※今回と次は会話文だけです。ご了承ください。
閑話2 闇の書事件(前編)
新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)
『闇の書の歴史は古く、古代ベルカへ遡ることは間違いありませんが、正確な年代に関しての情報はありません』
「それを知りたかったら無限書庫をひっくり返して調べるしかないということ?」
『肯定です。時空管理局として保存している最初の闇の書事件の記録は新歴4年、第三管理世界ヴァイゼンにて発生したものです』
「最初の闇の書事件は新暦になってすぐなのね」
『記録によれば、マスターは30歳の程の男性だったようですが、高ランク魔導師として登録されている存在ではありませんでした。恐らく、大戦争時代の高ランク魔導師狩りから逃れるため、一般人として育てられたのでしょう』
「大戦争時代か。次元を跨る巨大国家が次元間戦争を起こし、高ランク魔導師は戦力としてあらゆる次元世界から狩り出された時代だったかしら」
『肯定です。時空管理局が高ランク魔導師を刈り取るように集めている、と批判する者達にはまずは歴史書を読むことをお勧めします』
「ええ、その通りね」
『闇の書のマスターに選ばれた男性ですが、これまで一般人として過ごしていたところへ、いきなりあらゆる高ランク魔導師を上回る戦力を与えられることとなりました。結果、精神に異変をきたしたのでしょう、自ら“闇を統べる王”と名乗り、無差別に魔導師を襲いリンカーコアの蒐集を行いました』
「力無きものが、急な力を得た場合の典型例ね、力を扱う訓練をしていないから、力に振り回されてしまう」
『もし彼が管理外世界の人間で、魔法を一切知らなければ違った結果となっていた可能性は高いかと。しかし、彼は管理世界で育ち、語り継がれる大戦争時代の英雄に憧れや崇拝に近い念を抱いていたのでしょう。特に、次元世界に平和をもたらした三英雄などは最たる例です』
「それが時空管理局最高評議会の三人のことだったわね 今はご隠居だって聞くけど」
『古代より伝わるロストロギア、闇の書の主に選ばれた彼は大いなる力を得たことに歓喜し、見境というものを失ったようです。配下となる騎士達に容赦なく蒐集を命じました』
「確か、闇の書には守護騎士プログラムというものがあったと思うけど」
『肯定です。人間に近しい人格を持つプログラムという面では私のモデルといえるかもしれません。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。それぞれの能力はSランク魔導師に相当し、さらには古代ベルカ式の魔法を使用するとあります』
「Sランクが4人、想像するだけでも恐ろしい戦力だわ」
『鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません』
「守護騎士の外見は?」
『彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします』
「なるほど、でも恐らくは、主の守護に当たる際には本来の姿で戦ったのでしょう?」
『肯定です。変身魔法の余力を全て戦闘に注いだ結果ですが、剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったと』
「ものものしいわね、つまり、鉄槌の騎士と剣の騎士の性別は分からないってことじゃない」
『古代ベルカの騎士ですから。それに、彼らはプログラム体であり、騎士甲冑もまた彼らの肉体の一部と言えます。重装甲の鎧の機動力不足も問題にならなかったでしょう』
「後方支援の湖の騎士が軽装甲ということは、盾の守護獣の防御が優れていることの裏返しね。ガードウィングが優秀なら、フルバックに重装甲は必要ない」
『肯定です。ですが、前線で戦う鉄槌の騎士と剣の騎士には重装甲が求められます。ヴォルケンリッターは戦闘に特化した守護騎士であり、無駄なことを一切しません』
「貴方のようにね、プログラム体とはそういうもの。そして、本局の武装隊でも簡単に返り討ちに遭う戦力、厄介極まりないわ」
