タマーム・シャマランの提唱した天体植民地論はジオンのコントリズムを押しのける強さこそ無かったが、着実にスペースノイド、アースノイド関係無しに広まっていった。特に、火星を地球と同じ居住環境にしようとするテラフォーミングの提唱は大きな魅力を持っていた。そもそも、スペースノイドの不満の大部分は、彼らが吸う空気そのものに税金がかかる、この一点にこそ存在したからである。
火星、準惑星ケレスのテラフォーミングにより、地球と同じ環境の惑星を手に入れる。コロニーは惑星居住環境整備のための、100年単位の仮住まい―――
無酸素生産設備の全人類圏に対する拡大と、コロニーの通商・農業環境によるクローズド・サイクル整備。木星船団によるヘリウム3の安定供給と、月面の工業都市化。コロニーは基本、農業を基幹産業として人類の胃袋を担う。完全無重力環境を要する工業製品は、少数の工業用コロニーで。
コントリズムに対する直接的批判ではないが、安易に地球を否定せず、人類種そのものの延命のために地球・宇宙を一体とする一大経済圏の確立と棲み分けの提唱は、第二次コロニー建設計画の縮小と、サイド3の債権放棄要求で、次代の投資先を見出せない経済界からは歓迎された。
さらに、ジオン・ダイクンのニュータイプ思想に含まれる全体主義的・人種差別的傾向の批判と、多様な価値観を衝突無く並存させるための、人類そのものの分布の拡大化。
コントリズムとエレズムにより、地球に済む事こそ罪悪とする考え方が否定された点を以てすれば、確かにシャマランの考え方―――火星のテラフォーミングを提唱した事から「マーズィム」と呼ばれる事になる―――は、コントリズムとエレズム、結合してジオニズムとなる思想に対する、対抗思想足り得た。
この理論の優れたところは、決してコントリズムと対立し得ない点にある。コントリズムによるサイド国家主義を否定せず、むしろ拡大の方向を取る事で、安易に地球を聖地化し、「重力に縛られたものたち」としてアースノイドを差別する視点を放棄させるのみならず、アースノイドとスペースノイドと言う区分そのものに対し批判をくわえている点にあった。
しかし、ジオンが真に危険視したのは、ニュータイプ思想に対する批判そのものであった。元々棄民政策で地球を追われた事に対して成立した思想がジオニズムである。逆差別の理論的な後ろ盾を宇宙に脱した新人類の発生―――それが起こり得るものかどうかは提唱したジオン本人ですらわかっていなかったが―――に求めたジオニズムの根幹理論たるニュータイプ思想は、実は、コントリズムとエレズムが論駁されてしまえば、ジオニズム唯一のよりどころになるものであったからだ。
ジオンがシャマランを危険視した最大の理由がここにある。結局のところ、彼らはレイシズムにより権力を得ようとしているのだから、それが否定されてしまえば、彼らはナチスと同じでしかないのだ。早晩、誰かがその事に気づいてしまう。気づかれれば終わりなのだ。
そもそも、旧世紀に発達した哲学においてさえ、個と言うものが確立してしまえば、理解すなわち協調ではないのだから個人間の自由の激突が生ずるのはホッブスが指摘する通り当然の帰結であり、避けるのであればロックやルソーの言うとおり、一定のルールによってそれを制限する他はない。勿論、言葉によらない完全なる理解とやらが実現し、それが効力を持つならば激突の生ずる確率は減少するかもしれない。
しかし、そもそも何事にも例外と言うものはつきものなのだ。
さて、歴史を続けよう。
0062年、シャマラン演説で示されたマーズィム――シャマランは自身の考えをシャマラニズムと名づけようとする幇間学者に対して喧嘩を売っていた―――にのっとり、火星のテラフォーミングに対する研究が開始。太洋重工グループがいち早く参加を表明。火星軌道上に太陽光反射ミラーを設営。第一段階のテラフォーミングとして、火星極冠部のドライアイスと大氷塊を融解させ、火星大気の組成変化を安定化させ、気温上昇の準備を図る事が計画される。
