切な家族として、ミッドガルに寄り添う廃材の街、エッジでクラウドと共に生活していた。
それは今のクラウドにとって大切な絆だった。

『クラウド今どこにいるの……あっ、ティファが戻って来たから変わるね』

ぱたぱたと聞こえる足音。電話相手が切り替わる。

『もしもし?』

歯切れの良い口調。今度こそティファの声だった。三年前、彼女もまた共に戦った仲間の一人であり、そして今はエッジにある酒場セブンスヘブンを切り盛りしているクラウドと同郷の幼馴染。

「見つかったんだってな」

『ええ、WROの人が見つけたんだって、リーブから連絡が来たわ。今、シェルクさんが迎えに行ってる』

「今聞いたんだが、カオスの洞窟ってどこだ?」

『……ルクレツィアさんが眠っている洞窟のことよ』

「ああ……」
その洞窟には行ったことが一度だけあった。飛空艇ですら簡単に近づけない険しい山々に囲まれた小さな洞窟だ。

「……あいつらしいな」

『本当にね』
電話先からふきかかる息。
それだけでクラウドは、彼女が柔らかい唇を僅かに上げて微笑んでいる様子を想像することができた。


クラウドが探していた人物、ヴィンセント・ヴァレンタインは今回の事件の一番の当事者だった。
最後の戦いに駆け付けただけのクラウドも詳しくは知らないが今回の事件はヴィンセントの過去の深く関わるものであったらしい。
そして、その洞窟で眠るルクレツィアという女性こそ、ヴィンセントという人間の、最も根幹に関わる人物だった。


「姿を消した時は心配したが、もう大丈夫そうだな」

『そうだね。……それでクラウド、今どこにいるの?』

「ミッドガルの新羅ビルの真下だ」

『随分奥まで入ったんだね。それで、どうする、もう戻ってくる?ヴィンセントは見つかったし、今買い物に出かけてるけどユフィも来てるの』

クラウドは一瞬言葉に詰まる。
「……いや、せっかくだから“あそこ”に寄って行く。今回のことでどうなっているか心配だ」

『そっか……。ねぇ大丈夫?私も行こうか?』

急に心配そうな声になるティファに、クラウドは苦笑した。
彼女はクラウドがふいに一人で何処かに出かけようとする時、決まってこんな調子になる。
自分の今までの行動を省みれば、それも仕方がないことなのかもしれない。
彼女にそこまで心配をかけさせていることが、少し申し訳なかった。

「いいから、ユフィの相手をしてやってくれ」

『ダメ、次の時は私も一緒に行くって言ったでしょ』

「すぐに戻ってくるから」

『……』

「大丈夫だよ、ティファ。様子を見てくるだけだ」

『わかった……うん、クラウド、じゃあまた後でね』

「ああ」

少し調子を戻した声になった彼女に答えると電話は切れた。
クラウドは携帯を仕舞う。
下層へ降りる道を探そうとしたが、その時、ヴィンセントの口にしていた言葉を思い出し、足を止め、今度は空を見上げた。


※※※※※※

――“この体は、私に与えられた罰”――

――“私は……止めることが出来なかった……見ている事しか出来なかった……それが私の罪……”――

※※※※※※


「罪、か」

“罪って許されるのか?”

一年前、己の罪の意識に苛まれたクラウドの問いにヴィンセントはこう答えた。
“試したことがない”、と。

20年以上もの間、秘密を胸に隠しながら、訪れる者のいない屋敷の地下で眠り続けた男。
自らの体の中に罪を閉じ込め、ひたすら孤独に耐えた彼の心情を、クラウドには窺い知ることはできない。

あいつは、自分の罪と向き合えたのだろうか。

渇いた青い空より更に上。
そこには使命を果たせないままヴィンセントによって貫かれた巨大なハイウェポン・オメガの残骸がぽっかりと浮かんでいた。





・・・・・・・・・

政治、経済、文化、その他あらゆる分野における中心地だったミッドガルは、その円形に象られた大都市をさらに九つのプレートに区切られて構成されていた。

地上から約80メートル。新羅カンパニー本社のある零番プレートを中心に囲んで一番街から八番街。

しかしその街で市民権を得ていたのは一部の富裕層のみで、多くの人々はプレートの下のスラム街での生活を強いられていた。

プレートに阻まれて陽の光が届かず、魔光炉の影響で草木の一本さえ生えないスラム街は暗く、陰鬱な雰囲気に包まれ、人びとは華やかな上層を「腐ったピザ」と囀りながら日々の生活を営んでいた。

