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No.22521の一覧
[0] ネギま・クロス31 【ネギま・多重クロス】 第三部《修学旅行編》[宿木](2011/04/19 00:41)
[1] 登場人物事典(生徒篇) 3-Aクラス名簿[宿木](2011/03/26 01:20)
[2] 登場人物事典(上)[宿木](2010/11/02 22:49)
[3] 登場人物事典(中)[宿木](2010/10/31 21:45)
[4] 登場人物事典(下)[宿木](2010/12/18 14:10)
[5] 序章その一 ~老魔法教師と壮年魔法教師の場合~[宿木](2010/10/14 23:02)
[6] 序章その二 ~『伊織魔殺商会』の上司と部下の場合~[宿木](2010/10/15 21:40)
[7] 第三部《修学旅行編》 その一(前編)[宿木](2010/10/23 22:28)
[8] 序章その三 ~鳴海歩とウォッチャーの場合~[宿木](2010/10/18 01:00)
[9] 序章その四 ~《グループ》の場合~[宿木](2010/10/20 00:28)
[10] 第三部《修学旅行編》 その一(後編)[宿木](2010/10/23 22:45)
[11] 第三部《修学旅行編》 その二(表)[宿木](2010/11/02 22:03)
[12] 序章その五 ~《人類最強の請負人》の場合~[宿木](2010/11/01 18:48)
[13] 第三部《修学旅行編》 その二(裏)[宿木](2010/11/02 22:27)
[17] 第三部《修学旅行編》 その三[宿木](2010/11/30 23:38)
[18] 序章その六 ~『時空管理局』の場合~[宿木](2010/12/03 14:11)
[19] 第三部《修学旅行編》 狭章(表)[宿木](2010/12/07 22:29)
[20] 第三部《修学旅行編》 狭章(裏)[宿木](2010/12/12 02:30)
[21] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(上)[宿木](2010/12/24 00:15)
[22] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(中)[宿木](2010/12/24 00:31)
[23] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(下)[宿木](2010/12/26 14:04)
[24] 第三部《修学旅行編》 一日目 その②(上)[宿木](2010/12/29 00:57)
[25] 第三部《修学旅行編》 一日目 その②(中)[宿木](2011/01/11 23:39)
[26] 第三章《修学旅行編》 一日目 その②(下)前編 (改訂版)[宿木](2011/04/13 01:48)
[27] 第三章《修学旅行編》 一日目 その②(下)中編[宿木](2011/04/19 00:33)
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[22521] 第三部《修学旅行編》 狭章(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/12 02:30
 隔離世の中に、一つの城が浮いていた。

 現実とも異世界とも違う、ただ空間だけが広がる世界。これから世界が生み出される、白いキャンパスとも例えられる、広大にして無限の概念を併せ持つ空間に、一つの城が、まるで航行する様に浮いている。

 巨大な岩塊を基盤にして、複数の塔を併せ持つ城だ。古代遺跡にも思える城構えに、閉ざされた感情な鉄門。城の周囲は整地され、緑の草木と土、落下防止の石壁で覆われている。

 格子が嵌った窓が僅かに有るだけで、光源の数は多くない。
 吹き抜けの通路や、渡り廊下でさえも、一層の不気味さを盛り上げる演出材料にしか見えない。見るからに陰鬱そうな外見に違わず、内部も決して明るく開放的な構造に成っている訳では無かった。

 「――――私が言うのも何だけれど、ずっと居て、良く気が滅入らないわね」

 その城の内部の廊下を歩きながら、一人の少女が、口を開いた。
 前を歩く、全身を黒の衣服で覆った男へ向かってだ。

 「何、慣れだ」

 男の顔は伺えない。顔が陰で殆ど見えないという事実もそうだが、顔面が仮面で覆われているからだ。
 声も無機質に聞こえるが、長い付き合いである少女には――男の声の中に、楽しげな物が混ざっている事は、感じ取れた。

 何かと一人が多いこの男も、親しい身内の来訪は歓迎するのだ。

 「そうは言ってもね、デュナミス。引き籠りは健康に良くないわよ? 『魔法世界』や現実に顔を出せば、とは言わないけどさ。せめて城内に運動設備を整えるとか」

 「私も考えはしたのだがな」

 はは、と低い笑い声と共に、男――――デュナミスは、少女へ返す。

 「元々が古い城を無理やりに改装した物だ。しかも二十年以上も昔に。半分以上を占める研究設備に加え、エネルギー、隠密・防御性能と、空間航行能力で空間の一割ずつを使っている事は、君も知っているだろう? 後は、雑貨や食料、居住空間で一杯だ。腕が錆びない様にするだけで限界だ」

 「そうだとしても」

 一ヵ月おきに来る度に、わざわざ、別に敢えて暗さを演出しなくても良いではないか、と思う。

 蝙蝠や吸血鬼では有るまいし、日光――――は隔離世まで届かないにしても、人工的な光を浴びて何の不都合があるというのだ。明るいなら明るい、暗いなら暗いで、中途半端な状態は体に悪い。

 「――――何、一つの心構えみたいなものだよ、アリシア」

 デュナミスは、少女の内心を読み取ったかのように、語った。

 「今の私は雌伏を肥やす時だ。こうして闇と影の中に隠れ、次なる行動に向けて準備を整える。――――その為の期間である事を、己に言い聞かせる為に、敢えて余分を捨てて有ると言うだけの話。煌々とライトアップされる城で、湯水のように金を使用し、それで一生懸命に準備をしています……とは説得力に欠けるだろう? そう言う事だ」

 「……少し極端な気もするけど」

 まあ、貴方が納得しているならば良いわ、と彼女は告げ、其処で会話を打ち切った。
 会話の間に、城内の目的地へと到達したからだ。




 この施設の、嘗ての責任者は、プレシア・テスタロッサと言った。
 少女の――――アリシア・テスタロッサの母親だ。




 此処は、《完全なる世界》移動拠点『時の庭園』である。






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 狭章(裏)






 嘗て《完全なる世界》の技術主任の地位に付いていたプレシア・テスタロッサは、大戦前に一つの研究施設を造り出した。『魔法世界』の辺境に眠っていた城と、周辺の大地を諸共に改造した、極秘施設だ。

 仮に時空管理局の人間が、その様相を目撃できたのならば、理解出来たに違いない。研究施設は、彼女が、この世界へと来訪する前に住んでいた『時の庭園』の複製そのままだった。

