何だこの施設は?前方からのジム隊の射撃を岩に隠れ避けつつ、シャアはもう一度状況を整理した。
地下搬入口があるからズゴックで侵入を試みたが、搬入口という割には潜水艦ドックが申し訳程度にしか併設されていない。建設途中と言うなら、ある程度の建設機械があっても不思議ではないはずなのに、それもない。それなのに、装甲板に守られた戦艦ドックの方は充実している。遠目にも、三隻の木馬が見える。
一体何なのだ、この施設は……?
水路が港湾以上に深く引き込まれており、常に一定量の海水が基地の奥に供給される仕組みになっているようだ。冷却システムの一部かと判断したシャアは、この水路の奥にこの基地の動力炉があると判断した。
そこで、ホワイトベース隊の迎撃を受け、今に至るのである。ガンダムだけではなく、既に幾つかの戦線で確認されている連邦の量産型を、さらに発展させたらしい機体が4機。後方からは既に何度か交戦している、キャノン砲を構えたタイプと戦車方が砲撃を加えてくる。これでは火力が違う。
「ボラスキニフ曹長、ゾックの準備は良いか?」
「お任せください少佐!水路が奥まで通じていますから、冷却も充分です。メガ粒子砲の連続発射もいけます!」
「よし、カラハとラサのゴッグはボラスキニフを援護!ゴダールとマーシーのズゴックは私に続け!」
水路から飛び上がり、ズゴック隊が三機一斉に頭部のロケット砲を射撃。続いてゴッグ2機がミサイルを乱射、援護を開始した。ズゴックは地形を利用してホワイトベース隊に接近、アムロのガンダム、ヤザンとスレッガーのジム。コマンドがシールドとビームサーベルを構えて前進した。
「やるようだが、今は任務を優先させてもらう、ガンダム!」
シャアはアムロのガンダムの脇をすり抜けると後続するヤザンとスレッガーに向かう。シールドでズゴックを抑え、ビームサーベルを突き刺そうとするがそれを回避。身を低くしジムから見ての死角に入ると、スレッガー機の脚を破壊した。
「嘘ッ!まだなれていないからか!」
「転がっていても厄介そうなのでな!」
シャアはそのままアイアンネイルでヤザン機を抑え込むと、スレッガー機のメインカメラをメガ粒子砲で破壊する。外部からの情報を得る手段がなくなったことをわき目で確認し、ヤザンに正対。後方のガンダムはズゴックとゾック、ゴッグの射撃に押され、抑え込まれている。
「なかなかやるパイロットだが、力の掛け方が甘い!ふん、ゴダール、マーシー、ボラスキニフの援護に付け!ここは私が引き受ける!」
シャアはスラスターを吹かすと、こちらにかかるジムの力を左右にそらし始める。ジムの上半身が左右に動かされ、バランスが崩れる。口元をゆがめたシャアはジムの左側に回りこむと背面のバックパックを付き、メガ粒子砲を発射。ジムの胸から上が破壊される。
「ヤザンさん!?いけない!」
「アムロ、退いて!地上の敵が後退を……」
「また一機!動きが甘い!」
割って入ったのはセイラ。ジャブローと同じく、ジムの腹部にクローをつきたてるべくズゴックが動く。
……!?
「アルテイシア!?……いかん!」
「兄さん!?」
後方から迫ってきた影が割って入った―――正確にはセイラ機の足元めがけて滑り込んできたのはクローが腹部を狙ったのとほぼ同時だった。
スライディングに近い格好で滑り込んだ黒い機体によって、セイラ機の脚部は破壊され、延びていたジム・コマンドの背は大きく後ろへ倒れこんだ。突き出されたクローはジム・コマンドの胸部装甲を削り取るにとどまり、3機のMSはもつれ込むように倒れこんだ。
呆然とするセイラ機を尻目に2体のMSは立ち上がり、互いに相手を警戒して距離をとる。
「危なかった……何奴!?」
「セイラ准尉、後退しろ!アムロ准尉、セイラ、ヤザン両機を援護して退け!敵を絶対に動力炉へ入れるな!レイヤー小隊と協力して防備を固めろ、急げ!」
黒い機体。かろうじて間に合ったゲシュペンスト・タイプSは硝煙と砂煙で薄汚れた機体を樺太の地下に立たせていた。
第21話
ギリギリのところでセイラの命は救えたものの、このイベントで改めて理解させられたことがあった。さきほどのラリー、アニッシュの戦死もそうだが、既に大まかな歴史はともかく、細かい歴史は変わっており、おそらく主要登場人物でも、主人公級の人間でもない限り、はたまた歴史に大きな影響力を与える可能性のある人間でもない限り、戦死の機会は常にあるということなのだろう。
そして、それはファーストガンダムで早速退場したセイラ・マスも当然として含む、と。いや、ホワイトベースの全員に言えることかもしれない。其処まで考えて気が付いたが、大筋はともかく、細部は別物という意識はこれからも持っていたほうが良いだろう。まぁ、考えている暇は今はないけれど!
