いきなりの銃声。舞う血球。撃たれたのは誰だ?ガトーが即座に伏せ、周囲のバイオロイド兵が自分の周りに壁を作る。もう一発。今度はバイオロイド兵の装甲服に命中して弾け飛んだ。しかしバイオロイド兵は何もしない。ブラスターライフルを銃を撃ったらしいノーマルスーツの男に向けるだけだ。そしてノーマルスーツの男は多勢に無勢と見るとすぐにドアの向こうに姿を消した。
撃たれたのは俺じゃない。ガトーでもない。装甲服をまとっているバイオロイド兵たちは論外、となれば……
「トール、避けて……」
聞きたくなかった言葉を聞いたことで呼び起こされた考えたくない思惟の結果を私はその次の瞬間、見下ろすことになる。レックス大尉と部下二人。アレはヤコブにヴィルヘルムか。三人が腹部を血に染めたノーマルスーツの人物を懸命に治療している。体をそちらに向けるが強い力で押し付けられていることにいまさら気付く。バイオロイド兵たちだ。見れば数人がガトーの上に覆いかぶさり、別の集団が私たちの前に壁を作り、懸命にハマーンを治療し、そして守っている。
撃たれたのはハマーン!?ソフィー姉さんに仕込まれた教育の結果か、周囲に舞う血球の量から出血量の推定を頭がし始めていた。危ない!?出血している量は!?宇宙空間での出血は気圧の関係から静脈からの出血でもポンプのように吸いだされる。即座に出血を止めないと命取りだ!
見るとハマーンは力なく横たわっている。意識はない。撃たれたことでかなりの出血をしたらしく、ノーマルスーツの腹部が血に染まっている。目算で一リットルほど。ハマーンの体重は50キロほどだから、危険なまでの出血量だ。既に処置が始まっているらしく血は止まっているが、かなりの血を失ったことで危険な状態であることに違いはない。
「レックス!出血量は!?総員、あのバカを逃すな!」
「出血量は約一リットル!先ほどナノマシンを注入しました!現在ノーマルスーツの穴を塞いで傷にガーゼを!メディック!急げ、お嬢さんの治療だ!早く!」
「警戒中の歩哨4名が死傷してます!侵入者が他にもいる模様!」
「閣下、アレはアルビオンのウラキ中尉です!現在の規定では射撃できません!解除か変更を!」
「追え!殺せ!生かして帰すな!他に侵入者だと!?」
感情そのままに叫び、行き場のない怒りを床に拳でたたきつける。抜かった!レバーを引く寸前、ここでのガトーとの対峙と、原作でのニナとガトーの対峙がかぶさったため、誰かが潜入して銃撃をする可能性を疑ったところがこれだ。アルビオンの部隊には工作が完了したと偽情報を流していたのに、何故ウラキがこちらに来ているのかが解らない。兵員の多くをデラーズ側の上陸部隊と爆薬の設置に回したためか!?いや、それでも普通の兵隊ならばバイオロイド兵相手に気付かれずに接近など!
しかしそれは後だ。今はハマーンの治療が!
「レックス!ハマーンの状態は!治療急げ、早く!メディック!」
「閣下、落ち着いてください、メディックが現在治療を行っています。……こちらレックス!……そうか、解った。閣下、アクセル大尉の部隊がこちらとの合流を要請しています。どちらにせよ移動を。揚陸艇には治療設備の備えもあります。まずはお嬢さんをそちらに」
行き場のない悔恨と憤懣を噛み締めつつもう一度床を殴ると、推進剤の点火レバーに手をかけながら命令した。
「レックス、ハマーンをすぐに移送してくれ。可能な限り早い処置を。分隊、命令変更だ。ウラキ中尉を追い、捕えろ。無理なら射殺してもかまわん!追いつけずにガンダムに乗り込んだなら、其処から反転して揚陸艇に戻れ。無理ならばビーコンを発しろ、ガンシップで回収する。……何故だ!?クソッ!」
「はっ!」
敬礼したバイオロイド兵たち5名が追撃に向かう。レックスが担架にハマーンを載せて部屋を出るのを見ると、ヤコブとヴィルヘルムが拘束しているガトーに再度向き直った。
「如何する、ガトー?申し訳ないが話している暇はない」
ガトーは拘束されたまま立ち上がる。ガトーを庇っていたバイオロイド兵が両脇から拘束を続ける。しかしガトーはそれを気にする事無く言った。
「……閣下、私は閣下に返せぬ義理がございます。しかし、それはデラーズ閣下に対しても同じです。私はデラーズ閣下を見捨てて閣下についていくことは出来ません。デラーズ閣下より、ここに参った後は好きにするように申し付かっておりますが、まだ星の屑作戦が継続している以上、私はデラーズ・フリート所属の士官として行動させていただきたく思います。但し、条件が一つだけ」
「止めないのか。私が行っているのは作戦の邪魔だぞ」
「……デラーズ閣下の星の屑作戦における主目的が、地球に食糧難に起こす事を陽動としたジオン残党の地球圏撤退であることは承知しております。星の屑作戦のうち、コロニー落としが閣下の目的と齟齬を引き起こすのであれば……閣下、私がここで邪魔をしない代わりに、地球に残存するジオン残党のアクシズへの脱出に御協力を願いたい。勿論、現在デラーズ・フリートとして戦っているものたちは可能な限りでかまいません。……今回のことは私にも責があります。あの男、私がオーストラリアかソロモンで撃墜さえしておけばこんなことには……」
