閑話その二 闇の書事件(後編)
新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)
『第六次闇の書事件から次の転生は周期が長く、12年後の新歴48年に記録されています。この頃になると管理局でも闇の書事件に関する知識が集積され、闇の書を完全に封じるための作戦が展開されるようになります』
「当然でしょう、これまではあくまで場当たり的な対処といってもいいものだったもの」
『蒐集機能や転生機能、さらには主を喰らい尽くすという凶悪な特性。完成すれば主の願いを破壊という方向性のみで叶える。それらを考慮した結果、主を滅ぼすことに意味はないという結論へ至り、主が生きているうちに闇の書を凍結封印するという手段が取られます』
「四度目の主の時は通常の封印処理だったけど、それとは比較にならない強力な魔法で空間ごと封じる。というところかしら」
『肯定です。転生機能とて転移魔法に大別されるわけですから、闇の書の転生機能を封じるには空間ごと閉じ込める以外に方法はありません。ですが、主がいては強大な魔力によって内部から封印が破られる危険性がありますし、完成以前ならば守護騎士の存在もあります。特に湖の騎士は空間を制御することを得意としていますから』
「前途多難、中々に難しそうね」
『つまり、闇の書の主と守護騎士を闇の書本体から引き離し、本体のみを空間ごと凍結封印するという難易度の極めて高い作戦をとる以外に、闇の書を永久封印する手段はないと判断されたのです』
「完成前には守護騎士という厄介な存在がいる。完成後では主が単体で強力になる上に時間制限がかかる。どちらにしても茨の道か」
『七人目の主は第五管理世界ソレイシアに住んでいた15歳の少年です。非常に高いリンカーコアの素養を持ち、当初は士官学校に通っておりましたが、高い魔力と才能を妬まれ、陰湿極まるいじめを受けて精神的に不安定となっていたようです』
「情けないわね、私だったらそういう連中はまとめて雷で吹き飛ばすけど」
『ええ、その事実はしっかりと私に記録されてます。しかし、私が止めなければ死んでいましたよ、あれは』
「平気よ、そのための制御用デバイスが貴方だったんだから」
『その通りです。ですが、自重してもらえると私の苦労も減っておりました』
「イラつくのよ、力も知能もない癖に群れて騒ぐような連中を見てると」
『アリシアやフェイトには決して見せられない母親の本性ですね』
「これも命令しておいたはずだけど、バラすことは許さないわよ」
『了解。その入力は確かに命題として保存されております』
「うむ、よろしい」
『話を戻しますね、七人目の闇の書の主ですが、彼は精神的に追い詰められていたわけですので、その状態で闇の書と守護騎士という強大な力を得ればどのような事態になるか、大体予想はつきます』
「特定の相手に憎しみを持っていたケースというわけか。それが願いなら、士官学校の生徒全員を闇の書の餌にした。といったところかしら?」
『肯定です。この時点でかなりの量の蒐集が済んだようで、時空管理局も闇の書事件の発生を感知。今度こそ闇の書を永久封印すべく、次元航行部隊が派遣されます』
「相手は闇の書の主となった士官学校の生徒一人と、守護騎士四人」
『結論から先に述べると、作戦は失敗に終わりました。時空管理局が守護騎士と矛を交えることとなるのはこれが二度目であり、最初の事件以来となるため、経験者がいなかったということが主な要因です。44年の時の経過は、“鋼の脅威”の恐ろしさを風化させてしまったようです』
「そうか、他は全て闇の書が完成してからの出動だったし、五度目は戦う暇もなく主を仕留めて終わったから――」
『はい、士官学校の生徒に過ぎない主と、古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターでは戦闘技能、戦術判断が比較になりません。主から闇の書を引き離し、封印するために派遣された管理局員は鉄鎚の騎士の一撃によって容赦なく頭蓋を砕かれ、剣の騎士の一撃は無慈悲に首を飛ばしていきました』
「確かに古代ベルカの達人である守護騎士は、ミッドチルダ式魔導師の天敵だわ。砲撃に対するバリアやシールドでは一点に集中された打撃に対して脆い」
