第四十四話 幸せな日常
新歴64年 5月3日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
『わたしのおかあさん』
わたしのおかあさんは、プレシア・テスタロッサといいます
おかあさんは技術かいはつの会社につとめる技術者です
おかあさんはかいはつチームのリーダーで
なかよしのかいはつチームのみんなといっしょに
世界でくらすみんなのためになる技術を、まいにち研究しています
おかあさんはいつもいそがしいけど
だけどすごくやさしいです
毎日つくってくれるごはんはいつもおいしいし
夜はいっしょのベッドで寝ます
ことしの誕生日は2人でピクニックに出かけました
いつもいそがしいおかあさんだけど
こういうときは一日中いっしょにいられるのでうれしいです
たのしくて
うれしくて
「ママ大好き」って言うと
おかあさんはいつもちょっと照れますが
だけどいつもあとで『ぎゅっ』ってしてくれます
そんな、照れ屋でやさしいおかあさんのことが
わたしはほんとうにだいすきです
おわり アリシア・テスタロッサ
「フェイト~~~~、ご飯ですよ~~~~」
「あっ、リニス」
私は読んでいた作文を持ったまま、扉の方に振り返る。
「いました、いました。フェイト、もうご飯の時間ですよ」
「ごめんねリニス、ちょっと読みふけってて」
「珍しいですね、アリシアならともかく、フェイトが他のことを忘れるほど熱中するなんて」
「もうっ、リニスったら、姉さんが聞いたら怒るよ?」
だけど、姉さんが熱中しやすいのは本当のことだと私も思う。
特に、デバイスをいじっている時は私が隣に座っても気付かないくらいだし。
リニス曰く、“あまり似て欲しくないところが母親 に似てしまった”らしいけど、姉さんが母さんと似ていると聞くと、私もなんだか嬉しくなる。
「ふふふっ、そうですね、少し言葉が過ぎました。ところでフェイト、それが貴女の読んでいたものですか?」
「うん、姉さんの机を片付けてたら、見つけたんだ」
「まったく、アリシアと来たら、お姉さんだというのに妹に片付けさせてどうするんですか」
うん、私も少しはそう思わないこともないけど、でも、作業に熱中しないで、掃除も片付けもきっちりやる姉さんって、あまり想像できないかな?
何でも完璧にこなせそうな姉さんなんだけど、意外と面倒くさがりというか、我が道を行くというか、まあ、そんな感じ。
それに―――
「あははは、でも、おかげでこれを見つけることが出来たから」
姉さんにとっては、恥ずかしいかもしれないけど。
私にとっても、“懐かしく”感じられるものだったから。
「これは―――――ああ、アリシアが4歳頃に書いたものですね。よく覚えています」
「リニスも覚えてるの?」
私は知ってはいるけれど、覚えてはいない、アルフは当然知らないし。
母さんは、『人間は記憶を転写されても、肉体で体感しない限りはそれを完全に自身の記憶と認識することはできない』って言ってたけど、私にはよく分からなかった。
でも、姉さんは分かってたみたいで、やっぱり姉さんは凄いのだと思う。
「その頃はまだ普通の猫でしたけどね。私がプレシアの使い魔となったのは、あの事故から3年ほどが過ぎた新歴42年のことですから、もう20年以上前になりますか」
「20年かあ、長いね」
「そうですね、あの頃の状況を考えれば、今は本当に奇蹟のようなものでしょうか」
私には、その頃の様子は分からない。
私が生まれたのは新歴60年の1月26日で、その頃はまだ姉さんは目覚めていなかった、って、私は母さんやリニスから聞いている。
今から25年前、大きな事故が起こって、姉さんはずっと寝たきり状態になってしまったけど、母さんは姉さんを治すための研究をずっと続けて、ついに3年前、姉さんは目を覚ました。
あの日のことは、今でもよく覚えてる。そもそも私が姉さんのクローンとして生まれたのは、その時のため。私のデータを基にして、姉さんを“生きた状態”に戻すことを、1年がかりでついに実現させた。細かい内容は難しくて、よく分からなかったけど。
それから1年くらいは、ずっと身体を動かしていなかった後遺症で普通には生活できなかった姉さんだけれど、今では完全に元気になって、私やアルフと一緒に遊べるようになってくれた。
だから、私と姉さんはほとんど同い年で、ナノハ達以外の学校の友達には、“双子の姉妹”と話してある。ただ、顔はそっくりだけど、中身は別物、って皆よく言われる。
「まあ、その話は広間に向かいながらしましょう」
「そうだね、母さん達を待たせるといけないし」
大きな廊下を、私とリニスはおしゃべりしながら歩いていく。
もっと小さい頃は特に不思議に感じなかったけど、姉さんと一緒に学校に行くようになってからは我が家の大きさは特別なんだということに気がついてしまった。
アリサやスズカの家もおっきい方だけど、時の庭園の大きさはこう、住む場所としてはあり得ない大きさだから。
でも、最初は大型の駆動炉の開発場所とかも兼ねて設計されたらしいから、当然と言えば当然なのかな?