 《完全なる世界》総合技術開発本部――――通称を『時の庭園』。

 プレシアの第一声から、組織内では、そう呼ばれる事と成る。

 己の娘を蘇らせる為、彼女はこの施設で研究を進めると共に、出た利益を《完全なる世界》の一員として還元する事で、『魔法世界』の混乱を生んでいた。

 仮にメセンブリーナ連合、ヘラス帝国に発見されていた場合、施設が抱えていた大量の証拠や技術が、接収と言う名目で流出していた事は想像だに難くない。其れほどまでに、プレシア・テスタロッサの魔法技術は、この世界からすれば異質だったのだから。
 戦争の裏で、この施設から出た技術が、双方に渡され、戦禍を拡大させていた。

 大戦が終わりに近づくにつれ――――『時の庭園』は、徐々に稼働率を落とし始めた。研究者が減り、各種情報が消され、そしてプレシアの研究の決着と共に、最低限のシステムを除いて停止し始めた。
 そしてプレシアは施設を、娘の蘇生とほぼ同時期に、空間の狭間、隔離世へと封印したのだ。
 彼女はその後、娘を安全な場所へと預け、『造物主』達ら最高幹部達と合流。最終決戦の場『墓守人の宮殿』に置いて――――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと戦い、敗北した。

 《完全なる世界》について、少し詳しく調べれば、手に入る情報だ。まあ、組織そのものを知らない者が大多数を占めるが故に、結果として殆ど秘匿されているのだが。

 「……けれど、それは手元に有る」

 有るんだよ、と、アリシア・テスタロッサは呟いた。嘗て稼働していた、そして今、再び動いている研究フロアを歩きながら、自然と出た言葉だった。

 嘗て母親が、己の為に造り上げた城だ。戦争の裏操作という悪魔に魂を売り渡し、身命を賭してまで――――自分への愛情故に稼働させた研究施設が、この場所だった。
 正直、気楽に過ごす事が出来る空間では無い。

 再度の命を手に入れた時、アリシアは母親の所業を、全て教えられた。自分を復活させた――――あのマリアクレセルという天使の出した条件の中の一つが、彼女の行為を、アリシアが知る事だったからだ。

 自分の母親の罪が、この『時の庭園』には刻み込まれている。蘇らせた娘に、母親の犯した罪を背負わせる。そんな非情さは、天使達にしてみれば、確かに必要だったのだろう。

 死者蘇生という、理を覆す代償に比較すれば安い物なのだろうか。
 それとも優しい顔をした天使が残酷だっただけなのか。

 母の行為を知ると同時に、『時の庭園』の場所や、稼働コードも、アリシアは手に入れていた。『魔法世界』のどの場所に封じられ、どうすれば稼働し、そして実験を行えるのか。

 全て――――十二分に、知ってしまった。
 この城の、隅から隅まで、何が出来て何が出来ないのか、全て把握していると、言っても良いだろう。

 アリシア・テスタロッサは、母では無い。
 プレシアの知識を受け継いでいても、彼女の記憶を受け継いでいる訳ではないし、才能や技量は自力で磨かねばならなかった。蘇生時にリンカーコアが同伴して来た事は驚いたが、それでも訓練で魔法技術を習得したのだ。

 アリシアは、プレシアが文句なしに認めるほど、真っ当な性格をしていた。

 だから、当たり前だが、迷った。
 この『時の庭園』を、再度、稼働させて良いのか。
 あの大戦の時と同じく、《完全なる世界》の拠点の一つとして動かし、利用しても良いのか。
 結論が出たのは、決して昔の事では無かった。




 「やはり気分が優れないか。……毎度毎回、自分を責めるのは、程程にするべきだろう」

 「……良いじゃない、別に。――――私の譲れない部分だもの。ここに来る事は」

 デュナミスの言葉に、トーンの落ちた声で返す。

 やはりそうだ。研究棟へと足を踏み入れると、自然と心が重くなってしまう。暫くすれば復活するとは言え、心に抱える物は、早々消えない。

 しかし、だ。母の残した遺産とも言うべき物を、こうして使うまでの葛藤は、デュナミスとて承知の上の筈だ。忠告や気遣いも、度を過ぎれば煩わしいだけになる。

 正直に言おう。確かにこの城に来る事に、抵抗は残っている。過ごすだけでなく、動かす事に付いて――――懊悩が無いと言えば、嘘に成る。迷いまくりだ。フェイトと共に救った、あの五人の娘達だって、事情を知った後には、私達が代わりに仕事をします、そう言ってくれた程だった。

 けれども、これは譲れない、自分なりのケジメなのだ。
 母と同じ罪を、違う使い方と、自分の抱える物の為に、背負う。
 だから、その事実から目を背けてはいけないし、迷いや後悔や苦悩を抱えなくてはいけない。
 彼女なりの覚悟を決めて、歩んでいるのだから。

 「――――それで、話をお願い。何処まで話されたかしら?」

 自分に言い聞かせて、デュナミスを促す。
 向こうも、もう毎度の反応に気を悪くした様子も無く、ならば、と話し始めた。

 「《水》《火》《風》の三体は調整中だ。今回の京都の事件に出す事は、まず出来ない。最低でも一月は必要になる」

 「……その代わりになるのは?」

 アリシアの、感情を殺した問いかけに、デュナミスは、壁際のコンソールを操作し、一つの情報を示す。
 一見すれば、何の変哲もない軍団情報だが、その情報コードは『魔法世界』北方部の、研究施設の一つが中心と成っていた事を露わしている。母の知識を持つアリシアは、瞬時に読み取った。

 ずらり、とまるでクローン製造工場の如く、人形が並んでいた。

 「――――プロジェクトFATEの、遺産、か」

 「ああ。そうだ。――――プレシア主任が、君を救う為に培われた技術。それを体系化した、一種の兵隊製造のシステムだ。魔力によって動く、意志と命の無い人形部隊、とも言えるか。今でも時折、フェイトが使っているが……上手く量産体制を整えた。……まあ、元に成った研究施設は、少し前に上条勢力とかいう連中に、発見されてしまったがね。問題は無い」

 フェイトは時折、自分の姿をモデルにした人形を使用する事が有る。外見は、小学生と同じ位。白髪に、無表情に、無口、とフェイトの特徴をそのまま兼ね備えた、フェイト(ミニ)だ。

