宇宙世紀0083年11月11日、正午(コロニー地球落着まで2194分)。
第一軌道艦隊を中心とするベーダー大将の部隊は地球の静止軌道上に集結を終え、ソーラ・システムⅡの設営準備にかかりきりになっている。一年戦争のときとは違い、段違いに薄くなって巻物状になっているミラーを定位置に配置する。巻き取られているため、また電気を通すまでは透き通っているために遠距離からの視認はかなり難しい。
一年戦争に使用したソーラ・システムとは違い、技術の発展によって薄く、軽量になっているため、輸送と展開がかなり容易になっている。戦力の差をコロニー落しや要塞戦で補うしかないジオン軍や他の軍組織との戦闘(対象はアクシズ)を考えた結果だ。
設営作業を見守っていたベーダー大将は、不満気にソーラシステムの右側―――Rフィールドでの設営作業を指揮している戦艦カナダを見た。そこには何事も起こらないなら第三軌道艦隊を形成していたはずの部隊がいる。指揮官はバスク・オム大佐。
初めて会った時から気に入らない男だった。上官には敬意を払うが部下に対する態度を見ている限り、前線指揮官としてはやっていけても艦隊の指揮がせいぜいで、司令官などにはなれない男だ、と思えた。その闘志でもって一年戦争中はジオン軍相手にかなりの活躍もし、またその闘志ゆえに南極条約違反をたびたび犯している。そしてそれが理由となって、ジオン軍の捕虜となった際に拷問を受け、両目にいびつなゴーグルをかける羽目になった。
それが何を考えているか解らないバスク・オム大佐の出来上がりだった。少なくとも、ベーダーはそう判断している。
「ジャミトフ、貴様、何を考えてあの野人に指揮を任せた」
脇に立つ参謀長にして、第9艦隊司令に内定しているジャミトフ少将にベーダーは言った。問われたジャミトフの方は、こともなげに
「闘志に不足はありません。ジオン相手ならば喜んで戦うでしょう」
とだけ返事を返す。ベーダーはそれを見て鼻で笑ったが、ジャミトフの内心は、その外見からは全く解らない。しかし、この時、ジャミトフの内心はめぐるましく動いていた。目の前のデラーズ・フリートのことではなく、この後の推移のことだ。
ティターンズ設立は既に内定し、連邦議会からの援助も受けサイド7を獲得することが出来た。第9艦隊及びOZには新型MSリーオーが配備され、ティターンズ・カラーとOZ用のブラックカラーの二種類が配備され、ソーラシステムの向かって右側で動いている。運用はかなり好評で、地球生まれの新兵どもにも評判は良い。まがりなりにもMSらしい機動が行えているのは、MSの操縦性の高さに依拠している。
外側を見れば戦力に不安は無いが、内側を見れば宇宙に出るのはこれが初めてという若造と素人の集まりだ。地球生まれを中心に集めたため、戦力的に数えられるのはトレーズが持ち込んだOZ隊のみ。精鋭を以てなる、第一軌道艦隊に比べるべくも無い。それに、先々の不安もある。見れるようにはなっているとはいえ、実戦に投入してよいものか迷う部隊を実戦化するのには長い時間が必要だ。遅くとも再来年までは、OZ頼りになるだろう。
しかし高い買い物だった。ティターンズ設立とその軍備増強にかなりトール・ミューゼルの援助を受けたが、援助の代償と言わんばかりに内々ですすめていたソーラ・システムによる迎撃を宇宙軍総司令部に具申し、ビュコックの裁可を受けて第一軌道艦隊の作戦にしてしまった。本来なら、第5艦隊と第9艦隊のみの作戦となり、ジオン側に裏切りを確保する予定がこれでパァだ。
かと思えば、第一軌道艦隊との合同作戦として第9艦隊にも活躍の場を提供している。戦力も、どこに隠していたのか一年戦争のコロニー落しで使用された、プラズマ・レーザー砲艦を用意していた。アレならば、ここから阻止限界点を越えて、射程30000(km、阻止限界点まで41分の位置)で射撃が出来る。
ジオン軍が計画していた同種の兵器(あちらはレーザーまで出力を高められず、ビームにする他無かったようだが)が、射程2000kmと聞けばその凄まじさが解るだろう。ジオン軍のものは、ミノフスキー物理学が採用される前の旧型核融合炉で如何にかしようとしていたのが裏目に出て荷電粒子の供給とその出力に問題を抱えていたそうだが、同じコンセプトでも核融合炉を新型に換装し、レーザーに変更したこちらは違うのだそうだ。