貧富の格差。新羅が生み出した世界の矛盾の体現。

それが、当時のミッドガルの本当の姿だった。

そして、ミッドガルの下層、かつての五番街スラムのはずれに今もその場所はある。

・・・・・・・・・




低く唸る愛車フェンリルのエンジンを止め、ハンドル下部のキ―を外すと、クラウドは座席シートから降りる。

瓦礫の平野の中に一つだけぽつんと残った建物を見てクラウドはほっとする。

残っていてくれたか。

そこにあるのは小さな教会。
少し離れた場所から教会の全体を観察する。見た所一年前に簡単に修繕が施された時から変わらぬままの状態だった。

幸いここは戦場となった中心地から少し離れている。上部のプレートがおそらくは傘となって飛び交う兵器類が降り注ぐのを防いでくれたのだろう。
そうだとしてもここまで健全な形で残っているとクラウドも思っていなかったのだ。


初めて“彼女”に会った教会。
ここは、クラウドにとって、崩れ去った街の中で一番記憶に残る思い出の場所だった。


背丈の倍以上はある大きな木製のドアを開けると、擦れて軋んだ音が内部に響いた。

僅かに黴臭い匂い。
内部にも戦闘の被害は無いようだ。

整然と並べられた参拝者用の細長い椅子。
教会の側面上部のステンドグラスから柔らかい陽の光が差し込み、溜まっていた埃が光に晒されて漂っている。しばらく訪れる人もいなかったせいだろう。

ここは、昔からスラムでも数少ない陽の光が届く場所だった。
ここだけは植物が育つ。花はミッドガルでは希少なものだった。彼女はこの教会に通いつめ、その花の世話をしていた。教会の神秘性を高めていたのは、きっと花だけではなかったはずだ。

現在この教会に彼女の育てた花畑はすでに無い。
かわりに今は、花畑のあった場所に水の湧き出る小さな泉と、その周りに名残として僅かに残った花々が咲いている。


一歩脚を踏み入れてクラウドは気がついた。

人の気配がする……?

奥を見る。
参拝者用の椅子の先、本来なら祭壇があるはずの場所。
屋根のない、一際光が注ぐ泉の端。そこには一本の大剣が刺さっている。

バスターソードと呼ばれるその幅のある分厚い大剣は、かつてクラウドが使っていた物であり、また、今は亡き親友の形見でもある。

その前に男が立っていた。

(誰だ……?)

こちらに背を向けている。膝下まで伸びる真紅のコート。茶色の髪。

一般の参拝者だろうか。
確かにここの泉の水が“奇跡の水”と呼ばれ始めるようになってからは此処を訪れる者も多くなっていた。教会の修繕が行われたのもそういった経緯があってのことだった。

しかしそれは違う、と思い直す。最近は例の一件、ディープグラウンドソルジャーによるミッドガルの占拠によってここには近づけなくなっていたはずだし、今だってWROの関係者以外の出入りは禁止されていたからだ。ならば、一体誰なのか。