 人形なので意志を持たず、本物のフェイトが一種の遠隔操作をしているのだが、外見も相まってかなり有効に利用できる。例え破壊されても、魔力と少量の有機水に還元され、綺麗に消滅してしまう、というのもメリットの一つだ。
 最も、ミニとはいっても大抵の術者よりは強いし、多分、今のネギ・スプリングフィールドでは足元にも及ばないだろう。流石に《福音》には負けるだろうが、その位には強い。

 「数は?」

 「今の所、約二十。今すぐにでも動かせるのは半数と言ったところか。質と量を兼ね備えるには、時間が懸かるだろうな。――――フェイトが直接に調整した人形には僅かに劣るが、それでも納得して貰えるだろうレベルでは有る。……雑魚減らしの戦力としては十分だ」

 「うん……」

 分かった、とアリシアは頷いた。
 取りあえず其れだけあれば、今回の京都での作戦には十分だろう。

 母親の遺産を使用する事へ、覚悟は決めた。母親と同じ道を辿るかも知れないと――――そう思っている。プレシア・テスタロッサは《闇の福音》に敗北し、死す事こそしなかったが、既に二度と、自分が出会う事は決して叶わない状態に有る。

 けれども、それでもアリシアはこの道を歩んでいるのだ。

 母が自分へ愛情を向け、魔女に成ったのと同様に。
 己は家族へ愛情を向け、魔女と呼ばれるべき存在になるのだろう。

 「アリシア、君達の方は如何なんだ? 確か、調と共に、再度の本格始動に向けて協力者を仰いでいた筈だな?」

 自分の現状を伝えたデュナミスは、今度はアリシアへと問いかけた。
 現在の《完全なる世界》は、役割を分担し、二人組を中心に動いている。例えば、フェイトは焔と。暦は環とだ。自分の場合は調と一緒の行動だった。

 「ええ。――――そうね、かなり頼れそうな……利益や損得では動かない相手が、いるわ」

 「ふむ。詳しく聞かせて貰いたいな?」

 勿論――――と、頷いた。




     ●




 《完全なる世界(コズモエンテレケイア)》。

 嘗て『魔法世界』の裏で暗躍し、戦争を演出していた黒幕にして、《赤き翼(アラルブラ)》の宿敵たる秘密結社。

 一時期は、それこそ『魔法世界』全土を掌握していた事もあった組織だが、一切を無視して蹂躙する魔神達と、取るに足らない筈の僅か十三人の英雄達によって徐々に体裁を失って行き――――そして、帝国と連合、両者の中で結びついた抵抗勢力との連合によって、敗北。

 激戦に注ぐ激戦の中で、首領《造物主(ライフメーカー)》と最高幹部の九割九分を失い、瓦解した(この辺り、まだ少し、面倒な説明が有るので、今は死んだ、と言う事にしておこう)。

 尚も活動を続けていた者を語るとするのならば、辛うじて命を拾ったデュナミスと、三番目の肉体で蘇った《土》のフェイト・T・アーウェルンクス。彼と共に育った幼馴染のアリシア・テスタロッサと、二人が拾った五人の少女のみだった。

 地下に潜って動く下級構成員はいる。しかし、現実ではタカミチ・T・高畑に。『魔法世界』ではクルト・ゲーデルに追撃され、満足な活動を出来ているとは言い難い。
 実質的な組織としては、僅か八人(あるいは九人)の、非常に小さな組織だったのだ。
 だからこそ、彼らはその手を広げ、協力者を引き入れていた。




 東京都の新宿副都心には、無数の高層ビルが乱立している。都会の名に相応しい、まるで天へと延びるかのような群れ。若者は集い、会社員は務める、日本の経済を支える重要地だ。
 駅西側に位置する、決して抜群に高い訳ではない、しかし堅実そうな一つのビルの中で、廊下を歩く二人組の少女が居た。

 「現実世界は便利よねー。金と権力さえ有れば、大抵の事が解決出来るのは――向こうと同じだけど」

 「そうね。……うん、便利な事は認める」

 だからって住みたくは無いけど、と、片方の少女は言った。
 浅黒い肌の少女だ。実際年齢は兎も角、外見は十代前半。ハートにも似た紋章を刻んだ額。それだけならばまだ良いが、両頭部から伸びる、横への角が、彼女が人間でない事を示している。

 「下の様子を見れば分かる。毎日毎日、勉強に追われて、しかも強制される日々は、嫌」

 「私だってヤダよ、それ」

 そう返した、一見すれば普通の少女だった。黒髪に黒い瞳。唯一違う部分は、その頭には猫耳が生え、腰からは黒い尻尾が飛び出ている事だろう。秋葉原辺りでは見かけるかもしれないが、決してコスプレでは無い。歴とした亜人種である。

 「唯一、此方の、この建物で過ごす利点と言えば。……大人しくしていれば、まず見つからない事、位だと思う」

 「隠れ蓑、って凄いよねー」

 大都会のビルの中で、一体、何が行われているのかを正確に知っている者はいない。尤もらしい会社名に、外見や業務を説明されれば、詳しい所まで知らずに人は見過ごしてしまう。
 勿論、利益の出ない組織ならば摘発されるのが落ちだが、逆に言えば利益を出して、存在を隠し、政府を通り抜け、一定の信頼さえ獲得してしまえば……その辺は社会の中でキチンと納まる。
 清廉潔白な組織は存在しない。その噂を一蹴するだけの実力と名声が有れば良いのだ。

 そう、例えば。
 一階を受付に、二階から五階までを勉強室に、六階を個人学習室に、そしてそれより上を経営者や関係者の施設と定めた、この名門学習塾。毎年、旧帝大以上や最高学府クラスの学生を排出する、名の知れた、この「メディシス・アカデミー」の経営者が《完全なる世界》の協力者だと、誰が思うだろう。

 そう言いながら、二人の少女は、やがて廊下を渡り終わり、一つの木扉へと到達した。
 軽くノックをし。

 「おじさん、入るよ?」

 叩く音と同じ位に軽い口調で、少女達は部屋へと入った。

 塾のみならず、敏腕経営者の部屋と言う物には、独特の雰囲気が有る。例えば、緊張感のある空気や、常に擦れる紙の音や、光を取り込む窓に移る陰影や――――そんな空気の中に、このビルの持ち主にして、同時に塾経営者の男は居た。

 午後の休息の時間だったのか、優雅に紅茶を飲んで、机の上にカードを広げていた。
 欧州系の顔立ちに、イタリアの高級スーツを身に纏った、三十代から四十代の男。丁寧に撫でつけられた髪の中には、若干の白髪が混ざっているが、これは現実社会の苦労の表れなのだろうか。