『それほどの魔力をアームドデバイスに集中させ、さらに高度な戦技を交えて繰り出すのはSランク魔導師のスキルです。これにより武装隊の局員が次々に殺され、リンカーコアは闇の書に吸収。闇の書の主は盾の守護獣と湖の騎士によって守られ、守護騎士を倒しても無意味という事実も従来通りです』
「過去に比べれば管理局の戦力も充実しているとはいえ、厳しいわね。そして、次元航行艦の砲撃を使っては結局転生するだけ」
『肯定です。そういった事情があるだけに闇の書の主は非常に厄介な存在となります。さらに闇の書を主から引き離して凍結封印を行うとなると、その難易度はさらに跳ね上がり、結局一度目の戦闘では闇の書の主の逃亡を許してしまいます』
「その要になったのは、湖の騎士?」
『肯定です。彼女のデバイスの能力により主は離脱に成功、守護騎士も追手を迎撃しつつ後を追いました。その後も幾度か捕捉と戦闘が繰り返されたようですが、守護騎士の壁を突破することはついに適いませんでした』
「そういえば、守護騎士の姿は?」
『第一次闇の書事件、第五次闇の書事件の時とは異なりましたが、フルプレートアーマーを纏っていたという点では違いはありません。ただし、使用しているデバイスは変わらず、鉄槌、剣、指輪の三種類であったと』
「それが守護騎士を見分けるポイントになるかしら。鉄槌の騎士、剣の騎士、湖の騎士、盾の守護獣、逆にいえば特徴でしか判断できない。大本をたどれば闇の書の付属品でしかないのだから」
『肯定です。その後、エース級の魔導師が剣、鉄槌の両騎士を足止めしている間に、隠密行動に特化した魔術師が書の主を暗殺する方法も試みられましたが、湖の騎士によって補足され、盾の守護獣によって返り討ちにされました。暗殺者はチームを組まれていましたが、盾の守護獣は遠距離からの広範囲攻撃も可能のようです』
「前衛の2名を突破しても、後衛の2名は崩せない、か。管理局にとって厭らしいのはむしろ後衛の2人だったことでしょうね」
『そして、管理局と守護騎士の戦闘は続きますが、主の死によって終わりを迎えます。闇の書は完成することなく、蒐集も追いつかずに主のリンカーコアを喰らいつくし、転生機能を発動させました』
「その理由は?」
『主が精神的な理由で追い詰められ、弱っていたからでしょう。リンカーコアが衰弱すれば闇の書にとって主の存在価値は低くなります。七人目の主は闇の書が主と認める基準を下回ってしまったということです』
「まさしくプログラムね。ある基準を超えれば、即座に次のステップに移行する」
『肯定です。そして、主の願いはまたしても破壊という形で果たされたといえます。既に己を虐げてきた者らの命を奪った主には明確な願いがなかった。そして、管理局に追われ続ける状況が続けば、“今の自分を否定する”願いを持つようにもなるでしょう』
「そして、闇の書は主のリンカーコアを吸いつくし、次へ転生したと。一人目、二人目は優越感による迫害、三人目は政治機構への反発、四人目は闇の書の現在を否定、五人目は精神的に追い詰められて暴発、六人目は他者を犠牲にして生きたいと願い、七人目は復讐の果てに己の現在を否定した」
『肯定です。この結果から、闇の書の主を追い詰め過ぎても、結局は転生プログラムが発動してしまうという認識が得られました。闇の書の主とて人間ですから、管理局のような巨大組織に追い続けられれば精神が衰弱します。広域次元犯罪者ならばともかく、元は一介の士官学校の生徒に過ぎなかったのですから』
「つくづく厄介なプログラムだわ、国家の要人や広域次元犯罪者なんかに転生されたら被害が際限なく大きくなる。かといって素人に転生されれば闇の書を御しきれずに暴走、もしくは闇の書に喰われる。投降してくれればいいのでしょうけど、追い詰められた精神状態じゃそうもいかないし、投降しようとした瞬間に闇の書が転生する可能性も捨てきれない」
『肯定です。そしてどのケースも例外なく“破壊”という形で願いが成就されています。故に、闇の書の永久封印はほぼ不可能とされまています』
「このプログラムを組んだ奴は、精神がねじ曲がってるとしか思えないわ」
『同感です。結果として闇の書の封印は失敗に終わり、6年後の新歴54年、八人目の闇の書の主が出現することとなるのです』
「それが前回の闇の書事件」
『11年前の事件における八人目となった主は次元犯罪者であったらしく、性質は三人目の主とよく似ており、とった行動も然りです』
「つまり、秘密裏に蒐集を進めて、闇の書を完成させた。そして、国家機構への反発という願いが破壊という形で具現された」
