「きょうちゃんおはよー!」
今日も登校途中の待ち合わせの場所に、きょうちゃんが歩いてきた。
「おー、麻奈実おはよう。今日も相変わらず普通だな」
今日のきょうちゃんは、普段より2割増しでどんよりした目つき。
「きょうちゃんは眠そうだね」
「ああ、我が家の妹様が『いわおマジ殺す!』って息巻きながら真夜中に乱入してきてな……おかげで寝不足だ。ロックって桐乃と同じ中学だったっけ、何やったんだアイツ?」
ごめんソレ理由知ってる。
昨日、、ロックにはちゃんと『お姉ちゃんのこと、「きょうちゃんの彼女」って言ったらダメだよ、桐乃ちゃんが怒るからね』と言っておいたら、いきなり自己紹介で自分のことをきょうちゃんの彼女の弟と言い切ったんだよ。
予想通りに。
あまつさえ、『「誰にとって」おれの姉ちゃんはベルフェゴールなわけ?』という女子にはありえない空気読まない発言をして全員を沈黙させている。
威力偵察を頼んだだけなのに敵陣内の火薬庫を爆破してきたレベルのスーパーアシストだった。というかむしろ、そこまでやれとは言ったつもりはなかったんだけどな。本当にロックが妹じゃなくてよかった。
あまりの威力に、やぶれかぶれになった桐乃ちゃんがそのままきょうちゃんを押し倒すという展開を恐れてたんだけど、あたしにボヤくということは……まだそこまでは行ってないということだ。
『兄ぱんつ』と『義理の弟』と『誰にとって』の3つのトピック、順列が狂っていたら桐乃ちゃんが怒りのあまりオオカミに変身して、きょうちゃんをおいしくいただいていた可能性すらある。
「うーむ、麻奈実が桐乃に好かれてないのって……そもそもロックと桐乃の間になんかあったせいなんじゃないだろうな?」
うん、わたしが桐乃ちゃんに良く思われてないこと以外はだいたい間違ってる。
その嫌われっぷりを何とかするのと、またぞろ寄ってきたオオカミの群れ退治のために今いろいろしてるんじゃない、きょうちゃんの鈍感。
こないだ会ってみて再確認した。桐乃ちゃんは、もうきょうちゃん専用の番犬としては使えない。本人がオオカミに化ける寸前だから。
番犬は羊を守ってオオカミと戦ううちに、知らないうちに自分もオオカミになっていました。
そして、自分もオオカミだと気付いてきょうちゃんという羊を襲うのは時間の問題です。
ならば牧童は、どうしたらいいんでしょうか? できれば番犬のままでいてほしいけど、こっちもそろそろ『妹離れ』を覚悟する必要があるんじゃないかなと思う。
「……あらあら、人目もはばからず夫婦同伴登校? 朝っぱらから見せつけてくれるじゃない、爆発してほしいぐらいのリア充っぷりってやつを」
「なんだよ黒猫、冷やかしなんてらしくないな。そもそも俺は麻奈実とは毎日一緒に登校してるだろ」
「浩平お兄ちゃんとは遊びだったんですか先輩!」
「おまえはなぜその台詞を麻奈実じゃなく俺を見ながら言えるんだ赤城?」
校門で、ゲーム研究会の後輩女子2人がきょうちゃんに絡んでいる。昨日のチャットに参加してた、ゲーム製作の責任者2人だ。
この2人はオオカミ候補だとは思っていたけど、まさかこのゲームの開発を手伝うスタッフが事実上全員オオカミ予備軍だということが、いいニュースでもあり悪いニュースでもあるかな。
想像してたより今回のオオカミは多そうだけど、今回は巣そのものは押さえてる。ロックを使っての間接的所有権主張は思ったより効果が大きかったうえに男子特有の予想外の空気の読まなさのおかげでオオカミの群に対して大きな先制攻撃を与えることもできた。
あとは、どう動くか。その欲求をどう振り向けるかの問題だ。幸運にも今回のケースはまさにおあつらえ向きと言えるんじゃないかな。
