マウンドに駆け上がった見知った姿に、僕は自然と頬が綻んだ。
彼女は確か河川敷で僕のキャッチャーを努めてくれた女の子だ。
さらにバッターだった少年はキャッチャーに。外野守備をしていた少年はライトに立った。(どうやらピッチャーではなかったらしい)
何となくこの県大会でもう一度出会えるような気がしていたけど、まさか決勝の舞台で戦うことになるとは思わなかった。
野球の神様はほんと気まぐれで粋なことをする。
僕は控えとして、彼らの戦いぶりを存分に見学することにした。
――さて果てさっきまでのそんな暢気な気分は何処へやら。
僕のいるベンチ内が段々騒がしくなってきた。理由は至極簡単。先制された上、こちらはまともな反撃を一度もしていないからだ。
前のイニングは良い当たりを連発してピッチャーの女の子を揺さぶったけど、彼女は味方に先制してもらった途端、まるで別人のようなピッチングをし始めた。コーナーに速球がビシバシ決まり、見逃し三振の山を築いている。
スタメンを組んでいるレギュラーの六年生にも焦りが出始め、守備の回もエラーが出始めた。
何とか後続を断って追加点は防いだみたいだけど、ベンチムードは最悪。このまま無駄にイニングを喰えば敗北は必死だ。
僕はこの全ての元凶とも言える敵のライトを見やった。ライトで芝を慣らしている彼は三打数三安打。うちホームランが一本と大金星の活躍をしている。
また守備面でも堅実なプレーを披露し、保護者の喝采を一身に浴びていた。
「すごいなあ」
溜息にも似た賞賛が口をつついて出てきた。河川敷で良い球を投げていたから、何処かのクラブチームでエースでもやっているのかと思えば、まさか四番のスラッガーだったとは。
少しだけ湧いていた仲間意識とライバル意識が、完全に打者と投手という敵対意識に変わっていた。
そして、彼とエースとして相対したいという欲求が際限なく溢れ出してきた。
本当に準決勝を完投した選択が悔やまれる。どうせあのままリリーフにマウンドを譲っても勝ち進んでいたのだから、少しでもスタミナを温存して決勝戦で使えばよかった。
まあ登板のチャンスがないかといえばそんなことはない。
もし味方が向こうのエースを攻略して――、最悪同点にでもしてくれればリリーフとして投げることが出来る。
そうすれば彼と対戦することがもしかしたら出来るかもしてない。
どっちにしろ望み薄な願いだが、僕はベンチから精一杯激を飛ばしながら味方の発奮を待った。
「にゃはは、絶好調~!」
弥太郎からボールを受け取るたびにボルテージが上がっていく。面白いくらいコーナーに決まるストレートが楽しくて私はハイになっていた。
現在は四回の表。カウントはツーアウト。あと一人討ち取ればラストイニングを残すのみとなる。
私は弥太郎のリードを覗き込んでプレートを踏んだ。
ゆーくんのために学んだフォームで振りかぶり、
ゆーくんのために練習したスリークォーターでボールを投げる。
やや斜め上から打者の内角へ入っていくストレート。
慌てて身体を引いてバットを出すバッターだけど、そんな小細工をあざ笑うかのようにボールはミットへ吸い込まれていく。
空振り三振。
球審がコールしたアウトのコールに、私は利き腕を突き上げた。
「よし!」
わああああ、と外野スタンド、そして私のチームのベンチが揺れた。弥太郎がマウンドに上がってきて肩をポンポンと叩いてくる。いつもならウザイと振り払うけど今日は気分が良い。彼の好きにさせながらベンチの前で外野から帰ってくるゆーくんを迎えた。
「ナイピッチ!」
親指を突きたてたゆーくんに同じ仕草で答える。遂にここまでこぎつけたという充実感で胸が一杯になった。
「あと1イニングで優勝だ。このチーム始まって以来の快挙になるぞ!」
監督が上機嫌に笑う。ナインの顔にも笑顔が溢れていた。別段甲子園とか地区大会とか言う大きな大会じゃないけれど、それでも優勝は優勝なのだ。
私も笑顔の輪に混ざりながら、最後の味方の攻撃を観戦する。ゆーくんに打席が回るわけじゃないけど、それでも最後まで皆と同じことがしたかった。
あれ? 野球ってこんな感じのスポーツだったけ?
