プロローグ
ルイは『街道』の二つ名を持つ属性不明のメイジだ。
得意とする魔法は“爆発”ただ一つ……と言うよりは、“爆発”以外使えない、如何なる魔法を唱えても“爆発”になってしまう……と言うべきか。『街道』の二つ名は故郷にいた頃に大威力広範囲の爆発を連続で使用できる特性を活かして故郷に新たに三つの街道を付置した功績からついた物だった。
現在、ルイは十八番の爆発を使って小遣い稼ぎ……ヴェストリの広場の整地をしているところだった。ヴェストリの広場はトリステイン魔法学院の西側、風の塔と火の塔に挟まれた場所にあり、人気が少ないため魔法の練習や逢引きに使われることが多い場所だ。整地といってもこの魔法の練習の跡――ゴーレムの残骸――や使下衆が集めた落ち葉や塵を爆発で跡形もなく消し飛ばすだけの簡単な作業である。爆発で地面に穴を作ってしまっては本末転倒であるので、(既にほぼ完璧ではあるが)爆発の命中精度を高める為の訓練も兼ねたルイの日課のようなものとなっている。
今日はとある懸念からあまり食欲が湧かなかったので、ルイは朝食を早めに切り上げてこのアルバイトに励んでいた。
そこへ、なにやら賑やかな集団がやってきた。
「ギーシュ! おまえ、どうするつもりだ?」
「相手は平民だぞ? 手加減できなくて殺しちまうんじゃないか?」
「流石にそれは不味いぜ、平民とはいえ一応ゼロのルイズの使い魔だ」
その先頭、気障な微笑で問題ない、とか任せておきたまえ、とか返事をしている少年。
華やかな金髪、胸元が大きく開いた制服、大仰な仕草、極めつけは、口に銜えた薔薇を模った青銅の杖。どこか間違ったセンスを持つこの少年、ギーシュ・ド・グラモン。驚くべきことに、これでも三男とはいえこのトリステインの元帥の息子であり、ルイのクラスメイトでもあった。
ルイを見つけると、少し目を大きくして、
「おや、ルイじゃないか。こんな時間から訓練かい?」
「やあ、ギーシュ。おはよう」
ギーシュは良い意味でも悪い意味でも目立つ生徒の一人なので、学年が違うとはいえルイもそれなりに親交はあった。
二三言葉を交わし、仕事に戻る。
どうやら、彼はゼロのルイズの使い魔と決闘をする事になったらしい。
ゼロのルイズ。
一応自分は比較的温厚だと思っているルイが、この魔法学院で最も嫌っている人物だ。
魔法学院に入学するまでのルイは、自分の現状に満足してはいたが、爆発以外の魔法も使ってみたい、と言う希望は勿論あった。大幅に環境が変化すれば、もしかしたら。ルイにとって、魔法学院への入学は最後の望みだったのだ。しかし、そのけして表には出さない淡い期待は、入学初日にして雲消霧散する。
そこには、ゼロのルイズが存在していたのだ。
公爵家の三女。座学に限っては学年一位の、勉強熱心な頑張りや。木っ端貴族の次男である自分とは違い、最高の環境で最高の努力を続けてきた彼女が、爆発魔法しか扱うことができない。学院においては“ゼロのルイズ”と呼ばれ虐めを受けている……。
その事実は、ルイはこう受け止めた。“彼女に無理なら、僕にも無理に決まっている”そして“このままでは自分も虐められてしまうのではないか”……と。
そんな事があって、ルイはルイズをまるで疫病神のように思っていた。
だからルイは、入学当初、ド・アルトバイエルンの次男は爆発魔法しか使えないと言う噂を聞きつけて、何を思ったのだろうか、親しげに話しかけて来たルイズに爆発の規模・威力・場所を自在にコントロールする様を見せ付けて、ゼロのルイズは公爵家の娘の癖に得意の爆発魔法ですら貴族の中では泡沫候補でしかない木っ端貴族の自分にも叶わない……とことさら馬鹿にしてみせたのだ。
虐められる側ではなく、虐める側に回るために。
その甲斐あって、ルイはルイズをからかう際の格好のネタとして扱われる事になったが、それを代償として他の生徒たちとはある程度友好的な関係を築く事に成功した。
無論、ルイの爆発魔法がルイズの失敗魔法と違い誰にも危害を加える事がなかった事もその成功に大いに貢献している事を付け加えておく。