「感触はどうだ、ガトー?」
コクピットハッチを空けて整備兵に機体を預け、水分パックからミネラルウォーターをすすっていたがトーに声がかかる。デラーズだ。
「はっ、閣下。……正直、流石連邦軍。戦力だけは過剰です」
デラーズはガトーの言葉に頭を振った。聞きたいのはそういうことではない。勿論ガトーもそれはわかっているが、周囲に目があっては話しにくい。デラーズは察するとすぐに安心しろ、と言う手振りを示した。ガトーが少し、怪訝そうな顔をする。安心しろと言うのであれば周囲の人間にも解るような仕草でそれをするはずだが、デラーズは今、それをしなかった。まるでガトーだけに周囲の人間に聞かせてもかまわないと伝えたいのでもあろうか。
「閣下、な……」
「わしは疑っておるのだよ、ガトー。この戦、誰かに仕掛けられたものではないか、とな」
ガトーは言葉に詰まる。今のところ、水天の涙を他にすれば星の屑作戦は上手くいっている。後方から迫るガンダムの接近が痛いが、それ以外は……いや。前方に展開する連邦軍の戦力がまだわからない。
其処まで考えてガトーは初めて違和感を感じた。この作戦の要所要所に感じた違和感が一気に噴出したのだ。まるで、連邦軍がこちら側の動きを全て知っているかのように動いている……いや、違う。トリントン基地襲撃作戦は成功した。しかし、脱出はコムサイではなく潜水艦で。コムサイは我々が到着するよりも早く撃墜されていた。最初の違和感だ。まるで、逃走ルートを知っていた、もしくはコムサイが降下して軌道上に脱出するつもりだった事を読んででもいたように。
次の違和感はアフリカだ。オービルの件と目的の重要性から言って、当然キンバライト基地は戦闘母艦一隻程度で攻撃する陣地ではないし、追撃部隊もその規模で編成するわけが無い。第一、トリントン襲撃からキンバライト戦まではかなりの余裕があった。その間に追撃部隊に増援を送ることが可能だったはずだ。それをせずに、連邦軍は水天の涙を重要視でもしたのか、アフリカではなくヨーロッパで作戦を展開した。
ソロモン、月、そして今。連邦軍そのものでもなければ当然ジオンでも無い第三者の手が加わっていても不思議ではない結果だ。そもそも水天の涙はNシスターズを襲った第一次作戦の失敗から予測できるだろうが、MA三機を投入して一日かそこらで鎮圧されてしまうとは考えもしない。当然、そうした作戦への対応策をとっていたと見るべきだろう。連邦軍内部に、こちらの動きに精通した部隊がいる。
連邦軍の中に、こちらの動きを知っている部隊と知らない部隊が交じり合って動いていると思い至った瞬間、ガトーの疑問は解消した。それと共にデラーズの行動にも。閣下は、この艦隊に内通者がいる事を疑っておられるのだ。だからこそ、だからこそなのか。いや、であるならば何故。
「ガトー。戦争とは始まる前に全てが決まっている。そう述べた軍学者が昔いたそうだ」
「はっ」
ガトーは頷いた。正規士官としての教育を受けてきた彼は、戦史などの教育も当然受けている。戦争とは結局のところ数、と。一年戦争の際に負けたのは結局のところそれが理由だ。ジオンは最終的に地球連邦の数に敗北せざるを得なかった。MSがその良い例だ。敵に無い兵器を使用することで数の優位を交わそうと思っても、敵が同じ兵器を使用すれば結局のところは数が支配する。だからこそMSはMAに発展した。そして、あのガンダムはMAでもそれが起きようと物語っているように彼には思えた。
「ガラハウは其処まで考えて行動をとっているのかも知れぬな」
「!?」
閣下はガラハウ閣下の存命を信じておられる!?ハスラー提督から話を仄聞する限りでは懐疑的だったはずだが……いや、それだけではない。この艦隊に内通者がいるとなれば、生きているかもしれないという情報を洩らすこと自体が危険だ。何故だ、何故閣下はそれを口に出す?
