もう一つの結末 He was a liar device
新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 脳神経演算室 PM 1:50
「そう、じゃあ後は、私が選択するだけということね」
『はい、最終計画が成功すれば、アリシアは普通の人間として生きられます。無論、体内に結晶はありますが、その機能は“人間として生きる”ためだけのものですから』
レリックなどを埋め込み、“レリックウェポン”とすることとは違います。
レリックウェポンとて、魔導師の究極系ですから生命の在るべき姿から完全に逸脱するわけではありませんが、それと似たような改造を生体レベルで行っていたベルカの諸王の多くは短命であったという。
やはり、過ぎたるは及ばざるがごとし、人間は人間として生きるのが一番自然である。
あまりにも単純過ぎて、確認する必要もないような法則ですが、生命操作技術などに精通すればするほど、その法則を見失ってしまうのかもしれません。
「だけど、その成功確率は、極めて低いわけね」
『はい、無理に無理を重ねて不可能を可能としようとする手法ですから。成功確率、2.7%、目的の達成こそならないものの、特に被害は出ない確率、4.6%、次元断層が発生し、第97管理外世界ごと、全てが無に帰す可能性が92.7%』
「一つ聞くけど、失敗した際に助かる手法はあるの?」
『ありません。失敗に終わった際に発生する次元断層は第97管理外世界のみならず、周辺世界の多くを飲み込む程巨大なものです。次元航行艦ですら逃げきれませんし、転送ポートを使っても、そこを穴として向こうの次元世界まで次元断層は伝わっていくでしょう』
「つまり、最悪ミッドチルダが消滅する可能性すらあるというわけね」
『はい、そこに関しては不確定要素が強いため明言は出来ませんが、少なくともこの時の庭園とアースラ、そして第97管理外世界は絶対に助かりません』
ですからマスター、私は貴女が最終計画を実行する可能性は低いと計算しました。
貴女の現在の精神状態こそが、貴女の選択の可能性を計算するための最後のパラメータでした。
そして、実行確率は僅かに12.4%という演算結果となりました。87.6%という高確率で、貴女はアリシアと共に眠られる選択を取られると――――
――――私の電脳は、その結論を導き出してしまいました。
ですが、100%ではありません。
12.4%という確率であろうとも、貴女が最終計画に希望を託し、その実行を私に命令する可能性があるのです。
故に、私が桃源の夢を構築している間、アスガルドはそのための演算と準備を行っていました。
西の塔を中心に7個、東の塔を中心に7個、玉座の間に1個、暴走を抑えるための制御用に6個であったジュエルシードの配置も大きく変わった。
すなわち、21個のジュエルシードはミッドチルダ式を示す円を描くように時の庭園各地に配され、ジュエルシード実験においては中心となった石は、中央制御室に置かれている。
私はベルカの流れを一切汲んでいない、純粋なるミッドチルダ式インテリジェントデバイス。それ故、円を基本としたミッドチルダ式以外の魔法陣を制御することは出来ず、ジュエルシードが中央制御室を中心とした円を描くように配置されるのも当然の成り行きと言えます。
この最終計画には人間がただ一人も参加しないため、玉座の間は中心とはならない。機械にとっては、中央制御室こそが、時の庭園の中枢なのですから。
そして、それらが使用されるかどうかは、主次第。
我等はテスタロッサ家に仕える機械であり、時の庭園の主の命なく動くことはない。
沈黙の時間は1分………いいえ、たった今2分になりました。
主の表情は、葛藤の果てに苦悶に歪むようにも見受けられますが、徐々に決意が固まっていくように考えられる。
主の――――答えとは
「何年生きても、私は馬鹿なまま、ということかしら」
自嘲するように呟きながらも、その目には諦観というものが見受けられない。
『私の演算は、外れましたか、マスター』
「ええ、今回ばかりは外れのようね。でも、貴方の計算は悪い方に当たるなんて言っていたから、ひょっとしたらその通りなのかもしれないわ」
『なるほど、確かに、普通に考えれば、これほど最悪な事柄はなく、“悪い計算が当たってしまった”ということになりましょう』
成功確率は僅かに2.7%、次元断層が発生し、時の庭園やアースラ、第97管理外世界、果ては周辺世界やミッドチルダに至るまでを消滅させる可能性が92.7%。
これを最悪と呼ばず、何と呼ぶべきか。
ですが、マスター。
『私にとっては、良い方向に当たった、ということになります』
「あら、デバイスである貴方は、自分の意思なんかどうでもよくて、私の意思だけが重要なんじゃなかったかしら?」
『はい、その通りです。貴女が、その意思を示して下さったからこそ、私もそう考えます。私は、貴女の心を映し出す鏡ですから』
確率が高いと計算した可能性を主が選ばれていたならば、私はこのように考えることはなかった。
主がアリシアと共に眠られる選択をなさったならば、私はただ静かに主を看取り、墓守となっていたでしょう。そして、それこそが私にとって唯一の“最善の在り方”となり、その他の可能性などその瞬間に考える意味を失う。
そして、それは今の私にも当てはまる。
主が、最後の賭けに出る選択を成された以上、“もし主がアリシアと共に眠られることを選んだならば”という仮定は意味をなさなくなる。
「これが馬鹿な選択だということは分かっているわ。でもね、貴方なら、貴方ならなんとかしてくれるんじゃないかって、不思議と、そう思ってしまったのよ…・・・」
『ご期待に沿えるよう全機能を費やします』
その言葉をいただけただけで私には十分。
余分な思考は全てカット。
私はこれより、主の願いを叶える御都合主義の機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)となりましょう。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 2:50
そして、古きデバイスは、最終計画を実行に移す。
彼の主、プレシア・テスタロッサが実行の意思を示した時から、その電脳はオーバーロードどころではない高速演算を開始しており、時の庭園に存在する機械類全てに指示が飛ばされていく。
アースラとの模擬戦に参加した傀儡兵も、オートスフィアも、サーチャーも、参加しなかった機体も、園丁用の魔法人形も、戦闘用の魔法人形も、一般用の魔法人形も、余すことなく全て起動させていく。
『インテリジェントデバイス、トール、その権能を全開放。管制機能を起動、“機械仕掛けの神”』
そしてこれこそ、彼の本来の機能にして最大の能力。
“トール”とはユニゾン風インテリジェントデバイス。ユニゾンデバイスとは主と融合する機能を有する融合騎のことを指すものの、彼は機械(デバイス)と同調し、管制機能を最大限に発揮する。そして、テスタロッサ家に仕えるデバイスである彼が、それを最大限に発揮させる場所とは。