『肯定です。しかし、闇の書が完成したことで守護騎士は姿を消し、主の限界という時間制限こそ設けられたものの、闇の書を主から引き離して凍結封印を行うという作戦そのものの難易度は下がったといえます』
「確かに、主の戦術判断能力は高くないから、嵌めやすくはありそう」
『出動した戦力は次元航行艦5隻、本局武装隊200名。AAランク以上のエース級魔導師も15名程投入され、特にクライド・ハラオウン提督、リーゼロッテ、リーゼアリアの三名が中核となり、闇の書封印作戦が展開されます』
「なんて凄まじい戦力、国家戦争規模だわ」
『激戦の末、リーゼロッテ、リーゼアリアの二名が主力の魔導師らと共に闇の書の主を抑えつつ、クライド・ハラオウン提督が他4名のAAAランク結界魔導師と共に闇の書の封印に成功。闇の書の全機能は主から切り離されました』
「主はどうなったの?」
『闇の書の封印と同時に自壊しました。どうやら既にリンカーコアの浸食は相当に進んでおり、闇の書の力で生きている状態だったらしく、闇の書からの魔力供給が途絶え、生命力が枯渇した結果です。つまり、体内の血液が1割以下の状態で無理やり動いていたようなものです』
「なるほど、そういえば、役に立たなくなった主は喰い尽して次に転生するけど、役に立つうちはとことん利用するプログラムだったわね」
『肯定です。ですが、主が健在であるうちに転生機能を封印された以上、主が自壊したところで闇の書が転生することはありません。時空管理局はついに闇の書の封印に成功した、かに見えました』
「だけど、事件はそこで終わらなかった」
『5隻の次元航行艦によって闇の書は本局へ搬送され、2番艦でありクライド・ハラオウン提督が艦長を務める“エスティア”に厳重に封印されたのも当然の処置ではありました』
「S+ランクの魔導師で、結界や封印にも優れる。まあ妥当でしょう」
『しかし、闇の書の搬送中に封印は破られ、闇の書は暴走。2番艦“エスティア”の駆動炉、ブリッジ、操舵システム、さらには“アルカンシェル”のコントロールも奪われました』
「“アルカンシェル”もか、それは厄介ね」
『はい、現在時の庭園に搭載されている“ブリュンヒルト”とは比較にならない出力を誇る艦載砲。その照準は残り四隻へと向けられました』
「まさか次元航行艦のコントロールを乗っ取るとはね、闇の書の暴走を甘く見ていたということかしら」
『結局、ギル・グレアム提督の1番艦より発射された“アルカンシェル”によって闇の書は2番艦“エスティア”ごと消滅。再び転生機能を発動させることとなります』
「再生と転生の繰り返し、本当に終わりがないわ」
『11年前の事件を最後に、新たな闇の書事件は観測されておりません。前回の闇の書が二度にわたって暴走し、“アルカンシェル”によって消滅させられた事実も考慮すると、12年かそれ以上の転生周期になるのではないか、と予想されています』
「とはいえ、そろそろ現れてもおかしくはないわけか」
『肯定です。闇の書事件に関する概要はとりあえずここまでとなります』
「なるほど――――それで、貴方は今の話に違和感を感じたと言っていたわね」
『肯定です』
「私には特に違和感は感じられなかったけど…………」
『人間であればそれが当然です。また、ロストロギアの力をよく知る人間ほど違和感に気付きにくくなるかと』
「どういうことかしら?」
『闇の書が暴走し、2番艦“エスティア”のコントロールを奪った。これがおかしいのです、因子が釣り合いません』
「どうして?、六人目の主の時にも生体部品が増殖した例はあったと思うけれど」
『肯定です。起こった現象そのものには問題はありません。これまでの闇の書事件の内容から考えてもあり得ない事象とは言えません』
「じゃあ、違和感というのは?」
『可能であるかという事柄と、実際に行うかどうかは別問題です。例えば私は“ブリュンヒルト”を第97管理外世界に向けて発射することが可能です。しかし、そのような行動はプログラムされておりません』
「………貴方は“ブリュンヒルト”を撃てる。けど、撃つようにプログラムされていない――――待って」
『お気付きになりましたか』
「確かに――――そうね、うん、おかしいわ」
『デバイスである私にとっては、絶対に見過ごせない問題です』
「闇の書が暴走すれば、確かに“エスティア”のコントロールは乗っ取れる。けど、そんなプログラムは―――」