……まさか。
ガトーは信じられないと言う瞳でデラーズを見た。デラーズは視線だけで頷く。そして笑った。
「ガトー、お前はこれより陸戦隊を率いてコロニーに行き、最終軌道調整の準備を行え。その後、事の推移を見届けた後は好きにせよ。ジオンとして戦うもよし、連邦に投降するもよし、アクシズにいくもよし。ガラハウが生きているならば真意を問うがよい。シーマしか生きていないのであればガラハウの復讐に手を染めるのもよし。わしは進めぬがな」
「閣下……!?」
デラーズはため息をつくと頭を振った。
「戦い抜き、戦い抜いた先がこれとは、な。ただもし、この全ての裏に奴がおるのであれば、それはわしや今のジオンなどよりも充分な理由であろうことだけは想像が付くの。……悲しいことだが。いや、わしがジオンの理想―――もはや妄念に近いそれに動かされているように、奴には奴で、動かされるだけの理由とやらがあるのかも知れぬ。勿論、死んでいるのであれば……ふふっ、お笑い種よ」
デラーズはそれだけを言うとMSデッキを去っていった。
第69話
「モンシア中尉より連絡!陽道作戦成功、陸戦隊を乗せた内火艇3隻は予定通り、コロニー後部ハッチに接舷、陸戦要員を降ろしました!また、後方のムサイ艦も数を減らしています!今なら行けそうです!」
上からの報告―――ピーター・スコット軍曹の報告に頷いたシナプスは、画面に映るヴォルガのマクス・パナマ大尉に向けて言った。
「パナマ大尉たちの部隊は後衛のムサイをひきつけてくれ。その間にガンダムとMS隊をコロニー内部に送る。陸戦隊から推進剤供給口の位置情報をもらうと同時に攻撃を開始。推進剤を誘爆させてコロニーの軽量化を行う。陸戦隊は工作の完了と共に退避させる」
「了解しましたが、月の司令部の了解を仰ぐ必要があるかと。幸い、現在バージニアがブースター加速でこちらに向かっています。シーマ大佐に中継を御願いすれば連絡は充分に可能と思いますが」
シナプスは頷いた。
「了解した、大尉。連絡はそちらで」
パナマ大尉は頷いて通信を切った。
「アルビオンはこれよりコロニーに向けて前進する!ウラキ中尉の状態は?」
「今、三本目の対G剤を。メディカルスタッフのチェックを受けています。……艦長、内火艇より連絡、出します!」
コンソールに途切れ途切れの映像が映る。ミノフスキー粒子が濃いためだ。背後にはコロニー内部の都市の風景が見える。どうやら、割れたミラーから内部に入ったらしい。宇宙戦闘用のノーマルスーツに身を包んだ男が、こちらに何事かを語りかけてきた。陸戦隊の隊員らしい。陸戦隊とはいうものの、装備は無反動銃、砲及びグレネード。ノーマルスーツも胸部とヘルメットを強化した簡易型だ。
「艦長、こちらアルビオン内火艇0021、陸戦隊バルスキー特務少尉です。先ほど、コロニー内部を航空物体が飛ぶのを目にしました。我々以外にも潜入を行った部隊がいる模様です。半数がコロニー後部の港湾へ。残る半数はほとんどがコロニー中央部に残り、先ほど分隊規模の部隊が前部港湾に向かったようです。偵察部隊が残存部隊の中央に推進剤供給口らしきものを発見しましたが、コロニー内部を飛行した部隊と所属が同じと思われる部隊が推進剤の注入作業を行っています。警戒が厳重で500m以内に近づけません」
「ジオン軍か?」
シナプスの問にバルスキーは頭を振った。
「いいえ。連邦軍で開発中の対G用ノーマルスーツ、通称"ハード・スーツ"に似た形のプロテクターを身に纏っています。ノーマルスーツに装甲板を追加したようなデザインです。また、所持している銃火器は連邦軍製でもジオン軍製でもありません。それになにやらデザインが少し異なります。まるで、銃弾を発射するのではなく、別のものでも打ち出すような。動きからして精鋭です。下手に動けば我々がいる事を気取られます」
シナプスは眉をしかめた。
「連邦軍でもジオン軍でもない?……一体どういう……。少尉、通信を行ってこちらの存在が明らかになる危険は?」
「いいえ。この回線を確保するには時間をかけました。またコロニーから発信されている位置情報用のGPS回線に紛れ込ませて発信させています。内火艇3隻に合計45名、いささか戦力としては不足です。敵はどうやら一個中隊、200名ほどの部隊を4から6機のVTOL機他で運用しているらしいので。兵員の質も動きからして向こうが上でしょう。まともに一戦すれば蹴散らされます」
シナプスは顎に手を当てて少し考えた後、言った。
「先ほど、前部港湾ブロックに向かった部隊が少数だったといったな?」
「はっ」
バルスキーは頷いた。シナプスは更に数瞬、考えた後に言った。
