「グラナダ近辺に潜んでいた、ジオン残党、意外な数がありましたな」
エリク・ブランケに声をかけたのは副官のアイロス・バーデ少尉。ウラル山脈のレーダー基地で戦死したフリッツ・バウアーや、地球脱出作戦で戦死したクリスト・デーアと共にエリクの幼馴染だ。元々インビジブル・ナイツは名門ブランケ家の令息であるエリクを守るために結成された部隊だ。
名門ブランケ家の令息がジオンに入隊する際、ブランケ家当主が息子のわがままを聞く形で編成されたインビジブル・ナイツは、ジオン軍特殊部隊というよりはエリク・ブランケの私兵と言う側面が強い。命令は上官よりもエリクを優先させる場合が多いし、司令であるアイヒマンも、指揮の際には決してエリクの意見を無視しようとは思わなかった。
これでエリクが無能ならば兵隊ヤクザの出来上がりであるし、当然こんな編成であるが故に、一年戦争中に他の部隊からの風当たりは強かった。しかし、実力主義のドズル率いる宇宙攻撃軍ではそんな扱いは受けることが少なかったし、地上に取り残された反キシリア系の部隊は実力が無ければ生き残れない絶望に近い戦場であった事もあってそんな事を考える余裕は無かった。
であるからこそ、彼らはこうした口を利くのである。この水天の涙作戦の総指揮はヘルシング大佐であるのに。
「そういう口を利いてくれるなよ、アイロス。私は総指揮官じゃない」
「しかし、ヘルシング大佐はキシリアの……」
エリクは頭を振った。一年戦争後、終戦協定が月面恒久都市アンマンで結ばれると共にジオン軍将兵の階級は自動的に一階級繰り上げられたが、戦争敗北の決定的要因を作り出した、キシリア直属の兵たちは其処から外された。サイクロプス隊のシュタイナー大尉たちや、ヘルシング大佐が一年戦争時代の階級のままなのはそのためだ。ここにも参加しているドナヒューが昇進しているのは、大戦後半を地上で残存戦力の為に過ごしたからだ。
ジオン軍同士でいがみ合っている場合ではない、と言う考えは当然エリクも持っているが、やはりギレンを暗殺し、ア・バオア・クーを敗北に導いた引き金は間違いなくキシリアが引いたものであり、一般の兵士たちがそう考えるのは無理もなかった。
「大佐の苦労が知れる。サイクロプス隊の方はデラーズ閣下についていったが、やはり、苦労したのであろうな」
「……すまん、エリク。俺の見方が……」
エリクはアイロスの肩を叩き、気にするな、と意志を伝えた。続いて周囲を見る。グラナダ近辺にいるジオン残党を纏めていたアンリ博士の支援によって、大型MAグロムリンを初めとした戦力が更に加わり、グラナダ近郊のこの谷にはかなりの戦力が集結している。デラーズ・フリートからのヘルシング艦隊3隻、インビジブル・ナイツとドナヒューのゲルググ5機、イカルガ中尉のアインスに、リカルド、アンディ両中尉の指揮するビグザム2機とアンリ博士のグロムリン。この戦力だけでも、マスドライバー施設を制圧するのには充分だ。
それに加えて、デラーズ・フリート所属のリック・ドムⅡが12機にザクⅡF型が4機、グラナダ近郊に潜伏していた部隊を合わせれば、その総数は36機にもなる、連隊級の大部隊だ。MAの戦力を考えれば師団以上の働きが出来る。イカルガ中尉率いるMA隊のIフィールド・フィールダーがあれば、更に任務はたやすくなるだろう。流石にマスドライバーを発射するタイミングで解除する必要があるが、それまでは谷の前面で張らせておけば敵の砲撃はほとんど無効化できる。
そしてフィールドにたどり着く前には、こちらの迎撃を受けることになる、と言うわけだ。エリクは時間を確認した。コロニーの月面落着まで残り521分。イグニッション・レーザーによる推進剤点火を考えれば、コロニーの地球落着まで2500分ほど。そして、我々の行動開始まであと1300分あまり。
