茨の園とはエギーユ・デラーズ率いる親衛隊第一艦隊を主力とした、アクシズ逃亡組以外の、地球圏に残存したジオン軍部隊である。その戦力はグワジン級戦艦グワデンを旗艦とし、チベ級重巡洋艦2隻、ムサイ級軽巡洋艦15隻(うち4隻がカーゴ付き)及び補給艦及び輸送艦26隻である。またMS戦力は主力をMS-09R2 リック・ドムⅡとして60機を保有。それ以外にザクⅡ、製造可能となったMS-21Cドラッツェを含めれば、MSの総戦力は100機に届こうとしていた。
「また、冬が来る……戦士たちが啼く冬が」
エギーユ・デラーズ中将は茨の園に建造された居住ブロックの居室で嘆息した。既にア・バオア・クーより三年。乾坤一擲の作戦たる「星の屑」は、地上残党軍、及びアクシズ本軍の協力を得て「水天の涙」作戦と合同し、開始されようとしている。元々、二つの別個の作戦だった星の屑と水天の涙を統合したのは、現在、デラーズの参謀を臨時に勤める男だった。
「閣下、お呼びですか」
「ヒープ大佐、ご苦労だった。地上の残党ジオン軍との連絡役、よく果たしてくれた。希望通り、月面までは我が偽装船にてお送りしよう」
ユライア・ヒープは頭を下げた。一年戦争後半の樺太基地攻防戦の司令官。しかし、攻撃には失敗し、キャリフォルニアベースへの撤退を余儀なくされた。キャリフォルニアベースに帰還してからは作戦の責任を取る形で謹慎していたが、年末のキャリフォルニアベース陥落の際に潜水艦にて脱出。アフリカ残党軍にかくまわれていたが、今回の作戦について意見をデラーズに伝え、そのためにここにいる。
もっとも、本人はサイド3に帰るために仕方なく知見を提供したのだが。キャリフォルニアベース陥落の際に捕虜となった者たちが昨年にはジオン共和国への帰国を果たしていた事を考えると、自分が潜水艦で脱出したことは大きな失敗だった、と今では考えるようになっている。彼が心底嫌っているザビ家に近しいデラーズに知識を売ったのも、さっさと帰国して戦争とは距離を置きたかったからだ。
「閣下、お聞きします。この作戦、言われる内容、目的とする内容を満たすべく立案させていただきましたが、本当に行うのですか?」
「勿論だ、大佐。不満かね」
ヒープは頷いた。立案し、提出してから振り返ると自分でもバカな作戦を考えたと思っている。長らくの逃亡兵生活で頭までおかしくなってしまったようだ。あんな作戦を立案するなど、自分の頭はどうかしてしまったらしい。戦争が終わって三年、いくら有能だからといって残党軍で使い回しを受けていればこうにもなる。しかし、このままではいささか目覚めが悪い。
「不満です。閣下のなされていることは長期的に見ればスペースノイドの負担を増し、連邦による圧制を招くだけです」
「……言いたいことはわかっている。しかし、認めぬ。作戦は中止せぬし、出来ぬ」
ヒープは頷いた。まぁ、そうだろうとは思っていた。もしここで中止を願い出ても、既に戦争の目的を見失っているジオン残党にとっては、連邦に打撃を与えられ得るのであれば如何でも良いのだ、手段など。それがスペースノイドを苦しめる結果となっても、自分たちを戦争のときに助けなかった、というぐらいにしか考えないのだろう。
「……公国親衛隊が公国を離れてテロリストですか、ずいぶん零落れたものですな」
「否定はせんよ。これは私戦だ。儂、エギーユ・デラーズのな。それに、死に場所を失った者たちが一花咲かせようとしているだけに過ぎぬ」
ヒープはデラーズに並んで暗礁宙域の光景を眺める。先の戦争で地球近辺に多く出現することとなったゴミ黙り、それが暗礁宙域と呼ばれる区域だ。月面、NシスターズのGP社が、定期的にデプリの回収に出ているが、この茨の園があるL1ポイントの暗礁宙域にはあまり来ない。勿論、ジオン残党の本拠地が置かれていることが判明しているからだ。
「この暗礁宙域だよ、儂が先の戦争の果てに行き着いた先、はな。ただ、わしはこの暗礁宙域のように荒涼として荒み果てた戦士達の魂に、報いをもたらしたいだけなのだ」
「……それが、たとえ他のスペースノイド、サイド3本国の民に迷惑をかけても、ですか」
デラーズは薄く笑った。
「死人は生者に迷惑をかけるものよ。何時の世でも、何処の国でも」
そういってからデラーズはヒープ中佐を見つめた。
「そういう経験は、貴君にはないのかな?」
第47話
ベルファストの夜は寒い。11月近くともなれば当然だ。そもそも暖流のおかげで暖かくなっているのだから、途切れれば寒くなって当然である。基本一桁で雨がちの気候は、体を芯から冷やしてくれる。
