第二十一話 二人の少女の想い
新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地
「ただいまー」
朝の7時頃、時の庭園を第97管理外世界周辺の次元空間に配置し終えた俺は、転送ポートを用いて拠点であるマンションに戻ってきた。
「あ、おかえりトール」
「早いなフェイト」
「うん、アルフの朝食も用意してあげないといけないから」
リニスの教育方針の賜物か、やたらと家庭的に育ちつつあるフェイトである。
この年齢で家事の大半は自分でこなすようになった。
まあ、プレシアも身体がおもわしくなく、アルフはまだ生まれて間もなかったということもあって、フェイトは7歳ごろからリニスの手伝いをやっていたという経緯もある。
リニスが体調を崩すようになってからは食事の用意はフェイトがすることも多くなっていたな。
俺にはロストロギアの探索やプレシアの代行として研究を進める役目があったから、ほとんどそっち方面はやっていない。
「そうか、では俺にもカートリッジの用意を頼む」
「えっと、メニューは?」
「そうだな、低ランク魔導師用の製品版カートリッジを5つと、高ランク魔導師用の専用カートリッジ2つのセットで、付け合わせにクズカートリッジを20個ほど、それからドリンクにはAタイプの保存液を頼む」
「分かった。準備するね」
「俺は今日の探索区域を特定しておく、何か用があったら呼んでくれ」
俺はここ二日ほど時の庭園を第97管理外世界に持ってくる作業をしていたが、ジュエルシードの探索範囲はあらかじめ指示しておいた。
やはり闇雲に探しても見つかるものではないので、こういう計算が得意な俺が地図とその他のデータのすり合わせを行いながら探索場所を決定している。
まあ、最終的には運任せの要素が強いんだが。
「はい、カートリッジ」
「サンキュー」
カロリーメイト型に改造されたカートリッジを口に放り込み、飲み物のように見えるアリシアのカプセルの中に入っているのと同タイプの保存液を飲み込む。
当然、人間が飲むとヤバいどころの話ではありません。消毒液を飲み干すようなものです。
「それで、時の庭園は上手くこれたの?」
「当然、お前の母は次元世界でも有数の工学者だぞ。そこに俺の補助があるんだから失敗なんてあり得んよ」
「そっか、母さんが設計した魔力炉心を使っているんだもんね」
「ついでに言えば大砲も積んであるな。まあこっちは地上本部に場所を提供しているだけなんだが」
「えっと、“ブリュンヒルト”だったかな」
「ああ、それで合ってる」
「確か、クラナガンとかだと騒音問題とか色々あって、田舎なアルトセイムで建設されたんだったよね」
「簡単に言えばそうだ。“ブリュンヒルト”の炉心である“クラーケン”を設計したのもプレシアだからな、その辺の縁もあって時の庭園を建設場所として貸すことになったわけだ」
「やっぱり母さんって、凄いんだ!」
「金持ちで、博士号を持っていて、時空管理局との繋がりも深く、次元跳躍魔法を考慮すればSSランク魔導師、ついでに50歳とは思えない外見。改めて見直すと確かに凄いぜ」
通常の戦闘ならばSランク相当だが、それでも十分凄まじい。
「だけど、ジュエルシードの件ではあまり管理局と関わるとまずいんだよね・・・」
「うーむ、地上本部のほうは問題ないが、次元航行部隊は話が違うからなぁ。以前も説明したが時空管理局の本局と地上部隊は設立された目的が異なる機構だから」
「やっぱり、難しいな」
「9歳でそんだけ理解してりゃ十分だ。その辺はよーくプレシアに似てるよお前は」
「ほ、本当!?」
「ああ、あいつが5歳の頃から一緒にいる俺の言葉だ。信頼性は極めて高い」
「………そうかなぁ」
「む、俺がお前に嘘をついたことがあるか?」
「あるよ! たくさん、数え切れないくらい」
「その度にリニスに制裁されたのも、今となってはいい思い出だぜ・・・・・・」
ふと過ぎ去りし過去を思う、まあ、実は今も現在進行形で騙しているが、そこは気にしない方針で。
「全く懲りないトールが凄いと思うけど………」
「かっかっか、テスタロッサ家のムードメーカーが懲りてどうする」
「でも、“アレ”だけはもうやめてね」
「了解した。リニスの遺志を尊重するとしよう」
だが実は、密かに“アレ”を利用した新兵器を開発している。
高町なのはを傷つけずに無力化する必要が生じた場合に効果を発揮する究極兵器を。
