コンペイトウ鎮守府に集結していた観艦式参加の第5、第7艦隊及びコンペイトウ鎮守府艦隊は大きな損害を受けた。しかし、発射直前にGP02のアトミックバズーカの射線がそれたため、完全な損失は第5艦隊の半数が失われただけ、となっている。これがもし、当初の予定通りに第5艦隊の旗艦であるバーミンガムに向けて発射されていれば、第7艦隊も巻き添えを食っていただろう。
しかしどちらにせよコンペイトウ鎮守府は現在大混乱であり、混乱から抜け出せた艦隊が追撃作戦に向かっているが、そもそも攻撃による混乱でジオン軍を見失っており、むちゃくちゃに追撃部隊を出しているだけであった。第7艦隊司令のコリニー大将は、観艦式をおこなう明日にあわせて本日11月10日夜の到着の予定であり、第5艦隊司令のワイアットが戦死した現在、全ての艦隊運用がコンペイトウ鎮守府に襲い掛かっていたことが混乱に拍車をかけた。
そこに、第二の凶報が舞い込む。
「コロニー・ジャック!?」
コンペイトウ鎮守府司令ヘボン少将は叫んだ。通信状態が回復しないが、何とか音声だけは通じているようだ。報告を行ったのは再度2方向に出したパトロール部隊のもの。既に一度交戦したらしく、途切れ途切れにモニターに映る光景には戦闘の跡が生々しい。
「ええ、現在サイド2首都島行政区のコロニーをサイド3に向けて移送中のコロニー再建計画が持ち上がっておりますが、それに従って移送中であった損傷コロニー、アイランド・イーズとアイランド・ブレイドがジャックされました!先ほど、敵艦隊がコロニーのミラーに対して砲撃を開始!コロニーのミラーを破壊してコロニー同士が激突!現在、月面フォン・ブラウンへの落下コースを取っています!」
「月へのコロニー落とし!?それが星の屑か!」
ヘボン少将は勢いよく肘掛を拳で殴りつけると、直ちに命令を下した。
「残存艦艇を任務群に編成の後に直ちに月に向けて移動を命令!月面駐留の月第一艦隊と第二艦隊に迎撃命令!急げ!」
「閣下!ミューゼル少将の月第一艦隊第二任務群は観艦式警護のために現在、コンペイトウにおります!第一任務群はデラーズの本拠地を攻撃中であります!」
ヘボンはその報告を聞くと忌々しげに命令した。
「ならばさっさとミューゼルに連絡してコンペイトウにいる部隊に移動命令を下せ!それからフォン・ブラウンの第二艦隊にも連絡!月周辺のパトロール艦隊にも追撃命令を下せ!」
「了解いたしました!」
ヘボンははき捨てるように言った。
「こんなときに月をがら空きにするなど、ミューゼルは何を考えている!?」
第54話
「何だこいつら!敵の新型部隊かよ!?」
デラーズ・フリート、ヴァンス分遣艦隊所属MS部隊長、ボーン・アブスト大尉は自機であるリック・ドムⅡを岩塊の影に隠しながら、通信機から漏れる友軍機の通信に顔をしかめる。既に戦闘が始まってから20分あまり。インターセプトのために出撃したドム6機が撃墜されたとの報告を受け、ヴァンス艦隊のMS隊は全力出撃を命令された。