「そういえばフェイト、バルディッシュはどうしたんです?」
「バルディッシュ?」
「ええ、よく考えれば貴女がアリシアの作文を読むのに集中していても、彼がいたなら時間を知らせてくれるはずでしょうから」
言われてみれば、確かにそう。
「えっと、昨日の夜に姉さんに『ちょっと貸して』って言われて、そのまま………」
「またですか、ハぁ…… アリシアではまだバルディッシュの改造は早すぎるというのに。まあ、8歳でインテリジェントデバイスを解析できるのは素晴らしいことなんですけど」
バルディッシュは、母さんがかなり昔に作り上げたデバイスで、今は一応、私のデバイスということになっている。
元々、母さんには専用のインテリジェントデバイスがあって、名前を“トール”といったそう。
姉さんが生まれてからは、彼は姉さんの傍にずっといたそうだけど、25年前の事故の際、姉さんを庇って壊れてしまった。
≪でもねフェイト、そのおかげでアリシアはぎりぎりで助かったの。トールが壊れたことは、決して無駄じゃないのよ≫
母さんはそう言って、悲しそうな表情で笑う。
お話を聞いた限りでは、彼の犠牲があったから、姉さんは何とか助かって、本当に少しずつだけど状態は徐々に回復していったらしく、私のデータを使うことで目覚めることも出来たみたい。
でもやっぱり、母さんにとっては“トール”という存在はとても大切だったんだと思う。私だって、バルディッシュが死んじゃったら絶対悲しくて泣いちゃうだろう。
そして、トールの記録を引き継ぐ形で、バルディッシュが作られたそう。
時期はリニスと同じ頃で、それから19年間、母さんとリニスとバルディッシュの三人で姉さんを治療するための研究を進めてきて、姉さんは無事に目を覚ました。
姉さんが目を覚ましてからは、バルディッシュはリンカーコアを持っている私のデバイスになってくれた。私よりもよっぽど年上だし、知識もバルディッシュの方があって、あまり“マスター”として頑張れてるかどうかは分からないけど。
「フェイト、貴女が気にすることではありませんよ」
「わっ!」
なっ、なっ、なになに!
「貴女が生まれてくれたおかげで、アリシアは目を覚まし、こうして家族5人で過ごせているのです。貴女がいてこそ、プレシアもアリシアも、そして誰よりもアルフは笑っていられるんですから。貴女はただ笑ってくれていればそれだけで十分です」
いつの間にか、リニスが私の後ろにいて、私を抱きしめていた。
でも……………温かいな
「うん………」
一緒にお風呂に入る時とか、いつもリニスは浴槽の中で抱きしめてくれて、凄く安心できる。
姉さんは、
≪私はフェイトみたいに子供じゃないから≫
といって、少し離れた方にいってしまうけど
≪羨ましくなんて、ないからね≫
って、わざわざ確認するのは何でだろう?
私は姉さんみたいに頭が良くないから、よくわからない。
リニスに訊いてみても、『アリシアはかっこいいお姉さんなんですよ』としか答えてくれないから、やっぱり良く分からない。
「フェイトーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
広間の方から、よく響く声が聞こえてくる。
この声は間違いなく――――
「アルフ! そんなに走っては転んでしまいますよ!」
「だいじょぶっ!」
「わっ、とっと」
走り込んだ勢いのままに抱きついてきたアルフを、何とか受けとめる。
これも、ナノハとの特訓の成果かな?