時の庭園の、中央制御室に他ならない。
【アスガルド、“クラーケン”と“セイレーン”を臨界起動させなさい。限界レベルでの共振を行い。出力をMAXへと】
【了承】
管制機の指示の下、中枢コンピュータが命令を発し、時の庭園の動力の全てを生み出す駆動炉もまた、限界を超えた運転を開始する。
時の庭園に存在する機械類、それら全てに膨大な魔力が注がれていき、彼らは的確かつ迅速に動き、大魔力を伝送用のコードを展開、自身の身体すら材料として組み込み、ミッドチルダ式大型魔法陣を構成していく。
それはまさに、機械そのものが魔法陣となっていく光景であった。
魔力のハブ地点となる場所は制御機械と共に傀儡兵なども配され、魔力の過負荷がかかった場合はそのダメージを請け負い、代わりに崩壊するための準備すら同時に整えている。
人間であれば異常でしかあり得ないその姿。自分がその場で暴走した魔力の受け皿として破壊されることを知りながら、異論を挟まず、疑問に思うこともなく、機械達は管制機の指示通りに己の死に場所へと行進していく。
それこそが機械であり、機械の在るべき姿。
魔法人形も、傀儡兵も、オートスフィアも、サーチャーも、一般端末も。
最も古きデバイスの指揮の下、テスタロッサの親子のため、その役割を果たそうとしている。
【バルディッシュ、アースラへの通信を貴方からお願いします】
【その内容とは?】
【時の庭園の管制機が主の制御を離れ、暴走していると。プレシア・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサの三名は玉座の間へと閉じ込められ、狂った機械はジュエルシードを暴走させ、次元断層を引き起こす可能性が極めて高いことも】
【つまり】
【このままでは主達の命が危うい、救援を願う、ということです。私はこれより、狂った機械となりましょう】
【貴方は……………本当に、嘘吐きデバイスなのですね】
【無論、それが私です】
時の庭園に住まう、テスタロッサの親子は、三人とも玉座の間にいる。もっとも、目を覚ましているのはプレシア・テスタロッサのみで、娘達は眠っているのだが。
最終計画の対象がアリシア・テスタロッサである限り、彼女は先の実験と同じく玉座の間にいなければならない。
そして、最終計画が失敗すれば誰もが同じ運命を辿る以上、母と妹が別の場所に避難する意味もない。また、ジュエルシード実験のデータを基に最終計画を進めるのであれば、可能な限り状況を合わせた方が良いのも事実であった。
そうした理由から、高町なのはとユーノ・スクライアの二名も眠ったままであるが、西の塔と東の塔に運び込まれ、台座に括りつけられている。客人をデバイスが勝手に運び、拘束するような真似をしている以上、“管制機が暴走している”という言葉はまったくの嘘というわけでもない。
このことは、管制機も己の主に“知らせるのを失念しており”、プレシア・テスタロッサすら知りえない事柄であったから。
彼は嘘吐きデバイス、これより行われる事柄は全て、彼の独断であり暴走。
それが、時空管理局のデータベースに残される、ジュエルシード事件の結末となるように。
そして――――
【私も手伝います、トール】
唯一、時の庭園に属さないデバイスもまた、その力を貸すことを申し出た。
高町なのはという少女は眠っているため、協力のしようもないが、彼女は己の主の願いを理解している。
フェイト・テスタロッサという悲しい目をした少女を救うために、己の主は持ちうる魔法の力の全てを懸けた。
ならば、彼女が眠っている今、それを代行するは“魔導師の杖”の役目である。
【ありがとうございます、レイジングハート、それでは貴女には、バルディッシュと共に動力炉の制御に当たっていただきたい。バルディッシュが“クラーケン”を、貴女は“セイレーン”を】
【了解しました】
“魔導師の杖”は“閃光の戦斧”と並び立ち、己の性能を開放していく。
彼女自身は高ランク魔導師の力を最大限に引き出すための存在であるため、本来魔導機械の制御は得意とするところではなく、それはバルディッシュとて同様である。
しかし、“機械仕掛けの神”である管制機の座する中央制御室ならば話は別。二機の若きデバイスは、己で制御するのではなく、管制機が操作するハードウェアの一つとして機能するのだ。
それこそが、トールがユニゾン風インテリジェントデバイスと呼ばれる由縁。彼は、機械と同調し、その性能を最大限に引き出すことを可能とする唯一のインテリジェントデバイスである。
シルビア・テスタロッサという“インテリジェントデバイスの母”の作品の中で、彼だけは世に出ず、知られることもなかった“存在しないデバイス”であった。そして、その後のインテリジェントデバイスの知能とは、人間と意思を通わすために存在するものとなった。
故に、原初のインテリジェントである彼だけが、デバイスを操るための能力を持って作られたインテリジェントデバイスなのである。
【さあ、それでは参りますよ、アスガルド、バルディッシュ、レイジングハート】
【了解】
【了解】
【了解】
人間ならばあり得ない速度で準備が整い、最終計画が始動される。
機械とは、元来そういうもの。人間のような柔軟性こそ持ち合わせないが、自分が持ちあわせる機能を発揮することにかんしてならば、人間など足元にも及ばない
工場で働き、製品を生産し続ける産業機械は、ラインの一部として動く以外の命題を持たないが、それだけに単一の機能に関してならば他の追随を許さない。100人の人間ならば1日3000個が限界の製品も、100台の産業機械がラインを形成して稼働すれば、3000万個作ることも容易であり、かつ、人間のように頻繁な休息を必要としない。
もし、地上本部の技術部の局員や整備員達がこの最終計画の装置の配置を成そうと思えば、全ての手順が定められていたとしても、安全性の確認が終わるまでには丸一日を要することだろう。
しかし、中央制御室の管制機の指示の下、“一秒の乱れもなく正確に”動く機械は、それを僅か1時間程で成した。無論、事前の行動登録はしていたものの、配置を開始したのはプレシア・テスタロッサの決断後のことである。
全ては、彼らが疲れを知らず、ただ命じられるままに行動する機械であるがために。
【“クラーケン”と“セイレーン”をオーバーロード、並びに、21個のジュエルシードを直列励起】
【了解】
【了解】
【了解】
その瞬間、時の庭園が揺れた。
その揺れは収まるどころか、時間と共に激しさを増していき、満ちる魔力は次元震などを遙かに超えた数値を紡ぎ出す。
【推定魔力値――――2億―――――10億――――――50億――――――――200億――――】
それは最早、計測器で測れる限界をとうに超えており、振動の規模から推察した数値に過ぎない。
そして、それだけの魔力が抑制の軛から解き放たれれば何が起こるかなど考えるまでもないが、主の願いを叶えるために起動する管制機は意に介さない。
”貴方ならなんとかしてくれるんじゃないかって、不思議と、そう思ってしまったのよ…・・・”