連邦軍についに茨の園の情報が漏れたと感じたアブストは、分遣艦隊司令であるゴルト・ヴァンス少佐に出港準備を急ぐ事を具申すると自身の乗るムサイ級後期型"ガルメル"MS隊を率いて出撃した。カーゴ搭載機も含め9機。僚艦"トルメル"からも同数が出撃し、茨の園に投棄予定だったザクⅡもパイロットを都合して出撃したはずだから、20数機の大部隊だ。これだけの戦力に自動砲台の支援が加わるから、ならば、艦隊が脱出するまでの時間を稼げる、と言う判断だった。
「くそっ!また一機落ちた!」
「ヴァーモンのザクか!?あいつにはポーカーの貸し……!」
またもや2機。遠目に確認したMSは一年戦争で地上で、またソロモンやア・バオア・クーで確認された連邦のガンダムに匹敵する実験機、ゲシュペンストとか言う奴らしい。ジムばかり量産しているかと思っていたら、しっかりとガンダムクラスのMSも量産していたというわけだ。流石に相手が悪い。
但し、こちらも一年戦争以来の戦闘経験がある。そして何より茨の園は我々の庭だ。実際、アブスト大尉のそうした考えは妥当なもので、デラーズ・フリートのMS隊はゲシュペンストを既に2機撃墜している。ガンダムクラスのMSでさえ、我々は撃墜できる技量を備えている、そう思うことはアブストにとっても自信になった。
しかし、陣形深く入り込んで自動砲台を片っ端から潰していた二機のMSが戦闘に加わり出してからは状況が一変した。明らかなガンダムタイプであるその2機は、片方は巨大なビームサーベルを二本、しかも一本はシールドにビームを張るという、今までからは考えられない防御兵器を使用している。もう片方は武装こそ普通らしいが、機動性と射撃の腕が半端じゃない。
「マシンガンじゃだめだ!バズーカを使え!」
「もう、装備している機体なんて……ばおっ!?」
アブストはMMP-80マシンガンのマガジンを交換し、左手に持たせると肩のヒートサーベルを抜いた。マシンガンは牽制に使うしかない。とにかく、弾薬をばら撒いて接近し、あのシールドを避けてサーベルをつきたてるしか方法が無い!くそ、ゲルググがあれば!水天の涙にくみ上げた全てのゲルググをまわしたから、こちらには回ってこなかった。
緊張と不安、死への恐怖で自然に呼吸が乱れてくる。何度もレーダーを確認し、付かず離れず動く2機のガンダムタイプとの距離を確認する。白い機体の狙撃と回避の腕は尋常じゃない。狙いはもう一機の方だ。隕石の位置を確認して、射線を取らせないように。しかし、もう一機のガンダムタイプは狙えるように、徐々に機体を動かす。
いまだ!アブストは隕石の影から機体を出すとマシンガンの弾をばら撒き、一気に黒いガンダムタイプとの距離を詰める。機体の前にビームのシールドを構えて弾の直撃を防ぐ。ああ、くそ、あのシールドは攻撃に使えたな、もう片方の腕には何も持っていないな?やった!もらった!
アブストは黒いガンダムタイプ―――ステッペンウルフの右腕に装備が無い事を見てとると機体をステッペンウルフの右側に回す。シールドの防御範囲からずらしたところで、ジェネレーターかコクピットにサーベルを突き立てれば俺の勝ちだ!奴の背後には隕石があるから、退くことも無理!