いよいよ絶望的な展開になってきた。四回表の攻撃も三者凡退。次の五回で一点をもぎ取らないとチームの負けになる。
僕は別にそれでも良かったけど、彼と対戦できないまま終戦は是非とも回避したかった。
「おい大塚!」
ベンチの端で腐ってたら突然声を掛けられる。見上げた先にいるのは監督だった。監督は僕を呼び出すと控えのキャッチャーを呼び出してこう言った。
「次の回の途中からお前はマウンドに上がれ。最後のリリーフだ」
うん? と僕は首を傾げる。チームは負けているのに監督は投げろと指示してくる。これはあれか、思い出登板とかそんな感じなのか。
「次で最後のイニングだ。そこでサヨナラは勘弁したい。このイニングは今投げているあいつに頑張ってもらうが、次のイニングは途中からでも投げて欲しい」
なるほど、典型的なビハインド時のセットアッパー起用だ。
ただ作戦としては現在取りうる最善策でもあるので僕は大人しく指示に従う。
せいぜい味方が追いついてくれるよう天に祈るか。
弓なりのキャッチボールを繰り返しながら、僕は対岸のチームを見つめた。
そこには河川敷で楽しそうに野球をしていたあの三人組がいた。
思えばずっと前から三人のことは知っていた。クラブチームの練習帰り、夕暮れの河川敷で野球を続けるあの三人。彼らは本当楽しそうに白球と戯れていた。僕はそれが少しだけ羨ましくて、いつも横目で見ながら遊歩道を歩いていた。
そんな僕が彼らに声を掛けられたのは、僕が対戦を熱望する彼のプレーを見てしまったからだ。
後からスラッガーと判明した彼だけど、あの時彼が投げていた綺麗なストレートが今でも目に焼きついている。球威も、コントロールも特筆する程のものではないが、あの美しい軌道が僕を捉えて離さない。
彼のプレーが僕を駄目にする。
今日のファインプレーもそうだ。回り込んで一歩飛ぶだけで捕球したあのプレーはプロ以外で見たことがない。
さらにバッテリーの外角攻めをホームランにしてしまった完璧なレベルスイング。
あのスイングで僕自慢のストレートが巻き込まれてしまったら、それはどんなに爽快で屈辱的なのだろう。
もしあのスイングを潜り抜けて空振りを取れれば、きっと僕はイカレてしまうに違いない。それほどの快感をあのバッターは持っている。
ああ、見れば見るほど対戦してみたいという欲望が膨れ上がる。彼と毎日対戦できるあの女の子はなんと幸せ者なのだろうか。
僕は投げたい。
彼に向かって渾身のストレートを投げ込んでみたい。
自然とキャッチャーに投げ込む球が熱をおび始める。
エース対スラッガー。
このスポーツが誕生して以来、最も栄えある不文律の対戦にこの身を投じたかった。
そして――、
僕の願いは奇跡的に適うこととなる。
それも僕が熱望したスラッガーのお陰で。
ぽーんと微妙な音を立てて白球が打ちあがった。弥太郎はセンターを叫び、呼ばれたセンターも若干ライトよりに走って捕球体勢に入る。
滞空時間が長いためか、打ったバッターは俯きながらも一塁ベースを回った。
祐樹はセンターの後ろでその様子をぼんやりと眺める。
なんでもないフライ。マウンドの加奈子も安心しきった表情でこちらを見ている。ラストイニングの先頭バッターはセンターフライ。誰もがそのシナリオを信じて疑わなかった。
――そう、野球の神様以外は。
「あっ」
声がして、祐樹が視線を加奈子からセンターに移す。センターはまだ白球を捕球しておらず、グラブを天に掲げていた。
しかしセンターはもう知っていたのだろう。
己の描いた軌道予測と実際に落ちてくるフライボールとのズレに。
白球がグラブを弾く。芝の上をワンバウンド、ツーバウンドし、祐樹の目の前に転がった。
静まり返っていた場内が糸が切れたように沸き立つ。
