第四話 完成形へ
新歴57年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「実験体1127番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、魔力値3300、Eランク」
「実験体1135番――――――可、リンカーコアの成長が停止、処置を施して様子を見る」
「実験体1144番――――――不可、リンカーコアが暴走を開始、体細胞を破壊」
「実験体1151番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、瞳の色に差異あり、魔力値4200、Eランク」
「実験体1159番――――――可、リンカーコアにややおかしな特性を確認」
「実験体1166番――――――不可、培養液を抜いたところ、リンカーコアが消滅」
「実験体1175番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、髪の色に差異あり、魔力値6400、Dランク」
「実験体1188番――――――不可、リンカーコアが異常増殖、生体活動を阻害」
「実験体1197番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、矮小な体躯、魔力値2100、Eランク」
「実験体1205番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、これまでで最高の成長速度、魔力値8700、Dランク」
「実験体1211番――――――不可、培養カプセルから出した結果、リンカーコアが暴走」
「実験体1219番――――――不可、リンカーコアは有するものの、生体反応が停止」
「実験体1228番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、下肢の成長にやや問題あり、魔力値2700、Eランク」
「実験体1233番――――――保留、リンカーコアから電気変換特性を確認、これまでにない反応」
「実験体1240番――――――不可、培養カプセルから出した結果、生体活動が停止」
「実験体1248番――――――可、リンカーコアは順調に成長中、内臓に一部機能的欠損あり、魔力値2500、Eランク」
「実験体1255番――――――保留、再び電気変換特性を確認、プレシアの遺伝子の影響と見られる」
「実験体1267番――――――良、リンカーコアは順調に成長中魔力値5700、Eランク」
「何とかここまで来たか」
プロジェクトFATEは遅々とした速度だが確実に進んでいる。
この研究の核になるのはレリックが有する蘇生機能だ。レリックが定着さえすれば、アリシアは間違いなく脳死状態から回復すると、プレシアの研究でわかった。しかし、レリックの蘇生機能は、魔力炉としての機能を十全に発揮するための補助的な機能なので、メインである魔力炉の機能を停止させると、当然蘇生機能も働かない。そして、非魔導師であるアリシアではレリックの内包する膨大な魔力に耐えられないのだ。
だが。以前の研究によって、リンカーコアならば非魔導師の肉体にも移植できることが確認されている。その場合、SランクのコアであってもAランクギリギリの魔力しか持てず、効率的にはまったく実用性がないが、プレシアは効率性なんか求めてないので、何の問題もない。よって、レリックを解析し、その蘇生機能をリンカーコアに付与させる方法を見つけ、それによって作ったレリックの劣化版”レリックレプリカ”の作成に成功し、それをアリシアに適合させようとしたが、今のところここで行き詰っている。
やはりメインとなる魔力炉としての機能がリンカーコアとレリックでは差が大きい。そのためサブ機能としての蘇生機能まで弱くなっているとプレシアは考えているが、それさえ仮説というのが現状だ。
一応の予想としては、もしレリックないしレリックレプリカが定着してアリシアが脳死状態から回復した場合、アリシアは最低でもAAランクの魔量を有するようになるらしい。
よってまずその完成系である”高い魔力資質を持つアリシア”をクローン培養でつくり、完成形であるその”妹”のデータから、どのようにレリックを調整すればいいのかを逆算していくというのが、今目指している段階だ。
既にリンカーコアを有さない通常のクローンならば問題なく作ることが可能となった。俺の方では引き続きリンカーコアを有する“妹”の製作を続け、プレシアは記憶転写の実験に入っている。
この方式で“妹”を誕生させる以上、赤ん坊の状態で生まれさせることはできない。少なくとも4歳程度までは培養カプセルの中で育てないとリンカーコアが問題なく成長出来ているかを確認することが出来ないからだ。
つまり、それまでの人生記録はアリシアから引き継がねば一人の人間として成長するのに障害が出る。俺達が作るのはあくまで“アリシアの妹”であって、誕生こそ普通の人間と違っても人生経験は可能な限り通常に近づける必要がある。でなければ“高い魔力資質を持つアリシア”の完成形になりえない。
