さて、残る問題も少なくなった。だが、気は抜かないでいこう。
次の問題は整合性=設定者か。システムの設定者と整合性をとる側が同じなら、こちらの行動に応じて反対の行動をとるはず。そして、整合性はあくまでこちらの介入を前提に水天の涙を仕掛けてきた。となれば、設定者と整合性はまだ重なる存在ということになる。まずは、そこを明確にしてしまおう。
しかし、真面目にゲームに付き合う気が無いなら降りるか、と存在を人質に取ってくるシステムは、現時点でシステムはどちらかと言えば"あちら側"だと考えるより他にないか。となれば、システムをこちら側に引き込む対策を練る必要もある、か。いや、こちらにだまされた結果の可能性もある。
「もう一度聞きます、どうしますか?」
トールの頭の中に、この世界で自分が生きてきた百数年の記憶が流れる。システムのいう通り、システムに対する疑問が出てきて以来、常に離れることが無かった疑問、"彼ら"が、結局は仮想人格ではないのかと言う疑問に解決が見出せなかった。システムが引き合いに出した"培養槽の中の脳"という例えがそうだ。
ハマーンたちのおかげで、自分にもっとも近しい人間たちがそうではないこと、そうであっても関係ない事を理解も出来た。しかし、そうした近しい人間たちの"強さ"に比べれば、自分の"弱さ"こそが弱点であるのも事実。所詮、システムに頼っての強さ。それを発揮してきた自分が、システムに対する信頼が出来なかったらどうなるか。彼ら彼女らに並ぶには、其処を解決しなくてはならない。
システムの与えた条件で、意識的に停止可能なものを停止し、介入の道筋になりうるサイトロンを停止させて戦闘に臨んだのはそれが理由だ。自分ひとりの力で戦った場合にどうなるか。OSやサイトロンの制御無しに戦った場合、東方先生から習った流派東方不敗――未熟も良いところだが――だけで、自分の身についた力だけではどうなるのか。実感は得られた。
勿論この手探りの状況に対して、ソフィー姉さんとシーマ姉さんがあえて何も言わないでいてくれたのはわかっていた。何回かこちらに話を向けてきたのも解っているけれど、それにも応えなかった。"敵を欺くには味方"であるが、やはり心苦しい。ハマーンたちとの接触も、以前に比べれば数が減った。システムの介入が遮断されたことで普通に戻ったと表現するべきなのだろうが、それを自分がどこか寂しく思っていることも確かだ。
調子のいいことだ、と自分を笑わざるを得ない。引っ付いてくる時に支配を疑い、引っ付いてこなくなれば存在を疑うのだから。逃げ出してしまえばいい、と囁く声も感じている。しかし、この世界で自分が過ごしてきた時間と付き合ってきた人たちを思うと、ここで逃げ出すことだけは出来ない。自分にやる気がなくなりました。全てをリセットします、では無責任もいいところだ。
勿論、この質問に対する答えは決まっている。しかし、今回の私の目的は、システムとは何か、整合性とは何か、それらはどういう存在かを知ることだ。となれば、こちら側の介入の仕方に如何反応してくるかを確かめる必要がある。だからこそ、介入の仕方を意識的に選んだ。
一連の推論の中で、"整合性"側のルールについてはあたりが付き始めてきた。そしてシステムのいった整合性とやらは、今回、水天の涙を星の屑と並行実施することでバランスをとろうと試みているらしい。そうであるならば、整合性をとろうとしている存在は一体何者なのか。そして、何故整合をとる手段が水天の涙なのか。
整合性をあぶりだすためにシステムの目的に沿わない行動をとってみた結果がこれだ。それは今のところ上手く行き、様々な情報を引き出せてもいる。
「契約は打ち切らない」
システムとの関係を明確にする。それは、これからこのシステムという名の天秤に、私だけではなくハマーンやミツコさんたち、東方先生やソフィー姉さんたち、そして宇宙世紀の、死なずに生きれるかもしれない人間の命を乗せる以上、どうしても解決しておかねばならないことだ。システムや整合性がもし敵だというのなら、私が立ち向かわなくてはならない。それは絶対に、私にしか出来ないことだろうから。
第59話
「システムは信頼されますか?」
私は出来るだけ緊張した面持ちで拒否の意志を示した。
「解らない。システムがどんなものかを理解できない以上、信頼は出来ない」
「……候補者にシステムへの接続を要請します」
来た。整合性を取る側の情報を入手するためには、恐らく整合性を取る側をも見ているはずのシステムと、何らかの接触を得なければならない。別な言い方をすれば、システムをこちら側に引き込むか、其処まではいかなくとも中立と言う確信を得るためにはシステムそのものと接触する必要がある。となれば、今までのモニターでの文字・言葉のやり取りだけでは不十分だ。そして、それを可能にする能力は、恐らくNT能力。