「えへへへ、遅いよフェイト」
「ごめんね、アルフ」
アルフが私の使い魔になったのは、つい半年くらい前のこと。
森の中で群れからはぐれて、死にかけている子狼を姉さんが発見して、私の使い魔にすることで治ってくれた。
最初は姉さんが『機械化して直してみせる』と言ってたけど、何か“治す”の字が違うような気がして、バルディッシュに頼んで姉さんを止めてもらったのはないしょ。
「はやくいこう! プレシアもアリシアも、まってるよ!」
「うん!」
姉さんはリンカーコアを持ってないし、母さんにはリニスがいるから、それは私にしか出来ない役目だった。でも、おかげで家族がまた増えてくれた。
だから今は――――
「「「「「 いただきますっ 」」」」」
広間で5人一緒にご飯を食べることが、私の家の習慣になっている。
母さんも最近は研究をゆっくり進めていて、一緒に過ごせる時間が増えた。
母さんと、リニスと、姉さんと、私と、アルフ
皆で色んなことをお話しする時間が、私は大好き。
ただ、バルディッシュだけはご飯が食べられないし、あまりしゃべってくれないのが少しだけ残念。
「そういえばフェイト、アリシアならともかく貴女が遅れるなんて珍しいけれど、何をしていたのかしら?」
「母さん、それってどういう意味?」
「さて、どういう意味かしらね。妹よりも頭が良くて優秀で、作業に熱中しやすいアリシアなら分かると思うけど?」
「う………」
姉さんはとっても頭が良いんだけど、母さんに口で勝てたことは、私が知る限りはなかったと思う。
姉さんが言うには、母さんは“キャリアウーマン”だそうで、とてもかっこいい。
「フェイトはですね、アリシアが過去に作った名作を読んでいたのですよ」
「めいさく? ねえリニス、めいさくってなあに?」
「私が教えてあげるわ、いい、アルフ、名作って言うのはね、文芸作品的にとても優れているもののことを言うのよ」
「わあっ、アリシアものしり!」
「とーぜんよ、私は母さんの自慢の娘なんだから」
はいっ、私にとっても自慢の姉さんです。
「どちらかというと、ちゃんと片付けが出来るフェイトの方を自慢したいかしらね」
「なんでっ!」
「冗談よ、貴女もフェイトも、私の自慢の娘なんだから、比較なんて出来るわけないでしょ」
そう言って、母さんが姉さんの頭を撫でている。
……………羨ましくなんて、ないから
「やれやれ、そういうところは姉妹おそろいなんですね」
「え、あ…」
気付いたら、リニスに撫でられていた。
ちょっと恥ずかしいけど、でも、嬉しい。
「あー、アリシアやフェイトばっかりずるい!」
「大丈夫、仲間はずれにはしませんよ、ですが、ちょっとだけ待っていて下さいね」
「アリシア、ここはお姉さんとして貴女が譲ってあげるべきかしらね」
「母さんっ、さっき比較できないって言ったばかりでしょ」
「それはそれ、これはこれよ」
「もうっ、でも、私はお姉さんだもんね。アルフ、交代よ」
やっぱり、姉さんは凄い………
私だったら、きっと無理だよね。
「貴女はそのままでいいんですよ、フェイト。アリシアはアリシアであり、貴女は貴女、そして、アルフはアルフですから」
「………はあい」
「あ、ところでフェイト、明日の準備は出来てる?」
「えっと、部屋を片付け終えたら始める予定だったけど………」
「そんなんじゃ駄目よ、いい、フェイト、片付けはいつでも出来るけど、合同家族旅行は1年に1回しかないのよ、準備は念入りに、かつ万全にしないといけないわ」
「片づけをいつでもしてくれたら、私も助かるんですけど」
「私の悪いところが遺伝してしまったわね」
あ、母さんが認めた。
「そう思うなら、母として良い見本になってあげてくださいね、プレシア。貴女の研究室の散らかりようは、アリシアの机などを遙かに超越しているんですから。フェイトの机はあんなに整っているのに」
「善処はするわ」
でも、やっぱり母さんは母さんだった。
だけど、母さんや姉さんはそれでいいのだと思うし、そうじゃなかったら、私が姉さんたちのために出来ることが減っちゃうから、ちょっと困るな。
