「全く、戦略目的の重要性はわかるが、新型の集中配備を受けた基地への攻撃など、悪夢だ」
私の名はユライア・ヒープ。ジオン公国地球攻撃軍中佐。現在、キャリフォルニアベースから出撃したガウ攻撃編隊を率いている。敵新型機の集中開発を行っている工廠兼基地への攻撃。現在、地球各所で連邦軍が投入して来たMSの攻撃を受けている身としては、攻撃の重要性は理解している。
最初は4月。アジア戦線で、胴体部に明らかにザクの影響が見られる、120mmライフルを装備した機体を確認。連邦軍呼称ザニーというそれは、明らかに連邦軍のザクそのものだった。
このザニーは続々とその数を増やし、ハワイ諸島攻撃作戦では、連戦連勝を重ねてきたジオン軍を初めて後退させる役割を果たしている。私も作戦内容を確認させてもらったが、習熟したとは言いがたいものの、明らかに歩兵戦術の影響を受けた運用を行っている。
悪夢だった。連邦軍がMSの運用を始めたと言うことは、連邦軍が我々と同じ土俵に位置したことを示す。旧世紀以来、戦場で最終的に幕を降ろすのは歩兵。MSは、宇宙世紀における歩兵として位置づけられる。ドムなどは戦車に近い運用をされているが、私はむしろザクの集中配備を望んでいた。少数の戦車があっても、多数の歩兵には叶わない。特に山岳部の多い地域では、ドムの特性が殺されるからだ。
「中佐、航行状況正常。上手くグライダー部隊もついてきてくれています」
マヤ・コイズミ大尉の報告にうなずく。ガウ6機、およびマットアングラー級潜水空母1隻と、ユーコン級潜水母艦「6隻」がこの攻撃隊のすべてだ。キャリフォルニアベースのガルマ派をたきつけることで作戦計画以上の戦力を確保し、潜水艦隊をドライゼ少佐に預け、使える伝手を使うだけ使い確保した部隊を乗せている。MIP社やツィマッド社の新型も、降下スケジュールの調整の際に書類をごまかして確保させた。
「ガルマ・ザビ大佐の仇討ちとは名目だが、キシリア閣下も張ったものだ」
私は苦笑する。キシリアに嫌われて死地に追いやられたはずだが、あの女性、こちらの能力は評価してくれていると言うことか。いや、実際引き抜いた部隊にはギレン派のものも含まれている。キシリアにとっては兄の持ち駒を少しでも減らすいい機会と言うわけか。
「現状、撃てる手は撃った。コイズミ大尉。当機搭載の新型は使えそうか?」
「ヴィッシュに聞いてください。まぁ、彼のことですから問題なく扱えるとは思いますが。しかしなんです?出撃前に無理やり三番機に乗り込んだあの部隊。三番機の乗員といさかいを何度も起こしているので、機長のダロタ大尉から中佐に一言求められています」
ユライアは少し考え、言った。
「あの部隊の回収は考えなくて良い。ダロタ大尉には敵地に棄てるつもりで良いと伝えてくれ。まぁ、あと数時間の我慢だ」
「了解しました」
第19話
UC0079年11月1日朝5時、樺太基地に対するジオン地球攻撃軍の攻撃が開始された。
定石どおりと言えば定石どおりだが、最初の攻撃は基地に対するユーコン級のミサイル攻撃から始まる。襲撃をある程度予想していた樺太基地側では、地上施設の要員を最低限度にした上で、MSなどの機体を地下に格納していたため、このミサイル攻撃では施設に被害を受けた以上の混乱は生じていない。
施設に対するミサイル攻撃が一段落すると、海岸近くに待機していたらしい水陸両用MS隊が上陸を開始した。まず、水際での戦闘が始まる。
「ラリー、アニッシュ!15分後から上空に撹乱幕が打ち出される!ビームライフルの使用はそれまで!ラリーは90mmマシンガンに切り替えろ!アニッシュ!バズーカの準備!」
「了解!」
「了解!」
隣の掩蔽壕を見ると、こちらと同様に水際に向けてピンク色の光が走る。カジマ小隊の攻撃だ。上陸第一陣は予想通りゴッグ。装甲とメガ粒子砲の火力でこちらをなぎ払い、後続の上陸を容易にしようと言うのだろう。しかし、今回はこちらにもビームライフルがある。
上手く集弾したらしいビームライフルが二条、ゴッグ腹部のメガ粒子砲の発射口に直撃。ゴッグが爆散する。やったと心躍らせた瞬間。
連続した爆発を前に機体をさらに屈めさせ、同時に上に向かってシールドを構える。見た事もない大型機。円盤状のそれは空中を浮遊し、こちらの火線を器用に避けながら、連装2門左右2基、上下共にそろえられた合計8門のメガ粒子砲を連続発射。あれが情報にあったMAとか言う奴か!?