そして、システムに問題があるようであれば、NT能力でおそらく禁忌とされる"本当の理解"をかける必要がある。だが、一足飛びにそこまでいけない。引き出せる情報は引き出しておく。
「なぜだ?」
「候補者に情報を伝える形では、禁則事項に抵触いたします。が、私が嘘を付いていないという認識であれば、候補者が獲得したNT能力で、認識している事実そのものを理解することが出来るはずです。つまり、候補者に何がシステムを構成し、システムの行動理念がどういうものかを伝えることは出来ませんが、候補者に対して今まで伝えた内容に関して嘘は無いと言う"認識"を伝達することは可能と判断しました」
「つまり、嘘か真かを証拠立てで証明することはできないが、嘘をついていないという認識の証明はできると言うことか」
「NT能力と言うものは、そもそもそういったコミュニケーションに用いられるはずではないのですか?」
やはり、システムの中立性は保持されている、か。
いや、システム本来の目的を考え―――まてよ、そうか。こちら側が歴史を改変した時点で、整合性を取る側は本来の歴史に強制的に戻すことが出来なくなっているし、それは整合ではない。整合性を取る側はこちらの改変結果に従属せざるを得ないわけで、その点でシステムはこちら側だ。
「候補者はシステムが嘘をついている可能性を疑っています。候補者が獲得したキャラクターや他の人格について、条件従属設定の完全自律型個人人格であると証明しても信じないのでしたら、それについての私の認識そのものを証拠とする他ありません。知識なり証拠なりと言う、人間に可能な通常の手段で証明することは禁則事項に触れますが、認識そのものの伝達と言う手段でしたらば、情報の開示にはつながりません」
確かに言うとおりだ。今問題になっているのは、"整合性"の件も含み、システムの中立、ないしはどちら側に立つかの確証。システムが、私への協力に嘘が無いことが認識の共有でわかればよい。問題の半分はそれで解決する。
どうする。その上で、システムに対して強制的に"理解"を仕掛けてこちら側に取り込むところまでやるか?それが可能だと言う保障は無い。それに、整合性を取る側がこちらの改変結果に従属せざるを得ないのであれば、下手にシステム全体を取り込むとこちらの予想していない事態を招く恐れがある。整合性を取る側の正体は明らかにしたいが、そのためにシステムを失う危険を冒せるかどうかが焦点だ。
「……本当のところは如何なんだ」
判断が付かない。まだシステムから引き出せる情報が少ない。しかし、整合性を取る側とこちら側とを比較した場合、こちら側の改変結果に整合性を取る側が従属せざるを得ないと言うことは、まだ俺自身が気付いていないアドバンテージがあるという可能性がある。其処を全て洗い出した方が良いのか?
「どのような回答を言っても候補者がそれを真実であると認識しない限り意味を持ちません。システムは候補者に対する回答に制限事項があ りますが、虚偽を言う権限は持ち合わせておりません。認識そのものは伝えましたが、認識そのものが間違っていなくとも、私の認識そのも のが誤った情報に基づいている可能性を否定できません。また、システム自身が禁則事項内の存在によって嘘を言う質問が設定されている、またその嘘を真実と言う認識の下で言わせられている可能性は無視できません」
どうする、現在の能力でそれが出来るか?ギリギリでNT能力にレベルをまわしたが、このレベルで果たして可能か?……危険な策は取れないな。私だけなら如何でも良いが、危険性が大きすぎる。
「一回やったな」
とりあえず話を続ける。内心を悟られてはならない。出来る限り、システムから情報を引き出さなくてはならない。
「以前のものは禁則事項内の存在によりシステムに課された回答です。禁則事項内の存在により課された、自動的な回答で無い限りにおいて 、候補者に対するシステムの回答は常に真実を出します。この、一定内容の問題に対する自動的な回答に虚偽を含ませ、候補者の知性、理解、キャラクターとの関係構築力を計測するのは、候補者が本システムの目的にふさわしいかどうかを見極めるために必要なことですし、私にそれを虚偽だと言える権限はありません。候補者自身で気付いてもらわねばなりません」
確かに。システムに対する無条件の信頼という、安易な依頼心は、油断を生む。それは自分でも良く体感している。考えてみれば、システムに生じている技術の問題にしろ意志のコントロールの問題にしろ、全てに逃げ道が用意されている。となれば、システムの中立性はやはり維持されていると考えてよいのだろう。いや、むしろ安易な歴史改変が何らかの影響を及ぼすなら、整合性を取る側をあえて存在させることで、改変に慎重な姿勢をとらせることが目的なのか?