0067年、地球連邦議会、サイド3より提出の債務放棄要求に対し、4度目の否決を上下両院で行う。各サイドからは空気税の税率低下のため、債務のモラトリアムを含む実質債務の切り下げが要求案として出されたが、足並みが揃わず部分的な導入にとどまった。同年、ムンゾ・月面通商協定締結。月面極冠都市連合(人口4億、中心都市『N1』)とサイド3は、工業製品の共通規格化と産品の販路交渉を継続して行い、サイド3工業の一定程度の向上までは、サイド3に関税交渉での優先権を与える事を締結。
そして0068年、すべての幕が上がる。
第03話
「ジオン・ズム・ダイクンの暗殺、ですか」
「暗殺と言うより、頭おかしくなった結果、体に負担かかりすぎたんだと思う」
サイド3、1バンチ。ズム・シティは混乱のさなかにある。重大発表と銘打った議会にて、演説中にジオン氏が胸を押さえて倒れた。10分後に死亡が確認され、15分後には死体はザビ家の率いる保安隊によって隔離された。ここ数日、演説の草稿片手に3徹ほどしていたらしいから、かなり体に負担がかかっていたらしい。
しかし、民衆は連邦による暗殺の可能性に思考が行きついた結果、暴力的なデモが眼下の中央広場前では繰り返されている。さながら、ベトナム反米デモか、日米安保反対といったところだ。
「坊ちゃま」
私は顔をしかめた。ジオンに潜入し、身分を得るために孤児院経営を片手間にする月の大富豪、ミューゼル家の長男、という肩書きで10歳の少年の姿となった私は、現在、飲んだくれから復活させて保護者代わりに行動させている父セヴァスティアンと共にサイド3に入国した。服装はどこの軍装本からパクって来たのか正直問い詰めたくなる、ヒットラー・ユーゲントばりの茶色開襟シャツ+半ズボンにサスペンダー。
この姿を見てからと言うもの、バラライカ女史は14歳の姿に(スチェッキン片手に脅された)なり「ソフィーお姉ちゃん」の称号を強要。割を食ったボリス軍曹も13歳の紅顔の美少年へ変化させられ護衛についている。さらにロベルタ嬢はガルシア君の面影に引きずられたか「坊ちゃま」の呼称を復活させて悦に入っている。
危険だ。
「ロベルタ、姉さん「たち」は?」
そう、家族と呼べる―――いつそう言う設定になったかは自分でも不思議なのだが―――人々が増えてしまったのだ。元々、父親キャラクターで子供がチートっていう家族いないかなーと思って、銀英伝からミューゼル家ご一行にお出で願ったのだが、さすがに父親がアル中じゃだめだろうと母親クラリベル女史を呼び出したところ父親復活。家族が円満化してしまった。
参謀兼艦隊指揮官として有能だろうなぁ、とまだ5歳だがラインハルト氏には期待大なのだが、たまに悩ましげな目を向けてくるのは怖い。多分頭の中で銀河帝国つくろうとか考えているんじゃなかろうか(後で話したところ、忠犬キルヒアイス氏を呼び出してほしいそうだった。ムリだよ!ある意味オベ公より質悪いよあの人!)。
結果、同年の10歳の「姉」としてアンネローゼ様が御降臨されたわけだが、彼女、原作でも見せた優しさを惜しげも無く発揮。ポイントこそねだらないものの、太洋重工の持っているお金なら孤児院なんて簡単よね、とようやく社会問題として生じつつある福祉関係に関して突っ込み始めた。
女性に逆らえないよね、私たちの世代って。ポイントじゃなくて稼いだお金だから良いけど。
危険だ。
と悲しく思ったところ、月面で意外にも現地人採用の受け皿になる。さすがに要員すべてをバイオロイド兵で賄うわけにも行かないし、ポイントでキャラクターを呼び込むのもポイント的に無理があったのだ。おかげで、忠誠心には問題がない人材供給源となりつつある。ポイントもかなりたまってきたけど、戦争が始まるとなると色々溜め込んでおきたいのだ。ちびちびと増員も増強もしているけど。