「祐樹っ!」
弥太郎が再び叫ぶ。祐樹は舌打ちを一つすると、転がってきたボールを素手で掴んで肩に力を込める。
イメージはカタパルト。
レーザービームと謡われた数々の強肩達。
全身をしならせ、痛いくらいに握り締められた白球が悲鳴を上げる。ランナーはまだ一塁ベースと二塁ベースの間。全力疾走していたなかった分若干遅れている。
祐樹はいける! と判断し、小学生離れした――絶え間ない努力の末に獲得した送球技術を惜しげもなく披露した。
まさにレーザービームと呼ぶに相応しい矢のような送球がセカンドに突き刺さる。
だが悲しいかな。弓を射る技術がライトにあっても、小学生では決してお目にかかれない送球に驚いたセカンド――ベースカバーに入っていた野手は送球をグラブに掠らせることも出来なかった。
滑り込んできたランナーに遅れて、無情にも白球は転々とレフト方向に転がっていく。
このイニング二つ目のエラーに調子付いたのか、ランナーは素早く立ち上がると猛然と三塁ベースに駆け込んだ。
「くそ!」
確実にアウトのタイミングだったプレイが、祐樹の送球エラーという結果になってしまった。セカンドがグラブに捕球できなかったため、送球した祐樹にエラーが記録されたのだ。彼は渾身のプレーを潰された悔しさ以上に、マウンドに立つ加奈子を救えなかった不甲斐なさでいっぱいだった。
祐樹ら外野陣を残して内野陣が急遽集まる。この試合初めてのピンチに、チームは確実に乱れていた。
さっきまで漂っていた勝利ムードが急速に拭い去られる。
ドーピング効果が今のエラー二つで消えてしまった。や、別にゆーくんの送球はエラーとも何とも思わないけど。その代わりセンターとセカンドはしっかりしてね。
……いやいや、そんなふざけたことを言ってる場合ではない。何とセンターフライから一転、ランナー三塁の大ピンチである。
しかもノーアウト。犠牲フライでも内野ゴロでも同点に追いつかれるカウントだ。確実にアウトを積み重ねるには三振しか許されない状況。
「おい、加奈子……」
恐らく動揺を全く隠せていない私を気遣ったのだろう。弥太郎が私の背中を二三度叩いた。でも今はリアクションを返している余裕がない。
「一点は仕方がない。三振を狙いに行ったら痛打されるのがオチだ。内野ゴロとフライで確実に仕留めるぞ」
弥太郎が最もな提案をする。多分それはキャッチャーとして最良の策だ。
けれど私は――、
「いや。絶対追いつかれたら駄目。このリードは守りきる」
肩で息をしながらの訴えは果たしてナインに伝わっただろうか。ただ弥太郎は私の真意を悟ったのか馬鹿野郎と罵った。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ! 一点入ってもまだ同点だ! これ以上傷口を広げてどうする!」
どこまでも弥太郎の馬鹿が言っていることは正しい。でも私はそれがとても腹立たしくて、グラブで口元を隠しながら小さく叫んだ。
「ならどうしてもっと点を取ってくれなかったの! どうして援護してくれないの!」
それは大抵の投手がいつも感じている憤り。でも絶対に口にしてはいけない言葉。なのに、手の痛みと投手としての焦りから思わず口を突いて出てきた言葉。
後悔してももう遅い。周囲のナインが殺気立つのが肌で感じられた。そうだ、彼らだって別に遊んでいるわけではない。必死に点をもぎ取ろうとして……、でも結果的にゆーくんのホームランでしか取れなかった。
それだけのことなのだ。
だが私はその唯一の得点――、ゆーくんが私のために取ってくれた点を不意にはしたくなかった。
私はさっきとはうって変わって、今にも消え入りそうな声で訴える。
「早く守備に戻って。絶対三人で仕留める。ゆーくんの得点は誰にもあげない」
