「ただいま戻りました。」
夕方になって家に戻ってきました。茶の間では秋生さんが寝転がってテレビを見ていました。
「よお、早苗。帰ったか。」
「はい。ただいまです。渚と岡崎さんは?」
「ああ、あいつらなら今日帰ってこねえ。渚はことみちゃんの家にお泊りしてお勉強会しますってよ。小僧はあんなダメおやじでもたまには顔を見せるのが子供の義務って言って一晩帰るって。」
「そうなんんですか。では、二人分のお夕食の支度をしてしまいますね。」
「(くそっ、あいつら。俺ひとりを生贄にして自分らだけ助かろうなんて。護身術に長けた奴らだ。)」
「どうしました、秋生さん?」
「いや、なんでもねえ。」
何でもないのにどうしてそんなに険しい顔をしているんでしょう、秋生さんは。
夕食には時間をかけられませんでしたので、簡単なもので済ませました。食事中、色々な旅のお話を秋生さんに聞かせます。
「ほう、なるほどな。しかし、それについては小僧自身で決める問題だ。俺達はよほどの事でなければ口を出さない方がいいだろう。」
青森に行った件の話で、秋生さんはそっと見守ろうと言ってくれました。
「なんだ、やけにたくさん土産物を買ってきたと思ったら芽衣ちゃんの家に泊まって金浮かせたのか。結構頭いいな、お前。って、当たり前か、教師なんだし。」
それは、ただの先方のご好意なんですが・・・。
「あの、秋生さん。これが五日間の成果です。どうぞ使ってください。」
「おう、どれどれ・・・。ほうほう・・・。俺も自分なりに勉強はしてるつもりだが、これは色々と興味深いな。よし、今晩の仕込みから少し試してみるか。」
秋生さんは私が作ったノートを事の外気に入ってくれました。その後、いくつか質問が飛び、ご飯が食べ終わるまで続きました。
「かなり分量があるな。もう一度後でよく読んでみるか・・・。んっ?なんだ、これ?」
秋生さんがパラパラとページをめくって、私のアイディアパンのページに目を止めてくれました。
「(よし、見なかったことにしよう。)早苗、今日は疲れたろう。皿洗いとかは俺がやるから、風呂はいって寝ていいぞ。仕込みも俺ひとりでできるからよ。」
「はあ、そうですか?なら、お言葉に甘えてそうさせていただきます。」
体がかなり疲れています。帰りも危うく電車の中で寝過ごしてしまうところでしたし。横になったら死んだように眠り込んでしまうでしょう。
「おやすみ、なさい・・・。」
お風呂を出て部屋に戻ると、秋生さんが布団を敷いていてくれました。布団の上に倒れこむと、そのまま瞼が重くなっていきました。
「んっ・・・。」
朝早く、鳥の鳴き声で目を覚ましました。秋生さんは隣でまだ寝ています。ですが、私は目が冴えて気分もすっきりしています。一晩寝ただけなんですが。我が家だと熟睡度が違うんでしょうか。
「まだこんな時間・・・。」
パンを焼き始めるにはかなり早いです。なら、私も・・・。私は秋生さんを起こさないようにそっと部屋を出て、着替えて下の工房に行きました。
「よし、頑張ります!」
今回の旅行の最大の成果、新作のアイディアパンを作ります。いつもは秋生さんがうれしそうな顔をしませんが、今日こそは美味しいパンを作ってみせます!
「(ここをこうして・・・)」
全部を作る余裕はありませんが、いくつか試作品は作れそうです。いちごパフェパン、アイスパン、グリーンティリンディスペシャルパン、マシュマロ豆乳鍋パン、新鮮トマトパン。
「できました!」
起きてきて横で作業をしている秋生さんがいつものように渋い顔をしていますが、今回は違います。私だってパワーアップしているんです。さて、店頭に並べましょう。
おかしいです。一つも売れません。まだお盆明けで人が少ないというのもあるでしょうが、私の創作パンに誰も手をつけてくれません。
「どうした、早苗。しょげた顔して。」
「どうしてでしょう。私の作ったパンが売れないんです。頑張って作ったのに。」
「あのなあ、早苗。頑張ってもよ、世の中で求められるのは結果なんだ。受験しかり、営業ノルマしかり。」
「それが私のパンとどういう関係があるんですか?」
「つまり、お前がいくら創作パンを作っても店に来る客には結果が見えてるから無駄な努力・・・って、あ・・・。」
「私のパンは・・・・私のパンは・・・・全て無駄な努力だったんですね~~~~!!」
完