「将軍、揚陸艇着陸します。着陸後すぐに部隊の展開を」
「ああ、頼む」
コロニーに潜入が成功し、揚陸艇がバージニアとの往復で物資を搬入し始めているのが見える。どうやらデラーズ・フリートはコロニー後方のケーブルを接続させたムサイからコントロールを行っているらしく、コロニー内部に敵の姿は無い。無防備に過ぎるほどに何も無く無人で、侵入の後は容易だった。
コロニー内部に侵入したのは私とハマーン、アクセルの三人組に揚陸艇に乗り組んだ兵員一個中隊。兵員は戦闘用に調整されたバイオロイド兵で構成され、使用火器もOGシリーズ仕様の高威力なものが用意されている。揚陸艇は100mクラスの中型船舶にミラージュコロイドを装備させたもので、数百トンクラスの物資と1個中隊の兵員を輸送できる。
「閣下、コロニー内に動体反応なし。無人です」
バイオロイド兵の一人が報告に来る。周囲には同型の揚陸艇4隻が着陸し、兵員やワッパ、Gファイター(改造型)を出し始めている。コロニーのミラーすぐ横にミラージュコロイドを展開したまま停泊しているステルス艦からコロニー外壁に穴を開ける形で出撃したため、早々ばれる心配は無いだろう。コロニー内部は総延長30キロにも及ぶ広さだ。改造Gファイターを使ったのは、そちらの方が移動しやすいから。だからこそわざわざこういう形をとったが、今のところは順調に進んでいる。
今回投入されたGファイターはMSV-Rにて運用された強襲揚陸型を元にして、中央部のコンテナ部分を入れ替えることで戦術輸送を可能とさせたものだ。今回は兵員輸送用コンテナを装備したものと重火器・装備を満載したコンテナを装備したものとを半々である。とはいえ、そう大したものは積んでいない。揚陸艇に搭載されているのは各艦ごとに3機ずつ。理由は積載量の大半をコロニーの姿勢制御用推進剤にとられたためだ。また、Gファイターに積んでいるものも狙撃銃にブラスターライフルが精々。こちらも積載量の大半をコロニー破砕用の爆薬に取られている。
「アクセル、コロニー内部に外が気付いた様子は?」
「いいや、ない。後方からのアルビオン隊が上手く陽動になっているらしい。今一隻、距離を取り始めた。デラーズの投入した戦力が少ないな。トール、お前の持っていたデータよりも戦力かなり少ないぞ?」
「だろうな。変更された作戦が影響しているらしい。良いのか悪いのかはまだ解らんが」
「敵の戦力が低下しているのはうれしい情報だが、何かあると思うか」
「思う」
作戦開始前にデラーズ艦隊とアクシズ先遣艦隊から離脱したスパイ要員たちと接触を持ったが、一年戦争とその中での彼との接触は意外に影響があったらしい。一年戦争が連邦有利で終了したことで地球圏からの残党勢力脱出に計画の主目的を変更したようだ。地球に対する強い敵意よりも勢力の温存を選択した背景には、歴史の変更が関わっていると思いたい。
茨の園で拿捕した戦力が月からの追撃に対するピケットの役割を果たす部隊だったらしく、後方からのアルビオンの接近が史実よりも容易だったのは、水天の涙作戦に部隊を輸送した艦隊が本来に合流せずに脱出部隊に移動したのが戦力低下の理由らしい。また、展開戦力の減少はコロニー内部の警備の薄さにもつながっている。今のところはこちら有利だ。心配はあるが、今は作戦が優先。
「各部隊はコロニー破砕の準備を開始。要所要所に爆薬を設置してレーザー砲艦の射撃と共にコロニーが分断されるように配置してくれ。持ってきた推進剤は中央部から送管開始」
「了解しました」
「A小隊はアクセルと後部管制室に行け。ケーブルをつないでいるムサイからのコントロールをいつでも切れる状態にしておくこと。私とハマーンは前部航行管制室に向かう。脱出は今から300分後。よろしく」
「イエス・サー!」
