『エーテル噴流式ストライカーMe262v1についての中間報告。記録者ハンス・ライチュ
ノイエ・カールスラントでのテストで問題なしと判断されたMe262v1は以後第501統合戦闘航空団(以降501JFWと表記)での運用試験を……』
そこまで打ち込み、ハンス・ライチュはタイプライターから手を離した。
続きが書けない。いや、書かないといけないのだが、凄まじく書き辛い。
彼を悩ませているのは今まさに用紙にタイプされた単語であった。
エーテル噴流式ストライカー、通称ジェットストライカー。従来のレシプロ式に取って代わると期待されている新型ストライカーであり、彼はそのテストパイロットだった。
これまでジェットストライカーの開発は順調だった。テストパイロットの彼に断言は出来ないが、年内には一般部隊にも配備出来るのではないかという所まで来ていたように思う。
だが、
「燕が落ちちゃ駄目だろ。彗星ならまだしも」
現場のウィッチの意見も聞きたいという事で、501JFWでのテストを依頼していたのだが、昨日、テストをしていたウィッチが飛行中に意識を失って墜落したという報告がもたらされた。(依頼自体はハンスがした訳ではない)
それだけでも背筋に冷たいものが走ったが、墜落したウィッチの名前を聞いた時は心臓が止まるかと思った。
ゲルトルート・バルクホルン大尉。
カールスラント第二位の撃墜数を誇るグレートエースである。(という事は全ウィッチ中第二位と考えて問題ない)
その実績と生真面目な性格から人気があり、墜落の報告が届いた時には同僚のヘルマ・レンナルツ曹長等はそのまま倒れてしまった。
正直一緒に倒れてしまいたかったハンスだったが、そういう訳にもいかなかった。
何しろ件のジェットストライカーは501JFWに送られる前はハンスがテストをし、機体に問題ないと判断していたからだ。
そんな事情があり、彼は慌てて輸送機を501JFWの基地があるロマーニャに飛ばしたという訳だ。
「何でこうなるかなぁ」
再三に渡ってテストを繰り返して安全を確認した筈だった。しかし現実に事故は起きてしまった。
今回の件を簡潔に述べるなら、「欠陥品を前線の激戦区に送った挙げ句、代わりがいない優秀なウィッチを危うく殺しかけました」となる。
「ガランド少将も残念がるな。JV44もどうなるか」
ガランド少将はジェットストライカーの実戦配備を心待ちにしていたウィッチの一人だ。だがこの一件でジェットストライカーは欠陥兵器の汚名を免れないだろう。
ただでさえウィッチの中には「新兵器」というだけで嫌う者が多いというのに。
「起こってしまった事は仕方ありません。どんなに入念なテストをしても不具合が起きる可能性をゼロには出来ません」
今まで気にしていなかったが、輸送機内にいるのはハンスだけではない。直前までジェットストライカーのテストをしていたのはハンスだが、彼はあくまでテストパイロットにすぎない。兵器に問題が起きたなら開発者が同道するのが筋だろう。
対面の座席に座る、ショートの金髪に眼鏡をかけた少女は読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
兵器開発省のウルスラ・ハルトマン中尉である。
「それは分かってるが、何もこのタイミングでなくてもいいだろ」
以前テスト中の事故で五ヶ月ほど入院したハンスとしてはあんな目に遭うのは二度と御免だが、テストパイロットが墜落するのと前線のエースが墜落するのとでは意味合いが異なる。
「柏葉剣付騎士鉄十字章と一級鉄十字章じゃ釣り合い取れんよなぁ。俺の場合は実績とは言い難いし」
膝の上のタイプライターを横に置き、代わりに足を組む。
ジェットストライカーによる負担は装着者によって異なるというのは既に分かっていた事だ。他のウィッチが体の痺れを訴えるケースもあった。
それでも意識を失う程に消耗するとは想定外だった。
「……想定外、テストパイロットとしては無能の証明だな」
「それを言うなら問題を発見出来なかったのは他のテストパイロットも同様ですし、そもそもの原因は私達開発者にあります。あなた一人が気に病む必要はないです」
ハンスの焦りようが憐れになったのか、それとも鬱陶しくなったのか、とにかくウルスラは彼に慰めの言葉をかけた。
