ここは……どこだ?
男は、周囲を見回した。
「パンパカパーン! 貴方は一億人に一度のチートで転生プレゼントに当選しましたー。貴方の子供も一緒だよ! 嬉しいでしょう?」
「チート? 転生? 私に子供はいなかったはずだが」
「またまたぁ。いるでしょ、5人も子供が。物にも魂が宿る。貴方の作ったロボットは、全員魂を持っているのよ。で、どうする? 地位がほしい? 魔力がほしい? あ、行き先はもう、剣と魔法の世界に決まっているわよ」
男は、首を振る。
「私は何もいらない。チートとやらは、あれらにしてやれ」
「本当に、望むものは何もないの?」
「あるとすれば……」
「あるとすれば?」
「次は、女として生まれ変わってみるのもいいだろうな……。どうせ、剣と魔法の世界とやらではロボットは作れないのだろう? 生というものにまた触れてみたい。いや、戯言だ。私はこのまま消えるのが良かろう」
「わかったわ! さあ、お眠りなさい……クエーサー」
「やれやれ、本当に女に生まれるとはな」
レナ……クエーサーはため息をついた。
そして、腰に力を込めて水を運ぶ。
レナが生まれたのはごく普通の家だった。
何の因果か、クエーサーの両親が死んだのと同じ時期にレナの両親は事故で死んだ。
それゆえ、レナは一人での生活を余儀なくされた。
小さな飲食店がレナの家だ。
レナは朝早くから、独身時代に覚えた(ずっと独身だったが)料理を作る。
別に、前世に拘っているわけではない。
レナは雑踏を眺めてばかり内向的で、知恵おくれと思われていたし、レナもそれを否定しようとしなかった。まだレナが小さい事もあり、料理の知識の伝達が行われなかった。それだけだ。
無表情なレナは、御世辞にも商売上手とは言えない。
それでも、器用なレナの手はそこそこ美味しい料理を作りだしたし、物珍しかった。店はレナ一人が生きていくのには十分な利益を出していた。
そんなある日だった。
店内に御客が入ってきた。布を頭から被った怪しい格好だ。その後、王子! クイック王子! と呼ぶ声が聞こえる。レナは聞き覚えのある名前にも物々しい雰囲気にも動揺しない。もはやレナとクイックは無関係だから。そして当然ながら、レナはいらっしゃいませなどとは言わない。代わりに短く聞いた。
「人数は」
「あ、ああ。一人だ。何がある?」
「今日のメニューはハンバーガーだけだ」
「ハンバーガー! ハンバーガーって、あのハンバーガーか!? 食べたい!」
「席はそこだ」
クイックはハンバーガーにむしゃぶりつく。それを観察し、クエーサーはクイックが確かにクイックである事と同時に人間であることを確認した。
クイックが払った代金は、当然ながら金貨だった。レナは眉を顰める。
「この店にある銅貨は730ベルグ。後260ベルグお釣りが足りない」
「レナを奴隷市場で売ればそれぐらいの値段になるんじゃないか?」
がらの悪い客が野次を飛ばす。
「そか。俺、またハンバーガー食べたいしな。レナを貰うな」
笑顔でクイックが言う。確かにクエーサーは人間を傷つけるななんてプログラムは入れなかった。しかし、あまりにもあっけらかんとした元ロボットの答えにレナの思考は一瞬固まる。
「なんてな。ここの案内してくれよ。城の中は退屈でさ。お釣りはそれでいいよ」
レナは頷いた。
「美味い美味い。ほら。レナも食べようぜ」
「……本当に人間のようだな」
「え?」
「何でもない。貰おう」
好奇心が満たされた一日だった。案内が済むと、レナは金貨の両替をしに、役所へと向かった。
「お前のような子供が、どうやって金貨を手に入れた!?」
「客が払った」
「嘘を言うな! 怪しい奴め……私がこの金貨を預かろう。今回だけは見逃してやる。さっさと行け!」
クエーサーはため息をつく。