新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家
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※
「ねえユーノ君、フェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めているのかな?」
「御免、僕にも目的までは分からない。けど、確かに聞いたことはあるんだ、テスタロッサ一家っていう遺跡発掘チームがジュエルシードを探しているって話は」
フェイトがトールと話しているのと同時刻、高町なのはもまたユーノと話し合っていた。
「えっと、ミネルヴァ文明遺跡だったっけ、そこでユーノ君達はジュエルシードを発見したんだよね」
「うん。だけど、資料によると21個あるはずのジュエルシードは20個しか発見できなかったんだ」
「じゃあ、残りの一つは………」
「シリアル6番。それを発掘したのはあの子達なのかもしれない」
それ自体は別に驚くべきことではない。
時空管理局の認可を得ているのであれば、遺跡の発掘作業は基本的に早い者勝ちなのだ。
「だったら、ジュエルシードがどんなものなのかは、きっと知っているんだよね」
「ひょっとしたら僕たちが知らないことも知っているのかもしれない。それに、貨物船から事故でジュエルシードがばら撒かれちゃった以上、彼女達が集めることにあまり文句も言えない立場だから」
ユーノはジュエルシードの取り扱いをもっと注意しておくべきだったと後悔しているが、このあたりは責任感の強い少年の発想である。
ジュエルシードが既にスクライアの手を離れていた以上、彼に責任が発生することはないのだから。
「でも、ずっと探していたものが見つかったのなら、何でフェイトちゃんはあんなに悲しそうな眼をしていたんだろう………」
それこそが、なのはがすっと思い悩んでいる事柄であった。
1年以上も探していたものが見つかるというのは良いことのはずなのに、フェイトから嬉しさを感じることは出来なかったから。
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新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地
「ところでフェイト、温泉で戦って以来、高町なのはとぶつかることはあったのか?」
「ううん、ジュエルシードが発動することがなかったから。あの子と出逢うことはなかったよ」
フェイトの高町なのはに対する呼び方はまだ”あの子”
アルフの話によれば、温泉での戦闘後、名前を問われてフェイトが答えた後に高町なのはが自分の名前をフェイトに伝えたらしい。
だが、高町なのはに対して直接名前で呼んだことはまだないから、呼んだ時は二人の絆がさらに深まることだろう。
それに、最近はチーム・スクライアを見張る時間がなかったので何とも言えんが、テスタロッサという名がスクライアの少年に伝わった以上、ある程度の事情は向こうも察しているだろう。
「お前が戦った感触として、高町なのははどうだ?」
「強いよ。砲撃魔法なら、多分私よりも」
「だが、総合的にはまだまだお前が上だろう。とはいえ、魔法と出会ってから一か月に満たないという部分を考慮すりゃ、あり得ん話だが」
普通に考えれば笑い話だ。
管理外世界に暮らす少女がある日インテリジェントデバイスを託されて、その場でAAランクの封印魔法を発動。現在ではAAAランクに届きかけているときたもんだ。
リニスの指導のもと、二か月かけてAAランクからAAAランクへと実力を伸ばしたフェイトにとっては無視できる存在ではないだろう。
「うん、私は二か月もかかったのにね」
「それも十分笑い話なんだがね。それに、高町なのはの技能は今のところ完全に戦闘に特化している。空間転移や結界敷設などの補助魔法は使えなさそうだし、近接戦闘に有効な魔法もない。典型的なミッドチルダ式魔導師だな」
「でも、その辺はスクライアの男の子の方がうまくサポートしてるよ」
「それを言うならお前にはアルフがいるだろう。二対二で戦っても今ならあっさり勝てるだろうさ」
「じゃあ、トールも加わったら?」
「全員笑い転げることになりそうだな」
さっき喰ったカートリッジが、噴出ガスと共に尻から放出される光景が展開される。
「ご、御免、やっぱり戦わないで」