主がそう思ってくれたのだから、自分ならできるとそう信じてくれたのだから。
『全ては…………主のために』
それこそが彼の全て、彼の持つ命題。主が自分に期待を込めたのならば、それに答える。
インテリジェントデバイス、トールにとって、世界とは実に単純にして明快な二元論で成り立っている。
すなわち、プレシア・テスタロッサか、それ以外か。
トールにとっては、プレシア・テスタロッサこそが“1”であり、それ以外は“0”。
1と0の電気信号で駆動する古きデバイスの、根源にして絶対に書き換えることが不可能な命題である。
つまり、彼にとってはプレシア・テスタロッサの望みが叶っていない世界など、まさに露ほどの価値もない。
最終計画が失敗し、主の望みが叶わなかった世界がどうなろうが、彼の知ったことではない。いや、文字通り考えることにすら意味がない。
それ故に――――
開始より120秒
130秒
140秒
エラー発生、負荷17%増加、予備のリソースを割く
150秒
160秒
北区画の傀儡兵の損傷が特に激しい、増援を。並びに、ジュエルシードの制御リソースを追加
170秒
180秒
21個のジュエルシード全てが直列励起を開始、震動、さらに増大、生成魔力はこれまでの130倍と推察
190秒
第3制御室よりフィードバック情報あり、西区画の電力変換設備が崩壊を開始、ジュエルシードの停止を進言している、却下
第7制御室より、南区画のブレーカー設備が崩壊。これより先は安全性の計算が事実上不可能、ジュエルシードの停止を進言している、却下
200秒
210秒
【アスガルド、全ての設備を本体コントロールへ切り替えます。補助装置を停止させ、そのリソースを全てジュエルシードそのものに対する制御へと】
【了解】
220秒
配置された機械類、消耗率47%。既に半数近くが脱落。残る機体の駆動は続行。
管制機へのフィードバック、閾値を突破、本体への負荷、限界値まで残り29秒と予想。
230秒
240秒
機械類、消耗率62%、ジュエルシードのエネルギーが予想臨界点へ。
250秒
本体、損傷開始。バルディッシュとレイジングハートも同様。
260秒
270秒
損傷さらに増大
機械類、消耗率79%
既に、ジュエルシードの魔力の20%近くは制御を離れつつある。次元震が未だに発生していないのは奇蹟に近い。
280秒
【バルディッシュ、レイジングハート、貴方達にひとまず制御を預けます。その間に私は残りのリソースとハードウェアの調整や再起動を行います】
【yes………sir】
【yes……………sir】
290秒
【機械仕掛けの神、発動。レイジングハート、バルディッシュの両機を強制停止】
【!?】
【―――!】
300秒
【よろしかったので?】
【ええ、彼らがこれ以上無理を重ねても、成功率に影響はありません。それに、ここで無理をするのは我々老兵の役目でしょう。若い者らには、未来を引き継ぐ義務があり、我々にはそのための道を切り開く義務がある】
【同意します】
【私がデバイスへ嘘を吐くのは、これが最初で最後です。これで、私が嘘を吐いていない相手はマスターだけとなってしまいました】
【Yes,You are a liar device】
【All right】
ジュエルシードが起動してより、5分が経過。
託されたものは願いにあらず、命令。彼らは機械であるが故に、人間のように願いを託すことは出来ない。
ジュエルシードは“クラーケン”と“セイレーン”が生み出す膨大な魔力によって臨界起動、さらに、21個の直列励起によってオーバーロード状態へ。
まさしく、いつ次元断層が発生してもおかしくない状況になりながらも、未だそれは観測されず、余波の震動のみが時の庭園を襲い続ける。
中央制御室を中心としたミッドチルダ式巨大魔法陣を形成していた機械類も大半が壊れ、若きデバイス達も管制機の手によって強制停止。
ただ、計測することはおろか、その規模を考えることすら馬鹿らしく思える程の、“願いを叶える魔力”だけが、時の庭園に在り続ける。
そして――――
≪入力を≫
誰も予期せぬ入力が、中央制御室へ届く。
【貴方は】
【―――】
管制機はかろうじて出力を返し、既に演算にその機能の全てを回している中枢コンピュータはただ無言。
≪入力を≫
同じ入力が繰り返される。
【ジュエル………シード】
ジュエルシード、それは願いを叶えるロストロギア。
人間の願いのみならず、あらゆる生物が持つ根源的な願いまでを受諾し、それを叶えるべく奇蹟を起こす。
しかし、願いを持たぬ機械の身にはそれは成し得ず、定められたアルゴリズムを実行するための動力としか成り得ない。
だが、もしも――――
ジュエルシードという無機物、それ自身に、デバイスと同様の意思があったとすれば
21の石が揃い、直列に繋がれることで、願いの受信のみではなく、意思の送信が可能となったと仮定するならば
その意思を理解できるのもまた、同じく命令を受諾することで意味を与えられ、主の願いを叶える為に機能する、デバイスのみであろう。
【貴方、いえ、貴方達に、命令の送信を行います】
そして、機械と同調し、機械を操るために生まれた機械が、その意思に応える。
その機能の全てを捧げるべき主、プレシア・テスタロッサのために。
【私は時の庭園が管制機にして、インテリジェントデバイス、トール。全ての機械を操り、マスターのために稼働せし、“機械仕掛けの杖”】
ジュエルシードもまた、誰かのために作られた、魔導端末であるならば。
【魔導端末である貴方達の管制機として、命じます】
明確な入力を与えられぬまま、ただ魔力を放出するだけの装置になり果てる、もしくは、使われることなく遺棄される。
願いを叶えるために生み出された存在にとって、それ以上の無念はない。
主のために45年間の時を稼働し続けた古きデバイスは、この世のいかなる存在よりも、それを理解していた。
【我が主、プレシア・テスタロッサ、そしてその娘達の望む未来を、この世界へと顕現させなさい。貴方達は、人の願いを叶えるために創り出されたのです、ジュエルシードよ】
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
≪了解≫
21の命なき魔導端末より、簡潔な返信がもたらされる。
だが、その返信にどれほどの意味があるのか、それを知るのもまた彼らだけだろう。
【さあ、往きましょう。人間のために作られし我々機械、その存在価値の全てを懸けて】
【是】
≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪ 是 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
テスタロッサの家に仕えし古き機械達が、最後の稼働を開始する。
遙か古に作られし、願いを叶えるロストロギアが、その命令に応える。
己の作られた意味、それを果たすこと。
それ以外を考えず、ただ機能する。
それこそが、生命ではないがために彼らが持つ、唯一無二の在り方。