「……姉ちゃん、中学生には高校は敷居が高いってばよ!」
ロックは放課後、文句を言いながらも学校までやって来た。きょうちゃんには、先に帰ってもらった。
「昨日、げーむ研究会の皆さんと気まずくなったんでしょ? お姉ちゃんと一緒に謝ろ?」
「……うう、嫌だなぁ……」
「でも、赤城瀬菜さんと黒猫さんとは仲良くしておきたいんでしょ?」
「うん、あの2人はマジで次世代の超大作RPGを作れるからな。ただ『強欲の迷宮』では作り方を間違えただけなんだぜ。俺も来年、ここに入ってゲー研スタッフになりたい!」
「だったらなおさら、機嫌を損ねたことは謝らなきゃだよ」
「……分かった」
「『「誰にとって」おれの姉ちゃんはべるふぇごーるなわけ?』というのは、やっぱり失礼だったよね」
「そうかぁ、そっちが失礼だったのか……俺ダメだな、鈍いから」
そう、全員黙ったことで、全員オオカミ予備軍だということはよく分かった。今はそのオオカミの群の興奮を鎮めなきゃ。そして、『彼女の弟』発言については、当然謝らせない。これについては謝る必要がないから。
わたしとロックは、今まで訪れたことがないゲーム研究会の部室の扉を思い切って開ける。
そこには、何人ものメガネの男子生徒と、赤城&黒猫コンビがいた。
「なんだ? 入部希望者か?……って、クリリンのほうは制服が違うな」
「中学生ですよ。近隣の中学校の制服です」
「なあ、姉ちゃん……」
「どうしたの? ロック」
「あの偉そうでデカい人、明らかに大人じゃね? 先生?」
「……そう言われれば、確かに」
「ここゲーム研究会だけど、なんか用かー?」
その大人の人が、声をかけてくる。
「……“兄さん”いえ“きょうちゃん”なら、いないわよ」
黒猫さんが素っ気無く返答する。
「あ、すいません。赤城さんと黒猫さんが作ってる最中のげーむの件で来ました」
わたしは、ロックの肩を押して部室に入る。
「おーそうか! 今回は外部からもスタッフを集めるって言ってたけど、本当なんだな」
部長は一瞬驚いた顔をしたあと、豪快に笑う。
「アウトソーシング(外注)できる部分はそうしようと思いまして!」
「……そのための開発用ブログよ」
赤城さんと黒猫さんは、それぞれに答える。
「昨日はうちの弟が、失礼しました」
「……なんのことかしら?」
黒猫は硬い表情で言う。
「ロックマンです。昨日は空気読まずにどーもすんませんでした!」
ロックは、ぺこりと頭を下げた。
「……いいのよ、気にしてはいないわ。あなたが悪いわけじゃない」
「そうですよー、気にしないで」
黒猫さんは無表情に、赤城さんはにこにこと笑いながら答える。
「『「誰にとって」』俺の姉ちゃんがベルフェゴールなわけ?』ってのは、そういう設定なだけですよね! うがちすぎてました!」
黒猫さんと赤城さんが目を見合わせている。
「そ、そう……わ、分かってくれればいいのよ」
「いえいえ、あれは確かにちょっと失礼な部分だしねー……こちらこそ、ごめんなさいね」
2人はそれぞれに答える。
「そうですか、ありがとうございます」
「……そ、それで? 他に何か言うことはないのかしら?」
黒猫は、用心深くロックに聞く、
「え? それ以外は別になにも……ああ、ありました!」
ロックは考え込んだ後、目を見開いて答える。
「そう、言ってごらんなさい?」
「高坂がご迷惑をかけてるみたいで、すいません!」
ここで、ロックが桐乃ちゃんと小学校時代の同級生だったことを話始めた。本当に訂正してほしいことを訂正されないことに黒猫さんは表情を固めていたけど、桐乃ちゃんの小学校時代のわんぱくエピソードを聞いているうちに表情が崩れる。