ここで積極的に抗うだけの体力をクエーサーは有していない。
「やめろよっ……それは俺が払ったんだ。ちゃんと両替しろよ。着服だぞ」
しかし、クイックは違った。
「ああ? 何だお前は」
「お……俺は、旅の者だ!」
「旅人がそんな大金を持っているものか! 投獄しろ! 持ち物は全て没収だ」
役人は言ってクイックの布をはぎとり、驚愕した。
「クイック王子……ここ、これは……何故ここに……申し訳ありません!」
蒼くなって土下座する役人。
「両替をしてくれるだろうか?」
レナの言葉に、役人はがくがくと物凄い勢いで頷いた。
両替を済ませると、当然ながらクイックは引きとめられた。
予想外なのは、レナも引きとめられた事だ。
「私は関係ない。明日の料理の仕込みもある。早く返せ」
「そうはいかん。取り調べをせねばいかん。お前には王子誘拐の嫌疑が掛かっている」
クエーサーはため息をつく。
そうこうしていると、立派な馬車が役所についた。
「クイック、世話を掛けますねぇ。おや、そちらのお嬢さん……は……」
馬車から降りてきた男が、レナを見て絶句した。
「ドクター? ドクター! ドクターなのですか!?」
「人違いだ」
男……クオーターの言葉に、レナは首を振る。
「ドクター? あっ店に向こうの料理があったのは……! どうしよう、俺、ドクターを銅貨260枚で買い取っちゃった……」
「クイック……どういう事です」
「人違いだ」
「とにかく、こちらへ。ドクター。お探ししました……。まさか女性として生まれ変わっているとは」
クオータが有無を言わせず、レナを馬車に乗せる。
そして、クオータはクイックにレナとの出会いの話を話す事を命じた。
「そうですか……ドクターに案内を……」
「し、知らなかったんだって!」
「構わない。何せお前達は……いや、貴方様達というべきか……は、王子なのだからな」
「ドクター! そのような……」
「皆様はどうしておられますか?」
レナが聞くと、クオータは戸惑いがちに答えた。
「長女ギアは放浪の旅に出ております。長男のクワイエットは国政の長としての仕事を学んでおります。次女クイーンは軍にこそ入りませんが、単騎で戦に良く出ています。私はドクターを探す為、学校を設立しました。僭越ながら、そこで教師の真似ごとをやっております。クイックは……まあ、子供ですから」
「そうですか……」
「ドクター、どうか以前と同じ口調で御話し下さい」
「生まれ変わった生活はどうだ」
「地獄のようでした。ドクターがいなかったから」
「これは面白い事を言う。もう私は、お前達の作り主などではない。お前はもはやロボットではないのだぞ」
「ドクター。それでも、私の主はドクターです」
馬車が城につく。
クオータが当然のようにレナをエスコートすると、周囲にざわめきが走った。
「クオータ様! その娘は一体……」
「私が長年探し続けてきた人です。急ぎ湯浴みと白衣の準備を」
お風呂に入る事が出来るのはありがたい。レナは大人しく後に従った。
風呂からあがると、クオンタムが勢ぞろいして待ち受けていた。
クオータが一歩前へ出る。
「ドクター、ご命令を」
「……私はお前の主ではないというのに」
ため息をつくレナ。その様子を見た兵士やメイドは驚愕した。
「お……おおお、王子。その方は一体……」
「ドクタークエーサー。私達の主です」
「私達、とは……」
「ギアとクオンタムの主だと言っているのです。神のお告げでずっと探していたと言ったでしょう?」
兵士達は激しく戸惑う。貴族達が走って向かってきていた。
レナはため息をついた。
「喉が渇いたな」
「お茶を入れてまいります」
「クオータ王子! 私が入れますからどうかそのような! 王子―!」
こうして、レナの波乱の人生は始まったのである。