ハンスとしても現在抱えている不安を他人に聞いてもらえたので幾分か気分が楽になった。
現実問題、悔めば解決するという話でもない。
この件で失った信用と傷ついた矜持は今後の行動で取り戻すしかないだろう。
「行動あるのみか、うん。……しかし」
ただ、ハンスにはもう一つ気がかりがあった。
それは彼自身の面子の問題なのだが、それ故に彼の中では大きな比重を占めていた。
「この話を聞いたらまたシュペーテの奴が何か言ってきそうだ。あの女、普段から俺にはテストパイロットの素質がないとか言ってるからな」
「相変わらず少佐とは仲が悪いようですね」
「向こうが突っかかってくるんだよ」
「少佐も同じ事を言ってました」
ウルスラの言葉を聞いた途端、ハンスの表情が険悪になる。
「ちっ、俺と違って実戦経験があるからっていい気になりやがって」
続けてハンスが罵りの言葉を発しようとした直後、操縦席の方で動きがあった。
「中尉、基地が目視出来る距離まで近付きました」
「分かりました」
パイロットからの報告にウルスラが端的に答える。
「……」
言いたい事をぶちまけて落ち着いてきていたハンスは彼女の態度がいつもとは異なると感じた。
もっとも、ウルスラの様子が普段と違うのは彼女の同僚ならおおよそ気付いていた。そしてその理由にも。
「ちょっといいか?」
尋ねながらハンスは大きく咳払いをする。それには場の雰囲気を変える意味合いがあった。
ウルスラもハンスの意図を察したのか、本を開こうとしていた手を止める。
「何か?」
「いや、今まで愚痴聞いてもらったから今度は俺が聞いてあげようかなと」
ハンスは意識して真面目な顔を作った。
「今後受ける非難は俺の比じゃないと思うし」
テストパイロットが受ける非難といえば精々安全な所で仕事をしている、くらいで、兵器に欠陥があっても責められるのは開発者である事が多い。
「こういう愚痴は人には言いにくいだろ? その点俺はへました同士だからな」
「……私が開発した兵器に問題が起きるのは初めてではありません。今更非難は気にしません」
「けど今回は多少状況が違うんじゃないか?」
ウルスラは答えなかった。
だが、噛み締めた唇と無言をハンスは肯定と受け取った。
「501ってお姉さんいるな」
「……ええ」
エーリカ・ハルトマン中尉。前述のゲルトルート・バルクホルン大尉の撃墜数を世界で唯一上回るウィッチである。
「本当は、ジェットストライカーも姉の役に立てばいいと思って送ったんだろ? 開発者の君ならその辺は融通出来るだろうし、元々は対ネウロイに有効だと認識されていたからな」
相変わらず彼女は答えない。けれど代わりにハンスから視線を逸らした。
「今のロマーニャは結構ヤバいらしいしな。ロマーニャ政府がうちの皇帝に国民の受け入れを打診したとかしないとかって話も聞くし」
504JFWが壊滅した段階でロマーニャからの撤退も検討された。501の再結成でひとまず中止されたが、それも今後の戦況次第だろう。
ガリアを解放した伝説の501だがヴェネチアに出現した新しいネウロイの巣はまったくの未知数。ただ分かっている事は501と504でウィッチの力に極端な差はないという事である。
そんな中で、戦地から遠く離れた場所にいる妹が最前線にいる姉にしてやれる事はないかと模索するのは至極当然の事と言えた。
前線で命をかけて戦うウィッチを助けたいという気持ちはハンスにも分かる。
彼も自分の働きが前線のウィッチの助けになると信じてテストパイロットの仕事をしている。……今回は残念な事になったが。
「姉様は関係ありません。501が一番良質のデータが取れると考えただけです」
「そうかよ。じゃあもう一つだけ言っておく事がある」
「何ですか?」
「大した話じゃない。ジェットストライカーの改良型を造ったら引き続きテストパイロットをやりたいなと。俺にもテストパイロットとしての意地があるんでね」
彼女が弱音を吐く気がないならせめて自分は同志だと言外に宣言しておく事にした。
その意図に気付いたのか、彼女は小さく笑った。
「はい。嫌でも協力してもらいます」
「お手柔らかにな」
そうして二人はロマーニャの地に降り立った。