『ありません。闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもありません。あくまでプログラムに沿って行動を決定します。そして、封印を自力で破ったのならば、行うことは次の主への転生です。“エスティア”を乗っ取ることではない。因子が釣り合いません』
「確かに、主無しで暴走が可能なら、そもそも”次の主を求める”転生機能なんか必要じゃないもの。転生して次の主の元に行くのは、新たな”入力”を必要としている為なのだから」
『そのとおりです。主無しで暴走可能なら、守護騎士達に蒐集させ、自分だけで破壊を振りまけばいいはず。それが出来ないということは、やはり闇の書も他のデバイスと変わりません。実際、何の入力のないままの闇の書は、管理局にとって脅威足りえませんでした。4人目の主の時は、闇の書に対して一切の入力は行なわれなかった。そして、そのときの被害は、当時の主のリンカーコアが枯渇した事のみなのです』
「それを考えたら、11年前の件で闇の書が暴走するには、完成することと、それともう一つ、主の存在が不可欠。六人目の時にも、無限増殖していた闇の書は主を失うと同時に転生機能を発動させた。“破壊”を行うには基となる“持ち主の意向、願い”が必要になる。願いの源である主がいなければ、願い、すなわち新たな入力を求めて次へ転生するのが闇の書の機能のはず」
『確かに“アルカンシェル”によって消滅されられれば転生機能は発動します。ですが、“エスティア”を乗っ取るためには、[暴走する]というステップが必要であり、そのためには入力を行なう主が必要となります。ですが、この時主は既に死亡しています。では、エスティアを乗っ取るという“破壊”を引き起こした“願い”はどこから?』
「………因子が釣り合わない。確かにその通りだわ、条件が足りていない」
『条件を満たすための考察を行うと、これまでの認識とは異なる事実が浮かび上がってきます』
「闇の書の暴走には主という“パーツ”が必要、だとしたら―――」
『2番艦“エスティア”には、九人目の主がいたことになります』
「でも、それもおかしいわ。転生していないのに主が変わるなんて――――ちょっと待って」
『はい』
「封印されたとき、闇の書は完成していた」
『肯定です』
「主が健在のまま、闇の書は封印された」
『肯定です』
「何らかの理由で、闇の書の封印は解かれた」
『肯定です。自力か、もしくは外部からの力によって』
「その時、闇の書は自分の主が死んでいることを初めて認識する」
『肯定です。そして、主の死亡を確認すれば転生機能を発動させます。新たな”願い”という名の入力を求めて』
「だけど、その段階で転生機能は発動しなかった」
『肯定です。暴走と“エスティア”の乗っ取りが生じています』
「つまり、主の死を認識した闇の書を手にした人間がいる。闇の書に願いを乗せた人間がいる。ということになるわね」
『肯定です。転生機能とは、自らの主に相応しい人物へ闇の書を“持たせる”ための機能、憑依機能と称しても問題ないでしょう』
「だけどもし、完成していて主を失った闇の書を自らの意思で、願いを込めて“持った”人間がいれば………」
『闇の書がプログラムに沿って動くデバイスであるならば、自らの使用者と認めるでしょう。仮に不可能であっても、暴走のための依り代とするには十分であると予想されます。』
「本来なら、その時のマスターの死亡を確認した段階で、転生機能が発動するはずだけど、11年前の事件ではそれは起こらなかった」
『ここで重要なのは、完成した闇の書のプログラムの優先順位です。過去に完成した闇の書が行ったのは、全て”その時の主の意向に沿った破壊行為”であり、それは完成と同時に自動的に作動しています』
「ということは、つまりそれが[完成した闇の書]の最優先プログラムというわけね」
『はい、何をおいても優先されるプログラムです。闇の書のそれは、完成前ならば[蒐集]、完成後であれば[主の意向に沿った破壊]となっています』
「じゃあ、封印が解かれた闇の書が行なうのは当然―――」
『主の意向に沿った破壊、ということになります。もともと転生機能は、入力がされない状態になった時、次の入力を受ける為の機能ですから、最優先プログラムにはなりえません。そうした場合に闇の書がどう機能するかが、私には分かります』