一年戦争でも阻止限界点近くの戦闘で、コロニーに十数発の命中弾を浴びせて粉砕し、最終的に南大西洋に落ちた前部を除いて、大気圏中で消失する大きさにまで分解させられた。その記憶はいまだに根強い。一射撃ごとの射撃間隔が長いのが問題点だが、破壊力については申し分ない。
宇宙艦隊総司令部が抱えていたこれを使用してしまってはティターンズのデビュー戦を飾る意味が無い。功績は砲艦の所属部隊である宇宙艦隊総司令部の、総予備部隊に帰されてしまう。ソーラ・システムというどちらかといえば要塞攻略用の兵器を持ち出したのはこちらの力の程を見せるためでもあったが、これでは良い道化ではないか。
しかもただ道化で終わるだけではなく、艦隊戦に参加することで功績まで用意されている。目標としていた内容が100とするなら、60当たりまで減らされてしまった、と言うわけだ。小憎らしい手を使う。
「不機嫌そうだな」
「解りますか」
ベーダーの声に、ジャミトフは不機嫌そうに聞こえるように返事をした。
正直なところを言えば、こちら側が情報を洩らさない中でアレだけの手を打ってこられる事は、手を組むに値することだと、トール・ミューゼルの価値を再確認している。ベルファストでの約定どおり、手を切れない状態を―――それこそ、手を切るには怖く、手を切れないほどには頼りになる存在―――維持していると言うわけだ。面白くなってくる。
准将から昇進して少将になったばかり、という立ち位置も加味してこういう手を打ってきている。ふ、コロニーが落ちたとしてもそれが却ってこちらの益になるところまで読んだか。ソーラ・システムとレーザー砲艦まで用意されては、どうやったとしても地球への損害が軽減できるし、これで失敗すれば救えない無能の烙印を押される。
かくて私がここに出てバスクを督戦せざるを得ないと言うわけだ。
「お前のところのバスクたちはミューゼルと合わんそうだな」
「は。……どうも、性が合わないそうです」
性が合わぬものを使いこなせない、か。ティターンズの限界がはや見えたか。手薬煉引いて待っているのやも……いや、必ず待っているだろうな、あの男。楽しみではあるが……
ジャミトフはトールの狙いが何処にあるのかに意識を集中させた。コロニー落着まではまだ一日ある。考えに頭を回す時間はある。
第61話
同日、午後3時18分(コロニー地球落着まで1996分)。ヘボン少将のコンペイトウ鎮守府艦隊のうち、第5艦隊がデプリ設置に、第7艦隊が補給を終えて出撃を準備し始めた段階を見計らって私はN1地下格納庫へ向かった。一時間後には、グラナダに向けての出撃が控えている。
「あら、来たわ」
セニアとラドム博士が待機していた。どうやら、ヴァイサーガの最終調整をしていたようだが、少々以前と外見が違う。一部外装を交換したらしく、ヒュッケバイン系の機体にしか見えないようになっているのか。武装も変更されているらしく、腰にエネルギーCAP式のビームライフルが備えられ、背面腰部のスカートに予備弾倉がつけられている。
セニアが機体の解説を始めた。
「とりあえず、ごまかしね。ただ、TMシステムを使うと放熱の問題で、外装が自動的にパージされるから気をつけて。ただ外装をつけるのも芸が無いから、外装の表面にはミラージュコロイドつけといたわ」
ありがたい。敵に近づくまでに迎撃を受けるのがヴァイサーガのような近接戦闘専用機体の弱点だ。それがコロイドで隠せる。
「サイトロンとサイコミュを使ってのトレースシステムも採用したから、自分の体を動かす感覚で動かしてくれれば反応するわ。サイトロンが混線中を起こしたら、切り替えて使ってね。キットの補助があれば地形適応にもプラスが付くし、宙間戦闘能力もある。それに、あそこは谷間で足場が多いしね」
ラドム博士はこちらにかまわず、整備を続けている。サイコミュを併用したトレースシステムと聞いたときには全身タイツの悪夢が蘇ったが、どちらかと言うとアクセルなどが使用しているモーショントレースシステムに近いようだ。アレならノーマルスーツで乗り込めるのでありがたい。……どうしてもあの格好には抵抗がある。
「ムーバブルフレームの使用をGP01、GP04に確認できたから、動きの方も本気出して良いわ。出来るだけ、ポイントを使わない方法で強化はしてあるし、今ラドム博士が最終チェックを行ってる。マントはビグザム級のメガ粒子砲だと1発が限度。ただ、その他の対空メガ粒子砲や、アインスとかいう機体の有線ビームも大丈夫のはずよ」