考えられる。人類の文化的発展の度合いを維持する、とシステムはいった。となれば、歴史の改変は必要だが、必要以上の技術的発展――文化の特定分野の異常発展――が後々に危険なものとして存在する可能性もまたある。実際、Iフィールダーの技術がこのまま進展すればどうなることか。短期的な視野での歴史改変を避けるため、長期的視野に立っての歴史改変をさせるために整合性を持ってきているのか?
いや、それだけならば、水天の涙を起こす必要性は薄いし別事件を起こしてもいい。この段階で水天の涙を出してくると言うことは……整合性の側からの"改変"の要求!?……なるほど、やはり、システムと整合性は別物だ。介入を契約により禁じられているならば、行動の自由度を狭める行為もそれにつながる。接続による確証次第だが、恐らく、その通りだ。
しかし、システムが候補者へ"介入"するのではなく"指導する"可能性があるかは確かめておこう。
「システムの狙いの一つには、候補者の強化や誘導はあるのか?」
「禁則事項です。システムの本来の目的は候補者に何度も伝えている内容です。候補者への干渉、候補者に対する介入は候補者との契約により、本システムの目的から排除されています。本システムの存在理由は、あくまで候補者が歴史改変を行い、人類の数的減少を抑制し、文化的程度を維持することの補助です。そう、設定されています」
よし。やはりだ。それに加えてシステムの存在理由が、システムを設定した存在の目的である可能性は残るという情報まで来た。そして設定した存在にとってもその目的は、最初に伝えられた人類の数的減少の抑制。システムとの契約でこちらへの干渉が途切れたと言うことは、それが副次的な目的に過ぎないからだろう。そしてこのシステムは、その主目的さえ果たされるならばそれでよいと判断するプログラムになっている、と。
残る問題は一つ。"整合性"とは何か?
そしてシステムの設定者にとって整合性をとる側とはどんな存在か?候補者の敵として設定されたのか味方としてなのか?味方と言うことは無いにしろ、こちら側の改変結果に従属すると言うことは設定者よりも"弱い"存在と言うことは確かだ。しかし元の歴史に近い方向に修正しようと試みる必要が何故存在する?何故、"整合性"をとらなければならない?
「……そろそろ、か」
「候補者の言っている意味が解りません」
よし、踏み込んでみるか。
「一つ聞きたい、"整合性"を取る意味はなんだ?どうして改変された歴史に対して、"整合性"を取る必要がある?」
「禁則事項です。……なるほど、候補者の思考はそちらの方向に向かっていたと言うわけですか。やはり、あなたは有能なようです。条件達成を確認……制限を一部解除。……先ほどの警告は取り消しましょう」
システムはそういうと話を続けた。
「まだ詳細については禁じられていますが、制限解除条項に含まれるものを開示します。多次元統計学において、特定次元世界の変更を仕掛ける場合、その次元世界での歴史改変があまりにも急すぎた――"膨張"が過ぎた――場合、次元は分裂します。所謂"宇宙の膨張"現象です」
何か、またわけの解らない話になった。しかし、どうやら私のしていることは"膨張"と言う言葉で表現されるらしい。
「膨張し過ぎ、分裂した次元は不足する要素を補完しようと試み、ほとんどの場合消滅するか、より高次元の介入を受けて初期化されます。そのため、安定的な次元改変を行う場合は"膨張"を制御する必要が生じます。"整合性"は、その"膨張"した宇宙の"膨張"度合いの制御という形で仕掛けられます。但し、改変された時点での変更を"消去"することは出来ません。存在そのものに手を加えるのは物理法則的にも、多次元統計学的にも不可能だからです」
……なるほど、改変した内容が過ぎれば崩壊する。そのために改変後に調整を行う、それが"整合性"ということなのか。ん?"存在"を"消去"することが出来ない?ならば、RP化して数値となった隕石などは……なるほど。