「クソッ!頭を上げられねぇ!」
「耐えろ!後方から援護が来る!」
そう言った瞬間、MAに直撃弾。流石に大きく揺さぶられ、メガ粒子砲の発射も止んだ。今がチャンスだ。
「後退、後退、後退!エイガー中尉のマドロックとクリス中尉のシュッツバルトだ!援護砲撃で脚を止めている間に第二線に退避!」
掩蔽壕を抜け出し、敵へとシールドを構えながら後退を開始する。後退をみてチャンスと判断したらしい後続が上陸を開始。茶色の機体が数機上陸し、こちらにロケット砲を向けてくる。機体の中に、援護射撃に頭部のロケット砲を向けた機体も。
そのうち一機がいきなり爆発した。通信が入る。
「こちら試験中隊のディランディ!ただいまから135mmライフルで狙い撃つ!今のうちに後退しな!」
「すまん!全機後退!後退だ!」
上空に爆音。どうやら、敵潜水艦隊の支援攻撃が始まったようだ。水際で抑えきることは出来なかった。予想通りだが、やはり悔しい。
マット・ヒーリィ中尉は次の防衛線へ向けて機体を走らせた。
降下したジオン軍を迎え撃つべく私、トール・ミューゼルは出撃した。プラント警護をレイヤー小隊。地下艦船ドック区画はホワイトベース隊、ヤザン、ライラのペアに任せている。水際にアッザムの出現を確認したため、本来中隊は8機で構成されるはずだが、ロックオンの狙撃仕様ゲシュペンストを向かわせた。ネオ少佐のゲシュペンストとバニングの第4小隊は司令部建物近くで総予備だ。
「前線への火力任意投入に、アッザムはやはり脅威だな」
気持ちを落ち着かせながら操縦桿を握る。この世界に来てから三度目の出撃だが、前回の反省を踏まえ、兵器に対してこれ以上ないほどに詳しいミツコさんの手助けを借り、この機体を用意した。
ガルイン・メハベルが搭乗した、PTX-002ゲシュペンスト・タイプS。エンジンはプラズマ・リアクターからオルゴン・エクストラクターに換装し、ジオン側で使用しているゲルググRFと同様の仕様としている。但し、こちらは完全に単体突撃仕様。というよりも、生残性を最大限度、ゲシュペンストと言う枠で追求した結果がこれだ。
既にこれだけのバタフライ効果を見せているこの宇宙世紀でまだ未熟な私が生き残るためには、こうしたものに頼らざるを得ないのが悔しいが、目の前に敵が迫った今となってはそうも言ってはいられない。
「ポプラン中尉とウィスキー隊は北部防衛線を死守。地上側からプラントに絶対に敵を入れるな。ネオ少佐、マネキン中尉は戦線各所の火消しを頼む。あまり性能は見せつけてくれるな。勿論、仲間を助けるためならかまわない」
オレンジとライトグリーン塗装のゲシュペンストが頷く。両機ともにテスラ・ドライブ装備の空戦対応型だ。戦線の火消しに高速移動するにはもってこい。
「私はガウを叩いた後、降下した敵MSを迎撃する」
「「「了解!」」」
コンソール脇にこちらを見るミツコさんのウィンドウ。少しほほえましくなり、指でそっとつついておいた。やはり自分がセッティングした機体が気になるのだろう。