そう考えてサーベルを引き絞ったアブストのドムに、ステッペンウルフは避けるどころか向かってきた。シールドのビームの範囲と出力を徐々に狭め、そして強めてマシンガンの弾を当るや否や蒸発させながら近づくと、一気に出力を上げて左腕ごと切り落とす。右腕をドムの胸に触れさせるとそこを支点にまるで鞍馬のように機体を回転させた。
ヒートサーベルを避けて一回転するとガンダムタイプは腰をよじり、左腰をドムに当てる位置に機体をずらす。その腰に格納されていたビームライフルの銃口が赤く染まるのが見えた。
アブストの最後の記憶は、迫る熱い何かだった。
「これだけの戦力が残してある、だと!?」
サイド5のあるL1ポイントをサイド5に並行して回る暗礁宙域。連邦軍月面第一艦隊第一任務群とジオン残党軍との交戦が11月10日、開始されている。確認された機体はリック・ドムⅡにザクⅡF型。ドラッツェの姿はない。既にトールは5機のザク、リック・ドムⅡを撃墜し、ハマーンも3機撃墜している。
ドラッツェは航続距離が長いから、コロニー奪取のための戦力として振り向けたようだ。トールはステッペンウルフを操りながらコロニーや戦艦の残骸を足場に茨の園との距離を詰めていく。戦況は概ね順調に進んでいるようだ。ゲシュペンスト隊の方も、同数の敵に良く戦っている。しかし、やはり熟練のジオン兵だ。明らかに性能が劣るMSを操り、善戦しているのが良くわかる。今しがた撃墜したリック・ドムⅡも、機体を良く動かしてこちらに迫ってきていた。判断も良い。キットがライフルを遠隔操作してくれて良かった。
そんな事を考えているうちにまたザクを一機、フォトン・ライフルで撃墜する。この戦いのトール艦隊主力はやはりゲシュペンスト。性能がデラーズ・フリートの標準装備であるザクやドムと隔絶しているから被害は少ないが、一年戦争から戦いを続けているだけあって流石に強い。あちらは7機ほどを既に落としているが、ゲシュペンストが2機撃墜されている。キルレシオは1対3。いけないな、ゲシュペンストのキルレシオはザクやドムに対して1対10を考えてあるのに。
!?考え事をしている暇はないようだ。
残骸の陰から現れたザクを、マシンガンを放つ前に蹴り飛ばす。大きく上に運ばれたMMP-78から砲弾が吐き出されるが、こちらに向かう前に懐に入り、サークル・ザンバーの出力を抑えてコクピットだけを焼ききる。ん?赤い信号弾。どうやらソフィー姉さん率いる遊撃隊が、ヴァルケンを使って茨の園内部に突入を開始したらしい。
基地を押さえるだけではあるが、帰る場所がないという不安はデラーズ艦隊にとってプレッシャーとなるだろう。まぁ、帰る場所など元々ないと考えているかもしれないが、あるとないとでは心理的な重圧が違うだろう。それに、茨の園を押さえるには別の意味もある。
ん?基地内で連続した爆発。どうやら、ソフィー姉さんは占領から制圧・破壊にシフトしたらしい。やはり、時限爆弾か何かが仕掛けてあったのだろう。ただ、ここに部隊が残っていたと言うことは、まだ何らかの役目があったはず。それを潰せただけでも満足しなくてはいけない。
量子レーダーを使って周囲の捜索を開始するが、戦闘は鎮静化に向かっているようだ。まぁ、ゲシュペンストを10機近くも投入したのだから無理もない。ん?白い……ああ、ハマーンらしい。考え事をしながら敵機の排除を続けているうちに、いつの間にか距離が離れていたらしい。ハマーンのヒュッケバインが近寄り、機体を寄せてくる。接触回線を開きたいのだ、と解った私はチャンネルを私信用にあわせて通信を始める。
「どうした?」
「敵機の反応がなくなった。どうやら、ここでの戦闘は終わりみたい。コッセルの中隊に追われた敵機が、茨の園とは別方向に向かい始めた。どうやら、放棄するのは間違いないようだけど、その最終作業中だったみたい。ソフィー姉さんから、港湾ブロックでカーゴ付きムサイを2隻拿捕したって。乗員は拘束して転がしてある」
ソフィー姉さんたちを乗せたシャクルズにはヴァルケン6機の他に、揚陸隊員として完全武装のバイオロイド兵が20名乗っている。人命を考えなくて良いし、少々の銃弾が当った程度では意味が無い。人間で言えば心臓に設置してあるコア・ユニットを破壊しない限り動き続けるし、敵に捕らえられそうになった場合には自爆する。