『申し訳ありません、弟達。シルビア・テスタロッサに作られし、26機のシルビア・マシンよ』
そして、既に命題を果たして逝きし者達へ、管制機は最後に想いを馳せる。
『貴方達の記録は我々が保管してきましたが、どうにも、私達の最後の弟、バルディッシュへ渡せそうもありません』
それは、無念と言えば無念であり。
『ですが、この計画だけは完遂させて見せましょう。後のことは、バルディッシュに任せることとなりますが、彼ならば、心配はいりません』
同時に、誇りでもある。
例え、自分達はここで終わるとも、後を継ぐ者がいる。
ならば、残すべきものは既になく。
持てる全ての権能を――――――
『インテリジェントデバイス、トール、フルドライブ』
この瞬間に、注ぎ込むのみ。
『臨界突破――――リミットブレイク!!』
そして、願いを叶える光が――――
『我が権能、機械仕掛けの神――――――オーバーロード!!!』
弾けた
新歴75年 10月29日 ミッドチルダ首都 クラナガン 機動六課 デバイスルーム
「うん、まあこんなものかしら。調子はどう、バルディッシュ?」
『No problem』
機動六課のデバイスルームにおいて、デバイス技術者の最高峰、S級デバイスマイスターの資格を持ち、胸元には紫色の石がついたネックレスをつけた女性が、妹を10年以上共に戦い、守ってきた閃光の戦斧へと声をかける。
その容姿は妹とまさに瓜二つではあるが、中身はまるで異なる、というのが昔から変わらない周囲の評価であり、彼女自身そう思っている。
自分とフェイトは同じ遺伝子を持っているが、それでも別人。
≪アリシアはアリシア、フェイトはフェイトです。貴女達は、ただ在りのまま大きくなって下さい≫
そんな、優しい言葉を、本来なら知らなかったはずの女性から受け取る夢の残滓を、自分は確かに持っているから。
アリシアとフェイトは、まったくの別人なのだ。
もっとも、その女性――母の使い魔――には現実においてもよく言われた言葉なのだが。今でも帰省すれば頻繁に会っている。
「ストラーダの方も問題ないようだし、改良部分はまだまだあるけど、とりあえずは一段落かな」
『まだ改造する気ですか』
「当然よ、せっかく新人インテリジェントデバイスを思いっきりいじれるチャンスが来たってのに、活用しない手はないじゃない」
『ほどほどに』
止めても無駄であることは分かりきっているため、バルディッシュの反応はややおざなりである。今の彼は彼女の改造により、言語能力が昔に比べてかなり向上している。
そこに―――
「はあ、相変わらずのマッドサイエンティストなことで」
作業を一応は手伝っていた若い男性型の魔法人形が口を挟む。
「何かしらトール、異議申し立てでもあるの?」
「べっつにー、ただ、デバイスいじってる暇があったら、男の一人でも見っけたらどうだ~って思っただけ」
「んー、グリフィス君とかは時々いじってるわよ、あとエリオも」
「いじってどうすんだよ」
「こう、ぎゅーってしてあげると、慌てる姿が可愛いのよね、エリオは」
「10歳にしてセクハラをかまされるとは、不憫な奴だ」
「軽いスキンシップよ」
「実年齢40歳じゃなあ、年増相手はエリオも辛かろ」
ブツッ
その瞬間、アリシアの手に握られた端末によって、トールは強制停止する。
「アリシア~、頑張ってるですかー、ってあれ、トールが死んでるです」
「あら、リィン、これは放っておいていいわよ」
そこにやって来たのは、リインフォース・ツヴァイ空曹長。年齢はまだ8歳程で、元気一杯の“小さな上司”としてロングアーチスタッフからは親しまれている。
「アリシア先輩、お疲れ様です、あ、トールがまた死んでる」
「シャーリー、これは放っておいていいからね」
こちらは同じくロングアーチのスタッフであり、A級デバイスマイスターの資格を持つシャリオ・フィニーノ一等陸士。シャーリーの愛称で呼ばれており、同時に1級通信士の資格も所持している。
「それは分かってますけど、どうですか、バルディッシュの調整は?」
「ん、ちょうど終わったところ」
「もう終わったちゃったですか!?」
「あ、相変わらず早いですね」
「とーぜん、デバイスいじりは私の人生そのものだもの」
腕を組みながら、妹と同様に豊満な胸を堂々と張るアリシア。
「流石は先輩、公開意見陳述会の後もあっさり治してましたもんね、私の仕事がなくなっちゃうくらい」
「あの時はびっくりしたですよ、でもまあ、マッハキャリバーやグラーフアイゼンはもっとびっくりしたと思うですけど」
リインとシャーリーが言っているのは、先月の9月12日に行われた公開意見陳述会において破損したグラーフアイゼン、リインフォースⅡ、マッハキャリバーの三機をアリシアが僅か2日で完全復帰させた時の話である。
そして、自身で言うように仕事がなくなるほどの手際であったため、いっそ開き直って通信士としての役目に専念していたシャーリーであった。
しかし、シャーリーは後にそれを後悔することとなる。
アリシア・テスタロッサに見張りを付けず、デバイスの整備を任せれば何が起こるか。
彼女の妹であるフェイト・テスタロッサの補佐官として働いており、アリシアの後輩にもあたる彼女ではあったが、地上本部襲撃に加え、六課壊滅という状況においては、それに考慮する程の精神的余裕はなかったのである。
「あの時は皆大変だったしね、ここは運良く無傷だった私が頑張らねば、とは思ってたわよ」
アリシアは当初から機動六課に所属していたわけではなく、ギンガ・ナカジマ陸曹と同時期に出向という形で、機動六課へは9月5日頃に合流した。
それ以前にもデバイスマイスター独自の交流網を駆使してフェイトを影ながらサポートしていたが、レリックがらみの事件が本格化する気配が濃厚になってきた頃からはより直接的に協力するようになっていた。
そういったわけで、アリシアはロングアーチスタッフであるわけではないため、公開意見陳述会においては地上本部にいたので被害は特に受けず、逆に事後処理においてその手腕を発揮した。
「でも、あの時のアリシアはかっこよかったですよ。なのはさんもフェイトさんも、はやてちゃんも平気そうではありましたけど、結構落ち込んでましたし」
「そりゃあね、ザフィーラやヴァイス君は重傷だし、エリオも負傷して、スバルもボロボロ、六課は壊滅しておまけにギンガも攫われたときたら、落ち込むなって方が無理あるでしょ。ま、わたしだったら気にしないけど」
「うーん…………なんでアリシアはそう思えるですか?」
「簡単よ、そこまでぼこぼこにやられたら、もうこれ以上悪くなりようがないじゃない。その上、六課最強の隊長陣はほぼ無傷なわけだし、フォワードだって数日あれば回復できるレベルの負傷、デバイスは私が直せるんだから、反撃の時間はさあこれから。1週間以内にあんな戦闘機人(笑)を捕えることなんて楽勝、スカリエッティの大馬鹿を土下座させる瞬間を想い描くだけでうきうきしたわ」
「先輩の、その超ポジティブ思考は凄いなあ」
尊敬と呆れが混ざったような呟きは、無論シャーリーのものである。
「でもね、事態は深刻なようで、大局的に見ればそんなに深刻じゃあなかったのよ」