「短い時間で無理を言ってすまない」
セニアはため息を吐くと笑い、私の背中を強く叩いた。思わずよろけるが、腕を強くつかまれて引き起こされる。顔が近い。ささやく様にセニアは言った。
「本当ならデュラクシールで行ってもらえば安心なんだけどね。ただ、あのフィールドを考えると、デュラクシールじゃ腕のクローぐらいしか役に立たなさそうだし。ほら、私って整備と開発が……」
「ありがとう。……心配をかけてごめん」
私はそういうと、セニアを強く抱きしめた。セニアも肩に手をかけると、右手で人の頭をごしごし掻いて来る。
「……ま、全部じゃないけど解決したんだからよし。謝ってくれたしね。でも、都合よく戦場とマッチングして良かったわ」
「元々、Iフィールド下での戦闘や、格闘専用の機体の登場を見越していたんだけどな」
一年戦争でヴァイサーガを作っておいたのは、シャアのジオング対策と言うよりは、近接戦闘でドルメルやケンプファーを圧倒できる機体を考えてのことだ。それに、ビグ・ザム級の機体を相手取る場合も考えていた。こちらが量産型ビグザムを作ったように、大型MAも設計によっては費用対効果が良いと気付かれた場合。それがこの機体の投入目的だ。
これに対してデュラクシールは、グリプス戦役の際に起こるだろう、混戦状態での使用を考えていた。それに、ジオン軍がファンネルを投入した段階以降に使わないと、出所を探られる恐れもある。其処まで考えて、ニタ研を潰さなかった理由の一つでもある事を思い出し、いやな気持ちになった。技術の出所を隠すために人体実験を許容したことを思い出したのだ。
使われているサイコミュは第三期型モビルスーツ、所謂マン・マシーン世代のもので、オールドタイプでも使用可能なものだが、試験の際には使いこなせるかどうかがまだわからなかった。私自身の経験的な問題もあるだろうし、元々向いていないのかもしれない。しかし、戦わねば歴史は変えられない、と思いなおす。
手渡されたハンディコンソールを操りながら機体各所の改修内容を見ていると、ヴァイサーガが動いて横倒しになり、リニアコンテナに格納されていくのがわき目に見える。ここからリニアコンテナを用いてグラナダに一番近い、恒久都市N4郊外の射出口まで運ばれる予定だ。そして、続いて搬入された機体を見て目を疑った。抱きしめていた体を離す。
「……アンジュルグ?ポイントなんか使ってな」
最後まで言う間もなく、セニアが発言に割り込んだ。
「ハマーン用よ。元はゲシュペンストで、魔装機の技術を使ってある。ダウンサイジングもあるし、ポイント無しでの挑戦機よ。結構良い機体に仕上がったわ。まぁ、デザインがアレだけど。見られたらヤバいイリュージョン・アローとファントム・フェニックスは使用不可能。だから代わりに、背面部のウィング・バインダーにファンネルを6基ずつ、搭載してあるわ。……文句言わないでよ?」
ファンネルと言う言葉に引っかかりを感じたが、大きくため息を吐き、ありがとうとだけ告げる。恐らく絶対にヤヨイ・イカルガのアインスとはサイコミュを用いた戦闘になる。ファンネルの助けは正直、ありがたい。また所属不明の機体で押し通せるならアリだろう、とも考えた。ヴァイサーガは確かに高性能だが、基本的に近接戦闘用で、近づくまでは攻撃の手段が少ない。
しかし、ファンネルと言うサイコミュの使用は負担を強いる。第三期のマン・マシーンと言えども、オールドタイプも使えるようになったというだけで、サイコミュの使用に伴う負担の軽減はあまり進んでいない。機体制御に使っている分には良いが、兵器の制御までそれをやるとなるとハマーンに予想外の負担がかからないか心配だ。まだ16歳で、"若き彗星の肖像"ではかなり辛そうにしていた事を思い出し、不安になる。
「安心しなさい、それに、ハマーンを見くびらないことね。あの子、やっぱり才能があるわ。あ、ヴァルシオーネのハマーン版とかの方が良かった?このスケベ」
それはやめてくれ。言い訳が利かない。ハマーン顔のヴァルシオーネなんて絶対使えない。乗っている人間がバレバレだ。アンジュルグも女性型のデザインの機体だが、顔がゴーグルアイだから絶対にそう思わない。しかしヴァルシオーネで顔を乗り手にあわせて変えてしまえば乗っている人間が推測ついてしまうんだが。それに……胸とか増量する気か?