このゲシュペンスト・タイプSは単機突入型のため、接近戦用の武装が充実している。左腕にはワイヤーアンカー、右腕にはパイルバンカーを搭載し、背面腰部には高出力ビームセイバーを、通常型のビームサーベルも両膝脇と両腕下部に合計4本装備している。生残性向上のために重装甲化したが、発生した重量をテスラ・ドライブで打ち消しているのでドライブ起動時の重量は40tにまで軽減される。これだけの重量に抑えられれば、戦場での運動性は桁違いだ。
射撃武器は腰脇に装備された短砲身ショットガン二挺のみ。オルゴン・エクストラクターがオルゴン・クラウドとフィールドを発生させてしまうため、今現在使用可能なビームライフルではフィールドと干渉してしまい、使えない。遠距離攻撃、中距離攻撃にはフォトン・ライフルを装備予定だが、当然現在は使えない。両軍共にビーム兵器が充実し始めるソロモン戦あたりでないと厳しい。
ガウの迎撃を行うために前進していたところ、基地北部からこちらに向かう陸戦用MSの群れをまず確認。ザク、グフと言った、歩行型が多く、基地に向かうにはまだ時間があるようだ。元々黒系の塗装であり、ミノフスキー粒子の濃度も濃いため水際を移動し、内陸部を地形伝いに移動するMS隊との接触を控える。上空に轟音。ガウだ。
ヘッドカメラをガウの編隊に向けると、後部に何かを曳航している。空中をワイヤーでつながれているらしいそれは、私がいた時代でも目にした事があるし、軍事関係の本でも見た事があるグライダーだ。
「そういう手段でガウを使うか」
やはりユライア・ヒープ中佐は頭が切れる。爆弾をつめなくてはせっかくのガウの持ち味を殺すことになるが、機体の内部は推進剤を入れるだけでスペース的にかなり厳しいことになる。となれば、外部にスペースを確保できないかと考えるのは当然だ、と言うわけだ。
望遠カメラをさらに向けると、どうやら、機体ごと基地に突っ込ませるらしい。後部にジェットかロケットの噴射口を確認。機体下部に爆弾倉も見えるから、途中で切り離して基地上空を滑空させ、小型か中型爆弾を投下する形。最後に期待を適当なところに突っ込ませる、か。こんなことを良く思いつく。
当然そんなことを戦闘中のMS隊の上でやられてはたまったものではない。
前の方を見ると海に突き出し、小高くなっている岩塊が見えたため、あそこを足がかりにして上空へ向かおうとしたとき、周囲の砂浜に連続した爆発が起こった。
「ふははははははっ!連邦の新型かっ!このイフリートにふさわしい相手のようだな」
は!?ニムバス!?あいつがこの作戦に参加するなんて聞いていないぞ!?それに、いつの間にイフリートが開発されている!?
叫び声と共にニムバスの後方の砂丘から、同型2機がジャンプして迫る。脚が太い。ホバー機か!装甲がグフと変わらないだけ、ホバーを追加してもガウに積み込みが出来るようになったか!本来ならガウにドムを積もうと思ったらペイロードの計算が複雑になるのをイフリートで避けたのか!
「量子レーダーに他に反応無し。ホバー機だから砂浜を移動してきたのか……クソっ!」
こんなところでこいつらの相手をしている時間はない。ガウが基地上空に差し掛かる前に迎撃する必要がある。フットレバーを思い切り踏み込むと、イフリートとの距離を一機に詰める。EXAMが開発されていないから、通常機のはず!