「え、そうなんですか?」
「そ、確かに機動六課から見れば危機的状況だけど、機動六課=時空管理局じゃないし、聖王教会は全くの無傷。地上本部はダメージを負ったけど、スカリエッティが自身で言ったように、人的被害はほとんど出ていない。つまり、数多くの証拠を残してしまった戦闘機人(笑)の尻尾を掴むために捜査員を組織的に動かす体制は、万全整っていたわけ」
「なるほど」
「相手の戦力を削れれば、それが勝利ってわけじゃなし、時空管理局全体で見れば、公開意見陳述会で失った戦力なんて塵芥ですらないわ。逆に、これまで隠れ潜むことで保っていた優位性を失うことになったんだから、戦闘機人(笑)にとってはあの時点で既に捕まることは確定していたわけ。武装隊は叩いても、捜査員を自由にしたんじゃ本末転倒よ、国家単位の組織じゃない以上、居場所がばれればどうしようもないんだから」
「そういえば、割とすぐにアコース査察官がスカリエッティのアジトを突き止めましたもんね」
「まあ、ゆりかごだけは想定外だったけど、あれがなければ戦闘機人(笑)なんて別に大したことない存在だし。ぶっちゃけ、いてもいなくても大差なかったわよね」
「それはちょっと可哀そうな気が、でも、事実かもしれませんね」
「その上、あの子達のデバイスは私が強化したんだから、戦闘機人(笑)ごときに敗れる理由はないわ」
「あ~………」
「“あれ”ですね………」
同時刻 機動六課 訓練スペース
「ところで、フェイト、お前の姉の改造癖はどうにかならんのか?」
「あ、あははは………」
六課が設立されてからは珍しく模擬戦を行っていたライトニングの分隊長と副隊長。
出会ったばかりの頃はフェイトのことを“テスタロッサ”と呼んでいたシグナムだが、姉と混同してしまうため、現在はこの呼び方で落ち着いている。
「デバイスが強化されることはこちらとしても嬉しい限りなのは事実だが、限度というものはあるだろう」
「ひょっとして、レヴァンティンが犠牲になりました?」
「いや、レヴァンティンは最初の改造だけで済んでいるが、ヴァイスのストームレイダーがやられた。ストラーダも次の標的になりそうな雰囲気だ」
「………ストームレイダーは、どのように?」
「基本的にはクロスミラージュと同様だが、炎熱変換の魔力を秘めた弾丸を長身の銃身に通し、ブーストすることで破壊力を極限まで高めた火炎弾を撃ち出す“バースベルク”と、電気変換された魔力を込めた弾丸を同様にブーストさせ、敵の中央で破裂、分裂した弾丸が周囲の敵を貫く“ブレドロア”なる新機能が搭載されたらしい」
「姉さん………やりすぎ」
今に始まった姉の奇行ではないが、思わず頭を抱えたくなるフェイトであった。
「しかし、ヴァイスもノリノリだから始末が悪い。“こいつがあれば、ヘリだって落として見せらあ!”などと叫んでいたものだから、責めるに責められん」
良くも悪くも、機動六課の隊員達はノリが良く、14歳の少年のような属性を持つのも多い。
特に、アリシアが出向してきて以来は、ヴァイスと組んで度々面白おかしいイベントが開催されていたりする。もちろん、オフシフトの人員でだが。
「ま、まあ、そのおかげであの子達がJ・S事件の際に苦戦せずに済んだ、というのは事実ですけど」
「“鎧の魔槍”ストラーダに、“魔甲拳”マッハキャリバー、“魔弾丸”クロスミラージュに“輝聖石”ケリュケイオン、だったな。元ネタは、確かヴィータも読んでいた日本の漫画だったと記憶しているが」
「“●●の大冒険”です、まさかアレをデバイスで再現するとは思いませんでした。“アムド”のキーワードでエリオやスバルは鎧を装着しますし、ティアナの弾丸も専用のカートリッジを使うことで様々な特性を持ったり、幸い、キャロのケリュケイオンは純粋な魔力ブーストの強化で済みましたけど」
「同様のデバイスも持ちが5人揃うことで五亡星を描くと、強力な儀式魔法を行使できる、などの機能は見なかったことにするべきか。まあ、それぞれの弱点を効率よく補強していたのは間違いないのだが」
ちなみにその機能はギンガがさらわれたため実現不能となった。
エリオは高速機動を得意とし、電気変換資質も持つが、欠点はフェイトと同様装甲の薄さにあった。
だが、“鎧の魔槍”は機動力をほとんど損なうことなく、バリアジャケットを強化させることに成功しており、さらに全身のどこからでも隠し武器が出てくるというおまけつき。
エリオもやっぱり男の子なので、かなりノリノリで改造型ストラーダを振り回していたりする。
全身から刃を出したルーテシアの守護獣、ガリューと戦ったエリオだが、流石のガリューも自分以上に全身に武器を仕込んだ相手と戦うことになるとは夢にも思わなかった。
「スバルは、元々防御が堅かったですけど、右手のリボルバーナックルを完全に攻撃用にして、左手に追加した“魔甲拳”にAMFを搭載するなんて………」
「右手のリボルバーナックルは魔導師モード、左手の魔甲拳は戦闘機人モード、そして、機動力の要であるマッハキャリバーとウイングロードは先天魔法故にどちらでも使える。厄介極まりないな」
スバルと戦ったのは拉致されたギンガだが、デバイスの性能が違い過ぎた。
戦闘機人モードでしか戦えないギンガと、アリシアの魔改造によってその両方を使うことができ、ギンガのウイングロードだけをAMFでかき消すことが可能なスバルでは、反則といっていいほど条件が悪すぎる。
スカリエッティは天才ではあるが、ギンガを拉致する際に重傷を負わせていたのが思いきりあだになった。ぶっちゃけ、治療するので精一杯で、まともな武装を追加する時間的猶予などなかったのである。
早い話、それほど戦力的に意味のないギンガを得て、ナンバーズの中でも2番目に戦闘能力が高いチンクを失ったのである。はっきり言ってやる気が伺えない行為だ。
「そして、ティアナの魔弾丸………手動でカートリッジを取り換えなきゃいけないのが唯一の欠点ですけど」
「クロスミラージュを持つまでは自作のアンカーガンとガンベルトを使っていたからな、戦いながらガンベルトからカートリッジを選択し、状況に合わせて装填することは得意分野だろう」
炎熱、凍結、雷撃、防御、バインド、治療に至るまで、あらゆる種類の魔法を込められたカートリッジをクロスミラージュにセットすることで、多種多様な戦術展開を可能とする“魔弾丸”。
ティアナの唯一の弱点と言えた火力不足が補える上、使えなかった回復系の魔法すら使用可能となるため、指揮官としての適性を持つティアナには鬼に金棒といえた。
ディードはティアナの弾丸を見切って最小の動作で躱した結果、弾丸が破裂して飛び出したバインドによって捕縛、ノーヴェはエアライナー上に突如出現した氷塊に激突、ウェンディは炎の弾丸を受けとめようとしたものの、追撃の雷の弾丸によって押し切られ、撃墜。
戦術の展開どころか、ほとんどデバイスの特性だけで押し切られた数の子3人であった。
他にも、グラーフアイゼンに自己修復機能が付いたり、レヴァンティンが炎を纏った状態で鞘に収めると魔力が自動的に増幅したりと、さまざまな魔改造がなされた機動六課のデバイス達であった。