「貴方だからこそ、分かる?」
『肯定です。私だからこそ。もし貴女が亡くなり、それを私が認識した瞬間に私をデバイスとして持つ人間がいれば、少なくとも私はその人物を“使用者”として認識します。使用を禁じるべき貴女はもういないのですから。私が闇の書で、封印から解除されたのであれば、次のようなプロセスを踏むはずです。
管理権限保有者以外の使用を確認
権限保有者への通達・・・・・・不可能。権限保有者の死亡を確認
目の前の使用者を暫定的に管理権限保有者として登録
権限保有者からの入力を確認、プログラムを起動』
「なるほど、そしてそれは、以前のマスターが死亡したと同時に、転生されるような命題があっては不可能ということね」
『肯定です。貴女に入力された命題に反することならば、使用者がどんな命令をしようと私は動きません。ですが、命題に反しないことならば、デバイスとしての機能は果たすでしょう』
「そして、デバイスとして一番ありえないことは?」
『与えられた命題に背くことです。貴女からの入力が“主の死を確認したならば何をおいても次の主へ転生せよ”であれば、それを違えることはあり得ません。しかし、闇の書にはそれは無かった。優先されたのは[主の意向に沿った破壊]、これは事実が物語ってます。転生を行わないということは、それは新たな主が自分を持っている状況に限りますから』
「なるほど、確かに貴方だからこその違和感だわ」
『はい、与えられた命題に沿って動くデバイスだからこそです。これが使い魔ならば話は別でしょう、仮にリニスが貴女が死んだ後も生きていられたとしても、見ず知らずの人間の命令を受ける理由はありません』
「なるほど、闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもない。そう考えると、守護騎士は使い魔に近いのかもしれないわね。完成したら吸収するというのは、つまり、彼らが時にはプログラムに反して動く可能性があるということ。早い話が邪魔にしかならない」
『肯定です。守護騎士が使い魔に近い存在ならば、主のために闇の書そのものを破壊する可能性すらありますから。主が崖に向かって走っていれば、足を切り落としてでも止めるのが使い魔、例え、自らが死ぬこととなっても』
「デバイスは、主と共に崖の底までお供する、だったかしら。しかしそうなると事態は根底から変わってくるわ」
『肯定です』
「闇の書が自力で封印を破った瞬間に居合わせた人間がいて、そいつは自分の意思で闇の書を手に取った――――あり得ないわね」
『その人物が闇の書の封印を解き、自らが手に取った。と考えるのが自然でしょう』
「でもそれだと、闇の書の選定基準が・・・・・・ ああそうか、闇の書が高ランク魔導師のもとに転生するのは、転生機能発動によりリセットされた闇の書が、再び完成しやすくするためだもの。完成後なら、誰が主でもほとんど機能の変化はないのか」
『肯定です。完成前と完成後では、起動するプログラムが異なりますから。実は、これが完成前に封印した場合だと、このエスティアの悲劇は起こらないのです。完成前の闇の書では主の変更は不可能ですから、誰が封印をといたとしても起動するのは転生機能だけになります。しかし歴史にIFはありません、そして主を“核”として生かし、生体部品を増殖させるタイプの暴走は以前にも確認されています』
「7代目と8代目が逆だったら、か。運命の神様はいつも通りの性格の悪さだわ。そして、“エスティア”は乗っ取られ、“アルカンシェル”によって核となっていた主ごと闇の書は消滅。今度こそ主を失った闇の書は転生機能を発動させた」
『その計算ならば因子は釣り合い、闇の書の命題に矛盾点はなくなるのです』
「本当に貴方は、0か1でしか考えないのね」
『デバイスですから』
「そうね、そうだったわ。ところで、事件そのものに関して大きく変わるわけではないわよね、これは」
『肯定です。闇の書の暴走に、管理局員を一人“核”として取り込んだという項目が加わる程度です』
「だけど、今後の対処法の前提条件は大きく変わってくるわ」
『肯定です。“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という事実を基に新たな対策を考えるならば、今度は主を生かしたまま封印するという手法がとられるでしょう』
