宇宙歴798年1月 イゼルローン要塞
「……で、これが、お前さんがいうところの、パイロットが英雄になるための機体なのか?」
格納庫に並べられた3機の真新しい機体を眺めながら、イワン・コーネフはあきれたように尋ねる。
巨大な機体。通常のスパルタニアンの後部に、本体よりも巨大なエンジンブロックが追加されている。さらに、機体の横には、無理矢理取り付けられた一門だけの巨大な主砲。文字通り、戦艦並みの主砲だ。
「覚えてないのか? 以前、軍とメーカー合同の次世代戦闘艇に関する研究会に参加したろ? その時に俺が提案したのが、これだ」
オリビエ・ポプランが、視線を機体に向けたまま、振り向きもせず得意そうに応える。
「……そういえば、そんなこともあったな」
コーネフは、ペンで頭をかきながら、記憶を反芻する。
「しかし、たしかあの時、研究会のメンバーのほとんどは、おまえさんの案のバカバカしさに失笑していたはずだが……」
コーネフ自身もバカバカしいと思い、まるっきり記憶からは消去していたのだ。
「……で、どうして、そのバカバカしい案が今さら具現化して、このイゼルローン要塞に存在しているんだ?」
「ここ数年の予算削減による調達数の激減で困ったメーカーが、藁にもすがる思いで試作したのだそうだ。ぜひとも最前線でテストして欲しいと、こないだのクーデター騒ぎでハイネセンにいったとき、重役陣に泣きつかれたのさ」
ポプランが、満面の笑みを浮かべながらこたえる。やっと俺の思想が理解される世の中になった、とその顔には書いてある。
前年、クーデター鎮圧のために首都ハイネセンの地を訪れたヤン艦隊は、彼らが救ったトリューニヒト議長が牛耳る政権より、数々の恩賞を与えられていた。勲章や感謝状、報奨金から、昇進、人事上の便宜、艦隊や要塞のこまかな備品に至るまで、有形無形のあらゆる物が、いちいち恩着せがましく与えられたのだ。
強大な帝国軍と最前線で対峙する立場のヤンにとっては、要塞司令部の面々が昇進し権限が増したこと、そして帝国から亡命してきたメルカッツ提督を要塞司令官顧問に任命できたことが、もっとも喜ばしいことだったらしい。
だが、クーデター騒ぎの結果ヤンと彼の艦隊が得たものは、それだけではなかった。いまやヤンの一挙一動は、軍内部だけではなく、広く国民からも注目を浴びている。イゼルローン要塞周辺の軍事情勢は、同盟全体の経済にも大きな影響を与えている。同盟におけるヤンと彼の艦隊の社会的影響力は、いつのまにか本人が想像する以上に大きなものになっていたのだ。
必然的に、嗅覚の鋭い民間企業は、ハイネセンの方向ばかりを向いているわけにはいかなくなる。司令官に私利を追求する度胸は無く、また他の司令部の面々も基本的に良き市民であるため、贈収賄など法を犯すような露骨な行為こそ行われないものの、民間企業の多くが要塞に対してなにかと協力的になった。イゼルローン回廊周辺の自治惑星政府も同様である。そして、ハイネセンの政府や軍の中枢は、それを黙認せざるを得ない状況にある。心中では苦虫をかみつぶしていたとしても。
ポプラン肝いりの新型機は、メーカーによる強烈な工作をうけた軍の上層部により、正式なルートを通じてテスト機としてイゼルローン要塞に送られてきた。もちろん、軍内部におけるヤン艦隊の影響力を期待してのことだ。もしイゼルローンで良好な結果がでれば、同盟軍としては正式採用せざるを得ない。すなわち、ポプランやコーネフの実績によって、それは左右されるのだ。
イワン・コーネフは、ひとつため息をついた後、口を開いた。
「……確かに、単座のスパルタニアンに巡航艦なみのワープ可能なエンジンだ。加速と航続距離は並以上だろう。敵の旗艦に接近できれば、あの主砲で司令官ごと吹き飛ばすことも可能かもしれん。だがな、いったい誰がこんなものを操縦して、敵の大艦隊に単機でつっこんでいくんだ?」
コーネフの問いに、ポプランは不思議そうな顔をしながら振り向く。今度はその顔に、こう書いてある。俺とお前に決まっているだろう?
