第三五話 決着・機械仕掛けの神
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:18
【いよいよ、終わりが見えてきましたね】
試合空間で戦う二人の戦術は明らかに変化している。
これまでのようにそれぞれの戦技を競うものではなく、最後の一撃を叩き込むための“詰み”への経路を探り合うものへと。
例えデバイスであってもこれを演算することは容易ではない。秒単位で相手は移動し、戦況は変わるため、大まかな予測は立てられても正確に相手の動きを読むことは難しい。
【このような状況において、人間の頭脳というものはデバイスを凌駕することが多い。相手の表情、呼吸、そういったものから“何か”を感じ取り、相手の動きを読みきる力、こればかりは機械に再現させることは難しい】
故に、機械は機械だからこそ出来ることを、人間は人間だからこそ出来ることを成せばよい。その連携を完璧にすることが、インテリジェントデバイスの目指す到達点。まあ、管制機である私はそこに含まれない変わり種ですが。
「なのは、頑張って」
「フェイト、どうか無事で……」
こちらのサポート班も今はただ見守るのみ、数分前までは高町なのはによる砲撃の余波によって頻繁に結界に綻びが生じていましたが、現在は高速機動での接近戦に終始しているためサポート班の出動はなくなっている。
そして――――
「はあっ!!」
「せえいっ!!」
二人の少女はまるで絡み合うように螺旋を描きながら肉弾戦を繰り広げる。まるで、次に魔法を放つ時が最後の一撃と言わんばかりに。
ちなみに、アースラからの通信は一旦切ってあります。この模擬戦が終了し次第、詳しい説明を行うことを条件にこの戦いに関しては不干渉ということで。
【両者より、広域攻撃クラスの魔力を感知】
【ご苦労様です、アスガルド。彼女らの攻撃によって結界が破られる可能性は?】
【フェイトは否、ナノハは有り】
【なるほど、フェイトの決め技はおそらくフォトンランサー・ファランクスシフト。高町なのはの方はディバイン・バスターと考えられますが、片や高速連射型、片や一撃粉砕型、同時にぶつかり合えばどちらが勝つかなど一目瞭然ですね】
それが分からない両者ではない。しかし、高町なのはが先に放てばフェイトはそれを躱し、ファランクスによる反撃が来る。逆にフェイトの方は連射型故に最初の数発を避けられたところで痛手にはならない。
攻撃発動のタイミングを自由に設定できるという面ではフェイトが有利ですが、あまり長引かせることも得策ではない。彼女の戦闘スタイルはそもそも持久戦向きではないのだから。
ならば――――
「設置型のバインド、それにあれは――――なのは!」
「フォトンランサーの………待機型、まさか、高速機動での接近戦をしながらずっとこれを設置してたのかい!」
必ず当たる方策を練るのみ。見事な戦術ですね。
射撃魔法を捨てた高速機動を行いながら、フォトンランサーとバインドの設置を並行して行っていたわけですか。
「くっ――――外せない!」
『Master! Defense!(マスター、防御を!)』
高町なのはが設置型のバインドに捕らえられ、さらに空間的に包囲する形でフォトンランサーが形成されている。その数150以上、これならば、全ての弾の破壊力は分散することなく一箇所に収束する。
「フォトンランサー………」
『Phalanx Shift』
リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法。
基本魔法であるフォトンランサーを積み重ねることでサンダースマッシャーなどの砲撃魔法以上の威力を引き出す。クロスファイアなどと同系統ですが、電気変換の特性も併せ持つため速度、威力の両面で凌駕する。
「レイジングハート、受け止めるよ!」
『Yes, my master! Round Shield!』
そして、彼女らは回避ではなく、真っ向から受け止める道を選んだ。
仮にバインドを破壊したところで、既に構築されたフォトンランサーの包囲網は破れない。外部に出たところで反撃の機会を失ってしまうだけで意味がない。
ならば、残された道はフェイトの攻撃を真っ向から凌ぎ、攻撃の後の僅かの空白に全力の砲撃を叩き込むしかない。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
『Full flat!(フルフラット!)』
数百を超えるフォトンランサーが高町なのはへと叩き込まれる。
その余波でレイヤー建造物が次々と崩壊していき、射撃の収束点の魔力密度はどんどん高まっていく。