どうやらその光景を想像したらしく、今にも噴き出そうそうになっている。口を抑えて俯いている様子がかなり必死だ。
「まあ、そこは状況によりけりになるが、お前は高町なのはに“出来るならもう姿を表すな”と言ったそうだって?」
「アルフから聞いたの?」
「いいや、バルディッシュだ」
『yes』
フェイトに関する俺の情報源は実は大半がバルディッシュだ。
デバイスである俺にとっては、やはりバルディッシュの話が一番理解しやすいからな。
「バルディッシュ、なんで普段は無口なのにトールにだけはしゃべっちゃうの?」
『sorry』
「かっかっか、バルディッシュを責めるな。こいつもこいつでお前のことを気にしてるんだよ。何せ、お前のために作られたデバイスだ。誰よりもお前のことを考えている」
そう、俺がプレシアのために作られたように。
プレシアのために在ることが俺の命題ならば、フェイトのために在ることがバルディッシュの命題。
「そう、ありがとうね、バルディッシュ」
『It doesn't worry.(お気になさらず)』
「んで、話は戻るが、お前は高町なのはと戦いたくはないのか?」
「うん、やっぱりジュエルシードを集めているのは私達の都合だから、あの子を巻き込みたくはないよ」
「だがしかし、止まるわけにもいかんと、その辺の不器用さも母親譲りだな」
「そうなの?」
そうとも、自分じゃ気付かないだろうが、傍から見れば不器用の代表例だ。
「器用な奴だったら、今頃協力でも申し込んで一緒にジュエルシードを探してるさ」
だが、プレシアや今のフェイトにはそれは出来ないだろう。母を助けるためにジュエルシードを集めることは、フェイト自身の手でやらなくては意味がないのだ。
それはプレシアにも同様のことが言える。
仮に、ジェイル・スカリエッティに頼み込んでアリシアの蘇生が可能になったとして、それでは意味がない。
極論すれば、プレシアは過去と対決するためにアリシアを蘇生させようとしている。己の手で犯した過ちは、他人の手で直されても意味はない。
まあ、それに対する認識も人それぞれだが、プレシアはそういうタイプの人間だ。
だからこそ、二人目の娘であるフェイトが生まれた後も、走り続けることを止められないのだ。
「うん………」
フェイトも、純粋な効率だけを考えれば、事情を全部話して協力してもらった方がいいことは理解している。
だがしかし、デバイスと違って、人間の心とは効率だけでは上手くいかないのだ。
それは責められるべき事柄ではない。人間は感情で生きる生物なのだからそれでいい。何もかも計算通りに動くのはデバイスだけで十分だろう。
「そこは気にすることはないぞ。ジュエルシードが早く集まったところで最終実験までは時間が空くだけだし。俺達が管理局法のグレーゾーンを行ってるのも事実だからな、下手すりゃ高町なのはも共犯扱いだ」
「それは――――ダメだよ」
まあ、現実的に考えればそれはあり得ないのだが、とりあえずフェイトにはそう思わせておこう。
というか、フェイトも犯罪者にはならない、させない。そのために俺とプレシアは裏で画策しているのだから。
「だったら、お前は自分の心のままに進め、サポートは俺がやってやる」
「いいの?」
「ああ、高町なのはと戦うもよし、和解するもよしだ。管理局法に引っ掛かりそうになったら俺が止めてやるから、お前はその辺のことは気にせずジュエルシード集めに専念しろ」
「ありがとう、トール」
頭を下げるフェイトだが、注意事項は確認しておこう。
「ただし、時空管理局の次元航行部隊が出てきたらその限りじゃないことだけは覚えておけ。下手に向こうに手を出したら公務執行妨害でしょっぴかれるからな」
「警察機構を相手にするのは難しいね」
「だがしかし、管理局法にも穴はある。要は、暴力以外の手段ならばよいのだよ」
二ヤリと、俺は嗤う。
「トール、凄く邪悪なことを考えてない?」
「例えばの話だが、管理局員が現れたらエロ本を大量にばら撒いて注意を惹きつけても公務執行妨害にはあたらん。エロ本なんかに気を取られる方が悪い」
「ゴミのポイ捨てとかの問題にならないの?」
「ならない、あくまで落としただけだ。後で拾うつもりだったと抗弁すればいいだけの話」
まあ、これは簡単な例えで実際はもっとややこしいんだが。
とはいえ、実際に攻撃魔法などを撃つのに比べ、違反の度合いは著しく下がるのは間違いない。罰金程度で済むなら安いもの。