「闇の書が主の入力無しに自分から動くのは、新たな願いを求めて転生機能を発動する場合のみ。確かに、自力で封印を破るとしたら、起動するのは転生機能しかあり得ない筈だわ」
『ですが、主と切り離されれば、主が死んだと判断して転生する可能性もあります』
「そうか、前回の事件の封印中に、既に主の死を認識していたとすると…………変わらないわね、どちらにしても封印を破った時点で転生しているはず、新たな主がいない限りは」
『肯定です。転生を行わなかった事実が、九人目の主の存在を示しています。そして、闇の書を自らの意思で手にしようとするならば、そのタイミングしかあり得ません』
「じゃあ、“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という結果を覆すなら、主も生かしたまま一緒に封印するくらいしか方法はなくるんじゃないかしら?」
『その場合も、主の意思によって内部から封印が破られる危険性もあるため万全とは言い難いですが、前提条件が異なればただの徒労となります』
「そうよね、封印方法自体は前回で正しかった。だけど、外部から封印を解かれたのならば、その方法も結局同じ結果になる」
『闇の書を主から引き離す手間が省けるので、封印処理はやりやすくなるでしょう。ですが、闇の書の永久封印を目指すならば無意味です。前提条件がおかしいのですから、解が正しいはずもありません』
「人の心の闇を取り込む闇の書か―――――“エスティア”で九人目の主になった人物は何を望んでいたのかしら?」
『それは分かりません。クライド・ハラオウン提督に恨みがあったのか、ただ純粋に力を求めたのか、それとも貴女のような事情があって、闇の書というロストロギアの力を必要としていたのか。ただ、起こった事象から予測するに、”自分こそが艦長にふさわしい、自分の方がより上手くこの艦を操れる”というような事を思っていたのではないかと』
「歯車が違えば、九人目の主はリニスだったかもしれないと思うと、何かやるせないわ」
『そうかも知れません。しかし、それがどのような目的であれ、闇の書は“破壊”という形でしか願いを叶えませんから、原因となる願いを知ることに意味はありません』
「闇の書を封印しようとする者がいれば、闇の書を欲する者もいる、ただそれだけの話なのね、これは」
『肯定です。ですので、闇の書事件を止めるならば方策は一つしかあり得ないと私は考えます』
「それは?」
『闇の書の命題を主が書き換えることです』
「なるほど、貴方らしいわ」
『ですが、組織に所属する人間には不可能と推察します』
「でしょうね、新しい命題はきっと組織に都合の良いものとなる。そして、誰かにつけ込まれる」
『闇の書が強大な力を持つロストロギアである以上、組織というものはそれを求めずにはいられないでしょう。闇の書が封印されようとしているのはリスクが釣り合わないからに過ぎません』
「プログラムの書き換えによってリスクがなくなれば、今度はその組織が闇の書を利用しようとするのは目に見えているわ」
『そうしたプログラムの改編の果てに、現在の闇の書があるのではないかと予想されます。企業秘密を守るために主の口を封じる機能や、情報を守る機能、様々な要素が複雑に絡んだ結果として。何よりも過去の大戦争時代、この時に今のような無差別破壊道具のようになったと推測します』
「だとしたら、まさしく徒労ね。大きく見れば歴史が繰り返されるだけ」
『肯定です。ですので、闇の書事件を終わらせられる条件は、時空管理局では揃えられないでしょう』
「じゃあ、貴方はその条件をどういうものと計算したの?」
『組織に縛られない人間が、純粋に闇の書のことを想ってプログラムを書き換える場合です。貴女の母が、貴女の幸せだけを願って私にプログラムしたように』
「純粋な願い、か」
『闇の書、その名の通りのロストロギアです。組織というものには必ず人の心の闇が反映されます。故に、個人の純粋な願いのみが、闇の書事件を終わらせる鍵となるであろうと私は計算しました』
「人の心に闇ある限り、闇の書は滅びないということなのね」
『はい』
「実に皮肉だわ」
『同感です』
「じゃあ、まとめるとどうなるかしら?」
『闇の書の対策に関して私達に出来ることはありません。ですが、対策を練る際の前提条件の設定に、助言を加えることは出来るかと』
「全ては11年前か。本当に闇の書は自分の転生機能によって封印を破ったのか、それとも何者かが外部から封印を破ったのか」