 「……ああ、環君と、暦君か」

 気を静めていた為にノックは耳に入らなかった様だが、部屋へ足を踏み入れると気配で悟ったらしい。
 二人の少女――――有角の少女、環と、猫耳少女の暦。二人に、人好きのする柔和な笑顔を見せて、座るように促した。その姿だけを見れば、ごく普通の男だろう。

 しかし、少女達は知っている。

 この男性は、下手をすれば自分は愚か、フェイト・T・アーウェルンクス以上の年寄りで有る事。
 《完全なる世界》へと自発的に協力を申し出た、稀有なる『魔法使い』で有る事。
 そして、現実世界での活動拠点を確保してくれる大事な伝手であると言う事実だ。




 彼の名は、ルキフェル・ピエール・ド・メディシスと言う。




     ●




 「そうか。ルキフェル・P・D・メディシス――――《魔術師ルシファー》、か」

 報告を聞いたデュナミスは、意外そうな、しかし納得した響きで答えた。

 「……知ってるの?」

 彼が知っている事が、少し予想外だった。

 アリシアが軽く調べてみた所、『魔法世界』の住人では、殆ど聞いた事の無い名前とされていた。情報管理が厳しめな『魔法世界』の事だ。現実世界の情報を得るのは限定されている。文書や通り一遍の知識ならば簡単にせよ、数十年も昔の一『魔法使い』の名前なぞ知られていなくて当然だと思う。

 しかし、優秀な人材が野に隠れているのは、何時の時代でも何処の場所でも違いは無い。
 その実力は、間違い無く『魔法使い』では上位に位置し、恐らく――――戦い方にもよるが――――戦術と戦場を整えれば、短時間ならば《赤き翼》とも其れなりに戦えるのではないだろうか。

 「一部の有名な研究者――――特に、神器や魔導研究に携わった者ならば、知っているか、いないか、といったレベルの人物だろうな。使い方次第では、未来すらも見通すという、カード型の神器『神の記述』に選ばれた『魔法使い』として伝わっている」

 「……そうなの?」

 「ああ。……昔、アリアドネー魔法騎士団候補学校の、魔道具関連の研究室に、在籍していた事が有ってな。その時に一時、学内で有名になった。最も」

 と、一端言葉を区切り、記憶を探りながら彼は続ける。

 「名前が知られた頃に……丁度、事故で娘を失い、消息を晦ました。以後、行方知れずのままだった。私もすっかりと忘れていたが……そうか、現実世界で、個人学校を経営していたか」

 子供好きだったらしいしな、……と、頷く。アリシアも、暦・環から、普通に親切な人です、と報告を受けている。まさか危ない趣味を持っている訳ではないだろう。

 「で、話を戻すよ。――――ルキフェルさんのお陰で、現実での行動が随分とやりやすい。ビルの中に、拠点との転送陣も有るから。今回の京都でも協力してくれるし、後……お金で、少し助けて貰った」

 「金。……ふむ、雇われ、と言う事か?」

 「そう。傭兵達をね。雇って、京都へ送ってくれる手筈に成っている。脱退したゼピルム出身の魔人達だって」

 ほう、と感心の声を上げたデュナミスだった。
 魔神達を率いて、世界を造り変えようとした天界に反旗を翻し、企みを打ち破った少女――――名護屋河鈴蘭、彼女が保有する戦力がゼピルムだ。

 魔神の伝説を知り、過去に思い切り横槍を入れられた《完全なる世界》は、再度の轍を踏まない様に、彼らの動向に逐一、眼を光らせていた。だから、名護屋河鈴蘭や、その周辺人物に付いての情報は多い。

 「嘗て、方針を転換したゼピルムは、《聖魔王》鈴蘭個人の人望に惹かれ、大多数が残っていた。だが、彼女の台頭を受け入れなかった一部の魔人達もいる。そんな彼らは組織を抜け、別組織として闇社会で動いていたそうだが。……そうか、彼らを雇ったのか」

 「正直、私は期待していないけれどね。魔人、とはいえ、精々が、ネギ・スプリングフィールドの生徒達を抑えられる計りにしかならないと思う」

 「成る程。其処に、フェイトの人形勢を加えれば、軍団としては十分か?」

 「……こっちの準備を加えれば、ね。――――デュナミス、今回の目的は、ネギ・スプリングフィールド達を倒す事じゃないんだよ。今回の京都の騒動で、有る程度……敵と味方と第三勢力が、はっきりと別れると思うんだ。だから、ゼピルム傭兵団と、フェイト人形だけじゃ、正直、不安が残る。デュナミスはまだ動けないし、暦と、環と交代した栞は、本部の留守番だしね。フェイト、私、焔、環、調に、ルキフェルおじさん。それに《螺旋なる蛇》では……ちょっとね、苦しい」

 普通に考えれば十分過ぎる戦力だろう。だが、世界を相手に喧嘩すると言うのであれば――――これでは全然足りないのだ。使える手駒は、其れこそ全て確保しないといけない。

 「だから、一応――――協力関係を結べそうな、人間以外の存在とかを、呼んでるんだけど、ね」

 使い所が難しい、気の抜けない相手が多くて大変なんだ、と。
 彼女は、その「人外達」を思い浮かべて、溜め息を吐いた。




     ●




 京の都が、風水に基づいて構築されている事は有名だろう。嘗て桓武天皇は、平安京へと遷都した時、長岡京建造の知識を十二分に使用し、結界を張った、という。
 東に鴨川、西に山陰道と山陽道、北に鞍馬山、南には巨椋池。入念に念入りに、彼が結界に拘ったのは、彼が葬って来た数多くの人間達の、その恨みや祟りを恐れていたからだ。

 京都の北東――――即ち、数多くの災厄が入り込む、鬼門の方角。

 その場所を封じる為に、一つの寺社が存在している。
 名を、比叡山延暦寺と言った。




 草木も眠る午前二時。延暦寺の土産物屋の別室で、鈴無音々は唐突に目を覚ました。

 妙に肌寒かった。
 肩までしっかりと布団を懸け、鍛えた体を持っているのにも関わらず、だ。

 自宅を持っている彼女だが、平日の晩は土産物屋に寝泊まりする事が多い。今日もそうだった。観光客に土産を売ったり、寺の中で行われる日々の修業を聞いたり、山々の中で煙草を吸いながら思索に耽ったり――――と、平穏無事に、一日を過ごし、太陽が沈むと共に店を閉めたのだ。