「MS隊のコロニー突入と共に支援を受けてコロニー前部を確保せよ。難しい場合は任務を中途で放棄してもかまわん。但し、その場合は推進剤供給ラインを破壊してこれ以上の加速と大気圏突入前の最終調整を阻むのだ。あとは、地球軌道艦隊に任せるより他はない」
「了解いたしました」
通信が切れた事を確認したシナプスは同時に脇のジャクリーヌ・シモン軍曹からMS隊の再編成終了とウラキ中尉のメディカルチェック終了の報告を受け取った。軍医の提出した報告書を見ると医務室に通信を始める。
「ウラキ中尉の状態は?」
「驚くべき体力と精神力です。G剤の使用は一ソーティ2回が限度ですが、よくもっています。しかし……」
「これ以上は危険か?」
「艦長……!」
軍医を押しのけてパイロットスーツ姿のウラキが姿を見せた。疲労の色が濃い。一瞬出撃命令を下すのをためらってからシナプスはため息を吐いた。無理なのだ。ここでGP03という戦力を外すことは出来ない。月からの追撃部隊もそろそろ交戦領域に入るところだが、敵にあのMAがいる以上、バージニアからの援護があっても難しい。それに、シーマ大佐とは先ほどから連絡が取れない。恐らく、隠密行動を旨として通信封鎖を行っているのだろう。その判断に否やはない。通信は位置を暴露することになる。
だからこそ単艦でコロニーの針路変更を行うために、戦力が低下しているらしいジオン軍の隙を狙って陸戦隊を送り込んだわけだが、コロニー内部の別勢力が気になる。何処の所属かがわからないうちは手を出せないが、わからない以上、敵として行動するより他にない。もしジオン軍だった場合、撤退の最中にあのMAに襲撃を受ければ陸戦隊が危険だ。やはり、ガンダム頼りになる。
「……ウラキ中尉、無理はするな。撤退命令を受け取った後は必ずアルビオンと合流せよ。また、コロニー内部の戦闘二機を取られて時間の確認を怠るな。阻止限界点まで40分の距離でプラズマ・レーザー砲艦の砲撃が始まる」
「はっ、ハイ!」
顔を輝かすウラキに頷くシナプス。そこに更なる報告が入る。
「連邦軍空母イオージマ?……ベーダー大将の援軍か。よし、コロニー左翼側から近づいてこちらとの合流コースを取るように伝えろ。搭載している部隊には撤退の援護に入れるように要請。部隊は第32戦闘中隊……通称ウィザード隊か。指揮官はジョシュア・ブリストー少佐。聞いたことが無いな」
「元は連邦空軍の戦闘機部隊とのことです。どうやら、機種転換訓練後に異動になったらしく。記録を出しますか?」
シナプスはそれは不要、と頭を振った。
「いや、良い。どうやら新型機を搭載してこちらに向かっているようだ。……長距離要撃用の機体か。今はありがたい。連絡は絶やすな。貴重な増援だ」
コロニー前部航行管制室。現在時は地球標準時0083年11月12日午後2時43分(地球落着まで601分)。脱出のタイムリミットまでは200分と少し。現在は前部航行管制室に展開して航行制御プログラムの改竄を行っている最中だ。
コロニー落とし、と一言に言うが、目標どおりの場所に落すには、また、地表に対する被害の程度を考えるならば、当然だがただ落しただけでは意味がない。目的に最適の場所に、目的を成すだけの形でコロニーを投下しなければならない。まず大気圏への侵入角度と位置。プログラム内部に書き込まれた内容によると、やはり目標は北米のようだ。阻止限界点を突破してから最終軌道調整をかけた後、投下される予定に変わりがない。
そしてやはり、作戦に充分以上の効果を見込むデラーズ中将らしい設定になっている。コロニーの地表落着角度は、その大きさからすれば考えられないだろうがほとんど着陸に等しい22度。この角度で侵入した場合、かなりの距離の地表を削って落着した後に大爆発を起こす。
落着角度が浅いためオーストラリア大陸を消し飛ばしたブリティッシュ作戦ほどの地形的被害はもたらさないが、浅い侵入角度がもたらす効果は地表の消失よりもむしろ、噴き上げられる土砂にある。噴き上げられた土砂はコロニーが引き連れてきた熱と爆発であっという間に灰に変わり、大気中を舞い散ることだろう。そしてそれは、今後10年近くに渡って地球を数度寒冷化するのに充分な量となる。
……は!?まて、落着角度22度!?そんな角度で侵入したらジェット気流に乗って拡散する塵の量は半端なものではないぞ!……間違いない。このコースだとカナダ、ケベック州側からサンベルトに向けて突入する。コースから言って、寒帯ジェット気流に乗ってヨーロッパ方面に拡散する。となれば、穀倉地帯とはいっても北米だけではなく、ヨーロッパ、ロシアにまで広がることになる。熱汚染の進行で、かえって農業が盛んになっているロシア平原を寒波が襲う事態になれば、0083どころの話じゃない!