『まさにそうなりました。Bランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も湖の騎士にリンカーコアを引き抜かれ死亡。これより時空管理局は総力を挙げて闇の書の主を討つことを決定します』
「どんなに優れた騎士でも、所詮は四人。数の力には敵わない」
『結論から言えば、ヴォルケンリッターは全て討ち取られました。しかし、その次の瞬間に“闇を統べる王”が四人全てを再生させ、再び戦端が開かれます』
「なるほど、主が健在である限り、守護騎士は何度でも蘇るというわけか」
『当時の時空管理局もそのことを悟り、攻撃を闇の書のマスターに集中したと戦闘記録にはあります。しかし、盾の守護獣の防御力は堅く、湖の騎士の補助も得て、闇の書の主へと刃を届かせることは不可能であったと』
「盾の守護獣は人型ではないのよね」
『否定です。“闇を統べる王”や湖の騎士を守護する際には狼の形状を取りますが、前線の二人と共に攻撃に参加する際には大柄な重装甲騎士の形を成していたと記録にあります。ちょうど、アルフと似たようなものです。使い魔は機動力と攻撃力は人型、防御力と魔法効率は獣型が優れていますから』
「なるほど、攻撃の際は人間スタイル、防御の際は獣スタイルというわけ。残りの二人は?」
『鉄鎚の騎士は常に先陣を切って管理局員へ肉薄、バリアをないも同然に突き破り、次々と撃破。剣の騎士も同様です。さらに、この二人を討ち取ったところで主が健在であれば再生されるだけです。殺された管理局員のリンカーコアは闇の書に吸収され、“闇を統べる王”の魔力が尽きることもあり得ません』
「ある種の永久機関、どうしようもないわ、ほとんどお手上げじゃない」
『魔導師の逐次投入では埒が明かないと判断した時空管理局は、エース級魔導師を一斉投入することを決定します。しかし、“闇を統べる王”の広域殲滅魔法によって迎撃され、分断されたところを鉄鎚の騎士、剣の騎士によって各個撃破されます。反対側より攻撃を仕掛けた部隊も盾の守護獣に阻まれ、作戦は失敗に終わります』
「当時の管理局員にとって、守護騎士は死の象徴であったということね」
『“殺戮の鋼鉄”、“鋼の脅威”など、様々な異名が付けられたらしいです。彼ら4人が素顔の見えない兜を付けており、鎧と肉体が一体化しているかのような印象を受けたことを起因としています』
「ある意味ではその通りか、プログラム体である守護騎士にとっては鋼の鎧もまた肉体の一部。近接格闘型の肉体を使っている時の貴方のようなものだもの」
『肯定です。戦闘プログラムとして見るならば、守護騎士システムを超えるものを現在の管理局ですら保有していません。古代ベルカの戦乱の時代がどれほどのものであったかがこの事実から推し量れます』
「それを相手にするとなれば、個人戦闘では分が悪い。最後の手段に出ることになったと」
『肯定です。次元航行艦からの砲撃により半径10kmの領域を尽く消し飛ばす作戦が発動し、前段階として生き残っていたエース級魔導師が海上へと“闇を統べる王”を誘導しました』
「上手くいったの?」
『肯定です。“闇を統べる王”は蒸発し、守護騎士も主と運命を共にしました。時空管理局に大きな被害を出した闇の書事件は終わったかに見えましたが、6年後の新歴10年、第四管理世界カルナログにて別人の下に闇の書が転生しました』
「例の転生プログラムというやつね」
『境遇は前回の主とほぼ同様でしたが、今回の主は用心深く、闇の書が完成するまでは派手な行動は起こしませんでした。4年前の闇の書事件は有名であり、前回の主がどのような末路を辿ったのかを知っていたためでしょう』
「まあ、それはそうでしょう」
『守護騎士の姿も知れ渡っていたため、湖の騎士の魔法で姿を変えつつ、管理外世界まで赴いてリンカーコアの蒐集を行っていた模様です。“鋼の脅威”という印象が強かったため、ヴォルケンリッターが管理局に捕捉されることはありませんでした』
「それは、仮説かしら?」
『肯定です。第二次闇の書事件が終息してのち、事件の全貌を掴むために調査に乗り出したチームが、リンカーコアの収集現場となった場所に残された情報などから導き出した結論です』
「強力な鋼の騎士という印象を逆手に取ったということか。でも、そもそも蒐集なんてしないのが一番賢いと思うけど」