「……今考えたこと、ハマーンに伝えましょうか?」
「スイマセンでした」
「ふふん、そっちが良いなら考えておくし、ヴァルシオンも実現可能か試してみる。ポイントにはあんまり頼りたくないんでしょ?グリプス戦役からは開発できる、使える技術の制限もかなりゆるくなるからMSも結構幅広くなるし。ああ、それからちゃんと身を隠せるように、ミラージュコロイドの空間展開システムも用意してあるわ」
セニアの解説によると、ミノフスキー粒子散布の要領で、ミラージュコロイドを粒子状のまま散布することが出来るらしい。コロイドを発生させる際に必要な電力も、周囲に電磁場が発生しているならその電力を用いることが出来るとのこと。どうやら、発生した技術向上はIフィールダーだけにとどまっていないようだ。
この技術拡散……意外なところに役立つかもしれない。其処まで考えた上で仕掛けてきた、と見るべきだろう。Iフィールダーは超光速航法を使った艦艇を作る際には必須の技術だ。超光速航法の難点は、速度は出せるがその速度でデプリに接触した場合、艦体の受けるダメージが大きい点にある。Iフィールダーを発展させて艦艇のサイズが巨大になったとしてもスモークラスのフィールドまで強められれば、恒星間移民さえ可能になる。
そんな考えをしていたところに、ハマーンが白とピンクで仕上げられたノーマルスーツを着て現れた。あ、アンジュルグの胸と自分を比べてちょっとダメージを受けている。……まだ若いのに。それに、ロボットの胸部分と自分のを比較することに何か意味があるのだろうか?などと考えていたら小突かれた。恨めしそうな表情でこちらを見上げてくる。見られたくさい。
そのハマーンの背後からアクセルが口元をゆがめて現れた。どうやら、ハマーンと一部始終を見ていたらしい。いや、ハマーンの向ける視線を合わせると似たような事を思っていたらしく、こちらと同様に小突かれたようだ。頼むから煽らないでくれ、と言いたくなる。
「シャドウミラー機勢揃い、と言うところか。乗り手は違うがな。それから、あまり嬢ちゃんをやきもきさせるものじゃない。見ているこっちにまでとばっちりが来る」
アクセルが笑いを貼り付けたまま言う。ため息を吐くと私はそれに答えた。言われっぱなしは気に食わない。
「なんならレモン嬢達も呼んで、アシュセイヴァーとラーズアングリフも参加させるか」
レモン、と言う言葉に過剰反応したアクセルは苦笑いを浮かべるとこちらの肩に拳を当ててきた。共に東方先生の修行を耐えた身。気心は何とか知ることが出来た。今では友人だと思っているし、彼もそうであると信じている。
「やめてくれよ。戦争中なんてレモンの奴……いや、そうだな。これが終わったら呼んでくれ。とりあえず、戦争はあるが良い世界だ」
頷く。呼ばなかったのは現在扱っているバイオロイド兵から、彼女ならWナンバーを作りそうだったしアクセルとの関係も微妙だったからだ。それに、シャドウミラー系の機体には、ミツコさんがいたということもある。しかし、今の彼からすると、呼ぶべきだろうと確信した。
「彼女、抱きしめてやれよ」
アクセルはハマーンをあごで指しながら言った。ハマーンはセニアからアンジュルグの解説を受けているようだ。ヴァイサーガで単独出撃する、と伝えた時には心配そうな面持ちでこちらを見ていた。前にヴァイサーガで出撃したア・バオア・クーではぼろぼろで帰還したことからか、ヴァイサーガを使った単機出撃はあまり良い顔をされないのだ。訓練でさえ、微妙な顔を向けてくる。
「お前も、レモンさん呼んだらやれよ」
私はそういうと、ハマーンの方へ向かった。アクセルは苦笑しながら頷いた。
11月11日、午後4時(コロニー落着まで1954分)。Nシスターズ、工業都市N2の港湾ブロックから次々と艦船が発進し、進路をグラナダに向けた。艦隊旗艦は「トロイホース」。セルゲイ中佐を指揮官とする、連邦月第一艦隊と、ウォルター・カーティス大佐を指揮官とするNシスターズ自衛軍は総勢で艦艇8隻(トロイホース、サラミス級4、コロンブス3隻)、MS合計38機(ゲシュペンスト主力)で出撃した。
また同時刻、恒久都市N4から3機のMSが出撃した姿は、一切の記録に残されていない。しかし、紛争後に出されたミリタリー・マガジンの表紙はこう、飾られることになる。
"ア・バオア・クーの謎の騎士、再び現る"、と。