ガトーは眼光鋭く言った。私は深呼吸をすると頷いた。正直、ここまで混乱した状況でコロニーを脱出した後にノイエ・ジールが敵に回るのは避けたい。恐らく、どうせGP03は敵に回るだろうから。……悪いが、どうしても、どうしてもあの男は許せない。それが例え、自分の判断ミスが原因でも。
「了解した。地上のジオン軍残党の地球圏脱出には手を貸す。アクシズまでだな。それから先は知らんぞ」
「解っております。私、アナベル・ガトー少佐は親衛隊第一艦隊デラーズ・フリートでの任務終了後、4年ぶりに原隊に復帰し、第二艦隊所属に戻らせていただきたく。……勿論、デラーズ閣下に了承を得、デラーズ閣下に対する私の義理を果たした後に。地球に取り残されたジオン兵の命とならば、私一人安いものです。……それに、閣下の為されたことはともかく、閣下御自身は一年戦争のときからも変わらずにおられること、ハマーン嬢へのお心遣いにて確認させていただきました」
ガトーは精一杯、こちらを気遣った言葉を向けてくれるが、それは今の私にとっては何よりもきつい一言だ。
「言うな。頼む、何も言うな」
「はっ」
私は頷くとレバーを引いた。前部の推進剤に点火が開始され、コロニーの速度が低下する。これでここに来た目的は全て果たした。後はコロニーを地球に落ちてもかまわない大きさに破砕する作業だけ。ソーラ・システムにプラズマ・レーザーがあれば難しい仕事ではない。
違う、これは私の甘さだ。コウ・ウラキのガトーに対する強い敵愾心を読み誤っていた。ニナ・パープルトンだけが原因ではなかったのだ。勿論それ以外にも原因があることは良く知っているが、バニング大尉を助けたことで精神的にも成長していると見誤ってしまった。それがハマーンを傷つける結果となってしまった。
それでもし、ハマーンが死んでしまったならば。
ハマーンが死んでしまったならば、それは俺の責任だ。
他の誰でもない、俺の。
「将軍、追撃部隊がアンドロイド数体を確認!こちらのものではありません!」
やはりそうか。ウラキ程度がコロニー各所に部隊を分散させたとはいえ、バイオロイド兵の警戒を抜けてくるから怪しいと思った。この件には、あいつらも関わっていると言うことか。
「ツケは高くついた、ということか。クソッ!」
第71話
コウ・ウラキは後ろから迫る追っ手と追っ手の放つビーム光を器用に避けながらエレカに乗り込むと一気にガンダムへと走った。一旦は追っ手を撒いたかと思ったが、すぐに先ほど見た、宙間移動用らしいバイクに乗ってこちらに向かってくる。どうやらバイクの先端にも同じようなビームの発射機が付いているらしく、エレカの近くに着弾しては火花を散らす。
エレカ程度の速力では逃げ切れないと思ったそのとき、敵のバイクの近くに連続した着弾が生じてバイクは破壊された。他のバイクは形勢不利と見るや退却に移ったようだ。
「コウ!無事か!」
「キース、お前なんで……」
チャック・キース少尉のジムキャノンⅡが援護に来てくれたらしい、ジムキャノンの背後には周囲をうかがうジム・カスタムの姿。どうやらバニング大尉が残ってくれたらしい。
「ウラキ、急げ!」
「大尉!ガトーが拘束されていました!拘束していた奴らはすぐに出てきます!」
通信を受けたバニングは一瞬コロニーの内部で何が起こっていたかを考えたが、ウラキの持ってきた情報だけでは少なすぎると判断すると続けて命令を下した。
「ウラキ、さっさとガンダムに乗れ!もうすぐイオージマからの援護が来る!陸戦隊の仕掛けた爆薬も時間が迫っている!ジオン残党の掃討が始まるぞ、急げ!」
コウは頷くとガンダムに乗り込み、起動を開始する。
「ウラキ中尉!ソーラ・システムの射程範囲に突入しつつある!ウラキ中尉!」
オンになったままの通信回線からスコット軍曹の呼びかけが続いている。ウラキは回線を開くと返事をした。
「こちらウラキ、これよりバニング大尉達とコロニーを出る」
「ウラキ中尉!まもなく空母イオージマからの部隊がコロニーに接触します!援護を受けて残存するジオン残党を攻撃してください!陸戦隊の内火艇は既にコロニーを離れつつあります!脱出を確認次第爆薬を起動させるとのことです!急いで!」
ウラキは気の入らない返事をすると通信を切った。あの光景が頭に焼き付いて離れない。ガトーを拘束していた硬性宇宙服の集団。中心にいた、少女らしきノーマルスーツに寄り添われた男性を、自分はどこかで見たことはなかったか?それに、ガトーを拘束していたのであれば連邦軍のはずだが、先ほどこちらを襲ってきた。勿論、自分が打った弾丸が小さいノーマルスーツの人間に当ってしまったことが原因であることはわかっている。
しかし、このコロニーに潜入している連邦軍はアルビオンの陸戦隊とMS部隊だけのはず。アレがもし連邦軍ならば、どうしてこちらに連絡一つよこさない?それに、ガトーを拘束して何事かを話している風にも見えた。ガトーが閣下と呼んでいたから、ジオン軍のはずだが、それならばどうしてガトーを拘束してコロニーに対して何かを行おうとする?