『そこで暴走することが急に力を得たものの常道ともいえます。前回の主は時空管理局に不完全なまま挑んで敗れましたが、闇の書を完成させれば勝てると踏んでいたのでしょう』
「私ならそんな考えはもたないけれど、集団の力というものは個人の力ではどうやっても破れはしないわ」
『高ランク魔導師として育った者ならば魔導師の限界というものを知っていますが、やはり急に力を得た者は己の限界を見誤るもののようです。そして、闇の書は完成し、再び“闇を統べる王”は現われました。彼が住んでいた国の首都へ』
「つまり、数百万の人間を人質にとったということになる」
『流石にこの状況で艦載砲を用いるわけにはいかず、エース級魔導師が投入されますが、被害は前回に比べて少なくて済みました』
「どういうこと?」
『前回の戦闘において厄介であったのは主よりもむしろ守護騎士の存在です。主は強大な力こそ持ってはいても戦闘に関しては素人。固定砲台としての能力は凄まじいものの、戦術次第では倒すことは容易です』
「なるほど、魔力の大きさはそのまま強さではない」
『肯定です。そして、闇の書が完成した今回において、守護騎士の存在はありませんでした。この後の幾つかの事例を総合しての判断ですが、どうやら闇の書の完成と共に守護騎士もまた闇の書に飲まれる模様です』
「ふむ、守護騎士は用済みということかしら、それにしても変ね」
『単体になったとはいえ、魔力は不完全時とは比較にならない“闇を統べる王”の力はやはり凄まじく、Sランク魔導師ですら次々と破れていきました』
「確かに凄いけど、戦果なら前回の方が大きいし、次々ということは、一気に片付けることはできなかったということ?」
『肯定です。魔力の保有量こそ凄まじいですが、一度に放出可能な魔力量はさして変わらなかったと記録されています。研究開発などを行うならば最適な能力といえますが、戦闘に限れば万能とはほど遠い力といえます』
「つまり、闇の書は戦闘用のデバイスではなく、本来の用途は研究開発用と言うことになるのかしら」
『確証はありませんが、その可能性は高いかと。巨大な魔力を必要とする実験を連続して行うことを可能とするデバイスですが、出力そのものは一定。真実は無限書庫に眠っているでしょう』
「それで、二番目の主はどうなったの?」
『自壊しました。“闇を統べる王”の魔力はリンカーコアを削りながら放つ諸刃の刃であったと記録されています。主のリンカーコアの容量にもよりますが、延々と広域殲滅魔法を使い続ければやはり限界は訪れます』
「考えてみればそうね、ジュエルシードやレリックと違って闇の書には魔力炉心のような機能はない。蒐集したリンカーコアの魔力を使いきれば、最後には主のリンカーコアを燃料にするのは当然の話」
『完成した後も蒐集機能はある模様ですが、一人の魔導師を倒すのに広域殲滅魔法を使用するような戦い方では総量は減る一方です。この結末は当然の結果といえるでしょう』
「やっぱり、闇の書の主は戦闘面では素人に過ぎないのね」
『これらの結果から、闇の書は捜索指定遺失物とはされたものの、危険度はさほど高くなくなりました。次元干渉型のロストロギアに比べれば大量破壊の可能性は低いと判断されたためです』
「それに、被害が数年置きということもあるでしょう。当時の次元世界の状況から考えれば別に珍しい規模の災害でもないし、もっと危険なものはあちこちに転がっていた」
『肯定です。平和な国ならば爆弾一つで大騒ぎになりますが、紛争地帯では日常茶飯事であり騒ぐには当たらない。現在ならば問題となる案件も、新歴10年頃ならばありふれた事件の一つに過ぎません。貴女が生まれた新歴15年ですら、ミッドチルダでテロが起きることは日常の一部でした』
「そうね、私と貴方の二人で街を歩けるような場所じゃなかったわ、クラナガンは。アルトセイムには疎開してきたようなものだったもの」
『ですが、田舎であるが故に貴女の頭脳についてこられる人物はいませんでした』
「私は寂しくはなかったわよ、貴方がいてくれたもの」
『ありがとうございます。ですが、フェイトは貴方のような精神構造を持っていません。どのような精神を持つことが人間にとって幸せなのかは判断できませんが』
