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No.22799の一覧
[0] 銀パイ伝[koshi](2010/10/31 20:33)
[1] 銀パイ伝 その01 父と娘[koshi](2010/11/03 02:54)
[2] 銀パイ伝 その02 対面[koshi](2010/11/07 19:41)
[3] 銀パイ伝 その03 決別[koshi](2010/11/07 19:42)
[4] 銀パイ伝 その04 逃亡[koshi](2010/11/08 00:19)
[5] 銀パイ伝 その05 亡命[koshi](2010/11/13 02:32)
[6] 銀パイ伝 その06 専用機[koshi](2010/11/16 00:53)
[7] 銀パイ伝 その07 帰化[koshi](2010/11/21 03:00)
[8] 銀パイ伝 その08 シミュレータ[koshi](2010/11/28 18:06)
[9] 銀パイ伝 その09 転機[koshi](2010/12/06 23:48)
[10] 銀パイ伝 その10 初陣[koshi](2010/12/16 15:51)
[11] 銀パイ伝 その11 突入[koshi](2010/12/30 15:30)
[12] 銀パイ伝 その12 突破[koshi](2011/01/04 01:38)
[13] 銀パイ伝 その13 司令官[koshi](2011/01/23 22:13)
[14] 銀パイ伝 その14 要塞[koshi](2011/01/23 12:46)
[15] 銀パイ伝 その15 正統政府[koshi](2011/02/13 16:13)
[16] 銀パイ伝 その16 伊達と酔狂[koshi](2011/03/06 01:08)
[17] 銀パイ伝 その17 神々の黄昏[koshi](2011/03/08 23:56)
[18] 銀パイ伝 その18 白兵戦[koshi](2012/05/30 00:01)
[19] 銀パイ伝 その19 それがどうした![koshi](2012/11/25 15:10)
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[22799] 銀パイ伝 その07 帰化
Name: koshi◆1c1e57dc ID:9680a4fa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/21 03:00

宇宙歴798年1月 イゼルローン要塞。


はぁ。

同盟軍の軍服であるスラックスにジャケットを身にまとい、ふわふわの金髪の上にちょこんとベレー帽を乗せた少女は、公園のベンチに腰掛けため息をひとつつく。

自分は買い物をするために、要塞内でも繁華街と呼ばれる場所に来たはずだった。だが、まったく目的を達することができないまま、貴重な休暇が終わろうとしている。



ガイエスブルグ要塞より脱出、逃走したエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクが、メルカッツ提督に救われた時、彼女は自分を助けるために犠牲になったシュナイダー少佐にすがりつき、半狂乱だったという。さらに、直後にガイエスブルグ要塞が陥落、両親を含む一族郎党が皆殺しにされた事を知った彼女は、声が出なくなるまで泣き続けた。

だが、人が感じられる悲しみの限界を極め、さらに絶望の底にたたき落とされてもなお、エリザベートは自ら命を絶つことはしなかった。命をかけて守ってくれたシュナイダー少佐は、彼女の存在がメルカッツ提督に自殺を思いとどまらせることを期待していた。その期待に応えるため、彼女は自らの涙を振り払い、立ち上がり、顔をあげ、口をへの字にして、必死の形相でメルカッツに訴えたのだ。ともにイゼルローン要塞に行きましょう。そして、ヤン提督を頼り、同盟に亡命しましょう、と。

メルカッツは、門閥貴族連合の敗北と共に責任を取り自分が死ぬことが当然だと考えていた。しかし、シュナイダーの目論み通り、かつての主君の血を引く不幸な少女を見捨てることは、彼にはできなかった。忠実な副官であったシュナイダーの命をかけた訴えを、彼が無視することなど出来ようはずもないのだ。

はたして、同盟軍のヤン・ウェンリー提督は、シュナイダーが主張したとおり、風変わりだが寛容な男であった。ヤンは、メルカッツ提督本人の亡命を快く受け入れると、メルカッツが自らの従卒だと主張するエリザベートすら、少なくとも表面上は疑う様子も見せることなくあっさりと信用してしまい、共に引き受けてしまったのだ。

こうしてエリザベートは、メルカッツ提督の従卒兼パイロットとして、イゼルローン要塞での生活をはじめることになった。ちなみに、さすがに本名を名乗ることはできず、彼女はエリザベート・フォン・メルカッツ、……メルカッツ提督の遠い親族ということになっている。



だが、彼女の新天地における新生活は、決してバラ色に彩られたものではなかった。シュナイダーの死による悲しみと、亡命に伴う身の回りの混乱の嵐が通り過ぎた後も、エリザベートには一息つく暇すら与えられなかったのだ。

エリザベートは、軍人としての教育など受けたことはない。したがって、メルカッツの従卒として同盟軍に籍を得たとはいえ、彼女は実質なにもできない日々を送っている。メルカッツは、エリザベートの正体を隠し、今後は平凡な少女として生きることを望んでいる。そのため、イゼルローン要塞に来て以来、メルカッツは決して彼女を特別扱いすることなく、あくまでただの従卒として扱っている。