これ以上の説得は無駄だと感じたのか――それともマウンドで駄々をこねる私を見限ったのか内野を守っていた六年生が引き上げていく。弥太郎だけは何故か最後まで残って私に何か言おうとして、でも諦めて渋々持ち場に戻っていった。
私は次の打者がバッターボックスに入ったのを確認して弥太郎のリードを睨む。
外角低めのストレート。
振りかぶって球を投げる。
指にしっかり掛かったボールはスイングの下を抜けてストライク一つ。三振まであと二つだ。
次も同じコース。弥太郎は打者が対応し切れていないと踏んだのだろう。私も異論無く頷き、二球目を投じた。
「ボール!」
打者は振らない。カウントは今のでワンエンドワン。まだ投手有利とも打者有利とも言えないカウント。問題はこれからどうやってカウントを整えるかだ。出来れば次のボールでストライクを取って追い込みたい。
弥太郎は真ん中やや低めを要求し、尚且つ指を一本立てた。あれはリリースの瞬間力を抜けというサイン。こうすればストレートに球速差が生じ、外角の速い球に目を慣らした打者を翻弄することが出来る。
ゆーくんを討ち取るために会得した投げ方だが、こういった場面でも十分に役に立つ。
私はいつも通り振りかぶり、いつも通りスリークォーターで投げた。
リリースの瞬間、周囲の喧騒が全てなくなる。
まるでそれは、世界に私一人だけ取り残されたようで。
マウンドとはかくも孤独な場所だったのかと回想する。
投手はいつも一人。
指を抜けていくボールがスローで流れた。手の平の痛みがピークに達し、身体が震える。
その微細な振動は憎たらしいことにしっかりとボールに伝わった。
私の気持ちなんて誰にも伝わらない癖に。
ボールだけは正直に私を映すのだ。
加奈子の視界の端で三塁ランナーがスタートを切った。加奈子の投じたやや高いボールにそっとバットが差し出される。回転も角度も無かった白球はそれだけでいとも簡単に全てを殺され、転々とピッチャーマウンドに向かって転がった。
スクイズ!
弥太郎の叫びに加奈子の身体が反応する。汗を散らせ、野球帽を飛ばしながらマウンドを駆け下りてくる。小さなバウンドを繰り返すボールが転がったのは幸いにもグラブの先。
このままボールを掬い上げ、弥太郎にトスをすれば十分間に合う距離だった。
だが加奈子の左手は言うことを聞かない。
痛みで痺れた感覚からか、ボールへの握りが浅かった。トスをする前にこぼれた白球がまたグラウンドに転がる。
三塁ランナーがホームに滑り込んだと同時、加奈子がそのまま勢い余って転倒した。それでも彼女はグラブのしていない右手で視界から消えた白球を探した。
――その小さな手が触れたのは白球でも土でもなくキャッチャーの少年の指だった。
彼は加奈子がこぼした白球を拾い上げ、祐樹程ではないものの、自慢の強肩で一塁手に送球する。
アウトのコールが球場に鳴り響いた。
ワンアウト ランナーなし 1-1のイーブン。
スコアボードに刻まれた文字を加奈子は呆然と見上げた。彼女は最早何も言えず、ただマウンドとバッターボックスの間にへたり込んでいる。完全な敗北が彼女の胸に刻みつけられていた。
「加奈子!」
送球を終え、キャッチャーマスクを外した弥太郎が加奈子に近づく。同時に交代を言い渡しに来た連絡員も彼女の元へ駆け寄った。
「おい、大丈夫か!? 加奈子!」
声を掛けられるたび、彼女の涙腺が崩壊した。ぽろぽろと先ほど落としてしまった白球のように涙が零れ、やがてそれは嗚咽を伴って数を増す。
「……うぐっ、ひくっ……ご、ごべんなざい……」
加奈子は謝罪を口にした。それは心無いことを言ってしまったナインに対して、提案を無視する形となった弥太郎に対して、そして自分が台無しにしてしまった先制点を取ってくれた大好きな男の子に対して。