俺が作ったアリシアの通常型クローンを用いてプレシアが記憶転写のノウハウを構築しているがそっちもそっちで苦戦中、やはり人間の脳というものは余所から来た情報を拒否するもので、それを突破するのは並大抵ではないようだ。
だが、仮説は一つある。植えつけられた記憶と現在の自分に差異がなく、違和感がなければそれを自分の物として受け入れられるのではないかというものだ。
要約すると、誕生した“アリシアの妹”にアリシアの記憶を植え付け、そしてその子をプレシアの娘として育てれば自分に違和感を持つことはなくなるというもの、早い話が愛情を持って育てればまともな人間に育つというわけだ。
また、アリシアの人生が5歳で止まっていることから考えても“妹”は4歳から5歳程度までが培養カプセルで成長させる限界点となる。それ以降は普通の子供と同じように育てなければならない。
問題点はこの仮説の証明が出来ないことだ。アリシアのクローンはまだ生まれていないから育てることは出来ないし、プレシアにも育児に当たる時間がない。その時間を割けるとしたら完成した“アリシアの妹”だけだ。
なので現在、リニスがその問題を解決するロストロギアを探索している。ロストロギアの中には使用者を幻想空間に引き込み、夢を見せるものがあるという。
数年前に発生した“闇の書事件”で有名なロストロギア“闇の書”にもそういう機能があるなんていう情報もある。こいつが持つ“守護騎士システム”は俺の人間的人工知能の原型といえるが、少なくともロストロギアの中にそういう能力を持つものがあるのはほぼ間違いない。
それを利用してアリシアのクローンにアリシアの記憶を植え付けてさらに娘として育てた未来を計算し、疑似体験を行うという少々強引な方法となるが、仮説が仮説だけにそれくらいしか証明手段が思いつかない。
「ま、そっちはプレシアとリニスに任せるしかない。スクライア一族とも結構交流が増えたし、時空管理局遺失物管理部とのコネづくりも大分出来てきた、ロストロギアを集めやすい状況は整って来たはずなんだが、どうなることやら」
俺も常に研究室で缶詰になっているわけではなく、むしろ外に出て活動している時間の方が長いと言えば長い。
プロジェクトFATEの特性上、処置を行っても結果が出るまでに大抵3日以上、下手すると半月近くかかる。だから、現在育成中のクローンにそれぞれ処置を施したら数日は放置し、その間に研究費のための資金のやりくりや不動産関係の書類の整理、さらにはクローン精製に必要な材料の確保や必要ないロストロギアを競売にかける地下オークションの開催などを行っている。
時の庭園があるアルトセイムはミッドチルダの辺境にあるが、第一管理世界ミッドチルダの首都クラナガンに行けば大抵の世界とのやり取りは行える。オークション会場何かを探すにもクラナガンなら苦労はしない。とはいえ、人間だったら過労死してるスケジュールだがインテリジェントデバイスの処理性能のおかげでなんとかなっている。それに、プレシアが工学者としての本領を発揮して俺と“肉体”の同調性を上げてくれているのも大きい。
まあ、それには匿名でたまに送られてくる品が役立っているという部分もある。“レリック”を俺達に贈って以来、あの男は思いついたように何らかの品をここに匿名で送るようになった。アリシアの蘇生には役に立たない品ばかりだが、俺の身体の強化には役立つものもあったりする。
特に1年ほど前に送られてきた魔導師の肉体とリンカーコアは“トール”と半融合状態になることで予想外の副産物をもたらしてくれた。元々はセンサーの強化バージョンのような能力を持っていたようだが、インテリジェントデバイスと化合することで相手の幻影や結界を見破り、魔力を数値化する技能へと変化された。
どうやらあちらではこういった技能をIS(インヒューレント・スキル)と呼んでいるらしく、それにならって俺もISとしてこの“バンダ―スナッチ”を利用させてもらっている。これらの調整をやってくれたのはプレシアで、生命工学分野ではスカリエッティに及ばずとも、デバイス改造に関してならば負けていない。
だが、研究面でプレシアにかかる負担も相当のものになっている。俺と違って生身のプレシアは疲労がたまれば当然身体に悪影響が出る。ただでさえ以前扱った薬品などが原因で疾患を抱えている身なのだ。現在はそういう危険がありそうな実験は俺が全て代行しているが、逆に新しい理論を構築するのはプレシアにしか不可能な作業のため、試行錯誤の段階ではプレシアの負担はどうしても大きくなる。
「どんなに性能が良くても俺はインテリジェントデバイス、既存のものから新しい理論を組み立てるという作業はどうしても苦手だ」
俺が裁判や交渉に強いのはそれらが既存のものと同じものであるからに他ならない。
裁判も金銭的な契約も全部人間がルールを定め、これまでの人間の行動に基づいて作られている。だから、それらの情報を集め、データベースを構築すれば大抵の出来事には即座に対応できる。