だが、要塞内でも戦艦のブリッジでも、エリザベートは提督の後ろで黙って控えていることしかできない自分を情けないと感じていた。性格的なものもあり、ボーッとしていることは決して苦痛ではないが、提督をはじめまわりの軍人達が命をかけて戦っている間、それをただ見ているだけなのは申し訳ないと思う。彼女は、シュナイダー少佐の代わりとまでは行かなくても、すこしでもメルカッツ提督のお役に立ちたいと望んでいた。それがまったく出来ないのは、正直言って悔しい。

唯一の取り柄(?)とも言える『他人の意志を感じる能力』も、直接自分に対して激しい感情を向ける相手以外の人間の心を読めるほど強力ではないし、たとえ読めても今の立場ではなんの役には立たないだろう。

さらに、より深刻で重大な問題は、日常生活に潜んでいた。

メルカッツ提督とともにイゼルローン要塞にたどりついた際、エリザベートは着の身着のままといってもよい状態であった。とりあえず、同盟軍から官舎と日用品が支給されたものの、それ以外の私物はなにもない。彼女はあまり物欲が強い人間ではなかったが、つい数日前までの何不自由ない生活と比べれば、あまりの落差の大きさに戸惑わざるを得ない。

十数年間のこれまで人生を、彼女は銀河系でももっとも裕福で権力のある家で過ごしてきた。親の愛情こそまったく知ることがなかったものの、次期皇帝の有力候補として、いわば究極の箱入り娘として、なんの不自由もなく育てられてきた。

だが、イゼルローン要塞は、少なくとも建前上は、自由と平等の国の一部である。貴族の特権などというものは、初めから存在しない。メルカッツ提督の従卒扱いでしかないエリザベートは、特別国家公務員とはいえ給料は安い。もちろん使用人など雇えるはずもない。

そして、彼女は、料理洗濯掃除等々、家事というものの経験が一切ない。家電製品も多くは使い方がわからない。自分で買い物すらしたことがない。日常生活は途方にくれるばかりで、最低限の衣食住が保障された軍人でなければ、そうそうにのたれ死んでいたかもしれない。



要するに、彼女はこの国において、なんの取り柄もない無能なのだ。日常生活のあらゆる局面でそれを自覚させられる毎日は、決して幸せなものではない。

出るのはため息ばかり。油断すると涙がでてしまう。イゼルローン要塞は、エリザベートにとって辛い場所であった。



さすがに見かねたメルカッツ提督が、休日に気分転換を兼ね買い物にでも出かけることを勧めてくれた。それを機会に、エリザベートは一大決心をした。ただ生きるだけという情け無い生活を脱却し、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を行使するため、彼女はもらったばかりの給料を握りしめ、イゼルローン要塞が誇る繁華街まで単独で買い物に出かけたのだ。

……だが、結論から言って、勝負はエリザベートの完敗であった。

まずはかわいい服でも買おうかと思っていたのだが、どこのお店で何が売られているのか、さっぱりわからない。適当に店に入ってみても、店員さんに何と言えばいいのかわからない。そもそも、誰が店員さんなのかわからない。金銭感覚が完璧にゼロなので、値札を見てもそれが高いのか安いのかわからない。

もともと人と話すのが苦手な彼女が、まったく面識のない人にむかって話しかけられるはずもなく、ただ時間が過ぎていく。同じ調子で、食事の店にも入ることすらできない。

そして、繁華街をうろうろしながらふと気づいて周りをみれば、若い女性でやぼったい軍服を着ているのはエリザベートひとり。同盟軍は女性兵士の割合が決して少なくはないが、昼間から繁華街を軍服で歩く女性はほとんどいない。帝国貴族のように派手なドレスで着飾ってはいないものの、女性はみなオシャレをして颯爽とあるいている。

突然、エリザベートは自分がたまらなく惨めに感じ、敗北感のあまり本能的に公園らしき場所に逃げ込んでしまったのだ。



草の臭い、生い茂る木々、小鳥のさえずり、そして柔らかい光。そこは、人工的な要塞の内部とはとても思えない、人に癒しを与える広大な空間。要塞が帝国軍の所有物だった頃、ここは司令官や軍幹部専用の庭園とされ、兵士や民間人は立ち入り禁止とされていたらしい。しかし、現在は要塞の住人ならだれでも利用できる癒しの空間だ。座り込んだ少女の前を、そこを帰り道とする勤務を終えた軍人達、ハイスクール帰りの学生、晩ご飯の買い物の途中の親子連れが、のんびりと歩いている。

そんなのどかな風景の中、少女の周りの空間だけは、どんよりとした灰色のオーラが漂っていた。ベレー帽からこぼれる豪華な金髪もくすんで見える。

ここでは、貴族でもなくただの一兵卒に過ぎないエリザベートのことを気にかける人間など居ない。彼女の能力を持ってしても、自分に向けられる感情以外を読み取ることなどできはしない。彼女はいま、自分が無能であるという自己嫌悪とともに、この宇宙でひとりぽっちであるかのような激しい孤独感に襲われている。