「『深遠の謎』」

声が、響いた。

「『それは女神の贈り物 我らは求め 飛び立った』」

声の主は男。妖艶な低い口調で、背を向けたまま、腕を広げ、ゆっくりと、語り続ける。

そしてクラウドはそれが聞いたことのある綴り、詩であることに気付いた。



 ――彷徨い続ける水面に

  かすかなさざなみを立てて

  三人の共は戦場へ

  ひとりは捕虜となり、

  ひとりは飛び去り、

  残った一人は英雄となった――



それを聞いたのはいつだったか。たしかエッジの街が形になった頃に、記念に開かれた演劇をマリンとデンゼル、それとティファの四人で見に行った覚えがある。

破壊へ向かう愛と友情の物語。

「“LOVELESS”……」

「そう、第一章。古来より語り継がれている叙事詩だ。最終章は不明。その為、この詩には今も様々な解釈がとられている」

男がゆっくりとこちらを向いた。顔が見える。まるで人工的に形作られたかのように整った顔立ちの奥に、冷淡な眼差しがこちらを覗いている。青い瞳。

「おまえなら、この詩の人物に一体誰を当てはめる?クラウド・ストライフ」
男は、語りかけてくる。


「あんた、誰だ」
クラウドは語調を強めた。

目の前の男は普通の人間ではない。

青い瞳、それは魔光を浴びた者の証だ。

新羅カンパニーによって身体を弄られ、超人となった者。

つまり、ソルジャーの証。

「ディープグラウンドソルジャーの残党か」

「残念ながら、違う」

男はクラウドの警戒を意に返さず、ゆったりと大剣の前を歩いた。
改めて見て特異な格好だった。羽織っている真紅のコートの内側には帷子のようなものを着込み、先程は隠れて見えなかった懐に服装と同じ紅のレイピアを挿している。

「だが、間違ってもいない。俺はあいつらの“オリジナル”だからな」
男は首を下に傾げ、頭を振る。

「俺が誰かなど……もはや何の価値もない質問だ。かつてならともかく、今の俺とっては」

「どういう、意味だ」

「ふふ、さあな」

男は手を顎にあて、ふむ、とクラウドを観察する。

「おまえは、コピーにしてはあまり似ていないな。移植された細胞の違いか……」

「……なぜ俺の名前を知っている?」

男は可笑しげに、からかうように言った。
「おまえのことを知らない人間はいないだろう?“星を救った英雄”」

「……」
英雄。その言葉にクラウドは顔を歪める。

「そう呼ばれるのは嫌いか?」

「興味無いね」
そう言葉を吐き棄てた。

「俺は、英雄なんかじゃない。本当の英雄は……」
地面に刺さったバスタソードに目を向ける。

そう……。

英雄は俺じゃない。

俺はそんなものになれない。

いや、違う。

もう、必要が、無い。

「成程」
男もまたバスターソードに視線を向ける。

「死んだものだけが、本物の英雄、というわけか。全く、……忌々しい」
目を細め、口元を僅かに上げる男の顔は、笑っているようにも嘆いてているようにも見えた。
まるで、もう戻らない過去を懐かしんでいる――そんな表情。
クラウドは体に強いていた緊張を、少しだけ抜いた。

「……あんた、ザックスの知りあいなのか」

男は無言で頷き、肯定する
「あいつは、俺に、誇りを取り戻させてくれた」

「誇り?」

「ソルジャーの誇り」
こちらに背を向け、大剣の前で屈む。懐に手を伸ばし、何か取り出した。だが、こちらからは見えない。

「俺達ソルジャーは、何のために戦うのか、生きるのか。その夢や希望、そして誇りをあいつは俺に思い出させてくれた」

「……」

クラウドにはこの男に会ったことなど一度もない。
だが……何だ?
何かが引っ掛かかる。
会ったことなど無いはずなのに、違和感が残る、この感じ。

――ジジッ――

ノイズ

「うっ」

鋭く頭痛が走る。

クラウドの体の均衡が前に崩れ、手で額をおさえる。

頭の中、
イメージ、映像が流れだした。

廃工場。

何かの研究施設。

雪。

もういない親友の顔。

そして、黒い翼。

白い、羽。

この記憶は、一体、いつのものだ?

頭痛が落ち着き、顔を上げると、いつの間にか、男がこちらに顔を向けていた。

「……あれだけ重度の魔光中毒に罹りながら、よくそこまで回復できたものだ。その上、自分のオリジナルすら打ち破るとは、興味深い。やはり待っていてよかった」

「俺を、待っていた?」

「そうだ」
男は手に持つ何かをこちらに投げつけた。

風を切る音。
反射的にクラウドは掴む。

それは青く熟した林檎だった。

見たことの無い品種だ。となりの街まで食べ物の買い付けに出かける様になってから、いろいろな食材の種類を勉強するようになったクラウドだが、この雪のように白い林檎は初めて見るものだった。

「バノ―ラ・ホワイト。俺の故郷のものだ」
そう言うと同じものを大剣の前にも置く。
そして、感慨深げに、目を瞑り、呟いた。

「これで……、揃ったな」

クラウド、眼の前の男、そして大剣の前に備えられた三つの林檎。
それが何を意味するのかはわからない。
ただ、口を挟む気には何故かなれなくて、クラウドは黙ってその光景を眺めていた。