「……そう、あの草生やしの小学校時代の男子からのあだ名は『剛田先輩』だったのね。いいことを聞いたわ」
「あいつ普通の男子より背が高いうえに偉そうだったからなぁ。きっとついたあだ名があまりにもアレだったから、中学デビューするために別の中学に行ったんだな!」
「さっきから言ってる『剛田先輩』って、誰ですか?」
「……昨日きりりんっていたでしょ? 昨日と2ちゃんねるの同人ゲーム板のスレで、わたしたちのゲームを叩いてたビッチのことよ。高坂きょうちゃんの妹さん」
「な、なんですってー!?」
「兄の高坂きょうちゃんも制御できないレベルのビッチっぷりで、聞いてのとおり小学生時代から剛田先輩と呼ばれるほどのジャイアニストよ。しかもリアルで兄ぱんつを収集してるわ」
「うーん、妹には許されないレベルの変態ですね!」
たぶん赤城さんは、自分で書いたバージョンのベルフェゴールの呪縛を思い浮かべてると思う。
「さすがにきょうちゃんのぱんつは集めてないと思うな……」
まだTシャツに顔を埋める程度だと思う。
「……あら、わたしのPCのスカイプが反応してるわ」
黒猫さんが部室のパソコンの前に戻る。
「……どうしたの? 沙織……ええ、ええ。いまは部室よ。ええ、分かったわ。いまヘッドフォンからスピーカーに切り替えるから……みんな、今回のゲームの3Dモデラーの沙織よ」
『いやあ、どうもでござる! 拙者、沙織・バジーナと申しまする! 通ってる高校は違えど、同じくサムシングをクリエイトする者として、微力ながらお力添えをしたいと思いまして……ニン!』
スピーカーを通して、大きな声が響く。不思議な口調の女の子だなぁ。
「シスカリMOD神の沙織っていえば、最近だとガイナックスの新作アニメの『パンティ&ストッキング』のパンスト姉妹キャラMODを光の速さで同時リリースして話題になってたよな! まるで元々作り置いてたみたいなタイミングで!」
ロックが興奮気味にまくし立てる。
『いやいやなんの、どれもありものをチョチョイと加工しただけでござるよ』
パソコンの向こう側の声は、ちょっと謙遜気味に答える。
「へえ……大きなお友達用アニメのパンストMODなんて作ってたのね……」
『そうでござるよ。言っておりませんでしたかな?』
黒猫さんはPCを操作し、シスカリプスのMOD倉庫を開く。
「……沙織、ちょっと待ちなさい」
『なんでござるかな? 黒猫氏』
「このストッキン……どこかで見たことがあるんだけど、わたしの気のせいかしら?」
『さすがお目が高い! 以前京介氏専用ハーレムで披露した黒猫氏のMODをベースにストッキンを、きりりん氏をベースにパンティを作ったのでござる! ……どうですかな?』
なんかこの人たち、互いに互いをネタにしあってるんだね。
「あ、あの! シスカリではマスケラの漆黒MODでお世話になってます! これまた高坂先輩に激似で敗北時キャストオフもしっかり作りこまれてて……うへへ……」
今度は赤城さんが興奮気味にまくし立てる。
『なんと、お目が高い! あれは確かに『京介氏がコスプレした漆黒』のMODに相違ございませぬゆえ』
「……聞き捨てならないわね、知らないうちにそんなものをリリースしていたなんて……なんで教えてくれないのかしら?」
『はて……言っておりませんでしたかな?』
「……そんなこと、忘れるわけないでしょう。呪うわよ」
あとでシスカリとかいうのを確認しなきゃ、特に漆黒を。
ともあれ、これで今回の大まかな方針は決まった。
土は土に、灰は灰に、わたしにはきょうちゃんを、みんなはその欲求不満をバネにゲーム製作に。
……それが、今回の平和な落としどころになるかな。