そして、あれよあれよという間に、孤児院開設から1年余りで貧困層の多くなってきたサイド3へ拡大したところ、一人の10歳の女の子が入ってきた。名簿の名前を見て驚きましたよ。
「トール!ここにいた!」
ロングヘアーの黒髪をなびかせながら、気の強そうな14、5歳の女性がホテルの部屋に入ってきた。後ろから『待ちなっ!』と声質と内容の相反するモモ声が追いかけてくる。
「ねぇ、ごっ」
危険だ。
言葉にならないままヘッドロックを決められた。後ろから追いかけてきたらしいブロンドウェーブが顔にかかるかと思った瞬間、女性の声で「ごっ」と女性の口から出たとは思えない内容と共に、首を決められたまま振り回され、そして床をころがされた。顔を上げると黒髪と金髪のCQC。何の冗談だ。
「シーマ!アンタいい度胸してるじゃないかい!」
「ああ!?クソ姉、其処に直れ!」
初の原作キャラ遭遇がシーマ様とは……。私、紫ババアとは距離を置きたいんだがなぁ……。とか思っている間にも、ブラックラグーンでのレヴィVSロベルタばりの乱闘は続く。ああっ、カーペットが……
「お、面白い事やってるじゃないの」
「あ、張さん」
ロングマフラーにコート姿の東洋人が開いたままのドアをノックして入ってくる。シーマは不思議そうな顔を、バラライカは露骨に顔をしかめた。
「終わったよ。ローゼルシアは予定通り暗殺した。まぁ、あの御兄弟から離れないからちぃとばかり骨だったが。アストライアとかいうのの監視はエラ張った女がやってるが、ま、シロウトだな。シェンホアを置いておいたからいつでも接触できる。あと「お父さん」から伝言だ。銀髪から会食に誘われたと。お前さんを士官待遇の副官として置かせることに同意したそうだ。なにやった?」
「まぁ、色々と。ありがとうございます。それで、二人は?」
張維新は口元をゆがめて言った。
「何処から見てもクソッタレな爺と予定通りに港の荷物に入ったよ。あとはマス家とやらがどうにかするだろう。なぁバラライカ。若くなるってどういう感じだ?俺からするとあの暑苦しい青春時代に戻るなんて考えもしたくないが」
「女にとっちゃあ夢心地だよ、ベイヴ。トール、あんたこいつにもいっちょやってくれよ。サングラス外すとかわ……」
私は首を振った。張さんの目が怖い。
危険だ。
「姉さん、何度も言っていますが年齢変更に関しては本人の同意が必要です。勿論私から御願いする場合もありますが」
「願いなよ」
「……張さん助けて」
「はぁ、素がこんな性格だとはな。ロアナプラから離れてこっち、宇宙くんだりまでくりゃ人も変わるってか?ダッヂが見たら目ぇ回すぞ」
泣きたくなった。
うん、危険だ。
さて。ここまでくれば原作どおりで進行させて問題はないだろう。予定外だったのは動力鉱石エンジンの大型化が意外に進み、ザク程度の出力(900Kw)であれば出せるエンジンが出来てしまった事で、MSの核動力が動力鉱石化する可能性が出てきたところだ。核爆発が起こらないから良いんじゃね、と思ったら、現状動力鉱石は月でしか産出しないから、月面争奪戦なんて言うものの信憑性が増してしまったのだ。
思想的にやばいところまで追い込まれているジオンは、眼下の光景を見るまでもなく連邦との対決姿勢を強めていくだろうから、もはやギレンとキシリアを暗殺するだけで事は済まない。メディアを抑えるサスロ・ザビも命を助ける事を考えたが、事態が複雑化しそうなのでやめた。むしろ暗殺の証拠を握ってドズル、ガルマに提示して正統ジオン結成フラグを作った方が良いと判断したのだ。
戦争が不可避で、もし動力鉱石エンジンしかMSの動力足り得ないとするなら、戦争は月の争奪戦になる。これはまずい。何がまずいって?月の争奪戦なんてやらかされた日には、私たちの存在がばれる可能性が高くなるからだ。
なので、M&Y(ミノフスキー・イヨネスコ)学会に緊急出資し、常温小型核融合炉の開発にペイをしました。いや、動力鉱石エンジンが月面企業のスタンダードになって以来、やっぱり学会に対する産業界からの援助は減り、ミノフスキー粒子の発見こそしたものの、やばい事になるところでした。