【電気変換された魔力はただ在るだけで人体に影響を与える。あれほどの魔力密度では、高電圧の電気を常に浴びているようなもの】
しかし、フェイトの攻撃はそれで終わりではない。
「スパーク―――――」
周囲に展開していたフォトンランサーがフェイトの左手に集い、巨大な槍を形成する。
そして、バルディッシュに乗せて極大の一撃が――――
「―――――エンド」
―――――放たれた。
「なのは!」
「流石に、決まったかい」
スパークエンドは直撃、ファランクスシフトのダメージも考えれば、エース級魔導師ですら撃墜可能であろう威力。
だがしかし、高町なのはとレイジングハートは不意を突かれたわけではなく、覚悟の上で受け止めた。さらに、その防御術式もバリアとシールドを重ね合わせた実に強固なものでした。
攻撃による爆煙によって高町なのはの姿は見えませんが――――
【魔力値、増大】
センサーからの情報は、彼女らの健在を示している。
【なるほど、耐えきったというわけですか】
「バルディッシュ!」
『Scythe Form』
しかし、それを予想していたのは私だけではないようですね。
最初から、フェイト達は射撃魔法だけで決めるつもりなどなかった。そもそも、高町なのはと異なり、フェイトの本領は高速機動を織り交ぜた接近戦での一撃にあります。
状況に応じて使い分けが可能なことも強みの一つですが、やはり、彼女の最大の武器である“速度”を最も攻撃に転化できるスタイルとは遠距離から飛び込んでの魔法攻撃に他ならず、それ故にバルディッシュは近接戦闘を前提とした形状をしている。
それ故、サイズフォームによって追撃をかける戦術は有効となりますが―――
「な――――バインド!」
フェイトが飛び込んだ先には、爆煙に隠れて設置した高町なのはのバインドが待ち構えていた。アスガルドのセンサーがあってこそ私は事前に察知できましたが、フェイトとバルディッシュの驚愕は相当なものでしょう。
「信じてたよ――――フェイトちゃんなら、きっと来てくれるって!」
『Shooting mode.』
つまり、高町なのはが信じたものは、他ならぬフェイトとバルディッシュ。彼女らの想いを受け止めた彼女だからこそ、フェイトが手を緩めず追撃してくることを読み切った。
「ディバイン―――――――」
【魔力値増大、400万――――500万―――――600万―――――700万―――――800万―――――900万】
トランス状態における全力の砲撃。
手加減は一切なし、現段階はおろか、本来ならば高町なのはが魔力制御の訓練を積み、レイジングハートがフルドライブ機構を備えた状態で放たれるはずの砲撃が、ここに顕現される。
【これは、1000万を超えそうですね】
ですが、これを撃てば最早後はないでしょう。高町なのはのリンカーコアとて無限ではないのですから。
「バスターーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
そして、極限まで魔力が注ぎ込まれた一撃が、フェイト目がけて放たれる。
「バルディッシュ!」
『Defenser.』
それを防ぐは、先程の彼女らと同様に、バリアとシールドを重ね合わせた重層型障壁。
「直撃した!」
「フェイト!」
一撃の破壊力ならば高町なのはが勝っている。これは、誰もが知っていること。
「まだ………私達は、負けてない!」
『Yes, sir』
「あの子だって、もう限界のはず………これを耐えきれば――――」
桜色の魔力光が徐々に収まっていく。
周囲に建物がなく、ディバインバスターが指向性を持っていたため、爆煙が立ち上ることはなく、フェイトが健在であることは遠目からでも確認可能。
フェイトは耐えきった。そして、高町なのはの魔力は既に、次の砲撃を撃てるだけ残されていない。
しかし――――
このタイミングで、彼女の切り札が姿を現した。
新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:21
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「行くよ! レイジングハート!」
『Starlight Breaker!』
星が集う。
戦闘空域で両者が放出し、時に躱され、時に弾かれ、相手に届くことなくレイヤー建築物を破壊してきた魔力。
それらが、巨大な恒星の引力によって引き寄せられるように、レイジングハートの先端へと集っていく。
「風は空に」
風と共に魔力が吹き荒れ。
「星は天に」
星となって収束する。
「そして、不屈の心はこの胸に!」
例え届かずとも、幾度でも集い、再び突き進む不屈の心をもって。