「ほんとう、……わたし……ごめん、なさいっ」
頬に泥を付け、加奈子は号泣する。エースが見せた突然の少女らしさに、ナインは先ほどまで抱いていた殺気を完全に霧散させて心配そうに集まってきた。
加奈子は悲しかった。
自分の身勝手さが悲しかったし、それでも心配してくれる弥太郎に申し訳なかった。全幅の信頼を寄せていた監督にも裏切る形になった。
もう何だがとても悲しくて涙が止まらなくなった。
そんな彼女を宥める術をナインは知らない。付き合いの長い弥太郎もどうしていいのかわからず、ただおろおろするばかりだ。
だが果たして、そんな彼女を唯一慰めることが出来る少年が外野から走ってきた。
いつも少女のそばにいた少年は二三言連絡員と言葉を交わす。連絡員は直ぐにベンチに駆け戻ると監督に何かを伝えに行った。
「加奈子!」
びくっ、と加奈子の肩が震えた。彼女は背後に立つ少年を見ることが出来ない。彼から罵倒されるのが怖くて、彼から見放されるのが怖くて少女は振り向くことが出来ないのだ。
加奈子の涙は加速し、グラウンドに小さな染みを作る。
少年はそっと加奈子の頭に手を置いた。野球帽が脱げ、ポニーテールが剥き出しになった頭に手を置いた。そして声を掛ける。
「まあ色々言いたいことはあるけどよく頑張った。痛いのによく我慢したな」
「え?」
加奈子が思わず振り返る。涙でぐしょぐしょにした赤い顔で祐樹を見上げた。
「しって、たの?」
「半分推測だけどな。えらいぞ、加奈子」
ぐしぐし、と頭を撫でられる。加奈子はそれだけで今までの投球が全て報われたような気がした。そうだ、こうして褒めてもらいたいが為に頑張り続けたのだ。
彼女が野球を続けた原点が今祝福される。
「後は俺達に任せろ。必ず勝つ」
うん、と加奈子が頷く。相変わらずぽろぽろと涙を零したままだが、それでも祐樹に答える。
「グラブを貸してくれ。お前のグラブで勝ちに行く」
うん、と加奈子が立ち上がった。祐樹にグラブを渡し、祐樹から外野手用のグラブを受け取る。
「だからベンチで待ってろ。我が軍のエース。エースはそうやってふんぞり返ってればいいんだよ」
ナインが次々と加奈子の背中を叩いていった。それはここまで力投を続けたエースに対するねぎらいであり、激励でもある。グラウンドに立っていた全員が加奈子のピッチングを認めていた。加奈子をエースと認めていた。
最後に、祐樹が加奈子の頭を一つ小突いて告げた。
「もう一点、取ってやるよ」
加奈子は熱い目元を押さえながら、力強く頷いた。
イニングの途中からマウンドに上がったのは祐樹だった。
ここまでスラッガーとして君臨していた少年の緊急登板に健二のチームは浮き足立っていた。
小学生の間では珍しい、サイドスローから繰り出される横の角度がついた速球は誰一人として打つことが出来なかった。
もともと前世では中学までエースだった祐樹だから、小学生如きを料理するのにそれ程手間は掛からなかった。
監督も投手転向を強く勧めた時期があったが、野手一本に専念したいという祐樹の要望から今回のような形でしか彼は登板しない。
それ故、どこのチームも彼に関するデータを持っていなかったというのも大きかった。
時をそれほど待たずして、サヨナラのイニングに試合は突入する。
先頭バッターは一番の弥太郎。彼以降一人でも出塁すれば祐樹まで回る計算だ。
祐樹の成績はここまで三打数三安打一本塁打。
ランナーを置いた状態で彼が打席に立つとすれば、リリーフとして準備している健二が出てくる可能性が高い。
天才バッターと剛腕ピッチャーの対戦を予感してか、球場のボルテージは徐々にギアを上げつつあった。
続く