「プレシアとアリシア、だらしない」
「工学者というものわね、得てしてそういうものなのよ」
でも姉さん、やっぱりそれはあまり誇れることじゃないと思うよ、わたし。
「まあ、そういうわけで、工学者の卵である私がバルディッシュに旅行のスケジュールを組みこんでおいたわ。それに、ちょっとした改造もね」
「あ、バルディッシュ、大丈夫?」
『問題ありません』
いつだったか、姉さんの魔改造によって危うくコアにまで損傷が出かねなかったバルディッシュ。
姉さんは母さんやリニスにとても怒られていたけど、決してめげずにそれからもよくバルディッシュをいじっている。
正直、私だったら母さんやリニスにあれだけ怒られた時点で泣いちゃってると思うし。もうバルディッシュには触らなくなると思うんだけど―――
「アリシア、またですか」
「今回は平気よリニス。いい、フェイト、この新型バルディッシュでもって、ナノハとレイジングハートをぎゃふんと言わせてあげなさい」
「うん、頑張るよ」
姉さんは、私のためにバルディッシュを調整してくれる。
私が姉さんのために出来ることは少ないけど、姉さんのことを応援してるし、夢を追いかける姉さんが大好き。
次元世界一のデバイスマイスターになるっていう大きな夢と、ひた向きにそれに向かっていく姉さんが
私は―――――大好き
新歴63年 5月4日 ミッドチルダ エルセア地方 温泉旅館
「わあ~、やっと着いた」
「けっこう長くかかっちゃったけど」
「でも、奇麗なところだね」
ナノハ・タカマチ
アリサ・バニングス
スズカ・ツキムラ
「当然、この私が電脳ページを使って調べ上げたお勧めスポットなんだから」
「私とバルディッシュも、調べるのお手伝いしたんだ」
そして、アリシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサ。
私達は仲良し5人組、というのがスズカやナノハの談。
私はちょっと恥ずかしくて、ナノハ達のように堂々とは言い切れない。当然、心の中ではそう思ってるけど。
そして、姉さんやアリサ曰く、“ミッドチルダの将来を担う希望の五つ星”。
だけど、他の友達たちから見ると、この言葉が一番近いみたい。
何だかんだで、私達の家系は結構有名だから。
今回、合同家族旅行でやってきたのは4家族、ただ、アリサの家はこの時期が稼ぎ時とかでアリサ以外は不参加、スズカの家も、ちょっと時期が悪いとかでスズカとお姉さんのシノブさんと、もう一人だけが参加している。
「わあぁぁ、変わった建物」
「アルフ、あれは、第97管理外世界を起源とする建物ですよ。このエルセア地方には第97管理外世界のジパングという国から移り住んだ人々が多くいますから」
タカマチ、ツキムラ、それから、ナカジマとか、そういう姓の人が該当するみたい。
ナノハのお父さんとお母さんも、昔はこのエルセア地方に住んでいたって前に聞いたことがあったかな。
私の家からは家族全員が参加、テスタロッサ家は工学者の家系としてそれなりに有名で、特に姉さんは8歳で既にインテリジェントデバイスを調整できるほどの腕前なのだ。だから、結構注目されることも多かったりする。
「久しぶりだね、まとまって休暇をとれるのは」
「ああ、私達の青春はどこにいったのやら」
ミユキ・タカマチさんと、シノブ・ツキムラさん
ナノハのお姉さんのミユキさんは16歳で、スズカのお姉さんのシノブさんは17歳、特に、シノブさんはキョウヤさんと恋人だったりする。
二人とも既に管理局に勤めていて、将来の“キャリアウーマン”だそうです。
「久しぶりだなあ、ここに来るのも」
「私達が結婚する前だから、もう20年くらい前になるかしらね」
「あらあら、相変わらずお熱いことで」
「そうね、未亡人組には、少し羨ましいわ。子供も大分成長したことだし、そろそろ恋の相手でも見つけるべきかしら」
シロウ・タカマチさん、モモコ・タカマチさん、それからお母さんと、リンディ・ハラオウンさん