「ふっ、単機で前進して来た意気は買ってやる!」
ニムバス機と僚機が前進。ホバー走行でこちらの両側に回ろうとする。両手には白熱していないヒートソード……ナハトのコールドソードか!?
「キシリア様の下に、また一機屍を積み上げる!」
「たわけたことをっ」
テスラ・ドライブ起動、接近戦用パイルバンカーを地面に突き刺し、その場で回転。右腕は腰のビームセイバーに伸ばし、その場で回転した。
「大型の……ビームサーベル!?」
「少佐ぁ、あ、あ、ああああああっ!?」
一機撃墜。ニムバスの方はホバーを最大限に吹かし、背部のスラスターも使って上空に上がる。周囲に連続した着弾。後方のもう1機が脚部のミサイルランチャーを一斉発射。弾薬が切れたのか、その場に投棄した上でこちらにショットガンを構えて向かってくる。
ニムバスに向かって上昇。ニムバスがこちらに向けてコールドソードを構え、下のもう1機がこちらにショットガンを構えた所で砂浜深く打ち込んでおいたワイヤーアンカーを巻き取る。上昇を無理やり抑えてもう一度地上に。上に向けてショットガンを射耗したイフリートにパイルバンカーで止めをさす。
最初に撃墜した一機が取り落としたコールドソードをつかみ、手に取る。ミツコ・イスルギが入力したFCS、火器管制システムは彼女いわく、「Fを抜かした方が合ってますわね」とのこと。この管制システムの素晴しいところは、戦場で奪った敵の武装も使用できるところにある。おかげでマニピュレーターの反応度が尋常ではない。綾取りどころかピアノさえ弾きかねない。
「敵の武装をつかえる機体か。面白い」
ガウに向けてジャンプする際に使おうと思っていた岩塊に立ったイフリートから、ニムバスの声が響く。あれか、なんとかは高いところが好きとか言う奴か。クソ、この機体、反応の度合いが尋常じゃない。こちらの頭の振り方まで追従してくる。
「先ほどからこそこそちまちまと動きおって……馬鹿にしているのか!?」
ニムバスがこちらに向かい、バーニアを全力にする。高速。しかし、この機体最大の秘密はこれからだ。黒歴史コードから抽出したモビルトレースシステムを、Evolveで描かれたサイコ・ニュートライザーに応用。第3期MS、マン・マシーンが実現したオールドタイプでも可能なサイコミュ制御技術を使っての、負担なき、人間そのままの動作を実現する操縦システム。
アームレイカーを通じた接触入力システムと、一連の操縦動作は脳波コントロールとトレースシステムによって、脳がそうであるべきと認識している動作を実現する。その機能のほとんどを機体の制御で完結させているため、他機体の乗っ取りやサイコミュ兵器のジャックこそ出来ない(目的としていない)が、脳内での思考訓練、本人の想像力次第ではどのようにも動かせることが最大の特徴だ。
だからこそ先ほどのように人間としての癖が出る。貧乏ゆすり、呼吸による胸部の上下運動、顔をこすり、ため息を吐くなどのすべての動作が再現されることになる。
人間臭い動作に満ち溢れた機体。首を横に数ミリ動かし、腰や腕、肩の動き、地面に立ったときのほんの少しのからだの傾きまで。
だからこそ、射撃という「道具の使用」の延長を得意とするパイロットこそ感じるところは少ないが、ニムバスのような「肉体の使用」の延長を得意とするパイロットは不快感を隠せない。自分がMSに乗り込んで対している相手が、本物の肉体同様に機体を動かせるが故に、無意識下ではMSではなく、「鎧を纏った人間」と感じてしまうのだ。それが、言いようもない不快感を生じさせるらしい。
ニムバスの突進を人間同様の動きで横に避けると、トールはちょうど脇に来たコクピット部分に向けて、降ろしていた腕を振り上げた。手に、コールドソードを持ったその腕を。
次の瞬間、腰断されたニムバスのイフリートは地に崩れ落ちた。