所謂"ポイント"というのは、物体の存在を"多次元統計学的な"存在に置き換えた事を意味するものか。だから、同質量の物質に変換が効く、と。物質を分解して生成したRPが同質量の物質に変換可能なのは、そもそも存在する陽子や中性子、電子やニュートロンの存在を"消去"出来ないから。RPをGPに変換して使用できるのも、"存在"を等価交換するためというわけだ。恐らく、"RP"が形而下、"GP"が形而上のそれを含む形になるわけか。
「それゆえ、候補者の改変した歴史によって生じた"膨張"は、"整合性"による"収縮"の段階を必要とします。そうしなければ改変結果が安定しないのです。そして膨張なり改変なりを続けるためには持続的にそれを行う必要があります。そして当然、一つの"膨張"に対しては一つの"収縮"が生じます。それが所謂"整合性"の正体です。禁則事項に指定されていない内容で回答可能なのはここまでです」
システムは自然現象のように言っているが、これまでの整合性は明らかに"人為的"だ。"膨張"させているのが私なら、"収縮"させている奴がいる。となれば、"膨張"を起こす改変を候補者が行うのと同様、その"膨張"を安定化させる"収縮"である整合性も、何らかの意思に基づいて行われている"改変"である可能性があるということだ。最も良い"改変"を定着させるために。
そうでなければこちらが開発した技術をより進化させた技術が登場して来る筈も無い。なるほど、対立などと言う次元ではなく、システム、もしくは設定者の下に対置される、全く別のベクトルで動く二者による"改変"か。二者対立ではなく、三者相関。システムと整合性は別個の存在で、システムの下で二者がそれぞれの役割に応じて改変を行い、"整合性"はこちらの改変結果を安定させるための補助ツールということか。
だから、"整合性"を受けた改変結果が後の"歴史"になる。そして、"膨張"が生じるのは"本来の歴史"が変えられた――"膨張"した――時となる、と言うわけだ。この情報は大きい。懸念が払拭できる。しかし、まだ問題は残る。もし、"膨張"に対し起こった"収縮"を私が認められない場合は?
「こちらがとった介入に対し起こった整合性が、候補者の認められない場合は?」
「整合性に対し介入を行い、再整合を起こしてください。状況が変化しますが、多用はオススメしません」
何故かは聞かなくても解る。膨張と収縮が一局面で連続すれば、当然"分裂"の危険性が高まるからだ。恐らく、2,3度が限度。確認を取ると、やはりそうだとシステムは言った。
よし、最後に整合性とは"誰"だ?の問題だ。……しかし、回答はしないだろうな。
「それでは、その"整合性"の主体とは?そして、システム設定者とは?」
「禁則事項です」
やはり、か。
よし、現状で取れる情報はとったと見るべきか?整合性を取る側の情報が得られた。示唆に富む議論だったことは良しとしなくてはならない。……いや、待てよ。もし想像が正しいとするなら、私という候補者の改変結果に対して、整合性を取る側が常に"後追い"という従属をせざるを得ないと言うのなら……
しかし、考えを纏める暇も無く、システムは話を本筋に戻した。
「本システムは、禁則事項内の存在により候補者に対し、システムの持つ全ての情報を与えることは出来ません。しかし、候補者がシステム の行為に裏を感じるのであれば、認識を共有させることでシステムの行為に悪意が無いこと、候補者に対する虚偽や欺瞞の可能性が無い事を 立証します」
「認識の共有により、か。確かに立証は得られて一つの懸念が片付く。しかし、別の懸念も生じる」
「其処までは責任はもてません」
トールは鼻で笑った。ずいぶんと人間臭いコンピューターだと思っていたが、話しているうちにそうした思いは強くなってくる。……本当にコンピューターなのか?