「この手に魔法を!」
全ての魔力が、星の力を手にした少女の下へ集い、最後の魔法を形成する。
「受けてみて! これが私の、全力全開!」
されど―――
「……撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」
『Thunder Smasher!』
切り札を用意して来たのは、こちらも同様であった。
「サンダースマッシャー、ソニックシフト!」
彼女の最大の持ち味は速度、それをもって砲撃に対抗する手段とは何か。
なのはがレイジングハートと共に、自分の長所を最大限に生かし、戦闘空間に漂う魔力の残滓を収束して放つスターライトブレイカーを編み出したように。フェイトとバルディッシュもまた、己の長所を最大限に生かす手段を編み出していた。
電気変換された魔力を砲撃魔法の要領で後方へ放射すると共に、電磁力を用いて超加速。自身そのものを弾丸と化すことで、直線的運動に限り全てを凌駕する超高速を作り出す。
しかし、欠点も多く、発動時間がかなり限られ、一度使えば軌道修正が効かず、移動距離もそれほど長いわけではない。つまり、砲撃の回避の手段としては発動後に使用せねば意味がなく、誘導タイプが相手ならば途中で効果が切れ、止まったところを追いつかれる。
そして、スターライトブレイカーは収束砲であり、その攻撃範囲は広域殲滅魔法に匹敵する。元々装甲が薄く、速度を上げるためにさらに削り、先のディバインバスターによってほぼ防御機能を消滅させられたフェイトのバリアジャケットでは掠っただけで致命傷となる。
ならば、射手を砲撃前に倒すのみ。スターライトブレイカーに限らず、あらゆる砲撃を潰す絶対の手段であり、このソニックシフトならばそれが可能。
「く、ぐうう! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
しかし、当然のことながらそれだけの速度を発揮する以上、身体にかかる負荷も相当のものとなる。昨日の練習の際はバリアジャケットを強化し、バルディッシュが管制制御を行うことでかなり負荷を抑えられたものの、現在の彼女らは満身創痍に近く、ほとんど生身のまま超高速機動を行うのに等しい暴挙だ。下手をすれば気圧の変化に耐え切れず身体が内部から千切れ飛ぶ。
『Distance, remainder 200m! Master!(距離、残り200m! マスター!)』
「うん、行くよ! 魔力集中、右腕!」
『Thunder Arm!(サンダーアーム!)』
それを承知の上で、彼女らは突撃を敢行した。残りの魔力を防御に回したところで、あの収束砲を凌ぐことはできない。それならば、全ての魔力を移動に費やし、最後の奇襲を仕掛けることを彼女らは選んだ。
「!?」
『An approach warning! Master!(接近警報! マスター!)』
そして、この奇襲を読みきることは彼女らにとっても不可能であり―――
「踏み出す一歩………繰り出す一閃!」
フェイトの右拳に、電気変換された魔力が集中する。
「そうだ、いつだって、私達は――――負けない!」
「フェイトちゃん!」
『Inertia control!(慣性制御!)』
『Magical power switch! Defense!(魔力転換! 防御!)』
そして――――――――二つの影が交錯した。
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:22
【やれやれ、まさかこれほどとは】
流石に少々予想外ですね。フェイトがバルディッシュと共に飛行訓練を熱心に行っていたのは知っていましたし、ソニックシフトに関しても時の庭園のサーチャーの報告から存じていましたが。
【無謀、阿呆】
【容赦ないですね、というか、いつの間にそんなに毒舌になったのですかアスガルド】
饒舌ではないのに毒舌というのも変な話です。
【自滅特攻】
【まあ、ほとんどそれに近いものでしたが、高町なのはのスターライトブレイカーを発射させないという1点に関してならば唯一の手段といえたでしょう。ただ、あそこまでバリアジャケットが崩れている状態において放つ技ではありませんがね】
ソニックシフトは自爆技ではなく、本来はコンビネーションの合間に繰り出す小技としてリニスが考えました。
ただ、自身を電磁力によって弾丸と化す特性上、どうしても直線的な動きしか出来ないことから通常での移動には用いることはできず、方向転換が効かないため障害物がある場所、狭い場所でも使えません。