二段構えのこの作戦。貴様らには絶対に回避が出来んことを教えてやる。
第56話
会議は艦を動かしながらもまだ続いていた。地球に向かうだろうコロニーとマスドライバーにどのように戦力を振り向けるか、判断が付かないためだ。
「追加の報告を待つが、地球全土や気候、地軸に対する影響を考えるとまだコロニーおとしの方が優先的になるが……」
そこに書類束をもってセニアが重い表情で入ってきた。技術関連の報告をまわしていたのだが、どうやら、技術の方も悪い報告が入っていたらしい。
「アクシズから送り込まれた戦力はMA4機、MS20機。MAはAMA-002ノイエ・ジール、AMA-00GR2アインス・アール、MA-07Rビグ・サム改二機。どうするのよ、トール。このIフィールド・フィールダーとかいうの、ビーム兵器だけじゃなくて、実弾兵器もある程度無効化するって!奴ら、これでマスドライバーを守るつもりよ!」
通信でつながっているバージニア、トロッターの乗員も含め、全員が絶句する。ビームに実弾が無効化されるとなると、近接格闘か特攻するしか方法が無くなる。そして、近接格闘の出来るのは、この場には三人―――東方不敗マスターアジアとアクセル、そしてトールしかいない。
「東方先生、クーロンは直りますか」
トールは尋ねた。トロッターの艦橋にいる東方不敗はテューディの方を向く。テューディは頷いた。
「トール、クーロンとアースゲイン、両方は無理だけど、片方なら直して見せるわ」
トールは頷いた。内心は不安で一杯だ。ヘボンの奴、ふざけた場所にトロッターを回してくれて……。ガトーの原作での猛攻撃を考えれば、三人でも厳しいが致し方ない。ヤザンやライラなどのUC勢に頼ろう。考えがどんどんネガティヴになっていくが、気を取り直し、ソーラ・システムⅡではトレーズの指揮下に組み入れて自由行動をとらせようと決意したようだ。
「アクセルをゲシュペンストでこちらに戻してください。ソウルゲインを使います。東方先生、トレーズ少佐と連絡を取って絶対にコントロール艦を守ってください。どちらが地球に落ちても大変な事態になります。コロニーの方はダメージが少ないでしょうが、インパクトがありすぎます。多分ジャミトフは報道管制で如何にかするつもりでしょうが、これ以上、気候条件が看過し得ないほど悪化するのは避けたくあります」
「……確かに記録を見る限り、アレを止められるのはわし、アクセル、トレーズだろうな。トレーズには指揮もあろう。了解した」
よし、と小声でつぶやいたトールは頷いた。すると、何かを決めたような表情になったテューディが口を開いた。
「トール、月に戻ったらヴァイサーガを使いなさい。Iフィールダーなんてものを考えたら、アレ以外では戦闘そのものが出来ないわ」
トールの顔が緊張する。トール・ガラハウを殺した機体として、所属不明ではあるが、連邦軍所属の機体と目されているヴァイサーガを使えば、前に話していたガラハウ人気を考えるとジオン軍将兵はそれこそ親の仇の様に狙ってくるだろう。戦争を終結させた男を殺した機体として、連邦軍側でも所在の把握を進めていたはずだ。それが、私のところにあるとばれた場合にはかなり困ったことになる。
「確かに戦力としては申し分ないけど、政治的に問題がありすぎる」
「そんな事を言っている場合じゃないわ。アクセルのソウルゲインとヴァイサーガしか、今現在動かせるMSであのフィールドに対抗できるものは無いの。フィールド内でファンネルも撃てないんじゃ……」
テューディに視線を送る。流石にそれ以上の発言はまずい。ノア艦長もヴァイサーガまでの事情は知っているとはいえ、ニュータイプ関連装備の件にまで踏み込ませるわけにはいかない。