 室内を見れば、酒瓶と煙草の灰皿。そして夕刻に保護した、寺社を訪ねて来て迷子になった少女が一人。

 乱雑だが不潔では無い室内には、敷かれた二組の布団。最低限の私物と、衣服が揃った、手狭な部屋だ。土産物屋の中に付随する、従業員用の仮眠室を改造した物だった。

 「変ね……」

 季節は春とはいえ、山の上だ。寒く感じる夜も有る。寝間着がチャイナドレスとはいえ、流石に布団を敷かずに眠る愚行はしないし、体を冷やす事もしない。何時でも何処でも、体を万全の状態にする為に――――自然と、気を使うようになっているのだ。

 現役を退いたとはいえ、其処らの人間に遅れを取りはしない。

 「……寒い、んじゃないわね。これは」

 冬空にも似た、凍てつく空気。
 肌を指す痛みにも似た“寒気”は、周囲の温度が原因ではない。
 曲がりなりとも『狐と鷹の大戦争』を知っている彼女の勘が、告げていた。

 ――――これは、怪異の気配だ。

 この現代に馬鹿らしい、と思うかもしれないが、常識外れの怪物は今尚もいる。大多数は人間社会に溶け込み、巧みに混ざり合い日々を送る。そうでなければ相互利益として国家に関わるか、異なる世界に隠れているしか無い。

 延暦寺で働いている九割は普通の人間だが、残りの一割は、多少の事情を知っている人間だ。少なくとも天台座主は結構な実力を有しているらしいし、自分の様に裏に精通している人間もいる。

 それに、遥か昔に霊脈の上に築かれた寺社だ。集う人間の実力は低くとも、建物自身が持つ力が有る。そう簡単に、この鬼門を通り抜ける怪異は、存在しない筈なのだ。
 静かに身を起こし、カーテンの隙間から、寺社の方向を覗く。

 其処には何も見えない。
 静かに天井に蒼い月が懸かり、そして静謐さを感じる山門と、人影の無い通路が有るだけだ。
 針の様に痛い空気で、息が辛い。

 視界の中には何も見えない。だが、確実に――――見えないだけで、いる事は感じ取れた。

 「外に出ない方が、良いだろうね……」

 「――――ええ、お止めなさい」

 静かに、背後から声を掛けられる。
 つ、と真剣な目で背後を振り返れば、夕方に迷っていた少女が、静かに見を起こして自分を見ていた。

 日本風の美少女だ。年は――――恐らく、まだ学生の範疇だろう。高級な着物に身を包んだ、大和撫子に相応しい容貌の美しい少女だ。
 本日、天台座主に訊ねて来た彼女は、相当な権力者なのだろう。其れ位しか分からない。だが、扱われ方が丁重だった。それこそ、トップが顔を出す程に。

 しかし、以外と庶民的な部分も有るのか。用事を済ませて、そのまま帰るかと思いきや、何処か栓が抜けているのか山中で迷子に成り、帰るに帰れなくなっていたのだ。それを音々が発見し、――――気が付いたら、明日の朝まで泊める事になっていたのである。
 時代不相応というか、世間知らずというか、お嬢様らしいと言うか、携帯電話も持たず、腕は確からしいが、何処か抜けている。天然な天才、とでも言えば良いのだろうか。

 「今は丑三つ時。妖達が最も動く時間ですよ」

 「お嬢ちゃん、アンタは?」

 「私は、……唯の陰陽師です」

 「――――とても、そうは見えないけれどねぇ」

 本当かい? と首をかしげる音々に、すいません……、と少女は軽く頭を下げる。

 「最近、妙に都の空気が怪しいので、鬼門へと尋ねて来たのですが、迷ってしまって。――――ですが、今、外に出てはいけない事だけは、確かです。貴方もお分かりの筈」

 少女が、陰陽師かどうか、の審議は別にするとしても――――その言葉には、頷かざるを得ない音々だった。

 今、外に出たら、多分、自分は死ぬ、気がする。
 この世界には、人間の常識では測れない怪物が居る事は……長年、寺社で働いているのだ。知っている。そう言う存在からの攻撃を防ぐ為には、まず狙われない事が一番だ。

 「確か、鷺ノ宮とか言ったね、お嬢ちゃん。――――私は己の勘を信じる事にしたよ。安心しな、外には出ない」

 迷子の少女に、そう告げる。
 必要以上の地雷、と友人からは言われる彼女だ。同じ様に、自分だって余計な危機を招くつもりは無い。仮に此処に、親友の浅野みいこが居たとしても、同じ結論に達するだろう。

 外には出ない。
 今晩の怪異は、明日の朝までは、知らない振りをする。
 そう陰陽師の少女に告げて、もう一度、横に成る事にした。




 その判断は、正しかったのである。




 「ふ、表に出ない程度には賢いか」

 男は、土産物屋の中に居た人間達が、息を潜めて出て来ない事を知ると、軽く嗤った。

 細身に高身長の美男子だ。来ている服も持ち主のセンスの良さを伺える。頭部から耳が生えている事を除外すれば、街中で女性達の目を引く、格好良い男だっただろう。
 しかし、眼鏡をかけた知的な瞳の中には、隠し様の無い澱んだ光が有る。
 それは、暗い昏い、孤独と絶望を孕んだ色だった。

 夜空にコートをはためかせ、不敵な笑みを浮かべている。

 「ならば良い、街へ行くとしよう」

 向こうが此方の邪魔をしない以上、手出しをする事は無い。それを判断したのだろう。利口な相手だ。

 彼一人ならば、部屋の中の陰陽師は、もしかしたら向かって来たかも知れない。そうなれば、自分は苦戦しただろう。だが――――しかし、今の彼は一人では無い。その背後には、恐ろしく強大な妖怪が居る。
 少なくとも喧嘩を売る人間は、まずいない、と言う程の怪物だ。

 「寄り道は厳禁よ?」

 背後から、声が聞こえる。
 自分をこうして、京の都へと誘った、大妖怪の、胡散臭い声だ。

 「ああ、分かっている。――――こうして都へと招き入れてくれるんだ、感謝しているよ。……八雲紫」

 感謝だけだがな、と内心で呟いた。自分が利用しているのと同じ様に、相手も又、此方を利用しているのだ。必要以上に敵対するつもりはないが、慣れ合うつもりも無い。

 男が振り返ると、夜の神社の上空に、一人の女性が浮いていた。
 夜風に流れる金髪に、黄金比の体。唐風の衣裳と可愛らしい日傘に、顔を隠すセ扇。そして、真意の見えない、徹底的に“判らなさ”で覆われた笑顔と、紫の瞳。