よって、緊急回避用の手段としてリニスは考えていたようです。反撃に繋げるには弧を描くような軌跡が必要となるため、このソニックシフトは利用できません。あくまで、奇襲を受けた時や、誘導弾を避けきれない時などに咄嗟に離脱するための魔法だったのですが。
『よもや、サンダースマッシャーを推進力として用い、そこにソニックシフトを重ね、その上右手に電気変換された魔力を込めて殴りかかるとは。バルディッシュが慣性制御を行うため、彼を攻撃に使えないこともソニックシフトの欠点でしたが、これは改良というべきか改悪というべきか』
相手にダメージを与えるという点では改良ですが、自分の負荷がそれ以上に大きいという点では改悪ですかね。
それに、あの一撃はサンダーアームと呼ばれる魔力から変換した電撃を体の一部に集中発生させ、その部分に触れた敵の身体や武器から電撃を流し込む攻防一体の零距離対応技。
本来は魔力付与防御魔法に分類されるものであって、防御、もしくは迎撃用。間違っても自分から高速で相手へ突っ込んでいる時に用いる魔法ではありません。
まあ、それはともかくとして。
「…………」
「…………」
サポート班の二名は完全に呆然としていますね。収束砲だけでもインパクトとしては十分過ぎましたが、フェイトの無茶はそれを凌ぐものでした。
そもそも、大規模攻撃は身体やリンカーコアに大きな負担をかけますし、9歳の子供が収束砲を放つなど冗談じみた話です。そして、フェイトが行った暴挙は最早語るに及ばず。
【アスガルド、二人の状況は?】
【共に健在、浮遊状態を維持】
なるほど、墜ちていないことから、意識を失っているということはないようですね。
とはいえ―――
「はあ、はあ、」
「けほっ、まだ………まだ」
何ともひどい有様ですね。高町なのはのバリアジャケットはほとんど砕け、左腕がだらりと下がり、右手だけでレイジングハートを構えている。
フェイトの方は、高町なのは以上にボロボロの有様。彼女の年齢が10年追加されれば、露出狂と呼ばれることは避けられそうにありません。その上、こちらは右腕がだらりと下がり、左手一本でバルディッシュを構えている。
しかし恐ろしいことに、両者の眼はなおも輝きを失っていない。まだ戦闘を続けるつもりのようです。
ですが、先の激突において二人が重大な傷を負った可能性もありますので、ここは確認をとりましょう。
【レイジングハート、バルディッシュ、応答願います】
とはいえ、私は心配しておりませんよ。先の激突を貴方達が可能であると判断した以上、それが正しい解だ。
プレシア・テスタロッサのために機能する私ではなく、フェイト・テスタロッサのため、高町なのはのために存在する貴方達こそが、この戦いを継続するか否かを決定するのです。
【我が主は無事です】
【我が主も同じく】
それぞれから健在の知らせが入る。
【無事であることの定義は別として、少なくとも二人は致命傷や後遺症が残るような怪我はしていないわけですね】
【はい、利き腕が脱臼し、その一部が折れていますが、内臓にダメージは及んでいません。吐血はなさいませんでしたが、リンカーコアの消耗は激しいので戦闘の継続は厳しいかと】
高町なのはの利き腕は左腕でしたが、完全に潰されたようですね。
【我が主も利き腕が脱臼していますが、その他に火傷もあります。重度ではありませんが、右腕全体に及んでいるので可能な限り早急な治療が必要かと】
フェイトの方は右腕を負傷と、どうやら高町なのははフェイトの渾身の一撃を収束した魔力の一部を利き腕に込めることで迎撃したようですね。代償として収束した魔力があの場で開放され、両者ともに魔力ダメージを負った模様。
その結果、二人とも満身創痍となり、特に利き腕は使い物にならなくなってしまった。
【では、これ以上の試合続行は共に危険であると】
【はい、ですが、我が主が戦うことを望まれている以上、私が止めることは出来ません】
と、レイジングハート。
【私も同様です。主が諦めていない以上、デバイスが先に白旗を上げることはできません】
と、バルディッシュ。
【それは承知しています。貴方達の役割は戦闘の継続が可能かどうかを判断するだけですから、それで構いません。それぞれの主が戦闘の継続を願うならば、それぞれ最後まで付き合うとよろしい。戦闘を止める作業はこちらで行いますので】
【感謝します】
【申し訳ありません、トール】
【いえいえ、主が断崖へ向けて走っているならば、崖の底までお供するのがデバイスというものですから、貴方達はそれでいいのです。止める役目は使い魔や友人、もしくは……】
では、そろそろ私の役目を果たしに行かなければ。
【母親でしょう】
二人との通信を一旦切り、主へと繋ぐ。
【マスター、ご覧になられておりますか?】