目の前に迫るシャアのズゴックを避ける。ズゴックは確かにゴッグやゾック、アッガイといった他の水陸両用機に比べると格闘がし易い機体だ。ゴッグは遅すぎ、アッガイは薄すぎる。ゾックはそもそもそんなことを考えていない。しかし、水圧に耐えるために人間型をある程度捨てている訳で、モーションの取り方にも限界がある。
しかし、流石にシャアだ。ズゴックのモーションをよく熟知した上で操作している。身を低くかがめて射線を取りにくくさせ、また同時に横薙ぎのビームサーベルの範囲から身を逸らす。縦に振った場合には左右に飛んで前に向き、小走り、時には小さいジャンプを繰り返して敵との距離を詰める。
ズゴックの腕にはメガ粒子砲が装備されているが、それを使うことはあまりしない。発射には粒子の増幅を行う必要があるから、必然的に何秒か時間がかかる。時間をかけないでも撃てるが、その場合には威力を犠牲にすることになる。まだ使いどころの難しい兵器なのだ。
実際、メガ粒子の増幅・収束は模索中の技術で、増幅と収束に必要な時間の問題が解決していない。ゲルググのビームライフルにしろ、一定時間要するため、モーションが其処で固まってしまうのだ。宇宙空間ならスラスターを吹かしての平行移動が可能だが、地上でのそれは射線を単調化させる。この問題は時間こそ短くなるものの後々まで続くから、オールドタイプでもビームライフルを避けられる。
だからシャアはズゴックではメガ粒子砲を使わない。動かなくても良いときが来るか、撃つことで敵の動きを誘う必要がある以外は。やりにくい相手だ。
一方、シャアの方も自分が相手にしている機体が厄介な相手であることを見抜いていた。完全に近接戦闘用に特化した機体。その特化の度合いはガンダム以上。外から見るだけでも射撃用の武器は腰についているショットガンらしきものだけ。見た目の重装甲からは考えられないような軽い機動を行う。無駄がまだ多い動きだが、それを機体の柔軟な追従性が充分以上に補い、自分の動きに対応してくる。
しかし、シャアが感じている厄介なところは其処だけではなかった。
「違和感か?この機体の動き、いつかどこかで見たことがある?クソ、連邦の新型機の動きを何故そう感じる?」
クローを敵機に向けるが、軽々とつかまれ、しかもその圧力はこちらのクローアームを握りつぶすほどに強い。危険を感じて即座にズゴックを敵機に押し付けるとスラスターを吹かして岸壁に押し付けた。衝撃で左腕が離れたのを機に機体を右腕を軸に回転させて敵機の後ろに回りこもうと動く。
当然、背後に回られることを恐れた敵機は右腕をつかんでいた手を離し、こちらに正対しようと体を向けてくる。しかし、それこそこちらが望んでいたことだ。右腕が自由になったことで機体の動きに対する拘束がなくなると同時にシャアはもう一度ズゴックを敵機に押し付け、胸部装甲にクローを押し当てた。
メガ粒子砲の発射。増幅と収束にかける時間がないため、低出力での連続発射で装甲を削り取ろうとするが、敵機の装甲は表面が融解しただけで、充分な損傷を与えられたとは言いがたい。クソ、先ほどのジムなら!新型め、この装甲であの動きとは、どれだけ高出力のジェネレーターを装備している!?
敵機の方も自分の装甲に関しては充分以上に信頼を寄せているようだ。胸部装甲へのビーム連続発射には反応せず、ズゴックの肩をつかんで機体を押し戻そうとする。装甲が薄い、両肩の吸排口にマニピュレーターの親指が食い込む。いかん!
掴まれた肩はそのままに頭部を敵機に向け魚雷を一斉発射。衝撃が次々に襲い掛かるが、流石耐圧性が高いだけあり、ズゴックのチタン装甲は良く耐える。しかしそれは敵機も同じだ。ここで吸排口を破られるわけにはいかない!一斉射でもまだ離さない。ええい、連邦の新型は化け物か!?もう一斉射。ようやく左肩が外れた。しかし、敵機はそのまま高出力にものを言わせてズゴックを放り投げる。
「ぐわああああああっ!?」
「少佐!」
後方でレイヤー小隊と射撃戦を行っていた部隊から、ゴダールのズゴックが向かってくる。いかん!今の戦闘でズゴックの弱点が吸排口であることを知られている!
シャアの懸念は即座に現実のものとなった。敵機右腕の杭打ち機が、ズゴックの右肺に命中。吸排口の薄い装甲を破って斜めに侵入。コクピットを押しつぶす。奴の右腕上腕部のアレは危険だ。連続で打ち込まれれば、水陸両用MSの装甲でも危険。
後方から、損傷機の撤退援護を終えたらしいガンダムが、ビームライフルを構えて向かってくる。動力炉への水路付近で戦闘しているボラスキニフたちは防御陣地を突破できないでいる。ええい、潮時か!
「全機撤退!撤退だ!作戦は失敗!」
シャアは叫ぶと水路に向けてズゴックを後退させる。敵機を押し返すため、天井部分に向けて魚雷を連続発射。岩盤の崩落にガンダムが足を止める。!?もう一機は!?
