千歳空港で飛行機を降り、札幌に着いた頃には午前10時を回っていました。駅前の商店街のお店も開き始める時間です。
「(このパン屋のジャムパンは雑誌によれば三星評価。ジャムの水分は古河パンより一割ほど少なめ。)」
「(この店のチョココロネはパンの巻加減が古河パンより大きく、ボリュームがある。)」
「(食パンにもちもち感がある。お店の人の話を元にして考えると、秋生さんが作る時よりも成型する時の力を四分の一程度弱めている、と。)」
パン屋さんをいくつか回ってみて、気づいたことを私なりにまとめてノートに書き留めていきます。ただの観光旅行ではありませんから、しっかりお勉強しませんと。
「わざわざ東京から勉強に来るなんて偉いね~。うちの旦那なんてゴロゴロしてばっかりだよ。」
お店の人との会話も欠かしてはいけません。こういう他愛もない会話の中に役立つヒントがあったりしますから。
「私の主人は○○の水を使っていますが、そちらでは何を使ってらっしゃるんですか?」
「うちは○?○がいいってことでそっちを使ってるよ。」
こういうことをどんどんノートに書き足していき、今後のパン作りに役立てていければいいんですが。
十軒ほどお店を回ったところで十二時を回りました。友人との約束は三時ですし、まだ時間があるうちにお昼ごはんを食べたほうがいいでしょう。
「あれは・・・ワグナリア・・・ですか。洒落ていてよさそうなお店ですね。あそこでお昼をいただきましょう。」
見た目は赤い屋根の平屋建て、普通のファミリーレストランのようですが、なんとなく親しみやすさを感じさせてくれます。
「いらっしゃいませ~。一名様ですか?」
自動ドアをくぐると、メガネをかけたバイトの男の子でしょうか、笑顔で出迎えてくれました。
「はい。一名です。」
「禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか?」
「私は煙草は吸いませんので、禁煙席でお願いします。」
「かしこまりました。では、こちらにどうぞ。」
窓側の二人掛けの席に案内されました。パンばかりで少し飽きが来ていたので、何か別のものを・・・。
「では、このパスタランチセットを一つお願いします。」
「ソフトドリンクがつきますが、何になさいますか?」
「アイスティーで。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
バイトの子は端末を操作して下がっていきました。料理を待っている間、暇なのであたりを見てみます。店内は清潔、掃除は行き届いているようですね。店員の態度もバッチリ・・・・
「(ガシャガシャガシャッ)」
厨房からお皿がたくさん落ちて割る音がしました。なんでしょう?
「山田~!!」
「ご、ごめんなさい~!!」
なんだか裏では騒がしいようですね。まあ、大量にお皿を割ったら怒られるのは当然でしょうが。
「パスタランチセットとドリンクをお持ちしました~。」
今度は先ほどとは違う女の店員さんがご飯を持ってきてくれました。えっと、腰に差している日本刀はなんでしょう?
「温かいうちにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
その腰のものは何か聞きたいと思いましたが、プレイベートに関わるかもしれないのでやめておきましょう。
食事を食べ終えてお会計へ。どうやらレジを打っているのは店長のようです。
「780円になります。」
「これでお願いします。」
800円を払って20円のお釣りを受け取り、外へ出ようとすると後ろで声が。
「なんだ音尾。何か用か?」
「白藤店長、仕事のことで話があるんだ。ちょっと奥へ・・・。」
あれ、この声どこかで聞き覚えが・・・。振り返ってみると、旧知のあの人が。
「音尾さん?ファミリーレストランでマネージャをされている音尾兵吾さんですよね?」
「おや、まさか古河パンの奥さん?いや~、奇遇ですね~。その節はお世話になりまして。」
そんなこんなで奥に通されてしまいました。約束の時間まで少しあるのでいいのですが。
「お茶をどうぞ。」
左前にヘアピンをつけた女の子のバイトさんがお茶を持ってきてくれました。
「じーっ。」
他には部屋の入口から頭だけを出してこちらを見ている女の子が二人います。誰でしょうか?