【ええ、見ているわ】
【二人の戦闘継続が不可能なレベルに達しました。これより、停止作業に移ります】
【そう、じゃあ早く来なさい。あの子達は今すぐにも激突しそうよ】
アスガルドから送られてくる情報からは、二人が最後の激突を行おうとしていることが確認できる。
とはいえ、既に魔力はほとんど尽き、高速機動も砲撃も不可能なほど互いに消耗している。よって、彼女達が現在行える戦闘行為とは。
「これが…………最後の一撃」
「全部…………込める」
互いのデバイスに全魔力を注ぎ、直接叩きつけるのみ。場を整えた私が言うのもおかしな話ですが、なぜそこで模擬戦を終了するという発想が浮かばないのでしょう、戦乙女ですか貴女達は。
【急いだ方が良さそうですね。アスガルド、私を主の下へ】
【了解】
中央制御室に転移魔法陣が浮かび上がり、私の本体はその中心へ。
【転移開始、座標、時の庭園の主】
『お待たせしました、マスター』
「ちょうどいいタイミングみたいよ」
大広間の椅子に主は腰掛けており、その前には大型スクリーンに彼女らの姿が映し出されている。
『ここまでやれば、互いの想いのぶつけ合いとしては十分かと思いますが』
「でしょうね、正直、母親としては心臓に悪かったわ」
『ですが、嬉しさも半分といったところでしょうか』
「そうね、あの子は遠慮し過ぎる子だから、普段からこのくらい意思を通してくれればいいのだけど」
高町なのはとフェイトの共通点に、遠慮し過ぎるという部分があるのは確かでしょう。
ですが、この戦いに限れば、互いに一切遠慮せず、ぶつかり合うことが出来ました。
『意思を通すことは大切ですが、流石にこれ以上は危険ですし、ジュエルシード実験にも支障をきたします』
「ええ、だから止めるとしましょう。これも、親の特権というものかしら」
そうですね、子供がどんなにやりたがっていても、それが危険なことならば、止めることが出来るのは親の特権でしょう。
「さて、それじゃあ始めましょう」
そして―――――――主が、私を手に取った。
『久方ぶりですね』
「ほんと、何十年ぶりかしら」
懐古の念とは、このようなものなのでしょう。
『私は、バルディッシュのように己の主の全力を受けとめることは出来ません』
「でも、今の私には貴方が最適よ。もう、自分で上手く魔力を制御することも難しいから」
ええ、そうでした。まだ魔力の制御が苦手だった頃は、全て私が行っていたのでしたね。
そして、主が魔導師として成長するに伴い、私の性能は追いつけなくなりました。リソース自体はあったのですが、機械を管制する機能にどうしても多くが割かれてしまい、Sランク魔導師のデバイスとしては不適合。
よって、主はストレージデバイスを新たに作り、私はアリシアのために汎用言語機能や人格学習機能を増設し、主のストレージデバイスを介して母と子を繋ぐ役割を仰せつかった。
ですから、主がストレージデバイスを使わず、私を使わざるを得ないという事態は、悲しむべきことであるはず。そのはずです。
しかし――――
『マスター、申し訳ありません。私の電脳は今、喜びに溢れているのです。貴女にこうしてまた使っていただけることを、貴女の役に立てることを』
“プレシア・テスタロッサのために機能すること”
その命題こそが私の全て、それ故に、貴女に使っていただけることこそが、私の何よりの喜びなのです。
貴女が望むなら、世界を滅ぼす危険があろうとも、アリシアを蘇らせましょう。
貴女が願うなら、未来永劫、テスタロッサの血族のために働きましょう。
貴女が何も願わないならば、貴女が与えて下さった命題を、ただ忠実に果たし続けましょう。
マスター、私は貴女の役に立つことが全てです。それだけが、“トール”という存在を表す全てです。
『マスター、入力をお願いします』
「インテリジェントデバイス、“トール”、セットアップ」
『Standby ready. Set up.』
入力を確認、インテリジェントデバイス、トール、基本モード“機械仕掛けの杖”。
33年ぶりの―――――この姿。
長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる。
「懐かしいわね」
『Yes, master』
「それじゃあ、始めるわよ、トール」
『It is ON in functioning control.Start the " Deus ex machina"(管制機能をON、“機械仕掛けの神”)』
私は管制機であり、あらゆる魔導機械を操作する。
そして、マスターが私を使うならば、それ以上のことも可能となります。
すなわち――――