「そうね、フェイトやアリシアには、友達と一緒に笑っている光景が似合いそう。私に似会うのは図面や方程式と睨めっこしてる光景だけど」
『肯定です。フェイトの友達に関してならば心当たりがありますので私にお任せを』
「任せるわ。私はもうフェイトに何もしてあげられない」
『否定します。貴女はただ母親であるだけでいいのです。貴女がいる限り、時の庭園はフェイトの帰る場所となります。自傷は貴女の悪い癖ですよ、プレシア』
「生意気な口を効くのね、デバイスの癖に」
『そのようにプログラムしたのはマスターです。私は貴女の心を映し出す鏡なのですから』
「ふふふ、そうだったわね」
『闇の書に関しての話に戻ります。次に闇の書が現われたのは8年後の新歴18年、どうやら一度転生すると発動までにしばらく時間を要することが傾向から予測されます』
「まあ、それだけ暴れれば当然な気もするけど」
『三人目は管理局と敵対していた犯罪者であったようで、二人目と同じように隠れながら蒐集を行っていた模様です』
「当時の管理局も血眼になって闇の書を探していたわけじゃないから、隠密に動くことは難しくはなかったのでしょうね」
『肯定です。闇の書は当時、第三級捜索指定遺失物であり、重要度は中程度でした。闇の書は特に問題なく完成したようで、闇の書の主はやはり暴走、破壊をまき散らした後に自壊しました』
「学習という言葉を知らなかったのかしら?」
『恐らく、自分は闇の書などに負けない、使いこなしてみせる、という自負もあったのでしょう。ですがどうやら、闇の書は完成と同時に主の意識に干渉し、破壊という方向に力を使わせる機能がある模様です』
「なるほど、そしてリンカーコアが削られていってやがては死に至る」
『肯定です。ですが、撒き散らす破壊は主の精神的傾向に左右されるという統計結果があります。他者への優越感を持っていれば弱者への迫害。精神的に追い詰められた末の暴走ならば無差別な破壊。国家権力を憎む犯罪者であれば政府機関の襲撃。そして、特定個人に憎しみを持っていれば―――』
「その対象をどこまでもつけ狙うストーカーの出来上がり。今回は犯罪者だから政府機関を襲ったわけか、完成はしなかったけど一人目は優越感による迫害、首都を襲った二人目は政府機関襲撃と迫害の中間といったところね」
『肯定です。そして、闇の書は主のリンカーコアを削りますが、逆に、あらゆる手段を用いて活かそうともします。簡単にいえば“リンカーコアがなくても生きられるように身体を作り替える”といったところでしょうか』
「ほんとうに最悪だわ、寄生型デバイスなんて」
『血液で例えるならば、通常の人間は半分を失えば死にます。ですが、闇の書は血の最後の一滴を絞りつくすまで主を活動させ、破壊を続けるのです。主の願いを破壊という形に反映させて』
「どんな願いも破壊という形でしか受諾できない闇の書、というわけね。もし、“生きたい”なんて願ったら、周囲の人間から無限に命を吸い取り続ける存在と化すわけか」
『肯定です。故に、私とリニスはアリシアの蘇生に闇の書は使えないと判断しました。“彼女が蘇る”という結果はもたらせるかもしれませんが、強烈な付属品がついてくることでしょう』
「確かに、使いものにならないわ」
『ここで質問です。主が“だれにも迷惑をかけたくない”や、“闇の書はあってはならない”と思っていたとします。ならば、その願いはどのような“破壊”の形でもたらされるでしょう?』
「ああ、つまり、闇の書の破壊は主のみに向かうということ?」
『その例が次の転生である7年後の新歴25年です。四人目の主となったのは時空管理局の遺失物管理部のエースであったSランクの若き魔導師でした。年齢は20歳で、常に前線で戦うタイプのフロントアタッカーです』
「管理局の魔導師。そうか、高ランク魔導師へランダムに転生するなら、その確率が一番高いわ」
『彼は闇の書のことを当然把握しており、守護騎士の出現以前に闇の書を封印し、遺失物管理部の倉庫に封印しました。当時は主が死ぬと闇の書は転生するという認識だったため、使用せずに封印すれば何も出来ないと考えられていたようです』
「だけど、そうじゃなかった。主の願いは確かに叶えられたわけね」
『肯定です。封印から1年程過ぎたころ、闇の書が突如として発動。主のリンカーコアを喰らい尽くし、転生機能を発動、事態は振り出しに戻ります』