認識の共有が始まり、これまでのシステムの回答には虚偽という概念が存在しないこと、契約が完了して以降は、補助・支配を問わず介入 行為が行われていないことを確認する。そして、介入行為の基本的性格が、結果がどのように動くかの認識も、だ。整合性についての情報は流れてこない。上手くシャットアウトされているようだ。
ハマーンとのNT能力の共 振によって、人間が嘘をつくときの認識や不安に思うときの認識などは自分でどのように伝わるか解っている。ほぼ、いやほとんど人間と変わらない認識を持つシステムにおいてもそれは同じようだ。
そしてもう一つ。設定者の設定した事項以外においては、システムの協力は信頼してよいことがわかった。……よし、システムと整合性が別の存在で、システムに対し、設定者の設定以外では信頼性がおけることが確認できた重要だ。これが解ったなら、設定者の設定のうち、こちらに対する干渉を排除できた今、まず恐れるのは整合性。それも、道筋が付いた今なら対処が出来る可能性がある、か。
「最後に、幾つか聞いておくことがある」
認識の共有が終わり、システムのこちら側に提示した情報に、少なくとも虚偽は無い事を確認すると私は言った。
「なんでしょう?」
「ポイントを使って能力を上昇させることが出来る、そういうシステムだよな」
「ええ」
よし、"ポイントを使う"ことで"何かが出来るようになる"というのがシステムで得られる能力であるのならば――――
「ポイントを使うことで設定者の情報が開示される段階まで、そして整合性を取る側が何者なのかが私に開示されるように、私自身を引き上げることは可能か?」
「……それをお考えでしたか。まだ何事かを考えているとは思っていましたが」
システムは文字表示を取りやめ、声を出し始めた。室内のスピーカーから女性とも男性とも取れる声――いや、違う。声ごとに発音する主体が切り替わっている。あるときは子供であり、老人であり、老女であり、壮年男子の声が響く。
「ずいぶんと悩んだようですね」
「三億。あるいはそれ以上をギリギリのタイミングで天秤に載せない限り、それを引き出すことは出来ないと思った」
さて、ここからが正念場だ。だが、クソッ、時間か。
「制限の一部解除の要件を良く満たされました。……しかし、時間のようです。コロニーのフォン・ブラウン落着まであと150分。現在、フォン・ブラウン市からイグニッション・レーザーが照射され、コロニーの推進剤に点火が始まりました。候補者は歴史の改変作業に戻る必要がある事を忠告します。……個として候補者の態度には感心はしませんが、納得と驚嘆はしています。システムの禁則事項限界までの議論を持って来たのはあなたが初めてです」
「ありがとうよ」
大きくため息を吐くと、私はシステム安置領域から出て行こうとする。その背後に、システムの声がかかった。
「忠告しておきます、ハマーン・カーンなどには謝った方が良いと思いますよ」
なぜだ?
「候補者の内心の変化に彼女たちが気付かないとでも?もっとも、このような内容については、候補者自身での解決が無い限りどうしようもないとい うのが実情でしたし、彼女たちも私という存在が候補者に対してかける負荷を懸念していたからこそ、候補者がギリギリの賭けに出る事を制止しませんでした。ソフィー・パブロヴナ……いまはミューゼルでしたか、彼女には最大限の感謝を。彼女の言で、彼女たちは基本的に候補者が気付くまでは放っておくことに決していました。また、彼女と言う存在があり、候補者がギリギリの賭けに出られたからこそ、候補者の素養にシステムが新たな評価を付け加える一助になりました」
「……お前、覗いていたのか?」
「候補者の、関連する人物の活動を知らなければポイント配分など出来ないでしょう?当然の行為です。ああ、別に生殖行為や所属個人の不倫関係などに興味はありません。当然、個人の人権に配慮してそれらを洩らすこともありません」
「……人権ね、便利な言葉だよ、ホントに」
「そうですね。多義語はどのようにも理解可能であるという点で本当に有用です。しかし、システムが彼女たちに感謝していることはお伝えください。勿論、候補者と言う人格をそこまで高めた東方不敗マスター・アジアや諸々の人々に対しても」
私は一礼すると、今度こそ本当にシステム安置領域を出た。最後にちらり、と、先ほどの考えがよぎった。
私という候補者の改変結果に整合性を取る側が常に、"後追い"という従属をせざるを得ないと言うのなら……整合性を取る主体は、私の一挙手一投足を、システムと同じように"見れる"ということになる?
壁に耳あり障子に目あり、などとは考えたくないな。次の機会があるなら、そこで解決するしか無いだろう。システムの中立性、整合性の出現タイミング、改変行動の基本的基準、システムの"虚偽"の是非とその信頼性、そして自分の立場。今回の収穫は大きい。
さぁ、心配かけた人たちに謝りに行こう。その後は、水天の涙と星の屑の決着をつけなくてはならない。
私は頭の片隅にこびりつくさきほどの疑念を振り払うと大きく息を吸い、廊下の壁の影からちらちら見えるピンク色の髪に向かって歩いていった。
一番心配をかけてしまった。ごめん。そしてありがとう。そんな事を思い伝えながら、久しぶりに意志を交わしながら、私たちは地上への道筋を急いだ。