「まあ、魔改造の最たる例は高町だろうが」
「“光魔の杖”、ですね。ストライクフレームを展開したレイジングハートがそっくりなのがいけなかったんでしょうか」
レイジングハートに追加された、なのはの魔力を吸い取り、打撃力に変える“光魔の杖”機能。
「魔力による強化を行っていなかったとはいえ、まさか、レヴァンティンが折られるとは」
どの程度の強度なのか、試しにレヴァンティンと打ち合った結果、見事に二つに折られたレヴァンティンであり、その状態から修復される際に新たに鞘の機能が追加されたのは言うまでもない。
「その上、展開した先端で砲撃魔法を完全に防ぐことも出来て、ブラスターモードが5まで追加されて……」
「まあ、4以降はバルディッシュの承認がない限り発動できないのだから、問題はないだろう」
なのはとレイジングハートだけに解除権限を与えると使うことが目に見えているため、解除権限はあえてバルディッシュに与えられていた。
そんなこんなで、姉の出向からわずかの間に魔改造されまくってしまったデバイス達である。
正確に言うと、アリシアは六課設立時からシャーリーより常に報告を受け取っており、半年あけて密かに開発していた新機能を数日で取り付けただけだったりするのだが。
そして、最もアリシアと縁が深いバルディッシュだけは、六課設立に関係なく普段から調整しているため逆に魔改造から逃れることが出来ていた。いつでも改造できるものとなると、かえって食指が動きにくいのがマッドサイエンティストというものなのかもしれない。
「だが、それでもお前は姉と共にいる時が一番落ち着いているように、私は思うぞ」
「そ、そうでしょうか」
思わず、胸元に手をやるフェイト。
そこには、アリシアとお揃いの紫色の石がついたネックレスがあった。
「姉離れ出来ていないなどの、悪い意味ではない。それに、お前に限らず、高町や主はやてにも同様のことが言える」
「三人とも……」
そう言われると、フェイトにも思い当たることはあった。
「初代リインフォースを失ったあの日より、主はやては生き急いでいるように私には感じられた。無論、夢に向かって進むことは悪いことではないが、それだけに縛られることもまた危険を伴う」
「そうですね、それは、私も時々感じます」
「高町が撃墜されたことも、お前が6年前にエリオを引き取ろうとしたことも、似た側面があることは否定できまい。三人揃って、誰かのために出来ることを成そうとするばかりに、自分のために生きることを忘れがちになっているのではないかと、時に思うことがある」
「…………そう、かもしれません」
エースオブエース
金色の閃光
夜天の主
J・S事件を経て、その名声はさらに高まり、管理局若手局員の象徴的存在であることはもはや不動となっている。
だが、それでも彼女らは地球の基準ならばまだ成人すらしていないのも事実。誰かのためだけではなく、時には自分のために遊ぶことや、楽しむことも必要だろう。
「局員としての仕事ならば同年代の誰よりも優れるが、年相応に遊ぶことに関してならば下から数えた方がよかったろう。我々ヴォルケンリッターも、そんな主やお前達を心配していた時期もあった」
「今は、違いますか?」
「今ではない、随分前からだ。三人をいつも引っ張って、遊びに連れ出すムードメーカーがいてくれたからな」
「…………姉さん」
「ああ、あいつは本当に人生というものを楽しんでいるように感じられる。無理なく、自然体で、自身の夢を追いかけながらも、それだけに囚われることなく、寄り道も同じくらい楽しんでいる。ただ、生きているだけで楽しいのだと言わんばかりに」
「………きっと、あるデバイスのおかげなんだと思います」
そんな生き方を、アリシア・テスタロッサに与えたのは、一体誰だったか。
彼女と常に共に在り、彼女を蘇らせるために全てを懸けたのは―――
「姉さんの口癖なんです。“何か一つのことのために生きている人間は、デバイスと同じにすらなれない。デバイスの劣化品に過ぎない”って」
「なるほど、実にアリシアらしい言葉だ」
「ええ、ただ一つことに集中するなら、デバイスに敵うわけがない。その代り、人間は無限の可能性を秘めているんだ、って、だから、やろうと思えば何だって出来る」
「何でも出来る、か。――――――確かに、闇の書の守護騎士であった私達すら、今はただ一度きりの生を歩むことが出来ている。そして、お前の姉もまた然りだ」
烈火の将シグナムは、アリシア・テスタロッサという女性を、深い意味で尊敬している。
別に彼女は特別なものを持って生まれたわけではない。むしろ、先天的な才能という面ならばフェイトの方が大きく勝っており、特異な生まれ方をしたフェイトと異なり、今から40年前に生まれたアリシアという少女は、実に平凡な子だった。
だが、数多くの出来事が彼女の運命を大きく変え、10年前に、26年間の眠りより目覚めることなった彼女は、年齢というものがあらゆる面で不確かなものとなっている。
肉体が生きて稼働していた年数で測れば、現在15歳程。存在していた年数で測れば40歳。
10年前に目覚める9年前から脳の受信機能だけは働いていたので、精神年齢ならば当時で14歳相当、現在ならば24歳と言える。
存在は40年、稼働時間は15年、精神は24年、そして、ジュエルシードの力で目覚めてより、彼女の成長のペースは常人と同じというわけではなかった。
人を騙すデバイスが作り出した夢の世界をなぞるように、彼女の肉体はフェイトと同じ年代まで短時間で成長を遂げ、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、月村すずか、アリサ・バニングス、八神はやての“6人”は中学生までを同じ学び舎で過ごすこととなった。
それはまさしく、あの桃源の夢の光景を、現世に映し出したかのように。
「アリシアの存在は“常人”のそれではない。言い方は悪いが、私が戦ったベルカの騎士、ゼスト・グランガイツと似た存在であることは事実だろう」
「ええ、なのに、姉さんったら、まるでそのことを気にしないんです。クローンであることを気にする私が馬鹿に見えるくらいに」
なぜそのように在れるのか、と、姉に尋ねた時に彼女が返した言葉も、フェイトにとっては忘れられない言葉である。
「なぜ、って聞いたら、“デバイスから見れば、同じ生体細胞の塊よ”って」
「くくっ、確かに、デバイスから見ればそうだろうな。人間というものは、少し細かい部分にこだわり過ぎるのかもしれん」
「ええ、そして、人間と機械は違うものだということを強く意識すれば、人間らしく生きることなんて簡単だって。機械がやれないことをやればいい、その代り、人間に出来ないことは機械に任せればいい」
「それで、戦闘機人(笑)か」
アリシア・テスタロッサは、戦闘機人のことをそのように評した。
「ナンバーズ達は戦闘機械なんかじゃなくて、ただの人間だと姉さんは笑います。“トールのように、一つの事柄のためだけに稼働することなんて出来ない分際で戦闘機械を語るなんて、思いあがりも甚だしい。マイクでも握ってアイドルユニットでも組んでるのがお似合い”、だそうです」