これは、史実以上の星の屑作戦になっている!?其処まで考えてから気付いた。
……何故だ?
いや、今は航行管制を行う必要がある。其処まで考えたところでバイオロイド兵の一人が話しかけてきた。
「将軍、コロニー各所に爆薬の設置を終了しました。コロニー内に連邦軍の陸戦隊を確認。こちらを伺っているだけですので手は出していませんが、下手に外と連絡を取られると厄介ですな。ジオン軍でしたら即座に殲滅していましたが、連邦と言うのが……」
私は舌打ちした。厄介な。何処の部隊だ。
「所属は?」
「陸戦隊内に潜入しているバイオロイド兵を見つけましたので通信を。戦闘母艦アルビオン所属の陸戦隊です。指揮官は認識番号CP987712Rのバルスキー。連絡によればおよそ1時間後にアルビオンのMS隊が突入を開始すると」
ふっ、と息をつく。
「爆破準備はこちらの行ったものをそうだと報告させろ。航行管制室には部隊を送ってコロニーの航路調整を行った、ともな。こちらの所属は明らかにさせるな。もし陸戦隊員、バイオロイド兵以外のもので気付いたものがいれば始末しろ。今こちらの工作を気取られるわけにはいかない。勿論、アルビオンMS隊以外は、だ」
「了解しました」
バイオロイド兵に対して頷くと航行管制装置にアクセスしている別のバイオロイド兵に声をかける。
「プログラムの起動準備は」
「現在インストール中です。ジオン軍の組んだ配管システムがかなり複雑ですのでまだ一時間ほどかかります」
「閣下!」
周囲を警戒するために配置していた部隊の一人がかけ戻ってきた。
「戦艦グワデンより連絡艇3隻及びMAノイエ・ジールの接近を確認!コロニー前部港湾ブロックにもうすぐ来ます!こちらにもバイオロイド兵の潜入が出来ていますが、数が。それに、アナベル・ガトー少佐も同行されるようです」
デラーズ、ついに気付いたか!前衛のムサイを下げてグワデンを前進させ、コロニーに接近させた報告を受け取った瞬間に、こちらの動きに感づいた可能性を考えていた私はそれが現実のものとなったことに舌打ちした。全く、まずい瞬間に気が付いてくれる。
「同行しているものの中で黒歴史に記載があるものは?」
「港湾部の周囲を警戒しているリック・ドムⅡに登場しているカリウス軍曹のみです。現在、40名ほどの陸戦隊員・補修要員と少佐が向かっている模様。内8名はバイオロイドです」
私は其処まで考えて押し黙った。どうするか。……アナベル・ガトー。一年戦争の際には世話になった。武人らしいといえば褒め言葉だが、それは却って頑固で既存の価値観―――ギレンの思想に縛られると言うことでもある。だからこそ一年戦争の際に接触し、ジオンと言う考え方をただ地球連邦の一極支配に対する反抗、と言うだけではなく広い視野、スペースノイド全体を考えた場合を持たせるように誘導していた。
しかし結局彼はデラーズの下に行く。勿論そうしなければ星の屑作戦の推移が不明瞭になるはずだが、一年戦争最後の戦いで見せた動きを考えれば、視野は広くなっていると信じたい。問題は。
そう、問題は私が蝙蝠である事を知ったときに如何反応するか。
「港湾部管制ブロックに入った瞬間に攻撃を仕掛けろ。ガトーと兵員を分断した後はバイオロイド兵と呼応して陸戦・補修要員を殲滅。ガトー自身はバイオロイド兵と共にここへ連行しろ」
苦々しげに顔をゆがめてそういうと、背後に暖かい感触。しかし今はそれが却って苦痛だよ、ハマーン。
「……あまり気乗りしませんが。不測の事態を招く恐れが」
バイオロイド兵の一人、B小隊指揮官のレックス大尉が言った。指揮監督のため、バイオロイド兵の下士官以上には人格情報を与えられている。元々は潜入工作要員だけの処置だったが、バイオロイド兵の軍事力としての運用を考えると、結局はそのようにした方が良いことはすぐにわかった。
「私も義理には縛られる。いかんな、死なせたくない、などと思ってしまった」
レックスは鼻で笑う仕草をすると、頷き、部隊に戻っていった。トールはその後姿を見つめると、果たして彼らに人格を与えたことが良いことだったのかを自問した。