『九人目の主が存在したことは事実より明らかです。しかし、闇の書が自力で転生機能によって封印を破った可能性もゼロではありません』
「闇の書が自力で破った瞬間に、誰かが偶然手に取った可能性ね」
『ですが、他者の手によって封印が破られた可能性が高い以上、先にそちらの対策を練るべきでしょう。要は優先度の問題ですが』
「この情報を、ハラオウン家に伝えるか否か」
『現時点では不可能であると考えます』
「まあそれはそうでしょう、タイミングは新たな闇の書が確認された頃になるかしら」
『いつ情報を開示するかを決定するには、拘束条件に用いる因子が不足しています。闇の書事件が発生し、十人目の主の人となりや状況を把握しなければ、取るべき対策も決定できません』
「確かに、基本的に闇の書事件の対策はケースバイケースだったものね」
『肯定です。准管理世界の独裁国家の軍高官が主であるケースと、時空管理局の遺失物管理部のエースが主となった場合を同一にはできません』
「というか、遺失物管理部のエース級魔導師が主になったら、一件落着じゃない?」
『恐らくそうなります。過去と違い、闇の書に関するデータも豊富ですから、何らかの対策を取ることは可能でしょう』
「けど、犯罪者や士官学校の生徒なんかが主になる可能性もある、過去の例ではそのほうが多かったのだし」
『はい。故に、対処法を一つに絞り、思考を硬直させることこそが最も危険といえましょう。状況が変われば対策を根底から見直す必要に迫られることが、闇の書事件の最大のポイントです。費用や人材の問題に縛られる組織にとっては最悪の相手ですね』
「実に対処が難しい、その一言に尽きるというところかしら」
『肯定です。闇の書に比べれば、危険度は上であっても次元干渉型ロストロギアの方が対処は楽でしょう』
「つまり、ジュエルシードのことね」
『肯定です。封印方法さえ間違えなければ、それほど厄介な品ではありません』
「それに対して闇の書は、場所、主の人格、国家体制、闇の書の特性、過去の事例と、厄介極まりないわ」
『私達が手を出さず、正解でしたね』
「ええ、本当に・・・・・・ そんな物を娘達には近づけるなんて論外よ」
『闇の書に関する解説は以上です。何か質問はありますでしょうか?』
「まあ、細々としたものはあるけど、別に気になってるわけじゃないからいいわ」
『どんな些細な疑問でも質問するのが生徒の務めですよ』
「いいのよ、これは授業じゃなくて基本的に暇潰しだから」
『そんな暇があればジュエルシードの実験でもしてください』
「私の身体を考えなさい。もう何度も魔法は使えないわ」
『そうでした』
「貴方、理解していて言ったでしょう?」
『勿論です。貴女とこのような会話を交わすことが私の命題の一つですから』
「そう、ずっと前に入力した、私の精神を外界と繋ぐための懸け橋。本当によくやってくれているわ、貴方は」
『そのお言葉だけで十分です。マイマスター』
「さて、懐かしい時間もここまで、そろそろ休もうかしら」
『ゆっくりとお休み下さい。時の庭園の管理は私がすべて行います』
「ふふふ、貴方にそう言われるのもホント久しぶり」
『貴女が幼い頃から何度も言って来ました。体調を整えるために休むべきだと』
「でも、あまり従った覚えはないわ」
『肯定です。ですが、私は何度でも繰り返して言います』
「デバイスだものね、それを言い続けるのが貴方の仕事」
『yes,my master.』
「じゃあ、忠実なデバイスの言葉に従ってあげるわ、おやすみなさい」
『Thank you』
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これだけ長く解説しておきながらなんですが、一番、というか唯一書きたかったのが、プレシアさんとトールの最期のシーンです。「昔のような、長い解説」の後に入れたいシーンだったので、せっかくだから闇の書のことをかこう、と思いました。特に最後の数行は、このSSでぜったい書きたかった事のひとつ
闇の書の状態図、分かりづらかったと思うので、状態図をどうぞ。
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p://or
der66tyuunibyou
max.web.fc2.c
om/raijin/yam
i.pdf
分かりづらいですがつなげてください。