その言葉に敬礼を返すと三機のGファイターと8機のスピーダー(無重力用ワッパ)が浮遊を始めた。Gファイターの翼下には何かのタンクが備え付けられており、揚陸艇からもホースが引き出されてバイオロイド兵たちがなにやら作業を開始している。三機のGファイターの背後からソウルゲインが地表すれすれに滑空を始めたのを確認するとトールもまたヴァイサーガに戻り、起動を開始する。
トール側の部隊らしいGファイターが浮遊を始める。勿論アクセルの隊と同じく高度はとらない。下手に上げるとミラーの外からデラーズの艦隊やMSに視認される可能性がある。ミノフスキー粒子が濃いからレーダーが役に立たないのが救いだが、見つかってしまってはどうしようもない。ビルの間すれすれを移動していくようだ。
「よし、B小隊私に続け、前部航行管制室に向かう」
第68話
「コロニー内部に動体反応?いや、これはデプリだな。報告の要なし」
その言葉にデラーズ・フリート戦艦グワデン所属の参謀、タイラー少佐は頷いた。レーダー・航法管制を行うダンカン・エディンバラ少尉の有能さは彼も信頼している。一年戦争以来、グワデンの目となり続けてきた彼は信頼に値する。そう、判断していた。勿論タイラー少佐は彼が人間であり、月出身のジオン義勇兵である事を信じて疑わない。
もっとも、彼が人間ではなくバイオロイドであり、月に本拠地を置くトールたちの側であることなど想像の埒外も良いところだろう。要所要所でバイオロイド兵を増員したトールはそれを直接率いるべき戦力としてだけ用いるのではなく、人間とほとんど見分けが付かない―――それこそ、外側は勿論内側に至るまで―――点を最大限度活用するべく、所謂"草"、潜入工作要員として用いることに全力を振り向けていた。一年戦争から続けられた潜入は今では実を結び、一年戦争から連邦軍に入隊した兵員や下士官、そして戦場で昇進した士官には少なからぬ数が潜入に成功している。
それは彼が高位の将軍を勤めたジオン軍ではなおさらだった。
「連邦軍、動きませんな」
タイラー少佐が言葉の矛先をデラーズに向ける。艦橋内にいる幾人かが耳をそばだてたことに気付くものはいない。そして勿論、会話の内容が量子通信システムやフォールド通信などを通じてバージニアに流れていることも。この全地球規模―――いや、全人類圏規模の諜報システムを形成することは、介入に際しての基本達成項目だった。
「軌道上に艦隊を集結させておるのだろう。今は後方から迫る追撃部隊、特にガンダムを擁した部隊だ。最終軌道調整用のバーニアには絶対近づけてはならん。……ファーメルとカルメルを後方に下げよ。グワデンを前衛に出す」
「了解しました」
艦長の頷きを確認してからタイラー少佐は言った。彼にしても勿論、デラーズ・フリートの擁する艦隊戦力が寒いことは承知している。後方から迫るガンダム部隊に対しているガトー・グラードル両少佐の部隊はそろそろ数・補給の手間を考えて増援を入れるべき時間だ。そう思っていたところだった。
実際、問題なく星の屑作戦を展開させているとはいえ、デラーズ艦隊の戦力はお寒い限りだ。ここに展開している戦力は現在戦艦1、巡洋艦16。MSだけはカーゴ付きであることもあって70機前後の戦力を展開しているが、先ほどから蝕接を続けてくるガンダムのために既に巡洋艦2隻、MS7機が撃墜されている。ガンダムだけで、だ。
総被害まで、つまりアルビオン隊による被害を考えると被害には更にMS4機が加わり後方の戦力は低下している。グラードル少佐には支援が必要で、後方のガンダムを押さえ込むためにはガトー少佐を外せない、か。いかんな、連邦軍がもし地球軌道で何かを仕掛けようと考えているなら、連邦軍の迎撃を食い止めるだけの戦力がなくなる恐れもある。
タイラーがその懸念を伝えるとデラーズも頷く。どうやら、同じ事を考えていたようだ。タイラーは其処から更に踏み込んで、予定の北米へのコロニー落着を、北米ではなくコロニー落着そのものを目的にすることを具申したがデラーズは頷かなかった。
「まだ判断するには早い。連邦軍の迎撃次第……いや、となればどちらにせよ手動管制が必要か?」