何かこう、凄く若々しい感じです。とても全員が子持ちとは思えません。
そして――――
「なあクロノ、お前の母の言葉はどこまで本気なんだ?」
「申し訳ありませんが、分かりません」
キョウヤ・タカマチさんと、クロノ・ハラオウン。呼び捨てでいいと言われているので、私達はクロノのことはクロノと呼んでいる。この二人も現役の管理局員。
ナノハの家は現在では喫茶店を営んでいるけど、シロウさんはその昔、管理局の“神速の魔人”と呼ばれていたそうで、古代ベルカ式、双剣タイプのアームドデバイスの使い手にして、SSランクの最強の騎士。
ただ、ナノハの生まれる頃に大きな事件が発生して、その時に負った傷がリンカーコアにまで達し、管理局を引退、今では喫茶店翠屋の店長さんで、魔法は使えないと聞いている。
そのはずなんだけど――――
「父さん、昔を思い出すのはいいけど、無理に動こうとはしないでくれよ」
「ああ、分かってるさ」
キョウヤさんとの訓練風景では、魔法を使わなくても音速を超えていたように思うのは私だけだろうか?
それに、キョウヤさんもミユキさんも、フラッシュムーブとかを使わなくてもそれ以上の速度で動けているような………
まあ、そこはあまり深くは考えない方針で。
キョウヤさんとクロノは二人とも執務官をやっていて、キョウヤさんは古代ベルカ式陸戦S+ランクで、シロウさんと同じく双剣型アームドデバイスの使い手。クロノがミッドチルダ式空戦AAA+ランクで、こっちは万能型のストレージデバイスS2Uを使っている。
さらに、ミユキさんは近代ベルカ式空戦S-ランクで首都航空隊の隊長さんで、キャウヤさんのように二刀流も出来るけど、一刀流の方も得意みたい。シノブさんはA級デバイスマイスターの資格を持っていて、管理局の技術開発部に所属。
4人とも、管理局で将来を嘱望されている若きエース達です。
ただ、ミユキさんやクロノは飛行魔法が使えるのだけど、キョウヤさんは適正がない。だから一応は陸戦ということになってはいるのだけど、キョウヤさんやシロウさんは空戦魔導師よりも速く、空を“駆ける”ことができるので、あまり意味はないみたい。
私やナノハも結構速い方だとは思うんだけど、空を“駆けて”追い抜かれた経験は、なかなか忘れられない。
曰く”空気を脚力で爆砕させて進む”らしいんだけど、はっきりいってわけが分からないよ。
ほとんどの空戦魔導師よりも空を速く動ける陸戦魔導師っていうのは、キョウヤさんやシロウさんくらいだと思う。
“神速の魔人”のお父さんに、“音速の魔人”のお兄さん(あと数年で神速らしい)、さらには“疾風の戦姫”なんて呼ばれているお姉さん。
そんなに凄い人達とどうしても比較されてしまうから、ナノハは大変、なんだけど――――
「フェイトちゃん、今日の模擬戦、負けないよ!」
「私も、絶対負けないから!」
ナノハもナノハで結構有名人。まだ管理局に入ってないから正式ではないけど、既にAA+ランクに相当する空戦魔導師で、“移動砲台”なんて呼ばれたりもしている。ちなみに私もAA+ランクで、あだ名は“暴走特急”。
この前の模擬戦でやった、ナノハの高威力砲撃と、私のソニックシフトを用いた特攻が原因で、いつの間にかそういう名前が広まってしまっていた。
でも、シノブさんの話によれば、管理局の武装隊の人達がナノハのことを聞くと――――
『化け物の子は化け物、魔王や魔神の妹は悪魔、というわけか』
らしいけど、失礼な話。ナノハは悪魔なんかじゃない、天使のように可愛らしんだから。
ナノハはいつ管理局に入るかはまだ決めてないそうだけど、キョウヤさんはシロウさんの怪我と前後するように管理局に入ったそうだから10歳の頃、ミユキさんも11歳頃には入っていたとか。
でも、クロノなんて8歳の時には入局したそうだから、あまり早いというイメージはないかな。陸士学校や空士学校だって11歳で入って13歳で卒業、そのまま入局という例は多いそうだし。
「でもねフェイトちゃん、スズカちゃんにレイジングハートを強化してもらったから、今日は一味違うよ」