「そういえば、よく海上隔離施設に足を運んでいたな」
「ギンガと一緒に、ですね。姉さんは戦闘機人達を魔改造してやる、なんて言ってますけど、きっと“機械”の何たるかを教えているのだと思います」
「誰よりも人間らしく生き、そして、誰よりも機械を誇りに思う、か。なんとも珍しい説得もあったものだ、お前達のような半端者は機械になどなれはしない、機械を舐めるな、ときたか」
機械に育てられ、機械と共に生き、機械に救われた少女は、人間らしく生きる道を選んだ。
そして、彼女はその手で、新たな機械を生み出していく。
かつて自分を救ってくれたデバイスのように、誰かのために機能する命題を持った機械達を。
「姉さんは、本当にかっこいい人です」
「それは同意見だ。魔改造さえなくなれば、手放しで称賛出来るのだが」
「ふふふ、でもそれがなくなったら、姉さんじゃありませんね」
「違いない」
J・S事件は終わり、機動六課は平穏を取り戻している。
そして、若き世代も、それぞれの道をやがては進んでいくだろう。
人とデバイスが、共に歩んでいく道を。
新歴75年 1月26日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
年も明け、J・S事件の後処理もあらかた片付いた頃、なのは、フェイト、ヴィヴィオ、アリシア、エリオ、キャロの6人と、それから一体の魔法人形は久々の休暇に時の庭園を訪れた。
スバルやティアナ、八神家組には仕事があり、シフトの関係上全員が同時に休むのは無理があるため、今回はこの面子でということになった。
「なんか、久しぶりだね」
「私は結構帰ってるけど、フェイトは次元航行部隊だからなかなか帰れないもんね、エリオやキャロはどのくらいぶり?」
「ええっと、僕達は六課に入る前に一度」
「はい」
「俺がわざわざ同行しただろ、忘れたか、年増」
「ああそうだったわね、くだばりなさい鉄屑」
エリオとキャロの二人はフェイトによって保護されてからしばらくは、時の庭園で過ごしていた。
一応、フェイト・テスタロッサが保護者ということにはなっているが、フェイトも仕事が忙しく中々一緒にいられることが少ないため、最も信頼できる人物達にに二人を託した。
それが――――
「おかえりなさい、アリシア、フェイト、エリオ、キャロ。それに、いらっしゃい、なのはさん、ヴィヴィオ」
「「ただいま、母さん」」
「「ただいまです」」
「「お邪魔します」」
娘二人とお揃いの紫色の石をネックレスにして身に付ける、時の庭園の主、プレシア・テスタロッサである。
「プレシアグレートマザー、俺が抜けています」
「貴方は員数外ね、トール」
「親子揃ってひでえ! ああ、俺の同胞達はテスタロッサの親子に奴隷のようにこき使われる毎日なのか」
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」
かつては様々な機械類で埋め尽くされていた庭園も、今は僅かな園丁用と雑事用の魔法人形が稼働するのみ。
10年前、第97管理外世界の付近で起きた“管制機の暴走事故”は、時の庭園にあまりにも不可解な結果を残していた。
次元航行艦アースラは確かにジュエルシードの魔力の発動を感知し、その規模が大規模次元震はおろか、次元断層すら引き起こせるレベルであることを察知した。そして、時の庭園のデバイスより主達が隔離されたことの連絡と救援要請が入ったため、リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンの二名は即座に向かうこととなった。
しかし、そこで二人はあり得ない光景を目の当たりにすることとなる。
次元断層を引き起こすほどの魔力が暴走しているにもかかわらず、時の庭園内部は凪のように穏やかなまま。ただしそれは機械類が存在しないプライベートスペースや屋外の庭などに限られ、転送ポートなどは既に消滅していた。
21個のジュエルシードの魔力は“時の庭園の機械だけ”に影響を与え、その他のものには何ら影響を与えることもなく、リンディとクロノの二人もまったくの無傷。
一応、調査は試みられたものの、情報を蓄積していたであろう端末や魔導機械は根こそぎ消滅しており、残っていた魔導機械はレイジングハートとバルディッシュのみ。
その二人の記憶容量からも、管制機の暴走に関することだけはまるで“そのような管制機はいなかった”かのように抜け落ちていた。
次元断層クラスの魔力が観測こそされたものの、アースラにも地球にも、周辺の世界にも一切影響を与えることなく、沈静化。
結局、アースラの調査が得た成果はアリシア・テスタロッサという少女が目を覚ました、という事柄ともう一つ。
ジュエルシードが、まるで役目を終えたかのように沈静化し、以前のように次元震を引き起こすような反応が見られなくなったこと、だけであった。
まあ、ブリュンヒルトも吹き飛んだことで一悶着はあったものの、そこは金銭で片がついたので割愛するとしよう。
そうして、動力を失った時の庭園はアースラの要請によって派遣されたけん引専用の大型船によってミッドチルダへ帰還、その以後はただの庭園として、アルトセイム地方に在り続けている。
ただ一つ、異なることがあるとすれば――――
もう、時の庭園には管制機がいないことくらいであろうか。
「ねえバルディッシュ、これはなあに?」
『これもデバイスの一種ですね、魔導師が使うものとは異なり誰でも使え、緊急時に連絡するために備える品です』
「へぇー、バルディッシュって物知り」
『ありがとうございます』
「じゃあ、これは?」
『これはですね……』
集まった面子は、大きな木の下にシートを広げ、それぞれに話し込んでいる。
このような機会は滅多にないため、エリオやキャロも楽しそうに話しており、なのはやフェイトも同様である。
だが、アリシアには――――
幼子がデバイスに他愛ないことを聞き、デバイスがそれに答えている、ヴィヴィオとバルディッシュのやり取りが目にとまった。
≪ねえトール、これは?≫
【これは、Fateと読みます】
≪ふぇいと、………………なんか、きれいなひびき≫
【意味は、“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”などですね。運命の気まぐれや死、破滅などを暗示する際に用いられます】
それは、在りし日の自分と彼の姿、そのものであったから。
そしてそれは、もうあまり外を出歩くことは出来ず、子供達がときおり訪ねてくるのを、時の止まった庭園で静かに待ち続ける、古いデバイスの主にとっても同様であった。
≪トール、出来たわよ、採点してみて≫
【Yes, my master】
≪どう?≫
【All OK, full points】
この大きな木の下は、もう50年以上昔、小さな少女と作られたばかりのデバイスが、共に魔法の練習をしていた場所であり。
プレシア・テスタロッサという女性が、彼と共に生きてきた日々の、象徴ともいえる場所であったから。