新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:24
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「せええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいい!!!」
「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
二人の少女が、互いのデバイスに残る魔力を注ぎ込み、最後の激突を行った瞬間、それは起きた。
これまで、彼女らを補助してきたデバイスが、突如として沈黙。
「レイジングハート!?」
「バルディッシュ!?」
デバイスに収束した魔力が突如として霧散、さらには――――
「えええ!?」
「え、あ」
彼女らの飛行機能そのものが失われ、二人の身体は落下し始める。
「なのは!」
「フェイト!」
そして、地上で待機していた二人は予想外の事態に混乱しつつも二人を助けるべく飛び出し―――
「え?」
「こ、これは?」
何が起きているか把握する間もなく、強制転移の術式によって遙か遠くへ飛ばされていた。
そして、二人の少女もまた―――
「な、何コレ!?」
「まさか、母さ――――」
次元を飛び越えて現われた魔法陣によって包み込まれ、次の瞬間には第97管理外世界からその姿を消した。
新歴65年 5月9日 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM6:25
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「今のは、次元跳躍魔法か」
「凄い高度な術式だったけど、間違いないよ。時の庭園まで、なのはちゃんとフェイトちゃん、それからユーノ君とアルフさんの4人を、一瞬のうちに次元転移させた」
「恐らくは、“トール”というデバイスの機能も関係しているのでしょうけど、それにしても凄いわ。次元跳躍魔法という能力を含めてSSランク魔導師というのも頷ける」
そして、事態を見守っていたアースラの3人も、同様の驚愕に包まれていた。
緊急時には即座に模擬戦を終了させる用意があるという“トール”の言葉を受け入れ、模擬戦の後に詳しい話を聞くという条件で了承したものの、その手段が予想を上回っていた。
「しかし、転移はそれで説明できますが、彼女らの魔法が突然霧散し、飛行能力まで奪われたのは一体?」
「えーと、魔法がいきなり使えなくなった、ってことだよね」
「だとしたら、AMFかしらね。でも、AMFにしてはそれらしい反応はなかったし、もしAMFだったらセンサーがそれを捉えるはず」
AMFとはフィールド系防御の一種であり、AAAランクの対魔法防御である。
「確かにそうですね、それにそもそもAMFは対魔法防御であって、遠隔的に発生させるには最も向かない魔法です。事前に仕込む方法ならばありえますが、それにしても術者が近くにいる必要があります」
「端末で補助するには複雑すぎるし、そもそも、AMFを発生させる魔導機械なんてありませんよね」
後に、そのAMF発生装置を搭載した魔導兵器と戦いを繰り広げることをこの時の彼らが知る由もない。
「だが、現実になのはとフェイトの魔法は無効化されている………何かカラクリがあるはずだ」
「とはいえ、ここで悩んでしても仕方がないわ、その辺の事情も含めて時の庭園に問い合わせることとしましょう。それよりも交渉の準備の方が忙しくなるわよ」
「ええと、なのはちゃんとユーノ君は向こうに連れていかれた…………ということになるんですかね?」
「いや、無理だろうな」
エイミィの言葉をクロノが短く切って捨てる。
「どうして?」
「テスタロッサ家にはジュエルシード不法所持の疑いこそあるが、証拠はないし、まだ使ってもいない。数日後に時空管理局の検査機関にジュエルシードが引き渡されれば、彼女らは単なるジュエルシード探索者にしかならない上、“ブリュンヒルト”試射実験に関してなら、時空管理局への外部協力者だ」
「今は“ブリュンヒルト”の試射場となっている時の庭園になのはさんとユーノ君を勝手に入れることには追及の余地はあるけど、それも一言返されたらそれまでだものね」
「一言って、もしかして………」
「君の予想通りだ。“娘の友人をプライベートスペースに招いた”、それだけで済む。なにしろ、なのはの“友達になりたい”という言葉はしっかりと例の“トール”が記録しているはずだし、彼女らが友達でないという証拠を揃えることはどんな人間にも不可能だ。実際、友達なんだから」