「大丈夫、バルディッシュも姉さんに改造を受けてるんだから」
ツキムラの家は、テスタロッサと同じく工学者の家系で、スズカもお姉さんと同じように将来はデバイスマイスターになりたいみたい。
だから、レイジングハートをスズカが、バルディッシュを姉さんが、という役割は私達の約束事となっている。
「でも、あまり無理はしないでね」
「諦めなさいスズカ、ナノハとフェイトの二人が止まるわけないでしょ。“移動砲台”や“暴走特急”に続くあだ名がつかないように祈るくらいしかできないわ」
アリサの家はおっきい会社を経営していて、特にホテルとかをたくさん持ってるとか。今回の旅行でも“よい部分があれば取り入れる”って言ってたし。
アリサはいつか実家を継いで、もっと皆に幸せを届けられるような会社にして見せるって意気揚揚。そのあたりは、姉さんととても似ていると思う。
だけど、
『ふふふ、テスタロッサ家とバニングス家が手を結べば、もう敵はいないわ』
『利益は半々よ、アンタに出会えてほんとに良かったわ』
たまに、怖い会話をしているのが気になるけど、聞かなかったことにしよう。
私は特には感じないけど、他の管理世界出身の人にとっては、ミッドチルダの子供は早熟で、人生設計を組むのが早く感じるとテレビとかで聞いたりする。
管理世界の中には、成人が20歳で、18歳くらいになるまでは社会に出て働くことが禁止されている国もあるみたい。多くの世界から多種多様な人々が集まるミッドチルダでは8歳から就業が認められているから、随分文化が違うみたい。
タカマチ家もツキムラ家も、第97管理外世界のジパング出身らしいけど、そこは“サムライ”の国で、“ゲンプク”という成人の儀式があって、それは10歳を過ぎたくらいでやるらしい。
その上、結婚も10歳とかでOK、凄いと思う。
シンカゲ流、ジゲン流、チュウジョウ流とか、色んな人達がいて、ナノハの家もそのうちの一つでもの凄く強いとか、確か、ミカミ流だったはず。、ん?フワ流だったけ? どうだったかな。でもやっぱり、昔は10歳くらいで結婚とかしてたらしいし。
それに比べたら、ミッドチルダはまだ遅い方なのかな?
私は、ナノハと一緒に戦技教導隊を目指すか、それともキョウヤさんやクロノのように執務官を目指すか、あるいはミユキさんのように航空隊を目指すかで考え中。だけど、ナノハと同じように空を飛ぶことが好きだから、その中のどれかを選ぶとは思う。
姉さんやスズカが調整してくれたバルディッシュやレイジングハートを私とナノハが持って、皆の笑顔を守るために飛び回れたら、どんなにいいだろう。
「でもまずは、温泉に入ってからにしなさいね」
「そうそう、時にはゆとりも大事よ」
「あ、姉さん」
「あ、アリサちゃん」
「そうだね、皆で一緒に入ろう」
そう、皆大切な友達だから、守るための力があるなら、そのために使いたい。
リンカーコアがある私は魔導師として、リンカーコアがない姉さんは、デバイスマスターとして。
キョウヤさんとシノブさんが、私達の目指す姿。今はまだまだだけど、あんな風になれたらいいなと思う。
でも、とりあえずはこの今を楽しもう。
シロウさん、モモコさん、キョウヤさん、ミユキさん、リンディさん、シノブさん、クロノ、ナノハ、スズカ、アリサ。
そして、母さんと姉さんと、私とリニスとアルフの15人の楽しい旅行を―――
「あれ?」
誰か――――足りないような――――
「おーい、そこの薄幸そうな金髪少女、ちょいと手ぇ貸してくれ。クーラーボックスをさっさと片付けたいんだ」
「あ、はい!」
あ――――そう、そうだった、彼を忘れていた。
かつて壊れた、“トール”の設計図を基に、シノブさんが作り上げた、完全人格型の魔道人形。今は、ツキムラ家の執事として働いている――――
「出たわね、トール、虫は持ってないでしょうね?」
「露骨に警戒してるわね、アリサ」
「う……私もちょっと苦手意識が……フェイトちゃんは大丈夫なの?」
「例の………ゴキブリが………トラウマに………」