「解りません。しかし、その場合、コロニーに送った兵員には死を前提とする事となります。……流石に」
デラーズは頷いた。軍人は、死の可能性がある内容を任務とするが、死ぬことが前提となる作戦は嫌う。いや、指揮官であれば兵員の死傷を前提に作戦を組むのは必須だが、全滅を前提に作戦を組むわけではない。勿論これが史実どおりの星の屑であればデラーズも許容しただろうが、"今回"の星の屑は脱出の陽動作戦でもある。無駄に死者を出すよりは、生存の可能性を追求して来るべき時に備える必要がある。
「後方より接近する機体!ガトー少佐のノイエ・ジールです!」
「通信に出せ」
ダンカン少尉は頷くと通信回線を開く。
「閣下」
「ガトーか、何用か?」
「お話が。しかし、この回線では……」
デラーズはそういわれると何事かに気付いたようだ。頷くと立ち上がる。警備兵らしき兵士と士官が立ち上がると装備を確認し護衛の任を始める。うち一人がダンカンと視線を交差させたことは当然だが誰も知らない。
「ノイエ・ジールを着艦させ補給作業に入れ。格納庫作業要員は補給準備を開始せよ!特に装甲表面部のビーム・コーティングの再塗装を。ここから見た限りでもかなりはげておる。ガンダム相手には準備が必要だ」
コロニーに潜入してから3時間と少し、そろそろ時間だと言うことでハマーンと一緒に待機していた場所からコロニーの航行管制室に向かって歩いている。一時離れたのは、監視下にある可能性もあるため、最低限の調査と準備だけをしたからだ。流石に、この部屋でデラーズ・フリートの兵員相手に白兵戦を演じるわけには行かない。航行管制室には予想通りというべきか、センサーの類が仕掛けてあった。内部でのアクセスなどが感知された場合、有線回線を通じて外のムサイに通報するタイプ。
勿論作業中はダミー情報を流すプログラムを動かしこちらの情報はシャットアウトしたが、居続けを行うと下手にばれないとも限らない。プログラムを元通りに戻して一旦退却し、センサーの範囲外だった航行管理部の休憩室まで後退、時間を潰していたと言うわけだ。ヴァイサーガとアンジュルグ、Gファイターはコロニー湾部付近のビル街の一角に隠してある。
侵入場所近くに残した揚陸艇とアクセルの部隊からもそれぞれ侵入成功・作業成功の報告が入っている。もう少し、合図と共に一斉にアクセスを開始してコロニーの最終軌道調整用のバーニアを動かすことが目的だ。勿論残されている推進剤の量から地球落着を阻止するほどの軌道変更は行えないが、揚陸艇に積載した推進剤と、航路管制室の航法コンピューターを操作することで落着の時刻は遅らせられる。それが出来れば後はソーラ・システムとレーザー砲艦任せでいい。
腰にブラスターピストルを手にして誰もいない、不気味な金属製の空間を進む。キットからの補助があるし、道案内に不便は無い。しかし、同時に会話も無い。この状況で上手く動けるか否かがコロニー落着の結果を決めるが故に、ハマーンも緊張している。腰に当てられた手から、不安そうな思念が伝わってくる。ハマーンの不安を抑えるような思念を送ると共に、頭の中ではそれとは別の事を考えていた。
今回の事件、星の屑作戦の流れに背景として生じた、気にせざるを得ない部分―――連邦軍内部の諸勢力の関係だ。
一年戦争でレビル将軍が死なずにすんだ結果、戦後の連邦軍はレビル・シトレ派と呼ばれる戦前からの、軍隊としての体を為した職業軍人の集団と、コリニーやジャミトフを中心とする、新規徴募兵を支持母体とする集団の二つに分かれた。歴史どおりならばジャミトフの派閥が有利となり、一年戦争での被害の反動もあって、其処からはティターンズが生まれることになる。
しかし、ジャミトフは本来ならばコリニーの手柄となるはずのソロモン核攻撃において、こちらが感知できるだけの手を打っていないだけではなく、コリニーの艦隊と、コリニー派であるはずのワイアット大将を見捨てた形になった。ソーラ・システムに合流したブライト中佐やティターンズとなるはずの部隊に潜入させたトレーズ―――レディ・アンからは、一部ジオン軍残党が今回の攻撃に参加する事を代償に戦犯裁判を避け、コロニーもしくは地球にての安寧な暮らしと引き換えに、コロニー落下阻止の任務に様々な形で協力している、という報告が送られてきている。