ミツコ・ミューゼルが夫と共にベルファスト軍港に程近い、ヒルトン・ホテルの地下一階のバーに夜会服で現れたのはそうした寒い日の一夜だった。何かの毛皮らしいコートをボーイに預け、カウンターに夫と共に腰掛ける。
バーテンダーが何か、カードらしきものを二人に提示し、奥まった一室に案内する。二人が奥に入ろうとした瞬間、2名の男が倒れ伏し、従業員の服装をした男達が二人を引き摺って店の奥へ移動した。
そんな、どこぞのスパイ小説な流れでジャミトフ・ハイマンとトール・ミューゼルは接触したのである。
「会うのは久しぶりですか、ミューゼル少将閣下」
「……レンジさんからの紹介ですし。宜しいのですか?お宅のオム、ダニンガン氏はこちらの事をかなり嫌っているらしいですが。それに、私はレビル派ですよ?」
ジャミトフは鼻で笑った。
「敬称は無しで宜しいかな、少将閣下」
「まぁ、かまいません。むしろ准将のような年齢の方に敬語を使われると困ってしまいます」
「では……まずリーオーの供給は礼を言っておく。なかなか使えるMSだ。性能はジム改とさほど変わらぬようだが、装備が豊富で運用がしやすい。流石にミューゼル少将お抱えのGP社製だけはある」
トールの横にいたミツコが一礼した。リーオーの供給は彼女の発案である。それに、ジャミトフからのどちらかと言えば好意的な接触とミツコのリーオー供給の決定は、トールにも一つの判断を下すきっかけとなった。
「選定はミツコさん、開発はうちのスタッフです。褒めるならばそちらを。しかしカタログの誤植には失礼しました。まさか、月面で計測した重量をそのまま書くなど、あるまじき失態です」
「謙遜することはない」
ジャミトフは言った。
「ジムに匹敵する汎用MSを供給するからには何かを考えているのだろう?それに、私の申し出も想像が付いているのではないか?」
「いいえ」
トールは否定した。
「想像は何処までいっても想像でしかありえません。確たる発言や証拠無しに想像を事実と言うのは尚早に過ぎます」
「なるほど、では言っておこう。私の目的は、人類の数的削減、だった」
トールの目が細まる。ミツコはそ知らぬ顔でワインを楽しんでいる。
「だった、ですか」
「そうだ。だった、だ」
トールはため息を吐いた。笑えない。笑えないよ。ジャミトフが人類の粛清フラグを消したらティターンズフラグも消えるじゃないの。腐敗した連邦軍を、とか言い出したら本当に笑えないよ。どこへ行くんだ宇宙世紀。
「しかし、流れは変えられん」
お、とトールの眉が上がる。勿論内心ではなんとか元の流れに戻る事を願っているだけだ。ジャミトフの勢力が増すからこそエゥーゴが登場しグリプス戦役とそれに続くネオジオン抗争で膿が噴出すだけ噴出すわけだが(もっとも、連邦においては噴出した以上にたまっていたが)、それがなくなればどうなることか。
「火星のテラフォーミングといい、今回のナノマシンの件と言い、貴様の思うとおりに動いているようだな、トール・ミューゼル。勘の聡い人間は気付きつつあるぞ、お前がこの地球圏の重要人物の一人である事を。まぁ、わしではなくともいつかは誰かが気付くのだろうが」
「忠告ですか」
やっと搾り出した第一声がそれだった。正直、この会談の帰結がどうなるかが恐ろしくて適わない。0083は良いだろう。しかし、絶対にグリプスに影響が出る。修正のための手段は用意してきたが、ジャミトフの言葉を聞いていると戦役が泥濘化しそうに思えてきた。
「いや。しかし、わし程度に目端が利くのであれば要注意人物と考えるだろうな。バスクやジャマイカンは一年戦争を理由に嫌っているに過ぎん。ふふ、しかし笑えるな。あの頭の使いどころを間違っているとしか思えん奴らが貴様を毛嫌いしておるとは。案外、頭がつかえぬ分野生の勘とやらが働いているのかも知れぬ」
笑えない。当てはまりすぎて笑えない。しかし、バスクは小説版では政治家とかいわれていたはずだが、頭が悪くて政治家になれるのだろうか?……まぁ、いい。しかし、バスクやジャマイカンに対するジャミトフの危惧が早めに出てきたことは気をつけねばならないだろう。あの二人が信頼できない事を知っているなら、早々とあの二人に見切りをつけて他の手下を探す可能性もある。艦隊司令パプテマス・シロッコとか悪夢だ。
「われわれコリニー閥はジオン残党に連絡手段を持っている。今回の作戦のうち、星の屑に関しては残党内部からこちらに詳細が伝えられる手はずになっている。勿論、それを利用してコーウェンを排除し、レビル派に打撃を与えることが目的だ。成功すれば、われらコリニー閥……いや、私の指揮下で新たな治安特殊部隊が創設されるだろう。そこまでの手は打ってある」
トールは黙っている。ジャミトフは反応にかまわず言葉を続けた。