 八雲紫。
 大凡、野に生きる妖怪達の中で、最も名の知られた、そして妖怪の中の最強と呼ばれる、怪物。
 《境界を操る程度の能力》という、観念的すぎて逆に何が出来るのかが、イマイチ、良く分からない――――兎に角、怪しくて、同時に、喧嘩を売るべきではない、妖怪だ。
 嘘か本当か、彼女を軽く凌駕する実力を持つ、《億千万の眷属》ですらも―――― 一目を置き、対等に扱っている、と聞いている。
 直接の戦闘能力や、その妖怪としての立場とは“別に”、大きく評価されている存在だ。

 「結構ですわ。さあ、早くお進み下さい。延暦寺の結界は、他と比べて少々、抑えるのが面倒ですの」

 くす、と少女の様に微笑み、彼女は先へと促す。

 長い間、京都の都を災厄から守ってきた延暦寺の結界。霊脈を制御し、都防衛の役目を果たす、この寺社の結界は、そう簡単に妖怪が近寄れる場所では無い。いや、普通に人間に紛れての来訪は出来るが、境内では力が抑制される性質を持っている。

 それを、軽い手つきで防ぎ、通路を造る辺り、この妖怪は異形。……いや、態々、京都へと侵入する際に、鬼門から入り込む等と言う、面倒で「らしい」事をする者は、馬鹿か異常か桁外れかのどれかである。
 自分が同じ事をしようと思ったら、苦労は免れないだろう。出来ないとは言わないが。

 促され、男は、軽い人踏みで――――寺社の境内を抜ける。
 通り抜けてしまえば、後はもう、何も気にする事は無い。

 「宜しい。後、貴方がする事は、分かっていますね?」

 「ああ。俺の思い通りに、動けば良いのだろう? ――――俺がどう動こうとも、そちらに害は無い。例え、成功しようが、失敗しようが」

 「ええ。そう言う事ですわ。応援だけはして上げますので、どうぞ、頑張って下さいませ」

 くすくす、と年齢を見せず、虚ろに彼女は微笑み、男の名前を呼ぶ。




 「比泉、円神さん」




 “向こう側”と呼ばれる、神隠しの行き着く先を知る、嘗て人間だった者の名を――――彼女は呼んだ。

 「……ふん。傍観者を気取る者は、嫌われるぞ」

 「誤解ですわ。傍観者を望むつもりは、更々有りませんもの。――――しっかりと介入して、自分達の“居場所”を守らねば……何が如何なるのかも、判らないのでございます。その為に、貴方を利用する。それに何か問題が?」

 「俺が、《完全なる世界》や《螺旋なる蛇》と合流し、“向こう”と“こちら”の融合を目論んでも、か」

 「お好きにどうぞ? 出来る物なら、ですけれども。……ご存知? 私は「家族」と、幾人かの友人と共に――――既に、京都の旅館に宿泊していますわ」

 「……ち。……精々、うっかり死なない様に、気を付けるんだな」

 嫌な女だ、と比泉円神は思うが、手は出さない。出したとしても、円神の力は彼女に叶わない。仮に実力が彼女以上だとしても、能力の相性が徹底的に悪すぎるのだ。
 何せ、“送った先”が彼女の領域なのだ。

 無言のまま、彼は京都の街中へと消えて行った。




     ●




 「……疑問が有るが、良いか?」

 「何です?」

 「……良く、こうもまあ、協力者を見つけて来るものだな」

 デュナミスの言葉の中には、感心が混ざっていた。

 彼は外見に似合わず、どちらかと言えば研究者タイプの男だ。引き籠っているつもりはないが、インドア派である事は間違いが無い。大戦期に相見えた相手が、同じタイプの《赤き翼》の第四席。アルビレオ・イマだったことからも分かるだろう。

 「デュナミス、コミュニケーション苦手だしね。……でもまあ、それには理由が有るんだよ。少しだけ後で纏めて話すから、次に行くけど」

 ふふ、と可愛らしく語って、彼女は一端、話題を変える様に大きく息を吸って。




 「『聖杯』の話をします」




 真剣な表情で、そう言った。
 母譲りの、気の強い瞳を光らせて、言葉を選ぶように言った。

 「……そう言えば、一月ほど前に、連絡を貰って――――それきりだったか」

 剣幕に、自然とデュナミスの口調も固くなる。

 フェイト・アーウェルンクスが『聖杯』という存在を知り、入手したのは、約一月前の事だ。何でも現実世界での騒動に顔を突っ込んだ際に、手に入れたと語っていた。
 その時の連絡で、一種の召喚媒介で有る事をデュナミスが読みとり、使う為の方法を思案していたのだ。しかし、恐らく、かなりの長文が始動キーと設定されており、その探求は困難である、と言う結論に落ち着いて……放ってあった。

 「その、始動キーが、分かった、と言ったら……如何する?」

 「――――! それは、……如何して、だ?」

 「それも、後で語るけど。――――デュナミス、貴方の言った通りよ。あの『聖杯』は召喚媒介だった」

 アリシアは、出来るだけ詳細に、語った。

 フェイトが手に入れた『聖杯』を使用して、召喚が可能であると言う事。
 呼び出された存在は、英霊と呼ばれる、過去や未来に置ける著名な存在か、あるいは《世界の意志》との契約によって物語への参戦権を入手した者、であると言う事。

 話を聞くデュナミスの顔は、……仮面で覆われていて見えないが、驚愕している事は、空気だけで十分に伝わって来る。
 彼女の話はまだ続く。
 まるで、誰かから直接に――――法則を教えられたように。

 呼ばれた英霊は「セイバー」「ランサー」「アーチャー」「ライダー」「バーサーカー」「キャスター」「アサシン」の七つのクラスに分類され、各個人の特性を生かした種に成ると言う事。
 一つの『聖杯』から出る英霊は、通常が七体、特殊な事例を入れて八体であり、同じクラスの重複は無いと言う事。
 サーヴァントと呼ばれる彼らがこの世界に留まる為には、魔力の供給が必須であり、また契約相手を探す、仮契約的な側面を持つ必要が有るという事。
 これらは、《世界》が定めているルールらしい、と言う事。

 そして――――。

 「フェイトと、私と、焔、暦、環、栞の四人は――――その英霊を、既に手に入れているわ。フェイトは「アーチャー」を。焔は「セイバー」を。暦は「キャスター」を。環は「ランサー」を。栞は「バーサーカー」を、ね」