「……とりあえず、最後の手段だろうと思う。実際の配置を見てからでないと、どうしようもない。まずは、月へ行くことしかないだろう。それに、政治面での手回しも始めておかないといけない。しかし、ヘボン少将は信じるかな、これを。マスドライバーよりもコロニー追撃を優先させようとした場合が困るんだが……」
トールは憤懣やるかたなし、という表情でうつむいた。まさかこの時代まで紫ババアに呪われる事になるとは思いもしなかった、と考えている。まずは連邦軍の参謀本部に話を通しておく必要があるだろう。どちらにしても、手持ちの戦力だけではどうしようもない。
「こちらはNシスターズに戻って戦力を整える。マスドライバー占領の報告が入らない限り、動きようも無い。多分、重力ターンで加速したコロニーを追撃するためにヘボンの艦隊が月の軌道上を離れたあたりで行動を開始すると思う」
その言葉には誰もが頷いた。そうでなければコンペイトウから出撃した連邦艦隊と正面衝突することになる。
「だから、まずはラビアンローズでのGP03の接収を確実にしよう。こんな事を知った後じゃあ流石にこっちもラビアンローズに行っている暇は無いから、GP03の接収についてはシナプス艦長に任せるしかない。そこをヴォルガから伝えておいてくれ」
トールの言葉にヴォルガ級巡洋艦を指揮するマクス・パナマ大尉は頷いた。勿論彼もバイオロイドだ。
万が一落ちたときのことも考えると、……仕方ない。トールは司令官室へ戻った。ジャブローと通信を行う必要がある。
「以上が、星の屑と水天の涙作戦の概要です。如何します?」
「……お前さんはわしにインサイダーかませと言うのか?」
トールはモニターに向かって頷いた。映っているのは現在、連邦軍幕僚総監部総長、あのなつかしのゴップ大将だ。水天の涙に星の屑の狙いを伝えたのは、ゴップ大将に御願いして収穫済みの農産物を手早く取引し、食糧難に対すると共に、各サイド政府との交渉で、農産物の輸入を行ってもらうためだ。
トールが通信を入れた相手はこれまで営々として築いてきた全ての人脈である。流石に、ことが単純な戦争やテロ鎮圧ではなく、地球圏全体の政治に影響を及ぼすともなれば、話は広く持っていくしかない。
そのため、このテレビ会談にはゴップ大将の他、兵站総監部のマネキン少将、連邦議員のカナーバ、グリーンヒル両氏、更にはジャブローのシトレ大将などの関係あるVIP全員に出席願った。ほぼ2年ぶりの"大将会議"+αである。
「トール君、流石にそれだけの被害が生じると言われても、今の連邦政府には対応するだけの余力が無い。戦争の債務を各サイドへの債権と相殺することこそ防いでいるが、そこに大規模に食料介入を行えば、市場を悪戯に混乱させるだけになる」
グリーンヒルが言い、カナーバも頷いた。確かにそうだ。事前に食糧不足が生じるかもしれないから食糧市場に手を出せ、などというのはインサイダー取引も良い所だ。現在の連邦政府に意見を通さずに行えば、後々問題となることは明らかだ。
しかし、だからといってこのまま何もせずに過ごせば、作戦の阻止が成功した場合はともかく、阻止に失敗した場合、数年間の食糧危機を招くことになる。それでは地球圏の治安は完全に崩壊してしまう。
「そんな予算は無いぞ、正直。火星のテラフォーミングや、連邦軍の再建を一時棚上げにしての環境再生計画への予算もある。そこに、食糧危機に備えての大量の食料の買い付けなど行えば、連邦政府が破綻してしまう」
カナーバ議員は言った。サイド3の債務放棄宣言を受けてからの地球圏の経済的混乱が頂点に達したのが一年戦争だが、その一年戦争の惨禍は、人口に対する被害を抑えられたからといってなくなったわけではない。むしろ、"消失人口"ではなく"被害人口"となっただけあって、生活の再建のために要する保障にかかる金額がべらぼうなものになっている。