「友人と知人の境界線なんて、どこの世界のどんな国の法律にも載っていないでしょうね」
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 AM6:30
『今頃アースラの方々は、先程の出来事について頭を悩ませている頃でしょうかね』
時の庭園へ招いた客人に応対するため、肉体に本体をセットしつつ、私はバルディッシュと通信回線を開く。
『おそらく、正確に把握することはかなり困難かと』
無論、当事者であるバルディッシュは事の成り行きを把握しています。
『別段特別なことでもないのですがね、私は魔導機械の管制機であり、貴方とレイジングハートは私と秘匿通信を行うための回線で繋がっている。ならば、我が主がそれを用いて貴方達を操作することなど造作もない』
原理は至極単純、妨害電波を用いてレイジングハートとバルディッシュを機能不全に追い込んだようなもの。
事前に私がレイジングハートと接触した理由の一つに、この緊急停止の布石というものもありました。やはり、私と直接繋がったデバイスほど介入は行いやすくなる。
如何に彼女らがAAAランクの魔導師とはいえ、デバイスなしではそれほど強力な魔法は放てませんし、高速機動も非常に難しくなる。
彼女らが万全ならばまだしも、互いに満身創痍であり、リンカーコアの魔力も枯渇寸前、飛行制御も魔力制御もほとんどをデバイスが代行していた状態でした。
そのような状況でいきなりデバイスが動かなくなれば、ああなるのは至極当然の話。デバイスに収束した魔力は霧散し、彼女らは飛行を維持することすらままならず、落下するのみ。
『逆に言えば、彼女らは貴方達がいなければ、既に浮いていることすら出来ない状況だったわけです。戦闘の継続が不可能と判断するのも無理はありません』
『はい、ところでトール、主の負傷はどれほどで治りますか?』
『それほど深い傷はありませんし、リンカーコアの消耗に関してならば私達の専売特許です。なにしろ、アリシアを治すための研究を26年間続けてきたわけですから』
そう、フェイト・テスタロッサの肉体を治す技術に関してならば、時の庭園以上の設備は存在しない。
正直、彼女が病院に行くことほど意味のないことはありません。彼女の生体データは生まれる前から余すことなくここに保存され、日夜研究されているわけですから。
『安心しました』
『高町なのはの方も、脱臼と骨折をどうにかすればすぐに回復しますよ。医療設備は整っていますし、年齢もフェイトに近く、魔導師ランクも同じですから、治療は容易です。処置は早ければ早いほど良いですから、アスガルドが既に治療を始めています』
『仕事が早いですね』
ちなみに、バルディッシュは現在、作られた時に入っていたカプセルの中にてメンテナンス中。レイジングハートもその隣に。
『ともかく、お疲れさまでしたバルディッシュ。後のことは私に任せて、貴方もしばらく休眠状態に入ると良い。あれだけの演算を行ったのです、相当の負荷が溜まっているのでしょう』
レイジングハートは既に休眠状態に入り、回復に専念している。
バルディッシュと比べて私との繋がりが浅い分、最後の介入で負荷が一気に噴き出したのでしょう。
『申し訳ありません。後をよろしく頼みます』
『気にすることはありませんよ、若者に気を遣われるほどまだ私は耄碌しておりません。それに、ここから先は政治的な要素も絡み、事態は複雑になります。貴方とフェイトは明日のジュエルシード実験を成功させることだけに集中して下さい』
何せ、子供を関わらせても碌なことにならない話が盛りだくさんですから。
『了解しました。それでは、休眠状態に入ります』
『ええ、ゆっくりと休みなさい』
そして、レイジングハートに遅れること数分、バルディッシュも休眠状態へ移行。
これにて、高町なのはとフェイト・テスタロッサの試合は完全に終了となります。両者のデバイスが同時に試合継続を不可能と判断したため、結果は引き分け。
ですが、やった価値はありました。あそこまでただ一つのことに専念し、家族以外の人物のことを想うフェイトは私も初めて見ましたから。
『これでフェイトの因子は整った。残るはアリシア、貴女だけです』
フェイトは光を得ましたが、貴女はまだこれから。
そも、貴女にとっての光とは何なのか、まずはそれを見極める必要があるでしょう。
そのためにも、ジュエルシード実験は絶対に成功させねばならない、全てはそこから始まる。
全ての因子が整い、夢の舞台の調整が完了したその時こそ、我が主が何を望むのか、私が何を成すべきかが明らかになるでしょう。
大数式の解が出るその時は近い。
演算を―――続行します。
※一部S2Uの記録より抜粋