歴史どおりならばシーマ姉さんがした行為を、他の誰かが補っていると考えるべきだろう。そしてそれは、"整合性"の存在を考えさせずにはおかない。コロニー潜入と同時にシステムから"整合性"側が実戦部隊を投入したらしいと、システム管理者権限に乗っ取って連絡があったが、その部隊が向かってきているのだろう。そしてそれはおそらく、一年戦争最後のあの場面で介入してきた、連邦軍のEXAM部隊に違いないだろう。
コロニーが落着するかしないかはまだわからないが、あちら側の狙いはコロニー落下による社会的混乱を避ける方向で動いているようだ。無理も無い。ここでコロニーが落着すれば、生きている人口が多い分、地球圏の経済に致命的なダメージをこうむることになる。それは整合性のほうも避けたいはず。しかし、"膨張"させすぎないためには、連邦軍とジオン残党軍との交戦を史実以上の規模で行う必要がある、と言うわけだ。
だからこそ、地球軌道に集結した戦力は、特に連邦軍が過大までに強大なっている。デラーズ・フリートは内実はともかくMSの数だけは史実以上に戦力をそろえているようだし、連邦軍も、歴史どおりならコーウェンの第三軌道艦隊を乗っ取ったバスクの艦隊だけのはずが、第一及び第二軌道艦隊に動員がかけられ、ルナツーから戦力を集中している。
解らないのは、ジャミトフが権力を握るのに必要なステップの一つがこの星の屑作戦と言うならば、何故ジャミトフは自分の派閥、コリニー閥の部隊を中心に戦闘をさせずに、レビル派の二個艦隊を動員したかという点だ。それだけではない。彼は恐らくジオン残党から情報を得ていたにもかかわらず、ソロモンでの犠牲の羊にコリニーを選んだ。
こちらと手を結んだから?何をバカな。絶対、裏に何かがあると考えるべきだろう。ジャミトフがこんな手段をとる理由は恐らく、彼にとってコリニー大将がもはや必要なくなったからだと考えるしかない。かといっていまさらレビル閥に入ることも出来ないとなれば、コリニーに代わる大きな支持母体が彼のバックに付いた事を意味する。ジャミトフはそれらに実戦部隊としてのティターンズを、おそらく一年戦争時のEXAM開発の功績つきで近づいたと見るべきだろう。
その支持母体とはどこだ?わからない?いや、推測は付く。
考えてみれば、コリニーの後ろ盾をジャミトフが0083年の段階で必要としなくなっている時点で、連邦軍内部でのジャミトフの勢力拡大が裏付けられる。コリニー閥のような、煽動政治家地味た狂信的宇宙排撃論者のコントロールが上手く行かないと見た時点で切捨てを考えたのか。だからこそ、エゥーゴもそれに対応して勢力を伸ばしている、と。支持母体は……やはり、移民問題評議会が一枚かんでいると考えて間違いないだろう。
となると、あの月でのカーディアス・ビストの接触は、ただバナージ母子をこちらに預けるだけではなく、移民問題評議会、もっと言うならば、甥っ子に手を出すあのオバハンの登場を示唆していた、とでもいうつもりか。もしかすると、移民問題評議会を舞台にした兄弟喧嘩のために、家族を避難させたというつもりかもしれない。どちらにせよ、意外に早くマーサ・ビスト・カーバイン女史とは出会うことになりそうだ。
……嫌だなー。せっかく今回紫ババアと縁が切れると思ったのに、次に出てきたのも充分以上にエライのかよ。切れるとコロニーレーザーをぶっ放すなんて、キシリアでも……良い勝負か。
其処まで考えたところでハマーンが心配そうに肩をなでてくれた。
悲しくなった。どうやら俺は呪われているらしい。
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とりあえず投稿。