 勿論、今度、デュナミスにも呼んで貰うけれど、とアリシアはそう告げる。
 一通りの話が終わった後、暫くの沈黙が落ちた。

 「……は、」

 情報処理と、現状の認識に、デュナミスは行動不能と混乱に陥っていたのだ。
 優秀な彼でさえも、呆然と時間の経過を待つしかなかったという、その点だけで――――如何に、衝撃的な情報だったのかは、分かるだろう。

 「……それは」

 五分は、時間が経っただろうか。
 息を吹き返したように、大きく呼吸を再開させると、彼は絞り出すような声で言った。

 「……凄いな、驚いたよ、ああ」

 自分に言い聞かせる様な声色だったのは、『聖杯』の魅力に感動していたのか、それとも、衝撃に感情を迸らせていた為か。兎に角、彼は静かに深呼吸をして、冷静さを保つべく、努力をしていた。
 一回、仮面を外し、端正な顔を晒して、もう一回仮面をし直す、という行動をとる程だった。

 更に五分は経過しただろう。
 ようやっと、彼は普段の口調で、アリシアに声を向ける。

 「久しぶりに驚いたな。……そう言えば、君の――――サーヴァント? か。は、一体どのクラスだ? ダブりが無いと言ったな。……「アサシン」か? それと調のサーヴァントは如何した?」

 『聖杯』に関しての一通りの情報を、一先ずは消化したのだろう。

 デュナミスは、今現在の《完全なる世界》の影響と、今後に関する話題を出した。
 ええ、そうね、とアリシアは首を縦に振り。

 「デュミナス。紹介しておくわ。――――私の契約した、サーヴァント」




 「……「アーチャー」を、ね」




 予想外の単語を言った。

 「――――待て待て! 一つの『聖杯』からは七体で、クラスが重複しないのだろう?」

 流石に見咎める。
 てっきり「アサシン」が来るのだろう、と思っていたデュナミスは、意外な単語に声を上げた。冷静な態度は何処へ行ったのかと、彼を知る物ならば思うほどだ。
 今迄に露わにされた情報を総合すれば、普通にそう考える。

 「そう。それは絶対の法則。でも、クラスが重複する可能性は、有るのよ。例えば、単純に――――」




 「――――『聖杯』が複数、存在するとか」




     ●




 「な――――! ……それは!」

 アリシアの単語は、再度、彼を驚かせる。しかし、そう。冷静に成ってみれば――確かに、それならば納得出来る。というか、それしか考えようは無い。

 道具という品物は、どう扱っても、そのものが保有するプログラム以上を実行する事は出来ないのだ。

 再び高ぶってしまった感情を、落ち付かせながら、デュナミスは冷静に思考する。

 つまり――――今現在。

 フェイトと、調以外の四人と、アリシアが、英霊と契約をしている。
 そして、英霊を呼ぶ為の『聖杯』は、既に最低二つが、確保されている、と言う事だ。
 それならば、先の言葉も納得出来る。即ち、契約できる英霊の数は、十四体。フェイト達で半分だ。自分が契約する余裕も、確かに残っているのだから。

 「……よし、……落ち付いたぞ。――――まあ、聞きたい事は色々と有るが、取りあえず、二つ、良いか?」

 「ええ、幾らでも。正直に言えば、全部話す為には、結構時間が懸かるな、と予想してたし」

 何でも聞いて? と、態度を少し柔らかくして、首をかたん、と倒す。
 しかし、そんな態度に構う事無く、デュナミスは矢継ぎ早に問いかけた。

 「一つ、サーヴァントは信頼出来るのか? 次だ。信頼で出来たとして、役にどれ程、役立つ?」

 当然とも言える質問に、うん、とアリシアは頷いた。

 「大丈夫。今の所、私達が呼んだ面々は……皆、信頼が持てる相手だよ。――――あ、そうだ、言い忘れてたけど、私達の目的意識や、立場に近い英霊が、呼ばれてるみたい。理由は不明だけど。……だから、少なくとも、敵になったりはしない。で、実力は――――かなり高い。私と互角か、もっと上、かな」

 因みに、アリシア・テスタロッサは強い。
 旧《完全なる世界》の幹部、とまでは行かないが――――恐らく、本気になったタカミチ・T・高畑や、クルト・ゲーデルを相手に、互角に戦える実力を持っているだろう。

 少なくとも彼女と同じレベル、の人材が居るとなると、これは非常に心強い。しかも、契約相手だ。契約の形を取っている以上、有る程度の制御は通用すると言う事でも有る。

 「調のサーヴァントは?」

 「調のは、……少し、企んでる、考えている事が有るんだ。京都で実行するつもりだよ。仮に成功すれば、調にサーヴァントが付くし、失敗したら、本部で召喚する。作戦に必要だから、契約していない、ってこと」

 「……少し本題からずれるが、君の「アーチャー」を聞いても良いか?」

 その問いかけに、アリシアは、少しだけ沈黙し、まあ良いか、と言った。

 「ええと。……真名を――――あ、ほら、英霊って弱点を防ぐ為に、真名を隠してるんだ。弱点を見破られちゃうとか有るから――――でも、多分、誰も私の「アーチャー」の名前、知らないと思うから、良いや」

 未来の存在らしいし、と彼女は一拍置いて、名前を言った。




 「セレスティ・E・クライン、って言うんだけど」




 「……知らんな」

 「うん、でも、親近感が湧いてるんだ。セラは良い子だし。……彼女の生い立ちと、理念を聞いて、納得出来たから」

 アリシアの口調に、優しげな物が混ざる。
 そのサーヴァントの事を思っているのか、それとも彼女の母親の事を思っているのか、はたまた、“居た”という妹の事を思っているのか。判断は付かないが、どうやら、そのセラ(セレスティ、だからセラなのだろう)と言う少女を、信じている事は間違いなかった。

 彼女がこんな口調で語ると言う事は、つまり信じても良いと言う事である。
 彼女の人を見る目が、優れている事は、確かだ。

 「この場に姿は見えないが、……同行させてなくて、良いのか?」

 「うん。少し、向こうで仕事をして貰ってるから。停電前も、そうだったけど」

 この時期にして貰う仕事、と言えば、京都関連の問題しかないだろう。

 フェイト達の作戦の詳細は、大雑把にしか聞いていないが……とすると、セラという英霊も助力すると言う事だ。
 フェイトが雇った、人斬りに堕ちた神鳴流剣士も加えれば、その戦力は半端な物では無い。