はぁ。

今日、何度目のため息だろう。エリザベートは、知らずに涙ぐみはじめていた。



「隊長、あそこにいるの、メルカッツ提督ともに亡命してきた例の女の子じゃありませんか?」

薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊のカスパー・リンツ大佐がエリザベートの姿を見かけたのは、いつものように勤務後の食事とアルコールを摂取するため繁華街に向かう途中だった。問いかけた相手は、いつものとおり彼と一緒にいる要塞防御司令官シェーンコップ少将である。

「そのようだな。ひとりでいるとはめずらしい。メルカッツ提督はそばに居ないのか?」

エリザベートがブラウンシュバイクの娘であり、銀河帝国の皇帝の血を引く人間だと知る者は、イゼルローン要塞には存在しない(……ということになっている。少なくとも司令官を初めとする要塞司令部は、知らんぷりをしている)。また、彼女が目立ってしまうことをメルカッツ提督は望まず、要塞司令部もその意図を汲み、メルカッツと共に亡命した少女の存在そのものを公表はしなかった。したがって、同盟軍においてエリザベートが亡命者だと知るものは、ごく少数しか居ないはずだ。

それでも、人の口に戸を立てることはできない。もともと帝国からの亡命者を集めた薔薇の騎士連隊の面々は、おなじく亡命者であるメルカッツ提督がつれている、なにがしかの事情があるに違いない少女のことを、常に気にかけていた。もちろん、少女はあまりにも幼すぎ、リンツをはじめとする連隊の隊員はけっして、……けっして不埒なことを考えているわけではない。ないが、同郷であろうと思われる美しい少女にまったく興味がないと言っては、やはり嘘になる。

だが、普段は、少女の側には常にメルカッツ提督がいた。彼女は提督の従卒なのだから当然と言えば当然なのだが、リンツ達の目にはメルカッツ提督がエリザベートをガードしているように見えた。さすがに、ヤン提督の客将たるメルカッツ提督のガードをかいくぐってまで、エリザベートに声をかけようという勇者はいない。

ところが、今日は休暇なのだろう、そんな彼女がひとりでいる。しかも、なにやら悩んでいるように見える。ここで助けてやらねば男ではない。誇り高き薔薇の騎士連隊の現隊長は本能的にそう思い、同時に『これは男としてではなくひとりの人間としての当然の事だ』と自分で自分に言い訳をしながら、彼女の方向に歩をすすめようとした。

しかし、それを止める者がいた。薔薇の騎士連隊の元隊長であり現要塞防御司令官である。

「まて、リンツ」

シェーンコップ少将に肩をつかまれたカスパー・リンツ大佐は、意外そうな顔で振り向く。

「えっ、なぜです?」

「帝国出身の人間が彼女に近づくのを、メルカッツ提督は望まない」

「はあ……」

リンツは、シェーンコップの意図がいまひとつ理解できなかったが、深く追求する気にもならなかった。シェーンコップがそう言うのなら、なにか理由があるのだろう。メルカッツ提督の亡命直後、エリザベートの扱いについて、シェーンコップを含む要塞司令部のお偉方が連日会議を開き、大もめにもめ、紛糾を極めたという噂は、本当なのかもしれない。

だが、帝国からの亡命者が躊躇している間に、エリザベートに気楽に声をかける者が居た。生粋の自由惑星同盟市民であり、自称3代前から軍人一族の末裔、オリビエ・ポプラン少佐である。



「お嬢さん、どうぞ」

ベンチに腰掛けうつむくエリザベートの前に、ソフトクリームが差し出される。驚いて顔をあげると、そこには軍服をラフに着崩した若い士官が立っていた。

「俺はオリビエ・ポプラン少佐、こっちはイワン・コーネフ少佐。二人とも空戦隊のパイロットだ。もしよかったら、いっしょに食べないか?」

エリザベートは一瞬躊躇したが、素直にソフトクリームを受け取った。メルカッツとともに戦艦に乗り出撃する際、事前の作戦会議の場でこの二人の顔は確かに見たことがある。それに、なによりもエリザベートは空腹だった。朝から何も食べていない。

「あっ、ありがとう、ございます。ポプラン少佐」

「エリザベートさん……だったっけ? エリザと呼んでいいかい?」

ポプランは全く遠慮することなく少女のとなりに座り込むと、ごく自然に親しげに話しかける。コーネフはあきれたようにそれを眺めているが、落ち込んでいる少女を励ます気まんまんのポプランを止める気はなさそうだ。

「えっ? あっ、その、……エリザで、いいです」

「エリザ、今日は買い物かい? 要塞の中のことがわからなくて大変だろう? 俺が付き合ってやるよ。……なんなら食事もどうだい? 美味い店知ってるんだ」



一瞬の隙をつきエリザベートになれなれしく接近してしまったポプランをみて、カスパー・リンツは悔しげにうめく。

「あっ、あの野郎! 隊長、あいつはいいんですか?」

シェーンコップは、わずかに微笑みつつ、リンツの肩をたたく。

「まぁ、あいつなら心配ないだろう。お嬢様、……いや、お子様のお相手にはもってこいだ。いくぞ」

意外とポプランのことを信用してるんですね、……などとは口に出せるはずもなく、リンツはこの場は黙って去ることにしたのだった。



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2010.11.21 初出



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