ブラスレイターの技術を使って手近に金属物質があれば、自己修復もある程度可能とくれば、無敵の陸戦要員が誕生するわけだ。まったく、リアルターミネーターだよ、ホント。困ったことは指揮官がいない限り、戦闘行為は警備や強襲程度の任務しか行えない点だが。まさか、指揮官無しで強襲任務とかはありえないからな。
……どこぞのアニメみたいに、女性体で統一して体の大きさにあわない対物狙撃銃とか使わせて、空挺降下などさせてみようか、などと悪魔がささやくが、それは流石に悪夢だろう。ああ、いかんいかん。考えがろくでもない方向に行ってしまった。
ふむ、20機ほどの敵機。しかし、拿捕したムサイ以外の艦艇の姿は見えない。どうやら、星の屑にしろ水天の涙にしろ、既に作戦は動いているらしい。となると、ソロモン海へ向かった東方先生たちに任せる他はないな。戦力の配置的な不安もあるが、まずはラビアンローズでの合流を考えた方がよいか。あそこなら、地球に向かうにしろ月に向かうにしろ、手早く動けそうだ。ただ、まだここでやる事がある。となると、戦力を更に分けることになる、か。痛いな。
「何を考えているの?」
「……デラーズ艦隊の動き。水天の涙にしろ星の屑にしろ、出撃した後に戻らないなら、何で戦力を置いてここを守らせておく必要がある?ここをこの段階まで守らせていたと言うことは、何かしらを考えているはずだ。それが解らない。守らせておく必要があるというなら、それは何がある?ってね」
「……難しいことは解らないけど、確かに何かを考えていそうね」
ハマーンの言葉に頷き、機体のほうを向く。……何でスカート・バインダーにファンネル用らしき穴が?見ると、しっかり充電ユニットまで付いているではないか。ハマーンのヒュッケバイン009の腰部背面、本来ならスカート部分だけがあるはずの場所が開いており、先ほどまで使っていたらしいファンネルの格納が終了すると閉じた。一見すると、増加装甲にしか見えない。
「……何でファンネル付いてるの?」
「セニアがつけた。AIの補助があれば、6機ぐらいは問題じゃないらしい。スペック的にも、そろそろ実用化を考えて運用データを取っておく必要があるって」
ため息を吐いた。戦力が増えるのはうれしいが、ハマーンとファンネルの組み合わせを今外に出すわけには行かない。今回はどうだろうか。茨の園から逃げた敵機に目撃などされていないだろうか。……いかん、不安で胃が……。
帰ったらセニアに説教だな。「お前は!技術が可能であるということがわかってしまうという事がどういうことか解っているのか!?」とか。確かに技術が確立すると言うことは良いんだけど、ファンネルのような兵器が可能だと他人に解ると、似たような兵器の実戦配備を考えたがるからなぁ。……今回の戦闘が漏れていないことはわかるけど、このままだとどこかに漏れる可能性がある。
確かに、ファンネルの実戦運用を考えるなら、この戦場が最適なのは認めるんだけどね。
しかし、アクシズのニュータイプ研究がどの程度まで進んでいるかは見極めなくちゃいけない。今回の紛争が終了次第、アクシズとの連絡に関してはいくつか、検討しなくてはいけないだろうな。デラーズ・フリートの撤退と回収にあわせて、兵隊を放り込んでおくか。でも、一年戦争中に、アクシズに撤退させる兵員の中にも連絡員を紛れ込ませているけど、やはりアステロイドベルトと地球圏の距離は問題がありすぎるのだ。
距離がありすぎて連絡のつけようがない。量子通信システムを使えば問題はないが、アクシズ側で発見された場合に、あれよあれよという間に技術の応用が始まり、グリプス戦役でファンネルならぬドラグーンのインフレが開始されるなんて目も当てたくない。しかし、定期的な連絡は如何にかしたいのだが、アクシズから地球圏へ艦隊が向かって来ない限りには連絡のつけようがない。
おそらく、ユーリ・ハスラー提督のアクシズ先遣艦隊に紛れ込んで連絡を採ってくれると思うが、来るのが星の屑が開始されてコロニーがジャックされた後だから、遅きに失する可能性がありまくりだ。
ままならない。……胃が痛いぞ。買いおきあったかなぁ……。