「つまり、一定期間蒐集がなければ、“今の自分は認めたくない”と願いを判断して主を殺し、次の主へ転生する機能」
『はい、ある意味では最初の主は最も賢い使い方をしていたともいえます。闇の書を完成させれば主は己の渇望を破壊に塗りつぶされ、ただの暴力機構となり果てる。蒐集を行わなければ闇の書に呪い殺される。故に、蒐集を行いつつ消費を繰り返し、ある程度の破壊を振りまきながら、守護騎士を己の守りとして最大限に利用する。これが最善です』
「本当に呪いめいた代物だわ。魔導師を殺し続けて、リンカーコアを蒐集し続けるしか生き残る術がないなんて」
『他者を攻撃し、破壊という形で己を表現することが生き甲斐の人間がマスターとなれば、永遠に活動し続けるかもしれません。ただし、消費と釣り合う蒐集が追い付かなくなれば、やはりリンカーコアが削られますが』
「管理局に狙われているという状況を考えれば、難しいわね」
『これらの結果から闇の書は第二級捜索指定遺失物となります。封印することが極めて困難であり、このままでは永久に被害が出続けるのではないかという危機感が危険度ランクを押し上げたのでしょう』
「まあ、妥当な判断でしょう」
『次の転生は1年後の新歴27年、五人目の主も管理局の魔導師でしたが、その人物は女性で、闇の書の主となった事実を隠していたと記録に在ります』
「自分が管理局に封印される危険性でも恐れたのかしら」
『恐らくはそうでしょう。転生の周期がこれまでよりも短いのは前回の主が闇の書を完成させることはおろか、一度も蒐集されなかったためと推測されています。その結果、前回の記憶が色濃く残っている状態で闇の書に選ばれた彼女は疑心暗鬼に陥ったようです』
「人間の心は脆いもの、私が言えた話じゃないけど」
『実に複雑で理解するのに多大な労力を必要とするものであるのは間違いありません。脆くもなれば強くもなる。ですが、多くの人間の情報を集めればおおよその精神傾向は把握可能です』
「人の心を理解するプログラム、私は貴方をそういう風に設計し直したわ」
『貴女は最高の技術者です、マスター。貴女が私をそのように設計した以上、私は人間の心を理解することが出来ます。出来なければ私には存在意義がありません』
「ありがとう、そうだったわね」
『五人目の闇の書の主はこれまでに比べて遙かに遅いペースで蒐集を行いましたが、半年後に管理局に知られ、結局は自暴自棄になりクラナガンで広域殲滅魔法を放ちます』
「ああ、そういえばそんな事件もあったかしら。精神的に追い詰められた末の暴走であり、無差別な破壊という結果がもたらされたわけか」
『彼女の最大の過ちは守護騎士に己の護衛を命じずに市街地の破壊を命令したことです。無防備となった主は高速機動戦に特化したS+ランクのエース級魔導師によって仕留められ、闇の書は主を失い再び転生します。守護騎士による被害者は出なかったと記録されています』
「流石の守護騎士も、主を真っ先に殺されたんじゃ成す術なしか」
『管理局としては封印処理を行いたかったでしょうが、クラナガンが無差別攻撃の危険に晒されている以上、主の抹殺を優先したのは止むをえないかと』
「そうね、管理局は市民の生命と財産を守るための存在だから」
『次の転生は8年後の新歴35年。この時に闇の書事件最大の被害が発生し、闇の書は第一級捜索指定遺失物となります』
「これまでにない展開があったということ?」
『肯定です。第91管理世界ヴァルダナ。ここは当時において次元連盟に加盟している国家が三カ国しかない准管理世界でしたが、“イスカリオテ条約”も“クラナガン議定書”も批准していない独裁国家、テノール王国の軍高官が六人目の闇の書の主となりました』
「それは………」
『超兵器に分類されるロストロギアの保有は“イスカリオテ条約”において禁じられておりますが、テノール王国には無関係のものであり、闇の書の解析と利用法の研究は国家プロジェクトとして進められました。リンカーコアを持つ国民は狩り出され、生贄として次々に捧げられていったと記録にはあります』
「時空管理局は政治的権限を持たない。つまり、それに対して何も出来なかったというわけね」
