UC0079年12月24日、午前11時半。
「キシリア、あの女狐め!トールでも抑えられなかったか!」
第7艦隊襲撃の任務から旋回運動を終えて帰還したデラーズを待っていたのはキシリアによるギレン暗殺の報告と、デギン公王による降伏宣言だった。流石に連邦に降伏することなど彼の矜持が許さないが、サイド3本国を犠牲にしてまで戦争を続ける意味を見出せない点ではデギンに同意していた。
しかし、自身が降伏し、ジオンによるスペースノイド独立と地球連邦打倒を果たせなくなるのはどうしても許せなかった。トールがキシリアを拘束したと言う知らせは彼をして頷かせるに容易だったが、何故ギレン閣下を射殺する前に拘束できなかったのかを非難したくなり、やめた。
自分でそれを為せばよかったのだ。ギレン閣下が手を下せないならば、わし自身の手で。そして決意する。命も守れず、キシリアの排除も出来ないなら、残された道は唯一つ。
「全艦および全モビルスーツを集結させよ!我が艦隊はこの空域より撤退する!」
ジオン共和国防衛隊時代から、地球連邦の無能ぶりにサイド3国民の一人として義憤を募らせてきたのだ。連邦航宙局の観測不足によってサイド3の農業ブロックが隕石の被害を受けた際、彼の妻はその農業ブロックで働く技術者だった。
妻の死をもたらした上に、強襲揚陸艦で独立を脅した敵。どちらかと言えば穏健派だった彼の思想が急速にタカ派に傾いていくのはそれからだ。しかし、妻の死を言い訳に連邦への憎しみのみを募らせるのは駆れとしても本意で無かった。私怨によって大儀をゆがめることはあってはならぬと考えていたからだ。
だから、ギレンの示す新時代に傾倒した。狂信と誰かが彼の事を評すが、それは彼の一面でしかない。しかし、その彼の一面が狂気であることは間違いはない。思案に暮れたデラーズを引き戻したのは、ガトーの一声だった。
「閣下、いきます!行かせてください!」
「待て、ガトー!堪えよ!」
ガトーそれに返事をする事無く格納庫へ向かう。デラーズは司令席を飛び出し、ガトーを追って格納庫へ向かった。ガトーが目指すのはガラハウ少将から贈られた専用ゲルググ。この戦いで幾度もガトーの命を助けてくれた愛機だ。特に、試作品として提供されたビームマシンガンの性能は素晴しい。ガトーの得意とする近接戦闘に入るまでの火力不足を上手く補ってくれる。先ほどの流れ弾も、腕部の装甲が軽く跳ね返してくれた。
この御高配、報いねばならぬ!
「大尉!駄目ですってば!撤退命令が出ているんですよ!
整備兵の叫びを無視してガトーはゲルググに取り付く。
「まてガトー!既にドロワも沈み、ドロスにも敵の砲火が集中しておる!……それに貴様も知っての通り、ジオンは連邦に降伏した!これ以上の戦闘はサイド3に住むジオン国民に影響が出る!」
格納庫の手すりに身を乗り出して言葉を重ねるデラーズ。
「ドロワまで……」
「ギレン閣下がなくなられてはな……撤退だ!我々は、生きて総帥の志を継がねばならん!ア・バオア・クーの将兵はトールに任せよう。ここで生き恥云々を言い立て、命をあたら無駄にするな!」
しかし、ガトーはデラーズに向き直ると言った。
「生き恥をさらすつもりはございません!閣下、私は生き恥をさらしに行くのではないのです!」
「ガトー!?」
デラーズは目を見開いた。死ぬためではないのなら、何のために?