答えが出ないままにコロニーを出るとコロニーの前部で連続した噴射を確認した。
「バニング大尉、あれは!?」
キースの通信。それに答えるバニング大尉の声。
「陸戦隊のやった減速のための噴射だろう。これで時間が稼げる。軌道上のソーラ・システムとプラズマ・レーザー、それに陸戦隊の仕掛けた爆薬があれば、これでもう、阻止限界点を越えてもほとんど大丈夫だろうな。良いか、急げよ!レーザーやソーラ・システムはこちらを区別してくれはしないぞ!」
変だ。陸戦隊の影は前部航行管制室には無かった。前部航行管制室でしかこの噴射のコントロールが行えないとするなら、なんであの集団はガトーを知っている?あの集団は一体なんだ?ジオン軍に知己を持ち、ジオンに協力せずに隠れてコロニーのコントロールを行おうとしている。しかも、アルビオンの陸戦隊はまるであいつらの存在を知っていたかのように行動し、この結果だ。
あの噴射はアルビオンの陸戦隊が行ったものじゃない。それなのに、何故?
「まさか、連邦軍の、月艦隊の中にジオンと取引をしている奴がいる?……そいつは陸戦隊に命令を下せる立場で、ここにいない人物。多くの兵力を動かせる立場で、コロニーに秘密裏に部隊を送り込めるほど、戦場の状況を知る立場にいる人物……まさか!?」
コウは自分の思い至った事が本当かを確かめる必要があると感じた。感じた内容そのままにフットレバーを押し込むと、おそらくそ部隊軍が入った側であろうコロニーの上面へ向かう。さっき飛び去ったバイクと飛行機はあちらに向かったはず。ならば……
「ウラキ!何処へ行く!?」
「コウ!」
二人の通信を背景に、コウのGP03はコロニー上面にその機体を動かしていった。新たな通信音を背景に加えながら。
「……こちら空母イオージマ所属、第32戦闘中隊。指揮官のブリストーだ。これよりコロニー近辺に展開するジオン軍を攻撃する。近隣の攻撃可能な部隊はわれに追随せよ、以上だ」
一方、コロニー後方1万5000を航行するバージニアでは予想外の客を迎えていた。作戦通りならばソーラ・システム防衛の任務についている東方不敗マスター・アジアだった。クーロンを一人で動かしてここまで来たらしい。勿論、ソーラ・システム護衛の任についているトロッターやブライト・ノアには黙ってきたらしい。
「東方先生、アンタなんでここに!?」
MSデッキまで降りてきたシーマが怒鳴る。当然だろう。ガトーがソーラ・システムに突撃を行う可能性があるからこそトールは東方不敗をソーラ・システムに配したのだ。それがここに来るとは、作戦違反でもあるしガトーが攻撃を開始した場合に阻止する戦力が不足する可能性が高くなる。
「ふん、悪い予感がしたのでな。わしの予感はこれでも当る。シーマ、あの馬鹿弟子から連絡はあったか?」
シーマは頭を振る。コロニー内部に突入してから30分おきに確認の連絡が来るはずだが、1時間前以来報告がない。呼び出しを続けてはいるが、同行したバイオロイド兵からも報告がないのだ。揚陸艇との連絡は維持されているが、戻ってきた様子はない。
「まだ無いよ。……確かにおかしいね」
「シーマ様!コロニー前部近辺に連邦軍の部隊が展開を始めています!ありゃあ新型ですぜ!」
その報告にシーマは目をむくと怒鳴った。
「モニターに出しな!一体なんだい!?」
映し出されたのはブルー・カラーに塗装された航空機らしい影。何事かと整備デッキから上がってきたセニアがそのMSに気付いたらしい。
「シーマさん、あれはミツコの報告にあった新型よ!ハービックの技術陣が連邦軍に出向して作った奴!確か、GTなんちゃらって言ったはず!」
其処からデータをあさりにまた整備デッキにかけ戻るセニア。予想外の展開に誰しも驚きを隠せないが、その中で悠然としている東方不敗はシーマに向けて話しかけた。
「シーマ。月からアレは運んできたのだろうな?」
「一応あるけど……先生、アンタあの機体で出るつもりかい!?」