大抵の犯罪というものは、金を積めば罪を免れることが可能なのだ。世の中には示談というものもある。
「とにかく、俺から言うことは一つだけだ。悔いは残すな、全力全開でやれ」
「うん、分かったよ」
新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家
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※
「ユーノ君、私、決めたよ」
しばらく考え続けていたなのはだが、答えを見出したように急に立ち上がった。
「なのは?」
「私、フェイトちゃんと話し合いたい。フェイトちゃんのことを理解したい」
噛みしめるように、誓うように、言葉を重ねていく。
「目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方ないかもしれない」
フェイトが既に決めているように、なのはもまた決めている。自分の住む街を災害から守るため、ジュエルシードを集めることを。ほんの少しだけ話し合えば、手を取り合える関係なのかもしれない。
だから、知りたい。
「だけど、始めはそれでもいいんだ。いつかきっと、分かり合えるから」
色んな事を話し合えば、きっと分かり合える。
「だから、私はフェイトちゃんと何回でも会うよ、お話を聞いてもらえるまで」
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新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市
『そうですか、実に理想的な答えです』
探索準備を終えた私は一足先にマンションを出て、高町家の監視用サーチャーを放って同調を開始しましたが、実によい話を聞くことが出来ました。
サーチャーの隠密性を高め、その制御に全てのリソースを割いているため汎用言語機能はオフに、フェイト達からの通信があれば即座に出るのは難しいですね。
だがしかし、それをするだけの価値はありました。
『高町なのは、やはり貴女はフェイトにとっての奇蹟でした』
フェイトと同等の才能を持つ同年代の少女がいてくれた。マスターの死期が近いこの時期に、その人物がフェイトの目の前に現れてくれた。
そして、彼女自身がフェイトのことを想ってくれている。
『もし、神という存在がいるならば、私は感謝することに致しましょう。二人の少女が出逢えたこの奇蹟に』
何という低い確率に巡り合えたのか。
ジュエルシードと同じ機能を持つ存在は次元世界にあるでしょうが、高町なのはは唯一無二。所詮は物であるロストロギアと異なり、人間というものには替えが効かない。
私のようなデバイスは同じ型のものを用意し、全ての情報をコピーすればよいだけ。万が一に備え、私のコピーデバイスも時の庭園に用意してある。
だがしかし、高町なのはと同じ存在を作ることは誰にも出来はしない。
『フェイトがアリシアではないように、個人はあくまで個人でしかない』
全く同じ規格で作られうる私達デバイスと、人間は違う。
だからこそ、万が一にも高町なのはを死なせるわけにはいきません。
ジュエルシードの危険性を考えれば、次元震に彼女が巻き込まれる可能性とてゼロではない。むしろ、AAAランクに相当する二人がジュエルシードを巡って戦うならば、その危険性は大きくなる。
『なればこそ、ここに私がいる意義がある』
その危険性は、私が排除いたしましょう。
貴女達二人には、余計な要素を一切排除した状態で、存分に語り合って欲しい。
それでこそ、フェイトが幸せになる道は開けるでしょう。
しかし―――
『“ジュエルシード実験”を進めることもまた、等しく定められた私の命題』
私は平等、フェイトとアリシア、二人の未来を等しく導く。
アリシアのために、ジュエルシードの特性を把握し、そのデータとジュエルシード本体を集めることも我が使命。
全ては、我が主、プレシア・テスタロッサの望むままに。
『さあ、実験を進めましょう。私の計算が正しければ、本日の夜、二人の少女は邂逅することとなる』
そして、我が主の願いは成就へと近づく。
演算を続行、私の命題は終わらない。
演算を、続行します。
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※一部レイジングハートの記録情報より抜粋