「恩を返しに、義理を返しに。閣下……ガラハウ閣下はまだ戦っておられます!キシリアを総帥を殺す前に排除できませんでしたが、親衛隊として為すべき事をしておられるのです!」
親衛隊!?総帥が死んだのだぞ、誰のための親衛隊か!?そして気づく。自分たちの所属する、親衛隊の正式名称に。しかし、それも総帥が死んでは意味が無いではないか。
「総帥は死んだのだぞ!?」
「我々は公国親衛隊です。ギレン閣下が死に、キシリアが兄殺しの罪人となった今、我々親衛隊がお守りするのはデギン陛下です!しかし、キシリア配下の部隊は、陛下の意思を無視し、戦闘を継続しております。閣下、親衛隊の親衛隊たる役目ををしているのは現在、ガラハウ閣下だけなのです!」
そうだ、我々は、公国親衛隊なのだ。歴史ではギレン親衛隊という名の組織は、ガラハウの発案により、ギレン親衛隊と言う名前では組織上問題があるという言が出ていたのだ。ギレン閣下による独裁のイメージをあまり表に出しては、民主主義を形でも採る我が公国にふさわしくない、と。だからキシリア機関も名称だけは公国情報部となっている。
ガトーはゲルググに乗り込んだ。
「閣下、非才な我が身を御高評戴き、誠にありがたくあります。しかし、私は閣下に返すものがあるのです」
……ふふ、言いよるわ。そうか、我々は公国親衛隊か。この年齢になって若者にまだ教えられることがあるとは。デラーズは頷いた。
「ガトー大尉の中隊に補給開始!ガトー中隊の発進後、我々はEフィールドに退く!連邦の後退にあわせ、要塞との距離をとれ!」
「閣下!」
デラーズは言った。
「後悔の無い様、存分にやって来い。Eフィールドと月の間までならゲルググでもなんとか向かえよう。もしそれが出来ないのであれば、死ぬ前にトールの艦隊にでも拾ってもらえ。何、最後の戦よ。また、あのトールのことよ。後のことも考えていよう」
ガトーは敬礼し、その心遣いに応えた。
第34話
「ランゲルマン中将、どうでしたか?連邦のビュコック大将との会見は?」
モニターに移った初老の男性は頷いてから語り始めた。
「第一軌道艦隊はア・バオア・クーよりの要塞砲の射程圏外まで退避させ、情勢が落ち着くのを待つということだ。また、旗艦が撃沈されたためにア・バオア・クーに強行揚陸した第5艦隊の部隊の撤退に、絶対に手を出すな、と。現在第7艦隊の説得に手間取っているらしい」
ゲルググの最終調整を行いながらトールは言った。何か機体の状態がおかしい。悪い予感がするからメカニックを充実させる必要があるな。なにか、反応が遅い気がしてならない。前回も、エルメスとガンダムの間に機体を持って行くつもりが、遅かった。
「でしたら、戦場はWフィールドに限定できそうですね。先行して出撃したシャア大佐は?」
「SフィールドのWフィールドよりで連邦軍の部隊と交戦中。ほとんどは第7艦隊所属で、シャア大佐が退かないために戦っているようだ。少将、申し訳ないが大佐を止めてくれ。このままでは何とか成立しかけている停戦が破られかねない。今は、将兵を安全に祖国に帰すことだ」
トールは頷いた。よし、準備が出来た。しかし、やはりシステム上の問題が解決していない。アムロに負けたことは偶然かと思っていたが、荒野の迅雷との戦闘でもどこか変だった。動いてはいるのだが、どこか遅いのだ。
「勿論です。ア・バオア・クーよりの撤退を連邦が要求してきた場合にはEフィールドから撤退します。退路の確保は誰が?」
「デラーズがやる、と。少将、君に対する義理を果たすためか、先ほどガトー大尉の中隊が到着。Eフィールドの警護を行い始めた。既に一部艦隊はEフィールドから離脱して月に向かい始めている。デラーズの艦隊はEフィールドと月の間で待機、離脱する艦隊の援護に当たる、と。……よくぞここまで親衛隊を抑えてくれた。少将、感謝する」
デラーズが。離脱してデラーズ・フリートの戦力を残すと思ったが、いや、今はありがたく思っておこう。
「いや、抑えたのは私ではなくデラーズ閣下です。第7艦隊のことは了解しました。シャア大佐の確保は我々が行います。閣下は要塞内部の部隊が暴発しないよう、御願いいたします」
「勿論だ。少将、急いでくれ。話してみたが、第一軌道艦隊のビュコック大将は信用できそうだが、第7艦隊のコリニー大将は何かを考えていそうだ。何かしらの口実を設けて攻撃をかけてくる可能性は高い。このまま大佐が第7艦隊に損害を与え続ければ、どうなるかわかったものではない」
トールは頷き、通信を切った。それと同時に今度はガラハウ艦隊所属の部隊への通信を開く。