「少佐あああああああああっ!」
大型のビームサーベルがマーシーのズゴックの胸部を貫いている。バカな!?いつの間にあそこまで移動した!?移動する際の振動も感じなかったし、何より魚雷の発射まで、ガンダムよりも前とはいえ、崩落した岩盤の真下にいたはずなのに!?
マーシー機を撃墜した敵機はそのまま大降りのビームサーベルを構え、動力炉を守る敵部隊から後退を始めているボラスキニフの部隊に向かう。ええい、今の状態では助けられん!
シャアは向かった敵機の能力と武装から、ボラスキニフ小隊の全滅を確信すると水路へ機体を躍らせた。流石に今の状態でガンダムの相手など出来るわけもない。吸排口は重大な損傷を受けており、水中機動に問題が出るのが確実なら、ここで戦闘をすれば撤退できなくなる。
ボラスキニフのゾックにビームサーベルを構えて突進する敵機。!?前に、この光景を見たことがある?どこだ!?何処で見た!?あの機体、誰の……?
シャアはズゴックに水路を進ませ、マットアングラーへ帰還しつつ、自分の記憶の中から、その記憶を思い起こしていた。しかし、答えは出ない。ええい、誰だ?誰なのだ!?
11月1日、午後1時。戦闘は終了した。北部からの陸戦用MS隊が後退を始めたことをきっかけに基地南部の港湾部へ増援を回すことが可能になり、サイクロプス隊も増援の襲来を察した段階で後退を開始。カミンスキー軍曹が水中での行動が制約されるギャンを投棄したが、アンディ機のハイゴッグに回収され事なきを得る。
しかし、上陸戦序盤・中盤の主力となったゴッグ5機、アッガイ10機の内、ゴッグ4機とアッガイ5機が喪失。最後まで撤退を支援していたアッザムは、港湾部の敵部隊が撤退を開始したことで射線の集中を受け擱座。投棄された機体はいまは港湾部に浮かんでいるが、程なく沈むだろう。
今回の攻撃で樺太基地は大きな被害を受けた。基地中心部の司令部区画、および艦艇発進口と地上・地下の連絡部分こそ被害が少ないが、港湾部に集積された倉庫群が軒並み被害を受け、収納されていた部品・パーツ段階のジム・コマンドが数多く破壊された。
北部防御陣地は陣地内での混戦でトーチカ群が軒並み被害を受け、また、陣地内への侵入を受けた段階で人員を後方に避難させ、遠隔操作に切り替えたことで人員の被害こそ少なかったが、6基が全損。8基が損傷している。港湾部では侵入した敵機に対し、第2、第3小隊の撤退援護に当たった対MS用ミサイルランチャーを装備した高機動車が多く被害を受け、人員の損失が発生している。また、滑走路部分にまで敵の侵入を受けたため、滑走路にも被害が発生。アジア方面軍へのジム・コマンド供給に被害が生じている。
しかし、工業製品や基地設備などはまた作ればよい。深刻なのは人員の被害だった。軍人軍属合計87名、および民間人7名。民間人は出向中のエンジニアや、夜釣りに出ていた付近の住民。軍人軍属は、撃墜されたMSの乗員3名(ラリー、アニッシュ、コールドウェル)と、防衛に当たっていた基地の兵員だ。
負傷者にいたっては三桁を越え、病院に収まりきらないため、滑走路にテントを建てて野戦病院を仕立てることになった。入院を要するものや重症ではないものを除いては、そちらで治療を受けてもらうこととなっている。医薬品の数が足りているのが救いだった。しかし、そうした外見上の、肉体的な被害はまだいい。回復が可能だからだ。
特に、この被害によってG-1部隊第3小隊が隊長一人になってしまった。マット・ヒーリィ中尉は現在、基地についている軍の精神カウンセラーのカウンセリングを受けている。一夜、いや一朝にして二人の部下を失ったことは、彼の心に大きな傷を残したことだろう。相手がサイクロプス隊となれば、それも仕方がなくはある。むしろ、第3小隊は良くぞ全滅しなかったものだが、そんなことは彼にとって救いにもならない。
実際、3度目の撃墜を経験したヤザンが元気なのが不思議だ。流石最強のオールドタイプといいたいが、あそこまで行けば撃墜からの生還も自信の表れだし、何より戦友が犠牲になってはいない。第2小隊からもサマナ少尉が撃墜されたが、現在治療中とのこと。詳しい報告は受けていないが、命に別状はないらしい。
戦力がかなり厳しいことになっているが、戦死者が少ないこと、あのエースパイロット軍団の攻撃を受けてこれだけの被害にとどめられたことは自信を持つべきだが、やはり気にかけてしまう。
とりあえず、前線に立って戦ったMS部隊とトーチカ隊、高機動車の兵員には24時間の休養命令を出し、マネキン准将に基地の管理を御願いして……ああ、クソ、頭がまとまらない。とりあえず今日は、浴びるほど飲んですべてを忘れよう。
司令室を出るとミツコさんがいた。そこからの記憶があいまいだ。