「普段は、結構いい人だよ―――――――こういう時にも大人しくしてくれてるといいんだけど」
トール・ツヴァイ、皆そのままトールと呼ぶけど。
彼はツキムラ家の執事で、ノエルさんがメイドという役割、二人とも人間ではないけれど、人間以上に人間らしい。
この二人を組みあげちゃったシノブさんは本当に凄い、姉さんも『シノブに負けてられないわ』ってよく言ってるし。
「はあい、トール、しばらくぶりかしら」
「おう、アリシア、今日も美人に成長しそうでなにより」
「貴方も相変わらず馬鹿そうで何より」
「ありがとよ」
そして、姉さんはトールと仲がいい。
私達5人の中で、唯一トールに苦手意識を持っていないのは姉さんだけだけど、『いつかバラして私が一から組み上げる』、という言葉は私の胸にしまっておこう。
母さんの話によれば、トール・アインはバルディッシュのような口調の、デバイスらしいデバイスだったらしいのだけど、シノブさんが作ったトール・ツヴァイはなんかこう、愉快な性格になってしまったみたい。
お尻からガスを噴出して飛んだり、魔法人形だけどご飯を食べたり、口からお茶を出したり、そして、ゴキブリをばら撒いたり、その他にも色々と。
私の役割はアリシアの代行、しかし“それらの役割”はアリシアとは切り離さねばならない
「? バルディッシュ、何か言った?」
『いいえ、言っておりませんが』
何だろう、何か声のような、念話のような、不思議な感覚が――――
『いえ、申し訳ありません。アリシアの改造によって、私のコントロールを離れて何か声に出したかもしれません』
「ああ、そっか」
そういえば、そういうこともあったね。
バルディッシュが突然、まるでトールのように饒舌になっちゃったこととか。
あれ、違うかな、あの時はトールがまるでバルディッシュのようになったのを驚いて――――
『私自身、彼のように次々と話題を変えて話すことが出来るとは思いませんでした』
ああ、やっぱりそうだよ、バルディッシュがト-ルみたいになっちゃんたんだった。なんでこんな勘違いをしたんだろ。
うん、そう、そんなことが、あったよね。
『お気になさらず、いざとなればマイスターに相談を』
「うん、そうだね」
せっかくの旅行なんだし、まずは楽しもう。
「アルフ、一緒に色々探検してみよう」
「うん!」
皆で一緒の合同旅行。
なかなかない機会だからこそ、輝かしい思い出が作れますように――――
神様、お願いします
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM 0:07
『申し訳ありません、フェイト。この仮想空間(プレロマ)に神はいません、神を騙る機械仕掛けがあるだけです』
故に、御都合主義の機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)
まあ、私はそれをさらに騙る嘘吐きデバイスですが。
【9時間が経過、現状、問題なし】
【ええ、そのようですね、アスガルド。バルディッシュも上手くやってくれているようです】
仮想空間(プレロマ)では、66日ほどが経過しましたか。
ただ、1日ごとに時が刻まれるわけではありません。10日ごとに飛ばすこともあれば、この家族旅行のように連続して経過することもある。
しかしこの舞台装置の欠点として、トールの役割はアリシアに返すべき場所を守ることでしたが、トールはアリシアではないため、そこには不純物が混ざり込む。
口からお茶をだしたり、尻からカートリッジを出したりはその最たるもの。それらが印象的であればあるほど、仮想空間(プレロマ)に登場しないことは違和感となってしまう。
『ならば、アリシアとトールの機能を分け、必要な部分だけをアリシアに返せば良い。人間と異なり、機械である私は、自分自身の心(プログラム)をコピーすることもカットすることも出来るのですから』
私の機能の一部のみを搭載したデバイスなど、いくらでも作れる。完璧な複製は骨が折れますが、部分的な再現ならば楽なものです。