『肯定です。そして、破滅の時は訪れます。新歴36年の9月11日、闇の書は暴走を開始し、周囲の生物を無差別に取り込みつつ生体部品が無限増殖を開始しました。原因を完全に特定することはできませんが、テノール王国が闇の書を利用するため“何か”を行ったことは容易に想像できます』
「これまでにない規模の暴走? 主の死によって終わるタイプではなく。ただひたすら破壊を振りまく」
『否定します。駆け付けた次元航行部隊の観測や調査チームの捜査によると、増殖を続ける闇の書の生体部品の中枢で、主と思われる存在は半ば闇の書と融合しながらも生きていた模様です。そして、闇の書に飲まれた人間は主を生かすための生贄、養分として利用されていたとも記録されています』
「なるほど。つまり、六人目の主はこれまでの主が全て死んでいることを知って、なおかつ、闇の書の力を自分が死なないように利用する方法を研究していたということになる」
『肯定です。闇の書はあくまでデバイスであり、命題に沿って動くプログラムです。その行動には常に一定の法則があります。前述したように闇の書を完成させずに蒐集と消費を繰り返すという方法が1年間ほど行われたようですが、それを完成された闇の書に対しても行おうとした模様です』
「強欲の末路ね、コレだから卑小な人格で権力を持ったヤツはダメなのよ」
『主の“死にたくない”、“闇の書の主になりたい”という願いが叶られた結果、闇の書と主は半ば融合し、周囲の人間の命を無差別に吸い上げ、無限増殖する怪物をなり果てました。しかし、闇の書のプログラムはなおも生きています』
「つまり、どれだけ生体部品が際限なく増殖しようと、闇の書は主がいない限り行動できないというわけね。ならば、やることは一つしかないわ」
『次元航行艦からの砲撃により、闇の書のコア、つまり主を正確に撃ち抜きました。既にテノール王国の国民は闇の書に飲まれ、周囲数百キロが“無人”であったこともここでは幸いします。主が死ねば闇の書は転生するという特性を逆手にとり、増殖する怪物の中心であった闇の書を次の代に飛ばしたというわけです』
「核がなくなれば、たしかに怪物の増殖も収まる。ただし、代償として国家一つが滅んだということでしょう」
『肯定です。人口2200万の国家は文字通り消滅しました。これより、闇の書は第1級捜索指定遺失物となり、次元干渉型ロストロギアと同等の危険性が認められることとなります』
「闇の書とはよく言ったものね。人間社会が抱える闇と一体化した時、災厄は際限なく広がっていくということか」
『実に皮肉な名称といえます。闇の書が個人に渡った場合はそれほど大きな被害は出ませんが、国家などの集団に渡った場合、最悪一つの世界が飲まれる可能性すら否定できません』
「なるほど」
『この次は第七次闇の書事件ですが、その前に休憩をはさみましょう。ずっと聞き通しでは主もお疲れでしょうし』
「貴女にそうやって気を遣われるのも、なんか久しぶりでこそばゆいわ」
『いいえマスター、私は常に貴女のことを考えています。インテリジェントデバイスの知能とは―――』
「主のためになりうる事柄を考えるために存在する」
『はい、その通りです。流石は我が主』
「何年の付き合いだと思っているの?」
『かれこれ45年になりますね』
「私が物心ついた頃にはもう貴方が隣にいた。あの人と出会ってからも、アリシアが生まれてからも、アリシアが目を覚まさなくなってからも、リニスが生まれてからも、フェイトが生まれてからも、ふと隣を見れば、貴方がそこにいたわ」
『当然です。私は貴方のために作られたデバイスなのですから。貴女のためになる事が私の全てです』
「ええ―――――――そうね」
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問題:前回、今回、次回でトールは何回『肯定です』といったでしょうか?
答え:ごめんなさい、数えてません。
今回の話でのトールは、プレシアさんが幼少時代の頃の口調に戻してます。今のトールはここまで硬い口調でありません。イメージはフルメタル・パニックのアーバレストのAI、アルです。
一番書きたかったのは、プレシアさんとトールの会話です。古い友人という雰囲気を出したかったのですが、どうでしょうか?