東方不敗はシーマのその言葉に鼻で笑った。
「今ここでクーロンで出れば、コロニーから出てくる所属不明の機体がトール指揮下であることがばれる。となれば無理よの。ならばあれ―――マスターガンダムで出た方が良い。何、ア・バオア・クーの騎士とやらにまた一機機体が加わったとしても問題はなかろう。むしろシーマ、心せいよ。今この段階でわしらの行動を塞ぎにかかってくる必要があるのは誰か。おのずと答えは出ようものよ」
シーマはその言葉に背筋を凍らせた。弟の、トールの行動を今まで何度も塞ぎにかかってきた"整合性"。それが実戦部隊を投入してきた可能性に思い至ったのだ。だからこそ東方不敗は予感に従ってこちらに移動してきたのだろう。シーマにしてもシステムの目的を叶えることがトールの行動の第一の目的であると知ってはいても、そのために弟の犠牲を許容するつもりはない。
彼女にとって大切なのは地球にコロニーが落ちることで失われる命よりも弟一人の命なのだ。
「あたしも出るよ。ガーベラの用意は出来てる」
「それこそやめよ。お前の言うガーベラが一年戦争のときのそれかアナハイムから供与されたガンダムかは知らぬが、双方共に所属が明らかよ。下手には出せぬ。それとも、所属が不明のMSがまだ搭載してあるか?」
東方不敗に言われたシーマは少し考えた後に頷いた。一機、ある。トールの乗り換え用に積んできたMSが一機。この戦場でジオンとして戦わざるを得ない可能性を考えて運んできたMSが一機だけある。
「姉さん、無茶よ!ドルメルはトール用に調整してあるし、キットが積まれていなきゃ性能が出せない!姉さんには難しいわ!」
データを取って整備デッキから戻ってきたセニアが叫ぶ。シーマに釘を刺しながらディスクをコンソールに入れると機体データがモニターに写し出される。RX-78E、ガンダムGT-Four。コア・ブースター形態からMS形態に簡易変形可能なMS。航空機型機動兵器の特徴でもある長距離侵攻能力と即時展開可能という特性を生かして戦線を機動防御、または突破するための兵器。
次々に映し出される性能諸元を細かく目で追いながら、東方不敗は鼻息を鳴らした。試作機?嘘をつけ。試作機ならば8機も要らぬ。となれば、この部隊は当然実戦に耐えうるだけの性能を持ち、その実証を終えた兵器であるはず。そうでないならばやはりアレが投入した部隊と考えるしかなかろう。トールがここにいれば、他にも情報もあったかもしれんし、それによって連邦軍の開発したものか、アレが投入した兵器かの区別も付こうが、今付かぬとすれば、アレが投入した部隊と考えて動いた方が良いな。
しかし、いまさらトールを襲って何の得がある?東方不敗は訝しげに顎に手を当てた。
歴史のバランスをとるというのであればコロニーそのものが投下されなくとも、破片を地球環境に影響を与えるような大きさにとどめられればそれで良いし、それを為すのであればむしろジオン側に戦力を加えて星の屑を後押しさせた方が良いはず。これではバランスをとるどころか、トール一人に狙いを定めて行動しているとしか思えぬ。
今ここでトールの奴に手を出すことで星の屑が動く事を狙っておるのか?いいや、ベーダーの第一軌道艦隊がソーラ・システムを展開させておるし、アナベル・ガトーがソーラ・システムに攻撃を加えた際の事を考えてプラズマ・レーザー砲を展開させてもいる。トールがコロニーに入ったということはコロニー破壊用の爆薬でも持ち込んだに相違あるまい。奴はそういうところでは過剰に過ぎるほど準備を行う。
となれば、コロニーが地球環境に影響を与えるほどの大きさで地球に落着することはもはやほとんどありえん。ガトーが突撃をしたとしても、ソーラ・システムとプラズマ・レーザー双方を潰すことなど不可能。トレーズはそこまで無能ではない。
「解せんな。どうせ碌な事を考えてはおるまいが……」
東方不敗はそういうと格納庫に仕舞ってあるマスターガンダムに向けて歩みを進めた。