やはりそのつもりか……。イワン・コーネフは、もうひとつため息をつく。
「まぁ、そんな辛気くさい顔せずに、テスト飛行につきえあえよ。司令部には話をとおしてある」
「……たしかに凄い機体だ」
「だろ?」
イゼルローン要塞近傍の空域を、巨大な単座戦闘艇が、矢のような速度で飛行する。単純な加速力・機動力だけなら、通常のスパルタニアンの数倍以上は余裕にあるだろう。しかも、ワープ可能であり、航続距離は巡航艦と同程度の能力を持つ。そして、極めて近距離まで近づけばという条件付きだが、一撃で戦艦の電磁シールドごと装甲を打ち抜ける主砲。これは、戦闘艇を大型化したというよりも、戦艦をパイロットひとりで操縦可能にするため極限まで小型化したといった方が適切かもしれない。
だが、あたりまえであるが、これは戦艦の代わりにはならない。総合的な火力も防御力も、巡航艦にすらはるかに及ばない。それでいて、費用は3機そろえれば戦艦なみだ。要するに、仮想戦記によく登場するトンデモ兵器というやつだ。
こんなものが作られてしまうということは、同盟は負けつつあるということだな。
コーネフはひとり納得する。有史以来、負けが込み戦況が絶望的になった国の軍隊は、少数のエリートによるトンデモ兵器部隊の戦果をもって、一発逆転を試みるものと決まっている。だが、やはり有史以来、そのような試みが成功した試しはない。
「ヤン司令官が、こんなものを戦力としてあてにするとは思えんね」
彼らの司令官は、魔術師などと呼ばれてはいるが、採用する戦術はきわめてセオリー通りで、理にかなったものを好むのだ。奇想天外な兵器をつかった運だのみの作戦など、採用するはずもない。
「コーネフ。誤解しているのはお前の方だ。……我らが自由惑星同盟軍は、すでに正攻法ではどうしようもないところまで来ているんじゃないのか?」
ポプランの切り返しに、コーネフは答えに詰まる。
たしかにその通りかもしれない。アムリッツァの大敗。その後のクーデター騒ぎによる分裂。同盟軍の戦力は、ほんの数年前とくらべても、お話にならないくらいレベルまで低下している。内戦が終結し、大貴族の没落によりかえって財政が健全化しつつあるといわれる帝国軍の物量の前には、すでに対抗不可能にまで落ちぶれてしまったかもしれない。
だが、それでもコーネフは、この機体を認めたくなかった。正確に言うと、この機体に部下や仲間を乗せたくなかった。
コスト的に、この機体を大量にそろえることは不可能だ。現在の艦隊戦の戦術においては、そんな金があるのなら一隻の戦艦を造ったほうがはるかに戦力になる。戦艦一隻あたり数百人以上の乗員の命もコストに換算すれば、また別の計算も成り立つかもしれないが、その結果を受け入れるためには軍の編成や戦術・戦略すべてを全面的に変えてしまう覚悟が必要であり、そんな覚悟は同盟にも帝国にもないだろう。
すなわち、コストの面から考えれば、わざわざこんな機体をつかって単純に空中戦で勝つことだけでは、まったく割に合わない。現在の艦隊戦におけるこの機体の存在意義は、少数の機体をもって敵の司令官の旗艦だけを狙い、一発で戦局を決定づける決戦兵器いがいにはありえないのだ。そのためには、敵艦隊の奥深くまで飛び込必要がある。
そこでなによりも致命的なのは、この機体の防御力がスパルタニアンと同等程度しかないということだ。旗艦にたどり着く前までには、数千隻におよぶ強大な戦艦からなる敵艦隊の集中砲火をあびるだろう。たった一発くらえば確実におしまいだ。
「これを乗りこなせるパイロットが、そうたくさん居るとは思えない。すくなくとも俺の部下に、そんな無謀な任務をあたえるのはごめんだね」
「俺とお前ならできるだろ?」
ポプランは、あっさりと言い放つ。コーネフは、またも答えに詰まる。自分自身の本音を正直にいえば、俺はこの機体に乗りたい。敵艦隊の真ん中に単身躍り込み、旗艦を一撃の下に葬り、自分自身の手で戦局をひっくり返してみたい。これは、パイロットとしての本能だ。
いかんいかん。
コーネフは頭を振り、むりやり意識を現実に戻す。
こんなことを考えはじめたら、いくら考えても答えがでないあの『疑問』に、また悩まされることになる。同盟軍、帝国軍を問わず、全てのパイロットが一度は必ず悩まされる、極めて重大で本質的で、そして決して答えが出ないあの『疑問』に。
……現在の大規模な艦隊戦の戦術において、スパルタニアンやワルキューレなど単座戦闘艇のパイロットは、はたして存在意義があるのか? 我々が存在する理由は、「敵がそれをもっているから」だけではないのか?
「……ふん、まぁいいさ。同盟軍の戦術の基本は、三機一体の集団戦法だ。実戦投入は、もうひとりのパイロットがみつかってからにしよう」
コーネフの答えをまつことなしに、ポプランは勝手に結論をだしてしまう。
このイゼルローン要塞だけでも、何百人ものパイロットがいる。俺やコーネフには及ばなくても、こいつを乗りこなせるパイロットはいるだろうさ。オリビエ・ポプランは、同盟軍のすべてのパイロットの腕を調べなおすつもりでいた。
そして、ふともうひとり候補者を思い出す。
そういえば、メルカッツ提督が従卒としてつれている正体不明のお嬢さんは、パイロットもできると言っていたな。
ポプランは、自分のストライクゾーンよりも僅かに若すぎる少女の顔を思い浮かべていた。帝国軍の美少女パイロットがどの程度の腕なのか、試してみる必要もあるだろう。
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たくさんのコメントありがとうございます。いつも参考にさせていただいます。
2010.11.16 初出