「何やってるんだい、種島さん、山田さん。入っておいで。」
「バイトの子ですか?」
「ええ、まあ。盆休みで人手が欲しいので学生の若い子たちに入ってもらってるんですよ。こっちが種島ぽぷらさん、こっちが山田葵さん、でこっちの子が伊波まひるさんです。」
音尾さんが一人ひとり紹介してくれます。小さいポニーテールの子が種島さん、長い黒髪の子が山田さん、ショートカットの子が伊波さん。
「あの、音尾さん。この人、一体誰なんですか?私や種島さんや山田さんに分かるように説明してください。」
「いや~、古河さんは僕の恩人でね。妻を探して旅をしている時に寄ったパン屋の奥さんなんだ。」
「なんでパン屋の奥さんが恩人なんですか?」
「その店でアンパンを買ったんだけどね、見ていたら妻の顔を思い出してしまってね。」
初夏の頃の話です。夕方お店にいらしたこの方が、店の商品のアンパンを見ていきなり泣き出してしまったのです。それで色々話をさせていただいた仲でした。
「音尾さんの奥さんって正体はアンパンマンだったんですか!?」
「葵ちゃん、つっこむところはそこじゃないよ!」
山田さんに種島さんがつっこみを入れました。
「僕に同情した古河さんとご主人に話を聞いてもらって妻の写真を見せたら、近くの商店街で見たって言われてね。結局妻に会えはしなかったんだけど、恩に感じてるんだ。」
「皆さん、休憩室で何をしているんですか?」
話しながら先程のメガネをかけた男のバイトさんが入ってきました。
「イヤ~、男~!!」
伊波さんのパンチで男のバイトさんが吹き飛んでいきました。秋生さんに匹敵する腕力かもしれません。
「かたなし君、大丈夫!?」
「小鳥遊君、ごめんなさ~い!!」
しばらくして落ち着いてから事情説明。伊波さんは男性恐怖症で、今まで音尾さんを我慢して鬱屈していたエネルギーが小鳥遊さんにいってしまったようです。
「なるほど。古河さんは音尾さんの恩人で、今はパンのアイディア探しに出ているんですね?」
頬をさすりながらもあの攻撃から立ち直る小鳥遊さんの体力は凄まじいものがあるようです。
「はい。何かアイディアとかありませんか?最近の若い子たちのアイディアで新しいパンを作ってみたいと思います。」
「そうですね~。なら、ミニパンなんてどうでしょう?普通の大きさのパンを凝縮して小さくてかわいい感じを出すんです。」
「山田、水戸納豆をわらの袋ごと入れた水戸納豆パンが食べたいです。」
「胸が大きくなるように誰かのおっぱいを型どった巨大おっぱいパン、とか・・・。」
「なら、私は身長が大きくなるように願をかけたポプラパンがいいと思います!それを毎日食べて、古河さんのような立派な大人になります!」
この店のバイトさんたちは独創的なアイディアをお持ちのようです。とりあえずメモせねば・・・
「ああ、小鳥遊君。白藤店長と轟さんと佐藤君と相馬君を呼んできてもらえるかな?」
音尾さんは頭を抱えています。何かあったのでしょうか?
「分かりました。ホールに戻るついでに呼んできます。」
というわけで、メンバー交代で今度は先程よりは年上の方々になりました。
「・・・と、古河さんとの縁はこういうわけなんだ。それで、何か恩返しができればということで、みんな彼女のパン作りの参考になるアイディアを出してくれないかな?」
四人はしばし熟考。考えをまとめているようです。
「私はこの世にパフェ以上の食べ物はないと思っている。だから、パフェをパンで包めば最高のパンになるんじゃないか?」
「さすがです、杏子さん。私もそれなら世界最高のパンになると思います。」
「アホか、お前ら。そういう変なアイディアに走って成功したやつなんて見たこと無いぞ。基本に忠実に水やら材料の分量やらを工夫して普通のパンだけ作ればいいんだ。」
佐藤さんが白藤さんと轟さんにチクリと小言を言っています。なぜでしょう?私は普通にいいアイディアだと思いますが。
「古河さんは今までにどんな創作パンを作ってきたんですか?」
相馬さんに聞かれたので、例として思い出したものをいくつか挙げてみました。おせんべいパン、たこさんパン、レインボーパン、などなど。なぜか聞いている皆さんの顔色が変わっていきます。
「(おもしろそう・・・)それは他の人には真似できないアイディアですね。なら、こういうのはどうです?もうすぐ秋ですから、季節感を出して旬のキノコや魚を使ってみては?」
「なるほど。今までそういうのをパンに取り入れたことはありませんが、面白い組み合わせかもしれませんね。」
生の秋刀魚をパンで包んで焼いたり、山型にこねたパン生地にしいたけの山を作って焼いたり、色々と工夫のしようがあるかもしれません。
「(おい、相馬。この人、多分本当にやるぞ。そして犠牲者が必ず出る。)」
「(あはは、人聞きが悪いなあ、佐藤君。成功する可能性だってゼロじゃないよ。俺は失敗の確率の方が高いと思うけど。)」
楽しくおしゃべりしているうちに一時半を回ってしまいました。秋子さんの家に行くにはもうここを出ないといけません。
「では、音尾さん。長くいさせてもらって、その上パンのアイディアまで頂いてありがとうございます。」
「いやいや、こちらこそわざわざ引き留めてしまって申し訳ありません。少しでもあなたのお役に立てれば幸いです。(多分無理だと思うけど)」
「それと、このレストランのお食事、美味しかったですよ。」
「ありがとうございます。」
「今度うちにまた遊びに来てください。今度は奥さんを連れて。」
「はは、いつになるか分かりませんが、善処します。」
店を出る時に山田さんが新しいお姉さんになってくれとせがんできましたが、小鳥遊さんのおかげで事なきを得ました。
さて、水瀬家にお邪魔するのももう何年ぶりになるでしょうか。早く目的地行きのバスに乗らないと・・・・。
続く