静寂。しばらくの間、光だけが柔らかく差し込んでいた。


「俺がここに来たのは、かつての親友達との再会を果たすこと、もうひとつは……」

男はクラウドにまっすぐに向き直った。
「クラウド・ストライフ。――セフィロスの細胞を持ち、ザックスの全てをその身に宿し、そしてこのバスターソードを受け継いだお前に、一つ、問いたい」

ソルジャ―の証である、二つの蒼い瞳が、しっかりとクラウドを捉える。その眼はクラウドに偽りなく答えろと、訴えていた。

「お前の夢は、なんだ?」
たった一言。未来への問いかけを。


※※※※※※

――ソルジャーになりたいって?頑張れよ――

――この剣は夢と誇りの象徴なんだ。いや、そのものだ――

――夢を持て。英雄になりたければ夢を持つんだ――

――どんな時でもソルジャーの誇りは手放すな――

※※※※※※



クラウドの脳裏に、親友がいつか口にした言葉の数々が反芻した。
クラウドの夢。かつてはソルジャーになって英雄になることだった。
しかし今はもう違う。
クラウドは自分の心境を、正直に話す気になっていた。

「今の俺に夢を語る資格なんてない。語るには間違いを犯し過ぎた」
でも、と言葉を続ける。

「それでも、そんな俺でも、未来の為にできることがある。危機に瀕している命を守ることができる。俺一人では無理でも、仲間と、力を合わせればきっと」
デンゼル、マリン、ティファ。それに共に戦った仲間達の顔が浮かんでくる。途切れ途切れだったが、クラウドの口調に迷いはなかった。

「だから俺は未来を、夢を持つ人達を守る為に戦う。それだけだ」

「……答えにはなっていないが、まあ、いい」
そう言いつつも、男の表情は満足げで、何故か穏やかだった。
そして、一口、林檎を齧ると、クラウドに再び背を向けた。

「『約束の無い明日であろうと 君の立つ場所に必ず舞い戻ろう』」

腕を大きく広げ、

瞬間。

黒い物が背中から展開する。

クラウドは目を見開き。

驚愕する。

左肩から生えた黒い翼。

羽が辺りに散る。

銀髪の、あの男と同じもの――。


「解釈はいくらでも可能。だがここから先の結末は一つだけだ。俺はそれを見届ける」

クラウドは訝しげに、男を睨みつけた。
「……あんたは何者だ。敵なのか」

「……『復讐にとりつかれたる我が魂 苦悩の末に辿りつきたる願望は 我が救済と 君の安らかなる 眠り』」
妖艶に、男は笑う。

「答えはどちらとも。場合によってはそうなるだろう。だが目的はきっと、お前と同じだ」
翼が大きくはばたく。

「また会おう」

轟音。

凄まじい風音を立て、男は穴の開いた天井から一瞬で飛び立っていった。
後には黒い羽だけが、残り香のように辺りを舞っている。
泉の水面にそれらが着地し、水の動きに合わせて揺れていた。
そして再び、静寂が教会の中に訪れた。

クラウドは男のいなくなった空を見上げていた。

何処までも青い。
吸い込まれそうなほどに。

「結末を見届ける、か」


――“私は、思い出にはならないさ”――


それは一年前、再び姿を現した銀髪のソルジャーの言葉だ。
悪夢の続き。まだ何も終わってはいない。そういうことなのだろう。
名前も語らず、去っていったあの男とも、いつかまた顔を会わすことになるはずだ。

それは確信。

逃れられない運命。

クラウドが向き合わなければならない罪の一部。

でも、

クラウドは手に持っていた林檎を齧った。
しゃり、という音と共にみずみずしい甘さが口の中に広がる。


それでも、きっと大丈夫。
どうしてかはわからないが、今は確信をもって言い切れる気がした。


視線を下に戻し――
参拝者用の椅子の先、本来なら祭壇があるはずの場所。
屋根のない、一際光が注ぐ泉の端。
床に刺さる一本の大剣が、日差しを反射し、輝いている。

気がついて、クラウドは微笑んだ。

「優しい、幻だ」

床に置かれた林檎は、なくなっていた。


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