「ガラハウ艦隊各機に告ぐ。我々はいまだ戦闘を続けるシャア・アズナブル大佐のモビルアーマーを確保、要塞に後退する。大佐が説得に応じない場合は撃墜を行うが、その場合、艦隊各機は連邦軍との間に警戒線を設けるだけの行動にとどめよ。特に、シャア大佐のモビルアーマーのデータを連邦に取らせるな」
全機からの了解の応答。しかし、コンソールに映る海兵隊員は不満そうだ。トールは言葉を続けた。
「シャア大佐のモビルアーマー、ジオングはニュータイプ用の機体だ。今までの連邦の奴らと同じに見ているとそれだけで墜とされるぞ。対抗できるのは性能的に私とハマーンしかいない。無駄に死なせたくないんだ。戦争が終わったんならな」
「しかし若!俺たちのゲルググなら……」
「奴はビームを弾く。接近しての格闘戦に持ち込むか、もしくは大出力のメガ粒子砲で弾けないほどのエネルギーを持っていくしかない。それだけの出力を出せるのはハマーンのプルサモールしかないし、接近戦にもちこめるだけの距離に入るためには数発の被弾を覚悟しなくてはならん。RFゲルググの通常型では装甲が持たん」
コッセルはそういわれると不承不承頷いた。せっかく終わった戦争だ。流石にここでの無駄死には考えたくない。ギレンとキシリアの排除が終わり、サイド3がスペースノイドに好意的なレビル大将に進駐を受け、デギン公王から正式に停戦命令が出た以上、誰もがそういう気持ちになっている。
それに確かに、シャア大佐に随伴したらしい機体から送られてくる戦闘の光景は凄まじい。腕が有線つきで伸び、五本の指それぞれに装備されているらしいメガ粒子砲を微妙にずらしながら、ジムやボールを次々に撃墜していく。通信を聞いているらしく、受信がオンになっている表示が出ているが、後退命令を聞くつもりがないようだ。
「それに、連邦の第7艦隊の介入があった場合のほうが危険だ。流石に連邦とシャア、双方を相手には取れない。だから、海兵隊は第7艦隊が出てこないように頼む。ただ、先ほどのランゲルマン中将の言葉にもあるとおり、第一軌道艦隊のほうは信用できそうだ。第一軌道艦隊のほうから出てきた場合には、エスコートを頼む」
「了解でさ!……若!シーマ様がEフィールドに展開!ガトー大尉と合流しました!」
「よし……行こう!」
「……よく使う。バスク、アレがジオンの新型と見て間違いないな?」
両眼に偏向グラスをかけた、第7艦隊旗艦「アラバマ」艦長のバスク・オム中佐は、第7艦隊司令コリニー提督に向かって頷いた。画面上ではまた一機、ジムが撃墜されている。周囲からパブリクが撹乱幕を展開させようと迫るが、これも上手く避け、撃墜し、撹乱幕が展開されてもすぐにその空域から離れる。
「閣下、ビュコック大将よりの停戦命令、いかがします?これ以上逆らうようであれば、戦後の閣下のお立場にも影響するかと思われますが」
「あちらから仕掛けてきているのだぞ、いくらでも言い訳は付く。ビュコックが手を出してこないうちに何とかする方法を考えろ」
コリニーはため息を吐いた。確かにそうではあるが、あの機体は手に入れたい。ジオンからの亡命科学者が持ち込んだサイコミュに関する資料は、戦後の連邦で勢力の拡大を行うためには絶対に必要な技術だ。特におそらくジオン残党にも同様の戦力が含まれる可能性を考えると、人の新しい可能性云々はともかく、技術革新に多大な金を必要とする兵器開発よりも人間を弄くる方が安上がりだし確実だ。
「戦後のレビル派の台頭を思えば、ここで戦力の拡大を図るのは当然であろう、ジャミトフ?ジオンから来たあの老人どもだけでは、技術的に不足だろう。サンプルは多い方が良い。あの機体とパイロット、手に入れておきたい」
「通信!ジオン側より連絡!Sフィールドで交戦中の機体は要塞司令部の命令を無視、戦闘を行っている模様!ジオン軍が、機体の戦闘を止めるために出撃したとのことです!」
「バカが、余計な手出しをするなと伝えろ!」
「バスク」
コリニーは言った。
「ジオンが始末をつけてくれると言うなら、始末させればよいではないか。機体が無事に要塞の中に戻ってくれるも良し。機体がもしこのまま戦闘を続けるとなれば、ジオン同士で相打つことになる。前者の場合は要塞を占領した段階で確保すればよい。資料も残っているだろう。後者の場合は疲れ果てたところを捕獲すればよい」
「はっ、EXAM機、用意させますか?ジャミトフ閣下、準備のほうは?」
ジャミトフは頷いた。
「出来ておるが、パイロットがな。先ほどの戦闘でもGを軽減させるためにかなりの薬物を投与している。投与量の増大が肉体や精神に何らかの影響を及ぼしかねないことを、ナカモトが危惧しておる」