月村忍は、その点においてまさに最良の人材でした。アリシアとフェイトの友人の姉として、絶好のポジションにいると同時に、完全人格型魔法人形を製作できる知識と技術を有している。
高町なのはの観察の際、彼女と交友関係にある人物の人格モデルを細かく採集しておいて正解でした。
彼女達5人が月村邸で遊んでいるときに、魔法人形である執事のトールとメイドのノエル、その二人と接触することは自然であり、違和感はない。
まして、かつて壊れたトール・アインのデータを基に、再構築されたトール・ツヴァイとしてならば尚更のこと。
ストーリーもとりあえずボロは出ていません。これならば、制限時間まで騙し切れる可能性は十分あります。
そして、何よりも―――
『そもそも、アリシアが死に、私が残ったことこそが間違いなのだ。この桃源の夢に違和感がないのは当然の話』
細かい設定は特に変えていない。ただ単に、私とアリシアの立場を入れ替えただけ、たったそれだけで、世界はこんなにも明るくなるというのに。
”アリシアを助けるために、かつて壊れたトール・アイン”、それが現実だったらどれほど良かったことか。
『なぜなのでしょう。生きるべき者が死に、死ぬべき者が生き残る。世界にはそのような事例が溢れている』
そして、死ぬべき時に死ねなかった者は、時代の遺物となり、ただ残り続ける。
だとすれば――――
『未来を生きる者達のために、それらを排除することが、遺物である私の最後の役目となるやもしれません』
例えば――――ロストロギア
例えば――――古代ベルカ時代に作られた改造種(イブリッド)
そして例えば――――機械になり果てた人間、脳だけで生き続ける老廃物
『プロジェクトFATEの結晶であるフェイトの未来において、障害となりうる存在を、私は排除する時がくるのでしょうか』
夢においては、彼女の未来は暖かなものに満ちている。
しかし、現実はそうではない。善意と同等の量の悪意が、人の世には存在している。
桃源の夢においては、悪意を持つ人間はほとんど登場させませんが、現実のバランスは極めて難しい。
ならば私は、善意のみを通し、悪意をこそぎ取るフィルターとなりましょう
もしくは――――
『幸せな未来を、この世界へ顕現させるか』
ジュエルシード、それは願いを叶えるロストロギア。
21個の奇蹟の石は、未だ我等の手の内にある。
機械である私に願いは託せませんが――――
【アスガルド、そちらの演算の進捗状況は?】
【34%が終了】
我が主の願いと、その道筋が分かれば、後はアルゴリズムに沿ってジュエルシードを過剰起動(オーバーロード)させればよい。
そして、いいペースです。これならばどんなに悪くとも我が主の目覚めには間に合いましょう。
私には答えは出せない、どのような可能性があり得るかを計算するまでが私の役目。
最後にどの道を選択するかは、マスター次第です。
私に出来ることは、パラメータを可能な限り整えるのみ。
この桃源の夢も、“幸せ”という人間の心のパラメータを計算するための装置であるが故に―――
演、算を――続行、します
あとがき
あの事故の時にアリシアが助かりトールが壊れる、というのはトール本人の願望であったりします。
この桃源の夢は、某作品の『約束の四日間』を参考に形作られており、その舞台装置である“ミレニアム・パズル”はワイルドアームズ2の同名のロストロギアと、某メーカーの『終末幻想戦記アルゲンチウム』(仮称)に登場する“デミウルゴス”を参考に作成しました。
機械であるトールがどうやって仮想空間(プレロマ)を構築したかに関しての論文めいた構想は一応あるのですが、それを解説したところで冗長にしかなりませんのでカットすることにしました。(私の大学での研究の一部の流用なので、凄まじく一般向けではありません、オブジェクト指向言語の知識は必須かと)
ただ、デバイス達がテスタロッサの家族のためにあらゆるアルゴリズムを用いている、というところだけ抑えていただければ、それだけで十分です。
あと2話で終了の予定ですので、頑張りたいと思います。