次の問題はシャアの性格矯正なんですが……やっぱり、マザコンは元から断つべきなんでしょう。キシリアの動き次第で、こちらも対応策を考えて行きますか。
その後、ジンバ・ラルの暴走でアナハイムが史実どおり、反ザビ家のダイクン派に援助を仕掛けるが、キシリア機関がこれを暗殺。キシリアの手が間近に迫っている事をあらためて実感したマス家は、ヤシマ家の勧めどおり、サイド5、テキサス・コロニーに落ち着いた。
テキサス・コロニーに落ち着く可能性が高かったため、ヤシマ家が競売に取り掛かった段階でテキサス・コロニーに遊撃隊を配置する事が出来ました。これで、なんとかあの兄弟と接触できそうです。でも、手土産必要だよね。
ということで私、トール・ミューゼル14歳は0072年のズム・シティの隔離塔を歩いております。三合会の皆様方にはお役に立っていただきました。まぁ、やっとギレン閣下と接触できてジオンに食い込めたので、私的には満足です。強面の東洋人メイドが頷きを返し、周囲を見回す。三年かかりましたよ、この塔に勤務する全員を手のもので固めるのに。
さて、気張ってまいりましょう。息を整えて入室すると、ベッドに力なく横たわる女性に声をかけた。
「アストライア・トア・ダイクン夫人ですね」
「……あなたは?」
手を振り、体を起こす必要がない事を伝える。
「トール・ガラハウと言います。親衛隊に所属しています」
「……そう、ザビ家の方々はお元気?」
悲しい女性だな。こんな時にまで心配とは。でも、ここでこうしていることが息子と娘の安全に直結しているから、母親としては満足なのかもしれない。でも、無理をしてでもここに二人をとどめておくべきだったと改めて思う。ジンバ・ラルはサイド3が危険だと思ったらしいが、馬鹿なことだ。却って安全なのに。サイド3にいる限り、ザビ家は彼らの安全を保障しなきゃいけない。それぐらい思いついてよさそうなものだけど。
「ええ、殺しても死なないぐらいには」
そんな言葉は久しぶりに聞いたのだろう。アストライアは力なく笑った。
「まだお若いのに士官ですの?」
「ええ、実家が月の大富豪でして。金で地位を買ってみました。存外、自由なものです」
窓の近くに寄り添って立つ。下を見ると、決まったパターンで歩く警護の軍人が見えた。軍帽を取り、上を見る。顔に大きな火傷の跡らしきもの。あらら、ゲルトさんまで来てらっしゃる。
「時に夫人、懐かしい人に会いたくありませんか?」
「もう、私はここから出る事は無いのよ」
首を振った。
「薬、飲まないようにしていただけますか。出来れば微量ずつどこかにこぼしてもらいたい。私のところから何人かお世話のメイドが入っています。まず、それらが来たとき以外には絶対飲まないでください。印は……まぁ、全員似たようなピアスかイヤリングつけてますので区別簡単だと思いますけど」
「どうして?」
「微量ですが、毒が」
アストライアは力なく笑った。
「入っていてもいなくても変わらないわよ。私、ここから出る事もない……」
「二人、ルウムにまで来ています。あなたの代わりの御遺体も御用意できますので、死んで出て行く事になります。夫人、出来れば同意してもらいたいのです。まぁ、同意なくとも実行するつもりではありますが」
言葉を重ねたが、信じてはもらえないようだ。やっぱり連れ出すところまで行かないと信じてもらえないことを悲しく思う。もう少し信じてくれても……いや、一番近いところにいたのが陰謀好きの爺(ジンバ)にババア×2(キリシア、ローゼルシア)ときている。人間不信も仕方ないわ。
「楽しみにさせてもらうわ。こんなおばさんに親切にしてくれるのだから、うんと言わないとばちがあたりそう」
トールは口元にのみ笑みを浮かべた。
「お任せください。真夏の夜の夢と思っていただいて結構です。まずはお体を直してください」