「かまわん。三機とも出撃させろ。地上のムラサメ研かオーガスタ研でもそろそろ次のロットが出る頃合だ。それに、プロトタイプでこれだけの戦果を挙げられたなら、次のロットからは期待が持てるかもしれん。データはそちらの向上型で取ればよい」
ジャミトフは少し思案気な顔つきになると格納庫を呼び出す。
「ナカモト、機体の準備はどうなっている。それからパイロットもだ」
「申し訳ありません。RX-78RW-E、レッドウォーリア改は三機とも準備が完了していますが、パイロットに投薬への拒否反応が出ています。BM-001ゼロ・ムラサメは三度目の投薬に対しても何とか耐えておりますが、BM-003マット・ヒーリィの精神が不安定です。先ほどからPTSDを発症して何度か、気を失っています。ただ、これ以上の投薬は危険です」
コリニーはジャミトフにお前に任せる、と言わんばかりに手を振った。ここで介入できなければ、他の方法を探すだけだ。流石に判断がつかない。ニュータイプを化け物と思っていることは、EXAMを持ち込んだクルスト・モーゼスと同じだが。
「BM-002レイラ・レイモンドは?」
「動かせませんよ、EXAMの親機に接続していますから。先ほどの出撃では2号機にプロトタイプ・ファントム・システムを使いましたから三機編隊を組めましたが、マット中尉のPTSDはこれが原因です。現在の技術では精神に負荷がかかりすぎます」
NTなり強化人間なりとして使うには、強いPTSDを抱えた人間である必要があり、そしてそれを兵器として用いるなら、当然パイロットでなければならない。そう、ナカモトが示した資料に基づき、対象となったのがBM-001、003だ。
コロニー落着によって被害を受けたアフリカ、旧ガボン共和国リーブルヴィル市に移住していた青年は、コロニー落としによる津波で、地球再生計画の基幹都市として運営を開始され始めていた故郷を失った。それがゼロ・ムラサメの元だ。初の強化人間と言うこともあり、こちらには数ヶ月の長い時間がかかっている。
これに対し、有能なMSパイロットでPTSDを抱えた人員として出てきたのがマット・ヒーリィ。カウンセラーからの報告で目をつけ、忌々しいミューゼルの基地から拉致してムラサメ研へ移動させ、そこで1ヶ月近くで調整した。短期間での調整で強化人間の生産が可能かどうかを図るための実験だ。
ニュータイプに対する病的な強迫観念からジオンから亡命し、連邦でEXAM機の開発を行っているクルスト・モーゼスが作り上げたEXAMシステムは、起動にNT能力の保持者を必要とする。人格の劣化コピーをOSとするシステムのためだ。この犠牲となったのが、モーゼスが一緒に引き連れてきたローレン・ナカモトの調整した、フラナガン機関出身強化人間レイラ・レイモンド。
親機に接続されるはずだったNT、マリオン・ウェルチの行方不明により、確保していたNTが減ったキシリアが開発を命令していた人工ニュータイプだが、洗脳と薬物で人格は分裂。取り扱いに困ったところでモーゼスが話を持ちかけてきたらしい。
「……出撃は可能なのだな。双方とも」
ナカモトはジャミトフのいいたい事を察したようだ。戦場に出してしまえば、どうなろうとかまわない、と考えている。不安定なBM-003はここら辺が使いどきなのかもしれない。しかし、確認は取っておく必要がある。
「マット中尉、死にますよ」
バスクは鼻で笑った。ジャミトフも笑う。何をいまさら。あの実験体の役割は終わりつつある。短期間の調整で強化人間としての能力を持たせることは出来るが、使用期間が短いことがわかった、これは発見だ。行方不明、もしくは捕虜として捕らえたジオン兵に使えば、即戦力化が可能と言うのは素晴しい。もっとも、改良の余地はある。一回の戦闘で使い潰すには金がかかりすぎだ。
「かまわん。ゼロ・ムラサメは待機。BM-003に2機をアシストさせて戦場に放り込めるようにしておけ。ジオンが上手く動いてくれた場合に必要になるからな」
「はっ」
ナカモトは頷いた。ちょうどいい。EXAMと相性の良いゼロだけではEXAMの能力を測ったことにはならないし、発展型として構想中のファーヴニルを動かすためにも、相性の問題はクリアしておかねばならない。……アイン・レヴィからの報告だと、セレイン・イクスペリの確保には失敗したが、何、データかDNAがあればコピーは作れるだろう。
最終的には、EXAMかその発展型のOSを用い、完成したファントムシステムで動く無人MS軍団、か。面白い。ムラサメ研に戻っての研究の必要はあるな。