特に、地球に不法に居住するものたちが治安が悪い地方でゲリラ化しており、連邦地上軍はその対応にてんてこ舞いだ。ジオン残党と手を組むことになるアフリカでの活動がやはり一番活発だが、鉱山基地の件を見ても解るとおり、欧州やアジアで全くなくなったとはいえない。リオンの売り上げがそれを証明している。
「予算に関しては機密費名目で。実際の資金はGPとAEで出します。一部ZE(ジオニック)にも出資してもらいますが、その場合はあの議案が議会を通過する確約をいただきたい、と」
ゴップは大きくため息を吐くと後ろ髪を掻いた。いつのまにこの男はアナハイムとジオニックに手蔓を伸ばしたのか、と思ったのだ。有能であることは疑いないし、これからも必要な人材であることは間違いないが、人類の数的減少を重大な問題だと捉えすぎている。生活圏が現在地球圏のみで、人口が一年戦争による減少を考えても爆発的である現状を考えれば、連邦の予算が危険な状態であることはわかろうに。
いや、わかっているからこそ手段を提示してきたわけだ。この男もバカではない。無駄な予算を削ってまわせ、などと非現実的な事を言わないことは充分以上有能である事を示している。無駄な予算を削るということは必然的に組織改変をするということで、そうなれば現場は大混乱に陥る。大混乱になってしまえば、物資を買い集めたとしても配布が出来ない。結局は同じことだ。
ゴップは言った。焦りは解るが、ここであたら有能な人間を使い潰したり、スキャンダルでどうこうさせる余裕は無い。"グリーンヒル派"として結束し、議会に影響を与えるに当ってこの男の協力は不可欠だ。こんなところで消費してしまうにはあまりにも惜しい。
ジャミトフの提案も、この男とはまた別の観点から解決を図っている、ということかの。ゴップはため息を吐いた。ジオン残党の思惑通り進んだ場合、確かに治安維持にジャミトフの提案を採用せざるを得ない。ジャミトフはこの残党鎮圧に対して成功しても失敗しても対応可能な策を採れる体勢を整えている。それは流石だが、流石にこの男に其処までを求めるのは酷だろう。携わらねばならん内容が多すぎる。
「しかしなトール少将。連邦政府にはそれだけの予算措置を行う体力が無い。ジオン残党の鎮圧のために艦隊戦力を維持しなければならないし、一年戦争中に大量に採用した軍人の再訓練プログラムもまだだ。おかげで一部地域ではヤクザまがいの軍人が多く、治安を却って悪化させている側面もある。その点は、憲兵権限を持つ君になら良く理解できているだろう」
「解ります。クシュリナーダ少佐に任せたOZも、ジャミトフ准将の下で治安維持任務に就くそうですし、ジャミトフ准将も新たに治安維持部隊の創設します。治安維持は急務です」
「うむ、正式な発足は来年1月1日。名称は"ティターンズ"だそうだ。既に専用MSや専用艦の建造も始まっている。……これはいまさらだな」
ゴップは笑った。そのMSを生産しているのはGP社。この男の嫁の実家だ。知らないはずが無い。
「となれば、当然予算を回さねばならぬ。それは確保してあるが、それが故に食料に予算は回せぬし、何よりもお前をこの食糧問題に始まるインサイダーなどで失うわけにはいかない。ジオン残党の作戦計画を入手したことは功績だがのう」
ゴップの意見に誰もが賛成の頷きを返した。トールは何かを思いながらもうつむいていたが、力なく頷いた。
「勿論取れる対策は採る。ヘボンに対する指揮権については幕僚総監部と作戦本部の連名で出しておく。コリニーの馬鹿は今回の不手際で予備役入りが確定しておるから、第7艦隊の残存艦艇に対する指揮権でヘボンと交渉することだ」
「はっ」
トールは敬礼した。