「貴様は如何動く?このまま座して待てば、今年度末にゴップが退役し、レビル派はシトレ、ビュコック及びティアンムしかいなくなるが。金庫番のゴップがいなくなれば、兵站総監部の少将一人ではどうにも出来まい?貴様は我々……いや、私と手を組むべきだ」
「それは出来かねます。少なくとも今は」
トールはタバコに火をつけると紫煙を吐き出した。出来るだけ取り繕ったつもりではいるが、内心は冷や汗が噴出している。タバコを吸い出したのも、グラスに向けようとしていた手が震えていたからだ。ここで話を受けた場合、グリプスの動きが決定されてしまう。
「なぜだ?」
「あなたがコリニー閥を捨てられないように、こちらもレビル派を捨てられません」
ジャミトフは鼻で笑った。なるほど、こちらと同盟を組むのであればそれなりの代価を支払え、と。確かに儂一人ならばまだしも、余計な荷物が余分に付いた今の状態、そして恐らくティターンズとなるだろう治安部隊の創設後でも付いて来るであろう地球至上主義者が嫌いか。理解は出来る。近頃は儂でさえ煩く思うくらいだ。
「……ならば、個人的な取引で如何かな。互いに相手の安全だけを保障しあう」
「いつまで続きます、その取引?」
ジャミトフは口元をゆがめただけで何も言わない。なるほど、互いが互いに価値がなくなるまで、か。まぁ、同盟と言うのはプラス・サム・ゲームだから、そういうのも当然か。まぁ、良いだろう。こういう取引ならばいつ裏切ってもあとくされがない。ディアフタートゥモローのように、ジャミトフの抱える諜報機関がかなり有能そうである事を考えればここで取引しておくのも良いかもしれない。しかし、楔は打ち込んでおく必要がやっぱりあるな。
「2人、よこしますが宜しい?そして取引が終わるときは、帰すということで」
「使える者なら。正直、実戦指揮官がバスクやジャマイカンではどうにもならん。いらぬ犠牲が増えるだけよ。今なら誰でも歓迎するわ。……返却が宣戦布告、と?儂が約束を守るとでも?」
「ここで殺さなかったことで貸し、とでも思っていただければ」
「ふ、言うなミューゼル」
私は頷くと立ち上がり、部屋の扉の前で警備していたらしいジャミトフ配下らしき男に写真の男女をここに通すように頼んだ。男は困った顔をしたが、ジャミトフが頷くのを確認して表のバーにいた男を呼び出す。
「失礼致します、トレーズ・クシュリナーダ少佐。入室します」
「失礼致します、レディ・アン大尉。入室します」
敬礼と共に入室する男女。言うまでもなくガンダムW、特務部隊OZの総帥及び副官である。何かのゲームの際、OZとティターンズで取引があった事例を元にしてティターンズに送り込む候補として選んであったが、ちょうどジャミトフからの話が回って来たこともあり、お願いした。騎士道に殉ずる人を最も騎士道から遠い部隊に配置することには申し訳ない気持ちもあったが、本人から強大な力の敗北は道理ですので、などと言われてしまった。
ならば、私のような存在は一体どうなるとこの人は言いたいのだろう。
「この二人かね」
「クシュリナーダ少佐はMSの運用においては腕が立ちます。アン大尉は運営ですね。大隊級は勿論、師団級の戦力を任せても問題はないでしょう。まぁ、もっともバカな真似には逆らうと思いますが。ただ宜しいですか?バスクやジャマイカンとは相性が最悪ですが」
「尚のこと良い。あの二人と一緒にいるとこちらまで獣になった気分になる」
ジャミトフはそういうと立ち上がった。
「今日は世話になった。リーオー始め、GP社よりの供給MSはありがたく運用させてもらう。またいずれ」
「それでは」
私の見送りの言葉にジャミトフは軽く頷き、トレーズとレディを連れて戻っていった。私たちも席を立ち、表のバーのカウンターに席を戻す。スツールに座ると早速酒を頼む。正直、飲まなければならない。先ほどから冷や汗が出っ放しだ。続けざまに二杯ほど蒸留酒を空ける。流石にのどが渇いてきたのでチェイサーを頼んだところ、新しく入ってきた一団を見た瞬間、思い切り良く水を吐き出した。
「げほっ、ごほっ、がへっ」
「トール!?あなた大丈夫?」
驚いた理由は簡単だ。この場所にいて欲しくない人物が、階段を下りて入ってきたからだ。黒髪の少佐、金髪で軽そうな中尉の後から黒人の体の大きい少尉と一緒に入ってきた女性―――シェリー・アリスン中尉。
ジオン残党軍のスパイ、タチアナ・デーア中尉だ。……既に残党軍はこちらが来る事を知っている、か。失敗だな、こりゃ。待ち伏せされている事を前提に作戦を立てるしかない。如何にかしないと。
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打ち止めでござる