だが、新しい理論や仮説を作るというのは全く異なる思考方法だ。デバイスの演算性能は人間の比ではないが、アルゴリズムの大元を自分で組み上げることは出来ない。どんな術式であっても大元を組みあげるのは魔導師であり、デバイスはそれを高速で展開するだけだ。
プロジェクトFATEにも同じことが言える。俺に出来るのは実験体のデータをまとめてプレシアに送ることと、“これまでにあったこと”から近い例を検索してその傾向を調べることだけ、そこから新たな処置方法を考えるのはプレシアの役割になる。
「無理するなと言いたいところだがアリシアの脳死状態から既に18年、本当に猶予がなくなってきやがったからなあ」
後8年くらいは持つだろうが、それまでに蘇生に必要な技術を全て確立できるかとどうかは微妙なところだ。
絶望的ではないが、楽観することも出来ないというなんとも言い難い状況で、なまじ希望があるだけに余計手を抜きにくい。ここで手を抜いたことで手遅れになったらなんて思ってしまえば休むことすら出来ないだろう。
俺はデバイスだからその辺は効率を考えて割り切れるが、プレシアはそうもいくまい、自分の娘の命がかかっている以上冷静でいられはしないだろう。それにそもそも、プレシアの現在は今も半分は止まっている、元より走り続けるしか選択肢などないのだ。
「よくて後10年…………もしくは9年か8年…………下手すりゃ6年………ってとこかね」
まあ、何とかするしかない。主人が諦めていないのにデバイスが弱音を吐くなどありえないことだ。
新歴59年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「実験体1567番――――――優、リンカーコアと体組織、共に問題なし、魔力値1万2200、Dランク」
「実験体1589番――――――不可、培養カプセルの外に出した結果リンカーコアが暴走」
「実験体1600番――――――不可、リンカーコアが自然消滅、原因の絞り込みはほぼ完了」
「実験体1631番――――――不可、カプセル外部においてリンカーコアの暴走はなし、だが、機能不全」
「実験体1672番――――――優、リンカーコア優秀、さらに電気変換特性を確認、魔力値1万6900、Dランク」
「実験体1695番――――――優、リンカーコア極めて優秀、4歳としては非常に高い、魔力値3万7700、Cランク」
「実験体1713番――――――不可、最終的な課題が残る、全ての機能を発揮すると脳波が検地させず、このままでは意識が宿らない」
「実験体1734番――――――優、体組織系の問題はほぼ解決、残る問題はリンカーコアとの適合率、魔力値1万8000、Dランク」
「実験体1766番――――――不可、適合率は過去最大、しかし、脳波が検知させず」
「実験体1791番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万4700、Dランク」
「実験体1814番――――――不可、新たな処置を試みるも失敗、リンカーコアが暴走」
「実験体1837番――――――不可、カプセル外部でリンカーコアの暴走はなし、しかし、脳波が検知されない」
「実験体1861番――――――優、これまでで最高の性能を確認、魔力値6万7800、Bランク」
「実験体1888番――――――不可、適合率は過去最高だったが、脳波が止まり失敗、拒否反応などはなし」
「実験体1904番――――――不可、リンカーコアは安定、問題点オールクリア、しかし、脳波が安定しない」
「実験体1929番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万3100、Dランク」
「実験体1945番――――――暫定的成功、ついにリンカーコアを宿したクローン体から正常な脳波を確認、培養カプセル外部においても生体活動、リンカーコアに異常なし、魔力値1万6500、Dランク」
「やっとここまで来たか………」
デバイスとはいえ、やはり感無量である。とはいえ、最新の技術でリンカーコアとデバイスのコアを融合に近い形で直結しているので完全な人工知能というわけではないんだが。
「何はともあれ、ここまで来た。後はプレシアの記憶転写が上手くいけばいいだけなんだが、そこもそれで難関だ」
まず、4歳の子供の脳というのは非常にデリケートでその上現在進行形で成長している。
容量自体は生まれた頃、つまりは0歳の時からそれほど変化ないみたいだが、脳細胞を繋ぐ神経は時間と共に複雑さを増していき、子供の脳の成長速度は大人とは比較にならない。
その状態で4年分にも及ぶ記憶の転写に脳が耐えられるかどうか、特別な対策をとらない限りはまず間違いなく脳が使いものにならなくなる。
そこを何とかするためにプレシアが必死に研究を進めているわけなんだが………
「あいつの話によれば理論的には問題ないそうだが、結局やるのは俺なんだよな」