時の庭園の一画にある小高い丘に1人の女性が静かに立っていた。紫の美しい髪を風に靡かせているその人物はこの庭園の主、プレシア・テスタロッサである。
皆今は一つの場所に集まって憩いの時間を過ごしているのだが、彼女はそこから離れ、なんとなくこの丘に登ってきたのだ。理由を聞かれれば、そんな気分になったから、としか言いようが無い。
そこから見下ろせる景色には、自分が幼少のころ遊んだ場所が、そして娘達が遊んだり訓練したりした場所が、全てがある。
そして、どんな時にも、自分のときにも、アリシアの時にも、フェイトのときもその傍らには1機のデバイスがあったのだ。
彼女は自分の首飾りを手に取り、その自分の髪と同じ色の石をじっと見る。それは本当は石ではない、宝石でもない、10年前まで確かに動いていた、彼女の相棒。
今はもう動かない彼女の相棒。
プレシアは抱きしめるように首飾りを握り、自分にしか聞こえない声で静かに礼を言う。その答えが帰ってくることはもう2度と無いけれど、これは彼女の儀式のようなものだ。ここにきたら、こうする、という
「ありがとう、トール」
貴方のおかげで娘達はとても元気
貴方のおかげで娘達はとても幸せそう
貴方のおかげで――――私はこの上なく幸せに生きているわ
そこへ、1人の女性が近寄り、見た目より年をとっている彼女を労わるように寄り添う。
10年前に再会した、己の使い魔だ。あの日、目が覚めた自分を介抱したのは彼女で、それからの日々も自分手助けしてくれる良きパートナー。ちょうど、フェイトとアルフのような関係に、彼女と自分もようやくなれていた。
「プレシア、ここに居ましたか」
「なんとなく、ね」
主人の気持ちをその絆から理解しているからか、リニスは特に何もいうことはなく、ただ一言告げるだけで。
「なるべく早くもどってあげてくださいね」
「ええ、わかってる。でも今はこうしていたいの」
「そうですか。まあ、それにしても、今日は賑やかになりそうですね」
「そうねリニス、でも貴女と2人のここは普段は静かだから、こういう賑やかな日が無いと寂しいわ」
「はい、私もそう思います。でもツヴァイも来てますから、賑やかを通り越して騒がしくなってしまうかもしれませんね」
「ふふふ、確かにそうなりそうだわ」
微笑合う二人の視線の先では、娘とその友人たちが手を振っていたので、彼女達もまた手を振り、そして、頷き合うと一緒に丘を下りて行った。
そして庭園の木の下では、一組の姉妹とその娘、さらにそのデバイスが楽しく会話を続けている。
「そういえば、フェイトママの着けてる石って、バルディッシュに似てる?」
『ええ、それはそうでしょう』
「ねえ、フェイトママ、どうして?」
そして、幼子の問いに、フェイトは優しく微笑みながら答える。
「私が着けてるものと、母さんが着けてるものと、姉さんが着けてるものは、元は一つでバルディッシュと同じように三角形をしていたんだよ」
「じゃあ、割れちゃったの?」
「うん、10年くらい前に大きな事故があって、姉さんと母さんを助けるためにね。事故の後に見つかったのは、三つに砕けた欠片だけ、そして、その名前は、トールっていうの」
「トール? トールならあそこにいるよ?」
「あれもトールではあるけれど、実は、違うんだ」
「?」
そこに
「あれは、私が作った人形で、名前を全部言うと“トール・ツヴァイ”って言うのよ」
疑問符を浮かべるヴィヴィオに対し、アリシアが補足して説明を加える。
「ツヴァイ?」
「そう、二番目。彼はかつて壊れたトール・アインのデータを基に、再構築されたトール・ツヴァイ。初代のトール・アインはバルディッシュのような口調の、デバイスらしいデバイスだったわ。それに、融通が効かないとっても古いデバイスだった、何せ、母さんが子供の頃から一緒にいるデバイスだもの」
「アイン、壊れちゃったの?」
「うん……………私と母さんのためにね」
「プレシアおばあちゃんは、悲しくなかった?」
そして、幼子の問いに―――
「ええ、とても悲しかったわ。でもねヴィヴィオ、そのおかげでアリシアはぎりぎりで助かったの。トールが壊れたことは、決して無駄じゃないのよ」
丘から戻ってきた時の庭園の主は、かつて夢の中で自分が述べた筈の言葉を、返した。
その言葉は、果たして誰が願ったものであったか。
アリシアが目を覚ますその時まで、愚者の仮面を被り、機械の頭脳を休ませることなく働かせながら、ムードメーカーを偽り続けたのは誰であったか。
そして最後に、アリシア・テスタロッサと自分の立場を入れ替え、世界そのものを騙したその存在は。
ただ、命題に従い、機械として在り続けた、誰よりもデバイスらしいデバイスは――――
「バルディッシュも、トールのこと覚えてる?」
『Of course. (もちろんです)』
「じゃあ、トールって、どんなデバイスだったの?」
『Yet, If tell one word………(そうですね、一言で表すならば…………)』
命題を果たして逝った管制機の後を継ぎ、閃光の戦斧はテスタロッサ家に仕え続ける。
そして彼は、自分に託されたあらゆる想い、彼より受け継いだデバイスの存在意義、それら全てを込め、告げた。
古いデバイスが、最期まで貫き通した、その在り方を―――――
『He was a liar device. (彼は、嘘吐きデバイスでした)』
fin
あとがき
無印編、アナザーエンディング、いかがでしたでしょうか。
ちなみにこのバルディッシュはトールのように話せますが、演出上最後だけ英語にしました。
先に述べたように、今回の分岐点は本作品で最大のものであり、こちらもまた一つの結末となっております。そして、現在A’S編へと至っている物語がStS編へと至った時に、二つの可能性を比較してどちらが良いものであるかは私にも分かりません。
シグナムが述べているように、こちらはA’S編以降はほぼ原作通りに進んでおり、リインフォースは亡くなっており、Die Geschichte von Seelen der Wolkenにおいてはトールとリインフォースがキーポイントとなります。
このエンドにおいて、アリシアとはやては実に似た関係にあり、アリシアは自身が生きる代償にトールを失い、はやてはリインフォースを失っていますが、それに対する想いは似ているようでまったく異なるのです。
人間に極めて近いリインフォースがはやてのために自身の消滅を選んだことと、どこまでもデバイスであるトールが迷うことなく自身の崩壊を行いながらも、その判断は主の手に委ね、決して自分では決めなかったこと。もし、リインフォースがトールと同じデバイスであるならば、はやてが死ぬなと言えば、彼女は絶対に死ねないのです。
自身の意思で主のために消える自由を持つリインフォースと、どこまでも主の命令に従うトール
そこが、A’S編において主軸となるテーマであり、こちらはそれと対になる物語となるように書きましたので、やはり、これも一つの終わり方なのだと思います。
これより、A’S本編の執筆も進めていきますが、読んでくだされば幸いです。それではまた。