 「――――私の準備した人形軍団と、ルキフェルが雇った傭兵団も、作戦上で必要不可欠、なのだな?」

 「勿論。今回の目的は、ネギ・スプリングフィールド達の殺害じゃないから。もっと、別の――――大局的な面から、実行してるのは、知ってるでしょ? 信じて欲しいな」

 彼女の率直な言い方に「すまん」と、デュナミスは軽く頭を下げる。
 一方で、此方側戦力を、もう一回、計りなおしていた。

 フェイトとアリシア。五人娘達の中で同行するらしい、焔・調・環と、合わせて四体のサーヴァント。魔術師ルシファー。比泉円神。《螺旋なる蛇》。人形フェイト軍団と、ゼピルム傭兵団と、月詠。

 先程よりも、大幅に強化されている。
 総力には程遠いが、かなりの数が有る事は違いない。
 油断をするつもりはないが――――失敗するとも、思えない状態だった。

 内心で結論を出して、デュナミスは、最後に言った。

 「……これが一番、訊ねたかった事だが」

 今迄の情報は、所詮、細かい事だ。
 一番に尋ねなくてはいけない、大切な問題が残っているからだ。
 組織の一員として、同時に研究者として、どうしても突きとめたい、疑問が有った。

 「納得した面もある。協力者を発見したのは、英霊の力なのだろうな。召喚後のシステムは、彼らから詳細を聞いたとしよう。疑問は解けた。だが――――」




 「ならば、その『聖杯』の召喚呪文を、突きとめたのは、誰だ?」




 そう。其れだけが疑問だ。

 デュナミスが幾ら調べても、手掛かりが無い状態で呪文を探り出すのは不可能だった。
 恐らく、相当に長い(詠唱に一分近くは必要だろう)、何語かも不明な言葉を、ヒントも無しに探し当てるのだ。これは、無理難題を越えている。

 自然に理解出来たとか、偶然、『聖杯』から教えられた、のならば良い。しかし、デュナミスは、そうではない、と確信していた。明らかに、背後には、誰かの意志が有った。




     ●




 「……唐突に、現れた奴が居たのよ」

 沈黙を選ぶ事は、出来なかったのだろう。
 アリシアは、彼の質問に、気乗りがしない様子で、言い始めた。

 「そいつは……何と言うか、怪しい奴よ。いきなり姿を見せて、滔々と『聖杯』の召喚呪文を教えたの。『こう唱えれば、呼び出せるのだ』ってね。……そして、そのまま、今の《完全なる世界》に居付いている。協力してあげよう、と言って。しかも、首領の方に“直談判”して」

 その有り得ない行動に、驚く暇も無かった。未知数で、怪しすぎる存在だったが、追い払う事は不可能だった。フェイトですらも、悟る、其れほどの化物だった。しかし、随分と態度は大きかったらしいが、協力するという言葉自体は、本心だったらしい。
 その人物は、何でも、この世界に来て、多くの組織を見た後で、最後に《完全なる世界》へ手を貸す事に決めたようだった。そして、今も尚、内心は読めないが、理由は分からないが、兎に角、一緒に居るらしい……。

 「そいつは言ったわ。――――『我は《世界の意志》と交渉をして、この世界へと来た。そして、汝らを助けると、好きに決めたのだ。……其処に誰の意志も無い、我の気紛れと、世界の行く先と、汝らの行く先を、期待しているだけの話。存分に協力してやろう。信じて貰わずとも一向に構わないのだよ……?』――――ってね」

 アリシアはそう語った。




 外見は、中性的で、男女の区別が付かない。
 皮肉屋で、飄々とした態度をしている。
 時折、容赦なくフェイトと首領の首を狙うが、しかし戯れに過ぎない。
 彼らと共に、色々な悪巧みをしている事が多い。
 実力は、恐らく――――《億千万の眷属》と同等か、下手をすれば、それ以上。
 真っ直ぐに性格が悪い、神出鬼没の存在。
 虹色の瞳を持つ、年齢不詳の異形。




 『世界を見回って、二千百十万秒には届かないが……それでも全てを見た。何、《完全なる世界》は、我が過去に居た、十二翼達と、少しだけ似ている。そうとでも、思っていると良い……』




 『時の庭園』での、デュナミスとの話を終わりにするかのように、アリシアは、その存在の名前を呼んだ。




 「『大賢者』ヨーカーン。それが現れた、《完全なる世界》最大の助力者にして、諸刃の剣たる存在よ」








 遠く鳴り響いた《闇の福音》の宴は、開幕のベルに過ぎなかった。

 京都で起きる騒乱は、不穏を孕み、世界を巡る物語と成る。












 ネギの周りが過剰戦力かと思ったら、敵がサプライズばっかでヤバイ、というお話。特に最後の奴。

 『聖杯』は一つでは無く、故に召喚されている『英霊』も七体では無い、というある意味、予想済みの方も多かっただろう事実も判明しました。
 この世界で型月ルールが適応されるのがおかしい? とは言わないで下さい。だって《世界の意志》=“あの”妲己の時点で、既に色々と手遅れです。

 アリシアのサーヴァントは、「アーチャー」。
 真名は『ウィザーズ・ブレイン』のセレスティ・E・クライン。
 原作を知っている方は納得出来るかと思いますが、「母と娘の関係」や、「小の為に大を犠牲にする」、更には、「公からは追われる立場」と、敢えて色々と、面白い繋がりを考えて決めました。因みに、大停電で超鈴音が告げている『I-ブレインを知る者』とは彼女の事です。

 フェイト(ミニ)とは、原作六巻・修学旅行編での、子供フェイトの事です。本気のエヴァなら一撃で葬れるとは言え、十も二十もいたら、かなり危ない。

 フェイト、アリシア、焔、環、調とサーヴァントが四体。
 月詠とゼピルム傭兵団とフェイト人形軍団。
 《完全なる世界》に助力する《螺旋なる蛇》のガラと《礎(イソエド)》。
 祓い手・比泉円神。
 『魔法使い』の《魔術師ルシファー》ことルキフェル。
 敵か味方か怪しい八雲紫。
 そして《完全なる世界》所属の、ラスボスの一人『大賢者』ヨーカーン(流石にこの人は、京都には来ません)。

 これ、京都がマジで壊滅しないかなあ。

 ではまた次回。
 ヨーカーンも出た事ですし、そろそろ、人物事典(下)が出るでしょうか。



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