プレシア自身が“アリシア”に施術してその結果が脳死じゃあいくらなんでも精神的ダメージがでかすぎる。記憶転写の術式である以上、失敗の結果は脳死しかありえないがアリシアの脳死を繰り返すのは絶対に無理だ、あいつの寿命が確実に縮まっていくだろうし、下手をすると本格的に気が狂う。
「かといってリニスにやらせるわけにもいかないし、あいつにはそろそろ保育士の資格を取りにいってもらわないといかんからなあ」
俺達が生みだすのはあくまでアリシアの妹だ。当然戸籍も用意するし、冷凍保存してあった夫の精子を利用してプレシアの卵子と合成して受精卵を作り出し、試験管で生まれたという設定にする。体外受精は違法というわけではないがそのためにはやたらと複雑な書類と管理局の監査が入る。設定に矛盾こそ生じないが、事実でない以上逆に危険も大きいので細心の注意が必要になる。
プレシアは現在44歳だから出産はぎりぎりだ、例え体外受精だとしても今のプレシアの卵子ではかなり苦しいかもしれないが、高ランク魔導師の肉体は老化が遅いケースがある。条件付きながらSSランクの魔導師のプレシアもかなり若い肉体を保っているので外見的には違和感はない。
だが、それはあくまで外見上の話で、体内の状況を考えれば不可能なのは間違いない。今のところ日常生活には支障をきたしていないが、後2年もすれば障害が出てくることだろう。
「時間、全ては時間か。果たしてこれから生まれるアリシアの妹はプレシアの希望となれるのか」
ロストロギアの方もリニスの働きで“ミレニアム・パズル”と呼ばれる現像世界によって人間と事象を繋ぐものが見つかった。だが、レリックに代わるものは発見できず、リンカーコアを改造した“レリックレプリカ”では恐らく不可能。
蘇生のためのピースは足りるようで足りていない、最早後は運次第になるかもしれないな。
「後は、クローンのリンカーコアの魔力値か。これが高い方がいいという予想だが、実際にやってみないことにはなあ」
俺の“バンダ―スナッチ”によって機材を用いずとも魔力の測定は行える。管理局では魔導師の魔力値はいくつかの段階に分けているが、これがそのまま魔導師ランクに直結するわけではなく、特に近代ベルカ式の使い手は魔力値とランクが比例しない。
一応魔力値の基準として、
1000以下 ――― Fランク
1000~5000 ――― Eランク
5000~2万 ――― Dランク
2万~5万 ――― Cランク
5万~10万 ――― Bランク
10万~20万 ――― Aランク
20万~50万 ――― AAランク
50万~200万 ――― AAAランク
200万~1000万 ――― Sランク
1000万~5000万 ――― SSランク
ということになってはいる。だがこれらは平均的な値で、砲撃魔法を使った場合などの瞬間的な魔力は2倍や3倍、もしくは5倍なんてこともある。
それぞれの段階の幅が一定ではないのにも理由はあるそうで、Eランクは1000から5000の5倍、Dランクは4倍、Cランクは2.5倍、Bランクは2倍、Aランクも2倍、AAランクは2.5倍、AAAランクは4倍、Sランクは5倍、SSランクも5倍と、ちょうど中間のBランクやAランクが幅的には小さく、ここが海と陸を分ける境界線にもなっているとか。
本局の武装隊局員の平均はBランク、技能で補うにしても少なくともCランク相当の魔力値は欲しいところだから2、3万程度の魔力は必須となる。それ以下の魔力値だったら武装隊に入ることは絶望的と考えてよい。
しかし、高ランク魔導師となると話は変わり、魔力値15万程のAランク相当の魔力の持ち主でもSランクの魔導師ランクを持つことがある。ベルカ式の使い手ならば技量次第でそこまで登りつめることも不可能ではないとか。
とはいえ、4歳の子供のリンカーコアの魔力値しか分からない以上、優秀な魔導師になるかどうかを判断することなど出来はしない。だが、記憶転写に耐える条件が強固なリンカーコアを持つことという可能性は十分に考えられる。 いや、プレシアの研究では十中八九そうらしい。
様々な思考を並列して展開しながら、俺は成功例のデータをまとめるべく高速演算を開始した。
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今回は長い説明の回となりました。一言で言えば、アリシアを回復させるためにはフェイトの存在が不可欠、ということを言いたかっただけです。ついでに優とか良とかはなんとなくでつけてます。
書いたつもりで忘れましたが、1話の事故のときに死んだリニスは使い魔のリニスではなく、ただの山猫のころのリニスです。プレシアはアリシアを脳死状態から回復させたら、リニスを使い魔として蘇生させるつもりだったので、死体を保存しておいたんです。修正しておきます。
あと、魔力ランクについてはオリジナルです。この数値はあくまでリンカーコアの『出力』であって、魔力保有量ではありません。効率が悪ければ実際の魔法の威力は落ちたりします。
簡単に言えばDBのスカウターの値、ベルカ騎士は戦闘力のコントロールがうまい。
早い話、トールはスカリエッティ博士からスカウターを貰ったというだけです。
次回、ようやくフェイト誕生です。